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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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技芸祭

 辺境のほぼ中央に位置するルノール村。この村を数年ぶりに訪れた者は、自らの記憶との違いに驚くことだろう。
 おおよそ村ではなかったはずの一帯には家屋が立ち並び、外側に向かって畑が広がっている箇所も見受けられる。それらを囲む環壕は、モンスターの襲撃を意識していることを窺わせた。

 そんなルノール村は今、明るく賑やかな空気で満ちていた。

「なんだか、みんな楽しそうだね」

「ああ。主催者だけが空回りするようなことにならなくて、本当によかった」

 クルネの言葉を受けて、俺は真剣に頷いた。クルシス神殿が主催する技芸祭は今日が本番だった。

 主催者の代表として、村のあちこちへ顔を出すべく行脚している最中ではあるが、その道程で人々の様子を確認せずにはいられない。
 そして幸いなことに、祭りは好意的に迎えられているようだった。

「あれ? ……ねえ、カナメ。あそこ、凄い人だかりじゃない?」

「ん? 本当だな」

 クルネの視線を追うと、一際賑わっている露店スペースが目に入る。技芸祭における露店スペースは、各人が培った技術の発表の場でもある。大会のように目立つわけではないが、やはり優れた技術には人が集まるのが常だった。

 俺は多少の好奇心を覚えながら人混みへと近づく。もちろん、野次馬根性からではない。人だかりの理由によっては、祭りの主催者としてなんらかの対処をする必要性も存在するからだ。

 女性比率が多いおかげか、俺が人垣から首を出すと露店の様子はほぼ視界に入った。商品として並んでいるのは縫製品であり、ハンカチのような小物からちょっとした衣服まで幅広いものが揃っている。

 目の前で品物が一つ、また一つと売れていく。お金を受け取って商品を受け取っている女性が露店の主なのだろうが……俺は彼女の顔を見て首を傾げた。

「カナメ、どうしたの?」

「いや、どこかで見た覚えがあるんだが……」

 そう悩んでいる間にも品物が売れたようで、彼女は笑顔を浮かべながら商品を差し出す。少しやつれているが、かなりの美人だ。露店に並んだ品物を見ずに、彼女の顔ばかりを見ている男性もちらほら見受けられた。

「すみません、姉は本調子じゃないので、また今度にしてもらえますか?」

 品物を見ることなく、彼女に話しかけ続けている男性にしびれを切らしたのか、ウォルフが男性の視線を遮った。……ん? ウォルフ?

「あれ? 今のウォルフの声じゃなかった?」

「……だな」

 クルネの言葉に同意する。俺ほど背丈がないクルネには、今の一部始終は見えていないはずだが、何度も一緒に戦った仲間の声に気付かないはずはなかった。ということは――。

「ああ、セフィラさんか」

 俺は一人で納得した。病に伏していた彼女を、ミュスカが治したのは半月ほど前だ。その時は病相としか言い様のない容貌だったため、面影はあれどピンと来なかったのだろう。

 そんなことを考えていると、偶然俺たちの前に隙間ができた。興味津々といった様子でクルネが前へ進んだため、俺も彼女の後に続く。

「わぁ……すごく素敵……!」

 最前で商品を見たクルネは、目をキラキラさせていた。縫製のことはよく分からないが、いずれもお洒落だったり可愛らしかったりと、たしかにレベルは高いように思える。

「あれ? 神子様じゃないですか」

 と、そんな俺たちに気付いたのか、ウォルフが驚いたように声をかけてきた。祭りの主催者がなんでここにいるんだろう、と言わんばかりの表情だ。

「やあ、ウォルフ。偶然通りがかったんだが、やたら人が集まっている露店を見つけたから、なにかあったのかと思っただけだ」

 どこか言い訳じみた台詞だったが、ウォルフは納得したように笑顔を見せた。

「そうですか。……実は、姉は昔から裁縫が得意で、前の村でもそれで収入を得ていたんです。病気の時だって、調子のいい日はずっとこういったものを作っていたんですよ」

「そうだったのか……。たしかに、これは凄いな」

 病気の頃から地道に作っていたのであれば、このクォリティでこれだけの数を揃えていることにも納得がいくな。そんな会話を交わしていると、隣のクルネが俺の肘を引っ張った。

「ねえ、カナメ? 今買い物しちゃだめ?」

 護衛の仕事中だということを意識してか、クルネが小声で訊いてくる。……だが、瞳を輝かせてハンカチやらリボンやらを握りしめているあたり、もはや心は決まっているようだった。

「さっと買う分にはいいんじゃないか?」

 答えを聞くや否や、クルネは手に持っていた小物類をまとめて購入する。その様子を見ていると、視線に気付いたのかセフィラさんが俺に会釈をしてきた。

「神子様、その節はありがとうございました」

「いえ、私は何もしていませんよ。ともあれ、セフィラさんがお元気になられてよかった」

 その答えに、彼女はにっこり微笑む。それにしても……なるほどなぁ。

 俺は納得すると、露店の二人に挨拶して場を後にする。すると、クルネが満面の笑みで俺に笑いかけてきた。

「カナメ、ありがとう!」

「ああ……って、別に俺がプレゼントしたわけじゃないしな」

「でも、手作りなんだし、さっき買えなかったらもう手に入らなかったと思うわよ。……セフィラさん、このままお店をやってくれないかな?」

「だったらいいな」

 そんな会話を交わしながら、俺たちは次の場所へと向かうのだった。






「そこまで!」

 鋭い声が響き渡った瞬間、武器を打ち合わせていた二人の動きが止まる。次いで審判が勝者の名を呼ぶと、観客からわっと歓声が上がった。

「あの剣技は勉強になるわね。特技スキルだけじゃなくて、ああいう技術ももっと学ばなきゃ……」

 クルネが真剣な表情で呟く。俺たちが目にしていたのは、技芸祭で行われる大会のうち武芸の部だ。本来なら、剣術や槍術などの種類別に分けて大会を行うべきだろうが、人員不足の現状を考慮してすべてごちゃ混ぜになっていた。

 現在行われているのは『村人』大会の決勝戦であり、固有職ジョブ持ちの大会はこの後行われることになっているのだが、技量を磨き続けた『村人』の戦いに対して、観客から惜しみない拍手が送られていた。

「よお、カナメ! それにクルネちゃんも!」

 そんな一幕を眺めていると、馴染のある賑やかな声が聞こえてきた。コルネリオだ。てっきり露店や屋台を出して商売に勤しんでいるとばかり思っていただけに、彼の登場は少し意外だった。

「そっちは雇った子がやっとるわ。こんな機会は滅多にないんやから、商人センサーを全開にして情報を集めとかんと儲け話を逃すで」

 俺が疑問を口にすると、コルネリオは笑って答えを返す。そして、ふと思い出したように口を開いた。

「そうそう、リカルドが準決勝まで残っとったな。意外やったわ」

「そうなのか?」

「なんや、見てへんかったんか? けっこう面白い試合やったで」

 そう言えば、本人も出場するつもりだって言ってたな。そんなに善戦するとは思っていなかったが。

「けどまあ、この後の固有職ジョブ持ちはもっと面白いやろうけどな」

 そう言うとコルネリオは瞳を輝かせた。

「俺がカナメの立場やったら、絶対に入場料を取るところやな。確実に儲かるで」

「俺もそう思ったんだが……副神殿長にめちゃくちゃ怒られたよ」

「ぶはははっ、あの副神殿長らしいわ!」

 コルネリオの笑い声に肩をすくめると、俺は記憶を振り払うように頭を振った。軽い冗談のつもりだったんだけど、一刻くらい説教されたのは軽くトラウマだ。

「けど、もしこれが『辺境の守護者』と『聖騎士』のカードやったりしてみいや。下手したら、王都から人が来るレベルの見物やで……!」

 コルネリオが一人で盛り上がる。たしかに、希少な上級職の対決となれば話題性は抜群だろうなぁ。……とは言え、ラウルスさんもメルティナも、あんまりそういうことは好まない性格だし、実現する可能性は極めて低いだろうけどね。

 そんなことを考えていると、不意にクルネが声を上げた。彼女は焦った様子で言葉を続ける。

「――あれ? 大会の優勝者って、カナメから表彰されるんじゃなかった? というか、私たちはそのためにここに来たのよね?」

「あ……!」

 俺は弾かれたように駆け出す。そうだった、遠くから見物してる場合じゃなかった。俺が主催者だと分かっているのか、なにやら生暖かい眼差しで道を開けてくれる人たちに会釈をしながら、俺は優勝者の下へ急いだ。






 技芸祭の賑わいを見守り続けていた太陽も沈み始め、辺りが茜色に染まった頃。主要イベントもあと一つを残すだけとなり、俺はほっとした面持ちで村を歩いていた。

「後は歌舞の大会だけだな」

「それって、夜になってからよね?」

「演出は大事だからな」

 クルネの言葉に頷くと、俺は空を見上げた。露店や武芸大会は明るいうちにやるほうが望ましいが、歌舞だけは別だ。
 なぜなら、ミレニア司祭の魔道具やミルティの魔法によって、夜の辺境に神秘的な舞台を作り上げるつもりでいたからだ。演目によって雰囲気を調整するつもりではいるが、参加者には概ね好評だった。

 と、その段取りを思い出していた俺は、唐突に空腹感に襲われた。そう言えば、バタバタしていてほとんど食事してなかったな……。

「クルネ、夕食を食べに……もとい、屋台エリアの状況確認に行かないか?」

 そう提案すると、クルネは楽しそうに頷いた。

「うん! しっかり確認しなきゃね!」

 俺たちは即座に意思を統一すると、屋台エリアへと急いだ。



 もうすぐ夕食時ということもあってか、料理屋台が密集しているエリアは非常に盛況だった。食糧は貴重品であるという認識が強いためか、基本的に辺境に屋台料理という文化はない。
 そのせいもあって、屋台を出している人々の多くは移住民であるように見受けられた。

「あ、これ美味しいね!」

 そんな中、なかなかの食いしん坊であるクルネは、屋台の定番とも言える串焼きに舌鼓を打っていた。
 彼女に続いて、俺も串焼きを口に放り込む。想像していたよりも柔らかい食感と、噛みしめるたびに溢れ出す旨みたっぷりの肉汁。塩と数種の香辛料を基本にしたシンプルな味付けは、素材の良さを余すところなく引き出していた。

「あの羊、本当に美味かったんだな……」

 元の世界の羊肉をイメージしていた俺は、その癖のなさに驚いた。今、この屋台に出回っている肉の半分以上は花実羊バロメッツだ。
 いくら肉が貴重とは言え、ぶっつけ本番ではまずいだろうということで、屋台を出す人たちには事前に調理法の研究用にと花実羊バロメッツの肉が配られていたのだが、そういった人間以外の口に入るのは、今日が初めての話だった。

 ちなみに、食糧を手に入れたいがために、屋台をやるつもりもないのに屋台申請を出す人たちもちょくちょくいたため、その辺りのルールの取り決めはなかなか大変だったのだが……。

 そんなことを考えている間にも、クルネが次の料理を買ってくる。皿代わりの固い葉に乗せられたのは、これまた花実羊バロメッツの焼き物であるようだった。

「これも美味しいけど、ちょっと辛いわね……」

「あの屋台の人、どこの出身なんだろうな?」

 料理を食べながら、俺たちは料理を買ってきた屋台に目をやる。屋台の特性上、どうしても似たような料理が並ぶのは避けられないが、様々な地方から辺境へ移住してきた人がいるため、その調理法や味付けは意外と多種多様なものがあった。

「あら、カナメ君じゃない」

 さて、次はどの屋台にしようか。標的を探すべく近くの屋台を物色していると、ふと声がかけられた。そちらを振り返ると、宿屋の女将さんであるマルチアさんが、屋台の奥から手を振っていた。
 その手前では、夫のボーザムさんがお客さんをさばいている。なかなかの賑わいだ。

「お祭りの見回りご苦労さま。……と思ったら、ただのデートかしら? 今日は楽しそうな若い子たちがたくさん見られて、おばさんは嬉しいわ」

「そ、そんな――」

「私たちは祭りの主催者として見回りをしているところですが……。それはともかく、若人が青春を謳歌できる場を提供できたなら本望です」

「カナメ君は相変わらず年寄りじみたことを言うわねぇ」

 マルチアさんはおかしそうに噴き出すと、クルネの肩をぽんぽんと叩いた。そうしてひとしきり笑った後、俺たちに木の器を差し出してくる。その中身は、この屋台エリアでは珍しい汁物料理だ。

「さ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 俺が財布を取り出そうとすると、マルチアさんは手でそれを押し留めた。

「これはカナメ君のくれたアイデアに対するお礼よ。実際、おかげでこんなにお客さんが来てくれているんだしね」

 彼女は自分の屋台に目をやった。汁物という物珍しさのせいか、屋台にはお客さんがひっきりなしに訪れている。

 マルチアさんの言ったアイデアというのは、花実羊バロメッツの骨でスープを取るとか、屋台で汁物を出してみるとか、その程度のものだ。もともと宿屋兼酒場を営んでいて器材が揃っていることもあって、なんとか上手く回っているようだった。

「あ、これ美味いなぁ……」

 口の中にコクのある味わいが広がる。しっかり濃厚なのにくどさもない。それが花実羊バロメッツの底力なのか、マルチアさんの腕前によるものなのかは分からないが、人気が出るのも頷ける味だった。

「あーっ! みこさまがつまみぐいしてる!」

 と、温かいスープを飲んでほっとしていると、男の子の声が響き渡った。顔に見覚えはないが、俺のことで間違いないだろう。

「つまみ食い……」

 その表現が面白かったのか、隣のクルネが小さく笑い声を上げる。

「これはつまみ食いではなくてね、見回りの一環というか生命維持活動というか……」

 そう言い訳すると、男の子はあどけない表情で首を傾げた。

「でも、みこさま、おまつりするひとでしょ? ごはんはおしごとのあとだよ?」

「お、おう……」

 男の子は真摯に訴えかけてくる。なんと言ったものかな。そう悩んでいると、彼の頭の上に大人の手がポンと置かれた。

「坊主、神子様は村のみんなのために、ずっと頑張ってくれてるんだぞ。つまみ食いくらい見逃してあげようぜ」

 そして、なんだか俺を擁護してくれるつもりのようだった。誰か知らないけど、ありがとう、おっちゃん。

「んー?」

「坊やが今食べているお肉だって、神子様がいなければ食べられなかったのよ? 今日はお祭りなんだし、いいんじゃないかしら。坊やだって、いつもは食べながら歩いたりしないでしょう?」

 さらに、見知らぬ女性まで俺をフォローしてくれる。そんな彼らの説得が効いたのか、男の子はにっこり頷いた。

「うん!」

 そして、彼は手にした串焼きを頬張りながら、どこかへと去っていく。それを確認すると、俺は加勢してくれた二人に頭を下げた。

「あの、ありがとうございました」

「なに、いいってことよ。神子様には世話になってるからな」

「そうよ。みんな、神子様には感謝しているんだから」

 見れば、二人の近くにいた人たちも、似たような表情で頷いていた。……なんだろう、みんなが友好的だ。けど、さすがに気恥ずかしいものがあるな。

 彼らに軽く頭を下げると、俺とクルネはその場を離れた。そして、次の目的地になる歌舞の大会の舞台の様子を見に行こうとした時、どこからともなく冷気が流れてきた。

「あれ、涼しい……?」

 クルネが不思議そうに周囲を見渡す。彼女と同じく辺りを見回した俺は、その冷気の原因に気付いた。……というか、気付かざるを得なかった。

「うおお、なんだあれ……?」

「お、村長のとこのミルティちゃんじゃねえか。本当に魔術師マジシャンなんだなぁ」

 なぜなら、とある屋台の隣に、巨大な氷塊が生み出されたばかりだったからだ。地面に突き刺さった巨大な氷塊は、待ち構えていた男性によって砕かれ、採取されていく。

「あら、カナメさん、クーちゃん、いらっしゃい。来てくれたのね」

 行列に並ぶこと四半刻。ようやく順番が回ってきた俺たちを見て、屋台の主ミルティが笑顔を見せる。
 その隣で氷を砕いているのは、なぜかジークフリートだ。俺の視線に気付いたのか、氷を細かく砕くことに熱中していたジークフリートがこちらを向く。

「あれ、カナメ兄ちゃんじゃん。何してんの?」

「ジークフリートこそ何をしてるんだ?」

 問いに問いで返すと、ジークフリートは粉砕した氷をミルティに渡しながら答える。

「いやさ、防衛者ディフェンダーの魔法のことでミルティ姉ちゃんに相談しにいったら、相談に乗る代わりに手伝ってほしいって言われて」

「ああ、なるほど」

 あんまり接点がなさそうな組み合わせだと思ったけど、そう言えばジークフリートは魔法職だったな。魔法研究所と縁がないわけはないか。

「はい、どうぞ」

 ミルティが氷の入った器を差し出してくる。器越しでも冷気を感じるそれには、細かく削られた氷が入っており、上からとろりとした黄緑色の液体がかけられていた。見た目は向こうのかき氷にかなり近い。

「どうかしら? この前、カナメさんが言ってた作り方を想像で再現してみたのだけれど」

「わ、冷たい! それに甘い匂い……これってクロシュリの実?」

クルネは目を輝かせながら、冷たい器に顔を近づけている。まるで子供のような様子が微笑ましい。

「そう。煮詰めて甘みを強くして、蜜にしてみたの。二人とも、氷が溶けないうちに早く食べてみて」

「ちょっと、二人とも邪魔だぜ! 後ろのみんなも待ってるんだから、隅っこで食べてくれよな!」

 意外とちゃんと仕事をしているジークフリートに促され、俺たちは屋台の外れにこそこそと移動した。そして、改めて辺境版かき氷を口にする。

「美味しい……! これ、王都で売り出しても流行るんじゃない?」

 クルネのはしゃいだ声を聞いて、俺も氷を口に入れる。……うん、懐かしいな。削られた氷は、口に入れた瞬間すっと溶けていく。かかっている蜜の原料は、辺境でも人気のある果物の果汁だ。かなり根気よく煮詰めたのか、シロップと言っても差し支えないレベルの甘さであり、蜜としての役目をしっかり果たしていた。

「……それにしても、ジークフリートは凄いな。よくこんな短時間で氷を削れるもんだ」

「頑張るよね。防衛者ディフェンダーの力に加えて、補助魔法まで使ってるもんね」

「え?」

 クルネの言葉に、俺の目が点になる。

「だって、ジーク君の動きが明らかに違うんだもん」

「そうなのか……」

 道理で、あり得ない速度を発揮しているわけだ。魔術師マジシャン防衛者ディフェンダー二人がかりの氷菓とか、人件費を考えたら超高級品になりそうだな。

 超人的な勢いで氷を削るジークフリートと、ミルティの氷魔法のパフォーマンスには非常に高い集客効果があったようで、まだまだ行列は途切れそうにない。

 彼らの奮闘を横目にかき氷を食べ終えると、俺たちは屋台エリアを後にしたのだった。






 クルシス神殿の技芸祭において、一番の花形となる大会は芸能にかかるものであり、具体的には「歌」「詩」「舞踊」の三部門のことを言う。それはどのクルシス神殿でも共通であるらしく、俺もその例に倣って、これらを技芸祭のメインイベントと位置付けていた。

「カナメ神殿長代理、もう準備はできていますぞ」

 大会が行われるステージに到着すると、早速ノルマンド司祭に声をかけられた。半ば強引に祭りを手伝わせる形になった彼だが、なんだかんだ言って親身に協力してくれるあたり、根っからの神官なのだろう。

 まだ開始までには時間があるはずだが、すでに観客用スペースは人で溢れかえっていた。それを見ながら、俺は舞台の裏側へと向かう。

「ああ、カナメ神殿長代理。お疲れ様です」

 すると、楽しそうなエンハンス助祭に出迎えられる。彼は特別枠として詩の部門に登場する予定だが、歌舞の大会についても実行責任者だ。今が一番忙しいはずだろうに、意外と余裕だな。

「最後のイベントですからね。皆さんが手伝ってくれるおかげでだいぶ楽ですよ」

 そう言いながら、助祭は観客スペースを眺める。そして、思い出したようにこちらを向いた。

「打ち合わせ通り、神殿長代理には三部門の優勝者に祝福をしてもらいますからね。それまでは、舞台袖にでもいてもらえればと」

「ああ、分かった。大人しくこの辺りにいるよ」

 そう答えると、助祭はニヤリと笑う。

「あと、期待していてくださいね」

「……何を?」

 なんだか意味深な言葉を耳にして、俺は思わず訊き返した。だが、当の助祭は爽やかな笑顔を浮かべるだけだ。

「それでは、僕はちょっと準備してきますね。ごゆっくり」

 そうして颯爽と姿を消す。最後の大会が始まったのは、それからすぐのことだった。






 歌の部門と詩の部門。その違いは何かと言うと、「歌」は歌声そのものを競う大会であるのに対して、「詩」は創作した詩曲を競うものであるということだ。

「……やっぱり、ラウルスさんは人気者だね」

 クルネが感想をもらしたのは、五人目の参加者が詩を披露し終えた時だった。

「まさか、五人連続で『辺境の守護者』の英雄譚だとはなぁ」

「今回の戦争で武勲が増えたもんね」

「今が旬ってやつだろうな。……ラウルスさんは恥ずかしがるだろうけど」

 ラウルスさんの反応を想像して、俺たちは顔を見合わせて笑った。そして次の参加者の詩を心待ちにする。

 すると、俺たちのすぐ近くで人の気配があった。

「誰!?」

 咄嗟にクルネが反応して腰を浮かせる。だが、結論から言えばその必要はなかった。

「――む、すまない。ここは関係者の場所だったか」

「あ、カナメ君……!」

 姿を現したのは、メルティナとミュスカの『聖女』二人組だった。

「あの、わたしたちも大会を見てみたくて……でも、どこで歌を聴けばいいのか分からなくて、それで……」

「私たちは教会の『聖女』だからな。あまり堂々と観客フロアに混ざるのも好ましくないかと、空いている場所を探していたのだが……」

 まあ、混んでるもんなぁ。彼女たちが探しているような、大会を見ることができて目立たない場所なんてないはずだ。

「じゃあ、ここで聴けばいいさ」

 そう答えると、『聖女』二人は驚いた表情を浮かべる。

「いいんですか……?」

「しかし、ここは貴公ら神殿関係者のスペースではないのか?」

「どうせ俺とクルネしかいないしな。クルシス神殿のイベントだからって気を使ってくれたんだろう? それなら、ここにいてくれたほうが俺も助かるし」

「カナメ君、ありがとうございます……!」

 ミュスカが嬉しそうに笑う。すると、それとほぼ同じタイミングで六人目の参加者が姿を現した。照明に照らされて、優男風の容貌が浮かび上がる。

「あ、エンハンス助祭だ」

 もはやクルシス神殿の一員に等しいクルネが、同僚の姿を認めて声を上げる。俺たちが見守る中、彼はその流麗たる声で新しい歌を紡ぎ出した。

 ……のだが。

「どうしてこうなった……」

 数分後、舞台袖にいた俺は悶絶するような思いを味わうことになった。なぜなら、エンハンス助祭が発表した新曲は、転職ジョブチェンジの神子の英雄譚だったからだ。


――辺境に生を受けた神子は、ある日クルシス神の啓示を受け、地竜アースドラゴンを倒すべく危険なモンスターの巣窟である魔の森へ足を踏み入れることになる。
 転職ジョブチェンジ能力を授けられた神子は、遣わされた聖獣や、名高い『辺境の守護者』、後に神子を支え続ける『神殿騎士』らとともに森を抜け、災厄たる上位竜と戦いを始めた。
 強大な地竜アースドラゴンに彼らは苦戦するが、クルシス神の力を得た奇跡の一撃により、ついに竜は倒れ、神子たち一行は勝利を収める。
 そして、地竜アースドラゴンを倒した転職ジョブチェンジの神子はクルシス神の恩寵に深く感謝し、今後は転職ジョブチェンジ能力を使って多くの人々を救わんと、王都にあるクルシス本神殿の扉を叩いたのだった――。


「もはや拷問の域だろ、これ……」

 エンハンス助祭が歌い終えると同時に、俺は床に崩れ落ちた。これはひどい。クルネたちがいなければ、その場で転げまわって身悶えするところだ。

「カナメ君……すごいです……!」

地竜アースドラゴン……なるほど、三頭獣ケルベロスをあっさり倒すのも道理だな。
それにしても、口では色々言いながらも、貴公はクルシス神への信仰に篤い人物なのだな。さすがクルシスの神子と言われるだけのことはある」

「もうやめてくれ……俺の精神力はゼロだ……」

『聖女』二人の素直な称賛が俺の心に突き刺さる。

「カナメ、気持ちは分かるわ」

 そんな中、英雄譚の真相を知っているクルネだけは、同情の眼差しで俺を見ていた。なんせ、のっけから違うからな! そもそも辺境で生を受けたりしてないし!

「けど、村の人たちからの視線は変わりそうね……」

「勘弁してくれ……」

 そんな俺の呟きは、誰に拾われることもなく消えていった。



 舞踊部門の優勝者が決まると、技芸祭の大取である「歌」部門が始まった。そして今、「歌」を聞くために集まっていた聴衆は、とある女性の歌声に聴き入っていた。

 辺境の住民ではなく、たまたま辺境に立ち寄ったという彼女は、もともと吟遊詩人として生計を立てている身の上らしいが、それも納得できる素晴らしい歌声だ。

「――ありがとうございました」

 やがて、歌い終わった彼女が優雅にお辞儀をして見せると、聴衆ははっと我に返り、惜しみない拍手を送る。

「……素敵な歌だったね」

 クルネがほう、と息を吐く。美しい声はもちろんのこと、歌唱技術や感情の込め方など、あらゆる点で彼女は他を圧倒していた。まさに、歌姫と呼ぶに相応しい人物だろう。

 エンハンス助祭ならいい勝負をするかもしれないが、彼は「詩」部門にしか参加していないからなぁ。さすがに、彼女以上の歌い手は現れないように思われた。

「ただ、よりによってどうしてあの歌なのよ……もう」

「まさか、こんなところで聴くなんて……」

 戸惑った様子で口を開いたのはクルネとミュスカだ。珍しい取り合わせに、一緒に歌を聴いていたメルティナが首を傾げる。

「二人ともどうしたのだ? 素晴らしい歌声だったと思うが」

「歌と言うよりも選曲の問題だな」

「王都で流行った噂話を基にしたものだったと記憶しているが……」

 俺のヒントに、再びメルティナは不思議そうな表情を浮かべた。

 分からないのも無理はない。先程の歌の内容は「『聖女』に恋い焦がれた怪盗が、教会へ忍び込み彼女を攫う」という趣旨の歌だったのだが……。

「私は怪盗でもないし、男でもないわよ……」

 クルネがちょっといじける。かつて、瀕死の俺を治療するためミュスカを担いで夜の王都を駆け抜けた彼女だったが、その時に流れた噂が歌になっていたのだ。
 まして、その歌を見事な歌唱力で歌われたものだから、クルネの胸中は非常に複雑なものであるようだった。

「まあまあ、あの人に他意があったわけじゃないしさ」

「そりゃ、当の本人がいるなんて思わないわよね」

「ぬ? クルネ殿があの歌のモデルだと言うのか?」

「あの、メルティナさん、実は……」

 と、そんなことを話している間にも大会は進み、彼女は辺境における技芸祭の優勝者第一号となったのだった。



「――自己研鑽を重ね、技芸を磨き続けたティアシェ殿の歌唱は真に素晴らしいものでした。これからも精進を重ね、さらなる高みへ昇らんことを。……貴殿にクルシス神のご加護がありますように」

 そう告げると、厳かな表情で聖印を切る。

 歌舞部門の三大会が終了し、熱気に包まれた舞台上で、俺は優勝者へ祝福を行っていた。詩部門、舞踊部門の優勝者への祝福を立て続けに行い、最後は花形である歌部門の優勝者だ。聴衆の歓声も一際大きかった。

「ありがとうございます。名高い神子様に祝福して頂けるなんて、とても光栄です」

 背中へこぼれ落ちる艶やかな金髪に切れ長の瞳、そしてどこか神秘的な美貌。歌姫のイメージをそのまま切り取ったかのような優勝者ティアシェは、にこやかに微笑みを浮かべた。

「……恐縮です」

 彼女の言葉に対して、俺は神妙な顔を作って応じる。さすがに慣れてきたものの、相変わらず自分が『神子』などという大した存在だとは思えないせいか、ありがたがられるとどうにも調子が狂うな。

 すると、ティアシェは口元を隠すようにしておかしそうに笑った。

「神子様は謙虚なのですね。あれだけの功績を上げているのに……」

 功績というのはあれか、さっきエンハンス助祭が歌ったあの恥ずかしい神子の軌跡のことだろうか。
 ちなみにあの詩だが、不本意ながらかなりの人気を博してしまったらしく、優勝者の選定時にはかなり多くの票が入っていた。エンハンス助祭は開催者側のため、詩を発表するだけで選定対象ではないと伝えていたのだが、それがなければ彼が詩部門の優勝者になっていたことだろう。

「詩が真実そのものとは限りませんよ?」

「なんの理由もなしに紡がれる歌はありませんわ。まして、あの詩を作ったのは神子様と同じクルシス神殿の神官様ですもの。できることなら、あの詩を自分のレパートリーに取り入れたいと思っています」

 俺の言葉をあっさり受け流すと、彼女は言葉を続けた。

「私が辺境へ来たのは、『転職ジョブチェンジの神子』、『辺境の守護者』という二人の生きた英雄をこの目で見るためです。あの神官様に先を越されてしまいましたけれど、私もお二人の詩を作りたいと思っています」

「そ、そうですか」

 この人がそんな詩を歌うようになってしまったら、もはやそれが公式になるんじゃないだろうか……。そんな不安を感じつつも、俺は笑顔を浮かべる。

「ですから、またお話を聞かせてくださいね? 村の皆さんの噂通り、神子様は面白……素敵な方のようですし」

 おい、心の声が漏れてるぞ。だが、彼女は何事もなかったように取り澄ました笑顔を浮かべた。さすが場慣れしているなぁ。

「それは構いませんが……代わりと言ってはなんですが、一つ提案があります」

「なんでしょうか?」

 首を傾げながらも笑顔を崩さない彼女に感心しながら、俺は本題を切り出す。

「……吟遊詩人バード転職ジョブチェンジしてみませんか?」

「……え?」

 彼女の驚いた顔は、なかなか見物だった。



「初代優勝者が転職ジョブチェンジしたとなれば、いい宣伝になりますからね。もちろん、優勝者に資質がなければどうしようもない話でしたが」

「本当に神子様は面白い方ですね」

 歌部門優勝者への祝福が、そのまま転職ジョブチェンジの儀式に切り替わると聞いた聴衆の反応は劇的なものだった。

 この展開は、優勝者が資質持ちだった時のためのシークレットプランとして準備していたものだ。修練を積み重ねていれば固有職ジョブ資質が芽生えるという俺の推測が正しければ、こういった大会で優勝できる人材は資質持ちである可能性が高い。

 実際、武芸部門で優勝した人物については、あと少しで転職ジョブチェンジ可能なレベルまで資質が強くなっていたため、そのことを祝福時にこっそり耳打ちしたものだ。

「けれど、転職ジョブチェンジのお布施の金額は、本当にあれだけでいいんですか?」

「宣伝費や優勝者に対する値引き、それに固有職ジョブの特殊性を考えると、妥当だと思いますよ。もしティアシェさんがそれ以上の価値を見出した場合には、クルシス神殿へ対する寄付という形でお支払い頂く手段もありますし」

 吟遊詩人バードへの転職ジョブチェンジを控えた彼女が心配しているのは、転職ジョブチェンジ代金が相場よりもだいぶ安かったことにあるのだろう。

 基本的に固有職ジョブでお布施の金額を変えることはしていないのだが、固有職ジョブ吟遊詩人バードとなれば話は別だ。

 吟遊詩人バードは魔法職に近いが、魔術師マジシャンのように直接的な攻撃能力があるわけではない。身体に対する補正も多少はあるが、戦士職のそれに比べればかなり落ちる。そのため、吟遊詩人バードは貴族が召し抱えるには力不足と見られる傾向があった。

 吟遊詩人バードが用いる『呪歌』は、対象の精神的な部分に働きかけるものが多く、効果範囲も非常に広いため、軍の一部では需要があるのだが、吟遊詩人バードの資質が発現するほど歌に打ち込んできた人間は、軍隊と相性がいいとは考え難く、仕官に直結することは少ないと思われた。
 また、冒険者としてやっていこうとしても、単体での戦闘能力はそう高くないため、「固有職ジョブの力で魔物を狩って一稼ぎ」ということも難しい。

 そんな事情もあって、吟遊詩人バードは他の固有職ジョブほど高額の転職ジョブチェンジ代金を取るのが躊躇われたのだ。

「お気遣いありがとうございます」

 その辺りを適当にぼかしながら説明すると、ティアシェは優雅に頭を下げる。優れた詩人は王族や貴族の前で歌を披露することもあるというが、彼女ならそんな舞台でも大丈夫だろう。そう思わせる所作だった。

「それでは、転職ジョブチェンジの儀式を行います」

 そう宣言すると、ティアシェの表情に初めて緊張の色が灯った。俺が祝詞を唱え始めると、それに合わせて演出用の魔道具が神秘的な光と音色を響かせる。

「あ……!?」

 『村人』から吟遊詩人バード転職ジョブチェンジした瞬間、彼女は小さく驚きの声を上げた。それっきり反応がないのは、自分の身体感覚をチェックしているのだろう。

 動かないティアシェを見て、どうしたのかと心配する声が上がり始めた頃、彼女の瞳に力が灯った。彼女は舞台にあった拡声魔道具を手にすると、聴衆に向き直る。

「心配をかけてごめんなさい。転職ジョブチェンジした時の不思議な感覚を、忘れないよう心に刻んでいました」

 ティアシェの言葉にどよめきが生まれる。彼女の発言は、自らが転職ジョブチェンジしたことを示す内容だったからだ。

「よければもう一曲、ここにいる皆さんのために歌わせてください。吟遊詩人バード固有職ジョブを得た私が歌える、最高の歌を」

 その言葉に聴衆が盛り上がる。もともとアンコールの声が絶えなかった彼女の歌だ。それをもう一度聴くことができるとなれば、歓声が上がるのも当然だった。

 ちらりとこちらを見るティアシェに、俺は小さく頷いてみせた。この状況で予定にない演目はやめてくれなどと言えるはずはないし、これだけの盛り上がりだ。そっちへ舵を切っても悪いことはないだろう。

「それでは、聴いてください」

 舞台に彼女の魅惑的なソプラノが響く。そして、同時に俺たちを不思議な力が包み込んだ。歌を聴いているうち、だんだんと気分が昂揚してくる。

「カナメ、これって……」

「ああ、呪歌だな。魔法ほど強烈な効果はないが、その分効果範囲は広いぞ」

 実を言えば、呪歌はどんな曲を歌っていても効果が発動する。効果と全然関係ない選曲であっても、目的意識が弱まらなければ充分だ。
 ただ、どうしてもその辺りの因果関係は無視しにくいため、一般には目的に沿った選曲をするものらしいが。

 そして今、ティアシェは目的に沿った、明るく賑やかな曲を歌いあげていた。技芸祭で一日中バタバタと走り回り、疲労の蓄積していた俺の身体に活力がみなぎってくる。

「これが呪歌……凄いです……」

 ミュスカの感想に、俺は黙って頷く。

 ティアシェが歌い終えた瞬間、嵐のような拍手と歓声が舞台を埋め尽くした。彼女自身も昂揚しているのか、歌い出した時よりも楽しそうな表情で拍手を受け止める。呪歌の効果も相まってか、その熱狂はなかなか収まる気配を見せず、村が静けさを取り戻した頃にはすっかり夜も更けていた。
 翌日、眠そうに目をこすりながら仕事をする人がたくさん見られたのは、不可抗力と言ったところか。

 何はともあれ、こうして辺境初の技芸祭は成功裏に幕を下ろしたのだった。

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