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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第五十五話 私兵長エドガルは最善を見極めるべく目を閉じる

 
 ――タルクァル存命。並びに救世主トーマタルクァルへの参入の話は一日と立たずドルゾーンのほぼ全ての民に知れ渡った。あの作戦が結構されて以来、民の中には確かな希望が生まれ始めている。

「……タルクァル様が生きていた、と言うのは本当なのか?」

 道行く者達の中の一人の男が大通りで露天を開いている一人の店主に、買い物を装いながら尋ねた。その男はどうやらその時大通りには居なかったらしい。
 店主は笑みを浮かべつつ近くに私兵が居ない事を確認すると、その問いに答えた。

「あぁ間違いない話だ。更に言えば、トーマさんもタルクァル側についた、と言っていた。もっと言えばな、タルクァル様はすげぇ事を仰ったんだぞ」

 その露天の店主がその男の服の袖を掴み、喜々とした表情で店の奥へと誘う。

「……何でもな、民も意見を出し合える街を作るって言っていた。もしそれが本当なら、俺達にも街の在り方に口が出せる様になるんだよ」

 店の奥に引っ張りつつも、その声は抑えられている。そしてその言葉に声を掛けた男は唖然とした表情を浮かべた。

「……そんな事を仰っていたのか」

「あぁ。それにな、偉く強い人なんだよ。一人で私兵を何人も倒してな。そらぁ痛快だったさぁ。その後の言葉、お前さんにも聞かしてやりたかったよ。ありゃぁ惚れるな。実際あのタルクァル様を見た奴らは皆タルクァル様を信じてる。勿論俺もだ」

 喜々とした表情で告げる店主に、その男は更に問いかける。

「――タルクァル様は、誰に剣を教わったんだ? 元領主の弟だったのだろう? 剣の腕前が、傭兵相手に通じると言うのは、相当なものだぞ」

 その言葉に、店主は興奮を抑えられない様子で答える。

「何でもトーマさんが鍛え上げたらしい。それに、トーマさんが声を掛けていたと言う事は、トーマさんは相当立場の高い場所に抜擢されたんだろうな。何か音を出す見た事もない矢を放って合図を出したり、毅然とした様子で激を飛ばしたり。いや、タルクァル様があぁも立派になられたのも、トーマさんの力があったからだろう」

 店主は満面の笑みでその男に言葉を続けた。

「タルクァル様が表舞台の主役なら、トーマさんはそれを支える影の主役だ。トーマさんがこの街に来てから、この街はガラリと変わった。あの人は凄いなんてものじゃない。まさにこの街の救世主だよ」

 その言葉に、その男もまた笑顔を浮かべると静かに頷くと、近くにあった果物を手に取り、その代金を店主に渡す。

「……おい、ちょっと額が多いぜ?」

「何、良い話を聞かせてもらった礼だ。取っておいてくれ」

 その言葉に店主は愛想よく笑みを浮かべ、毎度有り、と言葉を返す。
 その男は大通りを少し外れて人目のつかない場所に出ると、懐から小さな紙とペンを出して、それにサラサラと文字を書き込む。そして、その文面を見直し、失礼にあたる部分が無い事を十分に確認してから右手の人差し指を口に加え、己の鳥を呼ぶ。その音に、どこからか小鳥が現れ、ふわりと男の右肩に降り立った。

「――頼むぞ」

 その言葉に足に文を結ばれた小鳥が一度小さく鳴き、男の肩を蹴って大空へと舞い上がる。
 男はそれを見届けた後、静かに呟いた。


「……知れば知るほど、あの方の偉大さが分かる。この時代に生まれた俺達は、先人の誰よりも恵まれているのだろうな」


 遥か遠くにありすぎて、誰もが夢見る事すら知らなかった世界を、この男の主は全てに見せて、そして導いていく。

 大空を見上げる男の目には、盲目的なまでに純粋な、恭順の色が宿っていた。



 ――その神経質さを感じさせる男は、己の居室にて、執務机の椅子に腰を下ろしながら、肩を震わせ、やがて耐え切れなくなった様に右手で頭を抱えて、大きく笑い声を上げ始めた。

「生きていたか! 生きていてくれたか! タルクァルは!!」

 凄惨な笑みで、目を見開きながら笑うその神経質そうな男――エグモントは居室にいる配下の者に問う。私兵を束ねる男――私兵長はエグモントに片膝を付き、恭順の意思を示しながらその笑い声に答えた。

「先日の大通り襲撃事件、並びにその後の街の者の反応から考えて、タルクァル存命は確かなものと思われます。並びに以前お話しました、例の救世主もまたタルクァル側についたとの事」

 私兵長が伝える言葉の間にもエグモントの笑い声は収まらない。

「そうか! あの救世主もタルクァル側に付いてくれたのか! 面白い、これならば碁盤が引っ繰り返る可能性も出てくるというものだ!」

 その言葉に私兵長は苦渋の表情を項垂れたその顔に宿し、エグモントに告げる。

「今すぐタルクァル掃討の命令をお出し下さい。これ以上奴らを野放しにするのは危険と判断します。今ならばまだ捻り潰す事が可能です。これ以上放置し、増長させてしまうのは危険です」

「ならぬよ」

 エグモントは何とか笑いを押し留めると、しかし愉快そうな笑みを浮かべながら私兵長の言葉を切る。

「考えてもみろ。今回の襲撃でタルクァルとその救世主がどれだけ民に希望を与えたと思う。これから先、奴らはもっと民に希望を見せていくだろう。そうやって民を躍らせてくれれば、これ以上にない娯楽になるではないか」

「……しかし、御身に万が一の事が起こりえないとも限りません」

「構わんよ。その時はその時だ」

 その言葉に私兵長が困惑した表情を浮かべ顔を上げる。

「楽しいではないか。観客でしか無かった私が舞台に上がれるのだぞ? しかも己の命と言う、人によっては最も大事なモノをかけてな」

 愉悦に染まった笑みでエグモントは言葉を続ける。

「奴らは詰んでいた状態から碁盤をひっくり返そうとしている。ならば、それに真向から向き合い叩き潰すのが筋だろう? 騙し討ちよりも正面から叩き伏せて、民に絶望を植え付ける方が楽しいではないか」

 そしてその目が見開かれ、凄惨なものとなって私兵長に向かう。


「――そっちの方が、民はの顔は絶望に染まるぞ?」


 その言葉に私兵長は苦渋の表情を浮かべる。
 エグモントは絶望に染まる民を愛している。恐怖に、嘆きに、悲しみにくれる民の在り方を深く愛している。

 その在り方は、余りにも純粋だ。

 ハルトが民を愛し、それに笑顔を与えようと思う様に、エグモントは民に絶望を与えたいと願っている。
 エグモントは幸福など所詮仮染めのものであり、人とは絶望の中で喘ぐ姿こそが真の姿で、最も輝ける在り方なのだと確信していた。

 つまり、ハルトとエグモントの在り方は純粋と言う言葉で合致する。

 両者の違いは幸福と不幸、希望と絶望、楽と苦。それらの様な相反する感情を求める所だ。

 満ちる幸せか、枯渇する嘆きか。

 ハルトは満ちる幸せを民に与えたいと願い、魔王として君臨してから魔族領の改革に着手した。
 エグモントは民が最も輝ける姿に、つまり絶望に暮れる姿にこの街を変えてきた。
 故に必要以上の圧政を敷き、民に絶望を味あわせてきた。

 だが、その絶望は、仮染めの希望を与える事によって、更に深まる。

「……御身に万が一の事があってはなりません」

 己の言葉が届かないと理解しつつ、それでも私兵長は声を上げる。
 私兵長も他の私兵と同じく、元は金で雇われた只の傭兵だ。しかし、その実力をエグモントに認められ、私兵を纏める長に付き、私兵と言う身分では唯一の側近になっている。

 言うなればこの男にとって、エグモントは只の雇い主にしか過ぎない。
 だが、雇われた以上は給金に見合うだけの働きをしなくてはならない所もある。

「……命など、所詮はいつか潰えるものだ。そんなものよりも、美しいものが多くあるだろう。ならば、それを見る為に自分の命を使うのもまた一興と言うものだ」

 エグモントの表情に浮かぶ愉悦は変わらない。それを見て、複雑そうな表情で私兵長は頭を下げる。

「暫くは今まで通りに事を成せ。命令があるまで決して奴らの拠点を襲ってはならない。精一杯民に希望を見せつけさせろ」

 私兵長はその絶対の言葉に賛意の声を上げ、ゆっくりと立ち上がり、踵を返した。そして、エグモントの居室を後にし、その扉に背中を預けて腕を組み、瞑目して深いため息をつく。

「……エドガルさんよ」

 その瞑目していた私兵長に、よく知る者の声が掛けられ、私兵長――エドガルは目を開いてその声の主に顔を向けた。

「……クライルか。珍しいな、こんな所に」

 クライルは憮然とした表情でエドガルに問う。

「昨日の件でな。まぁ色々と話もあったから、ついでに寄ったんだよ」

「話?」

 あぁ、と告げてから、クライルは辟易とした様子で右手を腰に当て、エドガルを睨みつける。

「――あんただって分かってんだろ。この街はもう駄目だ。俺らの様な馬鹿にはこの街は救えねぇよ。あんただってもう十分に分かってんだろ」

 エドガルはその言葉に目を細め、静かに黒塗りの扉から背中を離すと、クライルに言葉を返す事も無く、歩み始める。
 その歩みを見て、クライルは呆れた様にため息をついてから、その背中を追った。

「……あんたが俺達をこの街に連れてきたのは、何とかして私兵の蛮行を正す為だったんだろう? だけど、私兵長のあんたの言葉にもここの腐った連中は耳をかさねぇ。俺達に出来るのは精々が私兵達の蛮行を注意して、住民に尽くす事くらいだ。こんなんじゃ何もかえらんねぇよ」

 クライルは足早にエドガルに肩を並べ、言葉を告げる。

「もうこの街に俺達が出来る事はねぇよ。こんな糞みたいな街は捨てて、どっか別の、もっと働きがいのある場所に行こうや」

 その言葉にエドガルは歩みを止めずに言葉を返す。

「……もう十分に俺達はこの街に深入りしている。ここで見捨てる事など出来ぬだろう」

「……あんたの言葉も分からんではないんだがなぁ」

 クライルはガシガシと頭を掻きむしりながら言葉を続ける。

「俺たちみたいな馬鹿野郎は、どっちかって言うとタルクァル側につくべきだった筈だ。そりゃ俺達が来た頃にはもうあいつら落ち目だったから、こっちについて中身を変える方が正しいと言ったあんたの判断は間違っちゃいないと思うけどよ」

 言葉を返さず歩みを進めるエドガルにクライルは深いため息をついた。

「あの馬鹿もあっちについた。あの馬鹿がどんだけの事が出来るかはわからねぇが、たった一日で住民に希望を植え付けるような奴だぞ? これから話がひっくりかえるって事も有り得る話だ。後の事はあいつらに任せて、さっさとずらかろうや」

 そのクライルの言葉にエドガルは足を止め、二歩進んだ所でそれに気づいたクライルが振り返り、軽く眉を上げる。

「……何者なのだろうな。そのトーマと言う男は」

 クライルが言う馬鹿とはハルトの事だと既にエドガルは知っている。
 エドガルとクライルは五年来の付き合いだ。その立場は対等ではあるが、クライル達はエドガルに一目置き、その言葉に従っている。クライル達がゴルゾーンに来たのも、エドガルの発案によるものだ。
 エドガル達はそれなりの数のメンバーで動く傭兵集団だ。その理念は単純にして明解。

 ――己の信念に従うべし。

「あいつが何者なのかまでは知らねぇが、まぁ一つだけ分かる事はあるな」

 飄々と告げるクライルにエドガルは目を移し、目でその先を促す。

「あいつは俺達以上の大馬鹿野郎って事だ。俺達が燻っているこの半年間を、あいつはたった一ヶ月で塗り替えちまったんだよ。住民の奴らもあいつが来てから顔色が大分よくなったんだぜ? もっとも、こんな所に縛られてるあんたは知らんだろうけどな」

 エドガルはその言葉に暫くの間瞑目すると、やがて考え疲れたようにため息をついた。

「……今俺達がこの街を離れれば、それこそ私兵達は今まで以上に好き勝手やり始めるだろう。今俺達がここにいる事が、私兵達の抑止力になっているのもまた事実だ。それを放棄してこの街を離れる事は出来ない」

 その言葉にクライルが複雑そうな表情を浮かべた。
 確かにエドガルの言葉には一理ある。もしエドガルや、クライルを初めとした良識のある私兵が街を離れれば、ゴルゾーンは恐慌状態に陥るとも限らない。エドガルを初めとした良識のある私兵は私兵達のごく一部だが、それら全員は相当の剣の腕前を持つ。その力が抑止力になっているのは間違いの無い事だ。

「……たく、どこを間違っちまったのかな。良くする所か、恨まれ役か」

 腕を組みつつぼやくクライルにエドガルは静かに告げた。

「今暫く我慢してくれ。状況がどう動くか分からない今、下手に動く事は出来ん」

 ――もし掃討の命令が下ったのであれば、打てる手はあった。

 エドガルは私兵を束ねる者であり、更に言えば作戦を立案できる立場にある。制圧に当たり、信頼にたる部下を抜擢し、タルクァル本部を強襲――と見せかけ、信頼に足らぬ部下は斬り殺して口を塞ぐ。その後、タルクァルの最高責任者、つまりハルトと接触し、外と内からの作戦が行えないか協議する予定だった。

 勿論上手くいくかは分からない。だが、行動を起こさなければ何も変わらないものまた事実だ。

 今までエグモントを討てなかったのはハルトと同じく後継が居なかったためだ。更に言えば私兵の数の問題もある。その後継はタルクァル存命によって繋がったが、しかし情報が錯乱していると言っても良いこの状況の中、下手に手を打つ事は出来ない。

 クライルはその言葉にため息を吐きつつ、答える。

「……あんたがそう言うなら、まぁ仕方ねぇか。それならあんたを信じるまでだ。ま、何かあったら声をかけてくれや」

 クライルはそう告げると踵を返し、肩ごしに右手をひらひらと動かした。
 エドガルはクライルが去った後、静かに息をついて瞑目する。

 どの手が最善なのかを模索するように。
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