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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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干渉

 シュルト大森林で行われた戦いにより、王国軍は撤退。帝国軍も甚大な被害を受けたとの報を受け、戦禍に脅えていた辺境の空気は、少し明るさを取り戻していた。

 大きく数を減らした帝国軍が、それでも辺境を目指しているという事実は辺境民の心に大きな不安を与えたが、同時に彼らと戦おうという空気を形成しつつあった。

 もしこれが、その数を一切減らすことなく辺境へ迫り来た帝国軍であれば、話はまるで違っていたことだろう。だが、王国軍と衝突し、その力を半減させた軍隊が相手であるという情報を得て、盛り上がった彼らの士気は高かった。

――だが。

 それは、あくまで事情に明るくない者の話だ。詳しい事情……つまり、隕石召喚メテオストライク流星雨スターダストレインによって、終始優勢に戦いを進めていた王国軍が、ものの一瞬で深刻な被害を受けたことを知っている者は、彼らほど楽観的にはなれなかった。

 その情報を知っているのは、辺境でも主だった人物だけだ。シュルト大森林における戦いの詳細を聞いた辺境の幹部は、辺境民が恐慌状態に陥ることを懸念し、この情報を機密とする決定を下したのだった。

 そして今、ルノール村の集会場では辺境防衛についての会議が行われていた。

「家族や生活を守るため、帝国軍との戦いに参加したいという人間は日に日に増えている。辺境全土から人をかき集めた場合、四桁に上るだろう」

 そう口を開いたのはラウルスさんだ。その言葉に、俺は思わず声を上げた。

「それはまた……予想以上に増えていますね」

「私も驚いている。一昔前の辺境であればあり得ないことだからな」

「純粋な人口増加もあるのでしょうが、仕事にあぶれている方々が職を求めて、という線もありそうですね」

 そう意見すると、ラウルスさんが難しい表情を浮かべる。

「覚悟のない者を巻き込みたくはない。できることなら、時空魔導師の存在を知らしめたいところだが……」

「さすがに厳しいものがありますよね……」

 俺とラウルスさんは、同時に深く息を吐いた。

 帝国軍に対する辺境の方針は、今のところ徹底抗戦が主流となっている。帝国の統治条件を確認してからでも遅くはない、という意見もあるのだが、この状況下で彼らが真実を口にするとは限らない。
 それに、そうなれば今度は王国が攻めてくる可能性もある。ゼニエル山脈を挟んで接していることを考えると、むしろそちらのほうが厄介なくらいだ。

 そのため、先の戦いと同じように、帝国軍が辺境へ侵入する前に撃退するという案が有力だった。

「ですが、数は力ですからな。カナメ君のおかげで固有職ジョブ持ちが多いとは言え、固有職ジョブ持ちだけで戦うわけにもいかんでしょう。見た目のはったりも大切だ」

 フォレノ村長が現実的な意見を口にする。それに賛同する人や、反対意見を述べる人たちの声で議場が賑やかさを増す。

「村長の言う通り、数は大切だ。……だが、王国軍に大打撃を与えた隕石はどうする。志願者が増えているとは言え、所詮は千人程度でしかない。敵の隕石魔法で、為す術もなく全滅するだけではないのか?」

「いくら固有職ジョブ持ちとて、隕石の直撃を受ければ生きていられるはずがない。奇襲をかけて、隕石魔法が使えないような乱戦に持ち込むべきだろう」

「先の戦いでは、味方を巻き込んで隕石を降らせた魔導師ですぞ。そのような小細工が通用するとは思えません」

 様々な意見が場を飛び交う。やはり、一番の関心事は隕石魔法なのだろう。そのほとんどは、隕石召喚メテオストライク流星雨スターダストレインを警戒したものだった。

 たしかに、マクシミリアンは一人で戦いの趨勢を決めかねない、帝国軍最強の切り札だ。いくら辺境の固有職ジョブ持ちが実力者揃いでも、隕石の被害をゼロにすることはできない。
 それに、俺たちは戦いに勝つだけが目的じゃない。その過程で辺境が荒れてしまえば、それだけでおしまいだった。

 俺は自分の手に視線を落とした。……分かっている。俺は、この状況を打開することができる。マクシミリアンをただの『村人』にしてしまえば、それで片は付くのだから。

 しかし、そのために辺境軍と肩を並べるような行為は許されない。クルシス神殿が統督教の一宗派である以上、特定の国家に肩入れをしたとみなされるわけにはいかなかった。

 だが……。だからと言って、みすみす辺境を窮地に追いやっていいのか。俺の思考は堂々巡りをしていた。

「失礼します!」

 と、俺が思い悩んでいる時だった。会議場に一人の少年が乱入してきた。俺の記憶が正しければ、自警団に所属している少年だったはずだが……。

 俺が記憶を検索している間に、彼は慌てた様子でフォレノさんの下へ走り寄る。そして、場の全員に聞こえるような大声を上げた。

「フォレノ村長! て、帝国の使者だと名乗る人物が面会を求めています!」






「まさか、別ルートで派遣されてくるとは思っていなかったわね……」

「ああ。来るなら森の帝国軍からだとばかり考えていたな」

「戦後のどさくさで、無理やり入国したのかしら。王国も不甲斐ないわね……」

 俺とミルティは、囁くような小声で言葉を交わす。

 俺たちが今いるのは、ルノール村の村長邸……つまりは、ミルティの自宅だ。この家の応接室では、フォレノ村長とラウルスさん、それにリカルドの三人が帝国の使者と面会しているのだが……。
 実は、応接室の床には、半地下の倉庫へと繋がる隠し扉が存在しており、俺たちはそこに潜んでいるのだった。こういった事態を意図した造りなのか、うまい具合に声が聞こえてくるのだ。

「二人とも、話が始まったわよ」

 ひそひそ声で会話している俺たちに、クルネが注意を促してくる。俺は慌てて低い天井に耳を張りつけた。

「――それで、帝国からリンバルト男爵がいらっしゃったのは、どのようなご用件でしょうか?」

 階上からフォレノさんの声が聞こえてくる。その問いかけに答えたのは、意外と若そうな男性の声だった。声だけで断定するわけにはいかないが、三十歳くらいだろうか。

「言うまでもないだろう。無論、お前たちに降伏勧告をしに来たのだ」

「ほう……」

「このような僻地を、メルハイム帝国が取得してやろうと言っているのだ。素直に明け渡すがいい。我が軍は古代文明の魔道具を多数所持している。抗うだけ無駄というものだ」

 ……なんだこいつ。姿は見えないが、ずいぶんと傲慢な態度だな。こんなのを使者に寄越す時点で、帝国の辺境に対するスタンスが分かろうというものだ。

「なるほど。私たちとしても、無駄に血を流すことは本意ではありませんからね。……リンバルト男爵に一つ確認したいのですが、メルハイム帝国はこの辺境を統治するにあたって、どのような条件を課す予定でしょうか?」

 次いで聞こえてきたのはリカルドの声だった。あまり舌戦を得意としていないフォレノ村長やラウルスさんの代わりを務めるつもりなのだろう。
 リンバルト男爵とやらがどの程度の権限を持っているの知らないが、何かしら交渉を試みるつもりらしい。

 だが、男爵から放たれた言葉は、そんな思惑を粉微塵に打ち砕いた。

「統治条件? ……はっ、お前たちは何か勘違いをしているようだな。我々はお前たちを統治するつもりなどない」

「え……?」

 男爵の言葉を聞いて、隣で耳を澄ませていたクルネが小さく驚きの声を上げた。それも無理はない。統治するつもりがないとはどういうことだろうか。侵略したという足跡だけを残して去っていくつもりなのか? もしそうなら嬉しい誤算と言うものだが……。

「聞けば、クローディア王国のような古いだけでなんの取り柄もない国ですら、お前たちを『蛮族』と呼ぶそうではないか。そのように程度の低い人種が、なぜ我々に統治してもらえると思っているのだ? まったく、理解に苦しむな」

 その言葉を契機として、床がミシッと軋んだ。多分ラウルスさんだろうな。

「それでは、メルハイム帝国はこの地を統治するつもりはないと、そう考えていいのですか? 私たちが今まで通りこの地で暮らすことを認めると?」

 リカルドがそう尋ねると、リンバルト男爵はしばらく沈黙した後、急に笑い始めた。

「……クク、お前たちは本当に蛮族なのだな。なんともおめでたい頭だ。……今まで通りこの地で暮らす? 世迷言も大概にするがいい。皇帝陛下は、この辺境から全王国民を追い払えとのお達しだ」

「なんですと!?」

 その言葉にフォレノさんが気色ばむ。声こそ上げていないが、他の二人も同じ心境だろう。辺境の住民をすべて追い出すなど、正気の沙汰ではない。

「……リンバルト男爵もご存じの通り、この辺境は王国領から切り離された地。もはやこの地に住まう者は王国民ではありません」

「ふん。つい先日まで王国民だった者たちだ。心は王国民のままであろう。そのような者たちを信用するほど我々は愚かではない」

「ならば、追放された私たちはどうすればよいのですか?」

 なおもリカルドは食い下がる。すると、再び癇に障る笑い声が聞こえてきた。

「どこへなりと行けばいいだろう。……そうだ、王国へ逃げ出してはどうだ? お前たちが辺境から逃げ出す分には、止めるつもりはない」

「それでは、もし出て行かなければ?」

「命を失うだけだ。わざわざ退去させるのは手間だからな」

「なんという……」

 男爵のあっさりとした物言いに、フォレノさんは呆然と呟いた。

「そもそも、そんな悠長なことを言っていていいのかな? 帝国軍は、兵士が従軍時に行った、敵国に対する一切の行為を認めている。殺そうが、犯そうが、奪おうが、それは自由だ。辺境に残るような馬鹿は格好の獲物だろうよ」

 男爵はさらに絶望的な発言を叩きつけた。まるで嘲笑うかのような物言いに、クルネとミルティの雰囲気が変わる。おそらく、俺も階上の二人も同様の雰囲気を放っていることだろう。

 だが、リンバルト男爵がそのことに気付いた様子はなかった。

「……ご忠告痛み入ります。貴重な情報をご提供いただき、感謝の言葉もありません」

「ということは、早々に辺境を明け渡す覚悟ができたということだな? ふん、ようやく身の程を知ったか」

「恐縮です。ところで、もう一つお伺いしたいのですが――」

 さすが、感情を隠すのが得意なだけあって、リカルドはあくまで涼やかな声で会話を続ける。

 だが、それを遮ったのは残りの二人だった。

「それで、君にはどの程度の(・・・・・)利用価値があ(・・・・・・)るのかね(・・・・)

「……何を言っている?」

 フォレノさんの問いの意味が分からなかったのだろう。男爵は怪訝な声で尋ねた。

「敵国に堂々と乗り込んだのだ。当然、覚悟はできているはずだな」

 次いで、ラウルスさんが重々しく口を開く。

「そう言えば、敵軍の士気を下げるために、使者の首を送り付ける風習がありましたな。人質にするのとどちらが効果的でしょうなぁ」

「――な……なな、何を言っている!?」

 鈍い男爵も、自身が置かれている立場にようやく気付いたらしい。……というか、こうなるって危険性は承知の上で来るものだと思うんだが……。未開の地の蛮族は、無条件で帝国に従うものだとでも思っていたのかな。

「お、お前たち、まさか私に危害を加えるつもりか!? そんなことをすれば帝国軍が黙っていないぞ!?」

「どの道、帝国軍は攻め寄せてくるのでしょう? ならばリンバルト男爵の生死は別の問題だと思われますね」

「な……! そ、そうだ、私はこの戦争における中立的な存在として、この地の統督教施設に保護を申し入れる!」

「……はい?」

 突然飛んできた流れ弾に、俺は素っ頓狂な声を上げた。いやいや、なんでだよ。こんな奴を保護する気なんてさらさらないぞ。
 そもそも、男爵のどこが中立的な存在なのか。降伏勧告をしに来て散々暴言を吐いた挙句に保護を求めるとか、真剣に意味が分からない。

「無理でしょうね。一応問い合わせはしてみますが、期待はしないでください」

 リカルドの言葉に俺は大きく頷いた。もし訊かれたら、即座にいい笑顔で「無理!」って言ってやろうそうしよう。

「守護者殿、彼を捕縛していただいてよろしいかな」

「ええ」

「や、やめろ! 僕に触るな!」

 やがて、男爵の声が遠のいていく。監禁施設に連行されたのだろう。帝国の情報を知るいい機会だし、しばらく彼は眠れないかもしれないな。

 それにしても、てっきり懐柔策の一つも用意してくると思っていたんだけど、ここまで取り付く島がないとは思わなかったな。住民をすべて追い出すというのは、普通に考えてもおかしな話だ。

 男爵たちが去った後も、俺は地下室で帝国の思惑に思いを巡らせていた。






『以上が帝国の動向です』

 それは、帝国軍の使者が訪れた当日の夜のことだった。例の件を相談するべく、俺はプロメト神殿長に連絡を取っていた。

『なるほど、帝国軍に上級魔法職がいたか。やはり帝国は侮れんな』

 報告を聞いて、プロメト神殿長はしみじみとした様子で念話を返してくる。伝わってくる念話が少し弱々しい気がして、俺はふと尋ねる。

『プロメト神殿長、大丈夫ですか? お疲れのようですが』

『む……。気にす『帝国のクルシス神殿にばかり』ることはない。カナメ司祭『苦労をさせるわけにはいかん』は、そちらのことのみに気を配ってくれたまえ』

 神殿長の念話に意味のあるノイズが混ざる。どうやら、帝国のクルシス神殿を通じて、帝国軍に働きかけようとしてくれているようだった。

『……期待はせぬようにな』

 今度は、そう考えている俺の思念が伝わってしまったのだろう。神殿長が俺の思考に直接答えを返してくる。……やっぱり念話機は怖いな。俺がそう思った瞬間だった。

『――ところでカナメ司祭。君の思念から、よからぬことを考えている気配が伝わってくるのだが』

 プロメト神殿長の鋭い思念が伝わってくる。……ついに来たか。念話機だと、ごまかしが利きにくいから説得が難しいが、頑張るしかない。

『……その思念も筒抜けだ』

『なんというか、本当にすみません……』

『カナメ司祭の気持ちは分かるが、クルシス本神殿の長としては頷けんな』

 なんのことかは考えるまでもない。マクシミリアンを『村人』へ転職ジョブチェンジさせる計画についてだろう。
 だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。俺は腹に力を入れる。

『戦闘行為そのものに関与するつもりはありません。目的を果たせば、すぐに撤収します』

『どちらかに与する形で戦場に立ってしまえば、もはや言い逃れはできまい』

『誓って、戦場に立つつもりはありません』

『だが、その固有職ジョブ持ちに近づかねばならぬ以上、正体が発覚する危険性がある。まして、相手が上級職となれば尚更だ』

『幸いなことに、私には有名な身体的特徴があります。それに、戦闘行為が始まる前段階であれば、言い逃れもできないことはないでしょう』

『帝国軍の肩を持つつもりは一切ないが、その行為は間接的に彼らの犠牲を招きかねない。中立的な観点からは厳しいと言わざるを得ん』

『相手は非戦闘員の上に平然と巨大隕石を落とせる人物です。放っておけば一般の人々に大きな犠牲が出ます』

『だが……』

 そうして、どれほどやり取りがあっただろうか。やがて、プロメト神殿長から溜息のような思念が伝わってくる。

『念話機の悲しい特性だな。カナメ司祭の決意が揺らがないことは分かった』

『では……?』

 俺の心に希望の光が差す。だが、続けて放たれた言葉は予想外のものだった。

『……カナメ司祭。クルシス本神殿長として、私は君を捕縛しなければならない』

『……え?』

『君には統督教の教義に背き、政治的過干渉を行おうとしている疑いがある。専門の部隊を差し向ける必要があるな』

『本気……ですか』

 俺はそう伝えるのが精いっぱいだった。心のどこかで、プロメト神殿長なら許してくれるだろうと気軽に考えていたのだろう。俺は自らの甘さを悔んだ。そんな俺の意識に、神殿長の念話が伝わってくる。

『……忠告だ。二か月後(・・・・)には、君に政治的過干渉をさせないため、捕縛部隊がルノール分神殿を訪れるだろう。
 王都へ連行するかどうかは状況次第だが、もし逃げ隠れした場合には位階を剥奪されることもあり得る。注意することだ』

 聞き取れないノイズを混ぜながらも、神殿長は厳しい言葉を口にした。だが、俺はその内容に首を捻る。
なぜ二か月なのだろう。プロメト神殿長のいる王都からこの辺境までは、通常一か月ほどで辿り着けるはずだが……そう思った時、ある考えが脳裏に閃く。

『辺境から王都に情報が届くまでに一か月。そして、王都を発った捕縛部隊が辺境に辿り着くまでに一か月かかるからな』

 と、俺の思念が伝わったのか、神殿長が推測を後押ししてくれる。

『プロメト神殿長……ありがとうございます!』

 姿こそ見えないが、俺は神殿長に向って深々と頭を下げた。ようやくその意図が分かったからだ。神殿長は、すでにギリギリまで譲歩してくれていたのだ。

 帝国軍と辺境軍は、遅くとも一か月後には激突しているはずだ。つまり、どう転んでも俺の出番は終わっている。今から二か月後に捕縛部隊が来たところで、もはや後の祭りでしかない。

 それどころか、帝国と辺境の戦いそのものが終結している可能性も高い。その場合、俺を捕縛する理由はなくなるだろう。もちろん、計画が失敗して俺の介入が公になってしまった場合は連行されるのだろうが……その時は仕方がない。

 プロメト神殿長はクルシス神殿という組織に責任を持っているのだ。クルシス神殿の神官や信徒に被害が出るようなことを許すわけにはいかない。

 俺が失敗した場合、「ルノール分神殿長代理が政治的過干渉を行おうとしているとの情報を入手したため、迅速に捕縛部隊を差し向けこれを捕らえた」という体であれば、組織として最低限の体面は保てると、そう判断したのだろう。
 実際、念話機の存在がなければ、それくらいの時間はかかる。矛盾はないはずだ。

『……カナメ司祭。無事でな』

『はい……!』

 その言葉を最後に、プロメト神殿長との念話が切れる。しんとした神殿長室の中で、俺はもう一度、王都に向って頭を下げるのだった。






「帝国軍に潜入する……!?」

「ええ。そして時空魔導師の固有職ジョブを剥奪します。それが一番確実な方法でしょうから」

 帝国軍に潜入し、マクシミリアンを時空魔導師から『村人』へ転職ジョブチェンジさせる。俺がこの極秘計画を明かしたのは、クルネ、ラウルスさん、ミルティ、そしてクリストフの四人だけだった。

「ええと……いったいどこから驚けばいいのか分からないけど……カナメ君は固有職ジョブを奪い取ることができるのかい?」

 戸惑った様子でクリストフが口を開く。事情を知っているクルネたちはともかく、彼にとっては寝耳に水だ。驚くのも当然だった。

「正確に言えば『村人』に転職ジョブチェンジさせるだけだ」

「だけって……。僕は今、凄く重大な機密を知ってしまった気がするんだけど……」

 そうぼやくクリストフを無視して、今度はミルティが口を開く。

「でもカナメさん、それはクルシス神殿として大丈夫なの? 政治的過干渉に当たるように思えるのだけど」

「ああ、クルシス神殿としては大丈夫じゃないな」

「え……」

「だから、バレないようにやる必要がある」

 そう言うと、ミルティは瞳に理解の色を浮かべた。カナメさんらしいわね、というのは褒め言葉なんだろうか。

「それって、この前の王国軍みたいに、平和交渉のフリをして行けないの?」

「俺もそれを考えたんだが、マクシミリアンはああいう場に出てくる性格じゃないからな。呼ばれた時以外は自分の研究に没頭してるんじゃないか?
 それに、転職ジョブチェンジの神子が帝国軍を訪れ、同時に帝国軍の切り札である時空魔導師が固有職ジョブを失うなんてことになれば、いくら鈍い人間でもピンとくるだろうしな」

「そうよね……」

 クルネは残念そうに同意した。そんな彼女にミルティが話しかける。

「でもクーちゃん、意外と驚かないのね。カナメさんの計画は、かなり危険なものだと思うのだけれど。それとも、もう知っていたの?」

「もちろん驚いたけど、カナメならやりそうだなって。……危険なことは間違いないし、しっかり護衛しなきゃね」

 クルネが決意に満ちた眼差しで俺を見つめる。だが、今回はその言葉を受け入れることはできなかった。

「それが……クルネ、すまない。今回は別行動を取ろうと思うんだ」

「……え?」

 予想外だったのか、クルネが目を丸くして驚いた。彼女から視線を逸らしたくなる気持ちを堪えて、まっすぐクルネを見つめる。

「辺境を留守にしている間の言い訳なんだが、『神殿長代理は辺境の無事を願って、一室に籠もりクルシス神に祈りを捧げ続けている』というていでいくつもりだ。
 俺の姿が見えなくても、クルネがいれば『神殿長代理は神殿にいる』とみんな思うだろ? それが狙いだ」

 どうも、俺とクルネを一セットだと思っている人間は多いようだからな。これを利用しない手はない。

「でも……!」

「それに……クルネは目立つからな。仮に帝国兵になりすます場面があったとして、人の目を欺けるとは思えないんだ」

 今回に関しては、クルネの整った容姿は逆効果になってしまう。男だらけのむさい空間に彼女が混ざった場合、どれだけ変装してもすぐに浮いてしまうのは明らかだった。

「だ、だけど、危険すぎるわよ……私じゃ駄目なの……!?」

「クーちゃん、落ち着いて。カナメさんの話を最後まで聞いてからにしましょ?」

 少し取り乱した様子のクルネに罪悪感を覚えながらも、俺は前言を撤回するつもりはなかった。

「計画としては、先の森林戦争で手に入れた帝国兵の装備を身に着けて、なんとか帝国軍に潜入。マクシミリアンを『村人』に転職ジョブチェンジさせた後は一目散に逃げる。だいぶ省略したが、そんな感じで考えている」

 もちろん、鎧兜を身に着けた程度で帝国軍に溶け込めるとは思っていない。その辺りは何か考える必要があるだろうな。

「カナメ殿、もし捕まったら……」

「万が一に備えて、いくつか準備はするつもりです。例えば、転職ジョブチェンジの神子の特徴と言えばこれですが……」

 言って、俺は自分の黒髪を手でいじる。

「潜入する直前に、赤く染めるつもりです。見た感じ、黒目黒髪は珍しいけど、黒目赤髪はそこそこいるようですし」

 本当はカラーコンタクトも使いたいところだけど、ないものは仕方がないからなぁ。

「もちろんステータスプレートも置いていきます。となれば、俺を転職ジョブチェンジの神子だと気付けるような人間はいないでしょう」

 唯一の例外はマクシミリアンだが……あんまり人の顔に注意を払う人間には思えないし、髪色が変わっていれば気付きもしないはずだ。

「だが、身の危険はどうする?」

「キャロを連れて行きます。それと、クリストフに協力してもらえればありがたいんだが……」

「え? 僕かい?」

 突然の流れ弾にクリストフは目を見開いた。そう、俺はこのためにクリストフを呼んでいたのだ。

「ああ。ジークフリートやウォルフに頼むことも考えたが、能力の汎用性を考えると、クリストフが一番望ましい」

 今回の幻影雀ファントムスパロウ流星隼ミーティアファルコンの一件で、俺は魔獣使い(ビーストマスター)の汎用性を高く再評価していたのだ。
 みんなで行けば安心だけど、さすがに大所帯で潜入できるとは思えないし。

「評価してくれるのは嬉しいけど……少し考えさせてもらってもいいかな」

「もちろんだ。勝手に決めたら、俺はアニスに刺されそうな気がする」

 そう答えると、クリストフは否定せずに苦笑を浮かべた。……どうやら可能性はゼロではないらしい。相変わらずブレない妹だなぁ。

「危険な試みであることは自覚している。無理強いするつもりはないが、どうか検討してほしい」

「……分かった、考えてみるよ。アニスももうすぐ帰ってくることだしね」

 クリストフは頷く。そう言えば、アニスはアデリーナのところで槍使い(ランサー)として修業をしてたんだっけ。下手をしたら「私も付いていく!」とか言いかねないな。……まあ、そこは兄の弁舌を信じよう。

 クリストフから了承の返事を得たのは、それから数日後のことだった。
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