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終焉世界 作者:ミノ

終わりの終わり

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44 ブラインドガーディアン

 狂える人形使いとなってしまったチャールズ・アシュフォードがしでかしたことは到底許されることではなく、当時の軍隊が制圧に乗り込んだ。

 ほとんど内戦状態に陥るほど、チャールズの人形は猛烈に強かったという。

 彼がまともであれば、いくらでも軍事用に採用していたのにと時の権力者が才能を惜しむほどだったらしい。

 ニムボロゥ将軍たちは当時の権力者たちの見解を支持した。

 過去の遺産である殺人人形を支配下に置くことができれば、護法軍の慢性的な人手不足を解消できないかという期待だ。

 でもそれは無理な話だ。人形たちは原罪を持たない人間、つまり地球人であるチャールズ本人以外の全てを殺すようプログラムされた存在だったのだから。

 実際、地下から発掘された百の手は800年の年月を経てもなお凶悪に動きまわり、そのまま自由にさせれば護法軍本営を血の海に沈める勢いだったという。

 純正魔法創造物アーティファクトも経年劣化はするはずだけど、本当に優れたものは千年単位で動作するのだそうだ。わかるだろう? チャールズ・アシュフォードは本当に優れた魔法使いだったんだ。

 使えるものなら何とか使いこなす手はないかと護法軍はチャールズの手記を解析するが、『原罪』という言葉が立ちはだかった。

 原罪の概念が理解できなかったからだ。

 だから800年後の今、発掘された百の手ハンドレッドストラングラーも護法軍の戦力としては使い物にならず、かなりの犠牲者を出した上で強引に身動きを封じるしかなかった。

 再度封印を施されたものの、いつ暴れだすかわからない危険がある。だから同じく純正魔法創造物アーティファクトの黒い箱『禁断』に押しこめ、どこかに捨ててこようと誰かが考えた。

 捨てる、というのは単に廃棄するという意味ではない。グレイ=グーの出現を予見していた護法軍首脳陣が『敵の巣に殺人人形を投入し、皆殺しにさせる』という一石二鳥の作戦を立案したからだ。

 もはや死地である灰に埋もれた平原に百の手が置かれれば、少なくともその周囲はグレイ=グーや灰賊などの暗躍を防ぐことができるだろう……。

 一応、理には叶っていると思う。

 俺ならもう一度深い穴をほってそこに捨てて見なかったことにした方がいい気がするけど、戦力不足をなんとか補えないかという意図は痛いほどわかる。これ以上人死を出していると本当に軍を維持できなくなりそうな状況だからだ。

 もし、自軍の兵士ではなく敵の怪物だけを殺せる兵器があればその獲得に予算を割くのも決して馬鹿げた話ではなく、ルシウムはその密命を受けた士官ということだったのだ。どうりで羽振りがよかったわけだ。

「ルーシィ姉さんはこの危険な人形を閉じ込めた後、その足で生存不能領域に開放してくる予定でした。全部の任務が死と隣合わせで……結局死んでしまいましたけど」

 リリウムは鉄格子に手をおき、鎖で縛り付けられた百の手を残った右目で見つめた。横顔が怖い。姉と同じくらい怖い。

「それでも、あなたは姉から義手を受け取り、それを私の所まで持ち帰って来てくれました」

「それは……妹に直接渡してくれ、ってルシウムに言われたから」

「はい。ですから、私はあなたにチャールズ・アシュフォードの手記を読ませ、この檻の前にも連れてきたのです」

「えっと……その、それはどういう意味で」

「ルーシィ姉さんの義手は姉さんの命です。姉さんの信念全てがこもっている」

 リリウムは俺の台詞のすそを踏むように言った。人の話を最後まで聞かず、言わせないのは姉妹揃って同じ癖だ。

「だから私は信用することにしました。ニムボロゥ将軍には、ちょっとお気に召さなかったようですけど」

 ニムボロゥは無言で俺の一挙手一投足を睨みつけている。召されていないようだ、確かに。

「そして……これは正直なところ魔法の力でも完全に予見できていなかったのですが、あなたは……」

 リリウムの言葉の途中で、金切り声がいきなり響いた。何の気なしに彼女が檻に背中を預けた、その拍子のことだった。

 バチバチバチっとすごい音がして、檻の中で動きを封じ込められていた『百の手』が、鎖を引きちぎっていた。

 名前の通り、その身体は無数の人形の腕で出来ている。胴や頭は見当たらず、とにかく何本もの手だけで構成されているようだ。

 手は無数の足になり、あるいはつながって大蛇のようになり、そうかと思えば5本合わさって巨大な拳を作りる。変幻自在だ。

『百の手』は無数の手をあやつり、原罪なき者を自動的に殺害しようとする。

 この時は指を使った。

 無数の手の無数の指を直列につなぎ、長い一本の棒にした。その先端は小指の細さで、丸太のような鉄格子の隙間から誰かを突き刺すことなどたやすい。

 矢のように飛ぶ直列の指は一直線にリリウムに迫った。位置、速度、体勢、いずれも彼女の身体を貫通する条件をクリアしていた。

 俺は何かを叫び、リリウムとの距離を転がるようにして詰めた。ここで彼女まで死んでしまってはルシウムに申し訳が立たない。これだけは諦められない……。

 でも俺は見当違いをしていた。

 彼女は軍人の姉を持つか弱い妹ではなく、トゥルーメイジなのだ。魔法使いの頂点に立つ人間だ。

 800年前の狂える魔法使いが作った殺人人形がいかに強力とはいえ、簡単に串刺しになどできない。

 指でできた槍は鉄格子の隙間からリリウムを突き刺す前に方向をねじ曲げられ、彼女の肩をかすめただけにとどまった。それでも服ごと皮膚を切り裂かれ、血が滲んだ。

 百の手が自動的に人を殺すなら、リリウムは自動的に自分に向けられた攻撃をそらす魔法を身にまとっている。念動魔法のマントのようなものが指をはじき、事なきを得た。

 その場にいた全員が、俺も含めてため息を漏らした。最悪の事態は免れた。

「大丈夫か、リリウム!?」

 一番近くにいた俺が、彼女をかっさらうようにして檻から引き離した。思ったより傷が深く、二の腕が血に染まりつつあった。

「あ……大丈夫、です」

 さすがにショックを受けたのか、リリウムは舌をもつれさせるようにして言った。

 次の瞬間に本当にショックな出来事がおこった。

 先端を弾かれただけの直列指はまだ生きていた。

 蛇のように鎌首をもたげ、再び指の槍が飛んだ。

 その穂先は、今度は俺を狙っていた。眉間に突き刺さって脳みそを貫通されるコース。突然のことだったので、死の恐怖は感じる暇もなかった。

 その後どうなったかというと、何も起こらなかった。わかるだろう? チャールズ・アシュフォードの作った殺人人形は原罪を持たない者(・・・・・・・・)を殺すように作られている。

 原罪を背負っているらしい異世界人の俺は、800年前に仕組まれたプログラムのお陰で命拾いした。

 眉間の先わずか5ミリで指先は止まり、数秒の後にするすると引き下がって檻の中央で無数の手の中に紛れた。

 俺はどっと冷や汗をかいて、その場にへたり込んだ。

 でもこんなのは序の口だ。

 本当に厄介なことはこのあとだ。

 命拾いした俺は、原罪があることをその場の人間に知られてしまったからだ。

     *

 あああ、最悪だ最悪だ、最悪だこんなの!

 俺は偶然が重なってこの場にいるだけの、ただの運び屋なんだ。

 18世紀のイギリス人がしでかしたことなんて関係あるか!

 やめてくれ。俺にそんなものを背負わせないでくれ。

 頼むよ、俺はあんたらの期待にこたえるなんて無理だ。

 無理に決まってるだろう、俺が殺人人形の飼い主になるなんて!

     *

 どうやら俺はこの世界にきて以来、ウロコ馬とか、陸王サイとか、人間以外にモテるらしい。

 そのせいで百の手からも信頼を得てしまった。

 800年ぶりに出会った主人と同じ原罪の匂いを俺に感じた殺人人形は、俺の体にまとわりついて殺戮の命令を待っている。

 チャールズ・アシュフォードの生み出した殺人人形・光なき守護者ブラインド・ガーディアンシリーズの1体である百の手ハンドレッド・ストラングラー

 こいつは原罪なき人間を殺すことを800年経っても忘れていなかったんだ。

 原罪のある俺のことを主人と勘違いしてもおかしくはない。少なくとも主人と同類だと思っていることは間違いなさそうだ。

 懐かれているのはわかる。

 頭をなでられるのを待つペットのように腕の群れが俺の足元をうねうねと這いまわっている。もちろんこいつは腕しかないので撫でる場所がわからない。おまけに、すでに発掘されてから護法軍の兵士を何人も殺している。そんな危険な代物を、気安くなでてやるわけにはいかないだろう。

 それ以前に、俺自身が殺されるかもしれない。いまは懐いていても、俺が本来の主人ではないと気付いてふざけるなと首を絞めに来る可能性も考えられる。なにせ800年だ。プログラムが壊れているかもしれないし、本当は別のプログラムが仕込まれていてやっぱりいきなり俺を殺すかもしれない。

「これは奇跡か? それとも悪夢か?」

 ニムボロゥ将軍が、檻の中で俺にじゃれつく百の手を見て額に手を当てた。めまいでも起こしているようだ。

「ですから、私は最初から言っていたではないですか将軍。姉が義手を託した人物ですもの、必ず信用に足る方だと。もっとも、こういう形とは思いませんでしたけれど」

 檻から遠巻きに見ているリリウムはそう言って微笑んだ。ニムボロゥが許せば、檻の中に俺たちと一緒に入ってきそうな雰囲気だった。

 一方、百の手と一緒に檻の中に閉じ込められている俺は途方に暮れている。危険を考慮しているのはわかるが、何も殺人人形と一緒にすることはないだろう。

 本当に最悪だった。地球人だからという理由でこんな目に会うなんて、こんなもの予想できるはずがない。

 おまけにもうひとつ。

 俺はとうとうこの世界の人間ではないとバレてしまった。

 隠そうとしていたわけじゃない。面倒になるから自分からは口にしなかっただけだ。

 それでもやっぱり隠しておくべきことだったようだ。

 まさか、まさかこんなところで後戻りできない場所に追い込まれるなんて。
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