落武者伝説殺人事件
作:ともゆき



第1話


「親父、お袋。いるかい?」
「大神」と表札の掛かっている家の前。
 大神が玄関の前で呼ぶと、五十前後の男が大神を出迎えた。
「…おや、誰かと思ったら一郎か。お帰り」
 どうやらこの男が大神の父親のようだ。
「…一体どうしたんだ?」
「いや、今日から1週間の休暇だから。たまには親の顔を見に来ないとね。…ところで、お袋は?」
「いまそこへ買物にいったよ。じきに戻ってくるだろ」
 大神の父はあやめたちに気付くと、
「…そちらの女性は?」
「あ、大神くんのお父様ですね。初めまして。私、大神くんの上官で藤枝あやめと申します。…で、こちらの二人が歌劇團の團員の李紅蘭と、アイリスです」
 あやめが二人を紹介する。と、紅蘭とアイリスの二人は会釈をした。
「ああ、華撃団の話は一郎から聞いてますよ。…ま、とにかく中へ入ってください。冷たいものもありますので」
 そして4人は家の中に入った。
    *
 やがて大神の母親も戻ってきて、ひとまず挨拶を済ませると大神たちは長旅の疲れを癒すかのようにくつろいでいた。
 大神とあやめは両親に歌劇団の事を話し、アイリスは庭で遊んでいて、その様子を紅蘭が見ていた。

「アイリス〜! 西瓜御馳走になろうでー!」
 紅蘭が庭で犬と遊んでいたアイリスに呼び掛ける。
「うん」
 そういうとアイリスは中に入っていった。

「でも珍しいなあ。ワコはめったに他人になついたりしないのに、アイリスにすっかりなついちゃってるよ」
 大神が言う。
 そう、大神家で飼っている犬はすっかりアイリスになついてしまい、さっきまでアイリスはずっと遊んでいたのだった。
「アイリス、動物大好きだもん」
「そうだな、ジャンポールがいるもんな」
 アイリスは「親友」と言っている熊のぬいぐるみのジャンポールを片時も手放したことがなく、ここに来る時もしっかりと連れてきていた。
 と、紅蘭が、
「ところでな、大神はん」
「ん? どうしたんだい?」
「さっきから人の行き来がそこの道であるんやけど、あれ何や?」
 みると大神の家の前をさっきから村人達が行ったりきたりしていたのだった、
「ああ、もうそんな季節か…。実はこの近くの神社でお祭りがあるんだ」
「お祭り?」
「…うん。でもただのお祭りじゃないんだ」
「…ただのお祭りじゃない、ってどういうことや?」
「何て言ったらいいのかなあ…、慰霊のお祭りなんだよな」
「慰霊?」
「ああ、実はこの村にはね、戦国武将の落武者伝説があるんだ」
「落武者伝説? …どんな話なんや?」
「うん…、これはこの村に古くから伝わる話なんだけどな、今から三百五十年近く前、戦国時代のことなんだ。山崎の合戦で羽柴秀吉に敗れた明智光秀の軍勢の生き残りがこの村まで流れてきた、って言うんだ。村の人々は最初の頃は手厚くもてなしたんだけど、だんだんと食物が不足してきたんだ。悪いことに村は凶作に見舞われて、自分たちの食事にも事欠く有様で村人たちは意を決するとその落武者たちを皆殺しにしたんだ。しかもその殺した落武者の首を晒しものにしたらしいんだ」
「そんな殺生な…」
「…でも、話はこれだけでは終わらなかった。それからというもの、村は他の村が豊作なのにこの村だけが凶作だったり、悪い病気が流行ったりと悪いことが次々と起こったんだ。それはもしかしたら殺された落武者の祟りじゃないか、と恐れた村人はその落武者をちゃんと埋葬して神社を作り、慰霊の舞を踊った。そういうことをしたからか、それから祟りは起こらなくなった、という話さ。その神社が建っている場所と言うのがその落武者の首を晒しものにした、という場所と言われていて、その神社で落武者達を祀っているんだ。で、年一回、その落武者を慰霊するお祭りをするってわけさ。他にも秋の収穫祭や新年を祝うお祭りもやるから、このあたりじゃ有名な神社なんだ」
「祟りねえ…。なーんか非現実的な話やなあ…」
「どこにもそういう伝説、ってあるわよね。平家の落武者とか九郎判官義経の北方伝説とか…。大神くんの村にもあるのね。そういう話が」
 あやめが言う。「判官贔屓」という言葉があるが、アレは「義経は実は衣川を逃れ、蝦夷地(北海道)から大陸へと渡った」という「義経北方伝説」が基になっているのだ。
「その祭りがが明後日あるんですよ。よかったら見物なさったらどうです?」
 大神の父親が言う。と、
「アイリス、そのお祭り見てみたいな」
「…そうだな。帝劇に帰るのは3日後だから、祭りを見物する時間は十分にあるな」
    *
 それから間もなくの時だった。
「…近所で聞いたら帰ってきてる、って言うから」
 と、二人の男が大神の家の玄関にやってきた。
「…誰かと思ったら、西田と横川か」
 そういいながら大神が玄関に行く。
「一体いつ頃までいるつもりなんだ?」
「そうだなあ…、2、3日はいるつもりなんだけど」
「ふーん。それじゃあ祭りの間はいる、って事だな」
「…アイリスが見たい、って言ってるからな。そういうことになるかもな。それがどうかしたか?」
「いや、折角だからさ、お前にも手伝ってもらおうかと思ってさ」
「それは別に構わないけど…」
「そうか。じゃ、早速で悪いんだけど、今夜神社の近くの集会所に来てくれないか? 色々と打ち合わせをしたいんだ」
「わかった」
 そういうと二人の男は玄関を出て行った。

「なんだ、一郎。折角帰ってきたんだからゆっくりしていればいいのに」
 大神が「今夜集会所へ行ってくる」と言うと父親はそう言った。
「仕方ないよ。友達の頼みだしな。それに、親父なんかよりもオレの方が役に立つんじゃないの?」
「いらんこと言うな!」
「ハハハ、親父ゴメン。替わりにお袋と一緒にあやめさんたちの相手をしてくれよ」
「わかったよ」
    *
 そしてその夜。
「じゃあ、言ってくるから」
「気をつけて」
 そして大神が家を出て、集会所に向かった。

 集会所は神社のすぐ近くにあるので大神は神社へ向かって歩いていた。
 祭りが明後日開かれる、と言うことからか、あちこちで準備を進めている人たちを見た。
 そして集会所近くに来た時だった。
「…?」
 道端に摘んだばかりと思える花が飾られてあったのだ。
「…これは?」
 大神は一体その花が何なのか疑問に思いながら集会所に向かった。
    *
 大神が集会所の中に入ると既に何人かの村人達がいた。
「あれ、大神さんのところの…」
「いつ帰ってきたんだい?」
「いや、今朝なんだけどね」
「ああ、すみませんなあ。折角帰ってきたばかりのところを」
「いいんですよ。自分も動いているほうが好きですから」
 と、昼にやってきた大神の友人の西田が、
「大神、こっちへ来い」
 と、大神に座布団をすすめる。

「…おや、誰かと思ったら大神か」
 丁度大神が座った隣に座っていた男が大神に話しかけた。
「…誰かと思ったら田村じゃないか」
 そう、その男も大神の友人だった。
「いつこっちに戻ってきたんだ?」
「いや、今朝着いたばっかりさ」
「そうか…、着いたばかりのところ悪かったな」
「いや、オレもこうやって動いていた方が好きだからな」

 そして集会が始まり、あさって行なわれる祭りについての打ち合わせが行なわれた。
 その打ち合わせがひと段落ついたときだった。
「…そういえばもう、あれから1年になるんだな…」
 不意に村人の誰かがそういった。
「あれ、って何があったんですか?」
 大神が近くにいた村人に聞いた。
「ああ、大神さん所の息子は東京に行ってたからわからないか…。いやね、田村さんところの娘が亡くなってそろそろ1年になるんだな、ってね」
「娘、って…。お前の妹か?」
 大神が田村に聞いた。
 そう聞かれた田村は何も言わず頷いた。
「…一体なんで…」
「ちょっとそれは…」
 そういうとその村人は黙り込んでしまった。
 と、田村が、
「いいんですよ。もう1年経っているし。…実は自殺したんだよ」
「自殺だって?」
 思わず聞き返す大神。
「ああ。丁度去年の今頃、夏祭りが終わってすぐの頃だったけど、この近くの木で首を吊ったんだ。お前は東京にいたからわからないだろうけど、凄い騒ぎだったんだぜ」
「親父もお袋もそんな話はしなかったけどなあ…。時々こっちから来る手紙にも書いていなかったし」
「そりゃお前には直接関係はないことだからな」
「…じゃあ、ここに来る途中の道においてあった花は…」
「そういうことになるな」
 そんなことがあったとは夢にも思わなかった大神はただ黙っているだけだった。

 そして打ち合わせは1時間ほどで終わり、解散となった。
 その帰る途中の道で大神は来る時も見た道端においてある花を見る。
 来た時はわからなかったが、理由を知った今ではまた別の気持ちになってくる。
 田村の友人と言うことで大神も彼の妹については知っているが、村でも評判の明るい娘だったはずだ。そんな彼女が何故自殺なんかしたのだろうか?
「ふうっ…」
 大神はひとつため息を吐くと、家に向かって歩き出した。
    *
「ただいま」
 大神が家に入ると、
「あ、お兄ちゃん、お帰り」
 アイリスが大神を出迎えた。よく見ると手ぬぐいを持っている。
「…なんだ、今から風呂に入るのか?」
「うん、紅蘭と一緒に。紅蘭!」
「わかっとるわ。せかさんといてや」
 そう言いながら紅蘭がやってきた。
「そこの廊下の突き当りが脱衣所だから」
「わかったわ」
 そして二人は脱衣所に向かっていった。

 居間に入るとあやめが縁側で涼んでいた。
「あら、大神くん、お帰りなさい」
「今帰りました」
 そういうと大神はあやめの傍に座る。
「…どうしたの、大神くん? 何かあったのかしら」
「え?」
 思わずあやめの顔を見る大神。
「だって出かける前と、今では全然顔つきが違っているんですもの。集会所で何かあったのかしら?」
 大神は一瞬、「あのこと」を話すべきかどうか躊躇した。
でも相手はあやめである。彼女ならば色々な意味で信頼が置けるだろう。
「…いや、実はですね…」

「…そんなことがあったの…」
 大神から話を聞いたあやめも複雑な表情だった。
「自分も田村の妹のことはよく知っているんですけれど、とても自殺なんかするような子じゃなかったんですけどね…」
「でも結果的には他人の気持ちなんてわからないものよ。その彼女が一体どんな理由があって自ら命を絶ったのか、なんて私達にはわからないわ」
「そうですよね。それにもう一年も前の出来事ですし…」
 暫くの間二人は沈黙していた。と、
「いやあ、ええ風呂やったわ」
「本当だよね」
 紅蘭とアイリスが風呂から上がったようだ。
 そして大神とあやめがいる部屋に戻ってきた。
「どうしたんや、二人とも? なんか辛気臭い顔して」
「ん? いや、なんでもないよ」
「いやあ、それにしてもええ風呂やったわ。…あやめはんも入ってきたらどうや?」
 紅蘭があやめに勧める。
「…そ、そうね。じゃ大神くん、私も入ってくるわ」
 慌ててあやめも作り笑顔をするとそう答えた。
「お兄ちゃん家のお風呂って木で出来てるんだよ」
「そう。純和風、ってことね」
 そう言うとあやめは着替えを取りに部屋に向かおうとしたときだった。
「あ、大神はん、ちょっと…」
    *
 浴室の格子窓から湯気が立ち上っている。
「…間違いないな」
「…ああ。今、あのあやめ、って女が入ってるぜ」
 物陰に隠れてよからぬ相談をしている二人の男がいた。
 大神の友人の西田と横川の二人だった。
 二人は物音をたてないように浴室に近付く。
「しかしよお…、あのガキと眼鏡の娘はとにかく、大神の野郎にあんな美人の上官がいるなんて犯罪だよなあ」
「いや、あんな美人が軍人ってコト自体がもう犯罪だぜ」
 もうここまで書けばお解りだろう。ふたりはこれからあやめが入浴しているところを覗こうとしているのだ。いつの時代にもこういうヤツがいるものである。
 二人は格子窓の側まで来た。
 そして格子窓に手を掛けるとそっと頭を上げた。
 次の瞬間、二人の顔に熱湯がふりかかった。
「あっちゃあ!」
 …どうやらあやめは感付いてたようである。
 二人は大急ぎでその場を立ち去った。と、
「おまえたち、何やってんだ?」
「お…大神!」
 そう、なぜかそこには大神が立っていたのだ。
「まさか、あやめさんが入浴しているところを覗こうとしていたんじゃないだろうな?」
「そ…そんなこと…」
「ははあん、図星…か」
「そういうお前こそなんでここにいるんだよ?」
「いや、紅蘭が『風呂からあがろうとした時に誰かに見られている感じがした』っていってたんでね。それであやめさんが『ちょっと見張っててくれ』っていってたんでね。それにしても、残念だったな。あやめさんはあれで物凄く勘がいいんだ。おまえらが覗こうとしてもそんなのお見通しだ…よ?」
 大神は言葉に詰まった。そして、縁側のほうを見る。
 何やら人影が通ったように見えたのだ。
 次の瞬間、
「キャーッ!」
 今の方から叫び声が聞こえた。
「どうした?」
 叫びながら大神が今へ向かった。

 今に飛び込むとアイリスと紅蘭が部屋の隅で縮こまっていた。
「アイリス、紅蘭。何があったんだ?」
「い、今、誰かが通りかかったんや…」
「通りかかった?」
「そ、それが何だか鎧のようなものを着ていて…」
「鎧だって?」
「一体どうした、って言うの?」
 叫び声を聞いて慌てて風呂から上がったか、あやめも着ていた寝巻を整えながら部屋に入ってきた。
「あ、いえ、その、アイリスと紅蘭が鎧武者のような人影が通りかかったって…」
「鎧武者、って…」
「確かにこの目で見たんや。な、アイリス?」
「う、うん。確かに鎧みたいなのを着てて、こっちの部屋を向いたんだよ」
「…だとしたら、何でそんな事を…」
「とにかく、詳しい話を聞かせてもらえるかしら?」

(第2話に続く)






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