67 サザランド訪問14
そんな感じで子どもたちと色々なお店を回ったけれど、結局、どのお店も私にお金を払わせてはくれなかった。
毎回、お店の前では、「払います」「勘弁してください」の押し問答が繰り返されるのだけれど、最終的には周りの住人たちに「店主の気持ちを汲んでください」と押し切られる。
見事な連携プレイだわ、と思いながら、私は何度目かの敗北を喫した。
私と一緒にお店の商品を食べ続けていた子どもたちは満腹になったようで、「大聖女様、美味しかったです」と言うと、目元をこすりながら帰って行った。
どうやら、お昼寝の時間のようだ。
折よく、囲まれていた住民たちの輪から抜け出した私は、新たなお店を探して路地の奥深くに向かって歩いて行った。
すれ違う住民たちは、物珍しそうに私の赤い髪を見てくるけれど、次の瞬間には何も言わずに目を逸らす。
……どうやら、ここら辺にはまだ、私が大聖女の生まれ変わりだって話は伝わっていないようね。
よしよし、だったらここら辺で買い物をして、今度こそお金を払うわよ。
そう思いながら辺りを見回していたところ、壮年の男性と目があった。
その男性は、はっとしたように近付いてくると、「あちらに美味しいものがありますよ」と路地裏のさらに奥を指さした。
見た感じお店がありそうな雰囲気はなく、なぜだか突然、「美味しいものをあげるという人に、ついて行ってはいけません」というシリル団長の教えが頭に甦った。
あ、これはついて行ってはいけないやつじゃあないかしら?
そう思った私は、ゆるく首を振ってお断りする。
「ありがとうございます。でも、ちょっと休憩しようと思っていたところなので、大丈夫です」
すると男性は、焦れた様に腕を掴んできた。
「びょ、病人がいるんです! 助けてください!!」
病人! それなら話は別だわ!!
慌てて男性と一緒に路地裏の奥に走って行くと、曲がった先の道に数名の男性が待っていた。
元気そうに見えるけれど、この人たちが病人なのかしらと不思議に思っていると、横から伸びた手で顔の下半分を押さえられた。
驚いて口元を見ると布が押し付けられており、あれ?と思って、私の口元に布を押し付けている男性を見つめる。
そのまま、1秒、2秒、3秒……
「ど、どうして、意識を失わないんだ! これは、即効性の麻酔効果があるんじゃなかったのか!?」
私を押さえていた男性は、耐えられないとばかりに私から目を逸らすと、仲間に向かって怒りの声を上げた。
……どうしてって、私は聖女ですからね。
そんな弱々しい状態異常なんて、自動で解除しますよ。
私は私の口元を押さえていた腕をがしりと掴むと、口元から布と腕をどかした。
そして、その場にいた5人の男性を一人一人見つめながら尋ねる。
「それで、病人はどこにいるのでしょうか? もし、あなた方の勘違いで、病人がいないというのであれば、私は買い物に戻りますけど?」
「あ……それは、いる……のだが………」
「……その…………」
なぜだか、言いにくそうに男性たちは言葉に詰まった。
私はこてりと首を傾げると、彼らに尋ねる。
「ええと、私の意識を失わせて、病人がいる場所に運ぼうとしたんですよね? 今なら、案内してくれれば、自分の足で歩いて行きますよ。まぁ、私はそう体重が重い方ではないので、そこまでのお得感はないのかもしれませんが、少しはお得ですよ?」
先ほどの琥珀飴の印象が残っているようで、聞かれてもいないのに、つい、体重の軽さをアピールしてしまう。
「それはそうなのだが、……ど、どうして、あんたはそう親切なんだ? オレらはあんたを攫おうとしたよな? 普通は、ここで逃げ出すんじゃないか?」
言い募る男性を見て、私はやっぱりねと思う。
……やはり、この5人はまだ、私が大聖女の生まれ変わりという話を聞いていないのだわと。
先ほどの住民たちの態度を見ても分かるように、私が大聖女の生まれ変わりだと聞いているなら、もっと丁寧に扱うはずだ。
そして、現在の私には聖女の力がないということまで聞いているだろうから、そもそも病気を治療するために攫おうとはしないだろう。
つまり、彼らの行動は、私の髪色を見て衝動的に行った、行き当たりばったりの行動に違いない。
伝説の大聖女と同じ髪色をしているから、もしかしたら聖女の力があるかもしれないとか、それくらいの低い可能性にかけた衝動的な行動なのだろう。
それにしても、聖女かどうかも確かめないで、赤い髪を見ただけで助けを求めるなんて、この5人はとんだうっかり者なのかしら?
それとも、相当切羽詰まっているのかしら?
そう思いながら、正直に答える。
「病人がいるという話だったので、私にできることがあればお手伝いしようと思いまして。えーと、それとも、私を攫って悪いことをしようと思っていたんですか? それなら、逃げますけど」
言いながら、男性たちが腰に差している剣をちらりと見つめる。
……確かに、騎士でもないのに立派な剣を携えているわよね。
「「「し、しません! 悪いことなんて、決してしません!!」」」
男性たちは慌てた様に手を振って否定すると、皆で困ったように一人の男性を見つめた。
すると、皆から見つめられた男性は少し逡巡した後、私の前まで歩いてきて丁寧に頭を下げた。
「乱暴なことをしようとして、申し訳ありませんでした。族長の孫でエリアルと申します。病人というのは、オレの娘でして、診てもらえるとありがたいです」
エリアルと名乗った男性は、20代半ばくらいの男性だった。
褐色の肌に紺碧の髪色という、離島の民の特徴を色濃く漂わせた風貌をしており、骨ばった指で緊張しているかのように顎に手を当てた。
……緊張しているということは、悪いことをしているという自覚があるのね。
そう思いながら、私もお返しに自己紹介をする。
「初めまして、フィーア・ルードです。はい、ご一緒します。次からは、まず言葉でご説明くださいね」
そう言うと、5人の男性は申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げた。
―――男性たちに案内されたのは、海岸沿いにある洞窟だった。
入り口こそ狭いけれど、中は進むにつれて広々としてくる。
どんどんと奥に進んでいくと、広い空間に出た。
目を凝らして見ると、その空間の半分程のスペースに、50人程の人が寝かされていた。
遠目からでも病人だと分かり、皆苦しそうに荒い息をしている。
思わず近付いて行くと、弱々し気に投げ出された手足に、はっきり分かる程の黄色い紋が浮き出ていた。
「これは……」
私は驚いて、思わず声を上げた。
病人の手足に浮き出た黄色い紋、荒い息、発熱。この症状は……
黙り込んだ私の横で、エリアルが心配気な表情で私をちらちらと見つめてきたけれど、突然、はっとしたように洞窟の入口に向き直った。
それから、エリアルは目を眇めると、大声で叫んだ。
「何者だ!?」
エリアルの恫喝するような声に驚いて振り返ると、15メートル程先の入口方向に黒い人影が見えた。
薄暗い洞窟では誰なのか判別しにくかったのだけれど、松明の明かりに照らされ、きらりと光った肩口は騎士服のように見受けられた。
思わず身を乗り出して見てみると、その人影はゆっくりと岩陰から姿を現した。
顔立ちは陰になっていてよく分からなかったものの、肩につく長さの水色の髪に見覚えがあり、思わず名前を叫ぶ。
「カーティス団長!?」
……え? ど、どうして、ここにいるの?
も、もしかして、どこかで私がエリアルたちと一緒にいるのを見て、心配して付いてきたのかしら?
驚いて見つめている私の視線の先で、カーティス団長は緊張した面持ちで剣を抜くと、無言で歩を進めてきた。
「え? カ、カーティス団長、落ち着いてください! 剣をしまってください!」
慌てて制止を呼び掛けたけれど、カーティス団長は聞こえていないかのように剣を握りしめたまま、力強い足取りで進んでくる。
その普段とは異なる好戦的な態度に違和感を覚え、思わずまじまじとカーティス団長を見つめる。
すると、カーティス団長は何事かを決意した表情をしたまま、少し焦ったようにちらりとこちらを見た。
……そういえば、カーティス団長はこの地の騎士団長だったわよね。
つまり、この地の責任者ということで、なのに、団長があずかり知らぬところで、住民たちが集まって何事かをしていたら、それは不穏なものを感じるわよね。
カーティス団長が心配するようなことは何も起こっていないと、安心させようとしたけれど、私が何事かを口にするよりも早く、エリアルの誰何の声を聞いた住民たちが、ばらばらと集まってきた。
私を案内してきた5名に加えて、洞窟の見張りを行っていた男性たちまで数名、加わっている。
彼らは足早に近寄ってきたかと思うと、腰に差していた剣に手を掛けた。
「騎士一人で、何ができる!? こちらは、自警団で長年、実戦を積み重ねてきた者ばかりだ!!」
男性たちは好戦的な表情で叫ぶと、自ら間合いを詰めだした。
「え? あ、あれ、不戦の誓いはどこにいったんですか!?」
慌てて住民たちに向かって尋ねるけれど、住民たちは聞こえていないかのように、まっすぐカーティス団長だけを見つめていた。
……ま、まずいわ。
どうやら、多くの病人を背後に抱えている住民たちは、この病人たちを守ることが第一の目的になってしまっているようだ。
そして、病人を守ろうとする気持ちが強すぎて、誰とも争わないという不戦の誓いまで忘れ去っているように見える。
私は焦ってカーティス団長の方向に足を進めたけれど、数歩も進まないうちに、エリアルに腕を取られた。
「エリアル、放してちょうだい!」
私はエリアルの目を見つめたまま、強い口調で言い切った。
このままカーティス団長とエリアルたちを戦わせてはいけない、と思う。
どんな結果になったとしても、互いに傷が残るもの。
そう思い、エリアルを説得しようとしている間に、数人の住民たちがカーティス団長に向かって走り出してしまった。
住民たちはあっという間にカーティス団長を取り囲むと、無言で剣を抜き始めた。
対するカーティス団長も、無言で剣を構える。
一瞬にして、緊張を孕んだ沈黙が洞窟内に落ちた。
耳に痛いほどの沈黙を破るかのように、初めに動いたのは、カーティス団長の背後に位置していた住民だった。
無言のまま一気に間合いを詰めると、上段から剣を振り下ろす。
振り返りざま、真横から流す形で相手の剣を振り払ったカーティス団長だったけれど、そのタイミングを見計らったかのように、右と左に位置していた住民二人から、同時に剣を突き出される。
がきん、がきんと、剣と剣がぶつかる斬撃の音が洞窟内に響き渡った。
カーティス団長の死角を狙うかのように、前から、横から、後ろから剣が突き出され、あるいは、振り下ろされる。
多数対1というのは、圧倒的な実力差がない限り、どうしようもない。
そして、カーティス団長は騎士団長ではあるけれども、他の団長たちのように圧倒的な剣の腕を持っているようには見えなかった。
果たして、カーティス団長には住民たち全ての攻撃を避け切ることは不可能で、何度目かの斬撃を防いだ後、団長の左腕が切りつけられ、鮮血が飛び散った。
「カーティス団長!!」
思わず大声で叫ぶと、私はエリアルに掴まれていた腕を振りほどきながら、カーティス団長に向かって走り出した。
私が走っている間にも、カーティス団長に向かって剣が突き出され、そのうちの一本が団長の背中を刺し貫く。
さらに、肩と首を切りつけられ、空中に鮮血が飛び散った。
「カーティス団長!!」
私がカーティス団長の下に駆け付けた時には、既に団長の体には何本もの剣が刺さっており、血を吹き出しながらゆっくりと地面に倒れ込むところだった。
その瞳が混濁の寸前のような、濁った色に変わる。
「カーティス団長!!」
もう一度叫ぶと、団長は傾きかけた体を、剣を地面に突き立てる形で持ち直した。
けれど、既に意識が混濁し始めているのか、私を見つめるカーティス団長の瞳は、正しい像を結べていないようだった。
「……フィー……様、……お下がりくだ……」
カーティス団長はとぎれとぎれに呟くと、もうそれ以上は体を保っていられないとばかりに、ずるりと足元から崩れ落ちていった。
「カーティス団長!!」
私の叫び声とカーティス団長が地面に倒れ込む音が、同時に響き渡る。
体中を鮮血に染めて倒れ込んだカーティス団長からは、新たな血液がどくどくと流れ出し、その血液が辺りの地面を真っ赤に染め始めた。
青白いカーティス団長の閉じられた瞳に向かって、私はもう一度名前を叫んだ。
「カーティス団長!!」
―――私の叫び声が洞窟中に木霊したけれど、返る言葉はなかった。
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