挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界転生騒動記 作者:高見 梁川
39/62

第三十四話 歴史の闇に潜む者

 巨大な尖塔が三つ連なるのが特徴的な純白の宮殿。
 そこは大陸最大の宗教団体、エウロパ教の総本山ソルヴィディヴィアンである。
 かつては統一王朝のもとで国教とされ、今も大陸世界に与える権威は大きなものがあった。
 分裂後は勢力を減じたが、今でも大陸人口の四割近くが信仰しているもっとも巨大な宗教勢力に変わりはない。
 宗教都市らしい静謐さと荘厳さに満ちた回廊のもっとも奥まった場所に、教団の高位に人間だけが使用することを許された会議室がある。
 何重もの防音措置が施されたそこで、五人ほどの男たちが額を寄せていた。
 「――――困ったことになりました。トリストヴィー国王も余計なことをしでかしてくれたもので」
 「各国の対応は?」
 「マウリシア王国ですが、消極的支援というところですな。第二王女が公式行事にも姿を見せなくなったと聞きます。かの王女はアントリム辺境伯との婚姻を予定していたのは周知の事実。あるいはウェルキン王自身はそれほど乗り気ではないのやも」
 「――やはり獣人の男などに娘はやれぬか。当然の反応だ」
 「ですがサンファン王国とマジョルカ王国は積極的支援を打ち出しています。ノルトランド帝国も獣人を中心にすでに遠征軍の編成に入ったとのことで」
 「ノルトランドはもともと獣人臭い辺境だが……海洋国家もやはり信仰心が足りぬな」
 海運業などによる貿易を国家の中心に据えていると、為政者の多くは現実主義者が多くなるものである。
 また船乗りたちには海神わだつみオケアノースが古来より厚く信仰されており、エウロパ教の影響力は少ないのであった。
 「トリストヴィー公国は正式にアントリム辺境伯の王位継承権を認めないと発表しました。アンサラー王国も同様です」
 「もとはといえば奴らの撒いた種ではないか。そんなことは当然だ!」
 激昂するひと際大きい男を、小柄だが知性的な眼差しの初老の男がなだめる。
 「落ちつけニコライ。猊下の御前であるぞ」
 「……お見苦しいところをお見せいたしました。セルゲイ大司教様」
 セルゲイと呼ばれた男は無言で続きを促す。
 教団諜報部の長であるユウーリィは、深くセルゲイに一礼すると先を続けた。
 「面倒なことにトリストヴィー国内の海運ギルドがアントリム辺境伯の支持を表明しました。彼らはトリストヴィーの一般国民に影響力がある。大公家が敗れれば国民はアントリム辺境伯を受け入れるでしょう」
 「長い内戦に国民は倦んでおります。内戦が終わって平和が戻るなら、獣人の血を引いていても良いではないか、という考えなのです。これは内乱前には考えられなかった事態と言えます」
 ユーリィの言葉をもう一人の教団外交官であるパウエルが補足した。
 「なんと堕落したことを! そんなことだからいつまで経っても内戦が終わらないのだ!」
 教団の戦闘部門を統率するニコライは再び激昂する。
 「――タイミングが悪すぎました。アントリム辺境伯が王家の血を引いているだけならいくらでも対応はできた」
 おそらくは各国とのパイプや英雄の知名度、さらに内戦の終わりを望む国民の英雄待望論。これのないバルドを潰すことは容易かったろう。
 しかし今のバルドを潰すのは、たとえ一国が総力を挙げても不可能だ。
 「教団の特別矯正部を動員するべきでしょうね。あとはアンサラー王国とマウリシア王国に圧力を……」
 「――特別矯正部に遺物の使用許可を与えよ。まともに戦って勝てる相手ではない」
 そのとき今までずっと沈黙を守っていた七十代ほどの白髪の老人が、重々しく口を開いた。
 「これは教皇猊下……遺物の使用許可を与えるとなりますと、司教以上の地位に限られることになりますが」
 特別矯正部は、教団の信仰上の敵を排除するために作られたいわば暗殺部隊である。
 大陸全土から集められた信仰心の高い人間をさらに選別し、およそ三十人ほどで構成される精鋭中の精鋭であった。
 精鋭であるがゆえに、司教以上の地位となると、隊長と副隊長の二人しかいない。
 「対策を講じなければ敗れるだけだ。おそらく、アントリム辺境伯は――――王門を所有している」



 アントリム辺境伯領は出征の準備でごった返していた。
 食糧などの物資は、サンファン王国が最大限支援してくれるので問題ないが、戦力の少なさはどうしようもない。
 なにせつい先ごろまで、バルドは一介の子爵に過ぎなかったのだ。
 しかし資金力は並みの貴族の比ではなかった。
 バルド自身の個人資産も莫大であるうえに、バルドが国王になったときの見返りを求めて、ダウディング商会が全面的に資金提供しているからである。
 当然成長著しいサバラン商会も、アントリムの財政に深くコミットしていた。
 「やはり問題は正規軍の質と量か……」
 トリストヴィー公国が海運ギルドとの決着を急いでいるという報告が、バルドのもとへと届いている。
 橋頭保としても、戦後の運営の協力者としても、海運ギルドの力は絶対に必要であり、バルドとしては海運ギルドが滅亡する前に遠征を開始する必要があった。
 「人は金で雇えるけどな。指揮官の数はどうにもならねえ。こればっかりは傭兵たちには任せられん」
 ブルックスの言葉にバルドは同意して頷いた。
 傭兵にも指揮能力を持つ人間はいるが、アントリム軍には秘匿すべき情報が多すぎる。
 いつ敵になるかもしれない傭兵に渡せる情報は限られるのだ。
 「かろうじて三千、それ以上は烏合の衆になりかねない。無理は承知だが、ランドルフ侯に頼むか……」
 アントリム辺境伯の人口と経済規模なら優に一万の軍勢を養うことが可能だ。
 しかしながら今は三千の兵を機能させるのが偽らざる限界であった。
 ――やむを得ない。バルドがそう決断しかけたときである。
 「こちらにおられたか! 一別以来ですな、アントリム辺境伯様!」
 「――――学校長?」
 古めかしいが歴戦の瑕と、使いこまれた鈍い輝きの鎧に身を包んだラミリーズが現れたのはそのときだった。
 「陛下には退転の許可をいただいて参りました。アントリム辺境伯の亡き曾祖父ヴィクトール様に成りかわり、この命尽きるまでお伴を」
 重々しく肩幅の広い背中を見せてラミリーズは跪いた。
 その一挙手一投足から迸る覚悟の大きさに、バルドは返す言葉がない。
 マゴットからラミリーズが、ヴィクトール一の騎士であることは聞いていた。
 だがバルドはこのとき初めてラミリーズが曾祖父に捧げていた忠誠心の巨大さと、気高い騎士としての魂を実感したのである。
 老体をおして人生の最後を全うしようという老人を誰が止められるだろうか。
 「その命、確かにアントリム辺境伯バルドが預かった。亡き曾祖父の名を辱めぬ活躍を信じているぞ」
 「御意!」
 騎士としての誓いを完了したラミリーズはゆっくりと立ち上がると、後ろに控えていた二人の男をバルドの前に引きだした。
 「こちらの男がゲルハルトと申しまして、私が騎士団を率いていたときの部下なのですが、どうしてもついていくとききませんでな」
 「辺境伯様にはお初にお目にかかります、ゲルハルト・マウザーと申す者。ラミリーズ様が前線に戻ると知って参上仕りました。なにとぞご容赦のほどを!」
 「もしかしてもう一人も?」
 バルドはゲルハルトとは雰囲気の異なるもう一人の若者に問いかけた。
 「私もラミリーズ様を慕う元部下ではありますが、立場は少々微妙でしてね。バーナード・ダービーと申します。よろしければトリストヴィー王国の国王となるであろうアントリム辺境伯様にお仕えさせていただければ、と」
 要するにバルドに賭けて出世したい、ぬけぬけとそういうバーナードを窘めるようにラミリーズは無理やり頭を抑えつける。
 「こんなことを言ってはいるが能力は私が保障します。ダービー伯爵家の四男坊でいろいろと苦労もしてきておるので」
 「おやっさん、それはないよ!」
 「誰がおやっさんだっ! 親を見返してやりたいなら、そろそろ口の利き方を覚えんか!」
 実際バルドについていけばおこぼれに与れるのではないか、という貴族の三男、四男はいないわけではなかった。
 しかし実戦経験のひとつもない、放蕩息子を引き取る余裕はバルドにもない。
 そうした意味で、ラミリーズのお墨付きがついた人材はまさに渡りに船であった。
 ラミリーズ自身も、バルドに代わって全軍を指揮することのできる器だ。
 人材不足に悩むアントリム軍にとってこれほどありがたい話もない。
 「苦しい戦いになると思うが、卿らの活躍に期待する」

 現場での権限を大幅に委譲されたラミリーズはたちまち傭兵をも戦力化し、五千の実働戦力を作り上げた。
 元傭兵出身であるラミリーズの手腕なしに、傭兵をこれほど早く取り込み、戦力化することはできなかったであろう。
 今なお傭兵内に人脈を有し、かつ人柄と能力を見極める経験豊かなラミリーズだからこそできたことであった。
 本来、こうした役目は傭兵のジルコが担って来た部分である。
 バルド自身も相手がジルコなら傭兵部隊にかなりの信頼を置くことができたのだが、戦役で重傷を負った後遺症が回復していないジルコにそれを望むのは酷というものであった。
 それにもうひとつ問題がある。
 ――――ジルコのお腹に新しい命が宿ったのだ。

 「おいっ! 降ろせ! なんの羞恥プレイだこれはっ!」
 「お医者、行くまで、大人しくする」
 ベッグにお姫様だっこでジルコが運ばれたのはつい先日のことである。
 おそらくは内臓を傷つけられたことからくる発熱と腹痛を繰り返していたジルコは、傭兵稼業から半ば以上引退していた。
 たとえ病状が回復したとしても、自分は傭兵に復帰することはないだろう。
 今の自分にベッグを置いて戦場に行くことはできない。
 ベッグに命を救われ、女の喜びを知って以来、自分は弱くなってしまったとジルコは思う。
 それでもそれが悪いことだとは微塵も思わなかった。

 「――――三カ月ですな」
 「そそそそ、それは十月十日とか、新たな生命とか、愛の結晶とかそういう意味で?」
 「要するに妊娠です」
 「はわわわわわわわわわわわ」
 しっかりやることはやっていたとはいえ、ジルコは降ってわいたような妊娠発覚に惑乱した。
 (どうしよう? どうしよう? どうしよう?)
 「――――ジルコ」
 ベッグがとても優しい声で頭を撫でていることに気づいて、ジルコは上を見上げた。
 「俺、お父さん、なる?」
 ベッグはその並はずれた巨体のために、両親からも村人からも見捨てられていた男である。
 今ではアントリムの領民と言葉をある程度交わすものの、どこか一線を引いた態度は変わっていない。
 「そうだよ。ベッグはお父さんになるの」
 妻として母として、産まれてくる子供を守りベッグに家族の幸せを与えるのは自分の使命だ。
 この日ジルコは人生の大半を過ごしてきた傭兵から完全に足を洗うことを決意した。


 「――ジルコが引退するなら、正式な結婚式を挙げるべきだな」
 バルドの鶴の一声で盛大な結婚式が挙行された。
 ジルコがバルドのために果たしてくれた役割は大きい。
 彼女が新たな人生のスタートを切るというのなら、金を出し惜しむつもりは毛頭なかった。
 傭兵仲間のセルやグリムル、ミランダたちをはじめ、ラミリーズやマゴット、さらには王都から大司教が呼ばれ、シルクまでもがやってきた。
 顔ぶれのあまりの豪勢さにジルコは言葉を失う。
 さらにジルコのために特注されたウェディングドレスは、身体の線を細く見せるデザインで、戦役の後遺症で痩せたジルコはもう街の娘と何も変わらぬ体形に見えた。
 「…………化けたな」
 「ミストルにも見せてあげたかったわ」
 「あんまり奴は喜ばねえと思うがなあ……」
 死んだミストルの気持ちを知る者として、はなんとも複雑な気持ちである。

 「汝、死が二人を分かつまで、夫ベッグを愛することを誓うか?」
 「――誓います」
 「汝、死が二人を分かつまで、妻ジルコを愛することを誓うか?」
 「誓い、ます」
 「では二人に神の祝福があらんことを祈り、誓いの口づけを」

 あと三十年はこっちに来るなよ。
 そう言い残した幼なじみの言葉をジルコはしみじみと思い出す。
 ああ、ごめんよミストル。
 あたしがそっちの世界に行くのはずっと先のことになるよ。
 最低でも孫の顔を見るまで死ぬつもりはないからね。

 ジルコは爪先を伸ばしてベッグの唇を受け入れた。


 かつて「突風のジルコ」と呼ばれた女戦士がいた。
 今は母親に似た赤毛の男の子を幸せそうに世話する、気風のいい主婦がアントリムで小さな男の子たちに剣を教えているという。
 たまに訪れる剣士や弓士も道場を手伝い、教え方が実践的であると近隣の評判は上々であるようだ。
アルマディアノス英雄伝が先週から日間ランキング上昇中。
合わせて応援よろしくお願い申し上げます。
http://ncode.syosetu.com/n1184cq/
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ