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異世界転生騒動記 作者:高見 梁川
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第三十五話 マゴットの過去その8

次回でマゴットの過去編は終わりです。
トリストヴィー公国編を読んだときに、マゴットの過去編が必要だったと思ってもらえたらいいなあ(笑)
 「うそ! 奥様とマールお姉様が死んだなんて絶対にうそ!」
 「うそではありません。国王の名でマルグリット王女殿下の国葬が布告されました。二人はもう、亡くなったのよ」
 この期に及んでも存在を無視されるダリアがリーシャは不憫でならなかった。
 生まれたときから仕えるべき主として教育されてきた。
 そして本当は血を分けた異母姉。
 ダリア本人が望んでいた結末とはいえ、リーシャの胸は見えない血が溢れだしそうだった。
 「誰? いったい誰が二人を殺したの!」
 王宮内の陰湿な政治闘争を理解しているわけではないが、幾度も刺客を撃退してきたマルグリットはダリアたちが命を狙われていることは承知していた。
 すでに何十人もの刺客を葬り去ってきたマルグリットではあるが、これほどの明確な憎悪まで抱いたことはない。
 危険な光を瞳に宿してマルグリットはリーシャに詰め寄った。
 「王妃のベルティーナ・スフォルツァ様だそうよ」
 王宮の動きは迅速だったらしい。
 ダリアたち殺害の現場を押さえただけでなく、目撃者の令嬢から毒の入手に関わった侍女、その資金の流れが全て把握されていた。
 この事実だけでも、王宮側が早い段階でこの暗殺劇を監視していたことは明らかだった。
 その気になれば毒の入った紅茶を証拠として、ダリア達が死亡する前にベルティーナを逮捕することもできたであろう。
 だがヴァレリーに自分が死ぬまで踏み込まぬよう願っていたのはダリアであった。
 ダリアが生きているかぎり、リーシャとマルグリットはこの国を離れられない。
 そして娘のために義妹の一人息子を生贄にして、自分がのうのうと生き残る気はダリアにはなかった。
 全てはマルグリットの自由のために――。
 「殺す――――私がこの手で、マールお姉様の仇を……」
 「それは無理だ」
 狂気の赴くままに飛び出そうとしたマルグリットを、いつの間にか背後に忍び寄ったラミリーズが制した。
 軽く肩に手を置かれただけのようだが、足のつま先までピクリとも動かないことにマルグリットは困惑した。
 「お前の腕で王宮の牢獄に忍び込めると思うか? そんな真似は俺にも無理だ。俺に勝てないお前など問題にもならん」
 「なら、ラミリーズのおじさんに勝てばいい?」
 「相手の力を見抜けん戦士は長生きしないぞ」
 最近の修行でマルグリットは五本に一本は取れるようになってきている。
 しかしそれはあくまでも修行でのラミリーズが相手にすぎない。
 とはいえ、言葉で説得が可能であるほどダリアとナイジェルを失った衝撃が軽くないことをラミリーズも承知していた。
 誰かがぐうの音も出ないほど叩きのめさなくてはマルグリットは止まらない。
 静かに闘志を滾らせ、二人は庭で向かい合った。
 「…………来い」
 「うわああああああああっ!」
 流れ落ちる涙を拭おうともせず、目にもとまらぬ速さでマルグリットが駆ける。
 修行でも見せたことのないまさに神速の踏み込みであった。
 強い恨みや愛情は、しばしば肉体の限界を突破させることがある。
 ラミリーズはその鋭さの中にマルグリットの胸に空いた深い絶望を見た。
 「その程度か」
 歯を食いしばり、あえてラミリーズはそう叫ぶ。
 そしてくるり、と宙を舞ったマルグリットは背中から地面に叩きつけられ、頭部を揺らされそのまま意識を失ったのだった。


 「いやあああああ! 死ぬのは嫌! おかしいわ! こんなはずはないのよおおおっ!」
 ベルティーナとスフォルツァ公爵が処刑を執行されたのは、わずか一週間後のことであった。
 これは貴族の処刑としては異例である。
 パザロフ伯爵の処刑でも二カ月近い裁判と手続きの時間が必要であり、異例の早さは公爵の政治的影響力を恐れていることの証左でもあった。
 「…………こんなことをしてただですむと思うな?」
 ベルティーナのように取り乱してはいないが、深い恨みのこもった声でスフォルツァ公爵バティスタは呟いた。
 「これまで幾人も濡れ衣を着せて政敵を葬ってきた公とも思えぬ言葉ですな」
 ヴァレリーは両手を後ろに縛られたバティスタを見下ろして鼻で笑う。
 この男さえいなければ、ヴィクトールは死なずに済んだのだ。
 「わしがパザロフや政敵を陥れたことを弁解するつもりはない。しかしトリストヴィーの秩序を守ってきたのはわしだ。そのわしを碌な裁判もなく処刑するとなれば、貴族が陛下にどれだけ不信を抱くかお主にはわからんのか?」
 せめて時間をかけて公爵の悪行を宣伝するべきだった。
 平民による貴族権益への浸透をよく思わぬ貴族のまとめ役であったバティスタが死ねば、貴族と平民の対立がさらに激化するのは確実だった。
 「知ったことではないな」
 「貴様! それでもトリストヴィー王国貴族か!」
 ヴァレリーはそれ以上バティスタと言葉を交わす気にはならなかった。
 (国王に不審を抱く? 望むところじゃないか。貴族にも平民にも不審を抱かれてしまえばよい。愚かな国王も貴族も消えてなくなれ!)
 ヴィクトールの理想を理解も実行もできない国なら滅んでしまえばいい。
 そして廃墟となった残骸から、穢れのない新しい国を造り出してみせる。
 「陛下! 陛下! どうか貴方の妻をお見捨てにならないで! お慈悲を!」
 処刑人に首を抑えつけられたベルティーナが断末魔の絶叫をあげた。
 (抱いたくらいで命を助けるような甲斐性があの国王にあるか!)
 ゆっくりと処刑人の斧が振りあがる。
 「いやあああああ! 妾はこんなところで死ぬ人間じゃない! 国母として敬われるべき人間なのよおおおっ!」
 「そうだな。子供さえ産んでいれば今の状況はなかった」
 ヴァレリーが皮肉な笑みを浮かべると同時に、ベルティーナの首が慟哭の表情を張りつかせたまま宙を舞った。
 「さあ、次は貴方の番ですよ? 公爵」
 その冷たい愉悦の嗤いと、狂気に満ちた瞳にバティスタはようやくヴァレリーがこの国自体を憎んでいることを悟った。
 ヴァレリーの憎悪は自分を通り越してその背後の彼方に向かっている。
 「秩序を守ろうとしたことに後悔はないが、貴様という化け物を産み出してしまったことには責任を感じるな」
 「貴方が責任? 死ぬ間際になって改心したとでもいうつもりですか?」
 「狂える者よ。悪が国を滅ぼすのではない。善意の理想こそが国を滅ぼすのだ。理想はただただ欲望によって踏みにじられ、わしなどより遥かに多くの命が奪われるだろう」
 「はっ! そんなことですか」
 この悪しき世界で善なるものが勝利すると思えるほど、ヴァレリーの絶望は浅くはない。
 「ならば死ねばいい。死んで死んで、何もかも破壊しつくした荒野から、私は穢れのない理想の華を咲かせてみせる」
 「お前は人の欲望を甘く見過ぎている。理想など欲望の手段でしかないと思い知るがいい」
 「私がその程度のことに気づいていないとでも?」
 理想を説きながら欲望の優越を知る。
 ならばいったいこの男は何をしようとしてるのか?
 「狂っている! お前は狂っているぞ! 狂人の妄想にこの国を巻き込むな!」
 感情を殺した抑揚のない声がバティスタを呼んだ。
 「……公爵、時間です」
 「わしの命などいくらでもくれてやる! あのおひとよしのヴィクトールを殺したのはわしだ! だからわしの命で許してくれ!」
 恥も外聞もなくヴァレリーにすがろうとするバティスタを、処刑人が抑えつけた。
 ヴァレリーが何をしようとしているかまだはわからない。
 だが十万の無辜の民を虐殺しても、なんらの良心の呵責も感じないであろう虚無の瞳にバティスタは正しく惑乱した。
 「頼む! この国を……この国を恨むのだけは……」
 興味を失ったようにヴァレリーはバティスタに背を向け、処刑場の階段を降りはじめた。
 後ろの方でゴスンという重い音に続いて、バサリ、という首が首籠に落ちる音が響くのを聞いてヴァレリーは人知れず呟いた。
 「それは無理な話だ」

 ダリアとナイジェルを殺したという二人の犯人が、醜態をさらして首を刎ねられるのをマルグリットとラミリーズは無言で見つめていた。
 あの場に駆け出してこの手で首を討ちたい。
 しかし隣に控えるラミリーズがそれを許してくれないこともマルグリットはわかっていた。
 それにあれほど情けなく命乞いする女が、衆目の目に晒されて死ぬのも悪くはない。
 ただ、そうであるほどマルグリットは怒りが自分に向かっていくのを自覚した。
 二人を守れなかった自分が、ラミリーズに制止され仇も討てない自分が。
 自分の弱さが招いた悲劇を許せなかった。
 「私は強くなる……」
 「俺は一人の強さしか知らんぞ?」
 「一人でもみんなを守れるくらい強くなる! 国にも軍隊にも負けないくらいに!」
 菫色の瞳が激烈な光を宿して、まるで血の色のように赤く染まったかのようであった。
 ラミリーズは人知れず嘆息する。
 マルグリットに平凡な日常を望んだダリアであるが、この娘は平凡というものからもっとも縁遠い人間であるからだった。


 主人であるダリアを亡くしたリーシャたちが離宮を追い出されたのは当然だった。
 それ以上にリーシャは、この国にマルグリットを置いておくつもりは毛頭なかった。
 リーシャとマルグリットはラミリーズの護衛のもと国境を越えた。
 向かった先は、マウリシア王国とトリストヴィー王国の国境の宿場町カーディフである。
 このカーディフにはリーシャの伯母が嫁いでいた。
 すでに亡くなっていたものの、数年前リーシャのために小さな家と畑を相続させてくれていたのだった。
 「奥様から譲られた宝石もありますし、家族が慎ましく暮らしていく分には不自由はないでしょう」

 マルグリットは十二歳の年頃になった。
 それでもラミリーズと剣を合わせる修行の日々はいささかも変わらない。
 そんな二人をリーシャは愛しそうに眺めていたが、この数年で彼女は目に見えてげっそりと痩せていた。
 特にどこか身体が悪いというわけではない。
 まるでダリアの死をきっかけに生命力そのものが失われていくようであった。
 それでも明るい笑顔でリーシャは小さな家を照らし続けていた。
 「いい加減倒れろおおおおっ!」
 「まだまだ甘いな!」
 今やラミリーズはマルグリットの攻めを全て凌ぐことは不可能になっている。
 頑強な身体と、騎士として身体の随まで身についた盾と鎧の使い方で凌いではいるが、もはやマルグリットの神速はラミリーズを凌駕していた。
 だがラミリーズの経験と勘を突破するまでにはいたっていない。
 肉を切らせて骨を断つ。
 たいていの場合、マルグリットの攻撃が通ったかと思うと、それ以上の打撃を受けてしまうのが常なのであった。
 (トリストヴィーの騎士団にもこれほどの速度を持つ者はいなかったな……)
 ラミリーズ自身、天賦の才に恵まれたと評価される人物ではあるが、マルグリットのそれはラミリーズをも遙かに上回る。
 ようやく覚え始めた部分強化を使いこなせれば、ラミリーズはもうマルグリットには敵わないだろう。
 (それまで、まだ奥の手を教えてやらねばならんがな)

 そしてその日はついに訪れた。
 ラミリーズの手から音高く剣が宙を舞い、カランと乾いた音を立てて大地に転がった。
 マルグリットの神速の一撃を、経験でも勘でも対応できない時が来たのだ。
 こうなってはラミリーズに為す術はなかった。
 「やったああああああああああああああああああ!」
 マルグリットは喜びを爆発させ、剣を胸に抱き一回転、二回転と宙を舞う。
 自分が完全にラミリーズを凌駕したと自覚できるほどに、マルグリットの力量は成長していたのであった。
 「やれやれ、とうとう弟子に追い越される時が来たか」
 わずか十二歳という年齢ではあるが、なんらの口惜しさも嫉妬もラミリーズは感じない。
 ただただマルグリットという稀代の戦士の師となれたことが誇らしかった。
 「おめでとう、ナイジェル」
 「ありがとう! リーシャ母様!」
 満面に笑みを浮かべて、マルグリットはリーシャの胸に抱きついた。
 カーディフに来てからというもの、マルグリットはとりつかれたようにラミリーズを超えようと努力してきた。
 彼女の天才的な才能があってなお、これだけの時間が必要であったのは、ラミリーズもまた傑出した戦士であったためであろう。
 誰にも負けない強さを手に入れるというマルグリットの目標にとって、ラミリーズは超えなくてはならない巨大な壁であった。
 不動の城塞のようであったラミリーズという壁を、真っ正面からの実力で完勝したマルグリットの喜びはひとしおだった。
 その日の晩は、リーシャが腕によりを掛けてごちそうが振る舞われた。
 ラミリーズもマルグリットも大いに舌鼓を打ち、腹がふくれるまで心ゆくまで滅多に味わうことのできない豪勢な食事を楽しんだのである。
 ――――翌朝
 「ラミリーズ様、お役目ご苦労でございました」
 「急に何を言い出すのですか? リーシャ殿!」
 突然の申し出にラミリーズは惑乱した。
 ラミリーズにとってこの八年近い歳月を共にしたふたりは、もはや家族と言ってもいい関係であった。
 今さら二人から離れるつもりなど毛頭なかったのである。
 「私たちはラミリーズ様のご好意に甘えてきました。本来、このカディフに連れてきてもらった時点でラミリーズ様のお役目は終わったはずでした」
 「ですがそれは構わないと言ったではないですか!」
 「ナイジェルはもう自分で自分の身を守れるでしょう。それはラミリーズ様もご存じのはず」
 ラミリーズはぐっと言葉に詰まる。
 確かに護衛といっても、ラミリーズがマルグリットに勝利する可能性は皆無であったからだ。
 「確かにもう私は武では敵わないかもしれません。しかし先達としてナイジェルに教えられることも……」
 「ラミリーズ様の才を朽ちさせるな、というのは奥様のご遺言でもあります。それに……ただの平民であるナイジェルに貴方ほどの立派な騎士が仕えるというのはひどく不自然でもあるのです」
 佇まいの風格、そして実力と識見、どれをとってもラミリーズは一流の騎士である。
 その彼が主のようにマルグリットに仕えるというのは、すでに余計な勘ぐりや詮索を受けていた。
 「ナイジェルに翼を与えてくれたことには感謝します。それでも羽ばたいていくナイジェルにつきあってこれ以上貴方が人生を犠牲にすることはよしてください」
 何も言わなければ、ラミリーズは年老いて死ぬまでマルグリットに従うに違いなかった。
 そしてマルグリットがラミリーズより強くなったということは、それに従うラミリーズが先に不慮の死を遂げる可能性は限りなく高かったのである。
 さらに表に出れば間違いなくひとかどの人物になれるであろうラミリーズを、これ以上引き留めるのはダリアやヴィクトールの意志にも反するとリーシャは言っているのであった。
 「大丈夫だよ、ラミリーズのおじちゃん」
 マルグリットは優しく笑って胸を張った。
 彼女は自分が勝ったときがお別れのときであることを、早くからリーシャに聞いていたのであった。
 「世の中には自分より強い男がたくさんいる。機会あればその男に挑むのが男子の本懐って言ってたじゃないか」
 この忠誠心に厚い男が、心のどこかで自分の腕を試したいと思っていることを、マルグリットは同じ武人の純粋さで気づいていた。
 愛弟子に秘めた胸中を悟られていたことを知ったラミリーズは、もはや隠し立てすることを止めた。
 「リーシャ殿はナイジェルにどんな人生を?」
 「自由に、そして何かの成り行きではない自分の意志で人生を送って欲しいと思います。だから私が何かを強制することはありません」
 たとえ命の危険がある傭兵でも騎士でも、マルグリットは本当にそれを望んでいるなら構わない。
 もちろん市井の女として結婚し、母となって平凡な人生を送ることも。
 ただ、子のために、主のために、友のために、意志を歪めて生きて欲しくなかった。
 「なるほど、ナイジェルが自由に羽ばたくためには私はもう邪魔になるのですな」
 苦笑しながらもラミリーズの笑顔は晴れ晴れとしていた。
 ヴィクトールもダリアも守れず、逃げるようにトリストヴィーを離れた自分が、ようやくひとつ使命を果たし終えたような気がしたのである。
 「では私も羽ばたくといたしましょう。しかしお役目ではなく家族として、これからも頼っていただきたい」
 決断したラミリーズの行動は素早かった。
 翌日には準備を始め、翌々日にはハウレリアとの国境で発生した紛争に従軍する傭兵として参加を決めていた。
 「――戦いが終わればまた土産話とともに参りましょう」
 しかしラミリーズの言葉が叶うことはなかった。
 ラミリーズがカーディフを離れて数日も経たぬうちに、リーシャは高熱を発して意識不明の重体に陥ったのである。
好評連載中のアルマディアノス英雄伝もどうぞよろしくお願いします!
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