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大図書館の少女

作者:キュウ
5分ほどで読めるミニ小説です。
お茶珈琲カフェオレ紅茶、グミなどを片手にごゆるりとどうぞ。
ちょっとしんみりなお話ですがごゆるりとどうぞ。
 ある図書館に住んだ少女。古びた本の置かれた机に向かい、椅子に腰かけたまま命を落とした彼女が最期に見た景色。その路を辿る小さなお話です。

        *

 右を向けば限りの無い本の陳列、左を向けば、数多と並べられた椅子机、そこに座る大勢の人、上を向けば――上を向いても、ただただ暗闇のみが奥から覗いている。
 その場所は、巷間伝うるところにおいて最も大きく、比肩するものない高々と聳える図書の塔だった。内部を見渡すと、そこかしこに並べられた棚にギッシリと書架が詰め込まれている。また、蛇のように壁を這う螺旋の通路には、来館者が読書をする為の机椅子がやはりギッシリと並んでいる。
 しかしその「天井」だけは、唯の一人として見た者が無かった。あまりに背の高いせいで、来館者や、その従業員でさえも、とても登り達することができなかった。顔を上げて、その暗闇を眺めているというだけで、抵抗することのできない何かに迫られ気圧されて、そのまま床に倒れてしまいそうになる。
 ――窓から落ちる光も途絶え、暮色に染まり始めた大図書館で、ある年老いた従業員の傍らで、ある子供が視線の先を指差し、小さな声で訊ねた。
「ねえねえ、あの子はなんで、まだ帰ろうとしないの?」
 ガラス張りの床に埋められた大時計は、閉館時間までまもなくというところまで針を進めている。来館者達が続々と螺旋通路を下り始めている中で、子どもの指差すその少女は、全く動じることなく椅子に腰掛け、小さな手の平に乗せた本を読み耽っていた。
 すると従業員は、子どもの問いかけに何ら疑問を抱かず、落ち着いた口調ですぐに返事をした。
「あの子はいいんじゃよ。あの子は、特別なんじゃ……」
 子どもはさらに問う。
「どうして?」
「病気なんじゃよ。ずぅっと前から――」

 その少女は、生まれた時から重い病気を持っていた。物心がついた頃から、唯一楽しめるのは本を読む事だけだった。父親の買ってきてくれる本を母親に読み聞かせてもらい、母親が亡くなると自分で読むようになった。
「……本は、ママとの思い出なの……」
 そう言って父親に微笑み、いつでも本を読んだ。
 少女は、町にある大図書館で本を読んだ。父親が、自分が仕事に行っている間に見ておいてほしいと、図書館の従業員に頼んだのだった。それは、学校にも行けない少女の気を憩う為の父親なりの配慮だった。従業員の男は、幼いにも関わらず嬉しげに本を抱える少女を見て、喜んで引き受けた。
 それから毎朝、少女は父親に連れられ大図書館に出入りした。毎日毎日、少しも飽きることなく、黙々と本を読んだ。
 ところが、そんな毎日に終止符を撃ち込むように、国による戦争開始の宣告が無表情の公使人により町中に流された。町を治める国の政府は徴兵を指示し、国中から兵士となる民を集めた。少女の父親も、その一人になってしまった。
 大図書館で、椅子に腰掛けた少女に向かって、父親は言った。
「パパが戻るまで、ちゃんといい子にして待っているんだよ。ちゃんと、いつものように、ココで本を読んでいるんだよ……」
 少女は微笑みながら頷いた。
「うん。私、ちゃんと待ってる……。だってまだ、この本読み終わってないもの……」
 それを聞いて、父親は隣に立つ従業員の男に向かう。
「じゃあ、しばらくの間、よろしく頼んだよ」
 男は真摯に引き結んだ表情で「……はい」と頷いた。
 父親はそれから、大図書館の扉を開き、朝もやの中へと消えて行った。一瞬、顔を上げてチラリと、少女はその姿を目に入れた。そして、微かに感じた不安を振り払うように、すぐに本へと視線を戻すのだった――。
 戦の火は何か月となく地上を焼き、幾つもの夜を照らしあげた。幾千と伝令が走り、国中が震え上がるこの日々は、いつまで待っても終わらなかった。少女の父親が戦死したという電報は、戦争開始の一年後に訪れた。今にも破裂しそうな心を引きずり従業員の男は、躊躇いながらも少女に父の訃報を伝えた。本を読んでばかりだった彼女は、顔を上げて、いつもの希薄な調子の声で、微笑んで言った。
「なにを言ってるのおじさん。私、パパとお約束したもの……。本を読んで待ってる……って……」
 窓から入り込む隙間風が、すすり泣く声のように館内を渡り、少女の髪の毛をサラサラと揺らした。
 その音が耳に響くことも待たず、すぐさま視線を本へ落した少女の傍ら、男は愕然とした表情で膝を落とし、しばし、彼女の横顔を見ながら涙した。

 ――従業員の老人は、その日もまた、食べられることはないとは分かっていながらも、少女の向かう机に食事を置いた。いくら頼んでも、わずかな返事も反応もしないとは、何年も前から分かっていることだ。彼女にとっての金科玉条が、もう永久に訪れることが無いと、彼には分かっていた。
 数年後、大図書館は閉鎖の日に至った。町は寂れ、住人達は一人、また一人といなくなってしまい、次第に大図書館を含む多くの建物が廃れだしていたのだ。動かない少女を一人残す事に強く反対していた、一人の老人も亡くなり、町からみなが去った後、穴ぼこと傷にまみれた大図書館で少女は独り、未だに本を読み続けていた。

 ――ある時、荒廃した大図書館でのこと。青白い月明かりの差し込む中、少女は、目の前に父親が立っていることに気が付いた。彼女は微笑み、彼に向かって言った。
「おかえりなさいパパ。私、ちゃんと本を読んで待ってたのよ?」
 父親は、哀れみを隠しきれない笑顔を浮かべ、砂のような爛れ手で少女の手を取った。
「そうか。本当に、本当にすまなかったな……。さあ、パパと一緒に行こう」
「うん。もう、この本も読み終わっちゃったみたい……」
 そして二人は顔を上げて、真っ直ぐに昇っていった。
 彼等はようやく、大図書館の天井を目の当たりにしたのだった。
お疲れさまでした♪
HP(→http://kyunote.blog.fc2.com/)にて
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