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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第1章 創世編

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日本一おばかな美術館の展示品

 なんだこれは。
 私は我知らず垂らしていたらしい冷や汗を拭うと、改めて掲示されている今のお題を見つめる。

 日本一おばかな美術館の展示品

「はい、樋口さん」
 私がお題を見つめている間に、一人が手を挙げたらしい。小日向さんが指名して、それを受けた樋口さんは、回答の書き込まれたホワイトボードをひっくり返して私たちに見せてくる。
「『なめろう』」
「いいね! 日本酒に合いそうでね! 一杯いきたくなっちゃうね! 樋口さん、会終わりに一杯どうですかってなっちゃうね! でも美術館に置くものじゃないよ!」
 樋口さんの回答と小日向さんのツッコミを聞いて、他の人たちはあははと笑う。
 そうしているうちに、一人、また一人、と手が挙がる。
「はい、えーと、では白梅さん」
「髪が伸びる日本人形として有名な展示品なんですけど。怖いからって、全部バリカンで髪の毛を剃り上げた状態で展示している」
「良さ! 良さ消してる! 怖いんならわざわざ展示しなけりゃいいじゃないですか! はい、えーと次、山口さん!」
「はい。絵画なんですけど、ムンクの『冷静』です」
 山口さんがホワイトボードをひっくり返すと、そこにはムンクの『叫び』のタッチで、もの凄い落ち着いた男性の絵が描かれていた。絵がうまい。
「ムンクそんなの描いてたんだ! 『叫び』とのギャップが凄い! じゃあ次、奈緒子ちゃん!」
「はい〜、『ぽくぽく和尚さんのぽくちん三味線』です」
「なにそれ!? まず、ぽくぽく和尚さんが誰だし! それで、ぽくちんって名乗るならせめて木魚か鐘であれよ!」
 タイマーでセットされた時間は五分間。しかしその中でこの人たちは次々と回答を考えては出してくる。いくら十人程度の回答者がいるとはいえ、ここまで回答が途切れないものなのか。というかみんな、他の人が答えているのをちゃんと聞いているらしく笑っているのに、それでいつその回答を思いついて、書いてるんだ?
 そして、私の隣で会長は……固まっていた。
 ホワイトボードは真っ白で、ペンはまったく何を書くこともできずにいる。他の人たちが答える回答には耳を傾けているようだが、肝心の自分の回答を出すことができない。
 なぜだ。
 なんでだ。
 なんでこいつら……こんなにぽんぽんと答えを出すことができるんだ。
 ピピピピピ……。
「あっ、タイマーが鳴りましたね。じゃあ、今回答が出せる人で終了としまーす」
 私はとても答えなんて出せそうになかった。他の人たちの回答スピードに圧倒されただけだった。
 そして司会の隅で、会長がペンの蓋を閉めて静かに机の上に置くのが見えた。
「はい、じゃあ……次、鏡ちゃんで最後ですかね? では、鏡ちゃん」
「極彩色の『ゲルニカ』です」
「それ絶対偽物だよ! 誰だよ塗ったの!」
 最後の佐藤さんの回答は、会議室内でひときわ大きな笑い声を引き出していた。
「はい、えーと……じゃあ、よかった回答三つ決めますねー。えーとそうですねー……」
 小日向さんは手元にホワイトボードを持っていて、どうやらおもしろかった回答をそこに逐一メモしていたらしい。本当にこの人たち、どうしてそう聞きながら書いたり考えたり、器用なことができるんだろう……。
「はい、じゃあ決まりました。第三位が……全然意味分かんないんですけど、笑ってしまったので奈緒子ちゃんの『ぽくぽく和尚』です」
「お〜、やった〜」
 能美さんが両手をバンザイして喜んだ。能美さんが出した回答って……確か、『ぽくぽく和尚さんのぽくちん三味線』……だっけ? ……いや、改めて思い出しても、全然意味が分からないんだけど。誰だし、何だし。
「えーと、次の二位が……山口さんの、ムンクの『冷静』」
「ありがとうございまーす」
「そして一位が……鏡ちゃんの『ゲルニカ』ですね。極彩色にしたら、それもう別のやつですからね」
「おおー、あざーす」
 小日向さんがおもしろかった答えを発表すると、選ばれた人も選ばれなかった人もみんな和やかに拍手をしたり笑ったりしている。とてもいい雰囲気だ。
 ……完全に凍り付いてしまっている、私と会長を除いて……。
「それじゃあ、この後はローテーションで、一人ずつお題を出してまわしていきますので。次は、山口さん、お題と進行、お願いできますか?」
「はい、大丈夫ですよー」
 お題出しと司会進行を任された山口さんが、壁のホワイトボードに次のお題を書き込む間に、私は会長に小声で声をかけた。
「大丈夫ですか、会長?」
「……どうした、ことかしら」
「えっ?」
「……一答も、出せなかったわ」
「…………」
 私は、なんて声をかけたらよかったのだろうか。私には大喜利が分からない。どんなモチベーションでやるべき遊びなのかも分からない。
 だから私は、ただ「次のお題、出ますよ」そう言って会長を促すしかなかった。
 会長は「美術館……美術館……おばかな……?」と、ぶつぶつと呟いているばかりだった。
 そこからもう二、三問を重ねたが、私たちの結果は似たようなものだった。とにかく会長はお題を一人で繰り返し呟くが、ペンが動かない。迷うようにふらふらと中空をさまようマジックペンは、しかしホワイトボードに着地することが無い。
 そして、まるでそれと対比するかのように、他の参加者達は次々と答えを出していった。

『超お金持ち学校でありそうなこと』
「『タカシくんのお兄ちゃんが時速八十メートルの速さで出かけた後、お兄ちゃんの忘れ物に気づいたタカシくんは、分速二百五十メートルの自転車に乗って追いかけました』『先生、この自転車というものはなんですか?』」
「自転車見たこと無いの!? さすがお嬢様! 普段は細長い車とかに乗ってるんでしょうね!」

『悪代官様はこんなものをもらっても喜ぶ』
「『長渕剛のベストアルバム』」
「藤川さん! それは長渕ファンのあなたがもらって喜ぶものです!」

『こんな食べ物をモチーフにしたゆるキャラはいやだ』
「黒いお菓子のゆるキャラなんですけど、『ふがっしー』」
「もうなんか既に似てるのいるけど大丈夫かな!?」
「黒糖ブッシャー」
「嫌すぎる!」

 辺りには笑い声が満ちている。会長は相変わらず何も答えられていなかった。
 大喜利ってこんなに難しいものだっただろうか?
 とうとう会長は、完全に頭を抱え始めてしまった。いつもと勝手が違いすぎるのか、緊張感故なのか。
 会長の左隣にいた女性……篠原さんといっただろうか……は、そんな会長の様子に気づいたか、心配そうに声をかけてきた。
「なんか、顔色悪いけれど、大丈夫ー? 霧島さんっていったよね? 体調、悪いのー?」
「いえ……大丈夫です」
「そうなの? でもー、さっきから全然答えられてないしー、心配だよー?」
 その言葉自体は別に大した意味は無かったと思う。ただ単純に、頭がうまく働かせられないくらいに具合が悪いのではないのかと、会長のことを心配して言ってくれた言葉なんだろう。
 それでも今の会長にとっては、痛いところを突かれてしまったとばかりの言葉だったのだろう。会長の顔が、若干苦しげに歪んだのを私は隣で見た。
「大丈夫ですので……」
「そー? あんまり無理しちゃだめだよー?」
 なおも心配そうに顔を覗き込んで、様子を窺っている篠原さん。そしてその様子を見て、「なに、どうしたの?」「その子、体調悪いの?」と他の人たちにも会長の不調の様子が伝播していく。
 会長は「い、いえ。大丈夫ですので。大丈夫です」と否定するも、顔色の悪さばかりは隠せない。そして不審がられれば不審がられるほど、内心の焦りは大きくなる。
 いよいよ私たちの対岸、小日向さんが何かを言おうとした、その時に。
「す、すみません! 遅れましたぁ!」
 誰かが勢いよく会議室の扉を開け、中に転がり込んできた。私たちを含めて、その場の全員の視線が、その闖入者の方へと向く。
 桃色のカチューシャで後ろの方へ流した淡い色の髪は、首元でくるくるとウェーブをしている。全開のおでこの下には、スイッと迷いの無い弘法大師の一筆のようなはっきりとした眉。眠たげでたれ目気味な瞳は、それでもはっきりと彼女の意思の強さを感じさせる。
 ハイヒールを履いているわけでもあるまいに、カッ、と高らかな足音を引っ提げて。その人は、足を踏み入れた会議室内へ視線を向ける。それからお誕生日席に座る小日向さんの姿を視界に入れると、いかにも申し訳無さそうに頭を下げた。
「すみません小日向さん! 電車が、じ、人身事故で遅れてまして……! え、駅からはめっちゃ走ってきたんですけど、す、すみません……!」
「あらあら、別にそんなに無理しなくてもよかったのに……大丈夫?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
 それからその人はとてもいい笑顔で、自らの名前を高らかに名乗り上げた。
「こんにちは! ねるねるねるねること、諏訪部寧々です! 今日は久しぶりの大喜利なんで、めっちゃ楽しみにしてましああああああああああああ!?」
 最後の絶叫は、誤字ではない。誤植でもない。ちゃんと本人が『楽しみにしてましあああああ!?』と言っていたのだ。
 その人……ねるねるねるねること、諏訪部寧々は、会議室内を見て、いや正確には、私と会長のことを見て、これでもかと言うほどに目を見開いていた。
「な、な、な……なんであんたらがここにいるのよおおおおおおおお!?」
 ひたすらに絶叫を続ける諏訪部さんとは対照的に、会長はまるで頭痛でもするかのごとく額に手を当てて答えた。
「それはこっちの台詞よ……諏訪部、副会長」
 諏訪部寧々。私立忍舞学園三年生にして、生徒会副会長。
 こうして顔を突き合わせるのは、以前学内の全部活動や委員会を集めて行った『定例会議』の時以来だろうか。
 あの時は会長には冷徹な視線を投げつけるばかりで、一言も言葉を向けることも無く、ただただクールに椅子に座っていただけの副会長が。今、目の前で、
「なんでこうなったのおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
 とても愉快に叫んでいた。

 ちょっとお前ら落ち着け、とばかりに急遽休憩の時間が設けられた。お前ら、というかお前(諏訪部さん)、なんだけど。
 今、諏訪部さんは会長の左隣……先ほどまで、篠原さんの座っていた席にいる。私たちが知り合いであることを知った篠原さんが、席を譲ってくれたのだ。彼女は今、能美さんと小日向さんの間の席に移動している。
 諏訪部さんはさっきっから机に突っ伏していて、「最悪……マジ最悪……なんなの、なんなのよ……」とぶつぶつ呟いているばかりだ。一方の会長は会長で、知らん顔というか、完全にそっぽを向いている。
 私たちの関係を知らない初対面の皆様方でも、この二人の仲の冷えきり具合には察しがついたらしい。そしてそうなると、まだ挙動が普通な方の私がやり玉に挙げられる。私の向かいに座る、小日向さんと目が合った。彼女は困ったように、「なんとかしてもらえる?」とアイコンタクトをしてくる。
 私としてはあんまり触れたくはなかったけれど……さすがにいつまでも大喜利女子会を中断させておくわけにはいかない。
 私は精一杯の勇気でもって、諏訪部さんに声をかけた。
「あの……副会長」
「副会長って呼ばないで!」ダンッ!
 ヒステリックに叫ばれた。しかもテーブルを叩かれた。
 えっ、なに。怖っ。
「あ、ええと……諏訪部先輩……?」
「あによ」
 目が据わっている。
「えっと……諏訪部先輩は……大喜利、を……やっていた……ん、ですか?」
 なんと聞いたものだか悩みながら口にしたら、もの凄いたどたどしい日本語になってしまった。
 諏訪部さんは私のことを見て、それからこちらの様子を窺う、他の人たちの様子を見やってから、ため息を一つ。
「……やってるわよ。もう、ずいぶん長いことね」
 すねたようにそっぽを向きながらも、諏訪部さんはきちんと答えてくれた。
「寧々ちゃんは、さっきも話したスマホ大喜利の『レジェンド』でもあるくらいやり込んでいる人なのよ」
 テーブルの向かい側から、小日向さんが言う。
 スマホ大喜利とは、会が始まる前に少し話題に上がっていたNHKのバラエティ番組のことだろう。『レジェンド』は確か、何度も番組に投稿したボケが採用された人に最終的に与えられる称号だとかいう……。あのちょっと見た目がヤンキーっぽい女の子、佐藤鏡さんがこの前その称号を手に入れたばかりだというが。
「え、でも……確か、その『レジェンド』って、日本中で五十人くらいしか、いないんですよね……? その中の一人が、諏訪部さんってことなんですか……?」
「もちろんそうよ。それで、寧々ちゃんが『レジェンド』になったのは、もう一年も前のことじゃないかしら……? そのくらいに、みんなですごいすごいって騒いでいた気がするから」
「じゃあ、諏訪部さんは一年前にはもう大喜利をやってたってことですか……?」
 私がそう尋ねると、諏訪部さんはゆるく頭を振った。
「一年前に始めて、即『レジェンド』になれるわけがないでしょ。投稿自体は、それからさらにもっと前からやってたわよ。最初の時は……中学生だったかしらね」
 中学生!
 諏訪部さんが今高校三年生なので、少なく見積もったとしても三年前から大喜利を始めていたことになる。
「ちなみに……会長が大喜利始めたのって、いつですか……?」
 会長はぼんやりと中空を見つめるばかりだったが、幸い、私の言葉には反応してくれた。
「……今年の四月」
 今年の四月!
 ということは、まさに私が忍舞学園に入学した頃ということになる。私が生徒会役員に就任した時点では、既にあの生徒会室内での大喜利という習慣ができていた。そのため、そんな最近から始めたことだったとは、知る由もなかったのだが……。
「今年の四月に、年度初めで色々資料を作らなくてはいけなくて、パソコンをいじっていたの。一人で」
 一人で、という言葉には、会長の様子を見るに大した意味はなかったのだろう。
 けれど、副会長の諏訪部さんが来なくなり、会計の折原蘭さんも書記の藤根由里子さんも部活動を優先して顔を見せなくなった忍舞生徒会に於いては、重みのある言葉だった。会長が、一人で、と言った時に諏訪部さんの顔に陰りが見えたのは、気のせいだっただろうか……。
「慣れないパソコンを使って、ワードで書類を作っていたのだけれど……なぜか急にインターネットに繋がってしまってね」
 なんで? 繋がらないでしょ。ワードでしょ? 繋がらないよね? あ、URL打ち込むと自動でリンクされるから、それでかな?
「それでインターネットを触っていたら、例のサイトに繋がって、それでそこから興味を持ったのだけれど……」
 例のサイト、というのは会長が毎日アクセスしている、毎日ランダムに大喜利のお題が出るサイトのことだろう。
 と、そこで私は、以前に会長にアメージング大喜利というサイトの存在を教えたときのことを思い出す。その時も会長は、「生徒会のパソコンに最初からお気に入り登録されていたのを見つけただけ」だと言っていた。
 私はふと思い至ることがあり、諏訪部さんに尋ねてみる。
「あの、すいません、諏訪部さん」
「あによ……」
「諏訪部さんって、確か……今の一つ前の代も、生徒会役員やってましたよね?」
「ええ、そうね。会計をやっていたわよ」
「会計ってことは、エクセルとかで生徒会室のパソコン使って資料作ったりとかもしますよね?」
「ええ、そうね。していたわよ」
「暇なとき、こっそり大喜利のお題が表示されるサイトを見てませんでしたか?」
「ぶふぉっ」
 むせた。
 諏訪部さんはげほげほと咳き込んでから、頬を赤くして、目を見開いてこっちの方を見ながら、「な、な、な……」と言葉にならない言葉を口から漏らす。
 あ。
 そう。
 ふーん。
 へー。
 ……。
 …………。
 お前かあああああいっ!
 要するに諏訪部さんは昨年の会計職時代に、その当時の他の生徒会役員共の目を盗んで、大喜利サイトにアクセスしては遊んでいたと。そしてその痕跡を消すことなく生徒会室を現会長に明け渡し、そのまま来なくなってしまったと。その後、何も知らない会長がたまたまその諏訪部さんのこっそり遊んでいた痕跡を見つけ出し、後を追うようにしてハマってしまったと。
 なに、あんたら!
 毎日廊下ですれ違うだけで火花散らし合ってるくせに、同好の士だったんじゃない! それどころか、諏訪部さんは会長を大喜利の世界に引きずり込んだ、張本人だったんじゃない!
 私はなんだか急に色々とどうでもよくなってきてしまった。座っていた椅子の背もたれに、ぐでんともたれかかる。
 すっかり精神的に疲れてしまった私は、もうどうでもいいやとばかりに呟いた。
「あなたたち、本当は仲いいですよね……?」

「よくないわ」
「よくないわよ!」

 二人同時に叫び返すのを見て、だからそういうところなんじゃん、と言い返す気力もなかった。
 二人が調子を取り戻したのを見て、小日向さんはにこりと笑って会の再開を宣言する。
「それじゃあ、ローテーション大喜利の続きをしましょうか」

 ( to be continued → )
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