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終焉世界 作者:ミノ

終わりの続き

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28 一角獣はかく語りき

 必要なのは信用できる運び屋だ。そう言ってルシウムは真正面から俺を見た。目つきが怖い。

 ウロコ馬大量毒殺事件の影響は大きかった。

 旧アベリー市の運送業者は商売の要である持ち馬が軒並み死んでしまって、物資の運搬を引き受けるどころではない。

運び屋を続けるか否かを迫られて、結構な割合で撤退を決めるところも出てきたそうだ。ウロコ馬がいくら毒の灰に強いといっても簡単に替えの効くものではない。

 だから普段使っていない業者を使わざるを得なかったわけだが、その途端に積み荷の横流し未遂が起こった。

 荷物を持っていかれることだけは食い止めたものの、ひたすら厳しくなる一方の環境で貴重な物資を失うことは、誰かの生死に直結する問題になる。

 単なる出来心の犯罪で補給線を乱され、それを防ぐために護法軍の人員を割くようなことになったら、運送業者に委託する意味がない。本末転倒だ。

「そこで君の出番というわけだ、イリエ」

 ルシウムは俺の意向など関係なく言い切った。こっちが仕事を受けることを前提にしている態度だった。

 俺は信用されているらしい。

 短い期間馬車に同乗しただけで俺の何を信用したのかわからないが、護法軍の急募人材リストには俺の名前が記載されていて、しかもかなり順位が上の方だという。

 悪い気はしない。

 自分では疑り深い性格のつもりなのだが、実際には他人を疑うのがどうも苦手らしい。信用に足ると目の前で言われたら、裏があるんじゃないかと思うと同時にあっさりその評価に乗ってしまう。

「わざわざここまで来たんだから話は聞きます。まあ、報酬次第ですけど」

 正式な仕事としてならやってもいい、という反応を取り繕った。そうしないと格好がつかない。表面上のことだけではなく、単なる便利屋と思われるのは避けておきたかった。

 軍との関わり方は気を使う。信用される、仕事を回されるのは構わない。でも今後も延々と補給路に組み込まれるようなことになったら? 護法軍専属にされてしまったら、逃げ時を失ってしまう。

「姉妹バウリ、契約書を彼に」

「はい、大姉ルシウム」

 女士官バウリはブリーフケースからウィジャ・メモリと白紙の出力用紙を取り出し、印字した。

 紙の上に乗った小さなコマが手を触れないのに動き出し、縦横無尽に踊るとそこには一枚の契約書が出来上がっていた。

 ウィジャ・メモリはウィジャ盤(コックリさん)の応用というかなんというか、保存された音声もしくは文章を再生できる小さな魔法のコピー複合機だ。

コックリさんで指が勝手に動いて文字をなぞっていく仕組みを魔法で再現して、目に見えない力で文字を記録し、再生する。

 書き上がった書類の支払い金額欄は、予想より一桁多かった。

 何かの間違いだろう。いくら払いのいい護法軍といっても、年間契約でもない一回の運送でこの額は法外すぎる。こんなカネを出すくらいなら民間業者を使うより自前でやった方がはるかにマシだ。

「この金額には運賃だけでなく特別な報酬が含まれています」

 疑問を口にするより早くバウリが答えた。声も動作もきびきびとしていて、聞いているこっちまで姿勢が正されそうだ。

「今回の依頼については保安上の問題で、わたくしたちが用意した荷駄と馬車を使っていただきます。しかしながら調練に不十分なところがありますので、その世話と仕上げの委託も合わせての額とご理解ください」

「保安上、ってことは」

「簡単に申し上げますと、今回の積み荷は先日の横流しに巻き込まれそうになった物資なのです。突発的な犯行であるとわたくしたちも判断しておりますが、万が一にも特定の物資を狙ったものである可能性を考慮し、馬車についてもより安全性の高いものを用意した、とお考え下さい」

 わかりやすい説明で、疑問の余地はない。契約書の内容とも一致している。

 調練が不十分というのも、毒殺事件の影響で荷を引くのに慣れていない馬を回すしかなかったのだろう。この点はちょっと不安だ。俺が連れてきたルマンド――という名前の若いウロコ馬――を使えば問題ない気がした。

「荷物を運ぶのと同程度、わたくしたちは荷駄の調練も重視しております。即戦力は常に必要ですので」

 バウリのムダのない物言いは俺の不安を次々と潰していく。よく頭が回るようだ。そのくせ地味で小柄で軍人っぽいいかつさがなく、俺は何だかこのバウリという女士官本人に興味が湧いてきてしまった。

「では契約書に掌紋パームを」

 まあ、俺が間抜けだったと言えばそこまでなんだけど、あっさり掌紋を契約書に添えてしまった俺は、契約書の重要な部分を見落としていた。

 この世界の契約書というのは法律が機能していなくてもしっかり履行の義務が生じる。魔法によって契約内容を違反できないよう強制されるからだ。

 だから、馬車が用意された馬屋に案内されて小便をちびりそうになっても、もう契約を破棄することができなかった。

 そこにいたのはオオウマでもウロコ馬でもなく、足の長さだけで俺の身長を超えている巨獣だった。

「軍馬から転用された陸王リクオウサイです」

 バウリの声が肩越しから聞こえた。

「わたくしたちに必要なのは即戦力です。契約どおり、荷駄として使用可能な状態まで仕上げていただけることを期待しております」

 つまり、こういうことだ。

 俺は早くも逃げ時を見失ってしまった。

     *

 調練が始まった。

 肋骨にヒビが入った程度では回復魔法の必要はないと判断され、塗布式の霊薬と簡易ギプスのみで処置された。

     *

 陸王サイがこの世界でどういう扱われ方をしているのかは前に説明したと思う。

 時代遅れの武闘派。誇り高いあぶれ者。

 灰が降りだしてから実質的に役目を終え、それから数十年。護法軍の、いわば温情だけで生かされてきた不遇を陸の王者がどんな風に感じていたのだろうか。

 世界が死んでいく。灰に埋もれて、存分に駆け抜ける土地さえも失われる。強大な『敵』は、世界中に降り積もる灰であり、灰を突進で倒すことはできない。戦うことの意味、戦える場所、己を必要とする声。そういうものが全部なくなってしまった。

 護法軍と一緒に戦うことに恋い焦がれていたに違いない。

 でも、陸王サイたちは『外』に置かれた。

 蚊帳の外、戦場の外、一直線に駆け抜ける輝かしい道の外。

 動物に滅び行く世界を憂う知能があるかどうかは知らない。でも人間が何かと戦っていることを察することは、たぶんできる。それなのにその何かとの戦いに参加できないのであれば……。

 俺は3年間御者をやって、ウロコ馬と向き合って、無言の会話をしてきた。

 それがたとえ俺の一方的な思い込みだとしても、心が通じ合う気がした。あいつは無言で、ときどき鳴く時もヤギとヒキガエルの混じったような汚い声だったけど、何となく分かった。変な言い方になるけど、この世界において魔法の力で意思疎通ができる人間より、話が通じない分話が通じるような気がした。

 だから、トラックのタイヤみたいな膝蹴りで脳震盪を起こしても俺は何となく陸王サイのことがわかるような気がした。

 元々外からやってきた俺。

 花形から外に追いやられた陸王サイ。

 外という言葉の意味合いはぜんぜん違うんだけど、俺にはこいつの気持ちがわかったし、こいつは――どうだろうな。思い込みかもしれない。どっちも思い込みかもしれない。

 それでも陸王サイが馬場にひっくり返って意識朦朧としていた俺の頭を踏み潰すことはなかったし、俺の方からも強引なアプローチをしなくて済むようになった。

 契約書でばっちり縛られているとはいえ、陸王サイ相手に死ぬ気で調練しようとしたことは自分でも意外だった。

 プロ意識だとか、やけになったとか、そういうこととは違うと思う。

 草食動物とは思えない鬼のような目と、人を殺せるサイズの巨体を見た時には、恥も外聞も契約もなく勘弁してくれとルシウムに泣きつこうと思った。

 だけどこうも感じた。

 生きているだけで死ぬ世界で生きてきていると、本当にこれはいよいよのピンチだというのがわかるようになってくる。どうにもならない死の予感、とでもいうものが。

 陸王サイの前に立っていても、『それ』は来なかった。

 だから俺は向こうのことが何となくわかってきて、向こうも俺のことをわかってくるのが伝わって、ああこれはもう大丈夫だなと思った。

 その後、どうやら俺は気を失ったらしい。
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