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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第五十四話 レスカの危惧は現実のものとなる

 
 ハルト達が本部に戻って暫くすると、今回の作戦に伴ってタルクァル本部から発っていた作戦メンバーが全員帰還した。
 しかし、既に息のない者、三名。

「……お疲れ様。この人達の最後の話を聞かせて」

 淡々と冷えた眼差しで死んだ者達と同行していた兵士にハルトは尋ねる。その内の一名は先程ハルトが直接声を掛けた内の一人だった。
 その場にいた全員が沈痛な面持ちを浮かべている中、ハルトだけが能面の様な表情を浮かべている。タッカはハルトのその表情に不安げな眼差しを向けていた。

「……一度に三人に斬りかかられてな。二人までは連れて行ったんだが、三人目でばっさりやられちまった」

 コンラートがアルヴァーに目を向け、済まない、と小さく告げ、アルヴァーはそれに名目して静かに頷いた。

「他の二人は?」

「……住民を人質に取られそうになった所に割って入り、そのまま……」

 兵士の一人が辛そうに告げる。
 ハルトはそれに軽く頷くと失われた命に目を細めながらゼノンに問う。

「この人達はどうやって葬るの?」

 ゼノンはその言葉に目を閉じて辛そうに言葉を言った。

「近くの森に穴を掘り、土蔵していました。しかし、そこももはや……」

 今までのタルクァル側の兵士の死者数は千人を超える。当然そのまま打ち捨てられた者も少なくないが、それでも多くの骸が既に森の土へとなっている。
 もはや葬る場所も無い。ゼノンはその言葉を飲み込みながらハルトへと告げた。

「……そっか」

 ハルトは力なくそれに答えると、静かに膝を折り、まだ目を開けたままの一人の瞼に手を落とし、そっとその目を閉じさせる。

 そして、静かに目を細めて、優しく言葉を告げる。

「……お疲れ様。安心して、眠ってて良いよ。君らの命、絶対に未来に繋げてみせる。だから、後は全部任せて」

 目を閉じたまま、死んだ兵士の冥福を祈り、ハルトはその兵士達が身に纏っていた衣服の一部を千切り取ると静かに立ち上がった。

「葬る場所は、もう無いんだよね?」

 背中越しにハルトはゼノンに問い、ゼノンが頷くのを気配で感じ取る。

「……浄化の焔よ。使命を全うせしこの者達に、安らかなる眠りを導き給え」

 ハルトは架空の呪文を紡ぎ上げ、そっとその手をその三人へと翳す。

「――火葬執行」

 ハルトが言葉を終えたその瞬間、ハルトの意思が呼んだ紅蓮の焔が三人を包み込む。その温度にその三人を見つめていた者達が僅かに後退し、各々が手で顔を覆いながらも、その光景に目を見開いた。
 轟々と音を立てながら火柱が上がる。その時間約十秒。その間、ハルトは目を細める事も無く、静かに消えていく三人を見つめていた。
 やがて紅蓮の焔の中にあった三人の身体が焔の中に消えたのを見て、ハルトは焔を消す。

「……今、のは……?」

 跡形も無くなった、三人が居た場所に、レスカが唖然とした表情を浮かべつつ、ハルトの背中に尋ねた。

「俺の故郷では、死んだ人は炎に包んで、煙にして空へと返すんだ。だけど、今下手に煙を上げれば、この場所が知られかねない。だから、煙を出さない様に葬った」

 そう告げると、ハルトは淡々と言葉を続ける。


「……ただそれだけ。ただそれだけだよ」


 ハルトは静かにまだ青さを留めている空を見上げ、ゼノンに尋ねた。

「穴はまだ埋めてないんだよね?」

 ゼノンが頷く気配を待って、ハルトが告げる。

「じゃぁ、その人達も空へと返そう。今の人達だけが空に返されるのは、余りにも前の人達に悪い。今まで散っていった人達も、皆空に返してあげなきゃ」

 恐らくその場は腐敗した躯の異臭が漂い、近づく事すらも難しいかも知れない。だが、ハルトの炎ならば、その異臭ごと消し去る事が出来る。

 ゼノンが頷き踵を返すのを待って、ハルトもまた静かに踵を返す。

 その顔に宿るのは、感情の無い表情。そして、その右手に握り締められているのは、炎に包まれ、消えていった者達の衣服の一部。

「……先生、それは……?」

 タッカがハルトの表情を見て不安げな面持ちに尋ねた。

「……俺が殺した人達の重みだよ。俺の命令によって、死んだ人達の重み。俺はこれからその全てを背負っていく」

 そして、僅かな後悔を浮かべた目を細め、ハルトはタッカに空ろな微笑を浮かべた。
 その場に居た全ての者達が、ハルトの浮かべている虚無さえ漂うような微笑に悲痛な表情を浮かべた。

 この世界で理想に殉じていく者達の死は、その個人のものだ。それら全てを背負っていく事は、精神的な負担が掛かりすぎる。故にゼノンも、レスカも、そしてアルヴァーを始めとした全ての兵士達も、死は己で完結するものだと思っていた。

 だが、ハルトは違う。

 ハルトは魔王として、全ての者に意思を託した。

 それは魔王城に居る騎士達だけが例外と言う訳ではない。


『……皆、仲間……消えて良い命なんか、ない……っ』


 リューシェの言葉が頭をよぎり、ハルトは自嘲気味な笑みを零した。
 消えて良い命は無い。だが、自分の案が、自分の命令が、意思を持ち、駒となるな、と言った者達を駒にし、死へと導いた。
 当然死した者達は己の理想を自分の信念と共に掲げ、その果てに死へと至った。
 だが、そんな事は、ハルトにとって何の慰みにもならない。
 どの様な大義名分があったにせよ、その者達を死に向かわせたのはハルトだ。そしてそのハルトはその命に僅かな感情も覚えさせず、且つその重みをその背に背負っていく決意を固めた。

 ――タッカはそこで初めて、自分の苦悩などハルトの苦悩に比べれば余りにも軽いものだと気付いた。

 確かにタッカは人を殺めた。七名の命を奪い、それに負の感情を覚え、恐慌を来たした。
 だが、ハルトは更にその先を行き、誰もがその重さゆえに背負えないだろうものを背負っている。
 そして、その意味を誰よりも理解している。
 リーンは無表情に近いハルトの表情に、以前の優しいものが消えた事に気付き、不安げな様子でタッカとハルトを交互に見つめた。

 ――そしてレスカは、己の危惧が現実になったと気付いた。

 目の前の少年とも言える存在は、その重さ故に誰にも背負えなかった重みを一身に受け入れようとしている。冷徹な表情を浮かべていても、どんなに冷え切った声を紡いでいても、目の前の少年は、限界を引き伸ばし、それを背負おうとしている。


「……何もトーマ君一人が背負う重みじゃない! それは私達全員が――」

「――言った筈だよ」


 悲痛な表情でレスカがハルトに告げようとした言葉を、ハルトは躊躇いも無く斬り捨てた。

「……俺は最高責任者だ。これから先の事は俺一人が背負う重みだ。皆は、皆の命は俺一人が背負う。そんな思いをするのは俺一人で十分だ」

 そして、空ろな目をレスカに向ける。

「皆は自分の使命を全うしてくれ。何も気にせず、未来だけを目指してくれ。そうしてくれた方が、俺にとっても都合が良い」

 悲痛な表情を浮かべるレスカを見つめた後、静かに歩みを始めたゼノンの後をハルトが追う。その姿にレスカは何も言えなくなり、ただ、その目でハルトの背中を追った。

「……とんでもない餓鬼だとは思っていたが、あいつは何なんだ。耐え切れずに壊れなきゃ良いんだが……」

 腕を組みつつ、遠くなるハルトを見つめながら、僅かに不安げな声色でアルヴァーが呟いた。
 アルヴァーとて死に行く仲間を思わない日は無かったが、それは割り切る問題だとして自分の中で区切りをつけた問題だった。そう思わなければ、前に進む事など、並みの人間に出来る事ではない。

「……人の上に立つ、そして理想を説き、死に行く者の命を一人だけで背負う。生半可な覚悟や強さでは、到底出来ない事だ」

 フリッツは僅かに視線を大地に落としながら呟いた。

「人の上に立つにしろ、限度があるだろう。あいつは無理をしすぎだ。一人一人の命を背負って生きていく事など、出来ないだろう」

 コンラートは複雑な感情の中で呟く。

 今の言葉が虚勢や、只の言葉の上になりたつもので無い事は、ハルトの表情と、その声色で直感的に確信できた。

「……あのままじゃ、あいつはいずれ壊れるぞ」

 その言葉に今度はリーンが声を上げる。

「トーマさんは決して壊れません! 私達がそれを信じないでどうするんですか!? ター君も何か言って下さい!!」

 だが、その言葉に、タッカは言葉を詰まらせる。


『――お前は、俺みたいになるな』


 その言葉だけがタッカの中で引っかかっていた。

「……ター君……?」

 返事を返さないタッカにリーンは唖然とした表情を浮かべた。

「……先生は、本当は、誰よりも辛い筈だ……」

 あの時見た表情、そして言葉。それは、ハルトが既に己の在り方をやめようとしている様に思われた。

「でも先生は、それらを一身に受け止める為に、感情を、殺したんだ」

 ――だけど、とタッカは苦しそうに言葉を続ける。

「……先生は感情を凍らせる事が出来ると言っていた。もしそうなら、先生は自分が殺したと言った人達の命を背負う必要なんか無いんだ。先生は感情を殺したと言いながら、その優しさで消えていく命の全てを背負う覚悟をしている」

 冷徹さと、優しさの狭間に置く事を余儀なくされた感情。その余りにも曖昧で不安定な感情が、どれほど危ういものに成り立っているのかは、正直な所タッカには分からない。
 もし、ハルトが自分自身で敵を討つ事が出来たのなら、ハルトはそこまで不安定な状況に置かれる事は無かっただろう。向かってくる者は容赦なく処断する。それは敵対者に対して完全に冷徹になれるからこそ出来る事だ。

 だが、今回ハルトの言葉で死んだ者達は、仮にもハルトの部下だった者達だ。

 その部下を、言葉一つで殺めて事に関して、ハルトが何も覚えない事が出来る訳が無い。それはハルトと共に生活し、ハルトと言う人間の優しさを知ったタッカが最もよく知っている。
 ハルトの本質は、冷徹さの裏側にある優しさだ。困った者達を救わずにはいられない、人としては持ち得る筈の無い、余りにも深い優しさだ。

 その優しい人間が、成り行きとは言え、仕方が無かった事とは言え、自分の部下を死地に向かわせた。

 リーンはタッカの言葉を聞いて、いたたまれない様子で表情を曇らせる。


「……やはり、私達の判断は、間違っていたのかも知れません」


 静まり返った中でレスカが静かに告げた。
 初めて会った時、ハルトはその強さを見せ付けながら、それでも屈託無く微笑み、アルヴァーの怪我を癒し、『未来を見て欲しい』と言外にレスカに告げた。

 あの時の笑顔は、間違いなく善人が浮かべるものだった。

 しかし、犠牲となった三人を葬った後にハルトの顔に浮かんだものは、全ての感情を忘れたかの様な、空虚なものだった。

 判断力、思考能力、戦闘能力、そして求心力。ハルトはその全てを持ち合わせ、間違いなく人を率いていくに足る存在だと思った。だが、それは自分達の価値観の中で考え出されたものであり、ハルトの本質――優しすぎるその在り方――はレスカ達の中にある価値観を軽く超えている。

 酷い言い方をすれば、レスカ達にとってみれば、兵士は駒だ。その死を悼みはするが、それ以上の感情は覚えない。

 だが、ハルトは感情を殺したと言いながら、その優しさで全てを背負おうとしている。

 それは余りにも危険だ。或いはその重圧で、ハルト自身が潰れかねない。


「……どうして、貴方はそんなにも……」


 レスカの小さな呟きは誰の耳にも届く事無く、青さを静かに茜色に変えようとしている空へと消えていった。
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