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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第2章 新生編

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約束の時間まで余裕があるときの過ごし方

「ふぅ……さっぱりした」
 お風呂から上がったばかりの私は、バスタオルで髪の毛の水気を取りつつそう呟いた。
 私は肌の上に直接青いストライプ柄のパジャマを羽織ると、前ボタンも留めずに脱衣所を出る。そのまま私は台所へと向かった。足の裏がフローリングの床と触れ合って、ぺたぺたと音を鳴らしている。
 台所ではお母さんが晩ご飯の支度をしていた。まな板で何かを切っている後ろ姿が見えた。
「お母さーん。晩ご飯なにー?」
 そう聞きながら私は食器棚を開けて、自分用にグラスを手に取った。特別な装飾も何も無いシンプルなグラスで、小さい頃からうちにあるものだ。
 冷蔵庫から取り出したピッチャーからグラスに麦茶を注ぐと、そのまま一気に喉へと流し込む。お風呂で火照った身体に、冷たい麦茶が心地よい。
「ちょっと、あんた! なんてえ格好、してるのよ!」
 麦茶を飲み干したところで、お母さんから声をかけられた。
「なんてえ格好って、なに?」
「パジャマ。ちゃんと前留めなさい。それから下。パンツ丸出しでうろうろ歩き回るんじゃないの」
「だって、暑いんだよ」
「暑くないの。まだ六月だってのに、あんた八月になったらどうすんの。風呂出たら全裸で過ごすの?」
「八月はエアコンきいてるから……」
「口答えばっかしてないで、いい年した乙女なんだからちょっとは気を使いなさい」
 口答えっていうか、お母さんが八月になったらどうするんだっていうから答えただけなんだけど……。
 私は口うるさいお母さんに言われて、しぶしぶパジャマの前ボタンを留める。それだけで少し汗ばむような感じがして、肩からかけていたバスタオルで顔を拭った。
「あんた、下はどこやったの」
「分かんない。部屋かな」
「まあー、だらしない娘ったら!」
「そんなことよりさー、晩ご飯なに?」
「そんなことよりも何よりも下はいてきなさい!」
 怒ったお母さんによって、背中から押されて台所から追い出されてしまった。今日の晩ご飯はなんだったんだろう。
 私は普段は着替えのパジャマごと自分の部屋から持って脱衣所へ行くのだが、先ほど風呂場から出てみると下のズボンが見当たらなかったのだ。ということは、おそらく自分の部屋を出る時にズボンだけ取り落として来てしまったのではないか……という推測をたてた。
 果たして自分の部屋まで戻ってくると、扉の開いたすぐ脇に、ぽつんと取り残されたパジャマの下が落っこちていた。
「あったあった」
 私が自分の推理力に満足して軽く鼻歌を歌いながらパジャマの下を穿いていると、ふとベッドの上に放り出されたままのスマホが目に入った。
 そしてそこから連想されるのは今日の放課後のこと。寧々さんから大喜利企画を行っているツイッターアカウントを教えてもらい、ついでになぜか生徒会関係者三名から自分のツイッターをフォローされたのが今日の放課後のハイライト。
 私はスマホを拾い上げると、そのままベッドに全身ダイブした。ギシギシとバネのしなる音が数度してから、やがて横たえたその身が安定する。
 うつ伏せになり枕を胸の下に敷いた体勢で、目の前にスマホを掲げてその画面を見た。
 映っているのは私のツイッターアカウントのトップ画面だ。ユーザー名は以前に大喜利女子会に参加した時に名乗っていたように『ながら作業』。見たまんまに、私の苗字の名柄をもじったものだ。アイコン画像には、本棚を適当に撮ったものを使っている。よーく見ると伊坂幸太郎とか東野圭吾とかの本が、ぎっしりと並んでいるのが分かる。
 フォローしているのは地元の友人が数人くらいで、後は好きな作家さんであるとかミュージシャンであるとか、そういう有名人のアカウントをよくフォローしている。そういった関係で私のツイッターは、流れてくる有名人たちのつぶやきをひたすらに眺めるアプリと化していた。そのため、自分から何かを呟くことは普段はあまり無かった。
 今日の夕方、私のフォロワーが三人ばかり増えた。ユーザー名は、「ねるねるねるねる」、「蘭々」、「雑草」の三つだ。
 ねるねるねるねるは、以前の大喜利女子会に参加していたときの通り、寧々さんのハンドルネームである。たぶん寧々と“ね”が二つ続く自分の名前と、似た語感の某サイバー菓子ををもじった名前なのだろう。ご丁寧にもねるねるねるねるさんのアイコン画像は、その昔サイバー菓子のテレビCMを流していた頃の魔女の写真だった。
 何気なくフォロワー数を見てぎょっとする。ねるねるねるねるさんのアカウントは、六百人近いユーザーからフォローをされていた。本人も四百人近くをフォローしているようだが、私の狭い交友関係からしてみれば文字通り桁違いの人数のフォロー欄に目眩がする思いだった。
 軽くスクロールしながらねるねるねるねるさんのフォロワーを確認してみると、やはりというか想像通りというか、そのほとんどが大喜利関係者らしいことが分かる。アカウントの自己紹介の欄に『大喜利やってます』とか『大喜利企画に出没中』とか『大喜利の時は○○名義』とか書いてある人が非常に多いからだ。世の中、こんなにも大喜利をやっている人がいたんだと目からウロコが落ちる気分だった。
 ツイートの中身を覗いてみると、こちらもまた私のいた世界とは大違いであった。色んな人とツイッター上で会話をしているのはいいとして、いきなり大喜利評論が始まったかと思ったら、ただ「ねみぃ」とだけ呟いていることもあったり、情緒不安定なのではと思うくらい節操のないツイッターだった。普通に授業のある時間帯にもツイートの履歴が残ってるけれど、なにやってるんだあの人は。
 ねるねるねるねるさんのアカウントばかり見ていても仕方がないので、他の二人のアカウントも軽く確認しておく。
 蘭々は、折原さんのハンドルネームだ。折原さんの下の名前が『蘭』なので、それをそのまんま使うことに抵抗があったのか、二つ重ねて蘭々さん。こちらはフォロー数もフォロワー数も私と同じく十何人程度しかおらず、仲間を見つけた気分で少しほっとした。
 美術部員らしく、アイコン画像はフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」だった。ムンクとかだったら引いてた。
 ついでにツイートの中身も覗いてみると、暇な時にノートの片隅等に描いた可愛らしいイラスト等を載せていたりといった内容で、見ていてとてもほっこりした。
 雑草は、藤根さんのアカウントになる。寧々さんや折原さんと違って一人だけ由来が分からなかったため、「どうして雑草って名前なんですか?」と聞いてみたら、「あたしって名前由里子じゃん? じゃーなんか花のユリっぽい名前をつけようかなーと思って。それで」と言われた。ユリは雑草じゃないです。
 雑草さんのアカウントは、名前を意識してなのか群生しているセイタカアワダチソウの画像だった。そこはユリじゃないのかよ、とも思った。私みたく有名人を多数フォローしているようで、フォロー数やフォロワー数は百人前後といったところらしい。
 しかしながら普段はつぶやき自体あまりしていないようで、直近のツイートの更新ですら四ヶ月ほど前のものだった。
 その三人のアカウントを一通り見てから、最後にフォローをしたアカウントを確認する。
 それは寧々さんから紹介された大喜利企画アカウントの『大喜利六十分一本勝負』。
 私はスマホを置くと、ベッドに寝転がったまま壁掛け時計を見上げた。時刻はまだ七時半をまわったところだ。もうすぐお母さんの晩ご飯の支度も終わるだろう。
 寧々さんは確か、この企画は毎晩夜の十時にお題が出されると言っていたはずだ。となると、まだあと二時間半くらいは始まらないと言う計算になる。
 そうすると、この持て余した時間を私はどう過ごすべきか。大喜利的に言うなら、『約束の時間まで余裕があるときの過ごし方』だろうか。ちょっとお題っぽくないかな。難しいな、うーん……。
「……よし」
 少しだけ悩んだあと、私はベッドから上半身を起こすと、呟いた。
「『VS嵐』観よ」
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