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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第1章 創世編

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こんな女子会はかわいくない

 忍舞駅から電車に揺られること十数分。私たちは、『大喜利女子会』の開催地の最寄り駅に着いた。電車が少し遅れていたようだったけど、早めに動いていた私たちは十分時間内にたどり着けそうだった。
 霧島会長にはGPS機能とか位置情報とかのメカニカルな高等技術を扱えないため、私は地図アプリを表示すると、会場への最短ルートを検索した。
 会長は私のスマホを覗き込むと、「なるほど、こっちね」と言って駅の南口の方へと向かった。地図アプリを見るに、会場は北口の目の前だった。いくらメカニカルとはいえ、写っているのはただの地図なんですが……会長。
 会場はどうやら貸会議室の一室らしい。駅近くの雑居ビルの中に貸会議室が何室か入っているらしく、その中の一室の部屋番号が開催場所として知らされていた。
 ……別にそういうのに詳しいわけではないのだけれど、会議室が会場というと、やはり一般的な『女子会』のイメージとは一線を画すような気がする。私がイメージしている女子会っていうのは、おしゃれで暖色のオーガニックな服装を着たきゃぴきゃぴの女の子がレストランやカフェできゃっきゃうふふとしているだけの絵面なんだけど。
 会長の手を引っ張って目的の雑居ビルに入り込む。一階にはマクドナルドがあるが、ビル全体としてはあまり流行っているようには見えなかった。とはいえ治安が悪そうということもなく、建物全体に手入れが行き届いており清潔感がある。
 会場の四階まではエレベーターで上がる。第十三会議室、というのが今日の開催場所だという。案内板を見ると、エレベーターを下りて右手側すぐにあるのがそうらしい。会長と連れ立って第十三会議室前に行くと、ご丁寧にも『大喜利女子会、こちらです』という張り紙が扉に掲示されていた。
 ここ、らしい。
 余裕を持って到着していたためまだ集合時間の十五分前だが、どうやら既に集まっている人がいるらしい。覗き窓としてはめ込まれている磨りガラス越しに、中で動く人の気配が感じられた。わずかにだが、話し声も外に聞こえてくる。
 私は会長の方を見やった。
 会長は私の見ている前で、ふーっと息を吐く。
 今まで会長は、ずっと一人で生徒会室で大喜利をしていたという。私が入学し、生徒会に入ってからは、私の前でだけ、大喜利を続けていた。
 会長にとっての、大喜利。それがいつの頃からしているのか、私はそういえば、聞いたことがない。彼女が大喜利を好きなのは知っているけれど、好きになったそのきっかけも、知らない。よく考えると、私は流されるままにここまで彼女の大喜利に付き合ってきたことになる。
 それでも、なんとなく分かる。
 彼女が、身も知らずの不特定の人間を相手にして大喜利をしようとしているのが、初めてなんだということが。
「会長」
 そうして私は、自分でも気づかぬうちに、会長の手を握っていた。無意識に、私に近い方にあった、右手をとった。
 会長はほんの少し驚いたようで目を見張った。そして私の顔を見てから、ふふ、と笑った。
「大丈夫よ、名柄。知らない人に挨拶に行くのは、生徒会長の責務の一つでもあったから。慣れているのよ」
 それは本当のことなのだろうけど、少しだけ強がりもあるのだろう。学園の運営上必要な業務として、見知らぬ人に生徒会長として相対するのと、自分の好きなことをこれから一緒に楽しもうとするために、見知らぬ人に霧島冴詠として相対するのとでは、絶対に必要とする心構えは違う。
 だから、私を誘ったんじゃないの?
 一人で行くのが不安だから、有無も言わせないで、私を呼びつけたんじゃないの?
 それでも私は、そんな言葉なんでおくびにも出さないで、会長を促した。
「入りましょう、会長」
 うん、と会長は頷いて。私の手をほどいて自由になった右手で、ドアノブを握る。そしてまわす。
 耳を澄ませば、会長の趣味の世界が広がる小さな音が聞こえた。
 ガチャッ、ガチャガチャ。
「あら?」
 開かなかった。鍵がかかっているらしい。
 私と会長が開かないドアの目の前で呆然と突っ立っていると、中から慌てたような声が聞こえてきた。
「あら! ちょっと、誰か入ってくるときドアの鍵締めた?」
「あー、ごめんなさーい。ついやっちゃったかもー」
「ちょっと篠原さ〜ん!」
 ぱたぱたと駆け寄ると音がしたかと思うと、私たちの目の前でドアは室内側に引き開けられた。
 果たして会長の趣味の世界は、時間差で開かれたのであった。
「ごめんなさいね、うっかり鍵かけちゃったみたい。入って入って」
 ドアを開けてくれた女性は、糸目が印象的なおっとりとした雰囲気の女性だった。黒く艶やかなストレートの黒髪は、腰まで伸ばされている。目の下には泣きぼくろがあり、やわらかな印象を受ける。年の頃は二十代後半といったところだろうか。年齢相応の落ち着きが感じられる。そしてクリーム色のサマーセーター越しにも見て分かる、大きな胸がインパクト絶大だ。
 私と会長がおそるおそるといった感じで会議室内に足を踏み入れると、室内には今ドアを開けてくれた人に加えて、さらに三人ほど人が集まっていた。
 室内には会議室らしく長机があった。長机を長辺に二台、短辺に一台の形で横長のロ型になるように配置されている。そしてスチール製のパイプ椅子が等間隔で並べられている。先着していた三人はばらばらの位置に座っていて、いずれも女性。私たちと同年代らしき人もいれば、やや高めの年齢と思わしい人もいる。壁には学校の黒板みたいな形でホワイトボードが設置されていて、そこにはでかでかと『大喜利女子会』とマジックインキで書かれていた。
 私と会長はきょろきょろと室内を眺めたり、目が合わない程度に他の参加者の様子をうかがったりしながら、こそこそとはじっこの席に並んで腰を下ろす。
 とか落ち着かない感じでいた私だったのだが、ふと、なんだかほっぺたの辺りに視線を感じた。
 振り返ると、私たちのことをニコニコしながら見つめる、女性の姿が。さっきドアを開けてくれた人だけれど、まだ自分のいた席に戻らずそこにいたらしい。
 私たちが何かを口にする前に、その女性は言った。
「初めまして、ですよね? この度は『大喜利女子会』にお越し頂き、ありがとうございます。主催の、HN(ハンドルネーム)・ひなたぼっここと……小日向(こひなた)(しおり)です」
 そうして彼女はゆるりとお辞儀をした。きっちり四十五度。
「こ、こちらこそ、直前で急に行きたいなんて無理言ってすみませんでした。えーと、HN・ながら作業こと、名柄です。よろしくお願いします……」
「わ、私は……」
 つんつん、と肘で私の脇腹を突っついてくる会長。なんですか、こそばゆい。
「名柄……HNって何なのかしら」
「ハンドルネーム……要するに、インターネット上での名前ってことです」
「なるほど。コテハンのことね?」
 なんでコテハンは知ってるんだよ。コテハンのハンがハンドルネームのハンなんだから、意味分かるだろ。
 こほん、と会長は咳払い一つ。
「初めまして。ハンドルネーム・saeこと、霧島冴詠です。不慣れで恐縮ではありますが、何卒ご指導、ご鞭撻のほどを、よろしくお願いいたします」
 そうして会長はカッチリとお辞儀をした。キッチリ九十度。
 堅い。堅いです会長。これから趣味の時間を過ごそうという人がする挨拶の角度じゃないです、それ。どっちかというと不祥事レベルの何事かを起こさない限り、普段の生徒会業務でもなかなかでない角度のお辞儀です、それは。
 会長の謝罪会見お辞儀を見た小日向さんは、あらあらとおっとり微笑んだ。あらあらで済むんだ、このお辞儀の処理……。
 彼女は私たちの隣の席の椅子を引くと、そのままそこに腰を据えた。
「まあまあ、立ったままもなんですし、お二人も座ってくださいな」
 私たち二人が腰を下ろしたのを見ると、小日向さんはにこにこと私たちに向かって質問をしてきた。
「あなた達、こういう会に来るのって、初めてなのかしら?」
「あ、はい。初めてです」
「私もそうですね」
「そうなの。じゃあ、今日は楽しんでいってくれると嬉しいわ。それと、二人はインターネット大喜利とかは、やっているの?」
 会長はちょっと嬉しそうに、「たしなむ程度ですが……」と答えた。たしなむ程度以上にやり込むインターネット大喜利ってどんなのだよ。
 一方の私は、「すみません、そっちの方もやってないんです……」と答えた。なんだか居たたまれなくなって、今日は見学だけにしたほうがいいのかなとも思ったが、小日向さんは相変わらずにこにこと笑っていた。
「あら、そうなの。でも、インターネット大喜利をやらないけれどこの会には来てくれるって人も結構いるのよ」
 そうなんだ。
 と、そんな和やかな雰囲気で私たちは会話を続けていると、やがて時刻は会合の始まる時間を迎えていた。会議室内には、私たちを含めて十人程度の人が集まっていた。みんな女性ばかりで、大喜利を人前でやろうと考えるような奇特な女性がこれだけいるのかと私は驚いたものだった。
 小日向さんは、パンパン、と手を叩いて皆の注目を集めた。
「はい、みなさん。こーんにーちはーっ」
「「「こーんにーちはーっ!」」」
 ノリ良っ! いきなりヒーローショーの司会のお姉さんよろしく挨拶をしてきた小日向さんに対し、会場内の女性陣はしっかりと元気良く挨拶を返すのだった。
「はい、みなさん。いいお返事ですね。本日は、『大喜利女子会』にお集りいただき、ありがとうございます。主催のHN・ひなたぼっここと、小日向栞です。本日はよろしくお願いします」
 ぱちぱちぱち……と拍手が鳴り、小日向さんはゆるりと頭を下げる。
「はい、この会はですね、少しでも大喜利を楽しむ女子が増えたらいいなと思って、私が不定期に開催している女性のための大喜利会です。今日はローテーション大喜利を時間めいっぱいまわしていこうと思います。ベストアンサーに一番多く選ばれた方には、ささやかながら粗品も用意してますから、皆さんがんばってくださいね〜?」
 フゥ〜、小日向さん太っ腹ー、という声とともにまた拍手が起きる。なんでこの人たちこんなにノリノリなんだろう?
「それではですね。今回は初めましての人もいると思いますので、一人ずつ自己紹介の方をしていきましょうか。ええと、そうですね……では、私から時計回りで……山口さんから、お願いします」
 私たちは横長のロ型に並べられた長机を取り囲むように座っている。小日向さんは会が始まると同時に、私たちの元から離れてお誕生日席……いわゆる短辺の一席についている。そこから時計回りにざっと自己紹介をしていく流れになった。
 人数も多くて覚えるのが一苦労であるが、なんとか個性と結びつけて覚えていきたいところであるが……。
 まず小日向さんの隣の女性、山口さんと呼ばれた女性。大きな眼鏡と長く垂れ下がるポニーテールが印象的。
「こんにちは、HN・パステルカラーこと、山口(やまぐち)都子(みやこ)です。今日はよろしくお願いします」 \ヨロシクー/
 続いて、切れ長の瞳と、病的なまでに白い肌の女性。
「HN、本名ともに白梅(しらうめ)(あや)です。気軽にあややと呼んでください」 \ヨバネーヨ/\ハハハ/
 続いて、引き締まった身体の女性。背丈も年齢は高めで、たぶん二十代後半くらい?
「HN・ひぐちさんこと、樋口(ひぐち)小夜子(さよこ)です。気軽にナイス筋肉と呼んでください」 \ヨッ ナイス筋肉/\今日モキレテルヨ/
 続いて、ちょっとふとましい四十代くらいの女性。たぶんこの中では最年長だろうと思うけど、話とか合うのだろうか。
「え、どうも。HN・とんぼのセレナーデこと、藤川(ふじかわ)ひかりです。お察しの通り、長渕剛の大ファンです。よろしく」 \察セネーヨ/
 次は私たちだ。
「あ、……と、初めまして。HN・ながら作業……こと、名柄です。えっと、こういう会とか初めて来るので全然勝手が分かってないですが……よろしくお願いします」 \オオー、初メマシテー/\ヨロシクー/
「こんにちは、初めまして。ハンドルネーム・saeこと霧島冴詠です。本日は同じ趣味の方々と大喜利ができると聞いて楽しみにして参りました。何卒、よろしくお願いいたします(深々とお辞儀)」 \初メマシテー/\モット楽ニシテイイヨー/
 続いて、キャスケット帽を被った、眉毛が太めの女性。
「こんにちは〜。HN・(さなぎ)こと、篠原(しのはら)真由実(まゆみ)っていいますー。さっきここ来る途中にカラスに糞をかけられそうになりましたが、華麗に避けましたー。ウンがありまーす。よろしくー」 \糞マミレニナッテタラ追イ出ストコダッタヨ/
 続いての自己紹介をしようとする人物を見て、私はちょっとぎょっとした。
 その人の第一印象を一言で表現するなら、……不良、といったところだろうか。脱色した髪を整髪料かなにかで跳ねさせており、前髪だけをヘアピンで留めている。黒のレザージャケットと趣味の悪い極彩色のインナー、そして胸元には髑髏を象ったシルバーアクセサリーが光る。年の頃は私たちと同年代くらい、だろうか。目つきも悪く威圧感があり、これから大喜利をしようというこの場に於いては、不似合いだとすら思える女性だった。
「あー……っと」
 その人はガリガリと髪を掻きながら口を開いた。
「HN・カルマこと、佐藤(さとう)(きょう)だ。ま、よろしく頼む」
 佐藤さんがそのように言って挨拶をすると、奥の席から小日向さんが声を挟んできた。
「鏡さんは、この前のスマホ大喜利でレジェンドに昇格していたわよね」
 スマホ大喜利? と私が誰ともなしに呟くと、隣にいた長渕さん(だっけ?)こと四十路の女性が説明をしてくれる。
「スマホ大喜利っていうのはね、NHKの深夜にやってる大喜利番組よ。視聴者がボケを投稿して、それが番組内で採用されると初段とか段位がもらえるの」
「へえ、そんな番組、やってたんですね。それも、NHKで……」
「そうそう。ま、あたしとかもたまに投稿してるんだけど、なかなか採用されないんだけどね。……で、そんな中で段位を積み重ねていって、見事最上位の十段に登り詰めると番組から『レジェンド』の称号が贈られるわけ。天下のNHKの番組なだけに投稿者も多いから、今までにその称号にたどり着いた人は、日本中で五十人くらいしかいないのよ」
「え? じゃ、じゃあ……」
 私がその凄さに遅ればせながら気がつくと、佐藤さんはふふん、と得意げに笑った。
 クールを装いつつも隠しきれていない嬉しさのにじみ出るその顔とかを見ちゃうと、怖そうな見た目とは裏腹に、普通の女の子のように見えた。人は案外、見た目では判断つかないものなのかもしれない。
 続いて立ち上がったのは、佐藤さんの隣に座っていた女の子。全体的にふっくらとしていてまるまるとしたシルエットの女の子だ。黒髪をひっつめて、後ろでお団子状にしてかんざしで留めているようだ。ほっぺたは林檎のように赤い。
「こんにちは〜。HN・なおちゃんこと、能美(のうみ)奈緒子(なおこ)で〜す。よろしくね〜」
 そうして能美さんは隣の佐藤さんの肩を抱き寄せると、
「こっちの鏡ちゃんとは同じ学校なので〜、レジェンドの学友として今日はパワーを借りる感じで〜、がんばりま〜す」
「お、おいこら、奈緒子……!」
「いえ〜い」
「いえ〜い、じゃない! 離せ、こら!」
 まるでタイプが違いそうな二人ではあるが、見ている感じだとだいぶ仲は良さそうだった。
 そこで自己紹介がちょうど一周し、皆の視線が、再び小日向さんのところに戻ってくる。
「えーと、あとですね、もう一人、ねるねるねるねるさんという方がいらっしゃるんですが、ちょっと電車が遅れているらしくて……先に始めててくれとの連絡がきてたので、先に始めちゃいますね?」
 はーい、と各々が返事を返していった。
「ホワイトボードやペン、イレイサーは皆さん持ってない人いますか?」
 小日向さんが声をかけると、私たち以外の人たちはみんな自前のホワイトボードを手提げから取り出し始めた。確かに大喜利女子会の参加者募集記事の中に、『持って来れる人はホワイトボード持ってきてくれると助かります』とは書いてあったけれど……。こんなにホワイトボード持ち歩くのって一般に普及しているのか……と軽くカルチャーショックを受けたりした。
 私と会長はあらかじめ参加登録の際に、現場で借りたいと申し出ていたため、小日向さんから一式を手渡される。
 小日向さんは会議室の壁に設置された大きなホワイトボードの前に立つと、
「それでは最初は、ローテーション大喜利をやりましょう。一人ずつお題を出してもらって、お題を出した人が進行役もお願いいたしますね。それじゃまず最初は私から……」
 そう言って、ホワイトボードに最初のお題を書き込んだ。

 日本一おばかな美術館の展示品

「それでは、このお題で……五分間、やってみましょうか。終わったらよかったものを三つ選びますので。では……スタートです」
 ピッ、と小日向さんがキッチンタイマーを操作する音がした。

 ( to be continued → )
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