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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第三十五話 アルマはハルトの考えに辿り着く

 
「……つまり、領主と住民が、一緒になって街を治めるって事……?」

 唖然としながら告げるニーナにアルマは頷いてみせる。

「方法までは私には分からないけど、住民が街の在り方に携わる事が出来るようになれば、街の方針は領主だけのものではなくなり、住民のものにもなります。当然自分達の手で街の在り方を変えて行く事が出来る」

 ゲルトはアルマの言葉に瞑目し、その表情に思案を浮かべた。
 確かにアルマの言う通り、タルクァル側が新しい領主候補を用意した所で、その求心力を再び高められるか、と問われれば否だ。鳥が運んでくる情報には、ガンズの実弟としてのタルクァルが求められ、それを理念にタルクァルが活動しているとある。

 そのタルクァルが居なくなった今、現状の組織としてのタルクァルは理念を失っていると言っても良いだろう。

 理念を失った存在に意義は無い。

 ならば、タルクァル側は、存続の為に新しき理念を打ち立てなければならない。

「……確かに、ハルト様であれば、それを行えるだけの指導力もある。現時点で民から救世主と呼ばれる程の影響力を持ったハルト様の言葉ならば、民にも恐らく伝わる」

 ――しかし、とゲルトは続けた。

「それを行うには、ハルト様の意思を継ぐに足る存在が不可欠となる……」

 リューシェがゲルトの言葉に頷いて言葉を言った。

「――そしてその理念を受け継ぐには、ハルトの意思を持つ血の概念の存在が必要となる」

 リューシェがソファに腰を下ろし、腕を組んで目を細めた。
 ハルトが今後どの様に動くかはアルマを含めた四人には想像が出来ない。

 建物を焼け野原にして、更地に戻すように、真白な状態から改革を始めるのか。
 それとも今ある限られた材料――この場合はタルクァルになる――を利用して改革を始めるのか。

 だが、ハルトならどちらの状態からでも恐らく何らかの動きは見せる。

「……確かめるけど、タルクァルの死を知っても、ハルトはまだ動いていないの?」

 細めていた目を開き、リューシェがゲルトに尋ね、ゲルトはそれに頷いた。

「ハルト様は以前と変わらず傷病人の手当てに当たっているとの事」

 ――ただ、とゲルトは続ける。

「まだ報告は入ってはいませんが、理念を失ったタルクァルが強攻策を打たないとも限りません。恐らくハルト様はそれも承知の筈」

 その言葉にリューシェの眉が寄った。
 強攻策、それは言うまでも無く残存する兵力を持った総攻撃だろう。

「……今のタルクァルと領主側の戦力はどれ位差があるの?」

 ゲルトはその言葉に目を閉じると僅かに溜息をつきながら答えた。

「おおよそ、七倍から八倍」

 その数にニーナの目が見開かれた。


「――そ、そんな数でやりあったりなんかしたら……」

「全滅だろうな」


 その言葉にニーナの目が更に見開かれ、次いで間を置かずゲルトが続ける。

「だが、彼らには彼らの大儀がある。タルクァルと言う理念を失った以上、彼らに出来るのは精々が敵討ちだろう」

 その淡々とした言葉にニーナが堪らず声を上げる。

「でも! そんな事したって無意味じゃない! 七倍って、八倍って……! そんなの絶対勝てる戦いじゃないでしょ!!」

「だろうな」

 しかしゲルトはその声にも関わらず淡々と言葉を続ける。

「しかし、彼らには討つべき敵が居て、持つべき剣があるのだ。我々が以前ハルト様に剣を向けた様に、例え勝てる戦いでは無いと知ってはいても、もはや後退は許されない」

 かつてゲルトもニーナも、魔王を打ち滅ぼさんとしてやってきたハルトと対峙した過去がある。結果は戦いにすらならない内に敗北したが、だからと言って妹たるリューシェの為に後退する訳には行かなかった。

 そしてそれは、今のタルクァルと全く同じだ。

 その言葉にニーナは悔しげに歯を食いしばり、一度俯く。そしてその目に強い意志を宿らせるとその足をドアへと向けた。

「……どこに行くつもりだ」

 しかし、その前に兄たるゲルトが立ちはだかる。

「決まってる! あたしなら百人は相手に出来る! ハルトが燻っているなら、あたしが行って戦って! あいつを焚き付ける!」

 ゲルトはその言葉に複雑そうに顔を歪めた。
 ハルトが去ってからの時間でニーナの腕は飛躍的に向上した。確かに今のニーナは親衛隊と同程度の実力が備わっている。そのニーナであれば雑兵にも等しい私兵の相手など問題にもならないだろう。

 ニーナ一人がタルクァル総力戦に参加すれば、勝算が飛躍的に上がるのは確かだ。

「……駄目だ」

 だがゲルトは只静かにそれをとめる。

「どうして!? 大儀があるのはタルクァルの方でしょう!? 騎士団を派遣できなくても、個人としてなら力になれるじゃない!」

「……おちつけ」

 だがゲルトの言葉にもニーナは声を上げ続ける。


「あたしが行けば少しでも勝てる見込みが出てくる! ハルトだって、あたしが動けば――」

「落ち着けと言っている!!」


 ゲルトの恫喝にも聞こえる様な言葉に、ニーナはびくりと肩を跳ねらせ、数歩交代するとペタンとそこに尻餅をついた。
 ゲルトはその目に冷徹な色を宿すと、再び淡々と言葉を続けた。

「お前の気持ちは分かる。ここに居る誰もが同じ気持ちだ。だがな、この場で一番心を痛めていらっしゃるのは誰だと思っている」

「――あ……」

 その言葉で冷静さを取り戻したニーナは、おそるおそる、と言った様子でその首をリューシェへと巡らせる。
 リューシェは立ち尽くしたまま、瞑目し、歯をかみ締め、自分を支配しようとしている感情に耐える様に、両の拳を握り締めていた。

「……ハルト様が個で全を圧倒する力があるのなら――」

 ゲルトはその目をそっと細める。

「――リューシェ様は騎士団を用いてゴルゾーンを鎮圧させる権限を持っておいでだ」

 リューシェの今の地位はあくまで魔王代行だが、その実質は魔王とほぼ変わりない。
 当然騎士団の総帥権も持ち合わせている。
 つまりリューシェの一声で、騎士団はすぐにでもゴルゾーンへ発たせる事が可能だ。

 リューシェは悔しそうに顔を歪めたまま俯いた。

 ――もしも治安悪化と言うレベルではなく、暴動と言うレベルになった場合は騎士団を送り込む事は何とか可能だろう。

 それらは既に自治組織に自治する能力が無いと判断される為だ。

 だが、現状のゴルゾーンは惨状といっても差し支えない状態ではあるが、街と言う存在、並びに民と言う存在に直接生存の危機が迫っていない限り、治安はなされていると言って良い。
 タルクァルの活動も精々が小競り合い程度で、直接街の民に害が及んでいるものでない事は『鳥』の情報からもたらされている。
 つまり、タルクァルの行動は『暴動』と言うレベルに達していない。
 そして、暴動と言うレベルに達していない限り、騎士団の派遣は越権行為となり、実例となり、これから様々な問題を抱え込む事になる。

 魔王代行、並びに騎士団総帥権を持つリューシェは、その決断を許す事は出来ない。

 ニーナはリューシェを数秒見つめた後、静かに俯き、小さく呟いた。

「……ごめん……」

 その呟きは小さかったが、そこに居た全ての者に十分届く大きさだった。
 ゲルトは己の妹を見下ろしながら静かにため息をついた。
 ゲルトとしても、エグモントによるゴルゾーンの統治は問題が大きい。今はまだゴルゾーンの統治が他の街まで広まっていないから良いものの、その噂を聞きつけた一部の領主達が、ゴルゾーンと同じ様に民を苦しめ始める可能性がある。

 もしそうなれば、ゴルゾーンは悪い意味でモデルケースとなってしまうだろう。

 魔王を頂点に置く魔族領の在り方は絶対に覆らないだろうが、そもそも魔王と各街や都市といった存在には列記とした線引きがされている。

 街と街による小規模な戦争に介入し、それを収める事すら本来なら例外とも言えるべき事柄だ。

 それもまた、永くに渡る古き慣習の内の一つ。

 そもそも限られた騎士の数で全てを治める事は不可能であり、同時に数ある街や都市、更には村といったものを完全に掌握する事も不可能だ。

 絶対ではあるが、その目は全てを見通す事は出来ない。
 故に、絶対者でありながら、ある側面では無力。


 ――それが魔王。


 リューシェは自分を支配する様々な感情――悔しさ、悲しさ、苦しみ、嘆き、それら全てを飲み込んで、やがて力尽きたように再びソファへと腰を落とした。
 リューシェは世界の光とまで言われた存在であり、その慈悲の心は決してハルトに引けを取らない。ある意味ではハルトよりも慈悲に溢れた存在であると言えるだろう。
 何も出来ない、する事を許されない自分の身にリューシェは空しささえ感じていた。

 このまま行けば、タルクァルは確実に全滅する。
 それも、恐らくは近日中に。或いは、既に壊滅していてもおかしくない。

 リューシェは瞑目しながら、必死になって何か良い案が無いかと探す。

 例え少数精鋭の騎士をゴルゾーンに送り込み、タルクァルに与させたとしても、必ず何処かで情報は漏洩する。越権行為が露見してしまう。
 何かしらの罪を着せてエグモントの身柄を拘束するにも、それを行うのは自治組織であり、騎士団であってはならない。

 幾ら探しても、現状を打破出来る策は出てこない。

 それは床に崩れたままのニーナも、それを複雑な様子で見つめるゲルトもまた同じなのだろう。


「……違うんだ。どうすればトーマさんが動けるか、それを、考えるんだ……」


 その小さな呟きに、三人が一斉にアルマに顔を向けた。
 アルマは目を見開き、瞳孔を開かせ、血走らせながら、ブツブツと何かを呟いている。

「……アルマ……?」
 その様子に只ならぬものを感じて、リューシェが不安そうにアルマに尋ねる。

「……そうだ。最初から与さなかったのは、理由が無かったからだ……」

 アルマは見開いた目をテーブルに落としながら更に言葉を続ける。

「……トーマさんは、私達に何を教えた? 何を考えさせた?」

 アルマの中で、ハルトが笑顔で拙い設計図を書いた場面がよみがえる。

「……そうだ、水の流れと同じなんだ」

 ハルトが壁にチョーク代わりの石で描いた、放射状の線がアルマの頭の中をよぎる。

「……あの時トーマさんは、何で水路が決壊したのか、それを教えてくれた……」

 そして自分がハルトの言葉を繋いで、壁に分かり易く絵を書いた場面を思い出した。

「……そして、仕組みを、教えて、くれた。ゆっくり、時間を、かけて、教えて……」

 限界以上に、アルマの脳内が加速する。

「……その理由を、考える時間は、与える時間は、もう、無くなった……」

 ナバナスの時は時間は有限でありながら、無限の様にも思えた。
 だからこそ、ハルトは一度に全てを教えず、ゆっくりと示す事によって導いた。

「……時間が、ないなら、トーマさんは、どうすれば良い……?」

 ナバナスにあった時間ほど、今のハルトには時間が無い。

「……気付かないなら、教えるしか、与えるしか、もう、残されて、無い……!」


 ――何かが弾け飛ぶ様な音が脳内で鳴り響くと共に、アルマの中で、ハルトの行く道がはっきりと形になった。
 そして見開いたままの、血走り、強い意志が宿った目をテーブルから上げてリューシェに向ける。
 リューシェが只ならぬアルマの目に、一瞬怯えた。


「――もう時間が無いなら! トーマさんは動くしかないんです!」


 そして突然の叫び声の様な声が、リューシェの居室に鳴り響き、アルマは立ち上がって首を巡らせて全員に言葉を上げる。


「トーマさんは動けなかった訳じゃない! 理由を考えさせていたんです! だけど、もうタルクァルに残された時間は、考える時間は、もう無くなった!」


 ――そのアルマの姿は、エーディッド以外誰も知らない。


「だったら! もうトーマさんに残っている道は――」

 光を失いかけた目でアルマは言葉を、叫びを続ける。

「――新しい理念を押し付けるしか、残されてない!!」


 ――その声が静かに消える。三人は初めて見る、アルマの姿に僅かに押されていた。

 言葉を終えたアルマの瞳から、ゆっくりと光が消え、その瞼がそっと閉ざされていく。

「アルマっ!!」

 崩れ落ちるその身体を一瞬で駆け寄ったニーナが抱きとめる。そして、その腕の中にある小さな身体を抱きながら、注意深くアルマの表情を伺う。

「……寝てる……」

 いつの間にか立ち上がっていたリューシェが、同じくアルマの様子を確認すると、安堵したように溜息をついて腰を落とした。

「……そうか」

 ゲルトがその中で静かに告げる。

「容易に与さなかったのは、与する理由を必要としていたから」

 その目を瞑りながらゲルトは言葉を続ける。

「……ならば、理由を考える時が無くなった今、ハルト様は導かせようとしていた答えを押し付ける他無くなった」

 アルマの言葉を正確に理解すれば、今までのハルトの在り方に全て符号が付く。
 リューシェはその言葉に頷くと、ゲルトに言葉を言った。

「『鳥』の伝達間隔を通常の倍に。あと何かあった時は確実性の為、三羽放てと伝えて」

 ゲルトは賛意の声と共に重々しく頷くと、踵を返して扉の奥へと姿を消した。
 リューシェとニーナはそれを見届けてから、思考回路を限界以上に引き出し、疲労の果てに眠るアルマへと目を向けた。

「……この子、怖いね……」

 苦笑いを浮かべつつ、ニーナがリューシェに呟いた。
 先程の姿もそうだが、トランス状態に陥った瞬間のアルマの思考回路は恐らくハルトをも凌駕しているだろう。
 リューシェは微笑むと、アルマのそのオレンジ色の髪の毛をそっと左手で梳いた。

「……あたし達がこの子に認めて貰えて、本当に良かった……」

 もし敵となっていたのなら、その頭脳で或いは追い詰められていたかも知れない。


 ――あの時、手を取ってくれて、良かった。リューシェはそう心中で呟きながらアルマに目を細めた。
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