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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第五十六話 ハルトの作戦はリューシェに届く

 
 二段飛ばしで階段を駆け上がり、息を切らせながら、左右にある石壁を置き去りにして、前に進む。曲がり角で僅かに速度を落とし、左足を前に石の壁を蹴り、無理矢理に方向転換する。

 ――剣戟が鳴っていた。その動きは洗練され、以前の様な荒削りな部分は削がれ、その動きは親衛隊の末席に足る実力だったものを、短い期間で親衛隊の中堅クラスまで底上げさせていた。
 一秒間に四つの剣戟がなり、その美しい女性は剣を打ち込んだ者の右隣を抜け、右足で地面を削るとそれを軸に半回転して男の背中に剣を浴びせる。しかし男は僅かに身体を傾けると、その女性の全力の一撃を左手で持った両手剣で意図も簡単に受け止めて見せた。

 その女性の紅い瞳に、男の左足が軽く宙に上がるのが映る。それを見た女性は、左足で大地を蹴るとその場から一瞬で離脱。そしてその女性が居た場所を刃引きされた男の剣が凪ぎ、乾燥した大地から砂埃を舞い上げた。

「……兄さん、手加減しないでって、言ったでしょう?」

 距離を取り、僅かに肩で息をしながら女性――ニーナが声を上げる。

「……ハルト様から賜った力では、下手に本気を出せばお前が砕け散る。だが、元の動きは意識してるつもりだ」

 ニーナはその言葉に悔しげに表情を歪める。

「元の動きでその速さって、何なのよ。同じ血の癖に、反則じゃない……っ!」

「お前が想像する以上に鍛えたからな。むしろ、短い期間でこれほど伸びるお前の方が俺には反則に思えるが」

 男――ゲルトは僅かに閉口した様子でニーナに告げた。最もニーナとゲルトの戦い方の違いは大きい。ニーナはスピードに特化した戦い方を意識し、ゲルトは総合的な部分で強さを手に入れた。
 力は全く及ばない軽い剣とは言え、もしニーナの実力を知らない者であったのなら、その速さに面食らっていただろう。その速さは親衛隊でも郡を抜く。但し重さが無い攻撃故に、意図も簡単に止められてしまうのが難点だ。

「……元から強い癖に力を与えられるなんて、不公平よ……!」

 ギリ、とニーナが歯を食い縛り、それにゲルトは憮然とした表情で告げる。


「……なら、お前も死んだ方が良いと言う様なあの試練を受けるか?」

「……あ、ごめんなさい。遠慮と共に辞退します……」


 地獄とも言える鍛錬の上に強靭な精神力と力を手に入れたゲルトでさえ、死んだ方が楽だったと言わしめたハルトの試練に自分が耐えられる自信は無い。
 ニーナは肩でしていた呼吸を整えると、どう攻めるか、と思案を巡らせながらゲルトの様子を窺う。最近の主な訓練相手はゲルトだ。そしてそのゲルトは自分の力を計る物差しにはなりえない。

 故にニーナは自分の実力がどの程度なのか計りかねていた。

 もしシュバータ辺りと剣を交えれば、自分の強さがどの程度まで上がったのかは簡単に理解できただろうが、それ以上に、一撃で良いからゲルトに届かせたい、と言う気持ちがニーナの中では大きい。

 悔しげに表情を歪めるニーナに、ゲルトは淡々とした表情で剣を右手に移し、それをぶら下げる様にしてニーナの動きに注視する。


 ――その時、軽い羽ばたきの音と共に、ニーナの右肩に一羽の小鳥が舞い降りた。

「……へ?」

 突然小鳥が肩に舞い降りると言う事態に、ニーナがキョトンとした表情を浮かべる。そして、その小鳥の細い足に文が括りつけられているのを見て、目を見開いた。

「……この子……」

 その小鳥を見たゲルトが剣を鞘に収め静かに告げる。

「鳥の一人だろう。定期連絡の頃合か」

 その言葉にニーナもまた剣を収め、左手の甲をそっと小鳥に向けると、小鳥はその意図に気付き、トンとニーナの肩を蹴ってその手の甲へと飛び乗った。

「……鳥にはこんな小さな子を使う人もいるの?」

「黒鳥殿が例外なだけだ。普通はあの様な大きな鳥を使わない。鳥の殆どはそれの様な小さい鳥を使う」

 へぇ、と感心しながらニーナは小鳥を傷つけないように、そっとその足から文を解く。そして、文を解かれるのを待って、小鳥は再びニーナの手の甲を蹴って、空へと舞い上がっていった。
 ニーナは小鳥が空へと戻っていくのを見届けると、綺麗に畳まれていた文を広げる。ゲルトも近づいて、その手紙を覗き込んだ。

「……これって……」

 その文面にニーナが目を見開き、ゲルトがそれをニーナの手から取り、今一度文面を読み直す。


「……動きがあったか。急いでリューシェ様に――」

 ――伝えに行こう。と顔を上げニーナに言おうとした時には、既にニーナの姿はそこに無かった。


 乾いた風が吹き、そっと地面から砂埃を舞い上がらせる。

「……また、置き去りか」

 ゲルトは哀しげに呟くと、一度小さなため息をついてニーナが向かっているであろう己が主の下へと歩み始めた。


 ――そんな訳で、ニーナはリューシェの元へと全力で疾走中である。


 そのニーナの目に、馴染みの女性騎士の姿が映る。その女性騎士はニーナの姿を見ると、笑顔で手を上げた。


「ニーナー、そんなに急いでどし――」

「――ごめんエリカ! 急いでるから!」


 ニーナと同じ甲冑で城内の警備を行っていた女性騎士――エリカにニーナは告げてその脇を通り過ぎる。その失踪でエリカの青白く肩口辺りで揃えられた髪がふわりと舞った。

「……はっえぇ。何あれ……」

 まるでレースカーの様に一瞬で去っていったニーナに目を丸め、その背中を見つめながらエリカは呟いた。因みにエリカはニーナの親友であり、以前ニーナに対して『魔王様の事、どう思ってるのよぅ?』と肩で肩を突付きながらニマニマと尋ね、ニーナを困惑させた張本人である。

 やがてニーナはリューシェの居室の前まで失踪すると、石畳の上で革靴の底を削らせながら止まり、その黒塗りの重厚な両扉を破壊する勢いで開ける。

 バァン! と言う激しい音がリューシェの居室に響き渡り、何かを話していたのだろう、ソファに腰を下ろして顔を合わせていたリューシェとアルマの肩がビクリと跳ねた。

「……お、お姉ちゃん……?」

 肩で息をしながら、ぎらついた目のニーナに、僅かに怯えを含ませながらリューシェが尋ねた。

「……ど、どうかされましたか……?」

 その対面側にいたアルマも、今の音に強く驚き、早まる心臓を抑え付けるように胸を押さえながら問う。
 ニーナは肩で息をし、呼吸を荒げながらも一度息を飲み込み、二人に告げた。


「……ハルトが、動いた……!」


 その言葉に二人が素早く立ち上がった。

「――詳しく教えて」

 リューシェの表情が引き締まったものとなってニーナに向かう。そしてその対面側にいるアルマの表情も引き締まったものとなる。

「ゴルゾーンで、騒ぎが起きて、その首謀者が、ハルトだって」

 呼吸を整えつつ告げるニーナに、リューシェとアルマは怪訝な表情を浮かべて、揃って首を傾げた。

「……えと、どう言う事なんですか?」

 流石のアルマと言えども、それだけでは一体何が起きたのかは分からないだろう。
 ニーナはその言葉に呼吸を整えると、小さく深呼吸してからアルマに言葉を返す。

「……つまり……あれ? どう言う事だっけ……?」

 説明をしようとして、ニーナはそこで初めて僅かな文面しか見ていなかった事に気付く。
 そしてそれに気付いた瞬間、ニーナの頭頂部に何時の間にか現れたゲルトの拳が軽く落ち、鈍い音が響き渡った。ニーナが『ぐ……っ』と呻いて両手で頭を押さえ、思わず膝を折ったのを見てからゲルトは軽い溜息をついた。

「現状を良く把握せず、思うままに行動するのはお前の悪い癖だ。少し意識して直さねば、幾ら剣の腕を上げようが容易に足元を掬われるぞ」

 ニーナが目尻に涙を溜めながら自分の兄を見上げる。

「何も本気で殴る事無いじゃない……っ」

「馬鹿言え、本気で殴っていたらお前の頭は弾けている」

「――何が起きたの?」

 兄妹のやり取りを僅かに呆れの眼差しで見ていたリューシェが、思い出した様にゲルトに尋ねた。

「どうやら鳥の情報によると、ハルト様はタルクァル側についた様子。更に言えば、ガンズの実弟タルクァルも存命だった事が確認されました」

 その言葉にリューシェ、アルマ、そして何故か文面を見ていた筈のニーナまでが目を見開いた。

「見せて」

 リューシェがゲルトに近づき、その文を受け取る為に手を差し出し、ゲルトがそれを渡す。それを開いて中の文面を確かめるリューシェ、そして頭を摩りながら立ち上がり、その文面を今一度見ようと覗き見るニーナを見て、アルマもまた僅かな距離を駆けると、ニーナと同じ様に文面を覗き見る。

「……魔王様が僅かな手勢を率いてゴルゾーン大通りにある三つの拠点を、知らぬ技術により合図をし、同時制圧した事を確認しました」

 リューシェが文字を追いながら、その文字を声に出して告げる。

「その中には死亡していたとされるタルクァルの姿もあり、聞き込み調査により、その存在は間違いの無いものと推測されます。並びにその場にいた者の証言により、魔王様が現在タルクァルにつき、タルクァル側の指揮を取っていた事は明白と考えられます」

 リューシェの目が更に文字を追う。

「証言によれば、タルクァルは魔王様直々に鍛えられたとの事。以上の事から考え、魔王様がタルクァル保護をしていた可能性もあり、現在ゴルゾーンでは、魔王様の仮の名であるトーマと言う名前は更なる求心力を得ている模様。並びに証言は多くの者から聞き取っており、間違いのないものと断定したします」

 基本的に鳥からもたらされる情報は精密なものだ。唯一の例外が黒鳥たるザイールだけである。ザイールの場合は簡潔かつ無駄の無いものだが、通常の『鳥』達は当然ながら己の責務を果たす為に出来る限り精密な情報を送ってくる。

「また、民と領主が共に町を作る理念を打ち出している模様。これはタルクァル並びにその兄ガンズの理想とされていますが、魔王様のお考えによるものと考えられる余地はある様に考えられます」

 リューシェの口から毀れる言葉が途切れた後、一瞬の空白が訪れ、リューシェとニーナが目を丸めてアルマを見つめる。因みにゲルトは三人が文を読んでいる間からアルマを感心した様に見つめている。

「……え? えと……あの……」

 民と領主が共に未来を作る構想。
 それは三人の目の前にいる、おどおどした少女が予想し、打ち出したハルトの行動予測と全く同じだ。
 リューシェは何も言わず、ポン、とアルマの肩に手を置いた。

「ありがとう、アルマ」

 ――味方になってくれて。とリューシェは心中で呟く。

「流石だねぇ、アルマ」

 ニーナはアルマの右手を両手で包みながら言葉を告げる。

 ――この子を敵に回していたら厄介な事になっていた。心中で同じくニーナが呟く。

「……あ、えと、はい……?」

 肝心のアルマは事態が飲み込めず困惑の表情を浮かべている。


「……状況を整理しよう」


 リューシェはニーナとアルマに言葉を掛け、その目をゲルトにも向ける。そして、その三人が頷くのを待って踵を返し、ソファに腰を下ろすと、黒塗りのテーブルに先程の文を置いた。

 その対面側にアルマとニーナが座り、ゲルトはたったままその三人を見守る様に目を細めた。
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