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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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在り方

 辺境での技芸祭からおよそ一月。ルノール村をはじめとして、辺境はいつもの空気に戻りつつあった。

 と言っても、それは穏やかな日常というわけではない。もともと、戦争が起きるまでは辺境の開発に必死だったのだ。衣であれ食であれ住であれ、足りないものはいくらでもあった。

 だが、それでも状況は少しずつ改善しており、戦争前から準備していた畑ではそれなりに作物を収穫できるようになってきたし、戦争絡みで固有職ジョブ持ちが増えたことに伴って、シュルト大森林の恵みが安定的に供給されるようになったことも大きい。

 中にはモンスターの肉を口にすることに抵抗のある人たちもいたが、大部分の人々はモンスターを食料としてみなすことに肯定的だった。

 そして、そんな少しの余裕は、人の心に大きな変化をもたらすようだった。

「カナメ……あれ、どうするの?」

「評判もいいし、当面はあのままでいいんじゃないか?」

 クルネの問いに、俺は苦笑を浮かべながら答える。俺たちの視線の先にあるのは、神殿の入口に置かれた、兎を模した三十センチくらいの彫刻……というか、キャロの石像だ。
 石でできているにも関わらず、キャロのモフモフ具合を連想させる細かい彫刻は、作成者の高い技術と情熱を感じさせた。

 この石像はルノール村の有志が神殿に奉納したいと言ってきたもので、先の技芸祭の彫刻部門優勝者に依頼して、わざわざ彫ってもらったものらしい。
 それだけキャロが親しまれているのも嬉しいし、そういったことを考えるだけの心の余裕が生まれ始めていることも喜ばしいことだった。

 俺はそのまま神殿の入口から外に出ると、神殿の庭の一角を見やる。すると、のんびり草を食んでいるキャロの姿が目に入った。なお、その周囲にはキャロと一緒に穏やかなひと時を過ごしている人々が十数人いるが、もはやその光景に驚く者はいない。

「……あれ? キャロちゃんの傍にいるの、ティアシェさんじゃない?」

 と、その光景を見ていたクルネが不思議そうな声を上げた。

「本当だな」

 技芸祭の歌部門優勝者にして、吟遊詩人バード固有職ジョブ持ちでもあるティアシェは、技芸祭終了後もルノール村に居着いていた。
 歌で生計を立てている彼女がこの村に逗留するためには、その歌に価値を認めて、対価を支払う人間が必要だ。それが成り立っていることもまた、辺境に起こりつつある変化の兆しということだろうか。

 もちろん、彼女はルノール村だけで歌っているわけではなく、近くの辺境の村々に顔を出しているようで、「技芸祭で優勝したと言うと、皆さん興味を持ってくれますから」と一度お礼を言われた記憶がある。

 視線の先にいた歌姫は、俺たちの視線に気付くと軽く手を振ってみせる。それを受けて、俺はちょうどいいとばかりに彼女に近づいた。

「キュ!」

「神子様、こんにちは」

 キャロとティアシェが同時に声を上げる。再び草を食み出したキャロを眺めながら、俺はティアシェに声をかけた。

「こんにちは。キャロと日向ぼっこですか?」

「ええ、そうなんです」

 冗談で口にした台詞を肯定されて、俺は一瞬言葉を探した。それを察したのか、彼女はクスクスと笑う。

「私、すっかり聖獣様のファンになってしまいました。こうして傍にいるだけで、心が癒されていくようです」

「そうですか……それはよかった」

 彼女の言葉に、周囲にいる人々がうんうん、と頷く。相変わらずのキャロ人気だなぁ。

「ところで神子様、聖獣様になにか御用でしたか?」

 尋ねるティアシェに、俺は首を振って答える。

「いえ、ティアシェさんにお伺いしたいことがあったのですが……またの機会にします」

「私に、ですか?」

「ええ。ティアシェさんは詩人として各地を渡り歩いているんですよね? もし自治都市セイヴェルンを訪れたことがおありでしたら、その時のお話を聞きたいと思いまして」

 俺の言葉を聞いて、ティアシェは不思議そうな表情を浮かべた。各地を渡り歩く詩人は、各地の情報を運ぶ役割も果たす。今のような質問をされることも珍しくないはずだが、なぜ『転職ジョブチェンジの神子』がそこに興味を持っているのかが読めないのだろう。

「セイヴェルンでしたら、三年ほど前に滞在したことがあります。どのようなことに興味がおありでしょうか?」

 どうやら、ティアシェはこの場で質問に答えてくれるつもりのようだった。それを幸いと、俺は質問を口にする。

「セイヴェルンは商業都市ですよね? あの街を支配しているのは、評議員と呼ばれる豪商などの有力者だと聞きましたが」

「ええ、その通りです。あの街は交易地として昔から栄えていたこともあって、商人の権勢が強い場所です。あの街を運営している評議会のメンバーには、大陸を股にかける豪商が名を連ねています。もちろん、それ以外の立場から選出された評議員もいますが……」

「治安はどうでしたか?」

「街中の治安は悪くありませんでした。評議会の治安維持部門にはそれなりの発言権がありますから、警備隊の人員にも余裕があるように見えました。
 港があるためか、色々な方が滞在することもあって、そういった人員を多めにしているのでしょう」

 なるほど、さすがは交易で栄えている都市と言うことか。

「港があるということは、海賊に襲われることも?」

「あるようですね。ただ、警備隊は街中の治安維持を専らとしているためか、海賊や盗賊団のような、外部から来る脅威への対応は苦手のようです。そういった場合は、評議員クラスが交渉したり、私兵を援軍として出すことで対処するようですね」

「なるほど……」

 その後もいくつか質問を重ねて必要な情報を得ると、ティアシェに礼を言ってその場を離れようとする。すると、ティアシェが興味深そうに口を開いた。

「神子様、セイヴェルンへお出かけですか? そう言えば、セイヴェルンにもクルシス神殿がありますものね」

「そうなんですか?」

 そう答えると、ティアシェがなんとも言えない表情を浮かべた。こいつ本当にクルシス神官なのか、と思われているのかもしれない。

「ええ、これでも詩人の端くれですから、立ち寄った街にクルシス神殿があれば必ず伺っていますもの。なんだか印象的な神殿だった記憶があります」

「印象的、ですか?」

 俺は首を傾げた。本神殿とルノール分神殿しか知らない身で言うのもなんだが、同じクルシス神殿でそんなに差異が出るものだろうか。

「どこが、と言われると困ってしまいますけれど……」

 思案顔のティアシェを見て、俺はそれ以上追求することをやめた。ちょうどコルネリオがセイヴェルンへ出かけているし、帰ってきたら聞いてみてもいいだろう。今のところ、彼女の情報はコルネリオのそれと概ね同じようだしね。

 俺はキャロとティアシェに挨拶をすると、考えをまとめながらその場を後にした。






「そうですね、やはりクルシス神殿が主体となることは好ましくありません」

 辺境の幹部クラスが顔を突き付けている会議で、俺はきっぱりとそう言い放った。

 今の議題は、戦争で捕虜にした帝国貴族の身代金を、誰が主体として受け取るのかというものだ。これが王国と帝国の間の戦争であれば、国王なり領主なりが書面に調印して捕虜の身柄と身代金を交換、ということになるのだろうが、もはや辺境は王国の支配領ではない。そのため、身代金交渉がまとまりかけている現時点でも、誰が代表として乗り出すかは定まっていなかった。
 なんと言っても、これはただの受取人の問題ではなく、辺境の在り方そのものに関わる問題だ。それが分かっているだけに、誰も迂闊なことを言えなかった。

「そうか……」

 予想通りの答えだったのだろう。フォレノ村長は驚いた様子もなく、ただ一言呟いた。村長自身も代表候補の一人なのだが、彼にその気はない。
 辺境を巡る様々な問題の解決に奔走したフォレノさんのやつれ具合は有名であり、「ルノール村の村長でしかなく、辺境の代表など到底務まらない」というフォレノ村長を責める人間はいなかった。

「となれば、やはり『辺境の守護者』殿が適任ではないかと……」

「私は戦うことにしか能がない男だ。辺境の代表たるには相応しくあるまい」

 上がった声に対して、ラウルスさんは渋面で答える。もともと、ラウルスさんを代表に押す声は大きい。だが、ラウルスさん自身はあくまで固辞するつもりであるようだった。

「ですが、『辺境の守護者』殿以上に代表に相応しい人間などおりますまい」

「そうですぞ。辺境の英雄が代表となれば、誰もが納得する人選でしょう」

 そんな言葉に、ラウルスさんの表情がいっそう渋くなる。『辺境の守護者』の名声はすでに大陸中に知れ渡っており、その名声と実績をもって辺境に小国を建国するのではないかと、そう囁かれているのが現状だ。

 そんな中、捕虜の身柄交換でラウルスさんが代表として署名するようなことがあれば、その噂にお墨付きを与えるようなものだろう。だが、ラウルスさんはそれを望んでおらず、それだけは避けたいと俺に相談してきていた。ならば、俺はラウルスさんに加勢するだけだ。

「――ですが、ラウルスさんが代表となった場合、『辺境の守護者』が建国を目論んでいるという噂に真実味を与えてしまうことになります」

「それでもよいのではないか?」

「うむ。廃領宣言を出した王国や、攻め込んできた帝国に遠慮することもあるまい」

「建国とて夢物語ではなかろう」

 肯定的な意見を出す数人の幹部に対して、俺は首を横に振った。

「辺境は面積こそ広大ですが、人口という観点で言えば小国とすら呼べないレベルです。国として体を為すには厳しいものがあります。
 後ろ盾もなく、国力にも余裕がない一地方が国として体面を保とうとすれば、他国に付け込まれるのは目に見えています」

 俺の言葉に数人が頷く。小国であれ、国となれば他国に警戒されるし、形式的なあれこれとも無縁ではいられない。外交的な問題だって生じるだろう。新たな国の誕生を嫌ってちょっかいをかけてくる国々もあるはずだ。

「神子殿、ならばどうしろと言うのだ? 今後、統治主体もなく広大な辺境をまとめ続けることは困難だと思うが」

 投げかけられた言葉は、至極その通りだった。今までは辺境の各村が独立しており、それぞれが自分たちで問題に対応していたが、今回の戦争を受けて、諸国は辺境を一つの組織と見なすだろう。
 人口の増加や環境の変化といった問題もあり、今後は辺境全体でものを考える組織が必要であることは間違いなかった。

 現在は、なし崩しにルノール村の幹部とラウルスさんのような有力者が手を組んで事に当たっているが、そこにはなんの正当性もない。

「それについてなのですが、一つ考えついたことがあります。その案を採用するかどうかの判断は、皆さんにお任せしたいと思います」

「ほう……?」

 まさか、そんな提案がなされるとは思っていなかったのだろう。会議の参加者から驚きの気配が伝わってくる。突如として訪れた沈黙の中、俺は腹案を口にした。

「辺境を、自治都市にしませんか?」



 自治都市。あくまで一都市でありながら、国に従属することなく独立性を貫くその在り方は、非常に特異なものだと言えた。
 近隣諸国の侵攻を、時には交渉で、時には武力で乗り切ってきた彼らは、小国並みの規模を誇っていたり、大陸の経済を牛耳っていたり、はたまた難攻不落の防衛機構を備えていたりと、いずれも一筋縄ではいかない都市ばかりだ。

 そして、彼らは都市を狙う諸国に対抗するため、自治都市間で同盟を結んでいる。それが『自治都市連合』だ。自治都市連合に名を連ねる都市が襲われた場合、自治都市連合はそれぞれの都市が得意とする方法で、襲われた都市の援護を行う。

 それは兵や物資の派遣といった直接的なものから、経済制裁のようなものまで多岐に及んでおり、自治都市連合の出動により撤退を余儀なくされた国は一つや二つではない。
 そのため、自治都市が武力によって国に併呑されることは非常に稀だった。

 もちろん、自治都市連合が出動するのは加盟している都市が襲われた時のみであり、逆に戦いを仕掛けるような場面では一切動かない。防衛のみを目的とした同盟だった。

「自治都市であれば、建国するよりは各国の警戒も少ないでしょうし、自治都市連合という後ろ盾も得られます。統治組織として評議会を設ける必要はありますが、現在、こうして私たちが会議しているのとほぼ変わらないと思います」

 俺は簡単に自治都市のメリットを説明する。激動の時を迎えている現段階で、辺境のトップが合議制であることには些か不安を感じるが、ラウルスさんとフォレノさんの二人がトップ就任を嫌がっている以上、他に適任はいない。

「だが、自治都市なのだろう? 辺境全体を自治都市にできるとは思えんが」

「ええ、その場合はルノール村を自治都市として設定し、辺境の主だった村を衛星都市として登録してはどうかと」

「衛星都市とはなんだね?」

 俺の言葉に質問が上がる。自治都市の仕組みなんて、辺境民には本来関係ないもんなぁ。調べた情報を思い出しながら、俺は問いに答える。

「その都市への侵攻が、明らかに自治都市侵攻に繋がるものだと判断された場合、自治都市連合に協力を要請することができる都市のことです。……と言っても、辺境の村すべてを対象とすることはできないでしょうから、主だった幾つかの村を指定するのが精いっぱいでしょうが……」

「先の戦争の関係で、辺境の人口はルノール村へ集中しているからな。村によっては丸ごと移住したとも聞く。たしかにルノール村を自治都市とすることに異論はないが……」

 俺の説明を聞いて、支持するような呟きが上がった。だが、それを遮って別の幹部が口を開く。

「待て待て。そもそも、自治都市連合は辺境の加盟を認めてくれるのか? こう言ってはなんだが、自治都市セイヴェルンのように巨大な経済力を持っているわけでもなければ、要塞都市フェイロンのように難攻不落の都市を築いているわけでもないぞ」

 その問いかけに対して、俺は素直に頷いた。

「仰る通りです。いくらこちらが希望したとしても、自治都市連合が認めなければ話になりません。あくまで可能性のレベルです」

 みんなが再び考え込むが、さらに声を上げる者はいなかった。

 そのまま四半刻ほどが経過しただろうか。沈黙する参加者を見回して、フォレノさんが口を開く。

「どうせ他にいい案もなかったことだ。もしカナメ君の提案が実現可能であれば、その線で考えてもいいと思いますが……。皆さんはいかがですかな?」

「よいのではないかな」

「そうですね。……自治都市連合に認められたらの話ですがね」

 参加者から、肯定的な呟きがいくつか聞こえてくる。それを受けて、俺は計画の続きを口にした。

「たまに食糧を買い付けに行っている自治都市セイヴェルンですが、あの都市は自治都市連合の中でも極めて有力な都市です。彼らの推薦を受けることができれば、自治都市連合に加盟できる可能性は高いでしょう」

「だが、そう簡単に話を聞いてもらえるものか? 自治都市セイヴェルンの評議員ともなれば面会することも困難だろう。それこそ、王国の上級貴族と面会するのと同程度の難しさだと思うが」

「ちょっとしたツテがありますから、そっちから探りを入れてもいいかと思います」

 質問に対して、俺はにこやかに答えを返す。実際にはもう探りを入れているんだけど、あいつはどんな結果を持って帰って来るだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は会議が終わるのを待つのだった。






「よう、カナメ!」

 自治都市セイヴェルンを治める評議員の一席、ミルトン商会の御曹司であるコルネリオは、俺を見るなりにかっと笑顔を見せた。彼はそのままツカツカと歩いてくると、神殿長室のソファーに座って軽く伸びをする。

「買い付けに情報収集にと、色々頼んで悪かったな」

「そこらへんは経費に色つけてもろうたらええわ。……それにまあ、話の重大さくらいは心得とるで」

「まあ、その辺りはリカルドにでも請求してくれ。なにしろ村の……いや、辺境全体の今後に関わる話だしな」

 答えながら、俺はコルネリオの向かいに腰を下ろした。そして早速本題に入る。

「……それで、どうだった?」

「カナメかラウルスさんが来んと信用できへん。まずはそこからやって言うとる」

 話の内容が内容なだけに、俺たちの表情は自然と真剣なものになる。その内容とは、もちろん辺境の自治都市化の話だ。

 偶然とは言え、自治都市セイヴェルンでも有数の力を持つ評議員、ミルトン家の人間がすぐ近くにいるのだから、これを利用しない手はない。
 俺はリカルドと相談の上で、コルネリオにセイヴェルンとの橋渡しを頼んでいたのだった。

「まあ、それはそうだろうなぁ」

「親父も、さすがに今回はマジな顔しとったわ。自治都市の推薦ともなると、推薦したほうにもえらい責任が付きまとうからな」

「けど、駄目だって言われたわけじゃないんだろ?」

「せやな。今の辺境は話題性も抜群やし、即座に見切りつけることはないやろ。俺が転職ジョブチェンジの神子とダチやとか、『辺境の守護者』と知り合いやとか言うたら、目丸うして驚いとったわ」

 その時のことを思い出したのか、コルネリオが面白そうに笑い声を上げる。

「しかし、やっぱりセイヴェルンに行く必要はあるか」

「ま、それはしゃーないな。重鎮が顔の一つも見せへんとか、話をまとめる気がないとしか思われへんからな」

「厳密に言えば、俺は辺境の統治サイドじゃないんだが……」

 とは言え、今回はこちらがお願いする側だ。向こうが指名してくるのであれば、顔を出すしかないだろう。ラウルスさんでも構わないようだが、海千山千の大商人と実直なラウルスさんでは相性が悪い。
 ラウルスさんは相変わらず辺境を飛び回っているし、俺がセイヴェルンへ行ったほうがいいのは間違いなかった。

「親父も、あれで商会の主やからな。辺境で実質的に力を持っとるのが誰かいう情報くらいは持っとるで。その上でのご指名や。
 ……カナメが深入りすると統督教の教義違反になるかもしれへんし、リカルドあたりも連れて行く必要はあるやろうけどな」

「もちろんコルネリオも一緒に来てくれるんだろ?」

「そら、俺が橋渡しせなあかんやろうからな。……しかし、俺とカナメとリカルドか。何が悲しゅうて男だらけの旅路に臨まなあかんねや……」

 そう嘆いたコルネリオは、ふと思い出したように目を輝かせる。

「そうや! カナメが遠出するんやから、クルネちゃんも付いてくるやんな? それなら、むさ苦しいだけの旅にはならへんか」

 そう口にした後、コルネリオは思案顔で宙を見つめた。

「けど、クルネちゃんは一切脈があらへんからなぁ……。そうや、ミルティちゃんも一緒に連れて行かへんか? もしくは、最近の綺麗どころやと、ウォルフの姉ちゃんとか歌姫の子とかどないや?」

「どないや?って言われてもな……。ミルティはもう村長補佐から退いて魔法研究所員でしかないし、セフィラさんやティアシェは目的にかすりもしてないだろ」

「そこをなんとか!」

「俺に言うなよ……」

 俺は半眼でコルネリオを見つめる。技芸祭以来、彼女たちの人気が上昇中だとは聞いていたが、なぜ俺に言うのか。

「二人とも、カナメと仲良う喋ってるのを見たって目撃談があってやな」

「コルネリオは忘れているだろうが、俺は神殿長代理だからな? 聖職者が女性を旅に誘うって、どう考えてもアウトだろ」

「クルシス神殿は妻帯禁止なわけちゃうし、ええんちゃうか?」

「そういう問題じゃなくてだな……」

 そんなやり取りをしばらく交わしていると、コルネリオは不意に立ち上がった。

「ま、冗談はこれくらいにしとこか。そしたら準備しとくから、手配は頼んだで。あと、クルネちゃんによろしゅうな!」

 冗談には思えなかったが……まあ、いいや。コルネリオの言葉に頷きを返すと、俺は神殿長室の入口まで彼を見送った。

 今回はクルネもキャロもいるし、そう危険な目に遭うことはないだろう。物理的な心配よりも、経済的、社会的な心配をしたほうがいい。セイヴェルンが商業都市と呼ばれているのは伊達ではないはずだ。

 コルネリオが去った神殿長室で、俺は一人気を引き締めていた。






『カナメ司祭、久しぶりだな』

『プロメト神殿長、ご無沙汰していました』

 セイヴェルン行きが決まった数日後。俺は定時連絡のため念話機を起動していた。最近はミレニア司祭と会話することが多かったのだが、久しぶりにプロメト神殿長が出てきたようだった。

『技芸祭の件はミレニア司祭から聞いている。ご苦労だったな』

『ありがとうございます』

『まさか、捕縛部隊を指揮するノルマンド司祭を技芸祭のスタッフにかり出すとは思わなかったが……』

 念話から、プロメト神殿長が苦笑している雰囲気が伝わってくる。さすがに想像の範疇を超えていたのだろう。

『ノルマンド司祭には感謝しています。技芸祭の直前の数日は、本当に目が回る忙しさでしたからね』

『そうか……それで、辺境はどうかね? 目まぐるしく情勢が変化している最中だろうが、特に問題は起こっていないか?』

『問題というわけではありませんが……近々、自治都市セイヴェルンへ赴くことになりそうです』

『なに!?』

 神殿長の反応に俺は驚いた。あまり感情を表に出さないプロメト神殿長だけに、その様子は気にかかるものだった。

『それは、どの『ノルマンド司祭か? それとも……』ような経緯があったのかね』

 雑念交じりの念話を受けて、俺は首を傾げた。ノルマンド司祭? どうしてその名前がここで出てくるんだろう。そんな疑問が頭に浮かぶが、それに対する神殿長の答えはない。

『前回ミレニア司祭にもお話ししましたが、辺境を自治都市にしようという話が出ています。その関係で、セイヴェルンの評議員が私を指名しているようですね』

『なるほどな。有数の自治都市であるセイヴェルンに口利きを頼もうということか』

『仰る通りです。……問題がありますか?』

 俺はあくまで呼ばれたから行くという体であり、統治組織としての部分はリカルドに担当させるつもりだ。少なくとも、形式的には問題ないと思うのだが……。

『先方からの指名であれば断るわけにもいくまい。クルシス神殿のせいで、自治都市の承認を受けられなかったとなれば問題だからな』

 その言葉に俺はほっとする。これで、ラウルスさんを無理やり担ぎ出す事態は回避できたと言える。そんなことを考えていると、プロメト神殿長は予想外の質問を投げかけてきた。

『……カナメ司祭は、セイヴェルンのクルシス神殿のことを知っているかね?』

『いえ……? 何か違うのですか?』

 そう言えば、ティアシェが「他のクルシス神殿とは少し違う」と言っていたが、そのことだろうか。

『クルシス神殿は大陸の至る所に分殿を構えている。見識を広める意味合いもあって、多くの神官は複数の神殿での業務を経験することになる』

『それは聞いたことがあります』

 プロメト神殿長の話は、一見すると関係のなさそうなものだった。

『だが、セイヴェルンのクルシス神殿だけは昔から例外だ。かの地のクルシス神官は、基本的に他の神殿へ行くことはない。そしてまた、他神殿のクルシス神官を受け入れることもない』

『そうなのですか……?』

 えらく閉鎖的な話だな。全国的な組織なのに、一か所だけ治外法権が認められているのか。

『特殊なのは分かりましたが、さすがに危害を加えてくるようなことはありませんよね?』

『それはあるまい。だが、他のクルシス神殿とは少し違うと、それだけは覚えていてくれ』

『……分かりました』

 その他の報告を終えると、プロメト神殿長との念話は切れた。

 だが、念話が切れた後も、俺は念話機を戻すことなく神殿長の言葉の意味を考え続けていた。

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