挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
終焉世界 作者:ミノ

終わりの途中

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

17/50

17 流されて尚、愛別離苦

 思いもよらず、俺を足止めを食らって旧アベリー市から出発できないでいた。

 ウロコ馬の調子が思わしくないのだ。

 一週間ほど毎日重い荷物を引いて、疲れが溜まっているのはわかる。御者台で揺られていただけの俺だって尻から背中の筋肉がガタガタになった。

 それでも二日も休めばまた馬車を走らせるのには十分だろうと踏んでいた。

 元々この世界では大馬オオウマと呼ばれる農耕馬みたいな体格のデカい、地球の馬とほぼ同じ家畜が荷を引いていて、これが灰の毒の影響をモロに受けて死にまくった――っていうのは前にも言ったと思う。ウロコ馬はその代わりとして広く使われている。呼吸器官が灰を吸い込みにくい構造で、ウロコに覆われた体は人間よりもずっと毒の影響が出にくいというのがその理由だ。

 いつもは力強く、タフなはずのそいつは、見るからに足取りが重くうなだれていている。

 俺は家畜の飼育なんて全くの未経験だったが、三年近く世話をして一緒に働いていればそれなりに詳しくなる。向き不向きもあるだろうけど俺は向いていたらしく、見れば大体どこが悪いか程度はわかるようになった。

 単なる疲労ではなく消化器系の不調だろうと俺は思った。灰にやられた可能性は捨てきれないが、道中で危険な量の灰を吸っていたとしたら、もっと呼吸が荒くなって、血が喉の奥に引っかかるような音がするはずだ。

 俺は馬屋の管理人に繋がれていた間どんな状態だったかを尋ねた。

 対応に出てきたのは俺と大して歳の変わらない若い男だった。馬車を停めた時は年季を重ねた渋い顔の初老の男だったはずだが……。

「なんかあのオッサンも体おかしくなったって、昨日から病院いってるらしいわ」

 その若い男は目つきだけぎょろぎょろとして、落ち着きなく説明した。外見も言動も、どうも信用できない感じがした。

「世話していて何か気付いたことありませんか? 餌を食べないとか、鳴き声が変だったとか」

「そんなのわからんわ。いつもと一緒て思うけど……なんもしてないよ、俺。変な疑い掛けられても困るわ。俺なんもしてないし」

 ――なんだこいつ?

 俺はつい不快感を顔に出してしまった。管理人の見習いか何かだろうか? 自分は何もしていないという点ばかり強調して話にならない。

 あの渋いオヤジなら安心して任せられると思っていたのに、俺は苛立ってきた。この世界で苛立たずに過ごすのは難しい。我慢できるだけだ。

 念のため俺はウロコ馬を直に触れて調子を見た。外傷はない。でもウロコの隙間につまっている灰をちゃんと落としていない。ブラシもかけていないということは、本人が言うように本当に何もしていないということか?

 餌と水は与えられているけど、それ以外のことはほとんど放って置かれているような気がする。

 俺は少し嫌味なくらい馬体をきれいにしてやってから世話不足のことを問い詰めると、とにかく自分に責任がないということばっかり繰り返すばかりだった。

 こっちはカネを払って馬屋に駐車している。

 その間の世話を含めた料金を出しているのに、適当な仕事をされたら商売に関わる。こっちは車やバイクじゃなく生き物を預けているんだ。

 しかし実際に体調を悪くしている以上、無理に出発させるわけにもいかない。俺は思い切り怒鳴りつけてやりたいのを飲み込んで、若い世話係にちゃんと代金通り面倒を見てくれと念を押した。

 自分でできる限りの世話とねぎらいをしてやってから、俺は自分のウロコ馬以外の馬の調子を覗き見た。

 考え過ぎだろうか――どの馬もどこか挙動がおかしいように感じる。でも力なく項垂れているやつもいれば、むしろ元気すぎるくらい体を動かそうとしているやつもいて、様子が一致しているわけでもなかった。

 どうも妙な感じがして、でもそれが何なのかはっきりしない。

「ここって、まともな馬医はいるの? 紹介してくれないか」

「いや、わからんよ……俺、最近ここに雇われたばっかりで。すんません、わからないです」

 ――駄目だこいつ。

 へらへらと首をすくめ、ごまかすように言うその男に俺はキレそうになって、もう一切信用しないことにした。つまり、目の前の男を頼らず自分の足で馬医を探すことにした。

 大きな街だ。どこかに腕の良いプロくらいいるだろう。

 馬屋を立ち去る俺の足取りは見るからに苛立っていたと思う。

 もう三年こっちにいて大概のことに慣れたが、こういう時の不便さにはいまだにもどかしさを感じる。わかるだろう? この世界には携帯どころか電話も電話帳もないんだ。

 昔は魔法で遠隔通話も簡単だったらしい。

 昔の話なんて知ったことか。

     *

 信用できそうな馬医を連れて馬屋に戻った俺を待っていたのは、横倒しになって動かないウロコ馬たちの死体だった。

 俺のウロコ馬もその中の一頭だった。

    *

 あのヘラヘラした男は世話役の見習いですらなかった。

 元々馬屋にいた管理人のオヤジは死んでいた。男が殺した。

 灰を無理やり口の中に押し込まれ、内臓が崩れて即死しないのを見て刺殺したという。俺がウロコ馬の様子を見に行った時には、馬屋の管理小屋で死後丸一日が経っていた。

 馬にはアッシュ・ラッシュと霊薬のカクテルを餌と水に流し込んでを与えていた。『症状』が違っていたのはこのせいだろう。

 俺が馬屋を離れた直後、さらに濃度の高い毒性の霊薬を飲まされたらしく……。

 種としてのウロコ馬はちょっとやそっとじゃ死なないイメージが強くて、実際丈夫なのは間違いない。だから俺は、自分の馬も大事に世話していれば動けなくなるのはずっと先のことだと思っていた。

 ことの重大さが広まると、馬を停めていた運び屋たちが集まって騒然となった。商売道具を失った彼らは、俺と同じく呆然となって、次に一気に殺気立った。

 運送業者がいきなりトラックを爆破されたような状況を想像して欲しい。

 いや、別に地球の出来事に例える必要もないか。とにかく、そういうことだ。

 犯人の男は裏路地の隙間で膝を抱えて座っているところを発見された。

 捜索にあたった自警団のひとつが俺達の前に引きずり出して、取り調べがその場で行われた。この街に公的な警察機関がないって話はしたかな? 男は右の中指と薬指を反対に曲げられて、小指もそうされる前に自白した。

 動機は――よくわからなかった。

 アッシュ・ラッシュとは違う覚醒剤的な働きをする霊薬を常習してイカれていた。

 発症していた化石病のせいで自暴自棄になり誰かを巻き添えに自殺しようとした。

 カネで雇われた。

 灰の平原にいた誰かに命令された……。

 そんなふうに話が二転三転して、おそらくその内のどれか、もしくはいくつかが原因だったと判断されて、その場で射殺された。

 投獄やこれ以上の詳しい取り調べはしない。この街には時間もカネも人員も、クソみたいな殺人犯相手に割いていられる暇はない。

 俺は――その後どこをどう歩いたのかわからないが、気付いたら宿に戻っていた。

 あのイカれた男は死体になって、どうせ引き取り手もいないだろうから街の外の死体の山にワンポイントプラスされるだけだろう。

 では、殺された馬はどうなるんだ?

 人間の死体すら尊厳とコストを秤にかけてコストを取るほど余裕のない世の中になって、死んだ馬の扱いを人間様より上にしようという話はまずありえない。

 だから、あの河原の死体の山に今度は数頭の馬が加わることになる。

 俺はベッドの上で天井を見上げ、ただぼんやりと見上げ続けた。

 どうやら俺の倫理観はとっくにおかしくなっているらしい。人間なんてもう、いくら死んでも死に飽きている。そんなものより人間のために働いてくれる荷駄をもっと手厚く葬ってやるべきだ。

 本気でそんなことを考えていた。

 俺にとっては一緒に働いてきた相棒で、あのウロコ馬を除けばこの世界に大事な人間なんてほんのわずかだ。死にかけていた俺を拾って、御者にまでしてくれた俺の雇い主と、最後の魔法の塔に駐留している輜重隊のおっさん。その関係者が何人か、それだけだ。

 元の世界に帰ることはとうに諦めた。その代わり、こっちの世界で生きるために必要な物があって、それが相棒のウロコ馬だった。

 怒りが体中の血管をめぐり、しかしその怒りを晴らす相手はすでに銃弾を食らって死体も捨てられている。男はまとまったカネも持っていなかった。俺を含めた運び屋は賠償金を支払わせることもできず、荒れに荒れていた。

 もうこれ以上、復讐する意味はない。相手もいないのに復讐のしようがない。

 俺はもう一晩逗留することに決め、飲めもしない酒を無理やり押し込んで眠った。

     *

 荷台だけあってもそれを引く動物がいなければどうしようもない。

 いくらなんでも自力で運べるものではないし、場合によってはこの街で馬を新調しないといけないだろう。そうでなければ、魔法の塔方面に向かう馬車に乗せてもらって帰るくらいしかない。

 雇い主に直接聞けば話は通しやすいのだが、やっぱり電話がないと無理だ。手紙を送っても一緒。自分で運ぶほうが早い。

 道理をわかってくれる相手だから、説明しさえすればウロコ馬の死については納得してもらえるだろうが――いずれにせよ移動手段を考える必要がある。

 いま持っているカネでは、オオウマは論外としてもウロコ馬を買うには少したりない。レンタルならなんとかなるだろうか?

 旧アベリー市にはみんな死滅してしまった馬屋の他にもう二ヶ所、馬を停められる場所があったはずだ。

 俺はなるべく頭を働かせないようにして、まず北側の馬屋へ向かった。

 涙なら昨日の夜に十分流した。

 だから、今日はもう平気だ。

 俺はこの三年間の過酷な暮らしでそういう人間になっている。

 なっているはずなんだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ