挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第1章 創世編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

6/28

○○○の殺人

「会長って、インターネットの大喜利ってやらないんですか?」
 いつもと同じけだるい放課後。
 今日は取り立てて急いで取りかかるべき仕事が無かったため、私は図書館から借りてきた本を読んでいた。会長もまたいつもの通りに大喜利の回答を考えて、思いついては私に見せるということを繰り返している。
 何も変わらない、いつも通りの日常がそこにはあった。
 会長は私の言葉を聞くと、ホワイトボードへと向けていた視線を、こちらへと向けた。
「インターネットの、大喜利?」
「ええ、そうです。知りませんか?」
「『こんなホームページはいやだ』とかかしら」
 違う、そうじゃない。
「ではなくてですね……」
 私は、ボケとかでもなくまったく分かって無さそうな会長に説明するべく、スマホを取り出した。
「私もあんまり詳しいわけじゃあないんですけれど……」
「詳しくないことを説明しようとしているの」
「マジで会長ちょっと黙っててください」
 話を振ったのは私とはいえ。
 私はスマホを操作すると、『大喜利』とだけ打ち込んで検索をした。すると数秒と経たずに検索結果が画面に映し出される。
 私はその中から一番上に表示されているサイトにアクセスすると、その画面を会長の方へと向けて見せた。会長は席を立つと、隣の席に移動してきて私の手元のスマホを覗き込む。
「『アメージング大喜利』?」
 会長が、アクセスしたサイトのトップ画面に書かれているサイトの名前を読み上げた。
 そう。
 アメージング大喜利。それが、私が会長に見せたサイトである。
「amazing……和訳すると、驚くほど見事な……といったところかしら。ではつまり、『驚くほど見事な大喜利』……? ねえ、名柄。ずいぶんとこのホームページは自分で自分のところの大喜利のハードルを上げているみたいだけれど、大丈夫なのかしら?」
「……いや、『アメージング』自体はインターネットサービスのブランド名みたいなもんなので……他にもアメージングブログとかアメージングニュースとか、色んなサービスを提供しているんですけど……聞いたことありませんか」
「無いわ」
 無いのかよ。わりとよくテレビとかでも宣伝を流していると思うんですが。
「ええとですね。つまり、ネット上で色んなサービスを提供している総合サイトみたいなところがあって、これはそこが運営しているサービスの一つ、なんですよ。分かりますかね?」
「…………」
 全然分かってない顔をしていた。
 いやまあ、私も普通に有名芸能人のやっているアメブロ(アメージングブログ)とか見たりするけれど、「じゃあ『アメージング』って何?」と聞かれるとなんと説明したらいいものかよく分からない。GLEEグレエとかモガベーみたいな、アメージングと似たようなインターネットサービスを提供しているサイトは知っているけれど、どれもこれも説明してみろと言われると困ってしまうのだから、はなはだ特殊というか実態の見えない企業形態だと思う。
 私は説明できる自信の無いアメージングのことは諦めることにした。
「まあ、アメージングのことは置いておくとして……。このサイトのことだけ、かいつまんで説明することにします」
「お願いするわ」
 興味自体は、やはりあるのだろう。会長はしげしげと、スマホに映し出された画面を見つめている。
「簡単に説明してしまうと、インターネット上でお題が公開されていて、それにみんなで回答をする、というサイトです。ええと……会長、いつも大喜利のお題を、インターネットから持ってきていますよね?」
「ええ。お題がランダムに出てくるサイトがあるから、そこから」
「つまり、そのお題を出してきたサイトに対して直接お題の回答を送って、それをそのままインターネット上に公開してもらえるのが、このアメージング大喜利というサイトだと思ってください」
 ここでちらりと会長の様子をうかがう。
 会長は眉根にしわを寄せていた。
 どう考えても「え? どういうことなのかしら? この子は何を言っているのかしら?」という顔をしていた。私そんな難しい話をしていただろうか。
 私はとんとん、とこめかみを指で叩きながら考える。
 そもそもの問題として、私自身もこのアメージング大喜利をやったことがあるわけではない。
 私がアメージング大喜利のことを知ったのは、暇つぶしとしてアメージングのサイトを巡っていたら、たまたま見つけたためである。前述の通り、アメージング大喜利と同じ運営母体を持つアメージングブログというサービスでブログを書いている有名人は多い。だからその有名人のアメージングブログの記事を見た後に、なんとなくサイト内のリンクを辿っていたら、アメージング大喜利というこのサイトの存在を知った。投稿したことはまだ無い。
 そういうわけで私だってこのサービスのことをよく知っているわけではないのだった。
 だから私は、口で説明するよりもやはり見てもらった方が早いだろう、と判断を下す。
「つまり……こういうことです」
 私はスマホの画面を軽く下の方へとスクロールさせた。
 するとプロ野球選手が送りバントをしている画像が表示された。
「江川!」
「会長、これは出てきた選手を当てるクイズではありません」
 なお、選手は赤いユニフォームを着ていた。絶対、江川ではないだろ。
「これがまずお題として表示されているわけです。で、この画像に対してみんながボケを書き込むわけです。回答はお題の直下に表示されます」
 画面をひょいっとスクロール。
『124-0なのにまだ一点に貪欲』
 その点差でまだ送りバントするの!? どんだけオーバーキルに命かけてるの!?
 その他にもこんなものもあった。
 お題はマッチョのおじさんが上半身裸でポーズをとっている画像。
 それに対する回答は、
『アンガールズ田中「これが僕ぅ? フォトショってすご〜い!」』
 お前かよ! マッチョの対局に位置するような体型、よくここまでいじったな! フォトショっていうか、コラージュのレベルだぞ!?
 もちろんこれらの他にも、日本中の色々な年代層の人たちが、色々なお題に対してボケを投稿していることが分かる。基本的には画像お題がメインのようではあるが、文章お題を画像に加工して使用しているお題もあるようで、本当に様々なお題が用意されていることが見て取れた。
 大喜利なんてニッチな趣味だと私は理解しているのだが、このアメージング大喜利というサービス自体は、なかなか繁盛しているらしい。新しく投稿されたボケを見やれば数分前に投稿されたばかりの回答がいくらでも並んでいる。まあ、アメージングというウェブサービス事業自体国内有数のインターネットサービスであることも関係しているのだろうが。
「さらにですね」
「さらに? この上にさらにまだなにかあるというの?」
 さらにまだなにかあるんです。
「アメーバー大喜利では、お題に対して答えたボケを、他のユーザーが評価をしてくれるんです」
「評価?」
「そうです。おもしろいと思ったら、この座布団のマークをクリックします。するとそれが押された分だけ、その回答は『おもしろい』と思ってもらえた、ということになるんです」
 この私の説明には、会長も驚いているようだった。
 自分のボケを誰かに評価される。ずっと生徒会室の中で大喜利を考えているだけだった会長にとっては、未知の体験なのだろう。
 そうしてしばらく色々なお題や回答を見せていると、やがて会長はぽつりと言った。
「……ね、ねえ。名柄」
「なんですか、会長」
「……これ、私でも答えられるのかしら?」
 何とはなしに垂らした釣り針に、もの凄いあっさりと食いついた会長であった。

 アメージング大喜利に限った話ではなく、アメージングのサービスを使用する場合は、何をするにしてもまずユーザー登録をしている必要がある。
 が、アメージングというサービスのことを聞いたこともないという会長が登録しているわけがないので、とにもかくにも登録だけすることにした。
「登録にはメールアドレスが必要となります。会長、携帯電話持っていますよね?」
「もちろん持っているわ」
 会長は鞄から携帯電話を取り出した。スマホではなく、携帯電話である。俗にいうガラパゴスケータイと呼ばれるアレである。
 私は会長にアメージングの公式ホームページにアクセスするように会長に言った。
「名柄。大変だわ」
「なんですか、会長」
「インターネット機能の、ブックマークの一覧の中に、アメージングが無いわ。これ、どうやってアメージングのところに行けばいいのかしら?」
 何言ってだこいつ。
 私は会長の携帯電話を借りて、インターネット検索機能からアメージングのサイトにアクセスしてあげた。ついでにブックマークにも追加しておいてあげた。もの凄く久しぶりに触ったガラケーは、使いにくかった。昔はよくあんな十字キーだけでインターネットをしていたものである。
 次いで私は、会長にアメージングのメールフォームに自分のメールアドレスを打ち込むように言った。
「名柄。大変だわ」
「なんですか、会長」
「私のメールアドレスが分からないわ」
 何言ってだこいつ(三分ぶり二回目)。
 私は会長の携帯電話を借りて、プロフィールを呼び出してあげた。メールアドレスは『kirishima_sae0831@…』だった。どうしてこれで分からなくなることがあるのか。
 しばらく待つとアメージングから本登録用のメールが届くので、私は会長にそれが届いたら必要情報を打ち込んで登録を済ませるように言った。
「名柄。大変だわ」
「なんですか、会長」
「なんだか私、知らないうちにアダルトサイトを利用していて、利用料金が未払いらしいの。早く払わないと裁判所に話を持っていかれてしまうというメールが届いているわ」
 何言ってだこいつ(二分ぶり三回目)。
 私は会長の携帯電話を借りて、架空請求のメールを削除してあげた。
「ああっ、何をするの名柄。私が裁判所から使用料金未納で訴えられても構わないというの?」
「会長はアダルトサイト使ってないでしょう!」
 まさかここまで会長がケータイ音痴だとは思わなかった。
「自慢ではないけれど、私、インターネットの検索で、無事に欲しい情報が手に入ったこと、ないわよ」
「本当に自慢することじゃないですね」
 むしろ、手に入らないことってあるんだ。
「ていうか会長、毎日の大喜利のお題って、毎日ランダムにお題が出るサイトから持ってきているんですよね? それは自分で探し当てたんじゃないんですか?」
「いいえ? それも、生徒会のパソコンに最初からお気に入り登録されていたのを見つけただけよ」
 誰だ、学校のパソコンでそんなお遊びサイトをブックマークしたのは。しかも生徒会用のパソコンで……。何代か前の世代に、今の会長みたいな人がいたのかもしれない。ぞっとしない想像である。
 何にせよ、まさか会長がここまで機械音痴だとは思っていなかった。
 数分待つと、今度はちゃんとアメージングからのメールが届いたため、開封して登録フォームへと進んだ。
 私はもう会長に任せたままだと次ぎに何をやらかしてくるか分からないので、必要なところだけ会長に尋ねて、あとはさっさと勝手に必要な情報を打ち込んでいく。
「会長。ハンドルネーム、どうしますか?」
「ハンドル……?」
「アメージングで使用するニックネームみたいなことです。そうですね……たとば、こんな感じです」
 私は、アメーバー大喜利のサイトに戻ると、そこに回答を載せている様々な人の名前を表示してみせた。
「回答の上にある名前が、その答えを投稿した人の名前です。このサイトでは、皆こうやってハンドルネームを使用して活動しているんです」
「ええと……『すのはら』さんに『あっちゃん』さんに『KEN』さん。あら、『ねるねるねるねる』さんに、『マンマ・ミーア!』さん? 変わったお名前ね」
「ハンドルネームは好きにつけられるので、結構変な名前の人も多いですよ」
 ちなみに私自身は、『ながら作業』というハンドルネームを中学の頃から使っている。これは『名柄』という私の苗字をもじったものだ。
 一通り色んな人の名前を見てから、会長は言った。
「じゃあ、ハンドルネームは『霧島冴詠』でいいわ」
 なんでだよ。
 あんた今まで何見てたんだよ。
 ニックネームだっつってんだろ。
 私は会長にインターネット上に気軽に本名を載せてしまう恐ろしさについて説明した。十分ほど話をした後、会長は「分かったわ」と答えた。
 たぶん分かってないので、「とにかくあだ名でもなんでもいいので、本名をそのまま使うのだけは駄目です」とだけ言っておいた。
 変に考えさせておかしな名前を使われてもたまらないので、私はとりあえず『sae』とだけニックネーム欄に打ち込んでおいた。
「変えたくなったら後で変えられるので」
「いえ、それでいいわ。私の名前だから、わかりやすいもの」
 会長から了承をとると、後は性別欄とか生年月日の欄を、会長から尋ねつつ埋めていった。
 必要な情報さえ打ち込めば、登録は簡単に終わる。すぐに『ご登録ありがとうございます』の文字とともに、無事にアカウントが認証された旨が表示された。
「よし……と、これでいつでも『アメージング大喜利』に参加できますよ」
「ありがとう、名柄」
 今見た感じの重度の機械音痴が、果たして本当に私の手助け無しで投稿できるのかどうかは知りませんけれどね。
 会長はさっそく、さっき私が登録してあげたブックマークから、『アメージング大喜利』のサイトにアクセスしたらしかった。後はしばらくは手に入れたばかりのおもちゃに夢中だろう。私はさっきまで読んでいた文庫本を手に取り、
「名柄。大変だわ」
「なんですか、会長」
「どうやって投稿すればいいのか分からないわ」
 貸せ、とまでは言わなかったけれど、多少奪い取るみたいな形で、私は会長から携帯電話を借り受けた。
 アメージング大喜利には常にいくらかのお題が表示されているページがあり、そのうちから答えたいお題を選んでクリックすると、回答記入フォームが出てくる。そこにボケを書き込んで投稿すれば、すぐにサイトに反映される……という仕組みだと思う。たぶん。
 私は適当なお題を選んで表示すると、会長に携帯電話を手渡した。
「その表示されているのがお題です。下の文字打つところが回答欄です。文字打つくらいならできますよね?」
「問題ないわ。私を誰だと思ってるの」
 会長だと思ってるから心配してるんだろ。
 私が適当に選んだお題は、次のようなものである。
『○○○の殺人』
 これはアガサクリスティの不朽の名作ミステリ小説『オリエント急行の殺人』の表紙を加工した画像らしく、題字の『オリエント急行』の部分が白くくりぬかれていた。そこを埋めて文章を完成させよ、ということらしい。
 それを確認すると会長は軽く舌なめずりをして、両手を携帯電話の数字キーに指をかける。
「なるほど、穴埋めお題というわけね。ふふふ……なんて答えてあげようかしら?」
 なんかよく分かんないけど、興奮しているらしかった。
 まあ、それもそうか、と思う。
 会長はずっと大喜利をしていたけれど、その回答を見ていたのは私だけだった。だから、私一人がおもしろいと思うか思わないか、という狭い世界だけでの大喜利だったのだ。
 それに対してアメージング大喜利は、日本全国に向けた大喜利サイトだ。いや……正確に言ってしまうならば、インターネットという媒体を用いている以上、全世界へ向けて発信しているということと同義である。
 たった一人から、全世界へ。あまりに落差が大きすぎる。井の中の蛙が大海を知ると、こうなるのだな、というのがよく分かる。会長は頬を染め、どんなふうに答えような、何を書き込もうか、何度も打ち込んでは消して、を繰り返している。
 まあ、なんというか。これだけ楽しそうにやられてしまっては、あれだけ苦労してでもアメージング大喜利に登録してあげてよかったというものだろう。悩ましげに頭を抱えて、でもどこまでも楽しそうにしている会長を横目に、私は今度こそ読書に戻るのであった。

 会長はいつもの通り「こんな回答はどうかしら?」「じゃあ、これは?」と私に相談をしつつ、やがて一つの回答を書き込み、投稿した。
『“最大多数の最大幸福のため”の殺人』
 怖っ。
 えっ、なに、怖っ。
 すごい偏った思考の人に、めちゃくちゃ機械的に殺されそうでめっちゃ嫌だ。
 会長が投稿した回答は、すぐにサイトに反映され、ユーザーsaeの最初のボケとして、全世界へと公開された。
「あとは、誰かがおもしろいと思ったら、この座布団のマークを押してくれるのよね?」
「ええ、そうですね」
「なるほどなるほど……」
 そしてその日下校時刻が来るまで、会長はずっとアメージング大喜利につきっきりだった。何度もサイトをリロードしては、誰かから評価されていないか、座布団のマークを押されていないか、何度も何度もそわそわとしながら見ていた。
 しかし、さすがに日本有数のインターネットサービスであるがゆえに、利用しているユーザー数も多いらしい。思いむなしく、会長の出したボケはほとんど誰からも気にかけられることなくネットの海の奥底へと押しやられていった。
 それでも、たった一人だけ、会長のボケに『おもしろかったよ』とボタンを押してくれた人がいたようだった。
 たった一人、どこの誰とも知らない、まったく関わりのない赤の他人。
 しかし会長はそのたった一人の誰かさんに、ちょっと涙まで浮かべながら、ありがとうありがとうと何度も繰り返し感謝をしていた。
 それだけ感謝されれば、ボタンを押したどこぞの誰かさんも本望だろう。
 そう思いながら私は、どこぞの誰かさんのボケに座布団マークを押したばかりの自分のスマホの画面を、こっそり閉じたのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ