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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第2章 新生編

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こんな宿題は嫌だ

 忍舞学園生徒会は今日も通常営業だった。
 忍舞学園の通常営業の状態がどういう状態かというと、つまり生徒会の仕事をさっさと片付けてしまうと、みんなホワイトボードとペンを携えて大喜利に向き合い始めることとなる。
 日本広しと言えども、生徒会室で大喜利の特訓会を開くような大喜利会は、おそらくここにしか無いだろうと思う。しかもこれが連日の光景だと言うのだから驚きである。
 今日に関していえば、折原さんがホワイトボードに描き残していた猫のイラストを発端に少しばかり騒動もありはしたのだけれど、だが、藤根さんのストレートな一言でその場も納まり、再び通常営業に戻っていた。
 普段ならばこのまま寧々さんの口から最初のお題が提示されて、私たちはその回答をひたすら考える時間が始まる。
 ところが今日、寧々さんがホワイトボードの準備ので来た私たちに向けて最初に口にした言葉は、大喜利のお題ではなかった。
「蘭ちゃん」
 寧々さんは、折原さんの名前を呼んだ。
「え? あ、わひゃい!」
 急に呼びつけられて気が動転したのか、ずいぶんとオリジナリティのある返事を返していた。
「今日も今日とてあんたらには大喜利をしてもらうことになるんだけど……蘭ちゃんには、それに加えて、今日はあるミッションをこなしてもらおうと思います」
「み、み、ミッション!? ですか!?」
「そう。あんたの今後の大喜利に大きな影響を与えることになるかもしれない、ひどく重要なミッション」
「しょ、しょ、しょんにゃにでひゅひゃ!?」
 折原さん、緊張しすぎて口が回っていません。ちなみに聞いた感じ、そんなにですか!?と言っているらしい。
 何やら新しいことをやらされることになったらしい折原さんは、すっかり及び腰で全身がガクガク震えてしまっている。あの追いつめられ具合は、端から見ていても少し可哀想である。会長が幼い娘の初めてのお遣いを見るような目で、ハラハラしながら折原さんを見ていた。
「あの、寧々さん。それで、折原さんには何をしてもらおうと言うんですか?」
 私がそのように問いかけると、寧々さんはただでさえでかい胸をより強調するように張ると、高らかに告げたのである。
「絵よ」
 え?
「絵、……ですか?」
 先ほどまでガクガクブルブルに震えまくっていた折原さんが、きょとんとした目で寧々さんに問うた。
 寧々さんは、そうよ! とばかりに頷く。
「そう。蘭ちゃんには、今日からしばらく、絵回答に徹底してもらおうと思います」
 そう言うと寧々さんは、テーブルの上に置かれていたホワイトボードを二枚、引き寄せる。
「誰か、何でもいいからお題ちょうだい」
「『こんな宿題は嫌だ』!」
 藤根さんが早押しクイズかというくらいの勢いで、寧々さんにお題をぶつけた。
 寧々さんは、「オッケー」で軽く答えると、さらさらとペンをホワイトボードに走らせる。ちなみに何で『こんな宿題は嫌だ』なのか藤根さんに尋ねたところ、『数学の宿題が出たのが嫌だったから』と言われた。このお題に於ける藤根さんの中での模範解答は、たぶん『数学の宿題だ』なんだろうなあ。
「はい、できた」
 寧々さんはものの一分足らずでそう宣言すると、マジックペンに蓋をした。
「それじゃあ今から今のお題に回答を出すわけだけど……先に言っておくわ。あたしは今から、同じ回答を二回出すから」
「二回、ですか?」
 私が聞き返すと、寧々さんは軽く頷いてみせた。
「そう。それも、同じやつをね。ただし、二回目は出し方をちょっとだけ変えるの。まあ、とりあえず百聞は一見に如かず、見てなさい」
 寧々さんは二枚あるうちのホワイトボードの、一枚を胸元に抱える。
「名柄ちゃん、お題読みお願い」
「あ、はい。えーと、『こんな宿題は嫌だ』」
「『上下巻ある』」
 言って、寧々さんは今口にした通りの文字列の並ぶホワイトボードを、私たちに向けてひっくり返した。
「うわー、嫌だなー! ただでさえ宿題嫌なのに、上下巻とか、最悪だなー!」
 藤根さんが両手を振り上げ、オーバーリアクションで応えてみせた。
 続けて寧々さんは、もう一枚のホワイトボードを手にとった。私はもう一度、お題を読み上げる。
「『こんな宿題は嫌だ』」
「『上下巻ある』」

挿絵(By みてみん)

「上巻、分厚っ!!!」
「いやいや! 上巻の分厚さも目を引くけど、これ逆に下巻めっちゃ薄くないかー!? ペース配分おかしくないかー!?」
 私と藤根さんは一緒になって、わーわーと寧々さんの回答にツッコミを入れていく。
 見ると会長や折原さんも、面食らいつつも笑っているという状態のようだった。
 大きなリアクションが返って来たことに気を良くした寧々さんは、ふふんと口角をつり上げる。上機嫌になると分かりやすい人だ。
「どうよ。これが、絵回答の強みよ」
 言われて私は、改めて今の寧々さんの二つの回答を思い浮かべる。
 一つは『上下巻ある』とシンプルにボケたもの。そしてもう一つが、前者と全く同じ回答であるのにも関わらず、より多くの笑いの感情やツッコミどころを引き出した。
 わざわざ絵に描いて出したことによって、よりそのボケの特異性を演出したのである。特に、上巻と下巻の分厚さが違うだなんてことは、ああして実際に絵回答で描いて見せたからこそ付随させることのできたアクセントだ。
「まあ今見てもらった通り、絵回答には絵回答だというただそれだけのことで一定の価値を持つわ。視覚的におもしろさを表現できるんだもの、人間の感覚の八割が視覚が占める以上、見て即分かるおもしろさは圧倒的に魅力があるわ」
 確かに、一目見て視覚的に訴えかけてくるおもしろさは強みとなり得るだろう。少なくとも、ずっと文章の回答だけをひねり出し続けていた私たちにとっては、目からウロコとも言えるほどの衝撃ではあった。
「んじゃあー、絵回答最強説ってことだなー!? だったらあたしも……」
「由里子ちゃんは駄目よ」
「名指しで否定されたぞー!?」
 ひどいんじゃないかなー!? と藤根さんが嘆きの悲鳴を上げた。
 寧々さんはそんな藤根さんの様子をあきれたように見てから、こう言い添えた。
「……確かに絵回答っていうのは強いわ。『絵が描ける』。ただそれだけのことで、一発で伝えられる表現の幅が広がるんだもの」
「だったら……」
「でも、時間がかかるわ」
 寧々さんは一度手元のホワイトボードに書かれた上下巻の宿題を消すと、もう一度ペンを手に取り絵を描き始める。
「絵は単純に描けばいいってものじゃない。読み上げればなんとでも伝わる文章とは一線を画すものよ。見て、瞬発的にそれが何なのかが分からないと、人は笑わないわ」
 寧々さんは、描く。
 ホワイトボードの左側に、煙突付の一戸建ての家。そして階段。少し離れたところに、棒人間が何人も。上空に太陽。
 寧々さんは一度も止めること無くペンを動かし、ホワイトボードの上に自分の脳内に浮かぶ情景をアウトプットしていく。
「大喜利における絵回答の肝は、上手さじゃない。いくら上手くても、どういうボケとして何を描いたのかが分からなければ、意味が無い。でも……逆に言うのならば、ヘタでもいいの。伝われば、なんでもいいの」
 寧々さんは適当なところでペンを置くと、今まで描いていた絵を私たちに見せてきた。
「これ、何に見える? 名柄ちゃん」

挿絵(By みてみん)

「謎の踊りを踊って晴天を祝うアフリカの少数民族」
「あ? 殺すわよ」
「ごめんなさい。国民的日曜午後六時半のアニメのエンディングですか」
「正解。ボケるのはタイミングを考えてちょうだい」
 いや、でもこればかりは日本国民以外が見たら、『謎の踊りを踊って晴天を祝うアフリカの少数民族』の方が正解だと思うんだけど。
「とまあ、こんな感じで。わりと表現の仕方次第でなら絵回答は、ヘタでも伝わるもんだけど……どっちにしろ、慣れてないと時間がかかるのよ」
「時間、ですか?」
「そうよ。だって、絵を描くんだもの。それも分かりやすいように考えながら、絵を」
 なるほど、確かに。
 さっきの寧々さんの『こんな宿題は嫌だ』のお題への回答を例に出すならば、『上下巻ある』と文字で書くだけならばわずかに五文字だ。時間のかかりようがない。
 対して絵回答の方は、詰め込む要素が多くなればなるほどに、最低限の自分の演出したいボケとしてのクオリティを上げようとすればするほどに、書き込みは増えていく。ペンを走らせる時間は長くなる。そのたった一答に、かけなければならない時間が長引いていくこととなる。
「わかったかしら? 絵回答は諸刃の剣よ。絵回答にしか出せない奥深さはあるけれど、時間を浪費する。……とにかくささっと書いてぱぱっと出してそそくさっと引っ込める由里子ちゃんの大喜利スタイルとは、真逆の位置にあると言っていい」
「あたしそんななんですか!?」
「自覚無いのかよ」
 藤根さんが心外そうに言うのを、寧々さんはばっさりと切り捨てた。まあ確かに、藤根さんはお題が出るやすぐさま反射神経で答えていると言わんばかりに回答を出してくるので……寧々さんの評は、そう外れたものでは無いと思う。
「特に、あたしたちにとっては決戦の時はわずか二ヶ月後。だったら、今から絵回答を一から叩き込まなきゃならなくなる由里子ちゃんよりは……」
 言いながら、寧々さんはピッとペンを振って、折原さんの方を指し示した。
 折原さんはうっと身を引き、肩をすくませる。
「もう既に、絵を描くことに一日の長のあるやつを伸ばした方が、武器になるでしょ。あんたらはオールラウンダーにならなくていい。一撃必殺の、自分だけの武器を持ちなさい」
 自分だけの武器。
 大喜利をやる上での、拠り所。
 自分の、回答を、面白くしてくれる武器。
「蘭ちゃん。あんたの武器として、絵回答を授けるわ。この二ヶ月、その武器を大事に研ぐことを、忘れないでね」
 折原さんは一瞬面食らったような顔をしていたが、一瞬だけ目を閉じると……再び目を開けたとき、そこには覚悟の色を伴った瞳が輝いていた。
「……はい。がんばります」
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