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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第2章 新生編

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ゾンビの経営する喫茶店はこんな有様だ

 あれから私たちは、ひたすらに四分間周期で、次々と出されるお題に向き合っては答えて向き合っては答えてを幾度も繰り返していた。
 一番初めの四分間の計測の時は寧々さんは何も言わなかったが、二回目以降からは寧々さんが残り時間の読み上げをするようになった。
 寧々さん曰く、対戦形式となる大喜利大会では、制限時間のうちの残り時間の読み上げがあることが一般的なのだそうだ。読み上げのタイミングは決まっていないが、回答の流れが途切れて区切りの良い時間を迎えた時に寧々さんは残り時間を私たちに教えてくれる。
 この残り時間の読み上げもまたくせ者で、いきなり終了するのではなく終わりが迫ってくるのを認識しつつ大喜利に向き合えるのは良いことなのだが……とにかく、焦る。
 たとえば「残り二分よ、あと半分」と言われると「えっ!? もう半分!?」と焦る。
 残り半分でそんななのだから、「あと一分よ」とか「あと三十秒」だとか言われた日には、突きつけられた残り時間の少なさに、焦りで思考が空回る。
 ひどい時には「あっ、時計見るの忘れてた。あと五秒ね」とか急に言われたりするもんで、「寧々さんこのやろう」と言ってペンを投げつけてやりたい衝動に駆られたものだった。
 それにしても。たかが大喜利だと侮ってはいけないものだと、私はこの大喜利の特訓を通じて改めて実感していたりする。
 なぜそのように思ったのかと申しますとですね……。
「あっだま、いだぁい……」
 そう怨念じみた声を漏らしたのは、藤根さんだった。ホワイトボードもマジックペンもすっかり放り出してしまって、ペンがテーブルの上を転がっていって机の縁から床へと落っこちていった。
 大層なお行儀の悪さではあるものの、ああなってしまった藤根さんの気持ちも分かる。
 疲れるのだ。
 考えてもみて欲しい。四分間という短い時間とはいえ……いや、むしろ四分間という短く限られた時間だからこそ、その四分間でお題に出された文面を何度も頭の中でこねくり回すことになる。お題を何度も読み返し、いじり代は無いのかとか、おもしろいキーワードをつけるとしたら何をどこにどう付ければ笑いに繋がるのだとか。必死に頭の中をフル回転させることになるのだ。
 それを何度も何度も、次のお題が出るまでのわずかな時間のインターバルを挟むだけで、気がつけば二時間近く続けているのだ。
 そりゃあ、頭も痛くなる。私もちょっと、目が痛い。
 気がつけば生徒会室内は、死屍累々の体である。
 藤根さんは完全に机の上に突っ伏してしまっているし、私も眉間にしわを寄せてこめかみの辺りを指でマッサージしている。折原さんも椅子の背もたれに寄りかかってぐったりしているし、会長もどことなく疲れた様子で溜め息をついた。
 この直前に出していた回答たちも、端的に言ってひどいレベルまでクオリティが落ちている。「ゾンビの経営する喫茶店はこんな有様だ」というお題で、四分間のうちの前半二分を誰も答えないうちに過ごしてしまう。やっとのことで手を挙げた藤根さんも、まるで低血圧の朝みたいなテンションの低さで「あーー……うおー……コーヒーうめー……」とだけの回答を出して、「つまりどういうこと!?」と寧々さんに突っ込まれた。脳内に展開したボケを、ホワイトボード上に出力し表現する処理が、脳が疲れて追いついていないのだ。辛うじて私は「意外と繁盛してしまってゾンビがすごい走る」、折原さんは「腐ってないものを探す方が難しい」という回答を出したが、それだけだった。会長は時間ギリギリになって「ホームセンター支店」とだけ書かれたホワイトボードを見つめて、出すかどうか悩んでいたようだったが、結局溜め息をつくとそのまま消してしまい何も答えること無く四分を終えた。そして時間が終わると同時、藤根さんは事切れたようにテーブルの上に突っ伏してうめき出す。
 そんな私たちの様子を見て、さすがに寧々さんもやり込ませすぎたことを覚ったらしい。「ふーむ」と悩ましげに呟いた。
 時計を見てみれば、最終下校時刻まではまだ幾分か余裕があるものの、いつもならば帰り支度を始めるくらいの時間帯であった。
「寧々さん。さすがに今日はもう、そろそろ……」
「ん、そーね。ちょっと初日だからって、張り切りすぎちゃったかしら?」
 いや、確かに寧々さんが張り切っていたのもあるのだろうけれど、一方でノリノリで二時間近くお題に向き合い続けていた私たち四人にも、それなりに問題があるのではないかと思う。
「それじゃあ、今日はこれで解散ー……と、言いたいところなんだけれど、も」
 流れ的にこれで解散の流れかと思いきや、寧々さんは今しばらくこの四人を生徒会室にとどめておきたいようだった。
「みんなには今日はガッツリ大喜利をやってもらったわけなんだけれど……家に帰ってからも、できれば自主練という形で大喜利に触れていて欲しいの」
 その寧々さんの言葉を聞き、藤根さんがげげっと声をあげた。
「ま、まだやるのかあ〜っ!? あたしはもう疲れたぞぉ〜!」
「まあまあ、そう言わずに。話を聞くだけ聞いてくれてもいいじゃないのよ」
 そう言うと寧々さんは、スカートのポケットからスマートフォンを取り出した。
「みんなはスマホは持ってるわよね。ツイッターはやってる?」
ツイッター。それはインターネット世界に数多く存在しているソーシャル・ネットワーキング・サービスのうちの一つのことだ。サービスにアカウント登録をすると、ツイートと呼ばれる一四〇文字以内の文章を投稿することができるようになる……というサービスだ。文章……それも一四〇文字という制限された文字列を入力して送信するだけという単純なサービスではあるものの、世界中の人たちがそのサービスを通して色々な文章を世に向けて発信しているだけあって、並み居るSNS大氾濫時代にあって、未だに世間から多くの支持を受けてSNSの代表格の一つとして認識されている。
「私は……まあ、一応持っていますけど」
「わた、私も……あ、あんまり、やってませんけれど……」
「あたしもやってるぞー」
 と、私、折原さん、藤根さんの順でそれぞれ返事をする。今時分の高校生らしく、三人ともしっかりと流行りのSNSを抑えていた。
 が。
「…………」
 たった一人、私たちからそっぽを向いて黙り込んでいる人がいるのに対して、さすがに無視を決め込むわけにもいかなかった。
 彼女は私たち四人から向けられる視線に対して、知らぬ存ぜぬを貫き通し、決してこちらを見ようとはしなかった。
「会長?」
「……何かしら?」
 私が会長を呼びかけると、やっとこちらを向いてくれた。しかし目線はどこか遠くの方……窓の向こうに見える団地を見ていた。そんなにあの団地を気にしてないで、少しはこちら側の会話に集中していただきたいのですが。
「会長は、その……ツイッターの方は」
「ツイッター……ね。聞いたことがあるわ」
「そんな、地方に伝わる伝承かなにかじゃないんですから」
「聞けばそれは身の丈六尺にも及ぶほどに大きく、その体躯は八貫ほど……」
「会長ごめんなさい。もうそれ絶対違うんで。知らないんですよね? ツイッター」
「聞いたことがあるわ」
「聞いたことがあるなら、身の丈がどうとか言い出しませんて。ツイッターっていうのは、インターネット上のサービスのことですよ?」
「やはり。聞いたことがあるわ」
 駄目だこいつ……早く何とかしないと……。
 そんな会長のだめだめっぷりを見るにつけ、寧々さんはこれ見よがしに大きな溜め息をついた。
「身の丈六尺のツイッターしか知らないんなら、あんたはもう帰っていいわよ」
 勉強します。会長はそう言って頭を下げて、この場に残してもらえるように自らの師匠に懇願するのであった。
 そしてそんな彼女の姿を見ながら、私は『会長にツイッターのことを教えることになるのは、私なんだろうな』と思っていた。
 寧々さんはスマホのツイッターのアプリを立ち上げると、ある一つのアカウントを表示した状態で画面を私たちの方へと向けてきた。私たち四人はその四角い画面を覗き込む。四人を代表して、藤根さんが声をあげた。
「……『大喜利六十分一本勝負』?」
「そう。通称、ワンギリって呼ばれているわ」
 なんですかそのいたずら電話みたいな名前の大喜利は。
「ワンギリの由来は一時間大喜利……っていうところかららしいわね。つまりこの企画は、お題発表から一時間以内にボケを一つ投稿して、その中で優劣を競いましょうっていう主旨なのよ」
 寧々さんの説明を聞きつつ、私はその『大喜利六十分一本勝負』……ワンギリのツイッターアカウントを確認した。
 スマホに表示されているのは、ツイッターアカウントのトップ画面だ。画面の真ん中付近に太い黒字でアカウントの名前がはっきりと示されている。アカウント名の横にはアイコン画像があるのだが、そこには赤地に青で『喜』とだけ書かれたシンプルな画像が載せられていた。確かにシンプルではあるが、でも、タイムラインでこの画像が流れてきたら一発でこのアカウントだなと分かる感じもして、そう考えるとなかなかいいアイコンなのかもしれない。
「大喜利の企画内容自体は、ひどくシンプルよ。毎日十時にこのアカウントからお題が発表されて、参加者はそれに対して回答を返すだけ。その後十一時になったら締切られて、集まった回答の中から良かった回答がピックアップされるっていう流れね」
 寧々さんはそのように説明すると、「どう? 分かった?」と私たちに尋ねた。
「まあ、なんとなくは……」
「難しいことじゃあないわ。とりあえずツイッターアカウントさえあれば、誰でもできるもの」
「師匠、私は」
「あんたはめんどくさいから明日名柄ちゃんにアカウント作ってもらって」
 今日は参加できないのか……と会長はしゅんと縮こまってしまった。
 少し可哀想だけれど……もう下校時刻も迫っているし、アカウントを作るとなったら長丁場になりそうだからなあ。ここは一晩だけ我慢してもらうしかなさそうだ。というか普通、ツイッターアカウントくらい人から習わずとも作れる気がするのだけれど……。普通じゃないのか、そうなのか。
 そんな会長はさておいて、寧々さんがパンッと柏手を打った。
「というわけで、アカウント持ちのあんたたち三人は、今日はその大喜利に参加してみてはどうかしら?」
 ふむ。
 お題が出されてから一時間以内に、一つ回答を出す大喜利か。ここしばらく練習していた大喜利よりはよほど考える時間が長くなるようだけれど、どうなるものか体験してみるのもいいかもしれないな。
 私たちが少なからずやる気を見せているのを見ると、寧々さんは満足そうに微笑んでから、こう言った。
「じゃあ……あんたたちのツイッターアカウント教えて? フォローするから」
 この日、私のアカウントに、一気に三人フォロワーが増えた。
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