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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第三十七話 ハルトは何も言えずゼノンの背中にただ俯く

 
 貧民外の中央にある広場は大きな月明かりが天から降り注ぎ、建物を青白く染め上げていた。そこに聞こえるのは剣を振る音と、少しだけ荒い呼吸の音。
 ハルトは石製の長椅子に腰を下ろし、タッカの動きを見ながらぼんやりと考え事をしていた。

 ガンズの実弟、タルクァルは死亡していた。
 そしてそれを長い期間、エグモントは隠蔽し、レジスタンス組織タルクァルと己の私兵達を戦わせていた。

 そこにある意図は何だろうか。
 幾つかハルトの中で仮定は導き出されたが、その中で濃厚なのはたった一つだ。

 エグモントはこの戦いを遊びとして認識している。

 まるで人の命をチェス盤の駒に見立てている様に。

「……ター君の動き、綺麗ですね」

 ハルトの隣に座っていたリーンが微笑ましいものを見る様な表情で呟いた。

「ある程度『流水』の動きを本能的に分かって来たんだろうな。じゃなきゃ、教えもしてない剣舞をあそこまでする事は出来ないよ」

 ハルトはリーンの言葉に半ば上の空で返す。

 ハルトは剣舞、と表現したが、タッカの動きはそこに仮想の敵が居るものとしての動きだ。恐らく相手は五人を想定しているのだろう。流れる動きに無駄はほとんど無く、それはまさに流れる水の様な動きだった。
 この世界に飛ばされる前のハルトは完全に無駄の無い動きを体現できていたが、それを僅か一ヶ月と少しと言う期間である程度身に付けたタッカには驚きを覚えている。

 ヒュンヒュンと剣がなる音と共に、ハルトの耳に何かの音が聞こえ、ハルトはゆっくりと立ち上がった。

「……先生……?」

 ハルトが立ち上がったのを見て、タッカが動きを止め、袖で汗を拭いながら尋ねる。

「……あの、何か間違った動きがありましたか?」

 ハルトはその言葉に首を振ると、笑顔でタッカに言葉を告げた。

「十分に良い動きだ。だけど、少し踏み込みが過ぎる。それを意識して、励んでみろ」

 タッカはハルトに褒められた事に喜びの表情を浮かべ、元気良く返事をした。

「あと、ちょっと用を足してくるから、それまで今の動きを再確認しておく事」

 タッカはハルトの言葉に呼吸を整えつつも軽く首を傾げた。

「……用、ですか……?」

「……トイレだよトイレ。何、直ぐに戻るからそれまでしっかりとな?」

 タッカに歩み寄り、その頭に軽く手を乗せ、少しだけ乱暴に撫でる。タッカはそれにくすぐったそうな表情を浮かべながら、頷いた。

 ハルトは中央の広場を去り、二人の目が届かない所にまで出ると、その眼光を鋭くさせ、大地を蹴る。
 目標は貧民外を覆う大きな圧縮したドームの僅かに外側にいる。ハルトの意思が作り上げた圧縮した空気の壁は、恐らく大砲ですら弾く程の硬さを持つ。それがこっちに向かっていても、その壁があるので放っておいても問題では無いのだが、もし敵意が無ければ、ここに来る者の可能性はたった一つだ。

 大地を蹴り、時に建物の壁を蹴ってコースを変えながらハルトは目的地へと急ぐ。

 ――そしてその者を目で捉えると、ハルトは石畳を僅かに削りながら、石畳に右手を着く様な形で着地した。

 ゆっくりと立ち上がり、そしてその目に痩身の男――ゼノンを捉える。

「……ここには来るな、そう言った筈だが……?」

 しかしその敵意とも言える鋭い視線を向けられながらも、ゼノンの表情に浮かぶ微笑は崩れない。

「……それとも、質問の解答を得てここに来たのか……?」

 ゼノンはその言葉に微笑みながらも首を力なく振った。そしてその穏やかな表情にハルトの眉が僅かに寄った。

「――今まで、ゴルゾーンの民を救って頂いた事への感謝を」

 僅かに間を置いて、目を瞑り、ゼノンは続けた。

「そして、出来るならば、これからもこの街を救って頂きたく思い、お願いを」

 ハルトはその目から敵意を消して、右手を腰に当てながら軽く溜息をついた。

「……それはゼノンさん達の仕事でしょや。俺は旅人でいずれこの街を去るの。これは決定事項。変わらない」

 その言葉にゼノンは僅かに目を開く。

「……もはや、我々には残された道は無いのですよ。我々には、この街を救う事はもはや不可能なのです」

 その言葉にハルトの眉がピクリと動く。

「……その言い方だと、まるでこれから玉砕覚悟で特攻するって聞こえるんだけど」

 ゼノンはその言葉に微笑みながら頷いた。

「貴方もご存知でしょうが、タルクァル様は既に死亡なされていた。資金面で援助してくれた方々も我々を見放すでしょう。そうすれば、タルクァルと言う組織自体が存在しなくなる」

 ゼノンの右手に力が入り、その形が拳へと変わる。温和な表情にある目が鋭くなってハルトに向かう。


「ならば、そうなる前に、犠牲となった千を越す命と運命を共にする覚悟です」


 その言葉にハルトの顔が険しいものになった。

「……ち、ちょっと待てよ。んなの無駄だって分かってる筈だろ。今のタルクァルの勢力じゃ、どう足掻いても勝てないって分かってるだろ……!」

「……仰る通りです」

 微笑みながら淡々と答えるゼノンに、ハルトの表情が怒りに変わった。


「――っお前ら馬鹿か! 死んだって意味無いって分かってんだろ! だったらもっと建設的に考える事出来ねぇのかよ! なんか方法があるだろうが方法が!」


 ゼノンはハルトの怒りを瞑目して受けた後、静かに目を細く開いた。

「……我々は理念を失い、同時に完全に求心力を失った。資金は既にほぼ底をつき、配布する食料にすら困る始末」

 淡々とした声は続く。

「我々はもはや手足を引き千切られかけていると言っても良いでしょう。ですが、まだ完全に引き千切られた訳ではないのです。まだ、まだ我々は動けるだけの意志と、僅かな力があるのです」

 ――ならば、とゼノンは続ける。


「我々は全力を持って、この現状に抗う」


 その目に宿る強い意志に、ハルトは悔しげに顔を歪めた。
 その眼差しはもはや死の覚悟を決めた人間が浮かべるものだ。言葉でどうこう説得できるものではない。

「例え残り一人になろうと、我々は今は亡きガンズ様、並びにタルクァル様の剣となり、エグモントを討つ。それこそが我々の存在意義」

 ハルトは悔しげに歯を食いしばった後、手を動かしながら訴える。

「どんな大儀があろうが意義があろうが無駄死には無駄死にでしかねぇんだよ! お前らがいなくなったらこの街はどうなっちまうんだ! 例え少なくたって、お前らに希望を託している奴らはまだいるだろうが!」

 ゼノンはその言葉に力なく目を瞑り、首を振った。


「――貴方はこの街の何を見てきたのですか……?」

「……え……?」


 ゼノンは目を細くしながら言葉を続けた。

「貴方が癒してきた人々は、貴方に癒して貰うまで、どの様な表情をしていましたか?」

 その言葉の意味に、ハルトは声を失った。

 ハルトは見るに耐えない惨状を見て、力を行使し、人々を救った。

 だが、その前にあったものは何だったか。

 その前にその者達が浮かべていた表情は、どんな表情だったか。


「……本当は貴方も分かっていた筈だ。もうこの街には絶望しかないのだと」


 ハルトが言葉を失っている事を構わずゼノンは言葉を続ける。

「お分かりでしょう? 貴方が訪れた時には、もう我々に期待して下さる方々など殆どいなかった」

 ――あの人達とは違って、何も出来ない。そう呟いた店主の表情は苦々しいものだった。

 そして、そこに何らかの期待はあったのか。

 あの時ハルトは『期待は余り出来ない』と自分で判断した筈だ。

 旅人で、ただ一日居ただけで、その希望が余りにも惨めなのだと気付いていた筈だ。

 その期待が、どんなに希薄なものなのか、あの時に分かっていた筈だ。

 タルクァルに希望を託している者が居るのか。

 探せば確かにいるかも知れない。だが、それは『知れない』と言う範囲だ。

 必ず居るとは言えない。

 更には、例え居たとしても、ガンズの実弟タルクァルが死亡している事が明らかになった今、組織としてのタルクァルに希望を託すものは、恐らく居ない。


「貴方の言う様な人物は、もう居ない。我々は、もう存在理由を失った。ならば我々に出来るのは――」

 ゼノンは目を瞑り、一呼吸置いてハルトに告げる。

「――我々の命を懸けて、民に我々が抱いていた意思を見せる事くらいでしょう」


 ――自分達が少しでも希望を寄せた存在の在り方を。そうゼノンは目を細めながら心中で呟いた。

「……貴方が旅人である事は重々理解しています。ですが、貴方が以前私達に問うた答えが、新しき形になるのであれば……」

 ゼノンは目を閉じて右手を左胸、心臓の辺りに置き、そっと頭を下げた。

「……どうか、貴方の力で、この街の未来を紡いで頂きたい」

 ハルトは僅かに口をあけながら、頭を下げるゼノンに何も言えずにいた。
 ゼノン達、タルクァルはハルトの理念に気付く事が出来なかった。
 ハルトは導こうとして、その答えを考えさせた。

 ――その結果が、今目の前にある光景だ。

 タルクァルは滅亡を選んだ。
 誇りと失われた理念の為に、犠牲の一つとしてゴルゾーンの柱になる事を決意した。

 そして、その後の事を、自分達が知り得なかった理念を知りえる者に託そうとしている。

 ゼノンはゆっくりと体勢を起こし、何も言えなくなったまま、口を半開きにしているハルトに微笑むと、ゆっくりと踵を返した。

「……ま、待てよ……」

 ハルトがその背中に声を掛ける。
 だが、その歩みは止まらない。

「――待てと言ってる!」

 ハルトが叫びに近い声を上げて、漸くゼノンは足を止め、ゆっくりと振り返った。

「……いつだ……?」

 ハルトの必死の形相に、しかしゼノンは表情を変えずに答えた。

「……今の貴方には関係の無い事です」

「……っレスカさんはどうなる! お前らが居なくなったら、誰がレスカさんを守る!」

 僅かでも良い。考える時間を与えないとタルクァルは自滅する。
 レスカの命でも何でも良い。ハルトにとって、時間を引き出せるのなら、それは何でも良かった。


「……レスカ様は、ご自身の命を囮に、一人でも多く私兵を道連れにする事をお選びになりました」


 ――その言葉に、ハルトの思考が真白に染まった。

「……じゃぁ、レスカさんも……?」

 ハルトの唖然とした問いに、ゼノンは頷いて見せた。

「自ら剣を取り、恐らくは最前線にて果てるかと」

 その答えに、ハルトは全身から力を抜かれ、石畳に膝を落として俯いた。

「……何だよそれ。おかしいだろ。戦士ならともかく、レスカさんはただの女の人じゃないか……」

 ゼノンは石畳に崩れ落ちる様子のハルトを僅かの間見つめてから静かに踵を返した。

「あの方はタルクァルのリーダー。それを最も分かっているのもまた、レスカ様自身なのですよ」

 失礼、と最後の言葉を掛けてから、ゼノンは静かに歩み始めた。
 ハルトはその背中に何も言えないまま、ただ俯く事しか出来なかった。
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