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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第五十八話 ハルトは偽りの笑顔を浮かべ始める

 
 少し時間は遡る。

 拠点三つ同時襲撃、並びに制圧を僅か三名の命で成功させたハルトは、その後、ゼノンの案内によって今までの犠牲者が葬られている所に足を運んでいた。

「……酷いな」

 ハルトは目に映るものと、そして鼻を突く異臭を感じながら静かに呟いた。この世界は土葬が基本だが、勿論戦時下にある者の遺体を丁寧に埋葬する事は出来ない。直径二十五メートルほどあるその深い穴に、それらはまるで打ち捨てられた様に積み重ねられ、目を覆う様な惨状になっていた。

「……これで、全員?」

 ハルトは目を細めながら、自分の僅かに後ろに居るゼノンに尋ねる。

「はい。ここに居ない者は残念ながら回収が不可能だった者達です」

 ゼノンが淡々と告げるその言葉に頷き、ハルトは肩越しに振り返ると、笑みを浮かべてゼノンに告げた。

「んじゃ、俺は彼らを送るから、ゼノンさんは先にこれからの構想の土台を考えて。正直こんなに沢山いると、どれ位時間掛かるか分からんから」

 ゼノンはその言葉に僅かに眉を寄せた。

「……つまり、民と領主が街を治める方法を考えろ、と……?」

「そう言う事。さっきも言ったけど、今の俺達の敵はエグモントだけじゃないんだ。エグモントよりも厄介な敵が居る。そいつにこれ以上攻められる訳には行かない」


 ――厄介な敵、それは時間だ。


 今回の作戦で、タルクァルが生きていた事は間違いなく周知されただろう。そしてその勇姿は大通りの一部の者達の目に間違いなく焼きついた筈だ。今回の作戦の狙いはタルクァルが生存している事を周知させ、更にはその理想を唱える事により、失った組織タルクァルとしての求心力を取り戻す所にある。
 ハルトはその為に救世主と言う名前を利用し、今まで勝ち取った信頼を糧に民に情報を刷り込ませた。
 そしてその作戦は一部の狂いもなく成功した。

 あの後タッカが恐慌を来たした事についてはハルトしか知らず、民どころか、タルクァルメンバーすらも知らない事実だ。タッカは七人を倒し、剣を掲げ、自分の理想を高らかに唱えた。そして、その場にいた民は全てそのタッカの姿に歓声を上げていた。

 ただ一つ計算違いがあったとすれば、ハルトが自分の価値を余りにも軽く見すぎていた事だろう。あの作戦でタッカは確かに衆目の希望を受けるに値する器を全てに見せ付けたが、それと同等にハルトの存在も民にとっては大きな心の拠り所となっている。

「作戦は確かに成功した。でも俺達はまだ浮かれる訳にはいかないんだ。今成すべきは、最終地点の模索だ。目指す所が明確に示せなければ、取り戻した求心力もあっと言う間に地に落ちる。ゼノンさんの仕事は最終地点を明確に説明出来るような構想を考える事」

 その言葉にゼノンは僅かな困惑を表情に浮かべる。

「……しかし、その様な事が私に出来るのかどうか……」

 ゼノンは諜報を主にする任務に当たっていた者であり、政治を司る者ではない。故にハルトの言葉は全く現場を知らない者に現場を統率しろと言っているに等しい。

 ハルトはゼノンの言葉に、異臭の中にいながらも深い溜息をついて、うろんげな眼差しをゼノンに向ける。


「……お前は俺を最高責任者に仕立て上げた。それに比べれば、考えるだけのお前の立場は温いだろ。取り合えず考えて、及ばなければ聞け。最初から当てにせず、全力で最善を尽くしてから俺に聞け」


 しかし、ハルトの言葉を聞いても尚困惑の表情を浮かべるゼノンに、ハルトは僅かに目を細めた。

「――それがお前の仕事だゼノン。考えて最善を成せ。足らない所は教えてやる。だが、考えもせずに当てにするな。出来る限りの事をしなければ、何も生み出せない。以上だ」

 その冷え切った目と凍て付いた声色に、ゼノンは僅かに押される様に頷いた。
 ハルトはそれを見届けた後、再びその目を目の前に積み重なる遺体に向けて告げた。

「ほんじゃ宜しく。まぁ陽が落ちる前にやっつけちゃうから、それまで多少砕けてても構わないから骨子を考えといて。何、ゼノンさんなら上手く考えられるよ。あ、勿論レスカさんとかの意見を聞いても構わないからね?」

 賛意の声を上げて踵を返すゼノンの気配が完全に消えるのを待って、ハルトは目の前に積み重なる遺体に向けて目を閉じ、その冥福を祈る。

「……今までお疲れ様。後は俺が引き継ぐ。皆は、ゆっくりと眠っていて良いよ」

 その声が終わると同時に、青白い炎がその場を埋め尽くす。命があればその数を正確に把握できるハルトの力だが、命なきものにそれを発揮する事は出来ない。だが、その目に映っていた腐敗していた遺体の数はおよそ七百体程度だろう。その全てが跡形もなく、青白い光の中に包まれて、静かに消えていく。ハルトはそれを見つめながら、頃合を計って青白い炎を静かに消す。
 その場に、青白い炎によって炙られた、土から上がる水蒸気が満ちる。ハルトは風を意識して手を凪ぎ、その水蒸気を払うと、冷風でその場の温度を一気に下げた。そして、様々な所に積み盛られていた土を圧縮した空気の壁を使って押し出し、深い穴を埋める。
 穴は今のハルトの炎で溶かされ、一部ではガラス状に結晶化している。この現象を見た所でハルトが何をしたのか気付けるものは居ないだろうが、念には念を入れるべきだろう。
 森にある一部の木々はハルトの力によって、周りを無酸素状態にされ、炎上こそしなかったが、一部では木炭状態になり掛けたものもある。だが、それらを見た所で、酸素が炎と結びつくと言う科学的な知識を用いないこの世界の住民は、何があったのかを推し量る事は出来ない。

 それら全てが終わるまでおよそ五分。
 ハルトはそれを終えると、力なく両膝を大地につき、項垂れた。

「……全力で、最善を尽くせ、ね……」

 ハルトは僅かに呟くと、光が点らない様な、空ろな目で己の右手を見つめる。


 ――自分は最善を尽くしているのか。


 今回の作戦を立案した時には、まだハルトは部外者だった。それ故に、ハルトは強く言葉を出せる部分もあった。あの時ハルトがタルクァルについた理由は、タッカ――つまりタルクァルの理想を実現する為のアドバイザーになる為だった。
 そうして第三者の位置を守り、助言を行いながら、ハルトはタッカと、組織としてのタルクァルを導いていき、間違いのない目処が付き次第、ハルトは全てをレスカを始めとするタルクァルメンバーに預け、身を隠すつもりだった。

 必要以上に深く関わるつもりは、始めから無かった。ただ、ゴルゾーンの現状を見捨てる事が出来ないが為、知識を与え、救おうとした。

 だが、気付けば逃げ道は封じられ、思い責任を背負わされている。助言として与えた言葉は命令となり、その言葉は三人の命を奪った。


 ――何よりも、ハルトはあの時、兵士達に声を掛けた時から、心を凍て付かせなければならない理由が出来た。


 助言は命令になってしまったが、その時ハルトは最高責任者の立場ではなく、一メンバーだった。つまり、命令にはなってしまったが、あれはあくまで助言と言う事が出来る。
 だが、兵士への激励の言葉は――安心して、死んでくれ、と言った言葉はタルクァルの最高責任者としての言葉だ。

 助言と言うだけなら、それを採用したタルクァルメンバーに責任がある。ハルトは立案者であって、決定者ではない。だが、兵士達に掛けた言葉は全ての責任をハルトに求めている。


 ――自分は、最善を尽くしているのか。


「……はは、くそ、重いわ……」

 ハルトは破綻した表情で静かな笑い声を上げながら呟いた。
 あの時、何か他の方法を模索する事は出来なかったのか。一人も死なせずに作戦を完了させる事は出来なかったのか。
 勿論ハルトが力を振るえば、それは可能だった事だ。三人の尊い犠牲を出す事も無く、民衆はタルクァルの存在を知る事が出来たかも知れない。

 だが、それは『ハルトの勝利』だ。

 ハルトはこれからのゴルゾーンに必要なものは、自分の力ではない事を熟知している。それ故に、この戦いをハルトの勝利で収める訳にはいかなかった。この戦いはタルクァル勢の勝利で終わらなければならない戦いであり、ハルトの勝利で収めて良い戦いでは決して無い。

 第三者から見れば、三名と言う少ない犠牲で三十名を超える私兵を討ち、且つ目標であるタルクァルの存命、並びに新しき理念の植え付けに成功したハルトの策は最善と言って良いものだろう。

 だが、左手にある、三人の命だった者の服は、その重みを軽くはさせない。


「……耐えるんだ」

 ――その重みを。

「……耐えるしかないんだ」

 ――その全てを。


 ハルトは強く歯をかみ締めると、空ろだった目に光を点し、それを鋭いものにする。

 一切を届かせるな、ハルトは自分に告げる。
 一切の感情を覚えるな、ハルトは自分に告げる。

 もし感情が揺らぐ事があれば、ハルトは只の破壊者に成り果てるだろう。そして、もしその時に我を失ってしまえば、ハルトはゴルゾーンの街自体を消してしまう可能性がある。

 ハルトが良く知る、冒険譚に出てくる魔王となる。

 それだけは避けなくてはならない。そして、それを避ける為には、一切の負の感情を、少なくてもゴルゾーンに居る間は封印しなければならない。
 左手には、早々に散ってしまった三人の重み。ハルトはそれを握り締めると、静かに息を付いて立ち上がった。

 今は己を騙してでも、苦痛を表情に出してはならない。表情に浮かび上がりそうな苦痛を、ハルトは笑顔で塗りつぶす。


「……タッカ、リーン、分かってるよ。出ておいでー」


 静かに忍び寄っていた二つの気配にハルトは背中を向けながら告げる。
 近づきながらも、大地に膝をつき項垂れていたハルトを見た二人は、近くの木に身を寄せ、ハルトの様子を窺っていたが、やはり気づかれていたと悟ると、静かに木から姿を現す。

「……先生、一体、何をしていたんですか……?」

 タッカとリーンは不安げな表情を浮かべながらハルトに尋ねる。ハルトはその声に肩ごしに振り返ると満面の笑みで答えた。

「俺の国式のお祈りだよ。正座――つまり、大地に両膝をついて、手を合わせるの。んで、死んだ人達に色々とお祈りするんだよ」

 手は合わせていなかったが、二人の目にはハルトの背中しか見えなかった筈だ。祈るのは主に冥福だが、それ以外の事を祈っても別に問題ではないだろう。

 ――これから為す改革への覚悟。要は心構えだ。

「……何を、お祈りしたんですか?」

 おずおずと尋ねるリーンに、ハルトは微笑みを浮かべながら言葉を告げる。


「ゆっくり眠ってくれって言う事と――」

 ハルトの微笑みから、一瞬だけ感情が抜け落ちる。

「――絶対に皆の死は無駄にしないって」


 その感情の抜け落ちはほんの一瞬だった。恐らくレスカやゼノンと言ったタルクァルメンバーには違和感すら感じさせる事が出来なかっただろう。

 しかし、二人は違う。

 タッカとリーンは、一ヶ月余りをハルトと共に過ごし、そしてハルトを信頼し、慕ってきた。その一ヶ月と言う密着した時間は、その一瞬を二人の瞳に焼き付け、その違和感を覚えさせるには十分すぎた。

「……トーマさん、無理、してるんじゃ……」

 タッカが言葉を形にする前に、その隣に居たリーンが不安そうに告げる。しかし、ハルトはそれに眉を上げると、ついで首を傾げて笑みを浮かべた。

「なんも無理なんかしとりゃせんよ? これは、これから始める俺なりの改革も兼ねてるんだから、失敗する訳にはいかない」

 そこにある笑顔は、いつものハルトが浮かべる笑顔と全く同じだ。
 ハルトはリーンに言い告げると、ハルトは静かに二人に歩み寄り、タッカの頭にポン、と手を乗せる。

「それに、この改革はお前の目指す世界を作る為でもあるんだから、お前は誰よりも頑張らないとな」

 タッカの髪の毛をクシャクシャとしながらハルトは優しい笑みで告げる。

「……んな不安げな顔をしないの、二人共」

 しかしそれでも不安げな表情を崩さない二人に、ハルトは苦い笑みを浮かべつつ僅かに膝を落とすと、二人と同じ目の位置に自分を置いた。
 そして死んだ命の重みを懐にしまうと、その手で今度はリーンの頭を撫でる。

「――大丈夫。無理なんてしてないよ」

 タッカとリーンはその言葉に、何かを確かめるような眼差しでハルトを見つめ、ハルトは微笑みを浮かべたまま二人を見つめた。
 やがて、リーンが安心した様に胸に両手を置き、一つ息をする。ハルトはそれを見ると、リーンの頭に乗せた手を僅かに弾ませてから言葉を告げた。

「さて、行くか。ゼノンさんが叩き台を作ってる頃合だし。色々とツッコミもしなきゃならんだろうし」

 ハルトが静かに歩み始め、リーンが笑顔でそれに続く。だが、そのリーンの歩みはわずか数歩で止められた。

「……ター君……?」

 不思議そうな表情でリーンはタッカを見つめる。その間もハルトは歩みを止めない。

「……うん、行こう」

 タッカは少しの間苦痛をその表情に宿していたが、やがて迷いを振り切る様に軽く頭を振ると笑顔でリーンに告げ、ハルトの背中を追い始めた。
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