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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

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防衛戦

「クルネちゃん! 下がって!」

 アニスの声に従って、要塞牛フォートバイソンを斬りつけたクルネが飛びすさる。その直後、凄まじい勢いで投擲された投げ槍(ジャベリン)が、モンスターの胴体部に深々と突き刺さった。

「あれが貫通ペネトレートの真価か……」

 その光景を目の当たりにして、俺は思わず唸る。

 異常に硬い皮膚を持つ要塞牛フォートバイソンは、生半可な攻撃では傷つかない。普段なら、早々に足の一本も斬り飛ばしているはずのクルネも、さすがに勝手が違うようだった。

 そこへ、貫通ペネトレートを発動させたアニスの攻撃だ。槍使い(ランサー)貫通ペネトレートはさすがに強力と見えて、彼女の放った槍はモンスターに致命傷を与えたようだった。

「アニスちゃん、お疲れさま!」

「お疲れさま! クルネちゃんが隙を作ってくれたおかげよ」

 要塞牛フォートバイソンが事切れたことを確認して、二人がお互いを労い合う。一見すると華やかな光景だが、その後ろに横たわっているモンスターの亡骸が現実を主張していた。

 辺境の義勇軍がルノール村を出発してから数日。帝国軍や義勇軍がシュルト大森林をかき分けて進んでいることに刺激されたのか、今回のように村に姿を現すモンスターが増えていた。

 だが、襲い来るモンスターを撃退し、辺境の村を守り続けてきた固有職ジョブ持ちは、その大半が義勇軍へと参加しているため不在だ。そのため、各村ではモンスターの被害が増加していた。

 もちろん、数年前まではこの地に固有職ジョブ持ちなど存在していなかったし、それでも辺境の人々は生き抜いてきた。そのため、すぐに大きな被害を受けるようなことはなかったのだが、昔のやり方だけで凌ぐには、現在の辺境人口は多すぎた。

「しかし、こんなでかい牛は初めて見たなぁ……牛のわりにあまり美味しそうに見えないような」

「皮だけじゃなくて、筋肉も固そうね……斬りつけた時の手応えがおかしかったもの」

「二人とも、モンスターを食料としか見てないわね……」

 俺とクルネの会話を聞いて、アニスが呆れたように口を開く。

「せっかくだからな。もし戦争が長引くなら、蓄えが多いに越したことはないし」

「まあ、それはそうよね」

 俺の意見に、意外とあっさりアニスが納得する。だが、彼女は少し険しい表情で言葉を続けた。

「けど、この村はともかく、他の村はいつまでもこの状態じゃ大変でしょうね」

「そうだな。一時的なものだから、と今はみんな耐えているだろうが、長引くと危険なことは間違いない」

「そうよね……早く終わってほしいわね」

 言いながら、アニスは遠くを見やる。その視線の向こうには、彼女の兄を含む義勇軍がいるはずだった。……そして、その近くには帝国軍もいることだろう。

 両軍の激突は間近だった。



―――――――――――――――



 人は、恐れと幾分の敬意をこめて、シュルト大森林を「魔の森」と呼ぶ。迂闊に足を踏み入れたなら、自らの命を失うことすら珍しくない。それがこの森の常識だった。
 だが、その常識を覆すかのように、現在の森には人の気配が満ちていた。

 ラウルスは、自らが率いてきた義勇軍へ視線を向けた。ある程度の基準を設けたため、それなりに戦える者がほとんどだ。
 基礎体力はもちろんのこと、戦いの経験の有無や性格的な傾向なども勘案しており、即席の軍隊としては悪くないはずだった。

 それに加えて、小国に匹敵すると見込まれる、数十人の固有職ジョブ持ちという戦力がいる。一方、帝国軍はと言えば、王国軍との戦いで固有職ジョブ持ちの数を減らしており、現在も従軍しているのは十人程度と見込まれていた。
 固有職ジョブ持ちの数だけを見るなら、圧倒的に有利だと言える。

「――どうやら、帝国軍もこちらに気付いているようです。偵察隊が多いのは前からですけど、その動きが変わりました。明らかにこちらを警戒しています」

「そうか……ウォルフ君、ご苦労だったな。しばらく休んでいてくれ」

「はい! 失礼します」

 労いの言葉を口にしたラウルスは、盗賊シーフ固有職ジョブを持つ青年の後姿を見送った。
 盗賊シーフとしてのキャリアは短いが、非常に中身の濃い経験をしてきたのだろう。彼を高く評価しているラウルスは、その報告内容を前提に今後の動きを考える。

「やはり、奇襲は難しいか……」

「そうでしょうね。王国軍に奇襲を受け、痛い目に遭ったのはついこの前の話ですから」

 ラウルスの独り言に答えたのは、村長補佐であるリカルドだった。モンスターとの戦闘経験なら随一であろう辺境民だが、対人戦闘、それも集団戦に慣れている者は少ない。
 そのため、その方面の知識があり、なおかつ実戦経験もあるリカルドは、義勇軍の参謀のようなポジションに就いていた。

「できれば正面からの衝突は避けたかったがな……致し方ないか」

 いくら固有職ジョブ持ちの割合が多いとはいえ、義勇軍の大半は『村人』でしかない。本職の兵士であり、魔道具を装備した帝国兵と相対した時、どちらが有利は考えるまでもなかった。

 しかも、体格に恵まれた者や戦闘技術を持っている者を優先的に集めているため、彼らが全滅するようなことがあれば、辺境の先行きが暗くなるのは明らかだ。

「奴らにモンスターをけしかけましょうか?」

「けれど、魔物避けの古代遺産があるのでしょう? 大丈夫かしら」

 そこへ新しい声が聞こえてきた。時空魔導師を退場させた立役者の一人、クリストフと、魔法職の束ね役として期待されているミルティだ。
 ウォルフが帰投したことに気付いて、最新の情報を仕入れに来たのだろう。

 彼らは、辺境の固有職ジョブ持ちの中でも一目置かれている存在だ。ラウルスとしても、情報を隠し立てするつもりはなかった。

「ちょうどよかった。君たちの意見も参考にさせてもらいたいのだが――」

 もともと、数に圧倒的な差がある戦いだ。一つ間違えば、あっという間に総崩れになる可能性もある。

 彼らの作戦会議は、一向に終わる気配を見せなかった。






 辺境の義勇軍と帝国軍。両軍は、森の中にしては見晴らしのいい場所を挟んで対峙していた。さほど開けた地ではないため、後ろの森にどれだけの兵力が存在しているのか、それは分からない。

 互いを探り合う視線が幾度となくぶつかり合い、刺すような緊張感が広がる。そんな中、辺境軍から、一際大きな存在感を放つ男が姿を現した。

 鈍く光る全身鎧フルプレートに、通常の人間では持ち上げることすら困難であろう大剣。そして、それにも増して存在感を放つ大盾。
 それらの装備を身に着けておきながら、平然と歩みを進める男の姿に、帝国軍から驚愕の気配が伝わってくる。

 だが、その帝国軍の兵士たちですら、その男の名には心当たりがあった。そんな彼らの予想を裏付けるかのように、男は名乗りを上げた。

「私はラウルス・ゼムニノス! 辺境の民の代表としてここへ来ている! 貴公らの指揮官と話がしたい!」

 森に大音声が響き渡る。対峙する帝国軍に慌ただしい動きが見えたのは、後方に控える指揮官に報告しに行ったのだろうか。

 その様子を確認すると、男――ラウルスはじっとその場に立ち続けた。動かないながらも、敵軍の内情を探ろうと五感を研ぎ澄ませる。

 やがて、帝国軍の最前線をかき分けて、十人ほどの集団がラウルスの前へ進み出た。

 その身のこなしや装備からすると、一人は交渉役の幹部将校、他は護衛といったところだろう。このような場に伴われたのだ、おそらくは固有職ジョブ持ちであるか、古代文明の遺産の一つも用意している者たちだと思われた。

 その中でも、一際身なりのいい中年男性が声を上げる。

「吾輩はエマリオ・タリーニ子爵である。貴様が『辺境の守護者』か。……ふん、たしかに見た目はそれらしいな」

「貴殿が帝国軍の指揮官か?」

 そう問いただすラウルスに、子爵は呆れたような視線を向けた。そして、わざとらしく溜息をついてみせる。

「……やれやれ。未開の蛮族相手に言うのもなんだがね。一触即発のこのタイミングで、軍のトップがのこのこ顔を出すわけがないだろう。
 まあ、君たちは()()で一番強いリーダーが先陣を切る戦い方しか知らないのだろうが」

「無益な皮肉の応酬に興味はない。貴殿に伝えるだけは伝えておこう。それをもって帝国軍全体への通告とする」

 ラウルスは淡々と言葉を紡いだ。相手が蔑視的、挑発的な物言いをしてくるだろうという、リカルドの事前の忠告を心に刻んでおいたおかげか、心に大きな波風は立っていない。ただただ、事前に準備していた言葉を続ける。

「警告しておく。これ以上辺境へ近付くようであれば、我々が相手をしよう。こちらには多数の固有職ジョブ持ちがいる。行軍や探索、王国軍との戦闘で消耗した貴公らには荷が重いはずだ」

「なんだと……?」

「もし、貴公らが辺境への進出を断念し立ち去るというのであれば、我々は手を出すつもりはない。再び森を抜けて帝国へ帰還するなり、王国領へ抜けてもう一戦するなり、それは自由だ。
 なんなら、この辺りの森を抜けるまでは、モンスターの迎撃に協力してもいい」

 ラウルスはそう言い切ると、黙って相手の反応を待つ。エマリオ子爵が大声を上げたのは、それからすぐのことだった。

「ふざけるな! 野蛮人が調子に乗りおって!」

「……その様子では、この話は決裂ということかな?」

「決裂? ……はっ、何を対等のつもりでいるのかね? 周囲から『辺境の守護者』などと呼ばれていい気になっているようだが、身の程を知れ!」

 そう怒鳴り散らすと、エマリオ子爵はさっと身を翻した。ドスドスと乱暴な足音を立てて去る子爵を背に庇いながら、彼の護衛たちも下がっていく。

 ――いっそのこと、このまま剣の錆にしてくれようか。

 そんな思考がラウルスの頭をかすめる。だが、相手は最高司令官ではない。この対話に派遣されたということは、おそらく死んでも支障はないと、そう判断されているのだろう。その程度の人物のために、計画を狂わせるわけにはいかなかった。

 だが。

「くたばれ! 辺境の猿がっ!」

 そんな声が聞こえた気がした。その声の主と思わしきエマリオ子爵が、手を振り上げて何かを合図しているのが目に入る。刹那――。

「……む」

 ラウルス目がけて、帝国軍から山のように攻撃が降り注ぐ。それは矢であり、火球であり、そして砲弾だった。

 通常であれば、このような話し合いの場に現れた者に対して手を出すことはない。それは戦場での暗黙の了解だった。
 その数少ないルールすら守られなかったのは、『辺境の守護者』をそれだけ警戒していたということなのか、それとも辺境の蛮族など人間扱いする必要はないということか。

守護領域テリトリー

 ラウルスは守護戦士ガーディアン特技スキルを発動させると、その場を一歩も動かず、ただ立ち続けた。回避はおろか、盾すら掲げない不動ぶりに、帝国兵だけでなく辺境軍からも動揺の声が上がる。

 そしてほぼ同時に、帝国軍の無数の攻撃が彼へ着弾した。

「……ふむ。やはり、噂の魔道具は持って来ていないようだな」

 ラウルスは冷静に呟いた。自らに降り注ぐ攻撃は、手前数メートルの地点に展開された防御壁により完全に弾かれていた。かつて王国‐帝国戦争で使用されたという古代文明の大筒は不安要素だったが、あのように巨大なものをシュルト大森林へ持ち込めるはずもない。

 やがて、もうもうと上がる煙が晴れると、ラウルスは悠然と歩き始めた。間断的に襲い来る攻撃をすべて()()()()()()()迫る姿に、帝国兵たちが浮足立つ。

「なんだよあれ……!」

「人間じゃねえだろ……」

「たかだか人間一人に狼狽えるな! 固有職ジョブ持ちと古代魔道具所持者は総がかりで奴に当たれ! 奴さえ欠ければ辺境軍など烏合の衆だぞ!」

 指揮官クラスの檄により、帝国軍が動き始める。その動きは、ラウルスだけを見据えたものだった。彼に一斉攻撃を行うべく、部隊が陣形を整える。

 だが。

 天まで届きそうな轟音とともに、青白い閃光が彼らを飲み込んだ。それは水平に放たれた極大の雷であり、ラウルスに射線を集中するべく、密集していた遠距離攻撃部隊を横から貫く。

 その凄まじい一撃は、射線上にいたすべての帝国兵を薙ぎ払い、帝国軍に凄まじい被害を与えていた。

「……成功させてくれたか」

 その光景を目にして、ラウルスは思わず呟いた。戦略級の魔法と言って差し支えない先程の雷撃は、魔法研究者のミルティが提案したものだ。連発は難しいと聞いているが、たった一撃だけだとしても、その成果は申し分なかった。
 複数人の魔法職で一つの大魔法を紡ぐ。協調性のない固有職ジョブ持ちしかいない数年前までは、夢物語だった魔法技術だ。それを可能にしたのは、彼女の卓越した魔法技能と知識、そして協力的な固有職ジョブ持ちが豊富にいるという現在の環境だった。

 彼女たちの成果を確認すると、それまで悠然と歩みを進めていたラウルスは、ついに駆け出した。重装備で身を固めているにもかかわらず、凄まじい速度で景色が流れる。

 帝国軍の最前線と接触したのは、それからすぐのことだった。



「ぬおおおおおおおおっ!!」

 ラウルスは、気合の声とともに衝撃波ソニックブームを放つ。戦士ウォリアーの時分に比べて威力、攻撃範囲とも飛躍的に向上したそれは、複数の帝国兵をまとめて吹き飛ばした。

 次いで、背後へ回り込んできた敵へ盾を突き出す。

盾撃シールドバッシュ

 ラウルスが盾を突き出した直後、二メートルほど離れていた兵士が真後ろの木へ叩きつけられる。盾での打撃を飛ばすことのできるこの特技スキルは、おそらく盗賊シーフであろう敵の不意を突くことに成功したようだった。

魔法抵抗レジストマジック

 次いで、複数の攻撃魔法が飛来していることに気付くと、ラウルスは特技スキルを発動させた。そして、意図的に攻撃をその身に受ける。

「……!」

 攻撃してきた方向に目をやれば、驚愕の表情を浮かべた帝国兵たちが立ち尽くしている。ミルティの雷撃から逃れた遠距離攻撃部隊だろうか。ようやく部隊を立て直したのだろうが、想定外の被害を生みやすい彼らは優先して倒す必要があった。

「……さすがに衝撃波ソニックブームは届かんか」

 ラウルスは剣を構えて、そして思い直す。守護戦士ガーディアンは圧倒的な防御力を誇るが、その分、範囲攻撃や遠距離攻撃の手段に乏しい。
 一対一で戦う分には困らないが、こういった場面で役に立つ特技スキルが少ないのだ。

 無理をしてでも彼らを倒しに行くべきだろうか。だが、そうなると目の前の帝国兵たちが、大挙して後ろの義勇軍へ牙をむく可能性があった。

投槍驟雨ジャベリンレイン!」

 そう悩んだ時だった。聞き覚えのある声が背後から聞こえてくる。次いで、無数の光槍が遠距離部隊に降り注ぎ、彼らを蹂躙した。

「アデリーナか!」

「ラウルスさん、お一人で頑張りすぎですわよ。この際、わたくしたちの恐ろしさも覚えて頂きませんと」

 斬りかかってくる兵士を槍で突きながら、魔槍戦士マジックランサーであるアデリーナはにっこり微笑む。場に似つかわしくない笑顔は、逆に帝国兵に恐怖を与えたようだった。

 だが、彼女はそれだけでは終わらない。

風神演舞エネロープ・ウィムズ

 アデリーナの槍を中心として、凄まじい暴風が巻き起こった。彼女が槍を振るうたび、軌道上にあるすべてのものは真空の刃に切り裂かれ、上空へと打ち上げられる。
 風神エネロープの名を冠したその特技スキルは、まるでアデリーナ自身を竜巻に変えたかのようだった。

 その様子に頼もしさを覚えながらも、ラウルスは彼女より前へ出た。もともと槍の名手であり、魔槍戦士マジックランサー固有職ジョブを得たアデリーナは、辺境でも屈指の戦力だ。

 だが、それでもラウルスほどの防御力を誇るわけではない。相手が固有職ジョブ持ちでなくとも、攻撃を受ければ手傷を負うことに変わりはなかった。

広域防護エリアプロテクション!」

 だが、ラウルスの周囲にいるのはアデリーナだけではなかった。防衛者ディフェンダージークフリートの援護魔法により、ラウルスの身体が軽くなる。
 防御力をはじめとした各種能力を向上させるこの魔法があれば、もともと防御力が高めな固有職ジョブ持ちたちが負傷する可能性は格段に下がるはずだった。

「ありがとうよ!」

「おお! こいつはいいな!」

 そして、彼の魔法の効果範囲に入っていたのは、ラウルスとアデリーナだけではない。いつの間にか、固有職ジョブ持ち数十人が後ろへ続いていたのだ。彼らはジークフリートの援護に喜びの声を上げると、そのまま敵陣へ切り込んでいく。

 ラウルスは、いつの間にか近くに来ていたジークフリートに声をかけた。

「ジークフリート、君は――」

「大丈夫、分かってるよ! 俺はすぐに向こうへ戻るからさ!」

 そう答えると、彼は敵兵を蹴散らしながら後方へと駆け戻っていく。ジークフリートの役割は、固有職ジョブを持たない義勇軍の兵士たちに防衛者ディフェンダーとして力を与え、普段以上の力を発揮させることにあった。

 既に戦いは乱戦の様相を呈しており、彼らの部隊も戦端を開いている。ラウルスは固有職ジョブ持ちと魔道具持ちを優先して倒すようにしていたが、もともと軍属ではない彼らのことだ。あまり油断はできなかった。

 ジークフリートの魔法によって強化された身体を駆使して、ラウルスは一気に帝国軍の本陣へ迫った。行く手を阻む敵兵たちに衝撃波ソニックブームを叩きつけ、威圧オーバーロウで身動きの取れなくなった兵士たちの群れをかき分ける。

 そして、帝国の最高司令官がいるであろう、敵の本隊に取り付いた時だった。

 キィィンという、異常に高い音がラウルスの耳を打った。

「……なんだ?」

 新手の攻撃かと思ったが、特に身体に異常はない。守護戦士ガーディアンの抵抗力のおかげだろうか。

 敵を切り倒しながらも、ラウルスは思考を巡らせる。だが、真実は直に分かった。

 突如として、多種多様なモンスターが姿を現したのだ。しかも、群れは帝国兵を狙わずに、辺境軍を目指して駆け出し始める。

「モンスター避けの魔道具のせいか……!?」

 ラウルスは焦った。モンスターと戦って消耗し、陣形が乱れたところを帝国軍に突かれてしまっては、戦いに慣れていない義勇軍はひとたまりもないだろう。

 一度下がるべきか。目の前の槍使い(ランサー)を撃破すると、ラウルスは後方にいる自軍を振り返った。

 すると、辺境軍から一羽の鳥が飛び立つところだった。遠すぎてよく見えないが、その背には誰かが乗っているようにも見える。

 その鳥が帝国軍の陣地の上空を通過した時、真下にいる帝国軍が爆音とともに吹き飛ばされた。次いで、何かが雨のように降り注ぐ。
 それを見たラウルスは、鳥に騎乗している人間の正体にあたりを付けた。

白雨ヘビーレイン……エリンか」

 その名の通りに矢の雨を降らせながら、弓使い(アーチャー)エリンが戦場を飛び回る。彼女を射ち落とそうにも、帝国軍に遠距離攻撃ができる部隊はほぼ残っていない。

 そして、彼女が本陣に差しかかった時、ラウルスはエリンの目的を悟った。

 彼女から放たれた一筋の光条が、帝国本陣に設置されたモンスター避けの魔道具に突き刺さり、爆発を起こしたのだ。エリンの特技スキル加重撃ヘビーストライクと見て間違いないだろう。
 恐るべきは、飛行中の鳥型モンスターの背から、地上にある魔道具を撃ち抜いてみせるエリンの技量だ。いくら巨大な装置だったとはいえ、正確無比な射撃だった。

 もともと戦わないことを前提にした造りだったのか、その一撃で魔道具は原型を留めないほどに破壊されていた。
 おまけとばかりに矢の雨を降らせて、エリンを乗せた鳥が去っていく。別の部隊の魔道具を破壊しに行ったのだろう。その息の合った様子からすると、鳥型モンスターはクリストフが『一体化』を使って操っている可能性が高かった。

「さて……」

 ラウルスは、再び帝国本陣を睨みつけた。エリンの行動により、状況は大きく変わり始めていた。モンスター避けの古代魔道具が破壊されたことにより、モンスターが帝国軍を襲い始めたのだ。

 もともと、魔物誘引の魔道具を使用したのは帝国軍だ。そのため、辺境軍目がけて移動中だったとはいえ、まだモンスターは呼び寄せた帝国軍の近くにいたのだ。結局、帝国軍の行動は自らの首を絞めただけだと言えた。

 動揺が走る帝国軍の中を、ラウルスはただ駆け抜ける。後ろから援護射撃が飛んでくることから判断するに、少し遅れて辺境軍の固有職ジョブ持ちたちが追いかけてきているようだった。

 一騎当千の彼らの活躍は、敵対する帝国兵の士気を明らかに低下させていた。

「なんなんだよ! あいつら、全員固有職(ジョブ)持ちじゃねえか!」

「こいつなんて、どんな攻撃を当ててもビクともしないぞ……!」

「こっちの固有職ジョブ持ちはどうしたんだ! 明らかに向こうのほうが強いじゃないか!」

 帝国兵の悲鳴に似た声が耳に入ってくる。厳密に言えば、固有職ジョブ持ちを圧倒しているのは上級職であるラウルスと、他に数人だけだ。
 だが、そんな人間にこそ彼らの注意は集まる。ラウルスが優先的に固有職ジョブ持ちを倒している理由はそこにもあった。

 帝国軍は兵力こそ辺境軍を遥かに上回るが、長期間にわたるシュルト大森林の行軍と王国軍との激戦で疲弊しきっている。
 数は脅威だが、その分、一度崩れてしまえば押しとどめることは難しい。ならば精神面で揺さぶりをかけてやればいい。それが狙いだった。

 再び、ラウルスの前方に光の槍が降り注ぐ。見た目にも迫力のあるアデリーナの投槍驟雨ジャベリンレインは、帝国兵の心を攻めるのに非常に有効だった。
 それに合わせて、ラウルスは衝撃波ソニックブームを連射した。荒れ狂う衝撃波に、兵士がまとめて吹き飛ばされていく。

「いったいどれだけ固有職ジョブ持ちがいるんだよ! ……まさか、後ろの奴ら全員固有職(ジョブ)持ちじゃないだろうな……!?」

 そう声を上げたのはどの兵士だっただろうか。その声を皮切りに、悲鳴に似た叫びが帝国軍のそこかしこで上がり始める。

「こんなん勝ち目ねえだろ!」

「何か月も魔の森を行軍させられて、挙句の果てにこれだ! やってられるか!」

 帝国軍の士気は下がりきっていた。それでも目立った逃亡が見られないのは、逃げた先も魔の森だという事情があるためだろうか。

 だが、ラウルスが一歩進めば、彼に対する包囲網も一歩後ずさる。誰一人として、そこに立ちはだかる者はいない。みるみるうちに、周囲の囲みが薄くなっていった。

 そして、その機を逃すラウルスではない。彼は盾を構えると、本陣の奥深くを見据えた。

硬突撃シールドチャージ!」

 襲い来るすべてを弾き返しながら、ラウルスの巨体が高速移動する。途中でぶつかった大木すらもへし折った突進攻撃は、彼を敵軍の中心部へと導く。

「な……! 貴様、単身で乗り込むとは正気か!?」

 ラウルスがゆらりと盾から顔を覗かせると、青ざめた様子の青年が口を開くところだった。その位置関係からすると、この青年が最高司令官なのだろう。
 そう判断したラウルスは、青年へ向かって悠然と歩き出した。

金剛フェスト

 最高指揮官を守るべく、剣が、槍が、矢が、様々な凶器がラウルスを襲う。魔法が含まれていないのは、上司を巻き込むことを恐れたからだろうか。

 だが、その攻撃はどれ一つとしてラウルスに届かない。周囲から驚愕した気配が伝わってきた。

「なんだこいつ!?」

「これが『辺境の守護者』……」


 斬りかかってくる騎士ナイトらしき固有職ジョブ持ちに対して、防御がてら盾を叩きつける。

 帝国兵が展開した防御用の結界を力で粉砕する。

 行動阻害用の投網を大剣で一刀両断する。

 襲い来る攻撃に適切に対応し続けて、いつしかラウルスは最高指揮官の前に立っていた。彼に逃げ出す様子がなかったのは矜持からか、それとも諦めの境地だったのか。

「貴殿が最高指揮官だな。名を聞いておこう」

「……ハロルド・セイン・マリナーク侯爵だ」

 ぽつりと青年が答える。

「侯爵、もう一度だけ言っておく。この地から去れ。貴公らが大人しくこの地から引き上げるのであれば、これ以上手出しはせぬ」

 その最後通牒を聞いて、周囲の帝国兵がざわめきはじめる。その様子を苦々しげに見ていた侯爵は、やがて自らラウルスに歩み寄った。

「『辺境の守護者』の武威は噂通りであったな。お前が言う通り、我らはこの地より軍を引こう。……まったく、大したものだ……なっ!」

 言うなり、侯爵は懐から何かの魔道具を取り出し、ラウルスへと押し当てた。……否、押し当てたつもりだったのだろう。

「がッ……!」

 それよりも早く、ラウルスの拳がハロルド侯爵を殴り飛ばした。飛んできた侯爵に巻き込まれて、近くの兵士が薙ぎ倒される。

 だが、司令官に続けとばかりに、動きの止まっていた兵士たちが再びラウルスを襲う。ラウルスは躊躇なく、襲い来る者たちに剣を振るった。

 数十人を斬り捨てたところで、キリがないと見たラウルスは威圧オーバーロウを発動させた。その凄まじいプレッシャーに気圧されて、辺り一帯がしん、と静まり返る。
 その機を逃さず、ラウルスは倒れている侯爵へ声をかけた。

「……死なぬよう手加減したつもりだったが……生きているか?」

 それは、ラウルスの本心からの言葉だった。いくら彼が強力な固有職ジョブを得ているとは言え、一人で帝国軍すべてを討ち果たせるわけではない。
 散り散りに逃げられ、潜伏されてしまっては、辺境の安全が確保できない。そのためにも、組織立ってこの地から退場させる必要があった。

「ほ、本当に我々に手を出さないというのか……?」

 侯爵の代わりに口を開いたのは初老の男性だった。非常に質の高そうな装備を身に着けていることからすると、この軍の実力者と見て間違いないだろう。

「無論だ。だが、貴公らが大人しく引き上げるという保証はない。軍のトップや幹部将校ら、数人の身柄は預からせてもらおう」

「ぐぬ……!」

 その反応からすると、彼は身柄を拘束される側に分類されるのだろう。逆に、ほっとしたような表情を浮かべる者も多かった。

「まずは戦闘停止命令を出してもらおうか。無闇に人を殺める趣味はない」

 その言葉を聞いても、帝国軍の幕僚たちが動き出す様子はなかった。ラウルスは眉根を寄せると、大剣を担ぎ直す。それを目にして、彼らの表情が真っ青になった。

「く……おい、伝令を出せ」

 先程の初老の男性が、ようやく重い腰を上げる。彼が戦闘停止命令を出すところを見届けると、ラウルスは静かに頷いた。

「次は、身柄を預かる者の選定だ。……そうだな、そこの侯爵を含め、十名ほど預かろうか。身分が上の者から順に、十名になるまで選出してもらう。なお、軍を束ねて引き上げるために必要であれば、上位者であっても一人だけ見逃そう」

 その言葉に、幕僚たちが色めき立つ。

「それは本当か……!」

「それならば、兵の管理をしていた私が!」

「何を言う! 貴様などただの飾りではないか! 実質的な管理はすべて私がしていた!」

「お前こそ、自分だけは助かろうと口から出まかせを!」

「上から順にとなれば、そなたまでで十人だな」

「自分のほうが序列が上だと、常日頃から吹聴しているくせに何を言う!」

「そなたこそ、身分を誤魔化して逃げ出そうなどと恥を知れ!」

 口汚く罵り合う帝国軍の幹部を目の当たりにして、ラウルスは心中で溜息をついた。リカルドが「一人だけ脱出できるという話にしておけば、向こうが勝手に序列を明らかにしてくれますよ」と言っていたのはこういうことだったのか、と複雑な気分で納得する。

「ラウルスさん!」

「守護者様! ご無事でしたか!」

 そこへ、辺境軍の固有職ジョブ持ちが二十名ほどなだれ込んできた。帝国兵が戦闘行為を停止したため、理由を悟って駆け付けたのだろう。
 もともと、ラウルスが敵軍の本陣を叩き、指揮官を捕らえて戦いを終わらせる算段であったため、展開を予想することは容易い。

「特に問題はない。……皆、よくやってくれた」

「「はい!」」

 ラウルスが頷いてみせると、彼らは一様に笑顔を浮かべた。その陰で、帝国軍の幕僚たちの顔色はさらにひどくなっていく。

「……言っておくが、彼らは全員が固有職ジョブ持ちだ。先程のように、余計な抵抗はせぬことだ」

 すごむラウルスの言葉に、彼らはこくこくと頷くばかりだった。



 それから数日後。シュルト大森林を抜けることを断念し、王国領の南端に姿を現した帝国軍は、もはや戦闘する意思を持っておらず、外交的な手段によって本国へと送還された。

 そして、それが辺境の義勇軍に手痛い敗北を喫し、モンスター避けの古代魔道具をすべて破壊されたことに起因するものであるとの情報は、瞬く間に大陸全土に広がったのだった。

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