挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
終焉世界 作者:ミノ

終わりの途中

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

2/50

02 第二乾季に灰は降り積もる

 日の差さない曇り空から灰の降る様子は雪景色に似ている。

 ただし寒さは感じない。

 一方の俺は死にかけのカラスに似ている。

 灰の毒素をかなり緩和できる――残念ながらあくまで『かなり』だ――防毒マスクの吸気口は、何層かのフィルターをパフェみたいに詰め込んだ円錐形になっていて、大きなクチバシを付けているように見える。そこにフード付きの黒い灰合羽をかぶっていると、もう飛べなくなったカラスを表現した舞台衣装という感じがする。

 好き好んでそんな格好をしているわけじゃない。マスクを付けないと命に関わるし、黒い合羽は体に落ちた灰を見つけやすくするためだ。

 花粉症を思い浮かべて欲しい。外出先から戻ってきて、花粉をはたき落とさないと家に花粉を持ち込むことになるだろう? 

 それと似たようなものだ。ちゃんとふるい落とさずに生活空間の中に毒の灰を持ち込んだらどうなるか。最悪の場合、クシャミと一緒に崩れた気管のかたまりを吐き出すことになる。

 だから俺だけじゃなく、この世界の人間は灰を見分けやすくするような暗色の服でないと迂闊に外出できない。明度の高い色は喜ばれないし、ライトグレーとか白の服を着て人前に出るのは頭のおかしいヤツとみなされることさえある。

 実際に屋外で灰色の服を着ている人間なんて大抵は灰賊だから、頭がおかしいと言うのは当たっていると思う。

 そんな理由で黒一色の出で立ちをした御者が、溶けない灰の雪道に馬車を走らせている――という状況を想像して欲しい。

 街道の石畳のゆるみに車輪を取られ、ガタリと荷台が揺れる。幌から積もった灰が時折バサッと音を立てて落ちていく。

 これが本物の雪なら冬の風物詩ぽくはあるけど、冷たくはないし、うっかり吸い込んだら化石病にかかったり死んだりするから、風情も何もない。そもそも今は第二乾季で、これは日本の気候でいえば夏の終わりから秋にかけての時期にあたる。むしろ残暑の季節なのだ。

 だから防毒マスクの中は生ぬるくて、汗と薬液と、濾過しきれない灰の舌が痺れるような匂いがこもっていて、おまけに気軽に外すことさえできない。死ぬからだ。

 どう思う? 嫌になってくるだろう?

 安心してくれ。もっと嫌な話ばかりだ。この程度のことはすぐ慣れるから。

 例えば食料の話。

 降り積もった灰の毒は、地面に染みこんで土を爛れさせ、不毛の地――というかまともじゃない植物しか生えないような土地に変えてしまう。だから畑が汚されたりすると野菜なんかも全部ダメになる。

 家畜もそうだ。三年前、俺がこの世界に転移したというか、連れ込まれたというか、とにかくこっちに来た年に、地球で言うニワトリに当たる種が絶滅した。

 半世紀前には当たり前のように飼われて、食卓に上っていたトリ肉も卵もいっさい無くなった。生産されないから流通も止まって、まあ……とにかく絶滅したらしい。

 異世界からの部外者に過ぎない俺にとっては、存在を知るより先に消滅した食材に対する思い入れなんてないのだが、『鶏の唐揚げが二度と食えなくなった』と想像したら、それがどれだけ深刻か理解できた。

 ついでに言うと、この世界の食糧事情関係なく、日本に戻らない限り唐揚げを食うことはできないわけで、想像というか俺は本当にもう二度と唐揚げを食うことはできないわけで――そのことに気づいた時にはさすがにことの重大さに体が震えた。

 それも過ぎた話だ。

 俺はもう、この世界の運送業者の雇われ御者で、手間賃をもらって生活して、死にかけた世界の隅っこでもう少しだけマシな生活をしたいと思って生きているだけ。異世界から転移して、望みはそれだけだ。

 本当にそれだけなんだ。

 防毒マスクの中で生あくびをして、俺は目の前で車を引くウロコ馬の足取りを確かめた。

 最後の魔法の塔にある駐屯地から出て、交易所のある麓の街で数日分の食料と水、あとなんだかんだと細かい道具を揃えて、目的の宿場へ馬車を走らせたのがだいたい丸一日前。

 ウロコ馬の調子は悪くない。このペースなら、とりあえずは最初の宿場まではスムーズに行けそうだ。

 気をつけないといけないのは灰賊やフィーンドだが――護法軍の常駐している魔法の塔が近いこの辺りの土地では、まず心配はいらないだろう。頭イカれた灰賊どもは護法軍に討伐されるし、魔法の塔の修行僧たちが霊薬エリクサーで浄化を施してるから、フィーンドがいきなり現れることもないはずだ。

 そんなことを考えて、半分眠りながら馬車を走らせている内に、急に空腹感が湧いてきた。

 滅亡しかけた異世界に来ても腹は減る。

 減る気はなくても減るのはなんでだろうな?

 まあ、それもどうでもいい話だ。

 マスク越しの視線の先に、うらぶれた宿場町が見えてきた。何事もないだろうと思ってはいても、道中安全だったことに感謝した。

 誰に? この世界の交通安全の神? 別に誰でもいい。

 ともあれ宿場の厩舎まで馬車を回し、駐車料を払い、そこに停めた。

 下車してからウロコ馬のザラザラした脇腹を撫でる。何を考えているかわからない面構えだが、喜んでいると思う。

 異世界で過ごした三年の間でだいたい確信を持てるようになったのだが、俺はどうもウロコ馬の世話に向いているらしい。

 黒ずくめの灰合羽に降りかかった灰を念入りに落としてから、俺は今日の寝床と食事を求めて安宿の戸をくぐった。

 一刻も早くマスクを外さないと、鼻のかゆみで発狂しそうだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ