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パステルの小さな冒険。――まだ見ぬ人探しの旅――

作者: 空伏空人

イラスト作者、晶さん。


作者さんマイページURL

14890.mitemin.net/

 そうだ、冒険に出よう。

 ふと思い至った私は、さっそく準備に取り掛かりました。

 一週間分の食料に着替え、雑貨に日用品。それとクマのぬいぐるみをいわゆるバックパックという、己の背丈よりも大きいかもしれないバックの中に詰め込みます。

 サファリジャケットで身を包み、首に双眼鏡をかけ、うんしょ、と力を込めてバックを背負います。

 かなりの重さになってしまいましたね。

 一度降ろしたら、二度と背負えなさそうです。


「ふむ……」

 鏡にうつして見た目の確認です。

 うむうむ、どこからどうみても冒険者ですね。


挿絵(By みてみん)


 そして私は家の居間で本を読んでいたお兄ちゃんに「冒険に行ってくる」とだけ伝えて家から出ました。

 お兄ちゃんは本から目を離すことなく、適当に返事をしただけでした。

 相変わらず適当なお兄ちゃんです。


 私とお兄ちゃんが暮らしている家は、街から少し離れた自然の中に、ぽつりと建っています。

 鼻で息を吸えば草木の匂いがするような場所です。

 そんな私たちの家の後ろには広大な森があって、そこが今回の冒険の舞台です。


 いつも山菜を取りに入っている森なので、まあ、迷うことはないでしょう。

 しかし木々が生い茂る森とはいえ、いつも入っている場所に行って、果たしてそれが冒険と呼べるのでしょうか。

 うーん。

 少しだけ考えて、いつもよりももっと奥深くに行くことにしました。

 大丈夫です。森の奥深くとはいえ、そこまで鬱蒼とした場所ではないはずですし、迷わないようにする策はちゃんと用意してあります。


 そう、パンです。

 パンを小さく千切って、歩いてきた道に置いていけば迷った時、それを辿って知っている道に戻ることが出来るのです。

 なんと言う独創的かつ奇抜な、オリジナリティー溢れるアイディアなのでしょうか。

 これはあれですね。特許とれますよ。


 そんな訳で私は森の入り口からパンを千切っては落とし、千切っては落としを繰り返しながら森の奥深くに入っていったのでした。

 その一週間後。

 私は未だに家に帰れていません。

「……迷子です!」


***


 パンはダメでした。

 お腹をすかせた動物たちが当然のように食べていって、辿ることが出来ませんでした。

 ただの餌やりと化していました。

 こんな事を思いついた人はスゴく馬鹿なのだと思います。

 もっと木の幹を切っておくとか、そういうのにしておけばよかったです。


 そんなこんなで迷子になってから五日が過ぎました。

 幸いにも川を見つけることが出来たので、水の心配はありません。

 今はそのほとり、小さな丸っこい石が沢山落ちている川岸にテントを建てています。

 しかし困りました。困り果てました。


 初めの方はまあ確かに焦りはしたけど、どうにかなるだろうと、甘く考えていたのですが五日すぎてもお兄ちゃんは私を探しに来てくれません。

 もしやお兄ちゃん、私が帰っていないことに気づいていない?

 ついうっかり放っておくと、一週間ぐらい何も食べずにぼーっとしているような人ですからね。ありえます。


 ん、そうなると早くに帰らないとお兄ちゃんが餓死してしまう可能性もあるという事ですね。

 これはまずいです。

 みんな居なくなってしまいます。

 ただでさえ私がピンチなのに、お兄ちゃんのせいで更にピンチになってしまいました。


「はやめに家に帰らないと行けないのは分かってるんだけど……」

 手元にある食料を見て、私はため息をつきます。

 一応食料は一週間分持ってきていたはずなのですが、おかしいですね、多く見積もってもあと一食分しかありません。


 ……はい、自白するとですね、初日に歩いている時にもしゃもしゃ食べていました。

 だってこんな事になるとは想像だにしていませんでしたからね。ピクニック気分でしたからね。

 まさか森の中で迷子になるとは……。

 そんな訳で、最終目標は家に帰ることですが、今は目先の目標として食料の調達が出来ました。

 幸いにもテントの前には川があります。

 さっき魚が跳ねているのを確認しましたし、生き物はいるようです。

 さっそく私は履いていた靴を脱いで川の中に入りました。


 実際、川の中に入る時は足を怪我しないように靴底の厚い靴を履いておくべきなのでしょうが、今は靴がこの一足しかないので濡れてしまうと後々めんどうなのです。

 川の水は冷たく私は思わず身震いをしてしまいます。


 さてさて、魚はいるかなー。

 川の水は汚すものがいないからか透き通っていて、中を悠々と泳ぐ魚の姿がよく見えました。

 さっそく私はその魚めがけて手を伸ばしましたが、魚はその手の隙間をするりと抜けて逃げていきます。

 ぐう、中々手強いです。

 これならば釣り竿とか持ってきていればよかったですね。


「……ん?」

 と、私が必死に魚と勝負をしている時でした。

 森の中からのそりと大きな熊が出てきました。

 ぬいぐるみだとあんなにも愛くるしい熊ですが、現実の熊は毛は固いですし、その下にある体は筋骨隆々でむきむきです。

 その腕を適当に振るえば木の一本や二本、あっさりとなぎ倒してしまいます。

 いつもなら出会いたくもない生き物なのですが、今は違います。


 言わずもがな、熊という生物は川を泳ぐ魚を捕らえる名人なのです。名熊なのです。


 熊はその大きな体をゆっくりと動かしながら、私の存在を気にすることなく川の中に入りました。

 そして川の中を泳いでいる魚を視認すると、その肉球と鋭い爪がついた大きな手を川の中に突っ込み、掬い上げるようにして川の水を弾きました。

 川の水がぱらぱらと飛び散り、水を失った魚は宙を泳ぎながら川岸に落ちました。


 ふむ、なるほど。

 どうすれば捕ることができるのかは分かりました。

 分かったところで、できるかどうかは別問題ですけど。


「あのー、熊さん」

 しかしせっかくなので、私は魚をせっせと捕まえている熊さんに話しかけることにしました。

 もしかしたら魚を分けてくれるかもしれませんし、家への帰り方を知ってるかもしれません。

 近づいて話しかけると、熊さんは首を動かし私の姿を視界に捉えると、少し驚いたような反応をしました。


 おや、珍しい。人がいるなんて。いつ以来かね。

 目を細めながら熊さんは言います。

 ここで世間話を始めるのも中々乙なものかと思ったのですが、それだと話が始まりません。私はそうそうに、話を本題に進めることにしました。


「私迷子になってしまったのですが、私の家がどこにあるのか知りませんか?」

 そもそも、あなたの家がどこにあるのか知らないから、なんとも言えないね。

 熊さんは言います。

 それはそうです。


「じゃあこの森を出るにはどっちに行けばいいですか?」

 街に出る方がいいかい。それとも、港に出る方がいいかい?

 熊さんは言います。

 港なんてあるんですか。気になりますね。しかし今は家に帰ることを最優先に考えないといけません。今回は我慢することにします。


 街に出る方を教えて下さい。と私は尋ねました。

 熊さんは魚を掬い取る手を止めて、川下の方を指します。

 この川に沿って下っていけば街につくよ。


「なるほど、ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げますと、熊さんはいやいや。と恥ずかしそうに首を横に振りました。


 ああ、そうだ。お腹が空いているのなら、あそこにある魚を持っていくといい。

 とまで、言ってくれました。

 なんとまあ、優しすぎる熊さんです。

 いつかそれが原因で自爆しかねそうでちょっと心配です。

 まあ頂くのは変わりないんですけど。

 人の(熊の)好意はしっかり受け取りませんと。


 それで、ああ、一つ質問いいかな。

「はい、なんでしょう」

 あの、そのなんだ。人間が使っていたでかい音のなる筒を、きみは持っているのかな。


「でかい音のなる筒……? ああ、これの事ですか?」

 私はサファリジャケットの幾つもあるポケットの中からずるりと、大きな銃を取り出しました。

 熊の一匹ぐらいならぶっ殺せそうなゴツい銃です。

 私の手に余るぐらい大きいですね。

 その銃口をおもむろに熊さんの方に向けました。

 熊さんは驚いて川の水を弾きながら、飛び退きました。


「一発撃ってみましょうか?」

 熊さんはふるふると首を横に振りました。

 ですよね。

 私も出来れば撃ちたくありません。

 大きすぎて反動が強すぎるんですよ、これ。

 一回試しに撃った時は脱臼してしまいましたし。

 私は熊でもぶっ殺せそうなゴツい銃を再びポケットの中に仕舞うと、熊さんが捕まえていた魚を一匹もらい、落ちていた木の枝を集め、それにライターで火をつけて(情緒がないと、そうですか)魚を焼いて食べました。

 そうして腹をふくらませた私は、まだ魚を捕まえていた熊さんにお礼を言ってから、川下に向かって歩き始めました。

 ですが……。


「この川に沿っていけばいいと言ってたけど……うーん」

 幾らか歩いていると、川が二手に分かれていました。

 これはどちらに行くのが正解なのでしょうか。全く、そういった所までしっかり教えて欲しかったです。

 二手に分かれている川を呆然と眺めていると、森の方から一匹のリスさんが姿を現しました。

 リスさんはいつも忙しそうに動き回っていて、今も時間を無駄に消費しないようにとせかせかと動いています。

 川に近づいたリスさんは、首をせかせか動かして、私の存在に気づくと逆毛立たせて、森の中に逃げ帰ってしまいました。

 しまった。

 どちらに沿っていけば街に行けるのか聞こうと思っていたのに、逃げられてしまいました。


「あ、あのー。リスさーん。逃げてもいいですから、一つ質問させて貰えないですかー?」

 私は走ってリスさんがさっきまでいた所に向かうと、そこから森に向けて声を上げました。


 人間? どうしているんだ?

 返事が聞こえてこないので、いざ仕方なくもう一度声をあげようとすると、頭の上から声がしました。

 上を見てみると、私の近くにはえている木の枝にリスさんはいました。

 いつの間に登っていたのでしょう。

 相変わらず忙しい生き物です。


 のんびりしていると変化に乗り遅れて滅びるぞ。

「せかせか生きていても早死にするだけですよ」

 それでどうして人間がいる?

「いやあ、お恥ずかしい話。迷子になってしまいまして」

 えへへ、と後頭部をさすりながら笑ってみせると、リスさんは私を馬鹿を見るような目で見ます。

 まるで森で迷子になるとかありえなくないか? みたいな目です。

 いや、リスさんはここがホームグラウンドだからそんな目を出来るんですよ。見知らぬ土地なら、迷子になるのも仕方ないと思うんですが。


「それで川上の方で、この川に沿っていけば街に行けると聞いたのですが、見ての通り川が二手に分かれていてどちらに行けばいいのかさっぱり分からないんですよ。リスさん、どっちに行けば街に行けますか?」

 どうして街に行く?

 そうリスさんは尋ねてきました。

 しかしどうも、このリスさんは見た目に反して話し方が森の賢者みたいですね。

 リスの寿命は確かどう足掻いても数年らしいので、私よりも年下で、そんな偉そうな口調で話せるほど人生(リス生)に重さはないと思うのですけど。


「街の方に行けば、私の家がどこにあるのか分かるからです」

 なるほど。街は右手の方だ。

 リスさんは偉そうに教えてくれました。

 私はお礼を言ってから右手の方に行きました。

 しかし森もいつの間にこんなにも広くなったんでしょうか。

 昔はもっと狭かった気がします。

 私が知らなかっただけですかね。


 そんな風な事を考えながら私は川に沿って歩きます。暫く歩き続けると森の終わりが見えてきました。うっすらとですが、建物のようなものも見えます。

 家の近くにある街に間違いありません。

 やりました。

 私は街に向かって走りました。街はいつも通り閑散としていました。

 さもありなん、なんせ人がいないのですから。

 人がいませんからゴミと瓦礫だらけの道も空いていますし、窓ガラスが割れて家具が散乱している建物の中は静まり返っています。

 人がいないことはだいぶ昔から知ってますから特に驚きません。

 そもそもここに人がいた事なんて、私自身見たことないので知らないんですけどね。


「さて、食料探しをしましょう」

 そう呟いて私はいつも潜入している一際大きな建物の中に入ります。

 歩く度に頭上からホコリが落ちてきます。そろそろ自重で崩れてもおかしくないですね。

 私は建物の奥に進みます。

 食料関連のものはもちろん腐っていて存在していないのですが、缶詰はまだまだ健全です。とはいっても、中には今にも破裂しそうなものもありますが。


「んーっと、うげ、猫用ですかこれは……」

 表面に印刷された文字は、もうかすれてしまっていて、ほとんど見えなくなっています。

 それをどうにか読みながら、缶詰を回収していきます。

 缶詰もそろそろ底を尽き始めてきましたね。ふうむ、一応森の中には動物たちも色々いるのでまだ食料も尽きたりしないでしょうが、やっぱり不安ですね。人類滅亡もあと一歩って感じです。

 私は缶詰を幾つか回収して、再びバックを背負いました。

 どこかで建物が崩れる音がしました。


***


 家に着きました。

 街と家の間には、まるで白色の正方形の盤が、さながら板チョコレートのように並んでいます。

 その盤一つ一つには何かの文字が刻まれていますが、何て読むのかは分かりません。ただ色々な言葉で書かれていることだけは確かです。


 そんな道を進み、私は家に着きました。

 ドアを開けると、お兄ちゃんの腹の音がしました。かなり喧しいです。やはりこの間、一口も物を口にしていなかったと見て間違いないでしょう。

 全く、こんな状態でよく生きていますね。

 私が死んだらお兄ちゃん一人になっちゃうんですよ? 滅びゆく運命しかないんですよ?

 ドアの開いた音に気づいたお兄ちゃんは本を閉じて、のそりと私の方を向きました。

 そして私の背後に誰もいないことを確認してから。

「どうだ? 人間はいたか?」

 と聞いてきました。

 私は返します。

「ううん。やっぱりいなかった」

 人類は絶賛絶滅中です。

晶さん。可愛らしいイラストを使って小説が書けて楽しかったです。

あと、なんかごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お兄ちゃんはロボットに違い無いw [一言] 擬人化の童話調と思わせて。やられた?!
[一言] ですます口調の地の文がパステルちゃんの可愛さを引き上げて、動物のキャラ付けがほんわかして、と童話みたいな可愛らしいお話しだなぁと読み進めた矢先の……。 いい意味で、あの裏切りは流石です!
[一言] こんにちは。ソウイチです。 企画小説の執筆、お疲れ様です。 「……迷子です!」――力強い台詞ありがとうございます。 あの一言、インパクトがあって面白かったです。くすりとしました。 動物たち…
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