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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第二十五話 アルマはハルトの行動を予測する

 
 リューシェの居室には秋の終わりを思わせる涼やかな風が、たまにレースのカーテンを躍らせていた。風は少し冷たいが、陽の光はまだまだ暖かい。陽の光が十分に取り入れられる様に設計されたその部屋は、気紛れに迷い込んでくる秋の風が浚う温もりで、丁度良い温度を宿していた。

「――しっかし、どこほっつき歩いてるのかしらね、あいつは」

 紅い簡素な部屋着――だが、上等な仕立て――に身を包み、灰色のショートパンツをはいたニーナが、黒塗りのテーブルの上にある、クッキーを摘みながら一人呟く。
 ちなみにショートパンツから見えるすらりとした足は綺麗に組まれていた。

「トーマさんの事ですから、きっとまた何処かで色んな人を巻き込んでいるんでしょうけど……」

 その部屋にすっかり馴染んでしまった、オレンジ色のワンピースを着たアルマがニーナの隣で、同じ様にクッキーに手を伸ばす。
 ちなみに割合としてはニーナが三枚食べるペースに一枚のペースだ。

「どちらにせよ、黒鳥が何も言ってこないって事は、ハルトは間違いなく魔族領のどこかに居るはず。それに、アルマの描いてくれた似顔絵もあるから、焦らなくても大丈夫」

 そしてその対面側に位置するソファに座る、純白の簡素なドレスに身を包んだリューシェは、両手で白磁のカップを持ちつつ、目を瞑りながら紅茶で唇を湿らせた。
 アルマの手配書が配られてから、リューシェに届けられる報告書の量は激減した。しかし、それは間違いなく追手の精度が上がっている事を意味している。

 それでも今の所、確たる報告は上がってきてはいないが、以前の様な焦りはリューシェにはない。

 アルマから聞いた、ハルトのナバナスでの在り方を考えれば、ハルトが魔族領を捨てていく事などまず無いだろう。
 それにアルマの描いた手配書が出回ってまだ一ヶ月と経っていない。あれ程の精巧な似顔絵であれば、確実にハルトを見つけられる筈だ。今までの追手達も、雲を掴む様な状態から抜け出し、ハルトの似顔絵を手にした。それに、髪の色が変えられても顔の形は流石のハルトでも変えられない。

 そんな事が出来るのであれば、間違いなく最初からハルトはその選択を選んでいた筈だ。

 つまりハルトが変えられるは精々瞳の色と髪の色程度。当然アルマの描いた手配書は急いで作られたため、顔料までは使われていない。いわばモノクロ写真の様なものだ。
 それらは逆に言えば『色によって惑わされる』可能性を無くす。

「しっかし、ナバナスで救世主とかって崇められたんだから、他行っても同じ様な事になってそうだけど」

 ニーナの言葉にアルマは微笑みながら頷いた。

「トーマさんなら、どんなに大きな街だって救世主扱いされそうですよね」

 因みにゴルゾーンは中堅クラスには大きな街だ。一応街と言う事になってはいるが、その規模は都市と呼んでも過言ではない。
 アルマの言葉に、リューシェは一口紅茶を飲むと、ふぅ、と息をついてから答える。

「――まぁ、ハルトだし」

 ニーナがそれに呆れた様に頷く。

「ハルトだからねぇ……」

 アルマがそれに微笑みながら続けた。

「トーマさんですから」


 ――しかし、流石にそれは無いだろうと三人は考えていた。


 流石に大きい街で救世主扱いされるとなると、それなりの功績が必要になる。対して、ハルトがナバナスを経ってからの時間は二ヶ月余りだ。
 三人にはハルトが次に考えている改革案は全く見えないが、僅かその二ヶ月と言う時間で、身分を隠しつつ救世主扱いされるとなると、もはや比べるものが無くなってしまう。

 ナバナスはまだ村と言う規模であり、その規模に合う人口しか居なかった。
 その様な場所でなら確かに短い期間で村の民全てに存在を知られ、救世主扱いされる可能性は十分に高い。しかし街――都市の規模となると、その住民の規模もそれ相応になる。
 救世主、と呼ばれると言う事は、そこに済む殆どの者達がその存在を知っていると言う事だ。流石のハルトとて、ナバナスを離れてすぐどこかに落ち着いたとしても、僅か二ヶ月で街の住民殆どに知られる事はないだろう。

 ――実際は一ヶ月余りで救世主呼ばわりされている事を、まだこの三人は知らない。

「でも、一体次は何をするつもりなのだろう……」

 リューシェが茶器を置き、そっと顎に右手を添える。
 ハルトがナバナスに伝え、そしてアルマが受け取った土壌改革案はほぼ骨子が完成した。まだ細かい部分の調整はあるものの、後の仕事はアルマの分野ではなく、現場の分野となる。

 つまり、もう土壌改革案はアルマの手から離れている。

 もっともだからこそアルマは毎日の様にリューシェの居室に顔を出し、リューシェとニーナとの三人でこうしてお茶会を開いていられる訳だが。
 因みにアルマは最初こそ遠慮していたのだが、最近ではもう普通に接するのが当たり前になってきている。今ではリューシェにもニーナにも改まった態度をする事も無い。

「あいつ頭の良い馬鹿だからねぇ。多分あたし達じゃ考えられない理想とか実現しようとしてんじゃない?」

 ――頭の良い馬鹿。まさにハルトそのものである。

「逆に、私達には絶対無理だと思える改革とかならありそうじゃないですか?」

 アルマの言葉に、リューシェとニーナが眉を寄せた。

「……有り得るね」

「うん、ハルトならやりかねない」

 リューシェに続き、ニーナもその考えに賛同する。

「……そうすると、一体どんなのだろう……?」

 再びリューシェが顎に右手を添え、目を瞑る。
 その対面側に座るニーナは腕を組むと、目を瞑りながら僅かに眉を寄せた。

 二人にとって、今までのハルトの行動は全て常識外と言っても良いものだ。

 絶対君主たる魔王に言葉を許し、駒であった騎士達に自由意志を持たせる。その二つとて長い慣習に囚われていた全ての考え方を覆すものであり、ハルトを魔王として認めている今だからこそ実現できているものの、少なくてもリューシェが魔王であった時には、その様な『伝統』とも言える慣習を捨てる事は出来なかっただろう。

 ハルトにとっての当たり前は、この世界にとっての常識外だ。

 二人は少しの間瞑目していたが、やがてほぼ同時に目を開くと、お互いに頷いてみせ、その目をアルマに向ける。

「……え? な、なんですか?」

 常識の外に居る者の考えなら、同じく常識の外に居る者――天才の意見を聞くに限るだろう。

「……アルマなら、ハルト何すると思う?」

 ニーナの言葉にアルマは困惑した表情を浮かべた。

「え、えっと、私なんかじゃ、トーマさんの考えは……」

「何でも良いの。思いつきでも良い。私達三人の中で、最も長くハルトと居たアルマなら、ハルトの考えもある程度見抜くかも知れない」

 次いでリューシェに尋ねられ、アルマは困惑の表情を浮かべながらも、手を口に添えながら目を瞑る。
 ナバナスで見たハルトの在り方は、その在り方だけで人を導いていくものだった。恐らくそれは性格と言うものではなく、性質、と言うものに近いだろう。
 それらはカリスマと呼ぶに相応しいものだ。

 アルマはそっと目を細く開くと、自身の中に得た答えを口にする。

「……トーマさんはそこに居るだけで人を惹きつけて行く人です」

 その言葉にリューシェとニーナは同時に頷く。
 アルマは言葉を一度止め、自身の中に得た回答を整理する。

「……人を惹き付け、そこに居る人たちを変えてしまう。トーマさんはそこに居るだけで、そこの人達に希望を与えてしまう……」

 アルマは言葉を口にしながら、自身の中にあるハルトの像を形どる。

「……人を惹き付ける。そして変える。そして、導く……」

 人を変えるとはどういう事なのか。そして、変えた果てにハルトは何を見たいのか。
 ハルトが魔王城にあった閉塞感を払い、騎士達を根本から変えた事は、既にリューシェとニーナから聞いている。当然それがどの程度変わったのかは、そもそも変わる前の魔王城を知らないアルマには分からない事だ。だが、魔王城に仕官している騎士達の笑顔はハルトが与えたものと言う事は分かる。

 つまり、ハルトは人々を笑顔にする力を無意識的に持ち合わせている。

「……人々を変え、そして、導く……?」

 アルマの中で、何かが引っかかった。
 アルマは二人から見つめられている事も忘れ、自身の中に芽生えた何かを探る為に再び目を閉じる。

 変えた果てに何をみたいのかは、流石のアルマでも分からない。
 だが、変えた果てにあるものは、アルマは既に見ている。

 ――或いは、ハルトは笑顔を見たいが為に変える訳ではなく、変えた結果笑顔が生まれているのでは無いか。笑顔はハルトが変えた結果生まれたものであり、笑顔こそがハルトが変えていった世界の証なのではないか。
 ナバナスで見たハルトは、しかしそれでもハルトの僅か一部分にしか過ぎないだろう。アルマはそう確信している。だが、その結果はナバナスの民の笑顔となった。

 ならば、ハルトはまた知らぬ間に人々を笑顔にしている可能性が高い。
 仮定として、それが大きな街でならどうなるのか。
 大きな街であれば、流石のハルトとて土壌改革の様な手は打ってこないだろう。

 だが、間違いなく、ハルトはその『結果』に人々の『笑顔』を紡ぎだす。

 ならば、変える前にそこにあるものは失意に満ちた表情であるはずだ。
 ナバナスが滅亡する寸前の、失意に満ち、絶望を浮かべていた表情である様に。

 リューシェとニーナは熟考に入ったアルマを黙って見つめている。

 大きな街と仮定するなら、そしてそこに失意に満ちた表情があるのなら、そこにハルトが現れれば必ずその街は救われる。
 であれば、救われる前の街はどの様な状態であるのか。
 失意に満ちていると仮定すれば、そこには圧政が敷かれている、もしくは病気や怪我が蔓延しているだろう。或いはその二つが一つになっている可能性もある。
 そして、ハルトはナバナスで『在り方』の根本を見直し、村に水を引き、そして農地を拡大させて見せた。

 ならば、街で行う改革は、その根本であるはずだ。

 ――そこまで思考を整理すると、アルマはそっと目を見開いた。

「……もしトーマさんが大きな街にいるのだとすれば、そこで、その街の根本を変える可能性があります」

 その目はまだ考えにある事を示す様に、机に落とされている。

「……根本と言うと……?」

 リューシェがアルマに尋ねると、アルマは再び熟考に入るように目を瞑った。
 そもそも、問題のその根本とは何なのか。
 アルマは今ある材料を再び整理する。

 ハルトは常識を無視して――と言うよりも、こちらの世界の常識がハルトにとっては非常識なのだが――その在り方を変えている。リューシェとニーナに聞いた以前の魔王城には閉塞感が漂い、騎士は只の駒であり、魔王は絶対だった。

 では、街の絶対者とは何者なのか。
 現在の街の在り方は、領主が存在し、その下に民が存在する。
 ならば、その民に失意が満ちているのであれば、問題はそこを収める領主にある事になる。

 そう仮定すれば、ハルトの問題は領主と言う事になる。
 ならば、領主をすげ替えるのか。
 だが、領主はある意味、絶対君主、そして魔王の様な最強の象徴ではない。それはある意味、血と言う概念に縛られているものだ。故に、領主をすげ替えると言う事は、そう簡単に出来る事ではない。

 ――民が笑顔で居られる領主。

 そして、その根本にある在り方の改革。

 アルマはそこまで考えると、ある事に気付いて目を見開いた。


「――領主制の、見直し……?」


 ――リューシェとニーナはその言葉に目を見開いた。

 領主制はこの世界では絶対の象徴だ。その血と外装が揃った『最強』と言う概念に縛られていた魔王と言う在り方よりも、絶対であると言っても良い。

「……有り得る……」

 リューシェがポツリと呟いた。

 ハルトが常識の外側に居るのは、リューシェもニーナも良く分かっている。そのハルトであるのならば、現在の領主制の根本を見直し、何らかの策を講じる可能性は確かに高い。

 事実、ハルトは簡単に魔王城にある『伝統』たる『慣習』を変えて見せた。
 そのハルトなら、領主制の見直しも或いは出来るかも知れない。

「……そう仮定すると、ハルトの居る所は、領主が問題となっている所になるね」

 ニーナもその考えに頷いた。もし改革の必要性を感じないのであれば、ハルトがその場所に留まる事は無いだろう。

「――でも」

 アルマがその反応に否定の言葉を口にする。

「トーマさんには様々な制限があります。それに、領主制を変えるとなると、信用を勝ち得たからと言って、そう簡単に出来る事じゃありません」

 リューシェはその言葉に頷きながらも自身の言葉をアルマに返した。

「確かに、今のハルトには色々な制限がついている。だから、きっと私達には思いつかない手を打って来る可能性は高い」

 リューシェはそう呟くと、目を瞑り一息つくと、ニーナとアルマを見つめながらゆっくりと立ち上がった。

「でも探る価値は十分にある。今日からハルトの捜索に加えて、問題がある村や街の情報を――」

 そこまで言葉を言った瞬間、リューシェの居室に気高さを感じさせる鳥の鳴き声が鳴り響いた。
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