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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第三十四話 アルマの思考はハルトの思考をほぼ正確に辿る

 
 リューシェ達はリューシェの居室で定例の『鳥』からもたらせる情報に、それぞれが悲痛な表情を浮かべていた。
 鳥の情報からハルトがタルクァルに接触した、と言う情報は届いている。しかし、それ以降ハルトがタルクァルと接触したと言う報せは来ていない。

 ――ハルトなら必ずゴルゾーンの街を救済する。リューシェを始めとした三人はそれを信じているが、現状は芳しくない。

 タルクァルがハルトに接触した後、特に動きが無い事を考えれば、ハルトがタルクァルに助力をしていると言う事はまず考えられない。

「……何やってんのよ、あいつは……」

 ニーナが悔しげな表情で呟いた。
 ニーナから見れば、ハルトは中立と言うスタンスを崩していない。ハルトは相変わらず街の者を救うだけで、その根本を正そうとしていない。その気になれば、いつでも変えられるものをハルトが放置している様にしか映らない。

「……トーマさんは、きっと深い考えがあるんだと思います」

 アルマが悲痛な表情で言葉を続ける。

「……でも、多分その考えは誰にも想像がつかない。恐らく、その考えを示すには、深い理解を示す方が必要です」

 その言葉にニーナ、アルマの対面側に座るリューシェが頷き、顎に手を添える。

「ナバナスでの改革を考えれば、ハルトが上から物事を押し付ける様なやり方はしないはず。だとすれば、何らかの方法で、アルマの言う考え方を説いててもおかしくない……」

 そこまで言うと、リューシェは複雑そうな表情を宿して目を瞑った。

「……でも、ハルトはそれを教えていない。最近のハルトの在り方はタルクァルと接触を持つ前と全く変わらない……」

 タルクァルとの接触を持った後のハルトの動向は、その前のものと同じだ。タルクァル側が接触してきた事を考えれば、タルクァル側がハルトへ助力を願った事は想像に難くない。

 しかし、ハルトはタルクァル側に与していない。
 三人にはその理由が分からない。
 ハルトがタルクァルに与すれば、間違いなくそれはタルクァル側の勝利となる。ハルトもそれを十分に理解している筈だ。

「……やはり、その先の事がトーマさんの足枷になっているのでしょうか」

 アルマがボソリと呟いた。
 その先、つまり指導者がいないと言う現実だ。

「トーマさんが力を貸せば、必ずタルクァルは勝利を収める事が出来る……。それは誰よりもトーマさん自身が最も良く分かっている筈……」

 アルマの予想はハルトの思考を十分に追っている。だが、その結果にハルトが何を見ているかは流石のアルマとて見抜けない。

「……でも、こうしている間にも、ゴルゾーンの人達は苦しんでるんだよ? 何でハルトはそれを放っているのよ……」

「……恐らくそれにも、きちんとした理由があるんだと思います。恐らくその理由から、トーマさんは動けないんじゃないでしょうか」

 ニーナの言葉に、アルマがハルトを擁護する言葉を返す。

「……どちらにせよ、まだハルトがタルクァルに接触してから一週間程度しか経っていない。もしハルトが強攻策に出ているなら、もうゴルゾーンは開放されててもおかしくない。多分、アルマの言う通り、ハルトには動けない理由がある……」

 だが、その理由が三人には分からない。
 アルマが以前ハルトの思考を辿り、そしてリューシェがザイールからもたらされた情報によって、ハルトが傷病人の手当てをしながら、何らかの改革を模索している事は間違いない。

 そしてそれは、恐らく天才アルマをも含めた三人ですら想像が付かない。

 だが、ザイールは『壮大なる改革』にハルトが挑んでいる事を知らせている。

 ザイールの考えは、指導者無きゴルゾーンに、どの様に新たな指導者をハルトが生み出すか、と言う所にある。当然密偵、そして商人としても、太いパイプを方々に巡らせているザイールは、タルクァルの存命が絶望的だった事を知っていた。
 実質的には既に死んでいるものとして考えていただろう。
 つまり、タルクァルの理念は既に崩壊していた事を知っていた。

 ザイールがリューシェに対して『壮大なる計画』と言う言葉を送ったのは、ハルトによる新しき統治の仕組みを確信しての事だった。事実ザイールはナバナスでハルトの知識の一端を見ている。
 ハルトの知識はザイールを持ってしても底が知れない。

 ならば、その根底を覆す様な策をハルトが持っていたとしても、ザイールにとっては当然の事の様に映るだろう。

 だが、それを一から始めるには余りにも状況が悪すぎる。

 ハルトを救世主として崇める声は上がる一方だが、ハルトがゴルゾーンに永住出来ない事はザイールもまた理解している。

 そうなれば、現在ゴルゾーンにある何らかの組織を利用せざるを得ない。

 それこそが、理念を失ったタルクァルである。

 しかし、ザイールの予想では既にタルクァルに与して当然な筈のハルトは、まだタルクァルに与していない。

 導く存在ではあるが、与える存在ではない。
 それがハルトの在り方だ。

 ザイールは予想を覆し、タルクァルに与さなかったハルトを見て、ハルトがタルクァルに『考える意思』を与えたのだろうと予測した。

 そしてその予測は事実的を得ている。

「……ハルトは一体何を考えているの……?」

 眉を寄せ、顎に手を添えながら呟いたリューシェの声の後、リューシェの居室に至るドアから乾いた音が鳴り響いた。
 リューシェの許可を待って、その扉の奥から悲痛な表情のゲルトが現れる。

「……なんかあったの? 兄さん」

 ゲルトの余り見ない表情に、ニーナが僅かに眉を寄せて尋ねた。

「……悪い知らせだ」

 ゲルトのその言葉に、静かにリューシェが立ち上がった。

「……何があったの?」

 その言葉にゲルトは瞑目すると、僅かな溜息をついた後、いつもの表情を取り戻してリューシェに『鳥』が運んできた事実を告げる。

「――ガンズの実弟、タルクァルの死亡が確認されました」

 リューシェを始めとした三人がその言葉に唖然として目を見開いた。

「……ち、ちょっと待ってよ。それじゃ、タルクァルはどうなるの?」

 ニーナの問いにゲルトは力なく首を振る。

「……これは予想でしかないが、理念を失ったタルクァルに住民がこれ以上期待する事は出来まい」

「じゃぁゴルゾーンは更に酷くなるって事? 只でさえ、民が逼迫してるのに?」

 ニーナが堪らず立ち上がってゲルトに言葉を重ねる。だがゲルトはその問いに再び首を振った。そして、その様子にニーナは悔しそうに歯をかみ締め、拳に力を入れる。


「リューシェ、騎士団を動員してゴルゾーンを――」

「――分かってる筈だよ、お姉ちゃん。私達は、公共事業に手を貸せても、民事には手を貸せない」


 言葉の途中で反論され、ニーナは悔しげに顔を俯かせる。

 魔王城の騎士団は基本的に民事に介入できない仕組みになっている。魔王城と各街、並びに村と言った自治体は、それぞれが独自の機関を組織し、街や村の治安維持に当たっている。
 言うなればそれら治安維持組織は警察組織であり、魔王城の騎士団は軍隊組織の様なものだ。
 勿論魔王として命を下し騎士団を派遣する事は可能だが、それらは対立しあう街、もしくは都市規模の紛争を治める事が主であり、街と言うある種隔絶された地域に置ける紛争については、治安維持組織の分野になる。
 それらに魔王城から騎士団を派遣し、治安に当たる事は越権行為とも言え、実例となり、これから起こるだろう内紛やレジスタンスに加担する義務が派生する。
 そしてそれらは目立つもの、目立たないもの全てをカバーする実例となってしまい、魔王城に勤める騎士達の負担を一気に増加させ、並びに魔王城の予算すら食いつぶす原因となるだろう。

 リューシェが魔王を勤めている時ですら、それら問題は『街の民による解決』の事案とされ、数ある訴えを無視する以外に方法は無かった。リューシェがそれらの問題に心を痛めなかった訳ではないが。それは『魔王』としての立場にある者として、冷徹な判断を下さねばならなかった。

 ニーナは言葉を詰まらせると、力なくソファに腰を下ろし、両手で頭を抱える。

 タルクァルが存命であったのなら、組織としてのタルクァルはその理念の下、再びその求心力を取り戻す事が出来ただろう。
 ニーナが考えていたハルトの道は、タルクァルの存命を確認した後、その勢力に力を貸すと言うものだった。
 事実もしタルクァルが存命であり、組織としてのタルクァルに辿りつけていたのなら、ハルトはその道を歩いていただろう。

 だが、その道は完全に絶たれた。

 もはや残された道は、ニーナには考え付かない。

「……トーマさんなら、それももう考えている筈……」

 頭を抱えるニーナの隣で口に手元を寄せ、眉を寄せているアルマが呟いた。ニーナがその言葉に軽く目を見開いてアルマを見、リューシェは真剣な表情でアルマを見つめた。

「タルクァルさんの命が絶望的だったのは、きっとトーマさんも知っている筈です。なら、トーマさんはそれを見越して何らかの考えを持っている筈です」

 アルマは数秒間目を閉じ、頭の中を整理する。

「……トーマさんに常識は通用しない……」

 ハルトがナバナスにもたらした技術はその全てが常識を覆すものだった。ならばその思考回路、並びに知識は恐らくリューシェ達の常識では考えられない事だろう。
 アルマはその考えに至り、自分がまだ常識の中の考えに縛られていると悟る。
 ハルトの考えを辿るには、常識を捨てなければならない。

 では、今問題になっているタルクァルの死亡が確認された事は、既にハルトの構想の中では折込ずみだろう。
 ならば、その場合を想定して、ハルトは常識の外側にある知識を理念として考えているのでは無いか。

 ならば、その常識とは何だろうか。

 アルマは現在の常識をもう一度見つめなおし、その外側にあるものを模索する。
 領主とは血の概念に縛られているものだ。凡そその概念は覆せるものではない。

 ハルト自らが領主として立つと言うのならば、人を惹き付け、無意識に導いていくハルトに賛同を示すものが殆どである事は間違いない。

 だが、それはハルトだからこそ出来る事であり、おおよそ並みの者であれば出来る事ではないだろう。

 領主として必要なのは『血』だ。
 だが、その『血』を引くタルクァルは既に死亡している。

 血を辿り、ゲオルグ家縁の者を誘致する事は可能だが、それとて相応の時間が掛かる。更に言えば、その血を持つ者が領主として相応しいかどうかの判断は民には出来ないだろう。

 ハルトが行った改革の果てには、必ず民の笑顔がある。そして、現状のゴルゾーンで民が笑顔になるには、優れた指導者が必要となる。


 そこでアルマは一つの常識が己を縛っているのだと気が付いた。


「……まさか……」


 アルマが目を見開いてポツリと呟いた。
 そしてその言葉にリューシェが尋ねた。

「……何か気付いた?」

 リューシェのその言葉に、しかしアルマは自身の考えが余りにも荒唐無稽に思え、言葉を詰まらせる。

「何でもいいんだよ、アルマ。教えて」

 言葉を詰まらせているアルマにニーナがリューシェの後を追う。
 アルマはその言葉に頷くと、導き出された持論をゲルトを含む三人に告げた。

「……トーマさん自身であれば領主制の概念である血を覆す事は可能です」

 その言葉にリューシェとニーナは頷き、ゲルトは僅かに眉を寄せた。

「ですが、トーマさん以外であれば、その血の概念を振り払う事は出来ない。だから、ゲオルグ家の血を受け継いだ者がゴルゾーンを支配しなければならない」

 アルマは整理した考えを言葉にしながら、眉を寄せる。

「しかし、現状のゴルゾーンの領主を倒し、例え次の領主を立てたとしても、直ぐにゴルゾーンの民が笑顔になれるかと言えば、それは無理です」

 アルマはそこで言葉を切ると、その顔をリューシェに向けた。

「以前、黒鳥さんは、トーマさんが壮大な改革に着手した、と言ってましたよね?」

 リューシェがその言葉に頷いた。

「そして、それは恐らく今までの在り方を、領主制を根本的に改革する方法……」

 アルマは右手を口に沿え、今己が考えている事が荒唐無稽でありながら、しかし確実に民に幸福を導く方法だと確信する。

「……なんらかなの方法で、民が領主と共に街を統治する仕組み。恐らくそれがトーマさんが見てる景色じゃないでしょうか」

 ――そのアルマの言葉に三人の目が見開かれた。
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