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ホワイトボードラバー 作者:藍上尾わをん

第1章 創世編

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アホラーメン屋「○○はじめました」

『アホラーメン屋「○○はじめました」』

「それじゃあ、このお題でいくわね。時間は五分間。はい、始めー」
 今度の司会進行は長渕剛好きのおばちゃん、藤川さんだ。
 私、会長、そして諏訪部さんは揃ってホワイトボードに向き合う。さっきまで青白い顔をしていた会長も、諏訪部さん乱入により心理状態がリセットされたのか、普通な顔してホワイトボードを見下ろしている。
 私は相変わらず何も思いつかない。普通に考えたら『冷やし中華はじめました』なんだろうけど……。などと考えていると、小日向さんが手を挙げた。藤川さんに指名されて、小日向さんが回答を出す。
「『修行はじめました』」
「遅いわねえ〜! なんでお店開いた後で修行はじめるのっ!?」
 他のみんなの笑い声を受け取った小日向さんは、楽しそうにホワイトボードを下げた。
 一方で私の隣の会長は、相も変わらずペンをうろうろと動かしているだけだ。何かを書こうとはしているが、考えがまとまりきらないらしい。またさっきまでと同じように、頭を抱え込んでしまうのも時間の問題だろう。
 会長は、とん、とん、とペン先で何も書かれていないホワイトボードを突っついている。眉根にしわを寄せ、必死に考えてはいるようだが……。しかし会長のペンは意味を持った言葉をホワイトボード上に書き残すことは無く、遂にテーブルの上に置かれてしまった。
 左手で額に手をやった会長は、ぽつりと呟いた。
「このままでは……また、一答もできそうにないわね……」
 それはもはや会長の大喜利に対する敗北宣言にも等しいつぶやきだった。これまで、弱音を吐かず、ひたむきに向き合ってきたのに。なんとか一答でも出そうと考えていたのに。そんな言葉を漏らすくらいじゃあ、もう、会長は……。
「なに、こんなお題も思いつかないの?」
 ふと、そんな声が聞こえてきた。声自体は小さく、私と……そして、会長くらいにしか聞こえなかっただろう。いや、本人としては、会長だけに言うつもりだったのかもしれない。
 会長に声をかけた……諏訪部さんは、目線だけを会長の方に向けていた。真隣に座る私からでは会長の表情は窺い知れないが、むっとしたのだろうことは見なくても察しがついた。
「……何が言いたいのかしら?」
 と、静かに会長は返す。視線はホワイトボードに向いたままだが、底冷えするような小さな声が私と諏訪部さんの耳に届く。
「今言った通りよ。こんな程度のお題でも思いつかないの? って言ったのよ」
 諏訪部さんは会長の様子にも臆することは無く、なおも言い募った。
「このお題に於ける縛りは『アホ』『ラーメン屋』『○○はじめました』の三つだけよ。つまりお題を分解して読み解いてしまえば、『アホ』……要するに普通じゃないラーメン屋が始めたものなんだから、言い換えれば『普通のラーメン屋にそぐわない物を始めた』ら何にでも当てはまるお題だということはすぐに分かるわ」
「そん、なの……何にでも当てはまるからって、何でも出せばいいってわけじゃあ……」
「そうね。そんなやたらめっぽう撃つ弾は、必ず外れるわ」
 諏訪部さんはキュポッとマジックペンの蓋を外す。その瞳は、既に目の前のお題に対して解を導き出しているようだった。
「でも、出さなきゃ自分の照準が合ってるのかどうかも、見えてこないわよ」
 さらさら、とすぐにペンをホワイトボードに走らせる。よどみなくペンは走り、ものの数秒で答えは書き上がった。
「やり方は人それぞれあるでしょうけれど……初心者向けに話をするなら、まずはお題の要素をそのままぶちこむ」
 諏訪部さんは挙手をする。「諏訪部さん」と名を呼ばれ、回答を読み上げた。
「『ラーメン、はじめました』」
「じゃあ、今まで何を売っていたの!? 今まではラーメン以外の何を売ってたの!? 餃子!?」
 他の皆さんのウケとしては、まあまあと言ったところか。何人かは笑ったが、クスクスという声が聞こえるくらいだっただろうか。
 諏訪部さんはホワイトボードに書き込んだ回答をイレイサーで消すと、すぐさま次の回答を書き込み始める。
「ウケるかどうかは出してみるまで分からないわ。でも、出してみなけりゃ傾向も対策も、見えてこないのよ」
 さらさらっと、あらかじめ用意していたのだろう次の回答を書き込むと、諏訪部さんはすぐに挙手をした。
「『給水器、はじめました』」
 これもややウケといった感じだろうか。諏訪部さんはまた回答を引っ込める。
「直接的にラーメン屋絡みでいって駄目なら、ちょっとラーメン屋から離してみて……これはどうかしら」
 三たび諏訪部さんが手を挙げる。藤川さんが指名する。
「『遅咲きの恋、はじめました』」
 一瞬の間を置いて、
「あはははははっ!」
「なにその報告!? いらないよ!」
「好きに恋してたらいいじゃない!」
「わざわざそんなこと告知しなくてもいいのにね〜」
 ウケた。今度はしっかりと。渾身の当たりだった。
 諏訪部さんは私と会長を、しっかりと見つめてくる。どうだ、と言わんばかりに。
 これが、諏訪部寧々。
 私も、会長も知らなかった、私立忍舞学園生徒会副会長の、もう一つの姿なのか。
 圧倒される私と会長に向かって、諏訪部さんは言う。
「すべりたくない気持ちは分かるわよ。誰だって一緒だものね」
 でもね、と諏訪部さんはさらに言葉を繋げる。
「慣れないうちは出せ。お題への近づき具合を、出して見極めろ。最初からクリーンヒットを出せるとは思うな。すべって、恥かいて、それでもめげず、愚鈍に出し続けた回答にこそ鉱脈が埋まってるんだ」
 そうして言うだけ言った諏訪部さんは、再びお題を見つめて、次の回答を考え始める。その顔は真剣そのもので、今まであまり接点が無かったとはいえ、まず間違いなく初めて見る彼女の一面だった。
 そんな諏訪部さんの様子に目を奪われてぼんやりとしている私たちに向かって、彼女はまたしても小声で「うかうかしてたら、思いついた回答全部他の人に先に答えられちゃうわよ」と檄を飛ばしてきた。言われて、会長と私は慌ててホワイトボードに向き合う。
 さっきの諏訪部さんの言葉を思い出す。
 お題は『アホラーメン屋「○○はじめました」』。これは、『普通のラーメン屋にそぐわない物を始めた』ら、何でも成立するお題なのだと彼女は言った。そして、……ああ、そうだ。
 諏訪部さんは、お題の要素を使えと、言っていた。
 私は考える。考えて、考えて、考える。
 ラーメン屋。ラーメン屋っぽいものと言えば、ラーメン、餃子、豚骨、塩バター。塩バター? 塩バター……って、なんか他にも、ラーメン以外でそんな味付けするようなやつがあった気がする。なんだっけ。…………ああ、そうだ。ポップコーンだ……。
 ポップコーン?
 私は脳みそに引っかかるものを感じた。引っ張れ。今私の頭にかすかに引っかかったワードを、抽出しろ。書け。とにかく書け。ホワイトボードに出力しろ。忘れる前に、霧散する前に、早く。ああ、ペンが霞む! もっと、ちゃんと出てよ!
 あと一分でーす、と藤川さんが時間の経過を告げるのをよそに、私は脳内にもやもやと浮かんできたワードをホワイトボードにそのまま映し出していた。
 これでいいのか? なんだこれ? おもしろいのか? 意味分かんない。でも、出してみようか。どうせ私は今まで一答もしていない。答えないのも、答えの意味が伝わらないのも、どうせ一緒だ。
 私はおずおずと手を挙げた。「あら」と小日向さんが漏らし、ぴくっと会長が肩を揺らし、諏訪部さんはまっすぐこちらを見てくれた。
「はい、では名柄さん」
 藤川さんに名前を呼ばれるのを待って、私は初めて大喜利の回答を出した。
 お題。『アホラーメン屋「○○はじめました」』。
「えーと……『キャラメル味はじめました』」
 答えてから、一拍の間があった。
 あっ、これやっぱ伝わんないっていうか意味がわか……
「ぷっ……」
 え?
「あははははっ」「なにそれーっ!?」「ラーメン屋でキャラメル味!? 攻め過ぎ!」「菊やかな?」
 私の回答を受けて、みんなが笑っていた。
 小日向さんが、佐藤さんが、能美さんが、藤川さんが、篠原さんが……。さっきまで、次々とおもしろい回答を続々出していたみんなが、私の回答を見て笑っていた。
 ふと横を見ると、諏訪部さんも、会長も笑っていた。
 えっと。
 なんだろう、これ。
 なんか……ううん、よくわかんないや。
 けど、なんか。
 これ。
 楽しい。かも、しんない。
 自分の出したたった一つのボケで、みんなを笑わせる。なんだかよく分からないけれど、ホワイトボードを出した手がしびれるような、そんな感触があった。
 私はなんていうか自分がみんなを笑わせたという初めての経験に対して、完全に舞い上がってしまっていて、それ以上何も考えられそうになかった。元々残り時間も短かったこともあり、すぐに制限時間の五分間が過ぎ、キッチンタイマーの音が鳴り響く。
 そして、今度は……
 会長の番だ。
 カチッとマジックペンの蓋を閉めた会長は、何度も咀嚼するように自分のホワイトボードに書かれた文字列を見下ろす。
 やがて会長は、まっすぐに手を挙げた。
「はい、では霧島さん」
「はい」
 お題、『アホラーメン屋「○○はじめました」』。
「『こだわりのある頑固親父、はじめました』」
 どーん、と真顔で大まじめに、会長は回答を突き出した。その堂々たる姿は、さながらこだわりのある頑固親父のようでもあり。そして、
「あははははっ!」「自分で自分を頑固親父とか言うなし!」「始めました宣言すんな! 勝手にやれ!」
 会長の回答は、しっかりとみんなに届いていた。
 会長は、ほーっ、と細い息を吐いてから、よかった……と小さな声で呟いた。
「会長」
 私は隣に座る彼女に、声をかけた。
 何かしら、と彼女はホワイトボードの文字をイレイサーで消しながら応える。
「今の。おもしろかったですよ」
 私がそう言うと、彼女は一瞬だけイレイサーを動かす手を止めた。私がそのまま見ていると、やがてすぐにまた手を動かし始めて、「……あなたも良かったわ」とだけ返してきてくれた。私は会長に引っ張って来られただけの会合だったけれど、ウケたし、こんな会長も見られたし、まあまあ来てよかったかな、と思った。
「それと……諏訪部さんも」
「な、なによ」
 それまで知らんぷりを通していた諏訪部さんだったが、声をかけると弾かれたようにこっちを向いた。
「アドバイス、ありがとうございます。助かりました」
「ふん……アドバイスなんてしてないわよ。ただ……あたしは、大喜利つまんないやつが嫌いなだけよっ」
 彼女はそれだけ言うと、ぷいっとまたそっぽを向いてしまった。
 それはそれでどんな言い分だよとも思うけど、私も会長も、それが諏訪部さんなりの照れ隠しだということは分かっていたので、敢えて何も言うことはなかった。
 思えば最初に抱いていた印象と、ずいぶん違う人だ。
 私が諏訪部さんに抱いていたイメージは、先の定例会議で顔を合わせた時のような、ほとんど喋らないし余計なことも言わない、クールで冷徹な女って感じだった。けれど実際今日のここまでの諏訪部さんは、いきなり降って湧いた私と会長を見て取り乱してめっちゃ叫ぶし喚くし、うるさい女だった。
 それでも会長を大喜利にのめり込ませた発端とも言える存在であるが故にか、大喜利に対する想いはちゃんとあるんだと思う。でなければ、学校で私が、諏訪部さんを冷徹だと見紛うくらいにその存在を嫌っていたはずの会長に対して、いちいちアドバイスなんてするわけがないのだから。
 学園で水と油のように混じり合わずに、反発し合い、顔を合わせることもほとんど無かった二人。それが、大喜利を通じてほんの少しでも距離を詰められたなら。私は、この二人なら学校でもなんとか共同作業を行わせられるようにまでもって行けるんじゃないかって、そんな夢を見ずにはいられなかった。

 ( to be continued → )
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