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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第四十九話 ハルトは酷い自己嫌悪に陥る

 
 一対五十人余りの立合いの後、ハルトの立案した作戦を決行するに当たって、暫くの休息が設けられた。

 ハルトの手心が十分に加えられた立合いで怪我らしい怪我を負ったものはおらず、またハルトから投げ飛ばされた際に手から離れた剣によって傷ついた僅かな兵士達もハルトの魔法によって瞬時に癒されている。
 だが多少とは言えダメージはダメージだ。その多くが三半規管の一時的な異常、並びに軽い打ち身程度で済んだが、今は万全の状態で作戦に望まなくてはならない。

「……しっかし、まさか本気で怪我人らしい怪我人を出さなくて済ましちまうとはな」

 レスカの居室にあるソファでアルヴァーが呟いた。

「しかもあいつ、相当手抜きしてやがったぞ」

 以前自分に加えられた攻撃で、粉々になりかけた胸の部分をポンポンと叩きながらアルヴァーは深い息をつく。

「私も流石に怪我人を出さずしてあの局面を乗り越えるとは、予想もしていませんでした。一人か二人、軽い骨折程度の怪我人は確実に出ると思ったのですが」

 アルヴァーの隣に腰を下ろすゼノンが手を組みながら鋭い目をテーブルに向ける。


「……神聖騎士団ならば、当然、ですか」


 ゼノンがその場にいる四人に告げる。そしてその目をテーブルを挟んで向かい側にいるフリッツとコンラートに向け、横目で執務机に座り手を組むレスカを見る。
 情報とは証拠が無い限り、その真贋を見極めるのが難しい。
 恐らくこの場にいる全ての者は、ある情報を鵜呑みにし、信じきっているだろう。

 だがゼノンはその情報に対して、二つのある光景からある疑問を抱いていた。

「しかし、自分達が栄えある神聖騎士団、しかも上位の方と立ち合えるのはこれ以上にない幸せだったな。実際、あの方の動きは目ではとても捉え切れなかった。何も出来なかったが、それも仕方あるまい。我々とあの方とは立居地が違いすぎる」

 フリッツが笑みを浮かべながら告げ、ちらりとコンラートを見る。

「お前ももう認めただろう、コンラート」

 その言葉にコンラートは腕を組みつつ憮然とした表情で答えた。

「認める他に無いだろう。流石にあそこまで決定的な差を見せ付けられたらな」

 ゼノンは何かを観察するような眼差しで二人を見ると、その目をレスカに向けた。


「……レスカ様は如何にお考えですか?」

「――え?」


 何か思案に耽っていたレスカは突然掛けられた声にピクリと眉をはねらせる。
 ちなみにその脳裏には先程のハルトの舞が静かに流れていた。

「あの方が、栄えある神聖騎士団の一員だと思われますか?」

「あ、あぁ、その事ですか」

 レスカは組んでいた手を解くと真剣な表情でゼノンに告げた。

「タルクァルの言葉である以上に、あれ程の強さを持つ方は、恐らくこの世界では五指に入るでしょう。間違いなく神聖騎士団、それも上位の方と私は判断します」

 ゼノンは暫くレスカを見つめ、その言葉に偽りが無い事を確信すると、心中で小さな溜息をついた。

「レスカ様にお願いがございます」

 レスカは珍しいと言っても良いゼノンの言葉に目を丸める。
 ゼノンは基本的にレスカに判断に足る材料を与え、それらの判断を後押しする為に意見を言う事はあっても、願う事は殆ど無い。

「……なんでしょう?」

「どうかあの方が言う通り、今まで通りにあの方と接していただきたい。私達はあの方と対等であるが為、あの方に畏敬の念を向けるのは問題ありませんが、レスカ様までもがそれに連なってはなりません。例えこれから状況が変わったとしても、レスカ様は『前最高責任者』として彼に接するべきだと思います」

 レスカがその言葉に眉をひそめる。

「これはあの方の願い……いえ、むしろ命令だと思われた方が良い。あの方はどうやら畏まられるのがお嫌いな様です。例え最前線にあの方が立つ事が無かったとしても、今回の起死回生の作戦、並びにタルクァル様にあの剣技を授けた事から考えれば、あの方は我々にとって貴重な切り札なのです」

 その言葉にレスカは表情を曇らせた。

「……しかし、栄えある神聖騎士団の騎士なのですよ? 本来であるのならば、あの方は私達が言葉を交わす事すら許されないのです。それに敬意を払うのは当然ではないですか」

 しかしゼノンはその言葉に静かに首を振る。

「あの方がレスカ様に砕けた態度を求めているのです。ならば、レスカ様はそれに応えた方が宜しいかと存じます」

 その言葉にレスカは言葉を詰まらせる。
 確かにハルトはレスカに対して砕けた態度を要求している。ならば、それに従うのが道理と言うものだ。

「……んで、問題のあいつはどこに行ってやがるんだ?」

 ゼノンの隣にいるアルヴァーがゼノンに告げる。

「トーマ殿の私室で作戦についてタルクァル様と打ち合わせをしているとの事。終わり次第こちらに顔を出すと仰っていましたよ」

 飄々とゼノンは言ってのける。


 それが打ち合わせと言う名前の、作戦とは違う話し合いだと確信しながら。



 ――一方ハルトの居室では、何故かハルトがベッドに正座し、項垂れていた。

「……リ、リーン? もう、良いんじゃないかな。せ、先生も十分に反省しているみたいだし……」

「ター君は黙っていて下さい」

 涙を溜めた鋭い目と口調で言葉を遮られ、タッカが言葉を詰まらせる。
 当初ハルトが二人を呼んだ時、ハルトは二人に感謝の念を伝えるつもりだったのだが、あの時リーンは内心で相当焦っていたらしい。感謝の念を伝えた後に、おずおずと始まったリーンの言葉はもう直ぐ十分を超えようとしている。そして気付けばハルトは自発的に正座をしていた。

 今この場を支配しているのはリーンの説教のみだ。

「トーマさんはもう少し自覚を持って下さい。トーマさんの力は、私達には計りしえないものなのですから、トーマさんが当たり前の様にしてする事は、私達にとって非常識なんですよ?」

「――うん、いや、ほんと申し訳ない」

 項垂れながら告げるハルトに、リーンは涙を溜めながら小さく悲しげに呟いた。

「……もしトーマさんがハルト様だと知られる事になれば、トーマさんはここにいられなくなるじゃないですか……」

 ハルトは顔を上げると苦笑いを浮かべつつ頬を搔く。

「いや、でも流石に俺がハルトだって知られる事は無いんじゃないかな。第一魔王って僅かな供を率いて魔族領を彷徨っているって話になってんでしょ?」

「……それは、確かにそうですけど……」

 タッカとリーンにとってハルトは大切な存在だ。三人は僅かに一ヶ月余りしか共に暮らしていないが、タッカもリーンも十分にハルトに慕っている。

 タッカは優れた先生として。
 そしてリーンは憧憬とも言える感情――それは理想の兄の様なものに向けるもの――を抱く存在として。
 特にリーンの場合は家族を実の兄に殺されたのだから、ハルトの様な、優しさに溢れる優れた人格者――もっともハルトにその自覚は無いが――に理想の兄の姿を重ねるのも仕方ないかも知れない。

 それが小さな事で破綻してしまう事だけはタッカもリーンも避けたい事実だった。

「そ、そう言えば先生、先程拾ってきたあれは何なのですか?」

 一瞬の空白を埋める様にタッカがハルトに助け舟を出す。

「あ、あぁそれか」

 ハルトが頷いて正座を崩してベッドから降りる。ちなみにリーンは半泣き状態だ。ハルトはそのリーンを優しく撫でてから、タッカが見ている机の上にあるものに向かう。

「俺こっちの世界には余り詳しくないんだけど、流石に弓矢はあるだろ?」

 ハルトの言葉にタッカと、まだ半泣きのリーンが頷いた。

「んで、こっちの世界に音で合図を知らせる矢ってあるか?」

 ハルトの考察では恐らくそれら物理的な作用を持ったものは殆ど魔法に代替されている。つまり、この世界では何らかの合図の方法があるが、それは一部の限られた魔法使いによるものになるだろう。

「音の鳴る矢、ですか……?」

 タッカの問いにハルトは頷いてみせる。

「……少なくても、私は聞いたことありません」

 目尻にたまっていた涙を拭い、リーンが答える。次いでハルトはタッカに顔を向けるがタッカもまた首を振った。

「……やっぱりな。物理的な知識が圧倒的に不足してんだよな、この世界。っても、魔族領は基本的に平和だからこんな物もいらんのかも知れんけど」

 ハルトは腕を組みながら呟くと、机に置かれているものに目を移す。
 そこには十数本の細い木の枝と鳥の羽根、そして太い木の枝が一本。

 ハルトはその中から太い枝を手に取ると、それを空気の刃で切り刻み、幾つかのパーツを作る。次いで十数本の木の枝を一本一本手に取り、曲がりくねったそれを青白い光と共に美しい直線状のものへと変える。最後に一つだけあった羽根を取り、その情報を読み取ってから光と共に複製、数枚に増やしてから更に形状を変化。そして変化させたそれをパーツとして机の上に並べた。

 ――因みにタッカとリーンは目を丸めっぱなしだ。

「……矢を作ってるんですか?」

「ご名答。ただし只の矢じゃないよ。俺の世界で鏑矢って呼ばれてた奴」

 リーンの質問にハルトが答え、その答えにタッカが首を捻った。

「カブラ、ヤ、ですか?」

 ハルトが直線状になった木の枝と、先程の切り刻んだ太い木の枝を合わせながら、言葉を告げる。

「そ。殺傷能力の無い物が多いんだけど、うちらの世界で過去に行われてた戦いでは、この矢から放たれる音を合図に合戦を行った、なんて資料があるんだ。もっとも殺傷能力を付け加えようと思えば可能だけど、今回は戦いの為の矢じゃないから」

 ハルトが青白い光と共に太い木の枝の形状を変形させ、内部が空洞の円錐状のものに作り変える。ちなみに円錐状の先端部には四つの小さな長方形の穴が穿たれている。
 先端部分に奇妙な鏃を融合させたハルトは、次いで羽根を四枚手に取り、それを末端に当て更に融合。

「本来ならばこの鏃っぽい部分に漆やら何やらを重ねるらしいんだが、流石に職人さんの仕事は俺も知らないんでな。まぁそんな芸術品を作る訳じゃないから、今回は」

 出来上がった矢を見て、『一つ完成』とハルトは告げ、次に取り掛かろうとして致命的な失態に気付き、頭を抱えて項垂れた。


「……せ、先生……?」

「あの、トーマさん、どうかしましたか……?」


 突然沈みこんだハルトに二人が不安げに言葉を掛けるが、ハルトは一つ深い溜息をつくと、たった今作り上げた鏑矢その物の情報を読み上げ、左手に光と共にコピーを作る。
 タッカとリーンはハルトが何に気付いて落ち込んでいるのか分からず、不安げな表情を浮かべている。

「……無駄な労力だよ。リーンの言う通りだ。俺もう少し考えて行動した方が良いみたいだ」

 タッカとリーンは沈み込みながら呟くハルトの言葉の意味を分かりかねてお互いの表情を見る。
 ハルトは当初同じ様に十数本の鏑矢の作成を考えていたのだが、冷静になってみれば一本完成してしまえばそれから複製すれば良いだけの話ではないか。つまりハルトが今十数本の曲がりくねった木の枝を変えたのも、羽根を増やしたのも、太い木の枝を切って変形させ一つの鏑矢の鏃を作ったことも、全て一度で事足りる。そして一本作ればそこからハルトの魔法によってそれを複製する事は容易だ。

 つまり、今までの作業は一つの鏑矢を作る以外、全て無駄骨となる。


「……オカシイナ、最高学府余裕デ入ッタノニ、ドウシテ俺コンナニ頭悪イノ……?」


 つまり、沈み込んでいる理由は、『只の自己嫌悪』である。

 アハハウフフと久しぶりに左右に揺れ始めたハルトを見て、タッカとリーンが慌ててハルトの手を掴んだ。

「ト、トーマさん、しっかりして下さい!」

「先生! 良く分からないけど気を確かに持ってください!」

 ――ハルトが戻ってくるまでの数分、ハルトの私室からは二人の呼び声が漏れていた。
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