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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第1章 創世編

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避難訓練あるある

 今日もけだるい授業を軽く聞き流しているうちに、放課後がやってきた。
 いつものように教科書ノートをロッカーに放り込み、中身すっからかんで軽い鞄を引っ提げた私は教室を出る。
 普段ならば生徒会室へと向かう私の足は、しかし今日は別の方向へと進んでいく。
 いつもは来ることの無い校舎の一画、第一会議室。他の教室の扉とは異なって重厚感のある扉を開くと、そこにはカーペット敷の大きな空間が広がっている。部屋の前方には、他の教室とは違って黒板ではなくホワイトボード。部屋の中央には横長のテーブルが、参列者が向き合って座れるように長方形を形作って置かれている。第一という名にふさわしい、大人数用の会議室だ。椅子にはキャスターがついており、学生連中の普段使いの木製の椅子とは座りやすさが段違い。
 そんな会議室然とした室内の、会議テーブルの端の席。いわゆるお誕生日席に座っているのが、我らが生徒会長の霧島きりしま冴詠さえである。
 会長のクラスはそんなに授業が終わるのが早いのか、普段から生徒会室で仕事をするときも、私よりも先に到着していることが多い。多い、というか……私の方が先に着いたことが無いくらいだ。
 会長はすぐに、会議室に入ってきた私に気づいたようだった。
「来たわね、名柄ながら。さっそくだけれど、今のうちにこの資料を配っておいてもらえないかしら」
 そう言って彼女は私に、数十枚のコピー用紙を手渡してくる。そこには『私立忍舞学園 定例会議用資料』との記載がある。
 これからこの会議室で何が行われるのかというと、『定例会議』と呼ばれる、生徒会とそれ以外の団体による会議が始まるのである。生徒会以外の団体というのは、風紀委員を始めとした各種委員会や、運動系文化系の各種部活動、任意で同好会の参加も認められている。まあ要するに委員会や部活動が現在の活動内容を報告していく会合のことだ。
 これに何の意味があるのかというと、たとえば文化祭が間近に控えているのならば、定例会での報告の結果積極的に活動していると判断された部活動に、優先的に研究発表や舞台発表の権利がまわされたりする。あるいは委員会側から生徒への要望があると伝えられたならば、生徒会を通じて広く告知をすることもある。
 生徒会とは学園の生徒の想いを汲み取り還元していく組織である。そのため、こういった生徒会外からの意見を吸い上げる機会を設けているのだ、という。無論、私も誰かから聞いた話である。
 既に会議用テーブルについている人たちには資料を手渡しし、それ以外の席には一枚ずつ資料を置いて回る。
 資料を配り終えた私は、生徒会長の左隣に、一つ空席を挟んで座った。基本的に定例会議での席順は自由であるものの、生徒会役員の座る位置だけは決まっている。生徒会長をお誕生日席に置き、右隣が副会長と会計、左隣が書記と庶務。私は庶務なので、生徒会の中では末席である。
 定例会議の開始時刻は放課後を迎えてから三十分後が開始時間となっているため、まだ人の集まりは少ない。定例会の前にそれぞれの部活や委員会に一度顔を出して、荷物を置いてから来る、という人たちも多いからだ。
 私は生徒会室に寄らずに直接来たため、鞄は足下に置いておく。中に筆箱くらいしか入っていないため、薄くて邪魔にならない。
 足先で鞄を蹴ったりしていると、会長が静かな声で私の名を呼んだ。
「ところで名柄。生徒会として人前に出て活動する時には、その格好は辞めなさいと言っておいたはずなのだけれど」
 その格好? と、私は会長の視線の先を追いかける。そこにはスカートからにょっきりとはえている、ジャージを穿いた私の足が。あー、これか。確かに前に言われたかもしれない。
「確かに学校指定のスカートと学校指定のジャージを着用しているのだから文句を言えたものでもないのだけれど、それでも学園を代表する立場の者として、そのような格好でいられると……」
「あー、すみません。人前に出る機会が今までに無かったもんで……忘れてました」
 私は根っからの色気無しガールなので(今までわざわざ自己申告する必要性も感じなかったのでしていなかったが、私は女性である)、夏場以外は大体スカートの下にジャージを穿いている。基本的に冬場は寒いからそうしているのだが、中学の頃から慣れ親しんだスタイルなので、なんとなく真夏のごく一部以外の時期はシーズン通して大体この格好だ。全然おしゃれではないのだけれど、自己表現というか、ある種の自己満足ファッションと化している感もある。
「脱いできた方がいいですか?」
「いえ……どうせ今日はずっと座っているでしょうから、別にわざわざ脱いでこなくてもいいけれど、次は気をつけるようになさい」
 まあ、小言はそれくらいにして。と、会長。
「ところで名柄は避難訓練に対するイメージって、なにがあるかしら?」
会話の中身が急激に変わり過ぎじゃないですかね。角度で言ったら150度くらい変わったぞ。
「今日のお題は、『避難訓練あるある』なのよ」
 ああ、それでか……と納得してしまえる私も、会長の色に染まりきってしまったものである。
 彼女はいわゆる大喜利狂い(オオギリジャンキー)とも言うべきような人物で、いつも放課後はネット上の自動で出題されるお題に向き合って一人で大喜利を楽しんでいる。
 それがまさか、こんな定例会議の直前の時間にまでやるとはさすがに思わなかったが。見れば彼女の手元の紙には、今までに出したらしい回答の数々が書き込まれていた。
「参考程度に……今までにはどんなボケを思いついたんです?」
「『校長先生が苦言しか呈してこない』」
「まあ、ありがちですね」
「『避難訓練の内容より、その後の全体集会で挨拶するときのことの方で頭がいっぱいだ』」
「それは生徒会長のあなただけのあるあるです!」
「『放送を聞きながら、放送室にいるあなたは逃げなくていいのか? と思う』」
「確かにそうかもしれないけど、それはほら、訓練だから!」
 本番では録音したテープとか使うんじゃないの? 本番体験したこと無いから知らないけど。
「と、こんな感じなのだけれど……あるあるって、改めて考えるとなると難しいわ」
「いや、普通の人はあるあるを改めて考えないので……」
 改めても、改めなくても、考えないので。
「まあ、今の時間はいいですけれど……定例会議が始まったら、さすがにそれ系のことは忘れてくださいね」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの」
 斎藤さん(トレンディエンジェル)
 とかなんとか益体も無いことを私が考えている内に、会長はこちらに向けていた顔をまた正面に戻した。
 会議室には続々と各部活動や委員会の代表者が集まってきているが、そのほとんどは二年生か三年生、つまり私の知らない上級生達である。知らない人たちに囲まれて手持ち無沙汰になった私は、何とはなしに会長を観察してみることにした。
 私よりも一つ年上となる生徒会長の霧島冴詠は、資料に手抜かりが無いかどうかを確認している。普段からどこか世間を俯瞰して見ているような切れ長の瞳は、集中するとよりその鋭さを増す。カラスの濡羽色と表現するにふさわしい艶やかな黒髪は腰の辺りまで伸びている。制服も着崩している様子は無く、まさに生徒の見本とあるべき生徒会長といったところであろう。つまるところ、彼女は生徒会長として何一つ見劣りするところが無い。さらには大衆を煽動する立場の者に必要不可欠な人目を惹き付けるオーラもある。もちろんその手腕については、疑うべくも無い。日々生徒会庶務として生徒会室に放課後常駐している私であるが、それだって彼女が片付けた仕事のおこぼれを申し訳程度に片付けているだけだ。……いや、私の目の前では、大喜利をやっているところしか見たことないんだけど。いつの間にか終わってるんだよなあ、会長の仕事って……。
などと想いを馳せていると、ようやく私の見知った人物が第一会議室に姿を現した。
「失礼しまぁす」
 か細い声でわざわざそう断ってから部屋に立ち入ってきたのは、おどおどとしたどこか小動物的な印象を受ける、小柄な少女だった。今までに一度も染めたことが無さそうな黒髪はポニーテールとしてまとめられているが、そこから活動的なイメージは一切受けることは無い。細いフレームの眼鏡をかけていて、その奥には、これまた挙動不審げにせわしなく周囲を見回すたれ目がふたつ。
 いつもの生徒会役員指定席にいる私たちを見つけて露骨にほっとした様子のその少女は、ちょこちょこ、という擬音が似合いそうな歩き方でこちらへとやってきた。
「こんにちは、会長さん。名柄さん」
「ああ、折原」
 折原、と会長が呼んだこの少女は、生徒会会計の職に就いている折原おりはららんという生徒だ。学年は会長と同じく、私の一つ上の二年生。美術部に所属しているらしく、普段はそちらの活動にかかり切りで生徒会に顔を出すことはほとんどない。現職の生徒会役員では唯一文化系部に所属していることもあり、生徒会内での『文化部のまとめ役』みたいな立ち位置にされているのだが、今も見てお分かりの通りの挙動不審っぷりから、あまり向いているようには思えなかった。というか、よくこの警戒心満載の野生のリスみたいな少女が、生徒会役員に立候補したなとも思うくらいである。誰かが立ち上がろうとして椅子を動かしただけの音にすらびくびくしているような人なんだけれど……。
 折原さんは両手の指先をせわしなくくっつけたり離したりしながら、会長に言う。
「すみません、定例会議くらいにしか顔を出すことができなくて……」
「ああ、いいのよ気にしなくても。美術部の方が忙しいのでしょう。こっちの方は動ける人だけでなんとかまわしているから、あなたは美術部であなたのやるべきことをやってちょうだい」
 すみません……と折原さんは頭を下げる。
 気にしないでとばかりに手をひらひらと振ってから、会長はふと折原さんにこんなことを問いかけた。
「ところで折原。避難訓練ってどう思う?」
 思わず噴き出すところだったが、寸でのところで堪えた。何を突然言い出すんだこの人は。
 私がそう思ったのは、会長が『避難訓練あるある』というお題を考えている最中であるということを知った上でなのだが、それを聞かれた折原さんの方に至っては、もっと意味が分からなかっただろう。えと、えと、避難訓練ですか? と傍目でも分かるくらいに狼狽していた。……そこまで慌てなくてもいいのでは?
「ええ、避難訓練。なにか避難訓練でイメージするようなものがあれば教えてもらいたいのだけれど」
「それって、えと……今度学内で避難訓練とかをするから、その参考にしたいから、とか、なんでしょうか……」
 そんなところよ、と会長は言うのだが、適当にもほどがあるなと思った。
 会長のいきなりの無茶ぶりに応える義務はありませんよと忠言したくもあったのだが、折原さんは、細い眉をひそめながら一生懸命考えてくれている様子だった。ので、私は黙っていることにした。
 やがて折原さんは、おずおずと、言葉を口にする。
「ええと……避難訓練で私がイメージするのは、防災頭巾です……」
 懐かしっ。
 防災頭巾といえば、災害時に落下物から頭部を守るために被る簡易防具のことである。火垂るの墓の節子が被っていたりするあれのことだ。そして小学生の頃なんかは、防災頭巾を椅子の上にクッションとして敷いておいて、有事の際にはそれを被って避難するというスタイルがデフォルトだった。中学校、高校と進学していくと使うことの無い遺物へと変わっていってしまったが、言われてみれば懐かしい。そんなものもあったなと思う。
 会長もそれは意識の外にあったらしく、興味深そうに頷いていた。
「なるほど……防災頭巾ね。参考になる発想だわ。さすがは美術部ね」
「……どういたしまして?」
 おそらく美術部と防災頭巾は何ら関係ないと思われるんですが……。
 すると会長、は二、三回頷いてから私に顔を向けてきた。
「名柄。『キティちゃんが散りばめられすぎてて騒がしい柄の防災頭巾を被ってる女子がいる』というのはどうかしら」
「そんな子いましたけど」
 キャラものの柄の防災頭巾を使ってる子は、確かに居た印象があるけど。
 なんであるあるなのにそんなニッチなポイントを突いてくるんだ。
 折原さんは、そんなふうに謎の会話をしている私と会長の間で何度か視線を往復させて困った顔をしてから、諦めたようにそそくさと会長の傍を離れていった。会計職の彼女の席は、会長の一つ席を挟んでの右隣になる。
 と、立て続けにまたしても、今度は折原さんとは違ってやけに騒々しい生徒会役員が姿を見せた。
 入り口扉を開けて登場売るや、まっすぐに会長の真横にやってくる。
「よおー、会長じゃないの! 元気!?」
「ああ、藤根。おかげさまで、今のところ元気でやってるわよ」
「そおーかそおーか! そいつぁー良かったよ! あたしのおかげだねー!」
 いや、社交辞令だろ。
 彼女は藤根ふじね由里子ゆりこ。生徒会書記職に就く、会長や折原さんと同学年の二年生だ。彼女もまた折原さんと同じく部活動に所属しているのだが、彼女は陸上部所属である。放課後に時折校舎の窓から外を見ると、彼女がグラウンドをめちゃくちゃな速度で走っているのを見かけることがある。それどころか、朝の通学時間に、駅前から学園まで走ってくることまであるというのだから、彼女の脚は筋金入りだ。後者に関しては、ただ単に遅刻ぎりぎりにやってきているだけな感も多少はあるが。
 藤根さんはスポーティーなショートカットの、健康的少女だ。今も会長の前で口角をつり上げてにこにこと笑っている。普段校内で見かける時には制服の上からジャージを羽織っている姿をよく見かけるが、今日は普通にセーラー服姿のままだ。私と同じジャージ・アット・制服スタイルの人種だったが故に、なんだか裏切られた気分だった。
「あなたも最近、陸上部の活動で精を出しているようで何よりだわ。またタイムが縮まったそうね」
「どれのタイムのことかねー? 百? 二百? 四百? ハードル? まさか、槍投げってこたーないでしょーけどなあー」
 いや、どんだけやってるんだよ。両津勘吉並のバイタリティだ。
 これにはさすがの会長も圧倒されたようでしばらく言葉を失っていた。
 そんな会長の様子にさして気分を害した様子も無く、藤根さんは無垢な笑顔を浮かべてみせた。彼女は踊るような足取りで近づいてきて、私の隣の席に腰を降ろした。それから会長の方にまた顔を寄せる。
「まあー、今日はよろしく頼むよ。たまにしか生徒会来れてない身で言うのも、おこがましーけどさー!」
「いえ。たまにでも、助かっているわ。ところで、藤根」
 あ、なんか嫌な予感が
「あなた、避難訓練で何を思い浮かべるかしら?」
 的中した。
 本当にこの人、大喜利のこととなると見境が無いというか……事情を知らない人にいきなり何の前振りも無く話を振るのはやめてあげて欲しい。
 一方の問われた藤根さんは、キョトンとした顔をほんの一瞬だけ浮かべてみせたものの、すぐに持ち前の会話の瞬発力を発揮した。
「そーだねー! 校庭集まった後の、校長と会長の話が長くていやだなー!」
 いや、よりによって会長の前でそれを言うなよ。
 私の向かい側の席で折原さんは「ウエエエエエッ!?」みたいな顔をしているし、私も気持ちは折原さんと同じだ。それで言った当の本人は悪気も無さげにニコニコとした顔のまんま会長の前に立っているし、え、なにこれ? 絶対に顔を引きつらせてはいけない生徒会二十四時? だとしたら私も折原さんも、とっくにお尻をひっぱたかれているところだ。女子高生のお尻ひっぱたいて何がしたいんだ。
 しかし戦々恐々としている私と折原さんの反応に対して、会長のそれはさっぱりとしたものだった。
「そうね。長いと思われているのなら、次からは気をつけるわ」
「おおー、たのむわー」
 会長が本当に何とも思っていないのか、それとも内心の動揺を隠しているのか。会長の表情をこっそりとうかがう勇気もない私は、とりあえず次の避難訓練の時の会長の挨拶の時間がどんな配分になるのかだけ確認しようと内心決意した。
 藤根さんはその場の空気を思いっきりかき乱したことを毛ほども気にすることなく、今度は隣に座る私に声をかけてきた。
「やあー、庶務ちゃん。元気いー?」
「はあ、まあ……元気ですが」
「そっかそっか。元気はいいねえ、元気は健康の生んだ元気の極みだよ」
 何言ってんだお前。とはさすがに正面きって先輩相手に言うことはできなかったけれど。
 正直なことを言ってしまえば、私はちょっとこの先輩のことが苦手だったりする。それは決して嫌いだというわけではないのだけれど、なんていうかこう……喋ってる言語の源流が違う気がする。彼女は良くも悪くもその場のノリでしか喋る言葉を考えないため、会話の瞬発力はあるが筋がめちゃくちゃなのだ。だからなんというか、会話をすることのみならず、彼女の言葉を聞いているだけで、疲れてしまう。なんだよ、元気は健康の生んだ元気の極みって。元気二回出てきてるじゃねえか。
 私が藤根さんの即興マシンガントークに一方的に蹂躙されていると、やがて定例会の開始時刻になる。会長があらかじめ設定していたらしい時計のアラーム音が時刻の訪れを知らせると同時、
 会議室の扉が開かれて最後の生徒会役員がその姿を見せた。
 桃色のカチューシャで後ろの方へ流した淡い色の髪は、首元でくるくるとウェーブをしている。全開のおでこの下には、スイッと迷いの無い弘法大師の一筆のようなはっきりとした眉。眠たげでたれ目気味な瞳は、それでもはっきりと彼女の意思の強さを感じさせる。
 ハイヒールを履いているわけでもあるまいに、カッ、と高らかな足音を引っ提げて。その人は、足を踏み入れた会議室内を睥睨する。それからお誕生日席に座る会長の姿を視界に入れると、いかにも忌々しげに目をすがめた。
 それでも何かを言うようなことはなく、力強い足取りをそのままに、役員のくせになぜか萎縮している折原さんの隣の席に腰を降ろした。
 そして副会長は、リップクリームを塗っているらしく滑らかな口を開いた。
 隣を向いて「こんにちは、蘭ちゃん」
「こ、こんにちは、です……」
 正面を向いて「こんにちは、由里子ちゃん」
「あいー、ちーっすでーす」
 斜め向かいに座る私に向けて「こんにちは、名柄ちゃん」
「ど、どうも」
 そして。
 会長には、何も言わなかった。会長も、何も言わなかった。
 ただ会長は、
「……定刻になったわね。それでは、定例会議を始めさせていただきます」
 会議の始まりを宣言しただけだった。
 挨拶をすることも。視線を交わすことも。会長が、大喜利狂いの会長が「避難訓練について、どう思う?」と話題を振ることも無かった。
 ……会長の右隣に座る女性。本来ならば会長の右腕であるはずのその位置に座る女性。
 生徒会副会長、諏訪部すわべ寧々(ねね)
 現職生徒会役員に於ける唯一の三年生である彼女は、この定例会議中、一度も会長に向けて言葉を発することが無かった。会長もまた、彼女になにか話を振るようなことはなかった。

 定例会議は、予定されていた三十分できっかりと終わった。さすがの進行と言っていいだろう。
 会議の内容には特筆すべきことはないのだけれど、まあ敢えて言うのであればガレージキット同好会というニッチなテーマ同好会が部への昇格を声高に訴えていくらいか。「プラモデル同好会と合併して部員数を増員してきたら考えるわ」という会長のお言葉に対し「プラモとは違うのですよ、プラモとはあ!」という、素人的にはただただめんどくさいとしか思えないような反論を繰り出していたくらいだろうか。
 副会長は会議が終わるや否や、何も言わずに立ち去ってしまった。室内の誰よりも早く居なくなったため、私は彼女が部屋を出て行くところすら見ていなかった。終わったなと思って、気づいたらもういなかった。
 折原さんと藤根さんもまた、部活動の方へと行ってしまった。折原さんは後輩の子に油絵の指導が、藤根さんは三段跳びの測定があるらしい。ちょっと待て藤根さん、さっき言ってた中にその競技無かったぞ。
 そして、最後まで会議室内に残っていたのは、いつも変わらない私と会長だけだった。
 会議室内にはもうさっきまでのにぎわいはどこにも無い。ただ、みんなが座ったことで位置が乱れた椅子や、席が足りずに出してきたパイプ椅子がそのままになっているだけ。配布した会議用の資料も、半分以上の席のテーブルの上に置かれたままだった。
 私はそんな会議室内を眺めてから、会長に言った。
「……少しくらい、藤根さんと折原さんにも、後片付けを手伝ってもらえばよかったのでは?」
 すると会長はゆるゆると首を振った。
「……二人とも、部活動の方で充実しているのよ。だから、私ができることなら、私がやるわ」
 そう言った会長の目が少し寂しそうに見えたのは、果たして私の気のせいか錯覚だったのか。
 それは、分からないけれど。
「手伝います。私も……生徒会役員なので。庶務ですけれどね」
 そんな言葉を聞いた会長は、確かに私に向けて微笑んで。そしてこう言うのだった。
「さあ、早くここを片付けて、生徒会室で大喜利を楽しみましょう」
 ……いや、それはちょっとおかしいと思うんだよなあ。という私の想いは口にすること無く霧散した。

 で。
 結局この日生徒会室に戻ってから最終下校時刻まで考えた末、会長が「避難訓練あるある」というお題に対して最終的に出した回答は次のようなものだった。
『避難訓練の内容に対するスピーチは、興が乗ってついつい色々喋ってしまいがち』
 ……やっぱり藤根さんに言われたことを引きずっていたらしい、会長なのであった。
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