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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第2章 新生編

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学食限定メニューのあり得ない特徴

 忍舞おしまい学園生徒会一同が大喜利ライブを観に行った翌日。
 私たちは寧々さん主導のもと大喜利の特訓に邁進していた……ということは、実は無かったりする。
 おいおい、昨日のあのテンションはどこへ行ってしまったのだ、とお叱りの声もあって叱るべきだとは思う。しかし、私たちは大喜利プレイヤーである以前に、まず生徒会役員なのである。
 それはつまり、どういうことなのかというと。
「名柄。球技大会用の、ボール貸出申請書はもう上がったの?」
 会長が何事かの手元の資料をめくりながら、問うて来た。
 まだです、と返事をしつつ私は生徒会室内の様子を見回す。
 折原さんは生徒会専用デスクトップパソコンのキーボードをぱちぱちと叩き、藤根さんは複合機からガッショガッショと次々吐き出されるコピー用紙を束ねてはホッチキスで止めている。
 要するに、私たちは生徒会役員らしく生徒会のお仕事をしているのだった。
 そんな中、私たち一年生二年生の生徒会役員がかいがいしく働いている横で、窓辺でのんきに外の景色を眺めている三年生がいる。うちの学校の生徒会役員に三年生は一人しかいないため自明の理ではあるのだが、もちろん諏訪部寧々さんだ。
 彼女は開け放った窓の外から吹く風に前髪を揺らしながら、呟いた。
「うまい棒って、今何種類あるの?」
 知るか!
 なんだうまい棒って!
 一人だけ仕事をしていないで何を考えてるのかと思ったら、なんでうまい棒だよ!
 二十七種類だよ!!(二〇一六年八月現在。地方限定味含む)
 私が頭の中でそれだけツッコミを入れていると、現実世界でも、はあ、と溜め息をつく声が聞こえた。見ると、会長が寧々さんの方へと無感情な視線を向けている。
「師匠……」
 会長は特にそれ以上は何を言うでもなかったのだが、その咎めるような視線が寧々さんの罪悪感を刺激したらしい。
 だってえ、と寧々さんはだだっ子のように唇を尖らせた。
「昨日大喜利ライブを見せてやって、みんなの気分も盛り上がって、さあこれからだ……って時に、何も生徒会の仕事なんてやらなくなっていいじゃないのよお」
「それとこれは話が別です」
 会長がピシャリと言った。
 ムムム、と寧々さんは二の句が継げない様子。
 まあ、こればっかりは百対零くらいで会長が正しい。というか、副会長であるはずの寧々さんが率先して業務をサボろうとしているのは、いかがなものなのか……。
 と、いう意見を実際に寧々さんにぶつけてみると、「去年も副会長は会長に仕事押し付けて、よくサボっていたわよ」とのことだった。
「それとこれは話が別です」
 またしても会長が正論を百五十キロオーバーの火の玉ストレートのごとく、寧々さんの胸に投げ込んだ。
 うぐう……と、寧々さんは苦しげにうめいた。いや、まあ、当たり前だろう、と思ったけど。
「……仕方ないわねえ。今回ばかりは、この寧々さんも手伝ってあげるわよ」
「今回じゃなくて毎回手伝って下さい」
「で、何をすればいいわけ」
「…………」
 三期連続で生徒会に所属しかつては生徒会長の座をも狙っていたくせに、実際のところは仕事嫌いらしき寧々さんには、藤根さんが先ほどから行っていたプリントをホッチキスで留める作業を手伝ってもらうことにした。
 ちなみにその留めているプリントの表紙のページには、『忍舞学園球技大会スケジュール表』とある。
 そう。私たちが大喜利の練習をすることもせずに黙々と生徒会業務にいそしむ理由が、これである。つまり学内行事である球技大会の開催が、目前にまで迫って来ているのだ。
 だというのに私たちと来たらつい昨日前で大喜利にうつつを抜かしていたり、大喜利ライブを観に行ったりと、全然仕事を片付けていなかった。そのためいつもならばある程度はまとめられた作業を片付けるだけの生徒会室が、今日に関してはやけに慌ただしく感じられるというわけなのである。自業自得、ともいう。
 そしてそんな現状の生徒会の自業自得の原因としての最たる存在でもある寧々さんは、プリント束をぺらぺらと振りながら(ホッチキスしろよ)言う。
「だいたいねー、球技大会って微妙なのよねー。運動系のイベントとしては体育祭ほどじゃあ無いわりに、丸一日使った一大イベントでもあるし、かといって生徒達もやる気満々かっていえば、それほどでもないっていうねー」
 確かに、私も入学してから初めての球技大会ではあるが、学校全体でそこまで盛り上がっているという印象は無い。
 一応、少し前のホームルームの際に、クラスの中で誰がどの競技に出るかの割り振りの話し合いくらいはしているのだが、そのくらいだろう。クラスの活発な方の生徒達が、昼休みに自分の出る競技を練習しようと体育館やグラウンドに出かけていくことくらいはあるが、それだってお昼休みの遊びの時間の延長に過ぎない。朝練までやり込むほどのクラスはおそらく無いだろう。
 入学したばかりの私ですらあまり盛り上がっていない空気を読み取れるくらいなのだから、既に一度球技大会を経験している藤根さんや折原さんも似た印象を受けていたらしく、寧々さんの言葉には曖昧に頷くだけだった。会長の手前「そうですね」とも言いづらいのだろう。
 そして会長は、はあ、と溜め息を一つついてから、手元の資料を置いて寧々さんの方を見た。
「師匠」
「あによ」
「確かに、仰る通り今までの我が校の球技大会は、普遍的で今ひとつ盛り上がりに欠けるものでした。それは確かに、正しい意見です」
「お、おう……」
 まさか会長自ら肯定してくるとは思わなかったのだろう、寧々さんが少しばかりたじろいだ。
「一年生入学後初めての学校全体でのイベント、そして団体球技を通じてまだまだぎこちなさの残る一年生のクラス内交流の円滑化を図る狙いもある。……そういう球技大会の存在意義こそ、理解しているつもりです。が、しかし実際のところ今ひとつ盛り上がりに欠けるというポイントは正鵠を射ています」
「さ、さいですか……」
「そこで、今回より導入したシステムがあります」
 そこで会長は、寧々さんの持つプリントの方を指差した。
「師匠はもう中身を読みました?」
「い、いや……まだだけど」
「なら、説明しましょう」
 え、いいです。と言いたげな寧々さんを捨て置いて、会長は演説モードへと入ってしまった。
 彼女は座っていた椅子から立ち上がり、生徒会室内を闊歩する。いつの間にか、私たちを含めて四人の生徒会役員が、作業の手を休めて会長の方を見ていた。
「まず、今までの球技大会は学年混合の各クラス別対抗戦でしたが、今大会からは三学年一クラスずつをひとまとめとしたチーム対抗戦に変更します」
「というと……」
「つまり、体育祭の時のように、各学年一組が赤組、各学年二組が青組……、というようなチーム編成にします。この上で各競技を行って優勝チームを決定します。これにより、総合優勝を果たすには各クラスだけでなく上下の仲間となった各学年の成績の高さも必要になってくるのです。……そうなると、どうなると思いますか? 師匠?」
「どうなるの?」と、ノータイムで寧々さん。考える気まったく無いのが見え見えだった。
「どうなるのかというと、先輩後輩間の仲間意識をより高められます。私たちが優勝したのはこのクラスだけじゃなく、先輩後輩の力も含めてみんなで頑張ったからなんだ……と。学年を超えた絆が生まれるわけですね」
 生まれるかなあ……。なんだかPTAの机上の教育論を聞いているような気分だった。
 そしてもちろん、それを聞いている他三人の顔も、一様に微妙な表情だった。「生まれないだろうなあ……」と、みんな言わないだけで思っているのだろう。
 そんな薄ら寒い生徒会メンバー四人のリアクションを知ってか知らずか、会長は未だに熱弁を振るい続けている。これ、真面目に聞かないといけないやつなのだろうか。
 会長はこの他にも競技の会場配置分配によって同じチームの応援がしやすくなっただの、保護者会による観覧を設け生徒のがんばりを知ってもらう機会にだの、毒にも薬にもならないようなことを延々と宣っていた。いつの間にか私たちの手は再び作業に戻っていた。一応会長のお話を聞き続けてはいるのだが、頭の中では「早く終わらんだろうか」という思いが多数派を占めつつあった。
「……そして何より一番変わったのは、今回より優勝賞品を用意していることです」
 優勝賞品?
 我ながら現金なものだと思う。それまで完全に聞き流しスタイルに入りつつあった我々なのだけれど、何かが貰えるという餌が目の前に垂れ下がると、分かりやすく食いつく質らしい。
「優勝賞品ってなんだー? なんかもらえるのかー?」
 と、藤根さんが会長に尋ねた。すると寧々さんが便乗するように言った。
「貰えるっていっても、どうせ学校行事なんだし大したもんじゃあないんでしょ? 学業に役立てろとかいって、文房具辺りよこされるのが関の山なんじゃないの。いらないわよー、あたし。学校が用意しそうな大学ノートなんて、きっとダサいデザインだろうし、使ってらんないわ」
「そんなものじゃないですよ」
「じゃあ、なんなのよ?」
 寧々さんに問われた会長は、常に無いもったいぶった雰囲気で、次のように述べたのだった。

「忍舞学園学食限定品『忍舞特製メロンパン』」

 ガタタンッ、と突然大きな音がして何かと思った。
 見ると、私以外の三人……つまり、寧々さん、藤根さん、折原さんが全員椅子から立ち上がっていた。
 彼女らの表情を支配するのは圧倒的驚愕、困惑。そして若干の期待。
「……そ、それは、ほ、本当のこと、なんでしょうか……?」
 普段ほとんど自発的に発言することの無い折原さんが、震える声で会長を問いただす。
「ええ。もちろん本当よ」
 おお……、と誰からともなく息を漏らす。
 どうやら話についていけていないのは私だけらしい。彼女たちがここまで興奮している理由が、私にはさっぱり分からないのだ。
 話の腰を折るようで恐れ多くはあったが、やはりこれだけの動揺を引き出すものの正体を知りたいという好奇心が勝った。
 私は全員の喋っていない隙をつき、誰にともなく尋ねる。
「あの……すみません。『忍舞特製メロンパン』って、なんですか?」
 私の疑問に答えてくれたのは、折原さんのか細い声だった。しかし今は常の彼女よりも声が張っていて、彼女の興奮の度合いが感じられる。
「『忍舞特製メロンパン』……。これは忍舞学園学食でのみ限定販売されている、幻のメロンパンのことです。」
「幻の……?」
「え、ええ。忍舞学園学食で、一日、十個限定で販売されています……」
「じゅ、十個ですか……?」
 忍舞学園は三学年で、一学年にクラスが十五ずつある。一クラス辺り三十人前後の生徒がいるものだとして仮定すると、三かける十五かける三十は……。
「せ、一三五〇人中、十人しか食べられないんですか……?」
 パーセンテージで言うと、一日に学園中の生徒のうち、わずか一パーセントすらもありつけないという計算になる。千人以上の生徒を収容する学園に於いて、限定十個はあまりにも、その、限定し過ぎている。
 と、今度は折原さんの言葉を引き継ぐようにして寧々さんが口を開く。
「あのメロンパンを購入するには、少なくとも学食が営業開始となる午後十二時ぴったりから三分以内にはたどり着いていないといけないという話を聞いたことがあるわ。すなわち、授業が時間ぴったりに終わらないクラス、学食から遠く離れたクラスはほとんど自動的に購買不可能とすらいえるわ」
 どんなメニューだよ。
「それでもね、いるのよ。買ったやつ、食べたやつが。一日にたった十人だけだけれど、確かにいるの」
 私は、とにかく気になることがあり、寧々さんに尋ねた。いや、この際答えてくれるのならば誰でも良かった。とにかく私は答えが知りたかった。
「それで、その……その、メロンパンって……美味しいんですか?」
 私が問うと、寧々さんは折原さんに視線を向けた。折原さんは悲しそうに首を振る。食べたことがないらしい。
「うまかった……」
 と、そんな漏らすように呟いた声が私の耳朶を打つ。
 目を向ける。藤根さんだった。彼女はここではないどこか遠くを見つめるように目をすがめて、心ここにあらずといった状態で訥々と語る。
「前に一回だけ、教室は学食から遠かったんだけど、授業が思いのほか早く終わって、一度だけスタートダッシュに間に合って、食べたことがある」
 なんと! と寧々さん。 うらやましい! と折原さん。めったに台詞にビックリマークのつかない折原さんの台詞にビックリマークがついているということが、ことの重大さを物語っている。
 そんな二人のリアクションすらも無視した藤根さんは、うっとりと、その当時に食べたのであろうメロンパンの味を、かく語りき。
「そう、あれは……なんというか、そう……まるで、そう……さくっとしてて、ふわっとしてて……そう」
 わずかな沈黙を挟んで、
「うまかった」
 語彙力!
 言いたいことも表現し切れない、そんな語彙力じゃ!
 藤根さんのあんまりっぷりはともかくとして、寧々さんが空気を変えるように口を開いた。
「まあ、入手しづらいというだけでなく、うまいということも一応は立証されたわけだけど……ねえ、霧島。でも、あれ一日限定十個しかないのよ? 本当に優勝賞品にできるわけ? あれよ? 三学年一チーム九十人ちょっとに対してメロンパン十個じゃあ、血みどろの争奪戦必至よ?」
「ご安心下さい。そもそもあのメロンパンはうちの学校と提携している業者さんが、工場で生産している商品です。一日十個限定ではありますが、別に生産に手間がかかるわけでも特別原価が高いわけでもないようです」
「そうなの?」
「はい。聞いたところ、限定商品であることに大した意味は無いようでしたね。単に希少価値を付けて売り上げ増幅を狙っただけかと。生徒会長の私から申請したところ、百個近く多く焼き上げてくださるのも、十分可能なようでした」
「マジ? ってこた、本当にメロンパンが……」
「はい」
 こくり、と会長は頷いて。
「優勝すれば、食べられます」
 ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえた。それは誰が発した音かは分からない。もしかしたら、私自身なのかもしれない。
 とにかく私たちは、それほどまでにそのメロンパンとやらの魅力に取り憑かれてしまっていたのだ。
「よおーし! そうと決まれば! 絶対に優勝してメロンパンを手に入れてやろうじゃあないのよ!」
 寧々さんは気合い十分に腕まくりをすると、そのように宣言した。見れば、藤根さんも折原さんも先ほどまでとは打って変わって、球技大会へ向けてやる気がみなぎっている様子が見て取れる。
「で? 霧島。今年からは球技大会は三学年一クラスずつでチームを作るって言ってたわよね。チーム分けはどうなるわけ?」
「体育祭のときと一緒ですね。三学年の各一組、各二組、各三組……といった形で割り振ります」
「と、なると、あたしは三年八組だから、二年八組と一年八組か。スポーツ得意なやつ、いるのかなー……」
「えっ」と折原さんが呟いた。
 それとほとんど同じタイミングで、私も、「ん?」と呟いた。
 いきなりハモった私たちのことを、寧々さんは「あ?」といぶかしげに見た。
「えと……ごめんなさい。わた、私、二年八組です……」
「私は一年八組です」
 あらまあ同士たちよ。寧々さんは口元に手を添え、そう言った。
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