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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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剥奪

 魔獣使い(ビーストマスター)クリストフが営むマデール商会。まだ夜が白み始める早朝にもかかわらず、その建物には明かりが煌煌と灯っていた。

「それじゃ、行ってくる」

 帝国軍が辺境に到達するまで、あと十日といったところだろうか。帝国軍最大の脅威である隕石魔法を封じるために、俺とクリストフはルノール村を旅立つところだった。

「カナメ……絶対に……帰ってきてよ」

 どこか泣き出しそうな顔で、クルネが俺の腕を掴んだ。俺の頼みごとを断ることは滅多にない彼女が、今回は自分も付いていくと最後まで主張していたことからも、その心配ぶりはよく分かった。
 いつも明るい彼女らしからぬ表情に胸が痛むが、俺にできることは一つしかない。

「もちろん帰ってくるさ。地竜アースドラゴンに比べれば、帝国軍くらいなんとでもなるって」

 できるだけ自信に満ち溢れた表情を作って、帰還を約束する。すると、もう一人の相棒がぴょんと跳ねた。

「キュゥ!」

「……うん。キャロちゃん、ありがとう」

 鳴き声を上げたキャロを見て、クルネの表情が少しだけ緩んだ。そのことにほっとしながら、俺は隣の兄妹に目をやる。

「お兄ちゃん……」

「アニス、大丈夫だよ。僕もカナメ君も命は惜しいからね。ただ、万が一僕が……」

「――聞きたくない。お兄ちゃんは帰ってくるんだから、万が一なんて聞く必要ないもの」

 やはり、隣も似たようなものだった。それどころか、キャロがいない分さらに空気が重くなっている。そんな兄妹を見ていると、視線に気付いたアニスがきっと俺を見つめた。

「カナメ君、信じてるからね。無謀なことはしないって」

「ああ、分かった。そのために、いろいろと装備を持ってきたんだしな」

 俺は胸を叩いた。現在、俺とクリストフはミレニア司祭お手製の魔道具を大量に身に着けていた。指輪に腕輪、ペンダントにブローチなど、その数は一人十点近い。
 もしこれらの魔道具をすべて売り払った場合、王都に豪邸が建ちかねない。それくらいの過剰装備だった。

「金銭的価値を考えると、まったく落ち着かないけどね」

 そのため、クリストフの感想も分からないではない。だが、妹のほうは違う意見を持っているようだった。

「お金よりもお兄ちゃんの安全のほうが大事でしょ! 壊れたっていいんだから、ちゃんと全部持って行ってよ!?」

「ああ、もちろんだよ」

 アニスの頭を撫でながら、クリストフは笑顔を浮かべた。話が一段落したと見た俺は、もう一度出立の言葉を告げる。

「それじゃ、行ってくるよ」

「……いってらっしゃい」

 答えるクルネに笑顔を見せて、俺は庭へ繋がる扉を開く。

 外から風が吹き込んできた風が、赤色に染めたばかりの髪を揺らす。視界に入る自分の髪色に落ち着かなさを覚えながらも、俺は庭で待つ巨大怪鳥ロックへ乗り込むのだった。






「やっぱり、彼らはだいぶ疲れているようだね。動きに精彩がないよ」

「長い間、このシュルト大森林を彷徨っているんだしな。そりゃ疲れもするか」

「ただ、偵察部隊だけは、相変わらず頻繁に出入りを繰り返しているね。今回は近づけなかったけど、次は報告内容が聞きとれるレベルまで寄ってみようか。さすがに、巨大鼠ギガントラットを本陣に突っ込ませるわけにはいかなかったからね」

 魔獣使い(ビーストマスター)特技スキル一体化を解いたクリストフは、そう言って笑顔を見せた。

 俺たちが帝国軍を発見し、監視できる距離まで近付いたのは半日ほど前のことだ。クリストフの能力を使って帝国軍の内情を調べていた俺たちは、それなりの情報を得ることに成功していた。

 まず、目を引いたのは、軍に点々と配置されている数メートルほどの巨大な装置だ。モンスターと一体化したクリストフが「近寄りたくない気配を感じた」と評していたことから、モンスター避けの魔道具、それも古代文明の遺産と見ていいだろう。

 その扱いを見る限りでは、あまり重量はなさそうに見えるが、それでもサイズがサイズだ。それなりに開けた場所を行軍しているとは言え、森の中を進むにはなかなか厳しいものがありそうだった。だが、逆に言うとそれだけ重要な装置なのだろう。

 そして、さっきクリストフも言っていた通り、多数の偵察部隊が出入りを繰り返していることも分かった。慎重な司令官なのだろうか。帝国軍の不自然な行軍速度についてはウォルフからも聞いていたが、その様子にはどうも引っかかるものがあった。

 そして最後に、時空魔導師マクシミリアンのいる場所だ。クリストフが確認したところでは、本陣近くに不自然に贅沢なテントが張られているらしい。
 そして、そこそこ偉そうな人が、胃の痛そうな顔をしてちょくちょくテントへ入っていくそうなのだが……これは怪しいとしか言いようがない。

「カナメ君、うまく標的に近づくことはできそうかい?」

「そうだなぁ……あっちは同じ面子で二月以上森を行軍しているわけだし、しれっと潜り込むのはやっぱり難しそうだ」

「そうだね……少なくとも、同じ部隊の顔は全員見知っているだろうね」

 俺は身に着けている帝国の軽鎧に視線を落とす。帝国軍に潜り込むためには必須のアイテムだが、中身まで帝国兵になりすませるわけではない。
 いっそ、どれかの部隊を全滅させて二人だけ生き残った形にしようか。……いや、でもそうなったら事情聴取とかされそうだな。

「そこはもう少し考えなきゃな。……ところでクリストフ、だいぶ疲れてるんじゃないか? 警戒は俺とキャロに任せて、少し休んでくれ」

 俺は問題を先送りにすると、疲れを隠しきれていないクリストフに休憩を勧めた。移動に偵察にと大活躍の魔獣使い(ビーストマスター)だが、それだけの働きをして疲れないわけがない。

 どちらかと言うと精神的な疲労に近いだろうが、ずっと能力をフル稼働させていたクリストフを休ませる必要があった。

「だけど……」

「ミレニア司祭にもらった魔道具もあるし、勘の鋭いキャロもいるんだ。安心して休んでくれ。……それに、長期戦になる場合はどうせ交互に休むことになるんだしな」

 俺は軽鎧の下からペンダントを取り出す。それは、ミレニア司祭が作ってくれたモンスター避けの魔道具だ。帝国軍の古代魔道具ほどではないが、こっそり森に潜んでいる分には充分な効果を発揮してくれる。

「……そうだね、ここで無理をしても仕方ないか。お言葉に甘えて、少し休ませてもらうよ」

「ああ、任せてくれ」

 まあ、モンスターを遠ざけるのはミレニア司祭の魔道具だし、辺りを警戒して、非常時に敵を撃退するのはキャロだから、俺自身はあまり役に立ってないわけだが……。

 珍しい草を夢中で食んでいるキャロを撫でながら、俺は今後の展開に思いを巡らせるのだった。



―――――――――――――――――



「――それで、マクシミリアンはどうしているのかね?」

「研究に専念しているようですね。なんでも、この辺りには魔物化した植物が多いそうです」

「またか……。あの老人には遠慮というものがないのか? 少しはこちらの目的に協力して然るべきだろう」

「まったくです。信じがたい輩です」

 苛立ちを隠そうともしない司令官に対して、男は大げさに同調してみせた。内心ではどっちもどっちだと思っているが、帝国でも有数の貴族である司令官の不興を買うつもりはない。

 まったく、最悪だぜ。『時空魔導師の固有職ジョブを持つ謎の協力者』の世話役を務めること。そんな貧乏くじを引かされた男は、心の中で数百回目の愚痴をこぼした。

「とは言え、辺境の守護者とやらは上級職であるとの噂も聞く。対抗するためにも、今しばらく奴の手綱を握っておく必要はあるだろう。……せいぜいもてなしてやれ」

「了解しました」

 気軽に言ってくれる、という本音をおくびにも出さず、男は頭を下げた。

 王国軍から受けた帝国軍の被害は深刻なものであり、通常であれば退却していてもおかしくはないレベルだ。もちろん、彼らは王国軍との激突を見越して動員された軍であるため、その目的は八割がた達成されたと言える。

 だが、敵はそれだけではない。名高い『辺境の守護者』を初めとして、辺境には小国に匹敵するだけの固有職ジョブ持ちが揃っているという噂もある。彼らと正面衝突した場合、損耗の激しい現在の兵力で勝てるかどうかは疑問だった。

 そんな帝国軍にとって、マクシミリアンは正に切り札だ。彼のご機嫌取りをする必要があることは、子供でも分かる話だった。



「ったく……」

 彼は本陣から遠ざかると、誰にも気づかれないように溜息をついた。司令官はあのように言っていたが、時空魔導師マクシミリアンの強烈な人間性は筆舌に尽くしがたい。

 今朝がたも、「魔物化した植物を採ってこい」と無理難題を出して兵士に負傷者を出した挙句、治療と称して人体実験を行ったばかりだ。治療されたはずの兵士がどうなったのかは思い出したくもない。

「マクシミリアンが呼んでますよ」

 嫌な記憶を頭から追いやっていると、兵士の一人がこちらへやって来た。

 マクシミリアンを嫌っていることが窺い知れる口調だが、男にそれを咎めるつもりはない。むしろ、誰よりも自分こそが、あの老人を嫌っているという自負すらあった。

「マジか……今度は何を言ってくるつもりかね」

「どうせろくなモンじゃないでしょうね。……まったく、さすがは『マクシミリアン』と名乗るだけのことはありますね」

「うん? どういう意味だ?」

 兵士の軽口に男は首を傾げた。すると、兵士は意外そうな表情を浮かべる。

「知らないんで? マクシミリアンと言えば、数十年前に帝国で非道の限りを尽くして、蜂起した民衆に殺された時空魔導師の名前ですぜ。
 どういうつもりでそんな名前を騙っているのか知りませんが、まさにあのクソジジイにぴったりだ」

「それは知らなかったな……ふん、あいつも同じ運命を辿ればいいものを」

 男は吐き捨てるように呟くと、マクシミリアンのいる天幕へと向かった。






「お呼びでしょうか?」

 本陣に負けず劣らずの豪華な天幕をくぐると、男は膝をついて場の主に声をかけた。

「遅い! どれだけ待たせるつもりじゃ! 儂の貴重な時間を、お主らのような凡百のそれと一緒にするでない」

「申し訳ありません。司令官に呼ばれて本陣にいたものですから……」

「ふん、あの若造も道理を弁えておらぬと見える。この間も、多少帝国兵を巻き込んだくらいで文句を言いよったしの。アレが司令官とは、帝国の人材不足も深刻じゃ」

「まったくです。……ところで、私が呼ばれたということは、何かご入用なものでもあるのですか?」

 男は早々に要件を聞き出そうと口を開く。この老人の愚痴など、聞くだけ時間の無駄と言うものだ。

「ちょっとした実験を思いついた。兵士を百人ほど都合せよ」

「……は?」

 予想外の言葉に、男は思わず尋ね返した。今までも似たような無茶は何度か言われたが、ここまで大規模なものは初めてだ。

「今朝の実験で面白いデータが取れた。もっと大規模な実験を行えば、新たな魔法理論の礎になるかもしれん」

「そ、そうですか……。それで、実験に協力した兵士たちはどうなるのでしょうか?」

「九割がたは、今朝の兵士と同じようになるじゃろうな」

「な……!?」

 その言葉に男は絶句した。これまでは、問題行動を起こしたり、何かしら手に余っていた兵士たちを差し出すことでごまかしていたが、さすがに規模が大きすぎる。

「その実験、もう少し待ってもらえませんか? 辺境軍を殲滅した後であれば、その敗残兵や、辺境にいる住民をいくらでも工面しますよ」

 我ながら妙案だと、男は語調を強くする。だが、時空魔導師は不機嫌そうに眉根を寄せた。

「なぜ待たねばならぬ! お主らのような凡骨が魔法理論に貢献できるなど、二度とないことじゃぞ!」

「そ、それはそうですが……」

 どう切り返したものかと、男は頭をフル回転させる。だが、結果から言えばその必要はなかった。なぜなら――。

「モンスターの群れが襲撃してきたぞおおお! 全部隊は至急戦闘態勢に移行! 対魔物用の陣形で待機しろ!」

 非常事態用の鐘の音と共に、そんな伝令が聞こえてきたからだ。

「なんだと!?」

 男は慌ててマクシミリアンの天幕から飛び出した。同時に、一時的にであれ、彼の無理難題から逃れたことにほっとする。

「襲ってきたモンスターはどんなやつだ!?」

 近くの兵士にそう尋ねると、返ってきたのは意外な答えだった。

「単一種ではないようです! 複数のモンスターが確認されています!」

「複数……!?」

 まず考えたのは、帝国軍が今回の戦いのために持ってきた、モンスター誘引の魔道具だ。笛の形をしたその魔道具は、近くにいるモンスターを種族に構わず呼び寄せることができる。

 王国戦では、奇襲を受けたため使いどころのなかった魔道具だが、うまく使えば魔の森での戦闘を有利に運べるはずだ。

「確認は取れていませんが、おそらくモンスターを呼ぶ魔道具を暴走させた兵士がいるものかと」

「やはりか……」

 兵士の答えに納得すると、男は自分の装備を取りに移動する。そして武器防具を身に着けた瞬間、近くで兵士の怒号が上がった。

「来たぞおおお!」

「キュルルルルァッ!」

 まず姿を現したのは巨大鼠ギガントラットの群れだった。一体であればともかく、群れた巨大鼠ギガントラットは手ごわい。盾を構えた兵士たちと巨大鼠ギガントラットが衝突する。

 と、前線の様子を見ていた男の視界が不意に白く染まった。霧だろうか。森の中で霧が発生すること自体はおかしなことではない。だが、なぜこのタイミングなのか。

「なんだこの霧は!?」

「わ、分かりません! 突然濃い霧が立ち込めて……!」

 手近にいた兵士に尋ねるが、当然ながらまともな答えは返ってこない。男は舌打ちをすると本陣へと走った。こうなれば、一番安全なのは本陣だろう。霧のせいで迷ったと言えば処罰されることもあるまいという判断だった。

 当然ながら、マクシミリアンを守るという発想は毛ほどもない。奴がモンスターに不覚を取るとは思えないが、なんと言っても、味方を巻き込んで隕石を落とすような人物だ。巻き添えを食らう可能性は非常に高い。

 男は、全速力でその場を後にした。



―――――――――――――――――――



「わ、分かりません! 突然濃い霧が立ち込めて……!」

 帝国兵の問いかけに、俺は戸惑った口調で応じた。理由は異なっているものの、心臓が跳ね上がるような思いでいることに違いはない。
そのおかげで、焦っている様子を演出するのは簡単なことだった。

 帝国兵は特に不審に思うことなく、俺たちの前から去っていく。それを見送って、隣にいた帝国兵がそっと耳打ちする。

「うまくいったね。この調子であの天幕まで進もう」

 声の主はもちろんクリストフだ。

 しばらく帝国軍を監視し、まともに軍に潜り込むのは無理だと判断した俺たちは、クリストフの能力を使い、帝国が混乱している隙に潜入することにしたのだった。

 平時ならともかく、非常時に見知らぬ顔の帝国兵が一人や二人いたところで、誰も気にすることはないだろう。しかも、姿を視認しにくくするために、霧猿ミスティエイプを使役して一帯を霧で覆っている。

 霧猿ミスティエイプにはクリストフの『魔獣強化』がかかっているため、そのまま帝国軍の真っただ中で暴れてもらっているが、かなりの強敵となっているはずだった。

 ただ、モンスターたちを帝国軍にけしかけるのはかなり負担が重かったようで、クリストフは明らかに疲弊しきっていた。これ以上魔獣使い(ビーストマスター)の能力に頼るわけにはいかない。

 不審に思われない速度で、俺たちはマクシミリアンがいるであろう天幕へと向かう。

 不思議なことに、マクシミリアンがいるはずの天幕付近には誰も兵士がいなかった。そのことに疑念を覚えるが、ここで立ち往生していても始まらない。俺は覚悟を決めると、天幕の中へと入った。

「ご無事ですか!?」

 カモフラージュの言葉を口にしながら、中の様子を窺う。兜の隙間から見える限りでは、人影は――。

「誰もいない?」

 俺は思わず声を上げた。だが、落ち着いて考えればおかしくはない。こんなモンスター襲撃の一大事だ。マクシミリアンに迎撃を依頼するのは当然だった。ならば、どこにいるのか……。

 思案しながら天幕を出ると、呼び寄せたモンスターたちが近くまで迫っていた。

 モンスターの多くは、クリストフに呼び寄せられたものの、支配されているわけではない。数を揃えるため、支配に使うリソースを減らしたのだ。そのため、俺たちもモンスターに襲われるリスクはあった。

「キュッ!」

 俺たち目がけて飛んできた巨大蜂ジャイアントビーを、キャロが蹴り飛ばす。いくらモンスター避けのペンダントを持っているとはいえ、この状況下では効果も小さいらしい。

 キャロは優秀な護衛だが、スタミナの面で不安があるため、あまりモンスターに絡まれたくはない。
 モンスターはどういう風に侵入してきているんだろうか。そう思って、周囲を見回した瞬間だった。

 ビシッという、空間そのものが軋むような音が聞こえた。

「なんだ!?」

 そう驚いたのも束の間、懐で何かが砕け散った。この場所にしまっていたものは、たしか……。

「対魔法の魔道具が砕けた!?」

 クリストフが焦ったように叫ぶ。どうやら彼も同じ状況に置かれたらしい。ミレニア司祭が作ってくれた魔道具の一つで、魔法に対する結界を張ってくれる優れものだったのだが……。
 その魔道具が砕け散ったということは、つまり――魔法攻撃を受けたということだ。

「バレたのか!? ……いや」

 俺は周囲に目をやって、何が起きたのかを悟った。やがて、俺の予測が正しかったことを示すように、周囲の木々が倒れ始める。そして同時に、至る所で赤い飛沫が飛び散った。

「あいつ……!」

 突如として、鉄の匂いが辺りに充満する。その発生源は周囲にいたモンスターたちであり、そして帝国兵士たちだった。

 そう、マクシミリアンは味方を巻き込んで時空魔法を使用したのだ。おそらく空間断裂セグメンテイションだろう。空間そのものを断裂させて広範囲を引き裂く魔法であり、その破壊力は効果範囲と反比例する。
 ミレニア司祭の魔道具だけで凌げたのは、それだけ範囲を優先した結果だろう。

「味方を巻き込むとはね……」

 クリストフが呆然と呟く。味方を巻き込んで隕石魔法を使用したとは聞いていたが、それは暗黒騎士ダークナイトによって壊滅的な危機を迎えていたからだと、そう思っていた。

 だが、味方の命は、思っていたよりも軽く算定されていたらしい。

「これはまずいな……」

 俺は思わず呻いた。誰かが魔法でも使ったのか、いつのまにか霧は晴れていた。
 すると、マクシミリアンの空間断裂セグメンテイションによって木々は切り倒され、生き物は血だらけになって地に伏せている様子が明らかになる。
 空間断裂セグメンテイションは、俺の腰の高さで空間を引き裂いたようで、体長三十センチのキャロも被害を受けていないのは幸いだった。だが――。

 すべてが薙ぎ倒(・・・・・・・)された空間で(・・・・・・)ぽつんと立つ(・・・・・・)俺たち(・・・)はとても目立っていた。

 それを帝国軍が不審に思わないはずはない。しかも厄介なことに、ここは本陣近くだ。逃げるにしても、どの方角にも帝国兵が存在しているし、何より向こうには時空魔導師がいる。逃げ切れる可能性は低かった。

 だが。

「マクシミリアン……!」

 幸運にも、俺はマクシミリアンを発見していた。見通しがよくなったおかげで、百メートルほど向こうにいる姿が目に入ったのだ。
 だが、どうやら向こうもこちらを注視しているようだった。……まずい。もう一度攻撃魔法を食らえば、今度はやられる。

 そう考えた俺は、即座に転職ジョブチェンジ能力を行使した。だが、奴を転職ジョブチェンジさせるには遠すぎるようだった。
 その事実を認識するや否や、俺はキャロに声をかける。

「キャロ! 俺をマクシミリアンに向けて飛ばしてくれ!」

「キュッ!?」

 珍しいことに、キャロが驚いたように鳴いた。だが、キャロの脚力で蹴ってもらえば、一気にマクシミリアンを転職ジョブチェンジ能力の射程圏内に入れられるはずだった。
 もちろん、普通に蹴られると死にかねないが、予め足につかまっておけば、蹴られた時の衝撃は回避できるんじゃないだろうか。

「ミレニア司祭がくれた身体能力強化の腕輪を使って、ダメージを軽減する。着地時は物理障壁の指輪を使うつもりだ。後は、キャロの絶妙な力加減に期待する」

「キュ……!」

 そう説明すると、事態が切羽詰まっていることを察しているのか、キャロは短く一声鳴いた。俺は身体を丸めて加速に備える。

「キュァッ!」

 その直後、俺の身体が砲弾のように打ち出される。凄まじい加速に身体が悲鳴を上げるが、なんとか意識を保つことはできた。
 そして、俺はみるみる近づいてくるマクシミリアンを見据えた。

「む……」

 と、俺はマクシミリアンの周囲の魔力が動いていることに気付いた。その視線から、俺を狙っていることは間違いない。俺は帝国兵の鎧兜を身に着けているわけだが、奴に躊躇いの色はなかった。

 こうなれば、俺の転職ジョブチェンジが早いか、奴の魔法が早いかの勝負だ。俺は覚悟を決めると、慣れ親しんだ能力を迅速に行使する。
 さすがは上級職だけあって、俺の中のなんらかの力が一気に消費されていくのが分かった。

――そして、それはマクシミリアンを『村人』に転職ジョブチェンジさせた証に他ならなかった。

 その直後。時空魔導師の固有職ジョブを失ったマクシミリアンを中心に、盛大な血飛沫が上がった。

「なんだ!?」

 そう驚いたものの、俺は直に理由に思い至った。……おそらく、マクシミリアンは再び空間断裂セグメンテイションを使おうとしたのだろう。そして、魔法を発動する間際で固有職ジョブを失ったために、魔法が暴走したのだ。

「……!?」

 ずたずたに切り裂かれたマクシミリアンの身体がぐらりと揺れた。その驚愕した表情からすると、自分の魔法が暴走したということすら分かっていないだろう。

 もし、マクシミリアンが捕縛用の魔法を詠唱していたのであれば、暴走でこんな致命傷を負うことはなかったはずだが……今となっては空しい仮定だった。

 手に持った杖がカランと落ちる。……やがて、マクシミリアンは背中から血の海へと倒れ込んだ。

「む……」

 だが、その様子をじっくり確認している余裕はなかった。なぜなら、俺も地面に激突するという重大イベントが間近に迫っていたからだ。

 俺は地面に激突する前に、指輪を使って物理障壁を下方に展開する。物理障壁をワンクッションにすることで、勢いを殺そうとしたのだ。

 直後、思っていたよりも軽い衝撃と共に、俺は地面を転がっていた。うまく衝撃を殺せるかどうかは賭けだったが、どうやら成功したようだ。
 運悪く木の幹に激突するが、もう勢いもだいぶ死んでおり、また身体強化の効果がある俺にとっては、深刻なダメージと言うほどではなかった。

 だが、まだ気を抜くわけにはいかない。

「動くな!」

 鋭い声と共に、帝国兵たちが近づいてくる。マクシミリアンの周囲にいた兵士は全滅していたが、ここは帝国軍の真っただ中だ。いつの間にか、四方八方を取り囲まれていた。

「動くなと言っている!」

 再び帝国兵が声を上げる。だが、その視線は俺の後方へ向けられていた。同時に、すぐ後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。

「首尾はどうだい?」

「……上々だ」

 俺は後ろを振り向くと、クリストフとキャロの姿を確認する。そして、その後ろには、じわじわと近づいてくる無数の帝国兵たち。周囲の木々が薙ぎ倒されたおかげで、彼らが包囲網を狭めながら近づいてくる様子がはっきりと見て取れた。

「お前たち、所属部隊名を名乗れ!」

「兜を外せ。顔を見せよ!」

 次々にそんな言葉が投げかけられる。数の優位を確信したためか、彼らの声には優越感が籠もっていた。
そして、幾重にも取り巻かれた包囲網は、すでに交戦可能な距離まで迫っていた。

「さて……」

 だが、焦る必要はなかった。俺は下準備を始めると、クリストフとキャロが効果範囲に入っていることを再確認する。俺の視線で悟ったのだろう、クリストフがこくりと頷いた。

 そして――。

「……空間転移テレポート

 時空魔導師に自己転職した俺は、一人と一匹と共に、帝国軍の包囲網から逃げおおせたのだった。

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