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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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激突

 それは、凄まじいとしか言いようのない光景だった。

「帝国は浮足立っておるぞ!! 押せええええええ!!」

「うおおおおおおおおおお!!!」

 雄叫びを上げながら、兵士たちが帝国軍へとなだれ込む。彼らは見ず知らずの相手と殺意の応酬を繰り返し、狂的な熱を伴って戦場を染め上げる。

――数多の人間同士が害意を向け合うとは、こういうことなのか。

 想像を遥かに超える現実を前にして、ウォルフは驚愕していた。

 王国軍が帝国軍に襲いかかったのは、つい先刻のことだ。ウォルフやカイの貢献もあり、シュルト大森林を踏破しようとしていた帝国軍を横手から強襲したのだ。

 森の行軍の困難さゆえか、縦に長く伸びきっていた帝国軍は、戦力が薄くなっていたところを王国軍に突かれ、かなりの損害を出しているようだった。

「援軍が来るまで持ちこたえよ!」

 だが、襲われた帝国軍も黙って蹂躙されているはずはない。混乱している部隊を立て直すと、固有職ジョブ持ちや魔道具を持った兵士を中心に応戦を開始する。
 山火事に巻き込まれたくはあるまい、というウォーゼン将軍の読み通りか、先の戦争で脅威となった火炎球ファイアーボールを放つ魔道具はあまり使用されていないようだが、それ以外にも戦闘で有用な魔道具が多数展開されていた。

「見つからなければいいけど……」

 眼下の様子を見ながら、ウォルフは一人呟いた。

 彼が戦況を窺っているのは、大森林に無数に生えている頑丈な木の上だ。いい具合に茂みが身体を隠してくれるため、気配隠し(コンシール)特技スキルと併せれば、流れ弾以外に気を付けるものはないはずだった。

 もともと、森の案内人として雇われたウォルフにはこの戦いに付き合う義理はない。そんな彼がここにいるのには、いくつかの理由があった。

 ウォルフは思わず後方を振り返る。ここからでは見えるはずもないが、その方角には共に王国軍へ潜入し、帝国軍の移動ルート予測を見事に的中させた辺境の狩人、カイがいるはずだ。

 彼は「その役目を果たした功績を讃え」本陣の奥でもてなされている。……と言えば聞こえはいいが、帝国軍との連戦を考慮し、万が一にでも逃げ出されないよう囲っていると言ったほうが正しい。
 右も左も分からぬ魔の森で、カイの知識はあまりにも有用だった。

 そして、それはウォルフも同じことだ。王国軍幹部を説得するためとはいえ、盗賊シーフ固有職ジョブ持ちであることを明かしてしまった彼には、カイ以上の注目が寄せられていた。

 将校クラスの貴族の中には、こっそり仕官を打診してきたものもいる。今のところ、「魔の森の狩人という仕事に誇りを持っている」などと言を弄してごまかしているものの、戦いの趨勢がはっきりすれば、今まで以上の勧誘があることは間違いなかった。

 だが、盗賊シーフ固有職ジョブを持つウォルフを、カイのように囲っておくのは難しい。それなりの数を揃えているとは言え、盗賊シーフが全力で逃げに徹した場合に、彼を追いかけられるのは限られた固有職ジョブ持ちだけだ。
 そこで、師弟関係にあると見られているカイを確保しておくことで、ウォルフに逃げられないようにしているのだろう。

 もちろん、熟練の狩人であるカイとウォルフが本気になれば、逃げ出すこと自体はそう難しい話ではない。だが――。

「ここで終わりじゃないからね……」

 ウォルフは戦況を見つめ続ける。王国軍と帝国軍のどちらが勝利するにせよ、その勝者が辺境へ押し寄せてくることに違いはない。

 敢えて言うなら、未だに「辺境は王国の領土である」と認識している王国軍のほうが、略奪等も少なくてすむだろう。それでも、しばらくは軍隊が辺境に駐留すると考えられる以上、食糧供給が破綻するのは間違いない。

 まして、それが帝国軍であれば、食糧問題は言うに及ばず、辺境民を隷属させるために、意図的な暴行や略奪を行う可能性も高い。
 先の戦争で帝国軍に襲われ、辺境へと落ち延びてきた魔獣使い(ビーストマスター)クリストフや、彼と同郷の人々の話を聞いた限りでは、あまり楽観的な見方はできなかった。

 転職ジョブチェンジの神子たちから受けた依頼は、「王国軍と帝国軍を辺境の外で戦わせること」だけだったが、両軍の全貌が露わになるこの瞬間はとても貴重なものだ。
 そのため、後の展開を見据えて、ウォルフはこの戦いを見届けることにしたのだった。

「うわああああ!」

 視界の片隅で悲鳴が上がる。見れば、王国軍の破砕者クラッシャーが数人の兵士をまとめて吹き飛ばしたところだった。その手に握られている戦槌ウォーハンマーは、常人では持ち上げることもできないだろう。

 その近くには、威嚇メネスによって射線を引き付け、ひときわ巨大な盾を構えて、帝国軍の魔道具攻撃を凌ぎきる騎士ナイトの姿もある。射かけられる矢も、魔道具によって放たれる電撃や鎌鼬も、その盾を貫くことはできない。

 そうして、騎士ナイトが作り出した隙をついて、格闘家モンク剣士ソードマンが部隊の中枢へ食らいつき、さらに一般兵たちが追撃を行う。

「これは、王国が勝つかな……」

 樹上に隠れ潜んでいることも忘れて、ウォルフはぽつりと呟く。

 今回の戦いは、明らかに王国軍が有利だった。魔の森たるシュルト大森林は、行軍するだけでも兵を疲弊させる。恐らく一月以上森の中を進んでいただろう帝国兵と、まだ十日ほどしか森にいない王国兵では、体力も気力も比べ物にならないはずだ。

 しかも、王国は狙い通りに奇襲を成功させているうえ、森林戦闘に持ち込むことで、帝国が切り札としている火炎球ファイアーボールの魔道具を封じている。
 その他の魔道具にしても、攻撃系のものは属性を帯びた球体を放つ形式が大半であったため、遮蔽物の多い森林で、それも乱戦状態となれば、その真価を発揮することは難しいようだった。

 それに、森中の行軍を強く意識していたのか、王国軍の装備に比べて、帝国軍の装備は軽装であった。機動力という観点では有利だろうが、両軍がぶつかり合い、乱戦となった現状ではマイナス要素でしかない。そして――。

「めんどくせえなぁ……!」

 敵陣のど真ん中に単身で乗り込み、ありえない身体能力で帝国兵を屠る黒い騎士。彼が剣を振るうたび、複数の兵士がまとめて血飛沫を上げて倒れ伏した。
 たまに彼と剣を合わせることができているのは、おそらく帝国軍の固有職ジョブ持ちだろう。だが、数合と打ち合わせぬうちに、その固有職ジョブ持ちも地に沈む。

 彼こそは、王国が誇る切り札であり、王国近衛騎士団長にして暗黒騎士ダークナイトであるザナック・エイドスその人だった。

 敵陣の中央に単身乗り込んでおきながら、その表情には疲れの色一つ見られない。生き物を傷つけた分だけ活力を増す『生命力吸収エナジードレイン』という特技スキルを持っていると聞いたが、そのおかげもあるのだろう。
 その戦いぶりは、通常の固有職ジョブ持ちとは一線を画していた。

「……けど、『辺境の守護者』ほどじゃないような気もするな」

 ウォルフは暗黒騎士ダークナイトを冷静に分析する。同じ上級職持ちである『辺境の守護者』が、神子の神殿騎士と模擬戦闘を行っている場面を何度か見たことがある。

 その時の記憶で言えば、攻撃力は同程度だろうが、防御力は『辺境の守護者』のほうが明らかに上だった。すぐに回復するため目立っていないが、暗黒騎士ダークナイトは決して無傷ではない。

 いくら上級職とは言え、固有職ジョブ持ちの攻撃を受ければそれなりの傷は受けるのだ。だが、もしあの場にいるのが守護戦士ガーディアンであれば、そもそも傷一つつかないのではないか。

 彼がそう考えた時だった。暗黒騎士ダークナイトから強力な気を感じて、ウォルフは思わず身構える。

「なんだ……!?」

 暗黒騎士ダークナイトに注視していると、戦場の至る所から立ち昇った赤黒い霧が、どんどん彼に集まっていく。

「……怨念グラッジ

 そして、その霧を取り込んだ暗黒騎士ダークナイトの全身からは、禍々しいオーラが漂っていた。

「ひぃっ……!?」

 恐怖に駆られたのか、近くにいた帝国兵が火炎球ファイアーボール暗黒騎士ダークナイトへ撃ち込む。だが、彼が煩わしげに手を一振りすると、赤黒く輝く腕に接触した火炎球ファイアーボールは一瞬で霧散した。

「素手で……!? なんだよあのバケモノ!」

 ウォルフの研ぎ澄まされた聴覚が、帝国兵の悲鳴を捉える。それはその場にいた全員に共通したものであったらしく、帝国軍に大きな動揺が走った。

円刃ブレードサークル

 暗黒騎士ダークナイトを中心として円状に放たれた斬撃が、周囲の樹々ごと近くにいた兵士たちを切り裂いた。たった一度の攻撃で、彼の半径十数メートルにいた人間が全滅する。それは、あり得ない光景だった。

「うわあああああ! 逃げろおおおお!」

 帝国兵からそんな声が上がる。ここに至って、ついに帝国軍が崩れたのだ。軍の崩壊を引き留めるはずの将校はすでに血の海に沈んでおり、彼らを制止する者は誰もいなかった。

 そして、その隙を見逃す王国軍ではない。赤い残像を引き連れ、今まで以上の速度で敵を殲滅していく暗黒騎士ダークナイトを筆頭に、王国軍が帝国兵を蹂躙していく。
 その様子は、もはや戦争ではなかった。

「これは決まったかな……」

 帝国軍は縦長に展開しており、その中ほどを王国が食い破った状態だ。まだ両端に兵力は残っているだろうが、この勢いで当たれば、まず負けることはないだろう。
 下手をすると挟み撃ちされかねない状況でもあるが、戦上手で知られるウォーゼン将軍がそのようなミスをするとは思えなかった。

 これ以上の偵察は必要ないな。ウォルフは周囲を確認すると、こっそり木から降りようとして――。

 不意に、背筋がゾクッとした。

「――なんだ!?」

 他の固有職ジョブに比べて、盗賊シーフ固有職ジョブ持ちは第六感に優れていると言われる。そのため、ウォルフは注意深く周囲を見回した。そして、その悪寒の原因を見つけて……絶句した。

 彼が見つけたもの。それは、天空から飛来する隕石群だった。

隕石召喚メテオストライク!? いや、流星雨スターダストレインか! 味方を巻き込むとは正気か!?」

 その声を上げたのは、王国軍の水術師アクア・メイジだった。此度の遠征軍の中で、暗黒騎士ダークナイトに次ぐ戦闘力を持っていると評される彼が、すっかり落ち着きを失っている。

「逃げろ!」

「どこへだよ!」

「知るかよ! けどあんなのに当たったら死んじまうぞ!」

 両軍とも、もはや戦闘どころではなかった。彼らは空を見上げると、一様にその顔を青ざめさせる。隕石から逃れようにも、どこにいれば安全かなど分かるはずがない。

 そして、それはウォルフも同様だった。生き延びる術を考える間も与えられず、無数の隕石が森へと降り注ぐ。凄まじい速度で大地に激突した隕石群は、一瞬で森を惨状へと変貌させた。

「ぐっ……!」

 一瞬手放しかけた意識を無理やり取り戻すと、ウォルフは周囲を確認した。幸い直撃は免れたようだが、隕石が落ちた衝撃波で、潜んでいた木ごと吹き飛ばされたらしい。
 痛む身体をおして身を起こすと、そこには破壊され尽くした大地が広がっていた。

「なんだよ……これ……」

 あり得ない現実を目にして、ウォルフは呆然と立ち尽くした。いったい何が起こったというのか。大軍をまとめて壊滅させるなんて、もはやお伽噺や神話の域だ。

 何も考えられず、ふらふらと彷徨っていたウォルフの視界に、ふと赤黒い光が映る。反射的にそちらへ意識をやったウォルフは、さらなる驚愕を覚えた。

 そこに立っていたのは、間違いなく暗黒騎士ダークナイトだ。隕石にやられたのか、その鎧には大きなへこみが見られるし、彼自身も出血している。

 だが、その存在感は今までの比ではなかった。辺り一面から血の色をした霧が際限なく流れ込み、彼の身体は太陽のごとき光を放つ。

「あれが血の祝福(ブラッディマリッジ)……」

 ウォルフは王国兵から聞いた話を思い出す。戦場に流れた血が多いほど、暗黒騎士ダークナイトは力を増すという。あの時は何かの暗喩だと解釈していたが、真相はもっと直接的だった。

 その暗黒騎士ダークナイトが見据えているのは、帝国軍の一団だ。恐らく後続部隊なのだろう。あまり混乱した様子もなく、彼らは統率のとれた動きを見せていた。

 その後続部隊に向かって、暗黒騎士ダークナイトが右手を突き出す。

 刹那、彼の周囲を漂っていた赤い霧が帝国軍へと殺到し、凄まじい大爆発を起こした。

「!!」

 耳をつんざく爆音と共に、帝国軍のいた場所に巨大なクレーターが刻まれた。局地的な破壊力で言えば、先程の流星雨スターダストレインを上回るだろう。だが、暗黒騎士ダークナイトは納得がいかない様子で辺りを見回す。

「転移しやがった……鬱陶しいジジイだ」

 そんな声が聞こえてきたのも束の間、気がついた時には、暗黒騎士ダークナイトはウォルフを挟んで反対側に位置していた。どうやら、一瞬でウォルフの隣を通過していったらしい。

 彼の視線の先には、先行していたと思われる帝国軍の姿があった。つられてそちらへ目をやったウォルフは、そこに老人の姿を見つけて目を見開いた。

 老人は、どう考えても従軍できる年齢ではなかった。まして、軍がシュルト大森林を抜けるとあれば尚更だ。その事実が、逆にウォルフを警戒させた。

血の咆哮(ブラッディロア)!」

 そして、もう一度暗黒騎士(ダークナイト)が攻撃を仕掛けた時、ウォルフは自分の予感が正しかったことを知った。

 なぜなら、帝国兵たちが我先にとその老人を庇ったのだ。彼らはただ身を呈しただけではなく、それぞれが見たことのない魔道具を持っていた。それが防御用の魔道具であり、古代文明の遺産であろうことは想像に難くない。

 二度目の大爆発の後、彼らがまだ生き残っているのはそのためだろう。それでも全員が無事とはいかなかったようだが、彼らが守ろうとした老人は健在だった。そして、彼が詠唱をしていることに気が付いて、ウォルフははっとなった。

「また隕石が来るのか……?」

 恐らく、さっきの魔法はあの老人によるものだろう。となれば、彼が詠唱しているのは流星雨スターダストレインとやらである可能性が高かった。あんなものをもう一度撃ち込まれては、さすがに生きていられる自信がない。

 そんなことを考えている間に、暗黒騎士ダークナイトは接近戦を仕掛けていた。老人に肉薄した暗黒騎士ダークナイトが赤光の剣を振るうたび、何かが砕けるような音が聞こえてくる。

 老人を守る兵士たちが手にしているのは、防御壁の発生装置のようだった。古代文明の遺産らしきそれは、暗黒騎士ダークナイトの攻撃を数度受けると砕け散るが、すると控えていた別の兵士が新たな防壁を展開する。まるでイタチごっこだ。

 しかし、その魔道具とて無限にあるわけではない。兵士たちの顔に浮かぶ焦りこそがその証拠だ。暗黒騎士ダークナイトが今の調子で剣を振るい続ければ、いつかその剣は彼らに届くと思われた。

 だが、ここで予想外の事態が発生する。

「――ロンバート王子、敵はもはや壊滅寸前ですぞ! 我々にも多少の損害は出ましたが、ここまで来れば勝利したも同然! ささ、総司令官の手で掃討戦を指揮なさってください。ここで戦功を上げておけば、王位の継承争いはロンバート王子の圧勝となりましょう!」

 そんな間の抜けた台詞に振り向けば、そこにいたのはヴェスタ侯爵だった。直接見るのは初めてだが、その隣にいるのがロンバート第一王子なのだろう。
 さっきまでの戦闘には参加していなかったのか、汚れのない装備を身に着けた部隊を引き連れていた。

「だが、先程の隕石群は本当に大丈夫なのか? さっきは離れていて無事ですんだが――」

「何を仰います、あのような大規模な攻撃が何度もできるものですか。恐らく複数の魔法職と古代文明の技術を組み合わせた、帝国軍の切り札だったのでしょうな。ですが、王子のお力により、我らはそれすらも撥ね退けたのです!」

「ふむ……」

 そんなやり取りを耳にして、ウォルフはげんなりした。数の優勢を確信して出てきたのだろうが、向こうには戦局を一瞬でひっくり返す人物がいる。だが、さすがに彼らに意見するつもりはなかった。

「兵士たちよ、突撃せよ! 王子の名の下にザナック殿を援護し、我らの手で勝利を掴み取るのだ!」

 その言葉と共に、後ろに控えていた兵士たちが走り出した。彼らはウォルフを追い越すと、そのまま帝国軍へと向かう。その騒ぎに気が付いた帝国兵の一人が、老人に何かを耳打ちした。

 そして、老人がちらりとこちらに目をやったことで、ウォルフは彼の意図を察した。……いや、察知させられたと言うべきか。

――こいつは王(・・・・・)子を狙う気だ(・・・・・・)

「……隕石召喚メテオストライク

 そう、聞こえた気がした。直感に従ってウォルフが天を仰ぐと、予想通り隕石が落下してきているところだった。
 ただし、先程とは違うところが一点。今回は、巨大な隕石が一つだけ降ってきたのだ。当然、その落下地点には第一王子の姿がある。

「なななな……!?」

 後方から聞こえる慌てた声はヴェスタ侯爵だろうか。だが、彼を笑うことはできない。迫りくる巨大な隕石を見て、ウォルフもまた絶望を覚えていたからだ。
 これだけ巨大な隕石だ。今から全力で逃げたとしても、落下時の衝撃だけで絶命する可能性は高い。ふと向こうを見れば、帝国兵も青ざめた顔をしている。予定とは異なる魔法だったのだろうか。

 そんな疑念を覚えた時だった。舌打ちせんばかりの表情で、暗黒騎士ダークナイトが近づいてくるのが見えた。その相貌に見える怒りの色は、間違いなくヴェスタ侯爵たちに向けられたものだろう。

 彼らさえ出てこなければ、あのまま決着がついた可能性は高い。上級職である暗黒騎士ダークナイトが全力で身を守れば、あの隕石だって致命傷にはならないだろう。だが、護衛対象の王子は別だ。彼は落下時の衝撃だけで、確実に死ぬ。それを避けるためには、あの隕石をなんとかするしかなかった。

 暗黒騎士ダークナイトは剣を持った右手をだらりと下げると、腹立たしそうに迫る隕石を見上げた。

「ちっ……血の解放ブラッドリベレイション!」

 その身体から凄まじい光の奔流が溢れ出す。そして、ギラギラと輝く紅霧が隕石に纏わりついた瞬間。この世の終わりを思わせるような爆発と共に、巨大な隕石が砕け散った。

 そして、砕け散った隕石の欠片がウォルフ達へと降り注ぐ。

「うわわわわ!?」

 頭上に降り注ぐ隕石片を、ウォルフは盗賊シーフの力を使ってなんとか回避する。近くで聞こえる破壊音に目を向けると、暗黒騎士ダークナイトが無数の隕石を斬り払っているところだった。

 ウォルフと違い、王子と侯爵の安全も確保しなければならないため、その表情に余裕の色はない。先程まで纏っていた赤い光が見当たらないところからすると、あの最後の攻撃で使い果たしてしまったのだろうか。

 そして、彼の足下にしゃがみこんでいる王子たちに目をやって、ウォルフは固まった。

「ロンバート様ああああ!」

 隕石片に当たったのだろう、王国軍の総司令官は腹部からおびただしい血を流して倒れていた。今すぐ治癒師ヒーラーを手配しなければ、失血死もあり得る。それぐらいひどい有様だった。

 ウォルフは次に帝国軍を見やった。すると、彼らが魔道具で防御壁を展開しながら去っていく姿が目に入る。あの老人の姿が見えないが、王子と同じように隕石片に当たったのだろうか。
 あの魔法を使ったのは彼なのだから、なんらかの対策は取っているだろうが……。

 ウォルフは広域察知の特技スキルを使うと、周囲の人間の気配を探った。そして、人が多く存在するほうへと意識を向ける。
 この方角にいるのは、おそらく王国軍のはずだ。彼らの中に治癒師ヒーラーがいるのであれば、この場に連れて来るくらいはしよう。そんな思いと共に、彼は走り出した。



 その後、ロンバート王子は一命を取り留めたものの、帝国軍の流星雨スターダストレイン隕石召喚メテオストライクによる被害が甚大であったこと、及びザナック近衛騎士団長とヴェスタ副司令官の諍いに端を発した近衛騎士団長の従軍拒否を原因として、王国軍はリビエールの街まで撤退。最低限の部隊だけを残し、王国軍の幹部クラスは王都へと引き上げた。

 一方、帝国軍も王国の急襲や暗黒騎士ダークナイトの超大規模攻撃により王国軍以上の被害が出ていたが、周囲は敵国であり、近くに撤退できる場所がないためか、辺境を目指してシュルト大森林を南下している様子が確認された。

 王国軍、帝国軍共に甚大な被害を出したシュルト大森林の戦いは、こうして幕を閉じたのだった。



―――――――――――――――――



「――だいぶかいつまんで説明しましたけど、僕からの報告は以上です」

 数日前にシュルト大森林で行われた、王国軍と帝国軍の戦争に関する報告を終えると、ウォルフはぺこりと頭を下げた。

「……ウォルフ君、大変だったね。本当にありがとう」

「まったくだ。どれだけ感謝してもしきれないよ」

 ルノール村の集会場で、みんなが口々にウォルフを褒め讃える。

 俺が依頼した『王国軍と帝国軍を辺境外で戦わせる』計画を手伝うだけではなく、両軍の戦力まで偵察してくれたのだ。ねぎらわれて当然だった。

「カナメ、どうしたの?」

 そんな中、俺がまだ声をかけていないことに疑問を覚えたのか、クルネが不思議そうな表情を浮かべる。

「いや、ちょっと気になったことがあってさ」

「それって、帝国軍の流星雨スターダストレインとかいう魔法のこと?」

「まあ、そうなんだが……」

 彼女の言葉は半分だけ正解だった。俺が気にしているのは、隕石を降らせる魔法そのものではなく、その術者・・のほうだったからだ。

「それにしても、そんな凶悪な魔法が存在するんだね。隕石を降らせるなんて、そんなの反則じゃないか」

 だから、そんなリカルドの言葉に俺は自然と口を開いていた。

「その件について確認したいことがある。ミルティを呼んできてもいいかな」



「……ええ、その魔法は流星雨スターダストレイン隕石召喚メテオストライクだと見て間違いないと思うわ」

 突然、集会所に呼び出されたミルティは、ウォルフの説明を聞くと即座に答えをくれた。魔法研究所の優秀な研究員にとっては、簡単すぎる質問だったのかもしれない。

 だが、俺が本当に訊きたいのはそこではない。ミルティもそれは察していたようで、俺のほうを見ながら言葉を続ける。

「この魔法を扱えるのは時空魔導師だけだと言われているわ。一般職や特殊職の魔法職が挑戦した記録があるけれど、結果は全敗のようね」

「そうか……ありがとう、ミルティ」

 やっぱりか。俺はゆっくりと息を吐いた。

 まさかここで遭遇するとは思っていなかったが、間違いないだろう。この大陸にいる時空魔導師はたった一人しかいない。……そう、俺をこの世界に召喚したマクシミリアンだけだ。
 奴であれば、味方を巻き込んで流星雨スターダストレインを使うことにも躊躇いはないだろうしな。

「カナメ……?」

 隣にいるクルネが心配そうに俺を見つめる。ふと気が付けば、事情を知っているミルティとリカルドも似たような表情を浮かべていた。

「よくよく縁がある爺さんだなぁ」

 俺は意識して笑顔を浮かべた。今すぐ帝国軍に乗り込んでやりたい気持ちもあるが、立場上そういうわけにもいかない。

「――カナメ殿、隕石魔法の使い手に心当たりがあるのか?」

 そんな俺たちのやり取りで感づいたのか、ラウルスさんがそう尋ねてきた。ふと周りを見れば、みんなが俺に注目している。

「……そうですね。ミルティが言った通り、相手は恐らく時空魔導師。ラウルスさんと同じ上級職持ちです」

 上級職という単語を耳にして、その場にいる人間が凍り付いた。

「……なるほど、それなら納得できる。そうでもなければあり得ない大魔法だからな」

 そんな中、一人冷静だったのはやはりラウルスさんだ。

「しかし、そんな魔法を辺境で使われたら……」

「まずいな……」

「辺境で生きていくのは難しくなるね……」

 誰かの呟きに、口々に同意の声が上がる。その声はどれも弱々しく、彼らの心が衰弱していることを窺わせた。俺はどうすればいいのだろう。そう自分に問いかけるが、明確な答えは出てこない。

 王国軍との戦いでその数を大きく減らしたとは言え、帝国軍の脅威は依然続いていた。

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