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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第1章 創世編

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放送できなかったドラ×もんの道具を教えてください

 大喜利、というふうに言われて人がまず最初に思い起こすのは、おそらく日曜夕方にやっているあの超国民的な大喜利番組ではないかと思う。座布団持ってきて、とかいうアレだ。
 まず出題者がお題を提示する。それに対して、回答者は自らの頭脳をこねくり回して、観客を笑わせられるようなボケを繰り出す。端的に言うと、それだけのこと。
 ただし日曜夕方の国民的大喜利バラエティとは異なって、一般的な大喜利としては回答をホワイトボードに書いてみせるスタイルが主流だ。こういったパターンも、もっと深夜帯の若手お笑い芸人が主体となってやっている番組の大喜利企画ではよく見られる。
 私立忍舞学園、第四十三代生徒会長、霧島冴詠は、そういうものに、ハマっている。まあ、人の趣味とかなんだかにとやかく言えるような立場ではないことを重々承知の上で言わせてもらうのだが、決して人に堂々と言えるような趣味ではない気がする。
 例えば、
『私、テニスが趣味なんです』
『ほう、そうですか。私はテニスをしたことがないので、今度教えてくれませんか?』
 これは自然な会話の流れだと思う。この会話をした後で本当にテニスを教えてもらうくらいノリのいいやつはなかなかいないだろうけれど、それでもこういう会話の運びには、なりやすいと思う。
 では、大喜利の場合はどうなるだろうか。
『私、大喜利が趣味なんです』
『ほう、そうですか。私は大喜利をしたことがないので、今度教えてくれませんか?』
 ……不自然にもほどがある。
 正しいレスポンスの例としては、まず会話者の台詞が『え、大喜利!?』で始まる。そして『え、なにそれ、芸人とかがやってるようなやつ?』と続く。まず、概念の説明から入らなければならないのだ。
 そして前述したものを要約して『お題を出されてボケます』と言ったとして、相手の台詞が『今度教えてくれませんか?』となることは、ほぼ無いんじゃないかと思う。少なくとも、社交儀礼でも『一緒にやろうよ』とは言われない気がする。
 それでも、会長はその趣味に没頭している。彼女は毎日、六限までの授業を終えて放課を迎えると、誰よりも早く生徒会室へと脚を向ける。そして会長専用のパソコンを立ち上げ、自動で大喜利のお題が出るサイトを表示し、その日彼女が挑むお題を見る。
 ちなみに今日出たお題が、こんなんだった。
『放送できなかったドラ×もんの道具を教えてください 』
 著作権のことなんてまったく考えていない。大喜利ってやつはフリーダムだ。
 まあ、一応私は音楽で言うJASRACみたいなところからなんか言われたら嫌だから、日和って伏せ字にしてしまうのだけれど。あ、ちなみにお題のこれ、言わなくても分かってもらえると思うのですが、国民的タヌキ型ロボットのことです。
 会長はそのお題を確認すると、コピー機で印刷を開始する。そうして、今日のお題、とほれぼれするような達筆で紙の上部に書き込み、生徒会室内にある黒板にマグネットで貼付け、掲示するのだ。別に、回答するのは会長だけなのに、わざわざ印刷して掲示する意味が分からないのだが。
 そうしてそこまでの作業を終えたところで、私こと、私立忍舞学園、第四十三代生徒庶務、名柄が到着するのである。そして私が生徒会室で雑務をこなす間、会長は頭をこねくり回して出した渾身の大喜利の回答を、私に対してお披露目するのだ。
 ちなみに、生徒会副会長と書記、会計は普段は部活をやっているため、まずこの生徒会室には来ない。よって会長のこの日課を知るのは、帰宅部のため生徒会室へとのこのこやってくる、私だけなのだ。
「はい」
 等と考えているうちに、会長が手を上げる。どうやら回答が思いついたらしい。結構早い。
「はい、会長」
「『ミュージックステーションが拡大スペシャルだった』」
「秘密道具は!?」
 確かにドラ×もん放送できないけど!
 絶対ドラ×もんの枠を潰してMステやってるけど!
 絶対その時間帯にジャニーズがドヤ顔で歌歌ってて、青狸の影も形もないだろうけれど!
 すると会長はしゃがれた声を作って、
「『ミュージックステーション〜』」
 秘密道具じゃねえよ! れっきとしたテレビ番組ですよ!
「ていうか、会長って、ドラ×もんは大山のぶ代派なんですね……」
「私たちの世代って、微妙よね。ちょうど小学生くらいの頃に代替わりしているから」
 そうですけど。
 会長は私のウケが微妙と読み取ると、うーん、と悩んだ顔を見せてから再度思考の海へと沈んでいった。

 初手は早かったが、その後はじっくりと練り込む方向にシフトチェンジしたらしい。会長は一言も発すること無く、ホワイトボードに絵描き歌で描いたドラ×もんと向き合っていた。
 ちなみに『植木鉢〜植木鉢♪』の一つ目の植木鉢が、『丸描いてちょん』の上を通っている。典型的な間違いドラちゃんだった。
 私は各部活動が提出してきた部費申請書をまとめながら、考える。
 なぜ、会長はよりによって『大喜利』なんてものを趣味にしているのだろうかと。
 もっと、例えばスポーツ観戦とか、クラシック鑑賞とか、読書とか、いろんな趣味があろうに。なんで、『大喜利』なんだろう。
「会長は……」
 気がつけば、私は言っていた。部費申請書をまとめる手を止めて、会長に対して。
「会長は、どうして大喜利が好きなんですか?」
 会長は急に話しかけてきた私に少し驚いたようだったが、すぐに平静を取り戻した。そうして、ふむ、と指をあごに添えて考える。
「好きだから、じゃいけないかしら?」
「好きなのは、分かりますけれど……」
「『好き』をわざわざ分析しようとするのは、無粋だと思わない?」
 思うけど。
「でも、そうね」
 それでも会長は、私の差し向けた愚問に、きちんと向き合ってくれるようだった。
「例えるならば、そうね……。それこそ、『ドラ×もん』の秘密道具と同じなのよ」
「『ドラ×もん』の秘密道具と?」
 それは、地球破壊爆弾とか、独裁スイッチみたいな?
「そうね。ていうか、例がずいぶんと物騒ね」
 私もそう思った。せめてころばし屋とかにすべきだと思った。
「あまり変わらない気がするのだけれど……」
 こほん、と会長は気を取り直すように咳払い。
「地球破壊爆弾とか、独裁スイッチはともかくとして……『ドラ×もん』のひみつ道具って、夢があるでしょう?」
「夢、ですか?」
「そう。夢」
 言って、会長は、『ドラ×もん』のあまりにも有名なテーマを口ずさむ。主題歌の歌いだしの部分だ。
「大喜利ってね。夢があるって、私は思うのよ」
 会長はペンの蓋を閉め、ホワイトボードの上に置いた。
「私が回答を出す。それを見て、まあ、おもしろければみんなが笑ってくれるわけじゃない?」
 その、おもしろければ、っていうのが一番難しいし苦労するところなんだけれど、と会長は苦笑しつつ。
「でも、私が良い回答を出したら、少なくとも、その場に居る人のことは、楽しませることができる。それって、素敵なことだと思わない?」
 その場に居る人。それは、今のこの状況でいうならば、私。会長は、私を楽しませることを、素敵なことだと思って、やっている、ということだろうか。
「私は芸人じゃないわ。だから、絶対に人を笑わせてやろうなんて気概は背負っていない。だけど、芸人じゃないからこそ肩の力を抜いて、その場に居る人たちと同じフィールドに立って、楽しみを共有できたらいいなって。私は、そう思うわ」
 会長は、再びペンを取る。きゅぽっと音をたて、真っ黒なペン先を露出する。そのペン先は、今度はどのような戯れ言をホワイトボードに刻むのか。
 でも、その戯れ言は、決して無意味なものなんかじゃない。私という相手を、その場に居る人を、笑わせてみようという、決意の込められたくだらない言葉を書き連ねる、れっきとした武器。
「決して人に胸を張れる趣味ではない。それは私だって知っているわ。でもね。でも、好きなのよ。人の笑顔を見るのが。人を楽しませるのが。人を、幸せにするのが」
 きゅきゅ、と甲高い音を立てて、ペン先が走る。それはホワイトボードの雄叫びか。必ずかの相手を笑わせてやるという、決意のこもった声なのか。
「好きだから、やる。趣味って、そういうものでしょ? それともあなたは、人間関係の打算の上で、趣味を持つの? ま、それも自分で選んだ趣味なのならば、他人がとやかく言うのは筋違いだけれどね」
 趣味は自分だけのものよ。自分に正直に向き合った結果、趣味を持つのよ。どんな形でもね。
 そう自らの考えを言い終えると、会長はペンを置いた。ちょうど回答が完成したらしい。
 すいっと、手を上げる。
 私は会長を指名する。
「会長、どうぞ」
 会長は、ゆっくりとホワイトボードをひっくり返した。私を笑わせるために、武器を振りかぶる。
「……『その道具のお話に携わったスタッフが八人急死している』」
「怖ええよ!」
 ファラオの呪いかよ!
 藤子・F・不二雄先生めちゃくちゃ怒ってるじゃねえかよ!
 どんだけ冒涜的なお話を作ったんだよ、スタッフ! 逆に興味津々だよ!
 その回答のあんまりさに私は唖然としていたのだが、会長はどやっとした顔で こっちを見ている。なんでだよ。なんでその回答で私にコメントを求めるんだよ。
 私はいつものごとく、あー、うー、と唸ってから……嫌々ながらも口を開く。
「……何にせよ、その回答も道具じゃないですよね」
 会長は『しまった』という顔をした。
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