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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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懸念していたもの

「お断りすると申し上げたはずですが」

 カナメの冷たい声が店に響く。それに合わせて、クルネは剣の柄に手を当てて彼の傍に立った。

「き、貴様、フォンベルツ男爵様に逆らうというのか!」

 あまりにも芸の無い台詞を口にしたのは、リビエールの町の近隣を本拠とする貴族の使いだった。主命で士官を勧めに来たようだが、こうもすぐ激昂するような程度の低い者を遣わす時点で、男爵様とやらがカナメの事をどう扱うつもりかは予想できるというものだ。

「先程のお話によれば、貴方が仕えている男爵様は立派なお方だとか。そのような高潔の士が、士官の誘いをお断りした程度で民を反逆者扱いするはずがありませんよね?」

 どうやらカナメの機嫌は悪いようだった。普段のカナメであれば、曖昧な笑顔を浮かべて相手を煙に巻いてしまうところだ。

 だが、それも無理はない。クルネはここ数日の騒ぎを思い起こした。

 カナメたちと地竜アースドラゴンを討伐したのが、およそ二か月前。その後ニ、三週間はいつも通り転職ジョブチェンジ屋を営んでいたのだが、どんどんお客が増えるようになった。

 どうやら、森の調査のついでに回収していたモンスター素材が市場に出回ったことで、今まで辺境には見向きもしなかった商人が一定数、辺境に興味を持ったようだった。銀毛狼シルバーウルフの毛皮や牙などは装飾品として非常に価値が高いが、流通量が極端に少ない。銀毛狼シルバーウルフの棲息地と強さを考えれば当然のことだ。

 そんな品が、一気に十頭分近く市場に出回ったのだ。そこに興味を持たない商人などいなかった。そして、辺境へやってきた商人の中でも目端の利く者は、その素材を出品した者が、正体は分からないものの誰にも仕えていない固有職ジョブ持ちの集団であるとの情報を手に入れるのであった。

 そういった噂を仕入れる商人の耳には、当然ながらその他の根も葉もない噂まで集まってくる。例えばそれは、彼らがドラゴンすらも討伐しただとか、彼らの固有職ジョブ転職ジョブチェンジ屋で授かったものだとか、そんな眉唾話だ。

 しかし、そんな眉唾話であろうとも万が一を期待して動き出す者は少なくない。その固有職ジョブ持ちの集団を召し抱えたいだとか、自分も転職ジョブチェンジしたいだとか、場合によっては転職ジョブチェンジの能力者を隷属させていいように使いたいと考える者たちだ。

 そんな中でここ最近増加しているタイプが、『能力者を隷属させたい』者たちだった。大抵は貴族や大物商人だが、その魂胆が見え見えである以上首肯できるはずがなかった。

「辺境の蛮族風情が調子に乗りおって! なんだその態度は!」

 男が剣を引き抜いたことで、周囲にいた客の幾人かが悲鳴を上げた。だが、カナメは笑っていた。

「クレーマーって、反論できなくなると必ず、最後は『態度が悪い』って言い始めるんだよね。だから、そう言わせたら俺の勝ちだ」

 以前同じ状況になった時、やはり笑っていたカナメに理由を尋ねたところ、そんな返事があった。おそらく、今も『勝った……』とか思っているのだろう。

 クルネは剣を抜かずに、剣を持った男の手を手刀で打った。次の瞬間、男の手にあった剣は床に転がり、からんと音を立てる。目にも止まらぬ早業を受けて、男は何が起こったか理解できていないようだった。

 だが、少なくとも自分の身が危うくなる何かが眼前にあることは分かったらしい。剣を無事な方の手で拾うと、男は喚きちらしながら店から出て行った。

「ようやく出て行ったか」

 男が出て行ったのを確認して、カナメは小さく呟いた。

「うん。……ごめんね、私にラウルスさんみたいな迫力があれば、こんなにしつこくされずにすむのに」

 クルネが気にしているのは数日前のことだった。ラウルスがルノール村に立ち寄った際、事情を察した彼が店内で睨みをきかせてくれた日があったのだが、その日は先刻のように揉める人間はほぼいなかったのだ。

 筋骨逞しい強面の巨漢が、あり得ないほど巨大な大剣を背負って、揉めそうになる人間を睨みつけるのだ。それでなお食い下がるような猛者は数えるほどだった。それでも皆無でないあたりは、彼らの中にも職務熱心な者がいたというべきか。

「さすがにラウルスさんに毎日護衛されるのは遠慮したい……。一緒にいるなら、やっぱりクルネのほうがいいな」

 何気なくカナメが口にした言葉に、クルネは顔が熱くなった。彼はなんでもない顔で突然恥ずかしい台詞を口にすることがある。他意はないのだと自分に言い聞かせて、クルネは平静を装った。

「お店を解雇クビにならなくてよかったわ」

 クルネは一息にそう答えた。それに対してカナメが口を開きかけるが、それは扉が開く音で取り消されることになった。

「クルネちゃん! ミルティから手紙が届いたよ!」

 店に入ってきたのは、村長のフォレノだった。彼は手に持っている手紙をクルネに渡すと、カナメにも挨拶をして早々に去っていった。村長にしては性急な動きだが、おそらく娘からきた自分あての手紙を早く読みたいのだろう。彼の娘に対する溺愛ぶりは有名だ。

「けっこう分厚いわね……」

 それは、二か月ほど前にクルネが幼馴染のミルティに宛てて書いた手紙の返信だ。二か月前にこの転職ジョブチェンジ屋を訪れたクローディア王国第十二王子の言葉の真偽を確かめるべく、いくつかの調査を彼女に依頼していたのだが、この手紙の厚さからすると、一定の成果は得られたようだった。

「クルネ、後で内容を教えてくれよ」

「うん」

 カナメの言葉に答えると、クルネは手紙を懐にしまった。今はまだ営業中だ。貴族絡みの変なお客が増えたとはいえ、それ以外の人まで無碍に扱うわけにはいかない。クルネは営業スマイルを浮かべて、店員業を再開した。






「クルネ、おつかれさま」

 転職ジョブチェンジ屋を閉店したころには、もう夜になっていた。純粋な転職ジョブチェンジ希望者の増加に加え、揉める貴族絡みの客が増えたことで、最近の営業時間はかなり後ろ倒しになっていた。

「おつかれさま、カナメ」

 クルネはそう言うと、店の適当な椅子に腰かけた。そして懐から幼馴染の手紙を取り出す。カナメは興味深そうな表情をしていたが、さすがに覗きこんではこなかった。カナメの視線を感じながら、彼女は手紙の封を切った。



 親愛なるクーちゃん

 お久しぶり! 数か月ぶりかな? クーちゃんやお父さんたちの手紙を読んで、本当に驚きました。まさかそんな特殊な力を持った人がいるなんて、今まで想像したこともありませんでした。世の中は広いのね。
 王都はよくも悪くも相変わらずです。モンスターに対抗しきれなくて実質的な国土が縮小しているのに、貴族同士の牽制合戦で精一杯なことを考えると、悪い方に相変わらずかしら……。
 ところで、頼まれていたリカルド殿下と統督教に関する資料だけど、そのカナメさんという人に見せる可能性を考えて、この手紙とは別の紙にまとめています。一枚目は――

「ミルティらしいわね」

 手紙を途中まで読むと、クルネは後ろについている資料を広げた。手紙の後半はミルティの日常の話といった完全な私信だ。後半は自宅で読むことにして、彼女はカナメを手招きした。

「俺も見ていいのか?」

 カナメがクルネの隣の椅子に座る。向かいではなく隣に座ったカナメに動揺するクルネだったが、一緒に資料を見るなら向かいより隣の方が適していることにすんでのところで気付き、口から出かけた言葉を呑みこんだ。その間にも、カナメはミルティの資料を真剣な表情で確認している。

「……なるほど」

 やがて一通り目を通したのか、カナメは呟きながら丸まっていた背筋を伸ばした。

 そこに記載されていた情報量はなかなかのものだった。ミルティからすれば、そこまで苦労せず集めた情報がほとんどだろうが、この辺境においてはどれもが貴重だ。得た情報を分析するため、カナメは腕組みをして考え込んでいた。それは、いつものカナメの姿だった。



……だが、その姿を眺めていたクルネは、不意に胸が締め付けられるような感覚に襲われた。無意識のうちに自分の胸元に手を伸ばすと、きゅっと服の布地を掴む。

 理由は自分でも分かっている。もし、カナメがミルティの資料を読んで『リカルド王子は信用できる』と判断した場合、彼は王都の神学校へ行ってしまうのだ。

 そうなれば、彼はクルネを置いていく。当たり前だ。カナメにとってクルネは家族でもなんでもない。

 そして、カナメが神学校を卒業したとしても、その後彼と再会できる保証はなかった。わざわざこの辺境に神殿を構える必要はないし、そもそも彼は自分のいた大陸に戻るつもりなのだ。クルネが知らない間に故郷へ帰ってしまう可能性だって充分あった。

「ねえカナメ、どうだった……?」

 そんな事を考えながら問いかけた声は、少し震えていた。だが、カナメがそんなクルネの様子に気付くことはなかった。

「この内容からすると、リカルド王子を信用してもいいと思う。王子の人間性は分からないが、彼の提案したプランには賭ける価値があるんじゃないかな」

 提案を受ける。その答えは、この転職ジョブチェンジ屋の閉店と、そして別れを示していた。その事実がクルネに重くのしかかる。

「……カナメ。また、戻ってくるよね?」

 そう問いかけた彼女の声は、本人が驚くほどに弱々しいものだった。

「…まあ、どうせ行くあてもないしなぁ」

 その返答はいつものカナメのテンポより一瞬遅かった。たったそれだけだったが、カナメが逡巡したことにクルネは気付いていた。その事実に再び胸が締め付けられるような苦しさを感じて、彼女は机下の拳を握りしめた。

 カナメを辺境に縛り付けるべきではない。それは、クルネにも分かっていた。人口の多い王都のほうが、よっぽど彼の能力を活躍させられるだろう。だが、そんな正論をいくら並べても、彼女の心中が楽になることはなかった。

「クルネ? どうかした?」

「ん……。なんでもない」

 カナメの問いかけに首を振って答える。どうしてこんなに心が落ち着かないのか、クルネ自身にもよく分からなかった。だが、こんな訳の分からない精神状態でカナメと話したくはない。乱れる心をなんとか抑えて、クルネはいつも通りの笑顔を作った。

「それより、王都へ行くならちゃんと準備しないとね! 雑貨屋の娘として、色々アドバイスしてあげる」

「お、それは助かるな」

「でしょ?」

 答えながら、クルネは実家が営む雑貨屋の品揃えを思い出していた。残された時間が少ないのなら、せめてその時が来るまでは楽しく過ごそう。そんな思いを口には出さず、クルネは笑顔を浮かべ続けた。



――――――――――――――――――――――――――――――――



 雑貨屋を出た時には、もう完全に夜の領域に入っていた。娘の特権で、閉店している雑貨屋を開けてもらったクルネは、旅に必要なものを色々教えてくれた。当たり前の話だが、日本にいた時の旅行セットとはまるで別物だ。そもそも、俺は一か月も馬車に乗り続けられるんだろうか。

 俺は、早くも買わされてしまった幾つかの道具類を眺めた。旅に出る前に使い込んでおいた方がいいとのことだったが、なんだか上手く乗せられたような気もするな。
 クルネは雑貨屋で育っただけあって、営業トークはなかなかのものだ。俺みたいに、キャラを作らないと接客できないような人種とは根本的な出来が違うのだろう。

 ただ、ハイテンションで道具の説明や旅の注意点を教えてくれた彼女だったが、なんだか空元気に見えたのがちょっと心配だった。
 最近は妙な連中が店にくるようになっていたから、疲れが溜まってるのかもしれない。

 そんなことを考えながら自宅兼店舗に帰り着いた俺は、どうやってか家の中に入っていたキャロを連れて二階の寝室へ向かった。気疲れが増えたのか、最近すぐに眠くなる気がする。

 キャロを専用の布団の上へ下ろすと、俺は自らのベッドに入って目を閉じた。






 ふいに目が覚めた。

 窓から外を眺めた感じでは、まだまだ朝にはほど遠い様子だ。だが、どうにも違和感を感じて、俺はベッドから起き上がると、周囲の物音に耳を澄ませた。

「……!」

 これは人の気配だ。俺は武術の達人でもなんでもないが、それでも自分の家に忍び込んでくる人間に気付かないほど鈍いわけでもない。

「キャロ」

 俺は傍らで寝ているキャロを小声で起こして、両手で抱えた。……相変わらず情けない恰好だが、俺の身の安全を考えるならこれが一番だろう。

 さて、どうするか。侵入してきたのは、たぶん二、三人といったところだろう。俺でも察知できるような足音を立てている相手だ、さすがに暗殺者的な存在だとは思えない。

 とはいえ、こっちも武芸の心得なんてない素人だ。せいぜいがクルネと一緒に自警団で鍛えていた程度でしかない。

 よし、窓から逃げよう。そう決心して、俺は静かに窓際へ駆け寄った。そしてその窓を開けようとした時、家の外にも人影があることに気付いた。俺は慌てて窓際から身を引っ込める。向こうが気付いたかどうかは知らないが、少なくとも窓から脱出してもあまりいい展開は期待できなさそうだ。

「仕方ないな……」

 俺は、すでに警戒モードになっているキャロを部屋の扉の正面に置いた。そして、俺自身はいつでも飛び下りられるよう、窓の近くに隠れる。俺の部屋が多少破壊の憂き目にあうことは諦めよう。

 やがて、扉のノブが静かに回される。扉が開き、人影が見えた瞬間――

「キャロ!」

「キュゥゥゥゥゥッ!!」

 俺の合図で、キャロが人影に向かって飛び蹴りを決めた。人影は物凄い音を立てて後ろへ吹っ飛び――

……あ、壁破っちゃった。

「ひぃっ!?」

 突如として、仲間が物凄い勢いで場外に飛び出したことに恐れをなしたのだろう、もう一つの人影が情けない声を上げた。どうやら侵入者は二人だったようだ。

「お前も同じ目に遭わせてやろう」

 家が壊れたことで頭にきた俺は、できるだけ冷たい声でもう一人を脅した。そして、キャロに指示を出そうとする。……が。

「あれ、逃げた」

 正体不明の攻撃がよほど恐ろしかったのか、もう一人は壁に空いた穴からダイブする方を選んだ。まあ、ここは二階だし、着地に失敗しない限り大したダメージは受けないだろう。

……あ、ひさしに足を引っかけて変な落ち方したぞ。ざまあ。

 墜落死した遺体なんて見たくない俺としては、それはそれで朗報だった。念のために窓から外を確認すると、やはり誰の姿も見えなかった。せめて襲撃者の正体だけでも掴んでおきたかったが、ここで俺が外に出るのを待ち構えている可能性もある。これ以上深追いするべきではないだろう。

 壁に空いた穴を地下にあった木材でどうにか塞いだ時には、すでに朝日が昇り始めていた。なんてこったい。今日、寝坊してもいいかなぁ。






「夜中に襲われたの!?」

 朝。出勤してきたクルネに眠気交じりの挨拶を返すと、俺は早速昨夜の事件の話を切り出した。もしかすると、奴らが昼に襲ってくる可能性もある。早く伝えるにこした事はなかった。

「おかげで、二階の壁に穴は空くわ補修で寝不足だわで、もう散々だよ」

「……けど、家に侵入してくるのは怖いわね。まさか、そんな悪どい手まで使ってくるなんて」

 こうなる可能性も考えていないわけではなかったし、だからこそ俺は毎晩兎と一緒に眠るという乙女チックな事をしていたわけだが、夜中に家に侵入されるというのは自分で考えていたよりもだいぶ精神にくるものがあった。これは少し見込みが甘かったな。

「そうなると、日中だけ警戒していても駄目よね……」

 クルネが頬に手を当てて考え込んでいる。やがて、名案を思い付いたのか、顔をぱっと輝かせた。

「そうだ、私が一緒に泊りこ――」

 だが、最後まで名案を口にすることなく、クルネは黙り込んでしまった。顔が真っ赤だ。

「さすがにそういう訳にはいかないだろう。そんなことになったら、俺はクルネのお父さんに暗殺される自信がある」

 しまったな、聞かなかったフリをしてあげた方がよかったか。俺の言葉を聞いたクルネは、顔を真っ赤にしたまま、ぷいと向こうを向いてしまった。

 彼女が機嫌を直したところを見計らって、俺は転職ジョブチェンジ屋を開店する。すでに、扉の前にはお客さんが待っていた。

「お待たせしました、どうぞお入りください」

「……失礼する」

 クルネが扉を開けると、そこには二人の男が立っていた。そのうち一人は品質のよさそうな衣服を身に着けており、いかにも大物然とした風情だ。そのでっぷりとした体形は、この辺境ではあまり見られない類のものだった。
 もう一人にはこれといった特徴はないが、どことなく粗野な雰囲気の男だった。その割に、なぜか目だけが神経質にきょろきょろと動いているのが違和感を感じさせた。

 そのうちの一人、でっぷりした男が重々しく口を開いた。

「君かね、転職ジョブチェンジ屋を名乗っている不届き者は」

 男はそう言うと、教会の聖印を俺に示した。






 どう考えても悪い想像しかできない。俺は扉に臨時休業の札をかけると、クルネに同席してくれるよう頼んだ。俺の想像が伝わったのか、クルネも少し緊張した表情だった。

「申し遅れました、私は転職ジョブチェンジ屋の店主、カナメ・モリモトと申します。こちらは助手のクルネです」

 俺の紹介に合わせてクルネが一礼した。最近では護衛の側面が強くなってきたが、わざわざ『あなた達を警戒していますよ』アピールをすることもないだろう。

「……私は教会所属の侍祭、トレモロ・ツェドーベクだ。神に代わって、君に悔い改める機会を与えにきた」

 うわあ。ついに一番面倒なのが来たぞ。教会所属なだけでも面倒なのに、このトレモロとかいう坊さん、どう考えても俺に難癖つける気満々じゃないか。

転職ジョブチェンジという神の奇跡を、さも自分で扱えるかのように騙るその不敬行為は許されるものではない。まして、それを信じた憐れな者たちから金銭を巻き上げるなど論外だ」

 俺がげんなりしている間にも、トレモロは偉そうに喋り続けた。俺がいかに罰当たりで非道な行いをしているのかを滔々と説いてくれる。次第に熱が入ってきたのか、身振り手振りもどんどん大げさになってきた。……なんだろう。ここまでくると、逆にこいつの話が面白く思えてきたぞ。

 だが、その一方的な話を聞いて柳眉を逆立てた人間が一人いた。クルネだ。

「いい加減にしてください! カナメは誰も騙してないし、転職ジョブチェンジの力だって本物です!」

「……ほう、あくまで転職ジョブチェンジの力が本物だと言い張るのかね?」

 クルネの剣幕に動じた様子もなく、トレモロは相変わらずの上から目線で俺に話しかけた。

「そうだとしたら、どうかするのですか?」

「ならば、私を転職ジョブチェンジさせてみたまえ」

 待っていました、とばかりにトレモロが答えた。……まさかとは思うけど、こんな安い展開のために今まで喋っていたんじゃないだろうな。

「……どうした?できないのか?つまり、この店は詐欺行為で金銭を稼いでいたと認めるのかね?」

 俺が黙っていたのをどう解釈したのか、トレモロが勝ち誇った様子で俺に迫ってくる。にしても、さっきからこいつカネ、カネとうるさいな。てっきり宗教……じゃなかった、宗派的な理由で俺の存在が許せないのかと思っていたけど、生臭坊主のほうかもしれないな。

 万が一にも転職ジョブチェンジできればそれでよし、そうでなければ俺を詐欺師だと糾弾して、金銭をせびり取ろうという目論見だろうか。……どっちにしてもしょっぱい話だ。

「誠に残念ではありますが、トレモロ様には転職ジョブチェンジできる固有職ジョブの資質がないようです」

 トレモロに対して、俺は嘘偽りのない事実を告げた。言い方が皮肉っぽくなったのは仕方のない事だろう。
 それが気に入らなかったのか、それとも話の内容が気に入らなかったのか、トレモロは突如として立ち上がると大声で怒鳴り始めた。ガタン、と彼が座っていた椅子が倒れて、後ろの男にぶつかる。

「ふざけるな! この私に固有職ジョブの資質が備わっていないだと!? そんなことがある筈はない!
……分かったぞ、やはり貴様は詐欺師だ。教会へ連行して自白させてやる……!」

 トレモロが怒り狂った眼差しで俺を睨みつけてくる。だが、俺が見ていたのはトレモロではなかった。これはひょっとして、そういうことなのだろうか。都合のいい推理だが、試してみる価値はある。

「後ろの護衛の方、足を傷めているようですが大丈夫ですか?」

 俺は意図的にトレモロを無視して、彼の後ろに立っている男に話しかけた。

「……なんのことだ」

「いえ、さきほどトレモロ侍祭が蹴倒した椅子を避ける時、足を庇っていたように見えたものですから」

 男は突然の質問に最低限の言葉で答えた。その声を聞いて自信を強めた俺は、そのまま追撃をかける。

「ところで、貴方のお声には聞き覚えがある気がするのですが、どこかでお会いしませんでしたか?

 ……そうですね、つい昨晩あたりに」

 俺は、最後の台詞を冷たい声で発声した。それもできるだけ、昨晩と同じように。

 その言葉を受けて、男は明らかに動揺していた。

「実は、昨晩うちの店の壁に大穴が空きましてね。朝方までがんばって、ようやく壁を塞いだところなんですよ。あんな面倒な作業はもうやりたくないものです」

 隣で聞いていたクルネが首を傾げた。突然なんの話をしているのだと思っているのだろう。だが、そう思っているのはクルネだけだった。俺も、そして向かいの二人もなんのことかは理解している。

「貴様……!」

「今度はもっと大きな穴が開くかもしれませんね」

 その言葉に、トレモロの後ろにいた男がびくびくし始めた。見れば汗が幾筋も滴っている。まあ、間近でキャロの蹴りを見たわけだしなぁ。しかもあの暗さじゃ、何が起きて仲間が壁ごと吹っ飛んでいったのか分からなかったはずだ。余計に恐ろしく感じたことだろう。

「ちっ、使えん男め……! ひとまず私は引き上げるが、これで終わったと思わないことだな!」

 俺が後ろの男に目をつけたのに気付いたのだろう。男に話しかける素振りを見せると、トレモロは急に退店を宣言した。典型的な台詞を残したトレモロは、男を怒鳴りつけると、そのままどすどすと足音を立てて店を出て行く。

「お疲れ様でした。またお待ちしております」

 おっと。それはつい口から出てしまった言葉だったが、トレモロにしてみれば馬鹿にされたようにしか聞こえなかったのだろう。店を出る際にギロリと俺を睨みつけると、バタンッと音を立てて扉を閉めた。

「……ねえカナメ、ひょっとして」

「ああ、あいつらが昨晩の襲撃犯で間違いなさそうだな。つまり、最初から俺に危害を加えて金銭を強奪しようとしていたわけだ」

 俺の言葉を聞いて、クルネが店を飛び出しそうになる。

「行っちゃ駄目だ。クルネも知ってるだろう?統督教の奴らに危害を加えると、統督教全体が反撃してくる可能性があるって」

「けど、あいつはただのゴロツキ同然じゃない!」

「それでもだ」

 正直、あの程度の人間ならキャロがいれば切り抜けられるし、もしその数倍の人数がかかってきたとしても、固有職ジョブ持ちがいない限りクルネが不覚をとることはないだろう。

 だが、俺が本当に警戒しているのはその組織力の方だ。もし奴が俺を『異端者だ』とかなんとか言って統督教の敵に祭り上げてしまうと、俺は昼夜を問わず暗殺者の陰に脅えることになるかもしれない。
 豊富な人員をバックにあの手この手で間断なく攻めたてられると、いつかはそれに屈することになるだろう。だからこそ、俺はリカルド王子の計画に乗ることにしたのだ。しがらみが増えるのは正直御免こうむるが、背に腹は代えられない。

「これからも、ああいう手合いは増える一方だろうからなぁ。……こうなると、早めに神学校へ行ってしまうべきか」

 俺はそう呟くと、リカルド王子に手紙を送ることにした。彼の言葉の裏はとれたのだ。こうなれば早めに動いてしまったほうがいいだろう。あのトレモロとかいう生臭坊主にはもう会いたくないし、奴を上回るような信心深い宗教者の相手もご免だ。臨時休業の札がかかっているのをいい事に、俺はさっそくペンを手に取った。

 その陰で、俺の呟きを聞いたクルネがある決断をしていたのだが、それが分かるのは数か月後のことだった。
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