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星空めろりんきゅう!

作者:恐怖院怨念
 生まれてはじめて彼氏ができた。私には一生できるはずないと思っていたのに。
 とっても格好よくて優しい彼。
 けど、とっても恥ずかしい事を言ったり、やったりするのが困りものだった。

「桜子ちゃん。今日も愛してるよっ!」

 人通りの多い公園のど真ん中。幹人くんは真夏の日差しをものともしない、この上なく爽やかな笑顔で、私の肩を掴んで絶叫する。

「素敵だ。素敵だよっ!」
「う、うん。ありがとう……」

 ガクガクと揺さぶられ、ひきつった笑みを浮かべてそう言うのが精一杯。
 幹人くんはすらりとした長身をかがめて心配そうに私の顔をのぞきこんでくる。

「テンション低いね? どうしたの?」

 風もないのになびいているようなサラリとした茶髪。日に焼けた健康的な肌に、笑顔からこぼれる真っ白い歯。地味な私にとって、すべてが眩しすぎて気後れしてしまう。
 そんな私がこんなことを言っていいのかわからないけれど……。

「幹人くん。『愛してる』って言ってくれるのは嬉しいんだけどね? あの。ここには人もいっぱいいるし、色々と恥ずかしくて……」
「恥ずかしがることはないよ! さあ、今日も一緒にめろりんきゅうだあっ!」

 そう言って公衆の面前でもおかまいなし。彼は大声で叫んで私のことをきゅうって抱きしめてくる。
 ちなみに『めろりんきゅう』とは『めろめろに愛し合って、きゅうって抱きしめ合う』という意味の、いわゆるハグのこと。幹人くんがノリと勢いで作った言葉で、私たち二人の間ではバカップル(バカップル……)公用語として扱われている。
 そんなわけで。彼の気持ちはとっても伝わってくるし、とっても嬉しいんだけど、とっても恥ずかしいのはこれまた事実。
 もう少し控えめにしてくれたらいいのに……、とも思わなくもない。というか思っているし、この思いはけっこう切実だ。
 私は幹人くんの胸の中で力いっぱいに抱きしめられ、酸欠しそうになるまで我慢して、ようやく手をつっぱって彼の身体を離し、二、三度深呼吸をした。

「わかった。わかったよ、幹人くん。けど、もうちょっと押さえた感じが私はいいな」

 すると幹人くんは「うん、わかった」と言って、私の耳たぶに触れるくらいに唇を近づけて、ささやくような優しい声で、

「いつかキミの方から、僕にめろりんきゅうをしてね。待ってるから」

 と、言って頬ずりをする。これまた恥ずかしい仕打ち……。

「もうっ! 幹人くんっ! めろりんきゅうなんて……恥ずかしくて出来るわけないよ!」

 私は顔を真っ赤にして声をあげ、どっと疲れて両肩を落とした。
 もう。ほんとに困った幹人くん。
 けどしょうがない。しょうがないよね。
 こんな感じだけど、私は彼のことを大好きなんだから。
 ああ、恥ずかしい……。

  ●  ●

「生まれる前からキミのことを愛していた」

 それが生まれてはじめてされた愛の告白というやつだった。
 まさか私がそんなことをされるとは思いもしなかった。人見知りでしゃべるのが苦手で、いつもクラスのはじっこにいて、外では木陰に隠れて本ばかりを読んでいるような目立たない私に。恋なんて絶対に無理と人生十五年目にして早々と諦めていた。そんな私に彼は声をかけてきてくれたのだ。しかも、その彼はクラスの人気者で、格好いいし、頭もいい。もし私が人見知りじゃなかったら、告白をしていたかもしれない、密かな憧れの人だった。
 落とした消しゴムを拾ってくれようとして、間違って私の手と触れてしまった、あの時の感触、あどけない笑顔は今でも忘れない。
 だから彼が告白をしてくれたとき、私は嬉しさと驚きで目の前が真っ白。言葉もしどろもどろになっていた。

「あ、あの……。そ、その……」

 それでも頑張って勇気を総動員し、全身が懲り固まって動かないのをなんとか振り切り、壊れたロボットのように、彼の告白にようやくコクコクとうなずきを返したのだった。彼はむしろ余裕の笑みで、まったく、どっちが告白をしたのやらわからないほどで。けど、そんな挙動不審な私に嫌な顔一つせず、彼は満面の笑顔で私を抱きしめてくれたのだった。

「なんて可愛いんだ。めろりんきゅうだあっ!」って。

 こんな私でも、恋をしていいんだと思うと泣きそうになって、私も彼を抱きしめた。
 こうして私と幹人くんは、彼氏と彼女の関係になったのだった。

  ●  ●

 付き合いはじめてもうすぐ一ヶ月。
 私たちは相変わらずのバカップル(泣)っぷりだったけれど、私は彼と付き合ってみて、一つ、妙なことに気づいてしまった。
 というのも、彼はすごいミステリアスで。
 昔のこと――幼稚園や小学生時代のことはおろか、中学の頃のことも話したがらないし、家族もまるでいないかのような素振りを見せる。そしてなにより……。
 彼の右腕。
 肘から手首にかけて、脈の通る線に沿ってクッキリハッキリと、なんと――。
 ファスナーがついているのである。
 はじめはアクセサリーか何かと思っていた。けど、どうやら違うっぽい。ファスナーの金属部分がしっかりと皮膚と一体化していたからだ。「あ! UFOだ!」と、彼の気をそらした隙に、ド近眼の目を細めてじっと観察してみたのだから間違いない。
 そのファスナーの存在を知ってからというもの、幹人くんの姿がどうしても『着ぐるみ』に見えてしょうがなかった。ものすごく精巧に出来たリアルな着ぐるみ。
 馬鹿らしいとは思うけれども、幹人くんの正体が『人間の皮をかぶった何か』だったら……とか思うと、気が気ではいられない。
 本人に聞くこともできなかった。だってもし彼が「このファスナーに気づいちゃったの? ふふふ。これはね、キミを食べるための『口』だったんだよ! わははははっ!」とか言いながら、ファスナー(口)を開いて襲いかかってきたら……と、思うと、想像するだけでも卒倒してしまいそうだったから。
 そんなわけで。彼のことは好きだけど……ちょっとミステリアスすぎて怖い。

「桜子ちゃん。どうしたの?」
「ひゃあっ!」

 幹人くんがいきなり顔をのぞきこんできたので、私は思わず悲鳴をあげてしまった。

「だいじょうぶ?」

 きょとんと首を傾げてこちらを見つめる幹人くん。そんないぶかしげな表情も、爽やかで素敵なんだけれど、視線をちょっと下にずらすと、今でもその右腕にはファスナーのつまみがブラブラと揺れているのが見える。
 現在デート中。二人で並んで街を歩いているのだが、そのブラブラが気になってまったくデートに集中ができなかった。

「あ、桜子ちゃん。あそこにマックがあるよ。お昼にしようか?」

 と、交差点の向こうにあるマックを指さす幹人くん。
 その指さす手首には、もちろんファスナーのつまみが振り子のようにぶら下がっている
 ぶらぶらぶらぶら。
 き、気になる……。
 と――。
 ぼうっと横断歩道を渡ろうとしたら、いきなり幹人くんが私の体を突き飛ばしてきた。

「桜子ちゃん! あぶないっ!」
「え? ……きゃっ!」

 幹人くんの腕に抱かれる私。
 背後では「ばかやろーっ!」と、大きなトラックが通り過ぎて行くのが見える。どうやら私は赤信号で横断歩道を渡ってしまい、トラックに跳ねられそうになっていたようだ。
 幹人くんが私を心配そうに見つめながら、

「だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫。ごめんなさい」

 私の心臓がドキドキいってる。
 彼の鼓動も同じくらい大きく聞こえてきた。
 本当に危なかった。彼に助けてもらわなければ、いまごろ私は……。

「幹人くん、ありがとう」
「どういたしましてっ!」

 幹人くんの笑顔が眩しく、そして痛い。
 私はなんだか自分のことが恥ずかしくなり、彼の顔をまともに見ることができなくなった。
 こんな優しい幹人くんが化け物だなんて……。そんなはずないよね。疑ってごめんね。
 きっとファスナーなんて些細な問題。昔の手術跡だとか、やっぱりお気に入りのアクセサリーでしたとか。後になれば笑い話で済むような、そういった系統のオチなのだ。
 幹人くん。本当に本当にごめんなさい。
 と、気持ちの整理がつき、丸く収まりかけたところで。
 丸く収まりかけていたのに……。
 私はさらに奇妙なことに気づいてしまった。
 あれ?
 彼の胸の中で耳をすましてみる。
 私の心臓の音が聞こえる。彼の鼓動も聞こえる。そしてもう一つ……。彼の体の中から変な音が聞こえてきた。
 ウィーン……カシャカシャカシャ……。
 これはそう。テレビでたまに耳にする、ロボットが駆動するモーター音のようなもの。
 そういえば、映画のターミネーターが機械剥き出しの指を動かす時の効果音が、ちょうどこんなかんじだった気がする。
 ちょっと待って。幹人くん。
 私の中でおさまりかけていた疑問が、またしてもムクムクと起き上がろうとしている。
 ファスナーに機械音。もしかしてあなたは。
 ……ロボット?
 えええええええええっ!。
 そんなバカな……。

  ●  ●

『――はじめてのキスは甘酸っぱいレモンのかおりだった。
 名残惜しくも唇を離した私は、スィートな気分で彼と一緒に空を眺めた。
 見上げた夜空には、砕けたコンペイトウのような色とりどりの星が尾を引いて降り注ぐ。
 まるで光のシャワーみたい。
 それを見て私は「きれい……」と、彼に寄り添った――』

「はぁ……。」

 私はノートPCを閉じてため息をついた。
 小説が上手く書けない。
 次の文学賞に応募するのが目標の小説。締切までにもう時間がないというのに、なかなか筆が先に進まない。
 実は私。幹人くんにもまだ言ってないのだけれど、将来の夢は恋愛小説家だった。
 ちなみに今作品のコンセプトは『機械少年と人間少女との幸せラブストーリー』。全身機械のロボット少年が人間の少女に恋をする。最後には少年が人間になってめでたしめでたしの、文句のつけようのないハッピーエンド。
 今はちょうどクライマックスで、相思相愛の二人が、流星群を眺めながら口づけを交わす、甘さ絶頂のシーンを書いていた。
 けど、どうしても上手くいかない……。
 というのも、機械少年のキャラクター造形があまりにも幹人くんと似ていたからだ。
 内気なヒロインを困らせる、底抜けに明るい性格。加えて、機械の身体を持つ設定。
 しかし、このキャラは、彼をモデルにしたものでは決してない。そもそもこの小説は、私と彼が付き合うずっと以前から着手していたものなのだ。

 ――こんな偶然ってあるのだろうか?
 気になってしょうがない――。

 もちろん、それだけが執筆不調の理由ではないのだが。
 実は筆が進まない理由はもう一つあって。
 私は流星群というものを今まで一度も見たことがない。だからイメージが上手く湧いてこないのだ。このシーンは本当にこの作品にふさわしいのか? それがわからない。
 けど、その点に関しては問題はなかった。明日、ちょうど深夜に流星群が現れるというので、幹人くんと一緒に自転車で近所の丘の上まで見に行く予定だった。
 幹人くんのロボット疑惑はともかく、流星群のことだけでもクリアにしておくと筆が進むようになるかもしれない――。
 まあ。
 とりあえずそれまでは執筆を止めておこう。
 私はパソコンデスクの椅子に寄りかかり、思いっきり伸びをした。

 ――明日の流星群、楽しみだな。晴れるといいなぁ。
 そしてミステリアスすぎる幹人くん――。
 あなたはいったい何者なの?

  ●  ●

 あっという間に。流星群がやってくる当日の深夜。私はちゃんと親に許可をもらって、幹人くんと一緒に近所の丘まで出かけた。
 ここは知る人ぞ知るスポットらしく、すでに流星群目当ての人たちがシートを敷いたり、カメラの準備をしたりして待機をしていた。
 私と幹人くんは人通りの少ない位置を陣取って、二人並んで空を見上げた。

「うわぁ。みてみて桜子ちゃん! きれいだね! 流星群がなくてもすごいきれいだね!」

 幹人くんは目をきらめかせて夜空の星を眺めた。その姿はまるで子供のようで、すごく可愛くて微笑ましい。
 そして私も、満天の星空を目の前に思わず息を飲んだ。

「ほんと、すごいきれい……」
「ねえ、あれを見て。北斗七星だよっ!」

 と、幹人くんが空を指さす。
 もちろんその手首にはファスナーのつまみが揺れていて、明るい星空を背景にシルエットが黒く浮かび上がってブラブラとしていた。

「ほ、ほんとだ。北斗七星だ……ね。ははは」

 うう。なんだか気になって星空に集中できない……。
 と、幹人くんが急に改まって私の方を向き、肩に手を触れてきた。

「ねえ、桜子ちゃん」
「ん?」
「ちょっとビックリすること言っていい?」
「え……。う、うん」

 び、ビックリすることって、なんだろう?

「実はね。キミが気にしているこのファスナーにも関係があることなんだけど――。僕ね、未来から来たって言ったら信じてくれる?」
「……え?」

 突然の告白に、私はびっくりして幹人くんの顔を見た。幹人くんは笑っているように見えたが夜闇のせいではっきりとはわからない。
 今のは、冗談なんだろうか?
 そのとき、あたりからざわめきの声があがった。みなさんのお待ちかね。真っ黒な夜空のキャンバスを、無数の星の光が切り裂きはじめたのだ。
 幹人くんは空を見上げる。私もさっきの言葉は気にはなったけれど、今はとりあえず黙って星空を見上げた。

「うわぁ……」

 流星群は、想像以上にきれいだった。
 決して派手ではないけれど、息を飲むような透明感と幻想的な光景に、私は自分の描いた小説の描写と重ねてみた。
 うん。ばっちり。イメージはぴったり。幸せな結末が書けそうな気がする。私の創作意欲がムクムクと湧いてくる!

「ねえ、桜子ちゃん」

 と――。いきなり。
 幹人くんが顔を寄せ、私の唇に――キスをした。
 ……えっ!?
 なんなの! いったいどうしたっていうの!
 そして彼は唇を離し、

「――はじめてのキスは甘酸っぱいレモンのかおりだった。
 名残惜しくも唇を離した私は、スィートな気分で彼と一緒に空を眺めた。
 見上げた夜空には、砕けたコンペイトウのような色とりどりの星が尾を引いて降り注ぐ。
 まるで光のシャワーみたい。
 それを見て私は『きれい……』と、彼に寄り添った――」

 ……え。このフレーズは。
 私の小説だ。
 どうして!? どうして幹人くんが私の小説の一説を口ずさんでるの!?
 それに、きききききっキスも……。
 意味がわからないっ!
 ここ数分の間に立て続けにいろんなことが起こりすぎて、私の小さな脳みそはもはやパンク寸前だった。
 ファスナーのこと。機械音のこと。未来から来たという幹人くんの言葉のこと。小説のこと。そして私のファーストキスのこと――。

「僕ね、小さい頃から桜子ちゃんの小説のファンだったんだよ」
「え……」
「星空パイナップル」

 幹人くんが口にしたその言葉。それは――私がいま書いている小説のタイトルだった。

「僕はね、処女作の『星空パイナップル』が特に大好きでさ。清々しいくらいのハッピーエンドに何度勇気づけられたことか」

 ハッピーエンドって。
 ど、どうしてそんなことまで知ってるの?
 もしかして『未来から来た』って、冗談じゃなくて……本当?
 となると、幹人くんって化け物でもロボットでもなく。未来人?

「未来はとっても悲惨でね。独裁政権に言論の自由は奪われ、飢餓や大気の汚染、大規模な戦争もあって。けど、どんなに苦しい戦いの中でも、僕はキミのその前向きな作品を読むと幸せになれて、いつも救われていた」

 そう言って、彼はポケットから一枚の写真を取り出した。

「ほら。これ、桜子ちゃんだよ」

 今より少しだけ大人びて見えるし、写真自体もなんだか古ぼけていたけれど、そこに写っていたのはたしかに私だった。

「恥ずかしそうで、ちょっとだけ寂しそうで、儚げで。僕はね、子供心に君が好きになって。ずっと守りたいと思い続けていたんだよ」
「守る?」

 いったい何のこと? 幹人くんが私を守る?

「このファスナー。本当はもっとバレないものにしたかったんだけど、追われていたから時間がなくてね。まあ、今となっては笑い話。いい思い出さ」
「思い出……?」
「おっと、どうやらここまでのようだ。桜子ちゃん。離れてて――ここでお別れだ」

 と言って、私を後ろに下がらせる幹人くん。
 え?
 お別れ? どうして!? なんでなんで!
 さっきからわけがわからない。
 ちゃんと私にもわかるように説明してよ!
 と思ったとき、【それ】はやってきた。
『ぴゅーーーーー……』と、空から何かが降ってくるような音が聞こえてくる……。さらに「空を見ろ!」「隕石だ!」と誰かが叫び、次の瞬間、幹人くんは後ろを振り返り、ファスナーのついた右腕を上に突き出した。
 ごうっと、幹人くんを中心に轟音が鳴り響き、そして突風が吹き荒れる。
 それは、びっくり仰天な光景だった。
 ワゴン車ほどの大きさをした隕石が、幹人くんの右手に受け止められて――なお勢いを持て余し、エネルギーを放出しているのだ。
 ファスナーのついていた右腕は瞬く間に消滅し、その下から――ロボットの骨格が現れる。幹人くんは歯を食いしばり、足を踏ん張って耐える。耐える。耐える。その間、あたりは暴風が吹きすさび、埃が舞い飛び、木々は激しくしなって目も開けていられないほどだった。そしてようやく、隕石の勢いが弱まり、どおんっと音を立てて地面に落ちた。
 幹人くんは笑顔で私のほうを振り返る。
 服は焼け焦げ、ボロボロだった。そして隕石を受け止めたその右腕は、まさしくターミネーターそのもの。私の視線に気づいたのか、幹人くんはポリポリと頭をかきながら、

「機械なのはこの腕だけさ。未来の戦争でちょっとやられちゃってね。それより桜子ちゃん。ケガはないかい?」
「う、うん……」
「よかった! これで君は、この先苦しい思いをしなくてすむ!」
「苦しい思い?」
「君は――『星空パイナップル』が完成したこの現場で、一生直らない怪我を負うことになっていたんだ」

 落下した隕石によってね――と、幹人くんは付け加える。

「僕は、それを止めにやってきた」

 なるほど……。ようやく私にも話が見えてきた。幹人くんは私のために命を賭けて隕石を止めてくれたのだ。
 けどけど。と、さらに私は疑問に思う。
 それならここでハッピーエンドのはず。「お別れ」ってどういうことなの?

「僕は未来では追われている身の上でね。捕まるわけにはいかないのさ」
「追われているって?」

 私はバカみたいにただ幹人くんの言葉を繰り返す。

「過去の時代の人間――つまり君が僕のことを『未来人だ』と、認識した瞬間に、【ヤツら】に僕のいる時代と場所が特定される。追っ手がやってくるってことさ」

 そんなリスクを負っていただなんて……。

「なんでそんなことを。そんなことしなくても、私が今日、ここに来なければ!」
「ここで流星群を見たからこそ、星空パイナップルは完成にこぎつけたんだ。君との繋がりを作ってくれたあの作品を。なくすなんて出来ないよ」
「幹人くん……」

 ふと幹人くんは遠くを見つめてつぶやいた。

「ここは素晴らしい時代だね。好きな人を好きだと声を大にして宣言できて。きゅうって抱きしめることもできる」

 幹人くんの時代では、そんな自由も許されていないのか。私はちょっぴり切なくなった。

「好きだよ。桜子ちゃん。……そしてここでお別れだ」

 まさか……本当にこれでお別れなの?

「幹人くん! また会えるよね?」
「それは……」
「約束して! お願い!」

 私は幹人くんを抱きしめた。
 最後に『めろりんきゅう』って言うんだ。
 彼が望んでいた『めろりんきゅう』を。
 声を大にして言うんだ!

「幹人くん……」

 うう――。できない。
 大声をあげて泣いちゃいそうで、うまく『めろりんきゅう』って言うことができない。
 どうしてどうして?
 そんな私に幹人くんは優しくほほえんで、きゅっと抱きしめてくれた。

「じゃ、桜子ちゃん。めろりんきゅう」

 私は目を閉じて彼の胸の中に顔をうずめる。
 トクントクンと、彼の鼓動が聞こえてくる。そしてもちろん、モーターが駆動するあの機械音も。
 次の瞬間――それらのすべてが消え去った。
 すう……っと、幽霊みたいに。
 目を開いたとき、彼はもうどこにもいなかった。

「どうして。どうして……」

 涙が溢れてくる。
 どうして私は、彼にちゃんと『めろりんきゅう』って言えなかったんだろう。
 いままで一度も、私は彼にめろりんきゅうをしてあげることが出来なかった。
 私はバカだ。
 もっと。恥ずかしがらずに、普段からめろりんきゅうをやっていればよかった。彼が喜んでくれるのなら、そうするべきだったのだ。
 結局、私は、最初から最後まで幹人くんに守られてばかりで、彼には何もしてあげられなかった。

「幹人くん。幹人くん……」

 ゴシゴシと拭いても拭いても流れ出てくる涙。後悔の気持ちでいっぱいだった。
 神様。お願いです。
 もう一度だけ幹人くんに会わせてください。
 そしてその願いが聴き遂げられたのか――。
 突然。

「桜子ちゃん! やあっ!」

 ――なぜか目の前に幹人くんが立っていた。
 にこやかに、軽く手をあげる幹人くん。
 けど、さっきまでの彼とは何かが違っていた。というか、まず着ているものからしてぜんぜん違っていた。
 まるで古代ローマ人みたいに白い布を肩にひっかけているその出で立ちは、なんというか新鮮というか斬新で。髪の毛もさっきよりも伸びていてワイルド――というかボサボサで、ゴムで後ろに無造作にまとめていた。

「桜子ちゃん! 戻ってきたよ!」
「え? 戻ってきた?」

 未来から?
 ていうか――戻ってくるのはやっ!

「寂しい思いをさせないように、君と別れたすぐ後に時間設定をして戻ってきたんだっ!」

 な、なるほど……。
 わかるんだけど、わかるんだけど。なんか違う。
 ていうか、さっきまでの私の後悔と涙はいったい……。せめて三日後とか、明日とかにしてくれたら私も気持ちの整理がついたのに。
 いや。決して不満はないんだよ。むしろうれしいんだけど。
 ――なんか複雑な気持ちだった!

「ほら見て。腕も今度は目立たないようにしてきたよ!」

 そう言って、右腕を見せてくれる幹人くん。
 たしかに。ファスナーどころか傷ひとつついていない。小麦色をした綺麗な肌に覆われている。まるで本当に生きた腕のようで、まさかこの下に機械の骨格が隠れているとは、きっと誰も思わないだろう。
 幹人くんは得意げに胸をそらして言った。

「僕はね。未来に戻って、クーデターを起こしたんだ!」

 クーデターっ!?

「戦いは長引いたけどなんとか勝てた。独裁政権は終わりを告げ、新たな時代が訪れた!」

 そんな壮大な設定だったんだ……。

「街は平和になり、僕はドサクサに紛れて『タイムトラベルに関する法律』に条文をいくつか付け足して、大手をふるってここに戻ってきたというわけさ!」
「そ、そんなアッサリと……」
「言葉にするとアッサリだけど、色々と大変だったんだよー! けど、なんとかなった!」

 幹人くんは心の底から嬉しそうにバンザイをして、

「仲間には引き留められたけどね。未来の指導者になってくれって」

 指導者って、幹人くんってそんなに偉い人だったんだ……。

「だけど、僕はすべてをオッペンハイマーに押しつけ……いや、任せて過去に戻る道を選んだ! バックトゥザパストさ!」
「お、オッペンハイマーさんは大丈夫なの?」

 誰だか知らないけど……。

「彼は出来る子だ。心配はいらないっ」

 そ、そうなんだ……。

「桜子ちゃん。僕は君と一緒にいたいんだ。だからね……」

 幹人くんが両手をひろげて、私を抱きしめようと――。

「ちょっと待って、幹人くんっ!」
「どうしたんだい?」

 私は幹人くんを正面からじっと見つめて決意をみなぎらせた。
 今度こそ。今度こそ……言うんだっ。

「幹人くん、おかえりなさい。会いたかったです。これからもよろしくお願いします。大好きです!」

 まくし立てるように一気にそれだけを言う。
 そして、震える唇をのろのろと動かし、私は決死の覚悟で次の言葉を口にした。

「め……っ」
「め?」
「め、め、め……めろっ」

 ううう。恥ずかしい。
 けど、ここで言えなきゃ女じゃない!
 私は卒倒しそうになるのを必死でこらえて、幹人くんを抱きしめた。

「めろりんきゅうっ!」
「はははっ。桜子ちゃん!」

 幹人くんははじけるような笑顔で大きく腕を開き、そんな私を覆うようにきゅうと抱きしめ返してくれた。

「桜子ちゃん。大好きだっ。めろりんきゅうだあああああああっ!」

 空には綺麗な流星群。
 にもかかわらず、周りの人々の視線を独占している私たち。
 ああ、恥ずかしい。恥ずかしい……。
 ――けど、私はとっても幸せだった。

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