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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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来襲

「フレーゼ・ルミナ・エチレアと申します。高名な神子様とお会いできて光栄です」

 驚いたことに、紹介された評議員は若い女性だった。まだ二十代前半だろう。透き通った美貌と穏やかな物腰が、清楚な雰囲気を醸し出している。
 彼女は『セイヴェルンの聖女』とも呼ばれているそうだが、それも納得できる話だった。

「カストル神殿長の紹介状で、大方の事情は把握しました。辺境を自治都市連合に加盟させるお手伝いが必要なのですね?」

「ええ、発議自体はアルティエロ卿がなさいますが……」

「いくらアルティエロ様でも、お一人で提起するには大きすぎる問題ですものね。……分かりました。私たちもそのお力となりましょう」

 彼女はそう告げると、柔らかい笑みを浮かべた。あっさり承諾されたせいで逆に不安になってしまったくらいだ。

 聞いた話では、彼女は自治都市セイヴェルンの有力な宗派と親交が深く、彼女が提言する施策もそちら寄りのものが多いという。

 まるで統督教の代理人のようだが、クルシス神殿以外の各宗派からも容認されているらしい。ギリギリ政治参加ではない、ということだろうか。国ではなく自治都市レベルだから見逃されている、という事情もありそうだな。

 だが、なんであれ、協力を確約してくれた相手に対してすることは一つだ。俺は真面目な顔で頭を下げる。

「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」 

「お顔を上げてください。カストル神殿長の頼みでもありますし、辺境が自治都市連合に加わることは、この街にとってもプラスになりますもの」

「そう仰って頂けると安心します」

「……ただ、一つお願いがあります」

 ――ほら来た。やっぱり無償ですむわけがない。そんなひねくれたことを考えながら、俺は彼女の言葉を待つ。

「次の評議会は五日後です。……ですので、その日まではこの街にいてくださいませんか?」

「ええ、分かりました」

「よろしくお願いします。神子様が評議会に列席することはできませんけれど、話がどういう展開になるか分かりませんから」

 つまり、場合によっては証人みたいに呼び出されるということだろうか。ただ、この点に関してはアルティエロさんやトレアスさんにも言われていたことだったため、元からその予定だった。

 そのため、実質的な俺たちの負担はゼロだ。だが、本当にそれだけでいいのだろうか。それを確認しようとしたところ、彼女のほうが一瞬早く口を開いた。

「対価を要求しないことが不思議ですか?」

「……ご慧眼の通りです。市場の開拓や、有事の戦力増強といったメリットは、御家にはあまり益がないかと思いますが……」

「神子様は、辺境に唯一存在する神殿の長であり、当然ながら転職ジョブチェンジの神子様でもあります。そんな方と知り合えたのですから、充分なリターンは頂いています」

 それはつまり、無形の貸しを一つ作ったのだと、そう言いたいのだろうか。もしそうなら、彼女は見た目にそぐわず現実的な人物だということになる。

「なるほど、評議員とは大変に難しい役職なのですね」

「神子様ほどではありませんけれど」

 そう言って彼女が見せた笑みは、今までのものとは少しだけ異なっていた。……うん、やっぱり彼女は同類だな。聖女の仮面をわずかに外して見せることで、俺を安心させる。その計算ができる時点で、彼女は見た目通りの存在ではない。

 本当に、この街は曲者ばかりだな。そんな感想を抱きながら、俺は彼女に話を合わせる。

 エチレア邸を後にしたのは、それから一刻後のことだった。






「ふむ……さすがじゃな」

 道場主であるミダスさんの声に一拍遅れて、木剣がカランと音を立てる。

「……参りました。さすがはアズライトを倒した英傑ですな」

 悔しそうな様子ながらも、木剣を手から叩き落とされた男性は素直に負けを認めてみせた。

「ありがとうございます。でも、固有職ジョブの力がなければ勝ち目はありませんでした」

「その年齢でこれだけの剣術を修めているのだ。それこそが固有職ジョブの力に溺れず、真摯に己を磨き続けた証です。謙遜することはありませんぞ」

 クルネの言葉にそう返すと、男は深く一礼する。彼は闘技大会でクルネが戦ったミダスさんの一番弟子だ。もう壮年の域に達しており、その技術は確かなものだった。

 彼自身も、闘技大会で固有職ジョブ持ちを倒したことが何度かあるようで、ミダスさんが引退した後は、彼が『固有職ジョブキラー』の二つ名を受け継ぐことは確実だという。

 そんな彼とクルネの立ち合いを見て、居並ぶ門下生たちがざわめき始める。それは、クルネが一番弟子を倒したことに対する驚きではなく、自分ならどうやって勝ち筋を見つけるかという、非常に建設的なものだった。

 その様子を満足そうに眺めながら、ミダスさんが俺のほうへやってくる。

「神子様にまでお付き合い頂いて、申し訳ありませんな」

「こちらこそ、クルネの申し出を受けて頂いて感謝しています。私の用事は済んでいますから、可能であれば評議会の日まで毎日お邪魔させて頂きたいくらいです」

 ミダスさんを前にして、俺は思わず背筋を伸ばした。

 俺に剣術はよく分からないが、剣士ソードマンとしてはかなりの技量を持っているはずのクルネが教えを請いたいと言うのだ。
 そうであるからには、敬意を払うに相応しい人物なのだろう。

 闘技大会の後、クルネに「ミダス師匠せんせいに剣を教わる時間がほしい」と言われた時には驚いたが、意外と自己主張をしない彼女の頼みごとだ。多少の予定を曲げてでも希望は叶えたかった。

「儂らとしても、それは願ってもいないことじゃ。……それにしても、たかが護衛の修行にわざわざ付き合うとは酔狂な神子様じゃのぅ……おっと、馬鹿にしておるのではないぞ」

「ええ、分かっています」

 クルネをただの護衛だと思ったことはないし、彼女の強さは俺の安全にも直結する。護衛のクルネが俺を放り出して道場に通っては本末転倒だが、こうして同行していればそんな問題もない。

「ところで、例の件じゃがな……」

「はい」

 ミダスさんの声のトーンが落ちたことに合わせて、俺も小声で頷きを返す。

「やはり、儂は今のままで充分じゃよ。神子様やクルネ殿の厚意は嬉しいがの」

「……そうですか、分かりました」

 ミダスさんが小声で口にした案件。それはもちろん、ミダスさんの転職ジョブチェンジの話だった。

 俺の予想に違わず、彼には固有職ジョブ資質が備わっていた。それも、『剣士ソードマン』『戦士ウォリアー』『騎士ナイト』『格闘家モンク』『盗賊シーフ』と盛りだくさんだ。
 一体どれだけの修練を積めばこの域に達することができるのか、想像もつかない。

「今となっては、『村人』の身でどこまで固有職ジョブ持ちに敵うのか、それを極めてみたいのよ。……あと二十年、いや十年若ければ、どう答えたか分からんかったがの」

 そう言ってひとしきり笑うと、ミダスさんはクルネのほうへ歩いていく。彼に言わせると、クルネはかなり筋がいいが、相手の行動予測に甘い点があるとのことで、そこに重点を置いた修練を行う予定らしい。

 ミダスさんがクルネに何事か説明しているのを、俺はよく分からないなりに眺め続ける。

 道場の灯は、夜が更けるまで煌煌と輝いていた。






 評議会当日までこの街にいることを求められていた俺たちは、その時間を各々有効に使っていた。

 俺はクルネと一緒にミダスさんの道場に通っていたし、リカルドは手土産を携えて「公式な肩書はないが政治的影響力を持つ人物」たちに顔を売っていた。
 コルネリオは辺境の特産品を売りさばく販路の拡大に奔走しており、マデール兄妹は魔獣使い(ビーストマスター)らしく、自治都市に集まる特殊なモンスターを物色して回っていたらしい。

 そして、気が付けば評議会は明日に迫っていた。あまり宿に帰って来ないコルネリオまで顔を出しているのは、それなりに明日のことを重く考えているのだろう。

「じゃあ、コルネリオはミルトン商会の看板を掲げることになるのか?」

「いや、そのつもりはないで。良うも悪うもでかい看板や。親父や兄貴が辺境へ進出する大義名分を欲しがっとるだけっちゅう可能性は高い」

 三日ぶりに顔を出したコルネリオは、実家で色々とあったらしく『ミルトン商会』の看板を掲げる許可をもらっていた。

 後継者と目されている長男はともかく、まだ名前を使うことを許されていない次男と三男を飛び越えての快挙だ。それが最近のコルネリオの立ち回りや形成した人脈を評価されてのものであることは間違いないだろう。
 だが、あくまで彼は冷静だった。

「それに、俺がどないに頑張っても、それがミルトン商会の成果として扱われる言うんも気に入らんしな」

「ミルトン商会の看板を掲げないことで、実家から疎まれたりしないのか?」

「ああ、それはあらへん。直接的に利益が相反する取引ならともかく、それ以外のくだらん私情で商会を動かすようなアホはおらんで。それに、他の商会からすれば、コルネ商会はミルトン商会の傘下に見えるやろうからな。無理やり看板を掲げさす必要はないやろ」

「それならよかった。コルネ商会には、辺境の発展に一役買ってもらう必要があるからな」

「ああ、親父からもちょっと聞いとるわ。特に魔法衣や魔道具関係の交易については、あれはかなりマジやな」

 まあ、魔法衣や魔道具は希少だからなぁ。お金を積めば手に入らないわけじゃないけど、そもそもの絶対数が少ない上に、王族や上級貴族に優先的に流れることが多い。もし安定的な供給が見込めるのであれば、ミルトン商会としては逃せない商材だろう。
 一つあたりの金額が凄まじいから、間に入るコルネリオも大変だろうなぁ。

「コルネリオ、セフィラさんの了解は取ったのかい? たしかに彼女は『辺境から拠点を移さない』という契約をしているけど、誰と取引するかは自由だよ?」

「もちろんや。コルネ商会をメインの取引先にする言うことで話はついとる。誠心誠意交渉に当たった結果やと思うてくれ」

 リカルドの言葉に、コルネリオは胸を張って断言する。たしかに、縫製師シュナイダー転職ジョブチェンジしたセフィラさんの工房を建てる際に誰よりも活躍したのはコルネリオだ。

 真面目そうなセフィラさんのことだし、それを恩義と感じてコルネリオとの取引を承諾した可能性は充分にあった。この前も、お礼だと言ってミュスカに魔法衣をプレゼントしてたしなぁ。

「なんだか、コルネリオ君が悪い人に見えてきたわ」

「そうか? このままやと、セフィラさんとこには小物から大物まで、商人が大挙して押し寄せることになるんやで? けど、うちの商会に一任しとるっちゅうことやったら、そいつらの矛先は俺に向かうからな。
 俺は儲かるし、セフィラさんも余計な苦労をせんですむ。みんな幸せや」

「うーん、そう言わればそんな気もしてくるわね……」

 コルネリオの勢いに押されたように、アニスは大人しく頷いた。彼女もマデール商会の幹部ではあるが、彼らはクリストフの魔獣使い(ビーストマスター)の能力で稼いでいるわけで、商売そのものにはあまり詳しくない。

「ところで、そう言うアニスちゃんとクリストフは何をしてたんや? カナメたちとはずっと別行動やったんやろ?」

「ああ、今後の辺境の役に立つ魔物はいないかと思ってね。色々探してみたんだけど、辺境ほど多種多様な魔物が揃っている場所はないということを再確認しただけだよ」

 その言葉に答えたのはクリストフだった。

「じゃあ、収穫はなしか?」

「まったくのゼロじゃないけどね。騎乗できる飛行モンスターや開墾に役立ちそうな虫系の魔物なんかは手に入れたよ」

「それはありがたいね。これでようやく、『辺境の守護者』一人が辺境を駆け回らなくてもすむようになる」

 そこでリカルドが口を挟む。たしかにラウルスさんはオーバーワークだったからなぁ。ラウルスさんの超人的な体力と鋼の精神力のおかげでなんとかなっていたけど、普通だったらとっくに過労でダウンしているはずだ。

 彼が騎乗する鷲獅子グリフォンは、基本的に他の人間を乗せない。そのため、辺境を高速移動できる手段の確保は急務だったのだ。

「ほいで、虫系のモンスターっちゅうんは?」

「ああ、ワーム系のモンスターに肥沃蟲ファートルアースという丁度いいのがいてね。土を食べて土を吐き出すんだけど、吐き出された土は植物の生育にとてもいいらしいんだ。『肥えた土地が欲しければ肥沃蟲ファートルアースを探せ』と言う格言があるくらいだよ」

 実際には、どんな土地でも適応できるわけじゃないし、使いどころは限定的なんだけどね、とクリストフは結ぶ。だが、魔獣使い(ビーストマスター)の彼であれば、それくらいの条件はクリアしてみせるのだろう。

「けど、かなりお金がかかったんじゃないの? 飛行モンスターも肥沃蟲ファートルアースも、凄く高そうだけど……」

 クルネが不思議そうに尋ねる。マデール商会がいくら独占企業だとは言え、工面できる金額には限度がある。

「そこはそれ、費用は辺境全体の財布から出るからね。辺境の抱える問題を解決できる可能性があるから、僕らで買い上げて、クリストフに業務委託する形を考えているんだ」

 その問いに答えたのはリカルドだった。巨大怪鳥ロック便の中で色々クリストフと相談しているとは思ったが、そんなことを考えていたのか。

「なるほど、それは興味深いな」

「……うーん、それはいいんだけどね……」

 俺が本気で感心していると、どこか不満げにアニスが口を開いた。それを見て、コルネリオが不思議そうな表情を浮かべる。

「どうかしたんか?」

「だって、肥沃蟲ファートルアースってウネウネしてて気持ち悪いんだもん。大きいし」

 あ、そこなんだ。槍使い(ランサー)のアニスが反射的に肥沃蟲ファートルアースを攻撃しないよう祈っておこう。彼女の貫通ペネトレートは洒落にならない威力を持っているからな。

「アニス、あの子は穏やかだし、その有用性も間違いないよ」

「それは分かってるけど……」

 クリストフに諭されて、アニスが複雑な表情を見せる。それを見て、クルネが苦笑いを浮かべた。

「……アニスちゃんの反応を見ると、私も見ないほうがよさそうね」

「ん? クルネは虫型モンスターが相手でも普通に倒してなかったか?」

「戦う時はそうだけど、普段から好んで見る気はないわよ……」

 なるほど、それもそうか。俺も見たいとは思わないが、帰りに巨大怪鳥ロック便で運ぶなら、なんらかの形で姿を見ることになりそうだな。

「あ、そうだ! クルネちゃん、道場の稽古はどうだったの? 道場主は凄い人なんでしょ?」

「せやリカルド、一昨日デネット商会に挨拶しに行ったやろ? あそこは帝国系の商会やけど大丈夫やったんか?」

「カナメ君。魔物商から、高級な魔法植物を平らげて平然としていた兎がいると聞いたんだけど、ひょっとして……」

「キュゥッ!」

 多様な会話で部屋が賑わう。いつもより賑やかな気がするのは、評議会を明日に控えた緊張を解すためだろうか。
 俺たちにできることはもうないが、だからと言って気が楽になるわけではない。

 部屋の明かりが落ちるには、まだ時間が必要だった。






 評議会当日。

 辺境の行く末が決まると言っても過言ではない一日が始まった。だが、それは俺たちの事情でしかない。

 市場は相変わらず賑わっているし、闘技場では毎日開催されている一技大会が行われていることだろう。いつもと違うところと言えば、評議会の開催場所である評議堂が人で溢れていることくらいだ。

「あれが評議場か……思ったよりも人の数が多いな」

「評議員がそんなにたくさんいるわけじゃないから、警護関係の人かもしれないね」

「だな……あそこの警備員は二人とも固有職ジョブ持ちだし、結構なセキュリティだな」

 貫禄のある人物が次々と入場していくのを見て、俺たちは感想を話し合っていた。

 俺たちが望みを託したアルティエロさん、トレアスさん、フレーゼさんの三人の入場は確認済みだ。少なくとも、辺境の自治都市入りが発議すらされないということはないだろう。

「……なあ、コルネリオ。評議員って全部で何人いるんだ?」

「十一人やな」

 なるほど。現状では、辺境の自治都市入りに賛成してくれているのは全評議員の四分の一強ということか。そう数えると心もとないが、あと三人賛同者が増えれば過半数だ。

 そんな計算をしていると、コルネリオが何かに気付いたように目を細める。

「……ん? あれ、リーベルト隊長やないか。警備隊におらん思うたら、何やっとるんや?」

 リーベルトと言うと、コルネリオが懇意にしてたという本来の警備隊長だっけか。向こうで何やら指揮を執っている体格のいい人のことだろうが、俺はどちらかと言うと、彼らが移動させている大きな物体に興味を引かれた。あれは――。

「あれって、バリスタよね?」

「……だな」

 俺の視線を追いかけたのか、クルネが話しかけてくる。バリスタとは、設置して使用する超大型のクロスボウだ。巨大な発射機構が移動式の台座に乗せられている様は、まるで大砲のようだった。

「そうだね、あんな巨大なものは初めて見たよ。さすがは自治都市セイヴェルンということかな」

 クルネの呟きを聞いていたのか、リカルドが会話に混ざってくる。

「しかし、なんでこのタイミングで動かしているんだ?」

「さあ……評議会の権威発揚でも意図しているのかな」

 なるほど、たしかにあの巨大なバリスタは迫力があるもんなぁ。一体どれだけの射程があるんだろうか。破壊力も洒落にならないだろうし、あんなものが向けられる立場にはなりたくないものだ。

「だとしたら、あの人たちも大変だなぁ……」

「まあ、それも仕事のうちだよ。……あ、今の評議員で十一人が揃ったね」

「あ、さっきの人がそうだったのか」

 そんな会話をしている間に、評議会が開催されたことを示す鐘が鳴らされる。その巨大な鐘の音は、セイヴェルン中に響き渡っているのではないかとすら思われた。

「……さて、評議会の開始は見届けたし、手配してくれた店に行こうか」

「そうだね、入れ違いになっては困るし」

「評議会クラスがどの程度のもてなしを用意しとるんか、楽しみやな」

 評議会が始まってしばらく経った頃。俺がそう提案すると、みんなが異論なしとばかりに頷く。

『店』とは、評議会からの呼び出しがあった場合にすぐ応じられるようにと、議会が用意してくれた店のことだ。聞いた話では、評議場のすぐ近くに所在する高級料理店の個室を貸し切ってくれているはずだった。

 ぐるりと周囲を見回せば、指示通りの名前を掲げた看板が目に入る。あそこで間違いないだろう。

 そう思って一歩踏み出した瞬間だった。

 評議会の開始を告げたばかりの巨大な鐘が、狂ったような速さでうち鳴らされた。

「なんだ!?」

 その音が意味するところは分からないが、その尋常ならざる鐘の音は警戒心を掻き立てるに充分なものだった。

 そして、俺たちの視線はこの街出身のコルネリオへと集中する。それに気付いた彼は、真剣そのものだった顔を少しだけ緩めた。

「今のは、特殊な意味を持つ鐘の音やな。……って、勿体ぶっても始まらんか。これは、危険度、緊急度ともにマックスの事態が迫ってるっちゅうことや。……正直、初めて聞いたわ」

「キュゥゥゥッ!」

 コルネリオの解説に反応するように、キャロが鋭い鳴き声を上げる。普段のキャロならあり得ないほど緊迫した声色に、俺とクルネは顔を見合わせた。

「魔獣探知が反応しない!? ……いや違う、この感覚全体が魔獣なのか! しかもこれは……!」

 さらに、魔獣使い(ビーストマスター)の能力で危険を探っていたはずのクリストフが驚愕の表情を浮かべる。

「お兄ちゃん、どうしたの!?」

 兄のただならぬ様子を見て、アニスがその手を掴む。だが、クリストフはただ空を見つめるだけだった。その様子に嫌な予感を感じた俺たちは、一斉にクリストフの視線を追いかけて――。

 そして、巨大な黒い飛竜ワイバーンの姿を視界に捉えたのだった。

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