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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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凶報

『ここが……戦場に?』

 辺境が戦場になるというプロメト神殿長の言葉を聞いて、俺の頭に無数の疑問が浮かんだ。なぜ廃領なのか。それがどうして戦争へ繋がるのか。相手はどこなのか。考え始めればきりがなかった。

 そんな俺の疑念が伝わったのだろう、神殿長は詳細を説明してくれる。

『まず、こちらが把握している事実から説明しよう。王国の廃領宣言は、先の帝国との戦争における講和条約と共に発表されたものだ。つまり、辺境は敗戦の賠償として差し出されたと言える』

 そうか、辺境にいると忘れがちになるけど、王国は帝国との戦争に負けて領土分割を迫られていたんだっけか。戦争自体はだいぶ前に終結していたはずだが、この手の話に時間がかかるのはどこも同じようだ。

『それは分からないでもありませんが……なぜここなんですか? 帝国が攻め込んだのは王国領の東端です。普通に考えれば、あの近辺を領有したがると思うのですが』

 帝国がその領土を広げたいのであれば、王国との国境線を今よりも西に動かせばすむ話だ。わざわざ辺境を領有したところで、飛び地になるし統治は困難だろう。

 地理的には、帝国の南はシュルト大森林の北端と接しており、大森林の西端と接している辺境は完全な飛び地というわけではない。だが、安全性の観点からシュルト大森林を抜けるような交通網の構築は不可能であるため、実質的に飛び地も同然だった。

『うむ、そこが腑に落ちぬ点でな。今後、王国を東と南から攻め立てることができる、という戦略的意義はあるが、統治の困難性やそれにかかる維持費用を考えるとあまり効果的とは思えん』

 プロメト神殿長から不思議そうな思念が伝わってくる。神殿派の情報網を以てしても分からないとなれば、情報を持っていそうなのは帝国と……王国の上層部なら予想くらいはしているだろうか。

 そう考えた時、俺はとある人物の警告を思い出した。

『そうか、以前にアイゼン王子が辺境進出を渋っていた理由はこれか……』

 クルシス神殿を辺境に建立し、転職ジョブチェンジの神子が赴任することに難色を示していた王国第三王子の顔を思い出す。
 敗戦にかかる帝国との協議内容は重要機密だし、その詳細を俺たちに話すわけにはいかない。そんな中で、なんとか辺境進出の危険性を伝えようとした結果があの言葉だったのか、と俺は密かに納得した。

『アイゼン王子とは既に接触を図ったが、彼も帝国が辺境を欲する理由については見当がつかないようだな。
元々は、今回の戦場となった王国領の東端を割譲する方向で話が進んでいたらしいが、それなりの穀倉地帯であるかの地を割譲することには、王国内部や地元の貴族からの反発が強い。そのため、落としどころとして用意された予定地の一つとして、辺境が挙げられていたようだが……』

『なぜか、帝国がそれに乗ってきたと。なんというか、貧乏くじを引いた感が凄いですね……』

 帝国のことだ、敢えて辺境を選んだのには理由があるのだろうが、アイゼン王子にも心当たりがないとなれば、推測することは難しい。俺は話題を切り上げて、気になっていたことを尋ねる。

『ところで、なぜ「廃領」なんですか? 普通に考えれば「割譲」だと思うのですが……。それに、辺境が戦場になるという理由もよく分かりません。戦後賠償として辺境を帝国が取得するというのであれば、わざわざ戦闘行為を行う必要はないはずです』

『無論、領地の割譲であれば戦争など起こるはずがない。王国の領主を引き上げさせて、帝国から領主が派遣されるだけだ。
 だが、廃領は割譲とは異なり、その支配権を相手に譲り渡すものではない。あくまで、王国領であった土地が手つかずの土地になっただけだ』

 その言葉を聞いて、俺はようやく廃領された土地が被る被害に気付いた。それはつまり――。

『辺境の領有権を主張するために、占領軍が差し向けられるということですか……』

 それも、メルハイム帝国とクローディア王国の両者からだ。もしどちらか一方の国だけであれば、あっさり占拠してそれでおしまいということもあるだろう。よっぽどおかしな徴税を行うとか、そんなことでもない限り、わざわざ抗うメリットは少ない。

『理由はなんであれ、わざわざ辺境を選んだ帝国が、廃領程度で納得して行動を起こさないはずがない。そして王国は……いや、王国貴族は、面子にかけて辺境をもう一度王国領に組み込むつもりだろう』

『面子ですか……』

『彼らにとっては重要な行動原理だからな。あわよくば敗戦の汚名を雪ごうと、そう考えていても無理はない』

 その声から、プロメト神殿長が肩をすくめる様子が目に浮かぶようだった。

 それにしても、二国が辺境を巡って争うとなれば軍事衝突は必至だ。そして、目的地である辺境がその舞台になるだろうことは想像に難くない。

『迷惑この上ない話ですね……』

 俺はつい愚痴をもらした。辺境で戦争が行われてしまえば、食糧や家屋を初めとして、多くの資源が失われてしまう。それは、ギリギリでやっている辺境としては致命的だった。
 さらに、もし両軍が食糧を現地調達するつもりなら最悪だ。どれだけの人間が餓死するか分かったものではない。

『それにしても、なんで割譲にしなかったんです? 帝国のほうが圧倒的に有利な立場だったでしょうに、わざわざ廃領なんてまどろっこしい方法を認めなくても』

 少し八つ当たり気味にそう呟く。王国も帝国も、本当にろくなことをしないな。

『どうやら、王国の軍閥貴族が暗躍したようだな。先の戦争であまり重要なポストに就けなかったおかげで、さしたる被害を受けなかった貴族たちが、もう一度戦えば敗けないと息巻いているらしい。
 戦争で有力貴族がいくつも没落したからな。彼らを制止できるような者がほとんどいなかったのだろう』

『けれど、講和条約にせよ廃領宣言にせよ、帝国の目が光っているわけですよね? そんなことを許すものでしょうか』

『その点についても不明だ。帝国が割譲と廃領の違いに気付かぬはずはないが、帝国からも同様の内容が発表されている以上、合意済みだと考えるべきだろう』

『そうですか……』

 ようやく辺境の暮らし向きが良くなりそうなこのタイミングで、なぜこんな事態に見舞われるのか。俺は無意識に奥歯を噛み締めた。

『……カナメ司祭。もし君たちがルノール分神殿を引き払って王都へ帰還するというのであれば、それを止めるつもりはない。現に、君たちを本神殿へ帰還させるべきだという意見も出ているところだ』

『え……?』

 予想外の言葉に、俺は思わず声を上げた。

『たとえ戦争中の軍であろうと、統督教の施設に手を出すことはない。それはカナメ司祭も知っての通りだ』

 もちろん、そのことは知っている。先の王国‐帝国間の戦争の折に、嫌でも耳に入ってきたからだ。そんな俺の思念を受けたのか、神殿長は言葉を続ける。

『だが、それは統督教の報復を恐れた軍上層部の判断でしかない。戦争の空気に中てられた前線の司令官や兵士によって、神官や関係者が殺害された例もある。
 当然、そういったケースでは厳しい報復措置を取るが、それで失われた命が返ってくるわけではないからな』

『そうですか……』

 正直に言えば、ここで辺境を捨てるようなことはしたくない。辺境の人々が心配だということもあれば、今までの苦労はなんだったのか、という思いもある。それに、王都へ避難して、事態が終結した頃にのこのこ出て行っても、「どの面下げて帰ってきたんだ」と言われることは間違いないだろうしな。一般人ならともかく、宗教施設としてそれはまずい。

『もちろん、カナメ司祭以外の四人についても同様だ。辺境へ留まることを強制するつもりはない。場合によっては、分神殿は厳しい運営を迫られるかもしれないが、彼らにも自分の意思で決めてもらいたい』

『……もちろんです』

『我々も、アイゼン王子や帝国のクルシス神殿を通じて、情報収集や働きかけを行うつもりだ。そのためにも、早いうちにルノール分神殿としての方針を決定してもらいたい。
 ……カナメ司祭には苦労をかけるが、そちらにはオーギュスト副神殿長もいる。一人で抱え込まないようにな』

 そうして、次回の連絡の日時を打ち合わせると、プロメト神殿長からの念話は途切れた。

 待機モードに入った念話機を足下の箱にしまうと、椅子の背もたれに身を投げ出す。体重を受け止める柔らかな感触を味わいながら、俺は神殿長室の天井を仰いだ。

 まず、誰に話すべきだろうか。念話機の存在は極秘だが、オーギュスト副神殿長は元から念話機のことを知っている。後はフォレノ村長とラウルスさんには伝えておかなければ話が進まない。それに、王国の内情なんかに詳しいリカルドにも明かして、今後の対応を協議する必要があるかな。

 気持ち悪い汗が全身をじっとりと濡らすのを感じながら、俺は天井を見つめ続けた。






「カナメ、どうしたの? 顔色が悪いわよ?」

 神殿長室へ入って来たクルネは、俺を見るなり声を上げた。真剣な顔でこちらを覗き込んでくる彼女の様子からすると、俺は自分で思っている以上に余裕のない顔をしているのだろう。

 彼女に真実を話すべきか一瞬躊躇った俺だったが、よく考えればクルネ以上に信頼している人間はいない。そんな当たり前のことに気付くと、俺はクルネに凶報の全容を伝えた。

「嘘……そんなことって……」

 やはりショックが大きかったのだろう。クルネは血の気の引いた顔でそう呟くと、もたれるようにソファーの背に手をかける。

「俺も信じられないが……少なくとも辺境の廃領は正式に公表されたものだ。その理由や今後の展開については予測の範疇でしかないけどな」

 俺はクルネをソファーに座らせると、自分もその隣に腰を下ろした。不安な心の表れだろうか、彼女が少し距離を詰めてくる。

「ただ、帝国の変なちょっかいについては、これが理由だったのかもしれない」

 俺はラウルスさんが捕らわれた事件を思い出す。あまりいい関係を築けていないとは言え、辺境はあくまで王国の一部だ。帝国からすれば、辺境の人々から絶大な支持を受けている『辺境の守護者』が、王国と手を組んで帝国とことを構える事態は望ましくないはずだ。

 そのためラウルスさんを退場させようとした、ということであれば納得もいく。辺境民と移住民の仲違いも、辺境が一丸となって抵抗することを防ぐために仕組まれていた、というのは考えすぎだろうか。……いや、でも対立を煽っていたジルベール監察官は王国側だったか。なにかとややこしい話だな。

「……それで、カナメはどうするつもりなの?」

 クルネが不安そうに尋ねてくるが、それも無理はない。もし俺が王都へ引き上げると言えば、おそらく彼女は付いてきてくれるだろう。だが、辺境の危機を見捨てるような行動はクルネの本意ではないはずだ。

「みんなと協議した結果を尊重するつもりだが、王都へ引き上げるのは最終手段にしたいな」

 そう答えると、クルネの緊張した表情が幾分ゆるんだ。そのタイミングを逃さず、俺は努めて明るい声を出した。

「というわけで、まずは神殿のみんなと協議しなきゃな。クルネ、悪いけど神官四人をここへ呼んでもらえるかな。もうみんな業務は終わってる時間だと思う」

「うん、分かったわ」

 クルネが四人を連れてきたのは、それからすぐのことだった。



「それは……にわかには信じがたい話ですな」

 俺の報告を聞いて、最初に口を開いたのはオーギュスト副神殿長だった。

 彼には事前に「念話機でプロメト神殿長から得た情報だ」とこっそり説明していたのだが、それでも内容が内容だけに、信じられない様子だ。
 まして、「信頼できる情報筋からもたらされた話」としか伝えられていない他の神官三人からすれば、与太話にすら聞こえただろう。みんなの表情はそれくらい呆気にとられたものだった。

「信じられないお気持ちは分かりますが、事実です。……そこで今後どうするか、つまりこの神殿に残りたいのか、それとも王都へ帰還したいのか、皆さんの考えを聞かせてほしいのです」

 俺はきっぱりとした口調で言い切った。自分でも誤情報に踊らされているのではないかとの疑念が拭えないが、そんな態度を見せていては話が前へ進まない。

 そんな思いが伝わったのか、場にいる面々が情報の真偽に拘泥する様子はなかった。突然突き付けられた選択肢を、四人が真摯に検討していることが伝わってくる。

 そうしてどれほど経っただろうか。やがて、オーギュスト副神殿長が決然とした口調で意見を述べる。

「……私はこのルノール分神殿に残ります」

 その言葉を受けて、誰かがはっと息をのむ音が聞こえた。

「理由をお伺いしても?」

 そう尋ねると、彼は静かに頷いた。全員の視線が彼に集中する。

「辺境が戦火に晒されるとなれば、この地に住まう人々は極度の不安や恐怖に晒されることでしょう。神殿とは人々の心に寄り添うもの。このような時にこそ、我々の存在が必要となるのではありませんかな」

 オーギュスト副神殿長はそう主張した後、もう一言だけ付け加える。

「ただし、生命の危険と隣り合わせになることは、先程カナメ神殿長代理からご説明があった通りだ。私はもう長く生きた身だが、諸君らはまだ若い。君たちが王都へ帰還する選択をしたとしても、私はそれを責めないし、軽蔑することもない。
 ……周りに遠慮することなく、自分自身で身の振り方を決めてもらいたい」

 その言葉は、他の神官に大きな影響を与えたようだった。先程までのどこか浮足立った空気は消え去り、張り詰めた空気が代わりに場を支配する。

 そして、誰も口を開かないままに半刻が経過した。

「……今回の話は突然のことですし、すぐに決断するのは難しいことでしょう。今回の協議はここで解散しますから、じっくり考えてください。結論が出た方は、個別に私までお願いします」

 よく考えてみれば、これは生死を分けかねない一大事だ。それに、他の人間がいては言い出しにくいこともあるだろう。そんな考えから、俺はこの場を打ち切ることにした。

 解散を告げるとみんなが次々と部屋を出て行く。それを見送ると、俺は最後に残ったオーギュスト副神殿長に声をかけた。

「副神殿長、なにかお話が?」

「……カナメ神殿長代理もルノール分神殿に残るおつもりでしょうからな。もう少し突っ込んだ話をしておくべきかと思いましてな。
 どうせ、明日には村長や『辺境の守護者』と話し合いの場を持たれるのでしょう? クルシス神殿としてのスタンスを決めておいたほうがよいでしょうからな」

 その言葉はとてもありがたいものであり、そして嬉しいものだった。俺は彼に向って深々と頭を下げる。

「お心遣いに感謝します」

「副神殿長として当然の務めを果たしたまでです。……それより神殿長代理、今回の件についてどこまでクルシス神殿が関与するかですが……」

 俺とオーギュスト副神殿長の話し合いは、夜遅くまで行われた。






 『辺境の守護者』であり、辺境北部に居を構える守護戦士ガーディアンラウルスさん。

 辺境の首都と目されるルノール村の村長を務めるフォレノさんと、彼の補佐を務めるリカルド。

 そして、今や辺境の有名人となった魔獣使い(ビーストマスター)クリストフ。

 そのいずれもが、辺境で大きな影響力を持つと判断され、今回の話し合いに招聘された人物だ。
彼らに俺を加えた五人は、フォレノさんの館の応接室で一様に深刻な表情を浮かべていた。

「先の戦争が、まさかこのような形で飛び火するとはな」

 そう口火を切ったのはラウルスさんだ。その眉間には深い皺が刻まれている。ラウルスさんは辺境北部の村に住んでいるため、北から侵入してくるであろう王国軍や帝国軍の脅威を最も強く感じているはずだった。

「まったく、何を好き好んで辺境を欲しがったのか知らんが、いい迷惑だ」

「辺境の将来性に注視した……? だが、現時点では、帝国にとってそこまで価値がある地域とは思えないな」

 フォレノさんとリカルドが、口々に感想を口にする。と、リカルドの視線が俺に注がれた。

「まさか、カナメの能力を狙って……いや、それもないか」

「俺はルノール村のクルシス神殿に縛られているわけじゃないからな。何かあれば、王都の本神殿なり他国の神殿なりに赴任するだけだ。わざわざ辺境ごと手に入れようとする意味はないだろう」

 リカルドの言葉を補足するように口を開く。すると、今度はクリストフが焦った様子で声を上げた。

「まさか、帝国貴族が僕たちを追いかけて……」

 顔色が悪いのは、自分たちのせいで辺境が狙われたのかもしれないと、そう考えたからだろう。だが、俺は首を横に振って答えた。

「それもないだろう。戦争までして勝ち取った権利を、一貴族の私的な復讐のために使うとは思えない」

 ミレニア司祭に頼んで調べてもらったところ、クリストフたちの村を襲った帝国貴族は、それなりに力のある貴族ではあるが、国政に影響力を持つほどの大物ではないとの結果が出ている。
 俺の説明を聞いて、クリストフは少し落ち着きを取り戻したようだった。それを確認して俺は言葉を続ける。

「正直に言って、帝国が辺境に何を求めているのかは分かりません。それはそれで調べていく必要があるでしょうが、それよりもまず、私たちは王国及び帝国への対応方針を決めておく必要があると思います」

 俺の意見に賛同の言葉がいくつか上がる。それを受けて、まずリカルドが口を開く。

「対応方針というのは……つまり、どこと手を組んで、どこと戦うかを決めるという意味かい?」

「それも含めて、だ。選択肢としては『王国と組んで帝国と戦う』『帝国と組んで王国と戦う』『王国とも帝国とも戦う』の三つがあると思う。
 一応は王子であるリカルドを前にして言うのは気が引けるが、辺境が犠牲を出さずに切り抜けられるのであれば、帝国軍に早々に降伏することだって視野に入れていいと思っている」

「一応王子である僕の立場からするとつらい意見だね……。けれど、今の僕はルノール村の、そして辺境の利益を考える立場だ。それが辺境のためになるのなら、検討することを否定するつもりはないよ」

 リカルドはそう言って苦笑を浮かべる。発言の内容は辺境寄りだったが、彼の内心は分からない。ただ、本当に辺境でやっていくつもりであれば、ここで迂闊に王国寄りの発言をするわけにはいかないだろう。辺境では、何もしてくれないのに、税だけを徴収する王国に不満を持つ人は多い。

 ただし、リカルドはその立場上、王国と明確に矛を交えるわけにはいかないはずだ。そういう意味では、非常に難しい時期に辺境に居ついてしまったと言えた。

「帝国に降伏するのは、やめておいたほうがいいと思います」

 次に意見を投げ込んだのは、意外なことにクリストフだった。その顔に負の感情が宿っていることに気が付いたのは俺だけではないだろう。

「ご存じの方もいるかもしれませんが、僕たちが暮らしていた地域は帝国に襲われました。戦争中とは言え、帝国はほとんど防衛戦力のない村を襲い、好き放題に殺戮や略奪を繰り返しました。誰一人助からず、すべてが灰になった村さえあったんです」

 クリストフは拳を握りしめながら言葉を続ける。

「命からがら逃げてきた人の話では、早々に降伏したにもかかわらず、帝国軍に食糧をすべて奪われ、少しでも反抗的な態度を見せた人間はすぐに処刑されたそうです。もちろん、奪われたのは食糧だけではありません」

「すべての帝国軍がそうなのか、たまたま性質たちの悪い部隊に当たったのかは分かりません。けれど、そんな奴らが編成されている軍隊であることは間違いないんです」

「……なるほど、クリストフ君は帝国と組むことには反対の様子。では、王国と組んで帝国と戦うことはどう思うかね?」

 彼の言葉を受けて、フォレノさんが質問を投げかける。その問いに答えたのは、クリストフではなくラウルスさんだった。

「クリストフ君の言う通りであれば、王国と組んで帝国軍にあたることも考えるべきかもしれぬな。……だが、正直に言えば、王国がこの辺境を領有する意義も感じない。
 モンスターが異常発生した時には、さっぱり人を寄越さなかったというのに、此度の事態では軍を出す動きがあるというのも納得がいかん。……リカルド王子には申し訳ないが、それだけは言わせてもらいたい」

「それは、王国と帝国の両方を相手取るつもりだということですか?」

 俺がそう問いかけると、ラウルスさんは苦い表情を浮かべた。

「国二つを相手取ることができるとは思っていないさ。今の意見はあくまで統治上の話だ。軍事的な観点で言えば、どちらかと組まざるを得ないだろう」

「しかし、王国であれ帝国であれ、手を組むとなると、辺境も相応の協力をする必要が出てきます。軍司令官の考えにもよりますが、人や物資の提供は必須でしょうね」

 そう指摘したのはリカルドだ。継承権は低いながらも王子の地位にあり、先の戦争にも参加していた彼の言葉には説得力があった。

「軍隊の食糧を賄うような余剰分など、あるわけがない」

「物資を現地調達するのも、司令官や部隊長の評価のうちですからね。躍起になって食糧を徴発する可能性は非常に高いと思います」

 呻いたフォレノさんに対して、リカルドが軍の内情を軽く説明する。その内容に俺は溜息をついた。場を重苦しい沈黙が満たす。

 そんな中、俺は頭の中で形になりつつある考えを口にした。

「そもそも、辺境が戦場になった時点で負けですよね。人的な損害は言うに及ばず、計画通りであれば収穫できるはずだった作物は畑ごと台無しにされ、みんなが必死で建てた家屋は燃やされ、生活用品も失われる。
 ただでさえ余裕のない辺境です。そうなれば戦争を生き延びたとしても、もう一度そこから復活することはできないでしょう」

 その言葉にみんなの表情が暗くなる。俺が言うまでもなく、そんなことはこの場の全員が分かっているのだ。

 異論がないことを確認して、言葉を続ける。

「となれば、辺境の外で戦ってもらうほかないと思います。……王国軍にせよ帝国軍にせよ、私たちが廃領の情報を掴んでいるとは思っていないはずです。今のうちから準備をしておけば、なんとかなるかもしれません」

 俺の提案に何人かが首を傾げる。俺自身、具体的な青写真があるわけではないのだ。まして、突然そんな話を聞かされたほうは、首を傾げるしかないだろう。

 だが、何もしないよりはマシだ。みんなの意見を聞きながら、俺は考えをまとめていった。
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