挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

183/471

第五十七話 リューシェはハルトの心中を察して悲痛な表情を浮かべる

 
「……ハルトがタルクァル側に付くと言う明確な証言を鳥が得た。多くの者が証言をしているのだから、多分ハルトがタルクァルについたのは間違いない」

 リューシェは顎に右手を添えながら文面を見つめ、言葉を続ける。

「並びに死んでいた筈のタルクァルが生きていて、話の通りならハルトに剣の手解きを受けた後、タルクァル側に現れた……」

 そこまで言うとリューシェは僅かに眉を寄せながら目を細める。

「……それ自体はゴルゾーンに対して良い材料にはなる。だけども、結局の所、タルクァルが生きていた事、ハルトが明確な立場を示した事しか現状は変わっていない」

 勿論その事がこれから起こりえる可能性を多く引き出したのは事実だ。ハルトはゴルゾーンの救世主と呼ばれ、その信頼は厚いものになっている。そしてタルクァルは絶望的から確定していた事実を変え、生存していた。その事実もまた民の心の大きな拠り所になるだろう。

「でも、これからの可能性は大きくなったと思うよ」

 ニーナがリューシェの心中を読んだように言葉を掛け、リューシェはそれに頷いた。

「……だけど、少し、思う所があるのですが……」

 アルマがその言葉に、遠慮がちに声を上げ、リューシェとニーナは思考を止めるとアルマに目を向ける。

「……どうして、こんな危険性の高い作戦を、トーマさんが指揮したのでしょうか? トーマさんなら、犠牲を出さない様な作戦を立案すると思います」

 リューシェとニーナはその言葉の意味を図りかねて眉を寄せるが、ゲルトは思う所があったのか、その言葉に目を細めた。

「言い方は悪いのですが、タルクァル様が本当に生きていらっしゃったのであれば、その生存を隠し、領主側の油断を誘う作戦だってあったはずです」

 ――それは隊を纏めるゲルトと同じ思考だ。

 頭脳の明晰なハルトにとって、不利な現状を利用しようとする事も考えた事は想像に難くない。

「今回の作戦の意図は、恐らくタルクァル様の存命と、トーマさんがタルクァル側に付いた、と言う事実を民衆に知らしめるだけの作戦です。ですが、そんな危険な橋を渡らずとも、トーマさんなら何らかの方法を打てた筈です」

 アルマには今回の作戦が、必要に迫られたものに感じられた。戦略の経験がないアルマだが、その思考である程度学んでもいない戦略を頭脳で補える。
 アルマからすれば、今回の作戦は下策中の下策。只の示威行為にしか思えない。

「……或いは、あらゆる方面で、タルクァルは本当に後が無いのかも知れない」

 アルマの言葉をゲルトが引き継ぐ。そして、その言葉にリューシェとニーナがゲルトに顔を向けた。

「元々、タルクァルは壊滅寸前であった事は以前お話したと思いますが、ハルト様、並びにタルクァルが、組織としてのタルクァルについたとしても、壊滅寸前であった状態は変わりません」

 ゲルトはリューシェが頷くのを見届けてから言葉を続ける。

「アルマの言う通り、今回の作戦は、恐らく新しきタルクァルを民に見せ付ける事でしょう。ですが、その方法は何もこの様に突発的に行わなくても良かった筈。しかしハルト様はこの作戦に異を唱えず――」


 そこまで言うと、ゲルトは何かに気づいた様に眉をひそめた。

 そして、ゲルトと同じく思考を巡らせていたアルマの表情が僅かに蒼褪めた。


「……二人とも、どうかしたの?」

 アルマが辛そうに眉を寄せ、顔を曇らせて俯くのを見て、リューシェが僅かに困惑しながら尋ねる。
 ニーナは突然辛そうに表情を曇らせたアルマをみて、不安げな表情を浮かべた。

「……これは可能性ですが」

 ゲルトが目を瞑り、アルマが己の中で得た答えと同じ言葉を言った。

「ハルト様がタルクァルの軍部、もしくはそれらを統括する立場に立ち、今回の作戦を立案した可能性があります」


 ――その思わぬ一言にリューシェとニーナが唖然とした表情を浮かべた。


「……ば、馬鹿言わないでよ兄さん。だって、僅かな手勢しか率いてなかったんでしょ? そんな作戦、死人が出ているに決まってるじゃない。ハ、ハルトがそんな作戦立てる訳ないでしょ……」

「しかし、もう手も足も出せない状況下にあったのなら、劇的な変化が必要となるだろう。何より、我々には知りえない技術を用いて同時制圧を行ったと言う事は、それを立案したのがハルト様と言う動かぬ証拠にもなる」

 その言葉にニーナは声を詰まらせる。

「更に言えば、只の一度の作戦でこれだけの成果が出せる立案者がいたのであれば、ここまでタルクァル陣営は逼迫していなかった筈だ。それらから考えれば、ハルト様自身がこの作戦を立案したとしか考えられない」

 ニーナはその言葉に悔しげな表情を浮かべると、俯き、小さく呟いた。

「……ち、ちょっと待ってよ。あいつは馬鹿がつく程のお人好しなんだよ? そんな馬鹿が、どうして人を見殺しにする様な作戦を立てられるのよ……!」

 リューシェはその小さな呟きを聞き届けた後、悲しそうに目を細め、静かに呟いた。

「……ゲルトの言う通り、今回の作戦は、恐らくハルトの発案による可能性が高いと思う」

 その言葉にニーナがはじかれた様に顔を上げた。

「……リューシェ、本気で、言っているの……?」

 呆然としたニーナの表情に、リューシェは悲しげに目を閉じて、一つ小さなため息をついた。

「……最小限の犠牲で、最大限の効果を得る。本当にもうタルクァルに後が無かったのなら、きっとハルトは犠牲を加味しても最大限の効果を得る作戦を立案する」


 ――そして、とリューシェは悲しげな声を言った。


「ハルトは自分が負うだろう苦しみと、ゴルゾーンの未来を天秤にかけて、ゴルゾーンを選んだ……。そう考えれば、全ての辻褄があう」

 ハルトの優しさは、誰よりもリューシェが理解している。そして、その強さも同じく誰よりも理解しているだろう。
 ボニファルツを容赦なく処断し、その後気を失ったハルトが、あの時どれほどの苦痛の中にいたのかは分からない。

 だが、眠りから覚めた時の、弱々しい声色をリューシェはしっかりと覚えている。


『……先生、これに慣れたら、俺、人間廃業どころか、卒業しちゃうよ……』


 あの声の弱々しさを、ハルトの弱さを知る者はリューシェ以外に居ない。ニーナはハルトが強い存在であると信じ、アルマはハルトの優しさに盲目的に魅入られている。
 故に、二人には、優しいハルトがその様な決断を下す訳はない、と言う思いが強いが、それによってハルトが負うだろう精神的な負担までは推し量れない。

 ゲルトは明目して痛ましげに眉を寄せていた。

「……あいつが、あいつが一人で戦えば、それで済む話だったんじゃないの!? タルクァル側は犠牲も払わずに済んだし! そうすれば全て丸く収まったんじゃない! あいつは人を見殺しに出来る様な奴じゃない! そんな作戦、あいつが、立てる訳無い……!」

 ニーナが力なくテーブルを両手で叩き、悔しげな表情で小さく呟く。
 ハルトの強さはニーナも十分に分かっている。

 ハルトはボニファルツの百名からなる隊を事も無げに無力化させた。ハルトがその気になれば私兵の数十名など訳もなく無力化出来るだろう。なのに何故この様な被害が簡単に予想できる作戦をハルトが立案したのか、それがニーナには理解できない。

「……リューシェさんとニーナさんから聞いたトーマさんなら、確かに一人も殺さずに状況を収めるのは容易だったと思います」

 ニーナの言葉に、アルマが沈痛な面持ちで告げる。


「……でも、大前提として、これはトーマさんの戦いじゃないんです」

「……え?」


 その言葉でニーナは唖然とした表情をアルマに向けた。

「……何も考えが無かったのなら、トーマさんはゴルゾーンの現状を知った時点で行動を起こしていた筈です。でもトーマさんは現状を暫く静観していました」

 俯き、膝の上で組んでいた手を見つめる様にして言葉を告げるアルマに、リューシェとゲルトの目も向けられる。

「それは、恐らくトーマさん自身の手によるゴルゾーンの救出に、トーマさんが大きな意味合いを感じていなかったからだと思います。トーマさんがわざわざ自分の力を振るわず、タルクァル側についた事から考えても、それは間違いありません」

 もしハルトが単に救済という名目で力を貸したのなら、呆気なくゴルゾーンは変わっていただろう。だが、ハルトはそれを良しとせず、敢えてタルクァル側に付くような真似をした。

「トーマさんは、この戦いをタルクァル側と領主側の戦いとして、自分は直接力を振るわず、助言のみに徹しようとしている様に思います」

 そこまで告げると、アルマは悲しげに目を閉じた。

「……だから、この戦いは、トーマさん自身の戦いじゃない。この戦いは、タルクァル陣営と領主陣営の戦いなんです」

 アルマの言葉に、ニーナは何かを返そうと口を開くが、結局は何も言えなくなって、悔しげに口を閉じた。

 理解は出来る。しかし、それは納得が出来ない部分が多い。

 ニーナにとってはハルトは最強の称号であり、そして且つ敵対者に対しては無慈悲にもなれるが、その在り方を考えれば、内なる者に対しては誰よりも慈悲深い者だ。
 その様な者が、何故自分の味方となる者を駒として扱ったのか。
 第一にハルトはニーナや魔王城の配下に対して、只の駒となるな、と発言している。

「……きっと、そうせざるをおえない位に、タルクァルは逼迫していたんだと思う」

 アルマの後をリューシェが引き継ぎ、ニーナはリューシェへと目を移す。
 リューシェは悲しげな表情でニーナを見つめると、言葉を続けた。

「お姉ちゃんがハルトの事を信じたいのは分かる。確かにハルトは誰よりも優しい。そして慈悲深い。でも、思い出して」

 思い出して、と言う言葉にニーナの眉が僅かに寄った。

「アルマの予想通り、ハルトの目的は『民と領主による共同統治』。それを目指す為には、勝者はタルクァルでなくてはならない。ここでハルトが仮に力をふるって勝利を獲得したとしても、それはこれから始まるゴルゾーンにとって何の意味にもならない。民が領主と共に未来を作れる世界を作るのなら、それを作るのはハルトじゃなくて、タルクァルなの」

 その言葉はハルトへの擁護の意味合いはない、純粋なる真実だ。
 そして、その言葉の意図を悟り、ニーナの表情に悲痛なものが浮かび上がり、ニーナはアルマと同じ様に静かに俯いた。

「……この作戦を立案したのが、ハルトだとは思いたくない。その気持ちは私も同じ。でも、現実にハルトが指揮を執り、私兵を制圧している。ハルトならもっと他の作戦が取れたかも知れないけど、ハルトはそれを取らなかった。ううん、取れなかった。そう考えれば、全ての辻褄が合うの」

 その言葉を最後に、その場に静寂が訪れる。リューシェは暫く悲しそうな表情を浮かべていたが、やがて静かに立ち上がると、冷たくなり始めた風がそよぐ窓辺へと歩みを進めた。

 慈悲しかない残酷な命令を下すハルト。

 そして、己の無慈悲な部分に追い詰められるハルト。


 ――そのどちらをみても、ハルトの今回の作戦は、相応の負担があった事は間違いない。


「……大丈夫ですよ、ニーナさん。トーマさんはそこに居るだけで元気をくれる人ですから。きっと、きっとゴルゾーンにも明るい未来を紡いでくれます」

 ――ナバナスに希望をもたらせてくれたように、と、何とか笑顔を取り戻して、アルマは思う。

 だが、それはハルトの優しさしか知らないからこそ紡げる言葉だ。

「……そうだね。ハルトは強いし、凄いから……。うん、きっと、何とかなる」

 アルマの励ましにニーナも何とか笑みを取り戻すと、己に言い聞かせる様に言葉を返した。
 だが、それもハルトの強さしか知らず、弱さを知らぬが故に紡げる言葉だ。

 リューシェはその言葉を背中で聞きながら、二人から見えない場所で悲痛な表情を浮かべた。


 ――本当のハルトは、誰よりも、きっと弱い。その言葉を心の中で押しつぶして。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ