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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第2章 新生編

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こんな病院は嫌だ

 忍舞学園生徒会が、何の因果か大喜利の高校生大会に出場することが決まった。
 その翌日のことになるのだが、私たちはさっそく寧々さんに招集をかけられて、放課後生徒会室に集まっていた。
 いきなり大喜利大会の出場メンバーに名を連ねることとなって説明も十分に受けたとは言えない折原さんと藤根さんだったが、二人とも部活を休んで律儀に出席してくれている。普段は生徒会室に来ることもないのだが、なんだかんだ、付き合い自体は良い人たちなのだった。
 寧々さんは黒板の前に立って皆の注目を集めるや、口を開いた。
「昨日も話した通りなんだけれど、この夏の高校生向け大喜利大会『夏の対抗戦』には、この五人で出場することになったわ」
 はい、と会長ははっきりと答えた。
 一方で折原さんは、はあ……と、やっぱりまだ状況を上手く飲み込めていない様子。
 そして、なるほどなー! と元気よく返した藤根さんは、そもそも最初から理解する気があるのかどうなのか。
 一応のところ、この後発組の二人に関しても、生徒会室に無理矢理連行してきたその後にちゃんと事情の説明はしてある。高校生向けの大喜利大会というモノに対するイメージ自体はあまりピンとは来ていない様子だったが、とにかく人手が足りずに困っているという私たちの意向は汲んでくれて、無事に二人とも出場を快諾してくれた。
 部活動の方はいいのかと尋ねてみると、折原さんは「部活の時間以外でも絵は描けるので……」と言い、藤根さんに至っては「別にあたしは大会とかに選ばれてるわけでもないしなー!」とか言い出す始末だった。ならばまあ、と私たちは二人の言葉に余ることにした。
「夏の対抗戦の開催日は、八月の半ば。つまり今から残された猶予というのは、二ヶ月くらいしか無いということになるわ」
 寧々さんは手に持ったペンでコツコツとテーブルの上を叩きながら、言う。
「それまでにあんたら四人を、人並みに戦える大喜利プレイヤーに育て上げるわ」
 はい、と返事をしたのは会長だけで、私と折原さんは、はあ、とだけ答えた。温度差。
「それで今日は手始めに、みんなの今の大喜利の実力を見させて貰うわ」
 そう言うと彼女は、私たち四人にホワイトボードとペン、それからイレーサーを一人ずつに配り始めた。
 元々生徒会室には会長が私物として持っていた二組分しか無かったのだが、寧々さんが本格的に大喜利大会への準備を進めるにあたり備品を買い足した。さすがにこんなことに生徒会資金を使い込めるわけが無いため、ここは寧々さんの自腹である。女前。
「では、お題は……そうね、初めての人もいることだし、シンプルなのにしましょう」
 寧々さんは白いチョークを手に取ると、それでカッカッと音を鳴らしながら黒板にお題を書き込んだ。

『こんな病院は嫌だ』

「このお題に対して、自由にボケを考えてみて。時間制限とかは設けないから、思いついたらどんどん出しちゃってくれていいからね。思いついたら、手を挙げて。あたしが指名するから、その後に出してね」
 寧々さんはそれだけ説明をすると、後は自由にやりなさいとばかりに椅子に腰掛けてしまった。
 会長はさっそくやる気のようで、気持ち口角を持ち上げた表情でホワイトボードに向き合っている。
 折原さんと藤根さんも戸惑いつつも、初めての経験に少しばかり気分を高揚させてるのか、どちらからとも無くペンのキャップを外し、回答を考え始めた。
「ほらほら。名柄ちゃんも人のことばっかり見てないで、集中集中。他人の回答を聞いておくことも大事だけれど、聞きすぎていても思考のノイズになるだけよ」
 なんだか難しいことを寧々さんに注意されてしまった。それって、聞けってことなの、聞くなってことなの。どっちなの。
「はいっ!」
 と、私の思考を切り裂くようにして、挙手の声が上がった。藤根さんだ。
 さっそくホワイトボードに何事かを書き終えたのか、はいはいとやかましくアピールをしている。
「はい、由里子ちゃん。『こんな病院は嫌だ』」
「『みんな死んでる!』」
 ぶっ。
 折原さんが噴き出した。
 その一方で寧々さんは、『なんじゃその回答は』とでも言いたげな表情でめちゃくちゃ乱雑に書き散らされたホワイトボード上の藤根さんの文字を見ている。しかし最初だからか、寧々さんは静観の構えを見せ
「おーっ! 折原笑ったぞー! いけてんじゃないのかーあたしー!? 優勝できんじゃないのかー!?」
「いけてるわけあるか! 調子のんな!」
 静観の構えは五秒で砕け散った。
「なんなのその回答!? 『こんな病院は嫌だ』で『みんな死んでる』だあ!? 小学生でも思いつくわそんな短絡的思考!」
「ええーっ、でも折原笑ったぞー?」
「笑うな! 蘭ちゃん!」
「えええええっ、私悪いんですかああああ〜っ?」
 思わぬとばっちりに折原さんは完全に涙目である。
「今の蘭ちゃんが笑ったのは、完全に勢い任せなインパクトと『死んでる』という単語そのものの印象の強さのせいよ! 瞬発力自体はあっても、後になって振り返れば印象値でどうしても劣ってくるわ!」
「その時おもしろければいいじゃんかー?」
「甘いっ! その考え方は、あんこのぎっしり詰まった紅白饅頭よりも甘い!」
 比喩がピンと来ないんですけど。
「確かに瞬間的なおもしろさも重要でしょう! 後から思えば『あれ、なんで笑っちゃったんだろう?』みたいな回答だって、その場を盛り上げたならそれ即ち勝利なり!」
「なら、」
「だがしかし! 由里子ちゃんの回答には、それにしたって余韻が無い!」
 余韻?
「仮に『みんな死んでる』のおもしろさの瞬発力だけは評価できるにしても、数秒も経てばそれがあまりに思索の浅いボケであることはすぐにバレる。となると、瞬間的なおもしろさが過ぎ去った後は、爆発的なまでに印象値が落ちるのよ。『結局、大して考えてないんだなこいつ』って、ペラい回答を多用すれば多用するほど、すぐに同じ手が通じなくなっていくのよ」
「お、おおー……」
「勝負の仕方を知っている人間が敢えてやるのは、それもまた一つの技術よ。けど、大喜利の技術も知識も無い始めたてのひよっこが、五秒で思いついた回答を即座に出すのはあんまりにも危険よ。ということで、由里子ちゃん出し直し!」
「折原笑ったのになー……」
「蘭ちゃん! あんたが笑うから話がややっこしくなるんでしょうが!」
「えええええっ、ごめんなさい〜っ!?」
「だいたい蘭ちゃん回答思いついたの!? 何かおもしろい答え、一個でも出たの!?」
「ま、まだでしゅううう〜っ!」
 ちょっと、寧々さん。折原さんが謂れの無いことを責められすぎて、ろれつが回らなくなってきちゃってますけれど。
「なんでもいいから、まずは考える。そして出す。初心者はまずそこから始めていかないと、一歩も前には進めないのよ」
「ええー、なんでもいいから出したら怒られたんだけどなあー……」
「由里子ちゃんなんか言ったか!?」
「なんもなんも!」
 ガルルルル……とまるで野生の飢えた狼がごとく吠えまくる寧々さんである。
 さすがにそろそろ見るに見かねて、私は一旦寧々さんに声をかける。
「あの、寧々さん」
「あによ」
「まだ、初日ですので。大喜利の何たるかすらまだ分かってない段階ですんで。あんまりスパルタが過ぎても、着いてこれなくなっちゃいますんで」
 主に読者とか読者とか、あと読者とかがですね。
 さすがに相手が初心者であるということを改めて認識し直したのか、寧々さんの言葉は少しばかり勢いが落ちた。
「そ、それもそうね……」
 寧々さんはばつが悪そうに髪の毛先をいじると、再び椅子のところまで戻っていった。
「まあ、今のはちょっと色々とツッコミすぎてしまったけれど……基本的には、まず、答えを出すこと。出しながらお題への回答のアプローチ方法を変えてみて、いろいろ試してみることね」
「答えを……」
「そうそう。出さなきゃ掴めるもんも掴めないからね」
 私がぽつりと漏らした言葉にも、寧々さんは律儀にそう返してきた。
「ほらほら、蘭ちゃんも黙って見てないで、もうそろそろ何か考えは浮かんだのかしら?」
「えっ、えっ……」
「思いついたら、ぱぱぱっと書いて出す。そうしないと、発想は潰し合いだから、他の人に似た答えを先に出されちゃうかもしれないわよ」
「えっ、えっ、あっ、はい……」
 寧々さんに急かされるようにして、折原さんもようやくペンをホワイトボードの上に走らせる。
 それから、こういうことでいいのかな……と呟きながら、恐る恐るといった様子で寧々さんの方をみながら片手を控えめに挙げた。
「はい、蘭ちゃん。『こんな病院は嫌だ』」
「え、えとぉ……『院内放送でお経がずっとかかってる』、とかですか……?」
 それは普通に嫌だ……。なんでただでさえ気が滅入るような場所で、さらに気が滅入るようなものを聞かされなければならないんだ……。
 さて、一方のその回答を見た寧々さんの方であるのだが。
「あ、うん……その、回答自体は、いいのよ。画が浮かびやすいしね、病院とのギャップもちゃんと作れてるの。うん……でも、でもね……」
 寧々さんはふらっと椅子から立ち上がり、そのまま折原さんの方へと歩み寄ると、
「文字ちっちゃいわよ!」
 と言いながら、そのホワイトボードをバシン、と引っぱたいた。
 いきなりの暴挙に折原さんは、ひいいいいっと絶叫しホワイトボードを机の上に取り落とす。
 だがしかし、確かに寧々さんの言い分ももっともである。私自身も正直、折原さんが自信なさげに回答を出した時、「字ぃちっちゃ!」とはちょっと思った。
 何せ折原さんはホワイトボードの真ん中辺りに、めっちゃくちゃ小さな文字で『お経』とだけ書いて出してきたのである。正直、私が目が悪ければ、その『お経』の文字すら見えなかったのではないだろうかという小ささだった。
「こんな小さい文字、こういう小さな部屋でやる大喜利会ならともかくとして、そこそこの広さの会場でやる大会ともなったらお客さんに見えるわけが無いじゃないのよ!」
「ひえええええ、ご、ごみぇんにゃしゃいいいいっ!」
「それからあんた回答出す時、『とかですか?』とか言わないの! そんな自信なさげにこられたら、笑えるもんも笑えなくなるってえのよ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいっ!」
「謝んなくてもいいから、直せっていってるのよ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいっ!」
「あんた聞いてんの!? あたしの話!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいっ!」
「ごめんなさいbotかあんたは!」
 と、ここで再び藤根さんが、はいはいはい、とやかましく手を挙げてアピールをし始める。
「はい、由里子ちゃん。『こんな病院は嫌だ』」
「あい! えーと、『看護師さんが全員菜食主義者だ』!」
「他人のボケにツッコミを入れるのは野暮だとは思うけれど、それでも敢えて言わせてほしい! いいだろ別に! 野菜嫌か!? 野菜ばっか食べてるやつ、嫌なのかしら!?」
「野菜ばっか食ってるやつは信用できないだろー?」
「その独特の感性、嫌いじゃないけどね!」
 はい、と今度はここまで沈黙を保っていた会長が手を挙げた。
「はい、霧島! 『こんな病院は嫌だ』」
「『深夜零時から財前教授の総回診が始まる』」
「時間考えろよ! なんでそんな時間に総回診するのよ! 患者寝てるわよ!」
 とんとん、と肩を突っつかれたので顔を向けると、傍らには藤根さんが近づいてきていた。私の意識がこちらに向いたのを確認すると、「財前教授って誰だ?」と聞いてきた。「浪速大学病院の外科教授です」とだけ答えておいた。

 それにしても。
 一週間前とは大違いだな、と私は改めてこの生徒会室の中を見渡しながら、思った。
 一週間前、ここには私と会長の二人しか居なかった。大喜利をする者にいたっては、会長だけ。私は見ているだけの存在だったのだ。
 それが、どうだろう。
 土曜日に大喜利女子会を挟んで、週が明けて今週。
 月曜日に寧々さんが生徒会に復帰し、その直後にはもう折原さんと藤根さんが拉致され連行されてきている。
 そして私含めて五人全員が大喜利をしているだなんて、異常事態。
 さすがに寧々さんと会長以外は全然慣れていないから四苦八苦しているけれど、おもしろいことを考えようとする行為っていうのは、それなりに楽しい。
「ほら、名柄ちゃん! あんたも黙ってないで早く答えるの! ちゃんと考えてるの!? ぼーっとしてないで!」
 寧々さんに急かされたので、私も答えを考え始める。
 こんな病院は嫌だ、か。
 病院について思いを巡らせ、キーワードを引っ張り出し、面白味を加えて発表する作業。
 決して生徒会役員がわざわざ雁首揃えてまでやる必要の無いことなんだけれど……けれどすっかり変わってしまったこの生徒会こそが、今の生徒会の姿。
 この騒がしさは、嫌いじゃないな、と私は思った。
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