挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

77/144

自活

 辺境は広大だ。住民一人当たりの土地面積は、王都のそれとは比べ物にならないほど広い。
 だが、人々は辺境に点在する村々に籠もるようにして生活しているため、その広大さにもかかわらず、辺境での作物の生産量は微々たるものだった。

 その理由は実に単純なもので、モンスターの脅威と隣り合わせの辺境では、何かしらの作物を育てようとしても魔物に畑を荒らされてしまうのだ。
 そのため、辺境で作物を栽培している「農家」の数はそう多くはなく、モンスターの巣窟であるシュルト大森林の近辺はもちろんのこと、通常であれば畑が広がっているはずの平地であっても、あまり有効活用されていないのが実情だったのだ。……そう、今までは。

「うーん……難しいもんだなぁ」

 地面に手をついていた俺は、手に付着した土をはらうと溜息と共に立ち上がった。夕日の眩しさに目を細めながら後ろを振り返ると、そこには残念そうな表情を浮かべた人物が四人立っている。

「残念だねぇ。やはり、そう上手くはいかないか」

 そのうちの一人、リカルドが四人を代表するかのように答える。俺はその言葉に苦笑を返すと、彼の後ろに控えている二人の壮年の男性に声をかけた。

「エルドさん、ノルエルさん、わざわざお出でくださったのに申し訳ありませんでした」

「なに、カナメ君には悪いが、そう上手くいくとは思ってなかったからな。面白い見物だったぜ」

「神子様、気にしないでください。この辺境の地でまた農業ができるのであれば、いくらでも協力しますとも」

 すると、二人が口々にそう返してくる。最初に口を開いたのは、辺境では数少ない農家の一人、エルドさんだ。そしてもう一人は、前の村で農業を営んでいたという移住民のノルエルさんであり、これにクルネを加えた四人が俺の実験を見守っていたのだ。

 その実験の内容とは、地術師アース・メイジ特技スキル土質操作アルターソイル』で土を畑作に向いた豊かな土壌に変化させられないかというものだ。
 だが、俺は農業の専門家でもなんでもないため、土をどんな状態に持っていけばいいのかが分からない。有機物が混ざっていて、通気性がよくて水はけは程々に、くらいが俺の知識の精いっぱいだ。

 そこで、専門家である二人に来てもらったのだが、彼らは俺が変化させた土を見て驚いたものの、声を揃えて「これではいい作物は育たない」と言い切ったのだ。
 失敗の原因がなんなのかは分からないが、結局、俺がやったことは街道沿いの土を変な土質に変えてしまっただけということになる。

 ……上手くいった時のために「クルシス神の奇跡」という体で挑んだ実験だったのだが、なんてしょっぱい奇跡だろうか。クルシス神の顔に泥を塗ってしまったかなぁ、と少し反省する俺だった。

「それに、昨日見せてもらった土中から石を地表へ弾き出す奇跡。あれだけでも本当に助かります」

「たしかに、あれは便利そうだったな。それに、一瞬で広範囲を耕したやつもだな」

 彼らが言っているのは、精霊使い(シャーマン)に自己転職した時のことだろう。あの類の精霊魔術はけっこう簡単なので、十秒の制限時間内でもそこそこの活躍ができるだろうが……。

「まあ、じっくり土を作っていきますよ。任せてください」

 考え込む俺を気遣うように、ノルエルさんが笑顔を浮かべた。

「そうだな。畑の安全さえなんとかできれば、後は俺たちの出番だ。……うちの畑と違って、ここはシュルト大森林にかなり近いからな。むしろ、そっちをしっかりしてくれや」

「色々と考えていますから、任せてください」

 楽しそうに答えたのは、俺ではなくリカルドだ。彼が辺境へやって来てからそろそろ一月が経つが、意外と辺境に馴染んでいるようだった。
 曰く、「ちゃんと意味のある仕事をしているという実感がいいね。それに、地域を豊かにするというのはまつりごとの基本だし、ワクワクするよ」ということらしい。

 お礼を言って農家の二人と別れると、俺はクルネ、リカルドと共にルノール村へ戻るべく歩を進める。

 ここ一月ほど、俺とリカルドは「辺境の自活」をテーマに一次産業へのテコ入れを行っており、こうして一緒に行動することが増えていた。
 なんせ、辺境は閉鎖的な地形のせいで交易が活発ではない。急激に増えた人口を養おうとした場合、そこから手を付ける必要があるのは自明だった。

「……土壌を特技スキルで作り変えることができたら、それだけで食糧事情の展望が開けると思ったんだけどなぁ」

「そんなに気を落とさないでくれ。僕からすれば、固有職ジョブの力を農業に使おうという発想自体が驚きだからね。それを考え付いただけでも立派だと思うよ」

 俺のぼやきを受けて、リカルドがフォローを入れてくれる。そんなに落ち込んでいるように思えるんだろうか。

「けど、クリストフだって似たようなものだろう。なんせ魔獣使い(ビーストマスター)の力を使って運送業を始めるくらいだからな」

「それこそ、君たち二人くらいなものさ。お高くとまった固有職ジョブ持ち様は、庶民の暮らしなんて気にも留めないからね」

 そう言ってリカルドは肩をすくめる。一応、こいつも王子の肩書を持っているはずなんだが……。やっぱり継承順位の低い王子は、王族といえど目線が庶民よりになるんだろうか。

「ところで、あの二人が気にしてたのは、やっぱり治安のほうだな」

「まあ、当然だろうね。彼らはその道のプロだ。邪魔さえ入らなければ、ちゃんと成果を出す自信があるんだろう」

 辺境の土地は決して貧しいわけではない。肥沃な大地とまでは言わないが、痩せすぎて栽培できる作物が限られてしまうような土質は少ない。となれば、農地と働き手さえ確保してしまえば、それなりの収穫を見込むことができた。

 また、辺境では、固有職ジョブ持ちがおらずモンスターの被害を頻繁に受けていた頃の感覚が今も根強く、農地の拡大には消極的な人間が多いのだが、実際のところ、森の外で魔物に遭遇するという事案は減少傾向にある。となれば、農地の拡大はそう分の悪い話ではないはずだった。

「やっぱり、まずは土壁からかな。木の柵はもろいし、そもそも木材は家屋の建設ラッシュが一息つくまでは使いにくいよなぁ。ただ、あまりいかついのを作ると、風通しも悪いし出入りも不便か。格子状にするか……? でも耐久性が下がるよなぁ……」

「ただ、いくら巡回を増やしても限界はあるからね。防壁は重要だと思うよ」

「となると、ミルティの出番か……なんせ広大だし、アデリーナにも手伝ってもらいたいところだな。けど、すべての農地を一つ一つ囲うのは非効率だよなぁ。農場エリアを密集させて、まとめて囲うか? 森の外ではモンスターの出現率は下がっているんだし、意外と今のままでもいけそうな気はするんだが……農家の人たちの精神安定を図る意味でやっぱり必要かなぁ」

「そうだね、尻込みして誰も農業をやりたがらないでは困るからね。元々、移住民には農業を営んでいた人間が多いようだから、環境さえ整えば人は集まると思うよ。農具を持ち込んでいる人も少なくないし」

「たしかに、この前説明会を開いた時には、けっこうな人数が乗り気に見えたな。そうなれば失業問題の対策にもなるし、非常にありがたいんだが」

 リカルドと話しながら、俺は考えをまとめていく。モンスターの被害が減っていることを考えると、土壁の高さや厚さは程々で様子を見てもいいかもしれない。
 それをものともしない大型モンスターが森から彷徨い出ることもあるが、それはよっぽどのレアケースだ。それを基準にして考えていては効率性が著しく下がってしまう。

 ただ、そこを飲み込んでもらうためには、モンスター被害に対する補償を考えたほうがいいのだろうか。もしくは損害保険のようなものを……って、これは神殿が関与するべきことじゃないか。

「季節的なものもあるし、急ぎたいな……」

「そうだね、今は巧遅より拙速を貴ぶべきかな」

 当然のことだが、未開拓の土地を畑にして、そして収穫物を得るまでには相当の時間がかかる。それを考えると、その下準備は無理をしてでも早く片付けてしまうべきだろう。

「リカルド、農業希望者に優先的に土地を貸し出すという話だが……」

 ルノール村へ到着するまでに、話し合っておくべきことはいくつでもあった。



―――――――――――――――――――



「お兄ちゃん! コルネリオ君が帰って来たわ!」

 バン、と勢いよく開かれた玄関の扉から、妹の元気な声が聞こえてくる。

クリストフは書き物をしていた手を止めると、体重を預けていた椅子から立ち上がった。

「そうか、無事帰って来たんだね。よかったよ」

 彼はそう言うと、アニスに笑顔を見せた。実のところを言えば、コルネリオ――正確には彼が乗っていた巨大怪鳥ロック――が帰って来たことは分かっていた。
 直接支配しているわけではないが、巨大怪鳥ロックは長年にわたって縁を結んできた相手だ。魔獣使い(ビーストマスター)がその接近に気付かないはずはない。

 そんなクリストフにアニスが口を開きかけたが、それよりも早く声を発したのは彼女の後ろに続く人影だった。

「――クリストフはん、そんなに俺のことを心配してくれてたんか。おおきにな!」

 彼は独特の口調で礼を述べると、にかっと笑顔を浮かべる。

「なんせ、シュルト大森林を横断して食料の買い付けに行ってもらったんだからね。いくら安全なルートを検討したとは言え、心配くらいするよ」

 そう、彼らはコルネリオにマデール商会の巨大怪鳥ロックを預けて、森向こうにある交易都市まで買い付けに行ってもらっていたのだ。
 それは、商人同士の丁々発止のやり取りが苦手なクリストフたちにとって非常にありがたい話であり、マデール商会と彼のコルネ商会の合同事業という扱いになっていた。

 ちなみに、商会名にはファミリーネームを使うのが一般的であり、クリストフたちもその例にもれないのだが、珍しいことにコルネリオは自分の名前を使用している。
 それを不思議に思って理由を訊いてみたところ、「俺がミルトン商会の看板を掲げたらごっつう面倒くさいことになるんや」というよく分からない答えが返ってきたのだが、彼があのミルトン家の四男坊だと知った今なら、それも納得できた。

 そして、彼が交易のために赴いた自治都市セイヴェルンこそ、そのミルトン商会の本拠地だ。そんな事情もあって、クリストフたちは彼に全権を託したのだ。

「そしたら、まずは実物を見てくれるか?」

「もちろんだよ」

 コルネリオに続いて、クリストフとアニスは庭へと出た。彼らを迎えるのは、一般家屋のそれとは比べ物にならない広さを誇る空間だ。それもそのはず、多数の魔物を擁するマデール商会は広大な敷地を確保しているのだ。

 その敷地の片隅で翼を休めている巨大怪鳥ロックを見つけて、クリストフは思わず笑顔を浮かべた。重い荷をぶら下げて長距離を飛んでくれたのだ。何か特別な褒美を考えるべきだろうか、などと考えながらそちらへ歩を進める。

 やがて、巨大怪鳥ロックと、彼らが運んできた食糧の山が目に入ってきた。その詳細を捉えて、クリストフは少し戸惑った。

「コルネリオ君、渡したお金でこんなに買い込むことができたのかい?」

 すると、その言葉を聞いてコルネリオがにんまりと笑顔を浮かべる。まるで悪戯が成功したかのような顔だ。

「渡された金で買い込んだのは、ここからあっちまでやな」

 彼がそう言って示したのは、食糧の山の三分の二ほどだ。それでも予想を上回っていたため、クリストフは目を丸くする。

「本当に……?」

 アニスも信じられなかったのだろう。彼女は近くの粉袋をぽんと叩く。

「本当はもっとようさん買い込めると思うたんやけどな。なんや食料品の値段が全体的に高止まりしとったんや。最初は吹っ掛けられたんか思うたけど、セイヴェルン全体がそないな感じやったからな」

 どこか悔しそうにコルネリオが口を開く。だが、クリストフからすれば、あの金額で、しかも食料品が高騰している状態でこんなに購入できたこと自体が驚きだった。それと同時に、やはり自分は商人には向いていないのだな、と再確認する。

「それで、残りはなんだい?」

「こっちは、銀毛狼シルバーウルフとか虹甲虫を売った金で買い足した分や。予想通りかなりの高値で売れたで」

 そう言えば、彼はカナメたちクルシス神殿の食料の供給を引き受けているのだったか。たしか四、五人しか神官はいなかったはずだから、これだけあればだいぶもつだろう。

 そんなことを考えながら物資の山を見て回ったクリストフは、食糧品以外のものが積まれていることに気が付いた。

「これは……綿花の種かい?」

「ああ、カナメに頼まれてた分やな。今一番ヤバいんは食いもんやけど、そのうち衣類もヤバなるかもしれんからな」

「なるほど、そうだね」

 その言葉にクリストフは頷く。食糧品と違って、衣類は何度も使用することができる。移住民は衣類もそれなりの数を持ち込んでいるため、今すぐに衣料品が不足することはないだろう。

 だが、それはあくまで短期的な話だ。長期的に考えれば、衣料品が不足することは明らかだった。

「ああ、そう言えば……」

 クリストフは数日前にあったカナメとの会話を思い出す。彼は村で畜産業を始める計画を立てているようで、協力を打診されていたのだ。そして、対象となる動物の中には毛を取ることのできる家畜が含まれていたはずだ。
 彼は気が回るな、とクリストフは密かに感心する。

 クリストフは自信家ではないが、自分の魔獣使い(ビーストマスター)としての能力がそれなりの影響力を持つであろうことを確信している。
 そして、それは転職ジョブチェンジの神子であるカナメも同様だ。その彼が、真剣にこの辺境の未来を考えているという事実はとてもありがたい話だった。

 固有職ジョブ持ちのクリストフはともかく、共に移住してきた村の人々にはもう一度違う土地へ移住する余力はない。この辺境と一蓮托生になる以上、クリストフはこの地の発展に力を尽くすつもりでいた。

「……そう言えば、また村単位で移住希望があったんやて?」

 話題を変えてきたコルネリオに、クリストフは穏やかに頷いた。

「今度の村は百人くらいだと聞いたわ。ゼニエル山脈のすぐ近くにある村らしいから、その気になればすぐに来れると思う」

 次いで、アニスがその詳細を説明する。

「移住してきた僕らが言うのもなんだけど、さすがは辺境、大人気だね」

 クリストフがそう口にすると、コルネリオはちっちっ、と立てた指を振って見せた。

「何言うてるんや、今やクリストフはんも立派な希望理由になっとるんやで。あの魔獣使い(ビーストマスター)が辺境に本拠地を移したいうことで、最後のひと押しをされた連中は多いはずや」

「それはまあ、お兄ちゃんだもんね」

 その言葉を聞いて、アニスがふふん、と嬉しそうに鼻を鳴らす。

「あまり過度な期待はしないでほしいものだけど……けれど、この辺境には本当に固有職ジョブ持ちが多いからね。下手な小国並みの防衛戦力はあるはずだし」

 それは、先の村で苦汁を舐めたクリストフが辺境を第二の故郷と定めた理由でもある。自分自身がその理由になるとは思っていなかったが、言われてみればそれも当然の話だった。

「それに、村をぐるっと防壁で囲む計画も立てとるらしいしな。いっそう要塞っぽくなるかもな」

「たしかに壁があれば安心するだろうけど、この調子で居住地が広がっていくと、なかなか囲む範囲を決定できないだろうね。」

「たしかに、建材はようさんあるらしいし、時間さえあればどんどん家は増えていきよるやろうな。それに、壁があるのは精神的に息が詰まるいう意見もあるしな。
 カナメは、とりあえずシュルト大森林と村の間にだけ、実験的に壁を作ってみるつもりらしいわ」

「みたいだね。うちの魔獣を壁の切れ目に配置できないかと訊かれたよ」

 そう打診されたのは数日前の話だ。クリストフの答えを聞いて、コルネリオはなぜか苦笑を浮かべた。

「……ほんま、あいつは精力的に活動しとるな。会うた頃から人見知りを自称しとるけど、いよいよ説得力がないなってきたで」

「人見知り? 彼が?」

 意外な言葉を聞いて、クリストフは目を丸くした。同い年ということも手伝ってか、それなりに気安い言葉で語らうようになったクリストフとカナメだが、彼からそんな気配を感じたことは微塵もない。

「仕事モードの時は精神力を総動員してるらしいわ。……たしかに神学校の頃はそんな部分もあったけど、今はそうは見えへんな。よくも悪くも公私の別がのうなってきたんやろ」

「……神学校? 神学校に通ってたの?」

 そこで声を上げたのはアニスだ。彼女はどこか胡乱げな顔でコルネリオを見つめている。

「そりゃそうやろ。いくらカナメが転職ジョブチェンジの神子やいうても、神学校卒の箔の一つもないとあの年齢で神殿長代理はないやろ」

「そうじゃなくて、コルネリオ君も神学校生だったの?」

 妹の言葉を聞いて、クリストフは思わず噴き出した。相手によっては失礼極まりない台詞だが、コルネリオの性格なら問題はないだろう。

 そんなクリストフの予想を裏付けるように、コルネリオは朗らかに笑う。

「見えへんやろ? 俺かて信じられへんわ」

「なんというか、君もカナメ君も……」

「神官らしくない……」

 兄妹は仲良く声を上げた。なんせ、二人とも神官というにはあまりにも現実的すぎる。身近に神官がいた例がないのでよく分からないが、神官とはもう少し超越的なところがあるものではないだろうか。

 それでも、カナメには転職ジョブチェンジ能力という特殊性があるが、コルネリオに至っては普通に商会を興してしまっている。クリストフの中で、神学校のイメージがガラガラと音を立てて崩れていった。

「けどまあ、綺麗ごとばっかり並べるやつよりはマシやろ? 説法じゃ腹は膨れへん。神さんへの信仰が心の支えなら、食いもんは身体の支えや。それを軽視するようなやつは、この辺境で生きていくのには向かんと思うで」

 結局、両輪としてどちらも必要なのだ。もちろん、心の支えは人によって様々だろうが、コルネリオが言いたいことはよく分かった。

「うん、カナメ君には何かと助けられているからね。その割に改宗を迫ってくることもないし、本当にありがたいよ」

 むしろ、宗教施設の長として大丈夫なのかという気がするが、信仰の問題はデリケートなものだ。今のスタンスのほうが移住民として好ましいのは明らかだった。

 そんなことを考えていると、突然コルネリオが首を傾げた。その視線はクリストフではなく、アニスのほうへと注がれている。

「アニスちゃん、どないしたんや? なんか機嫌悪そうやけど、なんかまずいこと言うたか?」

「えっ!?」

 その言葉にアニスがあたふたするのを見て、クリストフは首を捻った。なにか彼女の機嫌を損ねるような話題があっただろうか、と今までの会話を振り返る。

「えっと、その……」

 どこか言いにくそうにアニスは口ごもる。だが、黙って待ち続けるコルネリオのプレッシャーに負けたのか、アニスは彼女らしからぬ小声でぼそっと呟いた。

「……カナメ君、なんだかお兄ちゃんより頼りにされてるみたいだから……」

 決まり悪そうな表情で告げられた言葉を聞いて、コルネリオは一瞬沈黙した後、大きな笑い声を上げた。

「なるほどな! 前の村ではクリストフはんが唯一の固有職ジョブ持ち、それも魔獣使い(ビーストマスター)やったわけやし、そら頼りにされとったやろうな」

 そう言いながらも、コルネリオの笑いは止まらないようだった。

「今まで兄貴が収まっていた重要人物の場所に、別の人間がおるのが許せへんのやろ? ……クリストフはん、愛されとるなぁ。俺もアニスちゃんみたいな妹が欲しかったわ」

「う、うるさい!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る妹の姿を見て、クリストフは苦笑いを浮かべた。十ほど年齢が離れている上に、両親は他界して久しい。そんな環境だったせいか、アニスは兄を特別視する傾向が強かった。

 いつもなら暴走しがちなアニスを止めるのだが、コルネリオが彼女をからかって楽しんでいるのは明らかだ。その必要はないだろう。

 そう判断すると、クリストフは二人のやり取りをなんとも言えない表情で眺めていた。



―――――――――――――――――



 それは神殿での業務を終えて帰ろうとしていた時のことだった。念話機が受信状態になっていることに気が付いた俺は、傍にいたクルネに声をかけた。

「……クルネ、しばらく神殿長室に誰も入れないよう、外で見張っていてくれないか」

「え? ……うん、分かったわ」

 不思議そうな表情を浮かべながらも、彼女は依頼を果たすべく神殿長室の外へと出て行く。それを確認すると、俺は執務机の足下から念話機を取り出した。

 次の定時連絡は四日後のはずだが、このタイミングで連絡が来たということは、ミレニア司祭が地竜アースドラゴンの素材をやり取りする算段でもつけたんだろうか。そんな呑気なことを考えながら念話機を起動させる。

『カナメ司祭、久しいな』

 すると、威厳のある声が脳に直接響いてくる。相手が予想外の人物であることに、俺は素っ頓狂な声を上げた。

『プロメト神殿長!? どうなさったのですか?』

『緊急事態だ。事情『……まさか、こんなことになるとはな……』をよく知る私が直接『意図が掴みきれん』連絡したほうがいいだろうと思ってな』

『もちろん異論はありませんが……』

 プロメト神殿長の念話から漏れ聞こえる心の声は、俺の不安感を煽ってやまなかった。いつも冷静な神殿長なだけに、事態の大きさが分かろうというものだ。

 そして、神殿長から伝えられた情報は、その予想に違わぬ……いや、予想以上に衝撃的な内容だった。

『……先程、クローディア王国が辺境を廃領とする旨の宣言を出した』

『廃領……ですか?』

 廃領。聞き慣れない言葉だが、念話のおかげでなんとなくニュアンスは理解できた。おそらく、それが意味するところは領土の廃止――。

『……え?』

 導き出した結論の突拍子のなさに、俺は思わず首を傾げる。だが、プロメト神殿長から告げられた言葉はさらに突拍子もないものだった。



『――おそらく、辺境は戦場になる』
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ