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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第2章 新生編

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セレブが通う学校の球技大会はこんなだ

 今日もけだるい授業を軽く聞き流しているうちに、放課後がやってきた。
 いつものように教科書ノートをロッカーに放り込み、中身すっからかんで軽い鞄を引っ提げた私は教室を出る。
 普段ならば生徒会室へと向かう私の足は、しかし今日は別の方向へと進んでいく。
 私の足が向かったのは、校舎傍に建つ体育館棟だ。
 校舎に寄り添うようにして建つこの体育館棟は、第一体育館、第二体育館、武道場の三つのエリアで構成される二階建ての建物だ。放課後ということで部活動に訪れるバレーボール部員やバスケットボール部員などでにぎわっていた。武道場の方からは放課後になってすぐなのに、さっそく剣道部員が竹刀を叩き付ける乾いた音が聞こえてくる。
 体育館棟の一階には、更衣室がある。私が向かったのはその一室だった。更衣室の中にはなんというか不思議な熱気というか湿気というか、そういう熱気のようなものがこもっていた。窓を開けて換気をしようかと一瞬迷ったが、着替えたらすぐに出て行くのだと思い直す。
 正式に部活動に所属する人たちには部室があるため、部活動前の着替えはそこで行う。そのため放課後のこの時間であっても、この共用の更衣室には人っ子一人いなかった。
 私は薄っぺらい鞄を手近なロッカーの中に放り込む。それから制服の上着に手をかけて、ゆっくりとそれを……、

「遅いわよ、名柄ちゃーん」
 制服からジャージに着替え終えた私が向かった先は、校舎に周囲を囲われた中庭だった。
 体育館や武道場、それからグラウンドには放課後も部活動に励む若人たちの姿がよく見られるが、中庭をわざわざ活動場所として使おうというもの好きな部活動は無いため、それらに比べれば人の姿は少ない。校舎の中から中庭を突っ切って昇降口へのショートカットをする人や園芸部が数人いるくらい、といったところだろう。
 そんな中庭の隅っこで、上下ジャージに着替えた私は、先に到着していた寧々さんと折原さんの二人と合流していた。
 私の向かい側に立つ寧々さんは体操着の上に、三年生の指定色である緑色のジャージを羽織っている。ジャージの前を開けているため、まるで新幹線の先頭車輛みたいな胸元が、体操着の薄い布を押し上げているのがよく見えた。下はショートパンツで、染み一つない太ももがすらっと伸びていた。男子が見たら思わず見蕩れてしまいそうなわがままボディなのだが、どうしてこの人はこうも明け透けに自分の身体を見せつけられるのだろう。自信があるんだろうか。ははは、巨乳めが。
 そして私の隣に立つのが、折原さん。彼女は寧々さんとは逆に自分の身体のラインを出すのが嫌なのか、上下共に私と同じようにぴっちりとファスナーを閉めてジャージを着込んでいる。ジャージの色は二年生の指定色の赤。ジャージを着込んで髪型も運動しやすそうなポニーテールにまとめているというのに、どうしてこうも運動とは真逆の世界にいそうな雰囲気が拭えないのだろうか。
「さて」
 と、寧々さんが口を開いて、私たち二人に言う。
「あんたたちには大喜利の特訓を受けてもらおうと思うわけなのだけれど」
「球技大会の方じゃないんですか?」
 思わずツッコんでしまった。もちろん私の隣の折原さんも、同じく『えっ、そっち?』というような顔で寧々さんを見ていた。
 私たちはこの日のお昼休みの時に、寧々さんから「体操着に着替えて中庭に来るように」とだけ言われて呼びつけられていた。球技大会優勝賞品に学食限定メロンパンが用意されていると発覚してすぐのことだっただけに、完全に球技大会絡みの用件だと思っていたのだが。
「いやいや、もちろん球技大会の方でもあるわよ。というよりも、どっちも……といった方がいいのかしらね?」
 寧々さんは、顎に人差し指を添えて小首をかしげて言った。
「二人とも、出場する競技はバレーボールなんでしょう?」
 忍舞学園の球技大会には、男女それぞれに出場可能が種目がある。
 女子はバレーボール、バスケットボール、ソフトテニスの三種目。男子はサッカー、バスケットボールの二種目。
 どれを選んでもそこそこに面倒くさいことになりそうだなと思った私だったが、生徒会役員が堂々とサボタージュを決め込むこともできないわけで。基本的にダブルスでの出番が多くなるソフトテニスは、運動音痴の私には論外。コートの中を走り回るバスケと、コート半分の中を動き回るバレーだったら、まだバレーの方がマシかなという消極的な理由で選んだだけだった。
 おそらく折原さんも似たような理由で、決して積極的にバレーボールへの出場を望んだわけではないような気がする。
 寧々さんは、先ほどから小脇にバレーボールを抱えていた。私たちがバレーボールに出場すると聞いていたので、最初から用意してきたらしい。
「あんたらも、出場するからには最低限の仕事くらいはできるようになっとかないとでしょ。バレーボールのレシーブをすることくらいは、できるわけ?」
「…………」
「…………」
「OK。そこからなのね……」
 寧々さんは、カラフルなカラーリングのバレーボールを掲げると、私たちに言った。
「では、今からあたしがあなたたちにこのボールをサーブします」
「はい」
「はい」
「あなたたちはボールをレシーブします」
「はい」
「はい」
「それと同時に、大喜利にも答えてください」
「はい」
「はい」
 え?
「じゃあ行くわよ」
「ちょ、ま、ま、ま、待って下さい。寧々さん、待って下さい」
「なによ」
 寧々さん、待ってくれた。
「なんですか、大喜利に答えて下さいって」
「そのまんまの意味よ。あたしがサーブをするでしょう、それをあんたたちは、レシーブをしながら大喜利の回答を出すこと。それを繰り返す特訓よ」
「そ、そ、それはっ、お、大喜利と、バレーの、どっちの特訓になるんでしょうかっ……?」
 折原さんが目を白黒させながら尋ねた。
「どっちもよ。あたしは欲張りなの。一挙両得の作戦で行きましょう」
 寧々さんはそのように答えた。
「あたしがお題を出すから、あんたたちはそれをレシーブと同時に答えること。それを何度も繰り返す。簡単でしょ?」
「簡単ですけど……」
「それに、画的に特訓してる感があるわよね」
「ありますけど……」
 未だに寧々さんの提唱するバレーのなのか大喜利のなのか分からない特訓に意味があるのかどうかすら飲み込めていない私たちだったが、彼女の中ではもうとっくにこれをやる事は決定事項になってしまっているらしい。
「これはね、ちゃんと意味がある特訓なのよ」
「意味、あるんですか……?」
 無理矢理球技大会と大喜利をくっつけましたとしか思えないんですが。
「ボールが飛んでくる中答えないといけないってことは、回答までの時間が極端に短いわけでしょ。つまんなくてもいいから、とにかく短時間で回答を出せるようになること。これはそう言う練習なの」
「は、はあ……」
 寧々さんは手のひらでバレーボールをぽんぽんと叩いた。
「あんたらは、まだ大喜利そのものに慣れてないっていうのもあるかもしれないけれど、一答ごとにかける時間が長過ぎるからね。普通の大会なら平均して一問当たり三分から四分くらいしか時間がもらえないわ。与えられる時間が変わらない以上、こっちの思考時間を短縮するしかない。簡単でしょう?」
 簡単でしょうか?
「何はともあれ、やってみてから文句を言いなさいな」
「はあ……」
 寧々さんはそう強引に話を打ち切ると、私たち二人から離れていく。だいたい二メートルくらい離れてから、こちらへと振り返る。
「それじゃあー、お題出すわよー」
「折原さん。どうやらマジでやるみたいですよ……」「困りましたね……」
「そっちで雑談始めんなー!」
 なんでこの距離でこっちのひそひそ話が聞こえてくるんですか。怒られてしまった折原さんは、ひくっ、と首をすくめた。
「そんじゃあ、お題出すわよー。えっとねー……じゃあ、『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』」
 セレブが通う学校の球技大会。セレブというと、要するにお金持ちということだろう。ということは、そこからボケを生み出すには……。
「じゃあ名柄ちゃーん! サーブいくわよー! レシーブするのと同時に答えてねー!」
「ええっ!? もうですか!? ちょ、待っ、早っ!」
 慌てる私のことを完全に無視して、寧々さんがアンダーサーブを打つ。
「『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』!」
 寧々さんがお題を叫ぶのと同時、ボンッ、と軽い音をたててカラフルなバレーボールが綺麗な弧を描いて私の方へと飛んでくる。
 自慢ではないが私は運動ができる方ではない。むしろ苦手だと言ってもいい。バレーボールだって、自分では完璧にレシーブを決めたと思ったのにあさっての方向にボールが跳ね返って行ってしまうことようなことはしょっちゅうだ。
 そんなわけで私はもう既にぷちパニック状態。
 私はとにかく必死になって両腕を揃えて前に出し、落下地点へとダッシュする。数歩動くだけで、ボールの届く範囲にはたどり着けそうだ。
 あとは、大喜利の答え。
 あ、何でもう目の前にボールが来ているわけ。青、黄色、白のカラーリングがくるくると高速回転でこっちに飛んでくる。
 もう、時間が、無い。
 お題。
『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』
「か、」
 ボールが、来た。目の前。身体が硬直する。組んだ両腕を前に突き出し、落下地点へと差し伸ばし、
「金が舞ってる!」
 ていーんっ、とボールが私の腕に直撃し、上方へと跳ね返って行った。
 その後を受けるセッターがいないため、ボールはそのままていんていんとあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。
 誰も何も言わない数秒が過ぎ、後にはレシーブの構えをする私だけが取り残されていた。どこか遠くの校舎の方から、ぶおおおお、と吹奏楽部の低音パートが音出しをしているのが聞こえてきた。
 寧々さんは、私の跳ね返したバレーボールを拾い上げると、こちらの方を振り向いて。
「次、蘭ちゃん」
「寧々さんっ無言はやめてくださいっ」
 なんだよ、金が舞ってるって。セレブ要素を考えすぎて、とっさにセレブっぽいことしか出て来なかったよ。
 そう私自身も今の回答の問題点を理解しているのを分かった上でか、寧々さんは言った。
「お題が出てすぐで焦ってるってのは分かるけど、踏み込みが甘い。お金持ちお題にならなんでも通用するような回答じゃあ、高評価は遠いわよ。次、蘭ちゃーんっ。『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』!」
 ポーン、と意外にもコントロールの良い寧々さんのアンダーサーブは、折原さんの方へと寸分違わずに飛んで行く。
「え、えとえと、あのっ、『ボールが金でできてる』っ!」
 ていーんッ、といい音をたてて、ボールが地面に落っこちた。折原さんのまっすぐに伸びた細腕は、むなしく空を切っていた。
 私がレシーブをしたときとはまた違った静寂が、辺りを支配している。折原さんは実に恥ずかしそうに頬を染め、うつむいていた。
 寧々さんは自分のサーブしたボールの行方を目で追って行く。ボールが中庭の端にある花壇にまで転がって止まるのを見届けると、私たちに向かって指を差し向けた。
「せめて腕に当てなさい!」
「ご、ごめんなしゃいいいい〜っ!」
 私がボールを回収して寧々さんに返すと、彼女は再びサーブの構えに入る。今度は私の番だ。ボールを受ける準備をしつつ、頭の中ではボケを考え始める。
「いくわよ。『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』!」
 ポーン、とボールが来る。私は落下予測地点まで早足で駆け寄ると、両腕を合わせて差し出す。ボールが、落ちて、くる。
「『執事が、ちょいちょい代わりに出てる』っ」
「いいわよっ! セレブお題から執事を引き出すくらいの発想の飛ばし方、あたしは好きよ! 次、蘭ちゃん! 『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』!」
「わ、わ、し、『執事が観覧席で見ている』っ!」
「こらー蘭ちゃん! 発想が名柄ちゃんに引きずられてるー! 一度他人に使われた要素は、めったなことでは二匹目のドジョウは出て来ないと知りなさーい! あと、今度は腕にボールが当たったけど、全然変な方向飛んだー! そんなんでセッターがトスを上げられるかー!」
 ボール回収。
「次ぃ! 名柄ちゃん! 『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』!」
「はいっ。えー……っ『ボールを触ってる時間より、休んでいる時間の方が長い』っ」
「いいわよ! ボンボン感があっていいわ! 次、蘭ちゃん! 『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』!」
「は、はいぃ! っ、『テレビ中継が、入ってる』っ!」
「そんな感じそんな感じ! 何高校の球技大会風情で中継入れてんのよって感じよね! ただ、レシーブはだめだめよ!」
 ボール回収。
「次、名柄ちゃん! 『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』!」
「ええと……『野球で3年5組にジーターが緊急トレードで入団してきた』」
「ジーターって誰だっけ! でも無駄な金持ち感がすごぉい! 次、蘭ちゃん! 『セレブが通う学校の球技大会はこんなだ』!」
「は、はい! ええ、とっ、『レシーブしようとしたら、SPが飛び込んできて生徒を突き倒した』」
「そうその感じ! それいいよ! おもしろい! でもレシーブはクソ!」
 ボール回収。
「じゃあどんどんいくわよ! 次名柄ちゃん!」
「は、はい……っ」
「…………!」
「……!」
「……」
「…」

 私と折原さん、二人合わせて五十回レシーブを受け終えた頃には、二人ともすっかりへとへとになってしまっていた。
 二人並んではあはあと荒い息をしながら、地面に身を投げ出していた。ただただ全身が酸素を欲していた。心臓がばくばくと動く音が、やけに大きく聞こえる。
「どうかしら。ノンストップで、二人合わせて五十答してみた感想は?」
 寧々さんが小脇にバレーボールを抱えて、倒れている私たちの傍らに歩み寄ってきた。
 私たちは息が乱れていて、とても喋れるような状態ではなかった。苦しげに眉をひそめると、目を閉じて酸素の補給に集中する。
「名柄の最後の回答が『決勝戦が天覧試合になった』、折原の最後の回答が『すごい株価が動いた』ね。もうなんていうか、要素を使い果たしまくったのと、疲れて頭がまわってないのとで、ちょっとそのまま回答として出すには不親切なくらい言葉の足りてない回答だけど……発想自体は、いいところまで飛ばせてると思うわ」
 寧々さんは、脇に抱えたボールをお腹の方まで持ってきて、ポンとその表面を叩いた。
「この五十答目の回答が、最初の一分で出せるようになりなさい」
 マジっすか……? と、私は息も絶え絶えながらに、なんとかそう口にした。と、思う。ちゃんと発声できていたかどうかまでは、ちょっとよく分からない。
「最初からこの五十答目の発想が出ていれば、残り時間のある内に、観客に伝えられるような表現を考える余裕もある。何より、思考が相手の五十答先を行ってるようなものなんだから、めちゃくちゃ有利よね」
「そ、そういう……もん、なん、ですか……?」
「そういうもんよ。大喜利みたいな思考勝負は、相手や観客よりも一歩先に進んだ思考の方がその分与える衝撃も大きくなる」
 進みすぎてたらそれはそれで伝わらないから、程度の問題でもあるけれどね。そう言って、寧々さんは話を締めくくった。
「ま、バレーの練習にもなったでしょ。これで少しは、大会当日チームに貢献できるようになったんじゃない?」
「ぜえ、ぜえ……。ね、寧々さんも、練習しなくていいんですか……? 同じこと……。わ、私、なんなら、ぜえ……お題出しながら、サーブ、打ちますよ……?」
 私は若干の『お前もこの苦しみを経験してみやがれ』という思いを込めて言うのだが、しかし寧々さんは実にあっけらかんと言うのだった。
「いらないわよ、あたしバスケだし」
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