第二話 再開
クライドはアンソニーに自転車を停める場所を指示してやってから、二人を家に上げた。
「上がってくれ。グレンとシェリーがいちゃついてて俺の居場所ないんだ」
「あはは、解るよ。最早、僕らのいる場所と二人のいる場所は次元が違うよね。いいなあ、二人は熱くって」
冗談っぽく言ってみれば、ノエルは苦笑してそういった。クライドも苦笑し返してから、玄関の扉を閉めてノエルに向き直る。
「意外だな、お前が人をうらやましがるとは」
そう言ってみるとノエルは一瞬目を見開いて、それから困ったように笑った。
「そうかい? でもグレンは、僕にないものをたくさん持っているから」
そういうノエルが何処か寂しげに見えて、クライドは何と声をかけて良いのか少しのあいだ悩んだ。
「でも、ノエルだって熱くなるんじゃねえの? あの町に行ったら」
「またそういうことを…… クライド、やめてくれないかい」
いたずらっぽく笑いながら、ノエルはやんわりとそういった。その言葉の真意は見抜けないが、クライドは少なくともノエルとサラが両思いだということを確信しいてる。
冬にアンシェントタウンを出た時も、漁師町であの二人は人目もはばからずにいちゃついていたのだ。特に、別れ際に放たれたサラの『ずっと一緒にいて』発言にクライドは度肝を抜かれた。なおかつ、その問いにノエルがにっこりと笑いながら頷いたのだ。勿論、クライドはノエルとサラ以外の全員をかきあつめてその場から撤退した。その後、二人に何があったのかは知らない。むしろ知りたくないとクライドは思っている。
「遠距離、ねえ。遠距離恋愛ってすぐ続かなくなるのが普通だって誰かにきいたことがあるんだ」
ため息をつきながら壁にもたれて自嘲めいた笑いを浮かべるノエル。クライドは唖然として、ノエルを凝視した。今までノエルがこんなに狂おしげな発言をしたことがあっただろうか?
今までのノエルは、あまり恋愛に関心がないように見えた。だが今は、真剣にサラのことを考えているように見える。
やはり去年の旅でサラと会った時に、ノエルの中で何かが少し変わったのかもしれない。虚ろな笑みを浮かべるノエルに向かい、アンソニーが口を開いた。
「ノエル、大丈夫?」
「大丈夫だよ、アンソニー。僕は平気」
「絶対大丈夫じゃなさそう。酸欠で死んじゃいそうな顔だよ?」
「あはは…… そう見えるかい?」
少し会話を交わして、彼らは居間のソファに腰掛けた。クライドもノエルの隣に腰掛けて、苦笑する。
確かに、今のノエルからは気の抜けた炭酸水のようなオーラが感じられる。ノエルらしくないのだ。
「変だよね、僕がこんな発言するなんて」
「安心しろノエル、俺もそう思う」
一体何を安心しろというのか。意味を自分でもはかりかねて、クライドはノエルと一緒に笑った。するとアンソニーがちらりと顔を上げ、階段の方を見た。
アンソニーにつられて階段のほうを見ると、寄り添いながら階段を下りてくるグレンとシェリーが見えた。全く、人騒がせなカップルである。
「クライド、悪い」
グレンは困ったように笑いながらこちらを向いて、ちゃんと彼なりに誠意を込めて謝ってきた。クライドは一瞬だけどうしようか迷った末に、少し棘のある声で言ってやった。
「ああ、いいけどな。でも、今度から俺の部屋でいちゃつくのやめろ。こういうの、今回限りな」
「ごめん、わかってるって」
別に、グレンに意地悪を言って楽しいわけではない。彼やシェリーが困る顔を見たいわけではない。ただ、はっきり言って羨ましかった。そこがたとえ他人の家であろうと、関係なく手を握り合って笑える二人の関係が羨ましかった。
どうしてグレンはそこまで求めてもらえるのだろう。グレンはデリカシーがないし自分勝手な行動もするし、何より誤解を生みやすい性格だし、短気だ。
……それでも彼は、優しさや思いやりをちゃんともって誰かを大事にすることもできるし、容姿端麗で頭脳もそこそこ明晰で明るくて一緒にいて楽しい人間なのだが。
ああ、そうか。シェリーは、全てを足して一つに統合したグレンが好きなのだろう。
シェリーの、寂しがりやの癖に気が強い所なんかはグレンのタイプなのかもしれない。まあ、グレンの好みなんて今のところシェリーしか思い浮かばないのだが。
クライドの恋愛運はつくづく悪いと思う。今年に入ってから、また振られた記録が更新された。春になってヴァレリーに別れを告げられた時、グレンとノエルとアンソニーは三人で家まで押しかけてきて励まそうとしてくれた。少しは元気になったが、やはり傷は深かった。今でも、時々胸の奥が疼く。いや、もっと前から引きずっている存在もあるのだが。
黒い髪に黒い眼をした、あのメイド服の少女。彼女の存在が、自分を旅に向かわせようとするのだ。まだ彼女に抱いていた感情は忘れていない。空疎でしかなかった、最初で最後のキスの感触も。
「とりあえず、僕らを呼んだってことはもう決めたんだね」
アンソニーの声で我に返り、彼を見る。旅から帰ってきてから今までの間に、彼の声はかつてのトーンから少しだけ低くなったように思う。
アンソニーは思ったより男らしくなった。今では可愛い天使というより、立派な普通の少年だ。人間はほんの一年とそこらでこんなにも変わるのかと実感し、少し残念な気分になる。
可愛くて幼かったアンソニーは、凛々しくなって少し大人に近づいてしまった。彼が気にしていた薄いそばかすは、よく見ないと気づかない程度になった。
皆、変わってしまった。グレンは以前より大人びて、髪も背も伸びた。折角背が伸びたクライドなのに、彼との身長差は今までとさほど変わらないままなのだ。むしろ今までより差が開いたかもしれない。確か、彼は百八十四センチもあると言っていた。彼の身長はもうこれ以上伸びてくれなくていい。グレンは髪はいつもと同じようにゆるく纏めて左肩に垂らしているが、その長さは既に臍の辺りまで届きそうなほどあった。
ノエルもわずかに背が伸びた。そして帝王戦で破損した眼鏡をシルバーの細いフレームの物に新調したので、旅を始めた頃の野暮ったかった印象はかなり改善された。加えて、今までよりも反射神経がよくなったように感じられる。二ヶ月間のあの旅で、散々死にそうな目にあってきたからなのだろうか。極め付けに彼は作り笑いが一段と上手になったから、つられてクライドも誰かの作り笑いを見抜くのが上手くなったと思う。自分は、どうなのだろう。作り笑いを見抜く以外に、何か変われた部分はあったのだろうか?
背が伸びた。夏休み明けには最終学年になる。エルフの血を生かして運動には力を入れている。歌を歌うことも嫌いではなくなった。そして今まで以上に正義感が増したように思う。他には?
「クライド?」
不思議そうな顔でシェリーにそういわれて、はっと顔を上げると四人が全員でこちらを凝視していた。クライドは慌てて言おうと思ったことを思い出して、口にした。
「ああ、明後日ここを出ようと思うんだけど」
すると、グレンはすぐに頷いてくれた。シェリーもだ。アンソニーは一瞬だけ迷ったように悩む仕草を見せて、ノエルは相変わらず穏やかな表情のまま暫く何も言わなかった。
「うん、明後日だね。解った、仕度しとく」
「今回の旅は、どれくらいかかりそうなんだい?」
アンソニーが承諾してくれたあと、ノエルがそう訊ねてきた。クライドは少し考えてから、ノエルだけでなく全員に向けて答えを返した。
「まだ解らないけど、確実に二ヶ月以上はかかると思う。学校に行ってないノエルやシェリーは良いとして、グレンとアンソニーは新学年の始業式には確実に間に合わないって思っておいてくれ。降りるなら今だぜ」
そう言ってみると、案の定反発された。
「降りねえよ!」
「降りないよ!」
二人の声が見事に重なって、声が重なった二人は顔を見合わせて笑いあっている。高低の差はあるにしろ、同じような調子で同じような大きさで発された声だったので、今の声は聞いてて綺麗だったと感じた。
クライドも小さく笑って、ノエルを見た。
「今回も、ノエルは医務担当で頼む」
「誰かさんたちに対しての教育的な指導の方も、任せておいて」
そういいながら頷くノエル。視線の先には、先ほどからずっと寄り添ったままのグレンとシェリー。
今の瞬間、何故かノエルがとても悪戯っぽい笑みを漏らしたように感じた。いつもの大人びた笑みではなく、アンソニーのように子供っぽくて無邪気な笑み。クライドは、ノエルもそんな表情ができるのかと少し驚いた。
「裏っぽい情報収集が必要なら、酒場とか普通に入れそうなグレン頼む」
「了解」
クライドの容姿では、酒場になんて入る前に夜討ちに遭いそうだ。年相応かそれより一歳か二歳上に見られるクライドだが、大人に間違われたことは一度もない。おそらく、この華奢な体格が悪いのだろう。
グレンだったら演技も上手だということが去年の旅で証明されているし、頑張れば実年齢が二十歳以上に見えないこともない。それに、喧嘩に強い。
「明日、買出しに行ってくる。各自、必要なものはちゃんと揃えといてくれ」
クライドはそう告げて、各々の顔を見た。グレンは頷いて、それにあわせてシェリーも頷いたが、アンソニーは頷かなかった。
「一緒に行こう? だって、僕また余計なもの買いそうだし」
「ああ、そうだな。じゃあ、明日うちに来いよ」
アンソニーに向かって頷いてやると、今度はノエルが声をかけてきた。
「僕も一緒に行っていいかい? こういうのは、仲間と重複する持ち物があったりしたら無駄だからね」
「あー、そうか。じゃあ俺も行こうかな」
彼の発言に対し、グレンも何度か頷いてクライドを見てくる。クライドは少し迷った後、笑って頷いた。このあとシェリーも混ざったので結局は全員で買出しに行くことになったのだが、それはそれで楽しそうだ。
それからクライド達は、日時を決めた。町にあるショッピングモールに、昼前に集合ということにしておいた。
そして、最初にアンソニーが帰った。シェリーが帰ると言い出したのを、グレンが送るといって二人とも帰っていった。ノエルは暫くクライドと話をして、それから笑みを残して帰っていった。
父は台所でリンゴを剥いていたし、祖母は部屋にいた。それでもクライドは、何となく独りになってしまったような寂しさを少しだけ感じていた。
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