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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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処遇

「やっぱり目立つな……」

 アリエト村からルノール村へと帰る道すがら。すれ違う人たちの視線を浴びて、俺はぼそっと呟いた。

鷲獅子グリフォンが街道を歩いているんだもの。さすがに目立つわよ。しかも、その背中に乗ってるのは『辺境の守護者』じゃなくて私たちだし」

 その呟きに対して、すぐ後ろにいるミルティが口を開いた。

「……まさか、俺が鷲獅子グリフォンに乗る日が来るとはなぁ」

 そう、俺とミルティはラウルスさんの相棒の鷲獅子グリフォンに騎乗しているのだった。なんせ、俺たち二人は身体能力に対する固有職ジョブ補正がほとんどない。そのため、俺たちを鷲獅子グリフォンに乗せることで、行軍速度を上げることになったのだった。

 ミルティに身体能力強化フィジカルブーストをかけてもらうことも考えたのだが、戦いの後、軽く一休みして回復した彼女の魔力は、負傷していた鷲獅子グリフォンの治癒に充てられて再び空っぽになっていた。

「けれど、行き交う人たちの視線の半分くらいは、『辺境の守護者』に向けられているものだと思うわ」

 そんな言葉と共に、後ろに座っているミルティが身体を動かした。おそらく後ろを振り返っているのだろう。その視線の先には、ラウルスさんを襲った四人の固有職ジョブ持ちを乗せた大きめのリヤカーと、それを一人で引いているラウルスさんの姿があるはずだった。

 最初は、アリエト村で彼らを運ぶための馬車を調達しようとしたのだが、さすがに馬を貸してくれるような余裕はなかったようで、結局ラウルスさんが上級職の身体能力にものを言わせて、縛り上げた四人をリヤカーで運ぶことになったのだ。

 あまりにも脳筋な解決方法だが、実際に効果的なのだから仕方がない。鷲獅子グリフォンに馬車を引かせるわけにはいかないし、そうなるとラウルスさんが俺とミルティを両肩に担いで歩くという、非常に犯罪チックな絵面になってしまうからな。

 その結果、縛り上げた男四人が乗せられたリヤカーを引いて、あり得ない速度で突き進む『辺境の守護者』という、なかなかいかつい光景が展開されているのだが……気にしているとキリがなさそうだ。

 そんなことを考えていると、再びミルティが口を開く。

「ところでカナメさん? 一つ確認しておきたいのだけれど……」

「なんだ?」

「『辺境の守護者』が捕えられていたことは、秘密にしておくのよね?」

「ああ、そのほうがいいだろう?」

 鷲獅子グリフォンの背に揺られながら、俺は彼女の言葉に同意した。『辺境の守護者』が辺境の精神的支柱となっている現状を考えれば、今回のことは伏せておいたほうがいいだろう。

 そのため、ラウルスさんがここ数日行方不明だったことについては、あの四人の固有職ジョブ持ちが鷲獅子グリフォンに手傷を負わせてしまったため、戦いには勝利したものの森の中で立ち往生してしまい、脱出に時間がかかった、というシナリオで口裏を合わせることにしていた。

 そして、村長の補佐を務めている彼女こそ、この隠蔽工作の重要性を一番理解していると思ったのだが……。

 俺が不思議に思っていると、彼女は考え込むような音色で疑問を投げかけた。

「彼らの罪状って、どうなるのかしら?」

「……え?」

 そう訊き返してから、俺は彼女が言いたいことに気が付いた。本来、彼らが犯した罪はラウルスさんに危害を加え監禁していたこと。しかも、ラウルスさんから聞いた話では、彼をどこかに売り飛ばすようなことまで企んでいたらしい。
 そのため、罪状なんていくらでも存在すると思っていたのだが……。

「結果的に残るのは、鷲獅子グリフォンに対する傷害と、俺たちに対する加害行為くらいか」

鷲獅子グリフォンはあくまでモンスター扱いされているから、罪状としては難しいわね。キャロちゃんみたいに、正式な聖獣認定を受けていれば別だけど……」

「そして、俺たちに対する加害行為は……」

「ええ、それを証立てる第三者がいないわね。それに、私たちも応戦しているから、ただの私闘ということになるかもしれないし……」

 俺の言葉を引き継ぐとミルティは溜息をついた。ただでさえ、王国法は固有職ジョブ持ちに甘く作られているのだ。これで証拠不十分となると、下手をすれば即時解放もあり得るかもしれない。

「ただ、『辺境の守護者』とその乗騎を襲ったとなれば、辺境の人たちはみんな厳罰を求めると思うわ。……そうね。いっそのこと、こっそり辺境で処分するという手も……」

 ふとミルティが不穏なことを呟く。……村長の補佐がそれを口にすると、シャレですまない怖さがあるな。まあ、それでもいいような気はするけどさ。

「とりあえず、お父さんに相談してみるわ。ただ、村長と言っても法律や政治的なことにそう詳しいわけじゃないから、いい案が出るかどうかは分からないけれどね」

「そうなのか? ここまでルノール村を大きくしたのはフォレノさんだろう? てっきりそっち方面に強いんだと思ってたんだが」

「移民が増えたのは固有職ジョブ持ちがいたからで、お父さん自身はその受け入れ態勢を必死で構築しただけだって、そう言っていたわ」

「それでも充分責務を果たしてると思うんだが……」

「もう疲れたって、最近は引退したがってるわよ。ほら、カナメさんたちがルノール村へ移ることが決まってからは、ルノール村が辺境の首都のように扱われ始めているでしょう?
 村だけでも新しいトラブルが頻発して対応に時間を取られているのに、さらに辺境全体のことを考えなければならない立場になってしまって、だいぶ参ってるみたい」

「そうだったのか……」

 父親を心配する心情が伝わってきて、俺は思わずフォレノさんの顔を思い浮かべた。たしかに、昔の記憶よりやつれているように思えなくもない。

「……あ、そうだ」

 そこで、俺はふとあることを思いついた。そんな俺の様子にミルティが首を傾げる。

「ミルティの意見を聞きたいんだが……」

「あら、何のお話かしら?」

 そんなやり取りをしながら、俺たちはルノール村へ帰還したのだった。






「なるほど、そんなことになっていたとは……」

 ルノール村へと戻った俺たちは、その足でフォレノ村長の家へ向かい、一連の事情を説明していた。事の真相を知った彼は、まるで呻くようにぼやいた。

「私が至らぬばかりに申し訳ない」

 ラウルスさんがそう謝罪するが、フォレノさんは黙って首を横に振る。

「何をおっしゃいます、『辺境の守護者』殿を責めるつもりはありません。……まったく許しがたいやつらですな……!」

 捕まえた固有職ジョブ持ちに対して怒りを露わにしたまま、フォレノさんは村の集会場のほうを睨みつける。そこには、縛られたままの固有職ジョブ持ち四人が転がっているはずだった。

「できることなら、縛り上げたままシュルト大森林の奥へ置き去りにしてやりたいくらいですな」

 その語気は荒い。まとめ役の立場にあるとはいえ、フォレノさんは生粋の辺境民だ。森の脅威を置き去りにして……いや、それどころかその脅威を深刻化させるような行いは、決して許せるものではないのだろう。

「けど、彼らの罪状でそこまでできるかしら?」

「……そこなんだよ、ミルティ」

 娘の指摘を受けて、フォレノさんは少し声のトーンを落とした。その仕草から、彼がミルティと同じ懸念を抱いているのは明らかだった。

「ルノール村の村長として、ワシはこの村で起きる様々な争いについて裁判権を持っている。だが、それはあくまで王国法に基づいた判断を行っているに過ぎない」

「そして、その法律に従えば、彼らは軽易な罰で済んでしまうと?」

「……そういうことだ」

 俺の問いかけに対して、フォレノさんは悔しそうな声を上げた。

固有職ジョブを宿す者は強大な力を所持していることから、当人の小さな過失が大きな被害を招くことは必然であり、彼らが不利な立場にあることは明白である。よって、彼らが人や物に損害をもたらした場合には、その罪は一般人のそれと比べて減免されてしかるべきである。』

 ……だったっけな。これが、王国法に記されている実に残念な記述の一部だ。一般人からすれば不条理の塊だが、悪法も法のうちだ。こっちが重い量刑を科して、後で奴らが国に泣きつくようなことがあれば、不利になるのはこちらだった。

「まあ、なんにせよ、奴らに手厚いもてなしをする必要はない。……『辺境の守護者』殿、彼らをごうも……詰問して、愚行に及んだ理由を問い詰めますかな?」

 そう尋ねられたラウルスさんは、少し悩んだ後で頷いた。

「私を狙った理由をはじめ、彼らに聞きたいことは多々ありますからな。……それでは、少し彼らをお借りします」

「ラウルスさん、俺たちも立ち会っていいですか?」

 俺がそう訊くと、彼はこちらに笑顔を向けた。

「むしろ、私から頼みたいところだよ。舌戦は苦手でね」

「……それでは、私も立ち会いましょうかな。村長として彼らの目的は非常に気になるところです」

 そうして、俺たちは全員で、彼らが捕えられている集会場へと向かった。






「てめえら、いつまで俺たちをふん縛っているつもりだ! さっさと解放しろ!」

 俺たちが集会場の扉を開けると、そこには縛って転がされている四人の男たちの姿があった。俺たちを見るなりそう怒鳴ったのは盗賊シーフの男だっただろうか。

 彼らは、俺たちとの……というかラウルスさんとの戦闘でけっこうな重傷を負っており、中には顔が原型を留めていない者もいる。
 しかし、当然ながら治癒魔法を使うつもりはないので、彼らは半死半生の状態なのだが……その割にはなかなか威勢がいいようだった。

「……それを私に向かって言うのかな?」

 ラウルスさんの声を聞いて、盗賊シーフがびくりと身を震わせる。あれだけ圧倒的な戦闘能力を見せつけられたんだし、そうなるのも無理はなかった。
 まして、彼らは数日間にわたってラウルスさんを同じような状態で監禁していたのだ。ラウルスさんの報復が怖くないはずがない。

「私がここに来たのは、お前たちを解放するためではない。いくつか確認をしたいだけだ」

「……」

 ラウルスさんの台詞に、居並ぶ四人が揃って口を閉ざす。それを気にした様子もなく彼は言葉を続けた。

「まず、お前たちはなぜ私を狙った? あの小屋でのお前たちの会話からすると、私を誰かに売り飛ばすつもりであったようだが」

「し、知らねえよ」

 怯んだ様子でそう答えたのは、リーダー格の戦士ウォリアーだった。森の戦いでは非常に強気な態度だっただけに、その落差が激しく感じられる。
 だが、それでも知らぬ存ぜぬを貫くつもりではあるらしい。そこで、俺は少し余計な口を挟むことにした。

「あ、そうそう。誰とは言いませんが、こちらには治癒師ヒーラーがいるんですよねぇ」

 その言葉を聞いて、四人の顔色が悪くなった。苦痛を与えるだけ与えておいて、弱ったら治癒魔法を使う。見事な無限拷問だ。実に生産性のない話だが、拷問としては非常に効果的だろう。そんな俺の考えは、ちゃんと彼らに伝わったようだった。

 俺の言葉に合わせて、ラウルスさんが存在感を強めて一歩踏み出した。その圧力に彼らの顔が引き攣る。

「もれ聞いた話では、『お偉いさん』とやらに売り飛ばすつもりだったようだが……それは誰だ?」

 なおもだんまりを決め込む四人だったが、ラウルスさんがその太い腕を伸ばすと、その正面にいた戦士ウォリアーが悔しそうにぼそっと口を開く。

「……メルハイム帝国だ。詳しくは聞いてねえが、そこのお偉いさんにくれてやるつもりだった」

 その言葉を聞いて、俺たちは騒然となった。

「可能性は考えていたけれど……なぜ?」

「最近、固有職ジョブ持ちを増やしているとは聞いていたが……」

「もう……ほんと、帝国って嫌なイメージしかないわね」

 みんなが口々に話すのを聞きながら、俺は帝国がラウルスさんを狙う理由を考えていた。誰かが言ったように、『辺境の守護者』を自国の戦力で迎えたかったのだろうか?
 だが、最初から強硬手段に及ぶ意味が分からない。まずは平和な形で打診してみてもいいはずだ。恨みを持ったまま召し抱えても、内部に不安要素を取り込むだけだと思うのだが……。

「半年前に私を狙ったのもお前たちだな?」

「……ああ、そうだ。てめえの隙を窺っていたら、丁度いい具合にモンスター戦がおっ始まったからな。……ちっ、あの時辺境へ来ていたのが俺じゃなくてモルトのほうだったら、あの場でカタはついてたはずだ」

 意外とよく喋ってくれたのは盗賊シーフの男だった。彼は仲間の弓使い(アーチャー)へと視線を向けると、悔しそうな表情を浮かべる。
 ……ということは、以前にラウルスさんを矢で射たのはこの盗賊シーフなのだろう。

 いくら固有職ジョブ持ちとは言え、盗賊シーフが弓を扱っても弓使い(アーチャー)の攻撃力にはまったく届かない。あの時のラウルスさんがかすり傷だったのは、そういう理由があったのだ。

「なるほど……それで、同じ状態を再現するためにあの笛を調達してきたというわけですか。それも、ご丁寧に弓使い(アーチャー)まで揃えて」

 俺がそう言うと、盗賊シーフはギロリと俺を睨んでそっぽを向いてしまった。だが、聞きたいことは他にもある。

「あの笛はモンスターを呼び寄せる魔道具よね? 魔物を操ることはできないようだけれど、それでも現代の技術では再現できない貴重な古代の魔道具よ。いったいどこで手に入れたのかしら?」

「……」

 次いで問いかけたミルティに対しても、盗賊シーフは鼻で笑ってみせただけだった。だが、ラウルスさんが近づくとその表情が変わる。

「……魔道具の発掘や研究が一番進んでいる国がどこか、言わなくても分かるだろう」

 俺やミルティに対しては態度の悪い盗賊シーフだったが、ラウルスさんには無条件降伏のようだった。クルネの話ではけっこう腕が立つということで、プライドも高そうだし、もっと聞き出すのに苦労すると思ったんだがな。そういう意味ではちょっと意外だった。

「『辺境の守護者』を手に入れるために、わざわざそんな貴重品を貸し出してくれたの?」

「うるせえ女だな。あいつらの考えることなんざ知るかよ」

 盗賊シーフは鬱陶しそうな声で質問に答える。悪態をつきながらも質問に答えているのは、後ろでラウルスさんが睨みを利かせているからだろう。

 そんなラウルスさんの威光を笠に着て、俺も質問を投げかける。

「ところで、皆さんはどういったご職業の方なのですか? まさか、人攫いを生業にしている固有職ジョブ持ち集団ではありませんよね?」

「あぁ!? てめえ、喧嘩売ってんのか!」

「これは失礼しました。それ以外に皆さんのご活躍を存じ上げないものですから、つい」

 俺が慇懃に謝ると、その態度がさらに怒りを呼んだらしく、盗賊シーフの顔がどんどん赤くなっていく。近くにいた戦士ウォリアーが宥めようとしたが、盗賊シーフにはまったく聞こえていないようだった。

「ふざけんな! そんな山賊みてえな奴らと一緒にするんじゃねえ!」

「……はぁ。ですが、『辺境の守護者』を攫うという、明らかに違法な仕事を受けたのですよね? どこが違うんです?」

「汚れ仕事だろうが必要ならやってみせるだけだ! てめえみたいな世間知らずのガキに――」

「ゼルディン! いい加減にしろ!」

 と、激昂した盗賊シーフを怒鳴りつけたのは、俺でもなければラウルスさんでもない。その声は、先程から盗賊シーフを諌めようとしていた戦士ウォリアーのものだった。

「……見苦しいところを見せちまったな。忘れてくれ」

 盗賊シーフが落ち着いたのを確認すると、戦士ウォリアーは殊勝な態度で謝罪を口にした。……なんだ、意外に冷静なんだな。そう言えばこの戦士ウォリアーは、森で対峙していた時もそこそこ冷静に場を把握しようとしていた気がする。

「……ん?」

――だが。戦士ウォリアーを見ているうち、俺の中で違和感がどんどん大きくなっていく。彼との会話、そして盗賊シーフの言葉。言の葉がぐるぐると頭の中を回り始める。

 それが顔に出ていたのだろうか、隣にいたミルティが不思議そうに俺を覗き込んでいた。彼女に軽く頷いてみせると、俺は口を開いた。

「……貴方がたは『辺境の守護者』を捕えて、メルハイム帝国の権力者に引き渡すつもりだった。そうですよね?」

「そうだ」

 俺の確認に対して、戦士ウォリアーは素直に頷いた。その協力的な態度が、さらに疑念をかき立てる。

「つまり、帝国の権力者から依頼を受けたということですか?」

「ああ」

「それは誰ですか?」

「……相手は知らねえ。成功したら連絡をつけることになっていた。」

 そう言い切る戦士ウォリアーに対して、俺は露骨な疑惑の視線を向けた。

「……固有職ジョブ持ち四人のパーティーで、しかも腕が立つ。さらに対人戦闘にも慣れていらっしゃるご様子。
 それほどのパーティーが、依頼主も分からないままに、人攫いなどという違法な依頼を受けるとは思えません」

「……言っている意味が分からんな。それに見合う報酬が約束されていれば問題ないだろう」

 戦士ウォリアーは淡々とした口調でそう返した。だが、その目に警戒の色が浮かんだのは見間違いではないはずだ。

 彼の反応に後押しされて、俺はさらなる疑問を口にした。

「皆さんが、『辺境の守護者』を帝国に引き渡そうとしていたことは分かりました。そこで、もう一点お伺いしたいのですが……」

 俺はそこで言葉を切ると、捕われている四人全員を視界に入れた。そして、彼らを注意深く観察しながら口を開く。

貴方がたの(・・・・・)主は誰ですか(・・・・・・)?」

 俺がそう言い放つと、四人の表情が強張った。さすがはリーダー格と言うべきか、戦士ウォリアーの反応は微々たるものだったが、他の三人は明らかにおかしな反応を見せていた。

「カナメ殿? それは……?」

 俺の言葉が予想外だったのか、ラウルスさんが驚いたような声を上げた。俺だって確信があったわけじゃないし、外れなら外れでいいやと思っていたくらいだ。ラウルスさんの反応は無理もなかった。

 だが、彼らの反応は、俺の問いかけにそれなりの意味があったということを示した。

「……いくらラウルスさんが恐ろしいとはいえ、腕の立つ固有職ジョブ持ちにしてはあっさり口を割ったと思ったんですよ。その従順な態度がどうにも引っ掛かっていたんですが、核心をごまかすための演技だというのなら納得できます」

 そう説明すると、ラウルスさんにも何か心当たりがあるようだった。

「……そう言えば、小屋で捕えられていた時に、気になることを言っていたな。……そうだ、たしか『友誼の品としてお偉いさんに差し出すと仰っていた』だ」

「……っ!」

 ラウルスさんの言葉を聞いて、四人の顔に動揺が走った。そんな彼らを追撃するべく、俺は口を開く。

「……ということは、『辺境の守護者』を帝国の重鎮に差し出すと、そう仰った誰かがいらっしゃるわけですよね? ……誰なのか、気になりますね」

「ああ、非常に気になるな。ぜひとも教えてもらいたいものだ」

 ラウルスさんは彼らへ向かって踏み出した。その挙動にびくっと身を震わせる四人だったが、その様子は先程までとはだいぶ異なっていた。なぜなら、ラウルスさんを睨みつける彼らから、抗う意思が見て取れたのだ。

 これは、さっきまでのように簡単に喋ってはくれないだろうな。ミルティあたりが便利な自白薬を持っていたりしないだろうか。そう考えた矢先だった。

「フォレノ村長! 大変です!」

 そんな声が、集会場の外から聞こえてきたのだった。






「ルノール村のフォレノ村長ですな? お初お目にかかる。私はクローディア王国地方監察官を務めるジルベール・ウィルガングと申します」

「村長のフォレノ・フォアハルトと申します。このような辺境に、いったいどんなご用でしょうか?」

 四人への尋問を中断し、集会場の外へ出た俺たちを待っていたのは、地方監察官だと名乗る初老の男性だった。
 俺の記憶が正しければ、王国の領地を渡り歩いて、ちゃんと統治が行われているかどうか、反乱の可能性はないか、などを確認して回るのが地方監察官という役職だ。

 ただ、辺境は遠くて危険な上に、視察中の彼らをもてなしてくれるような人間もいない。そのため、最後に監察官が辺境を訪れたのは、もう二十年近く前のことだと聞く。

 そんな人間が現れたのだ。村の人が慌てて村長を呼びに来たのも当然のことだろう。

 そんなことを考えながら、フォレノさんとジルベール王国地方監察官のやり取りを眺めていると、誰かが俺の服の袖を後ろに引っ張った。それに反応して後ろを振り向くと、そこには驚きの表情を浮かべたクルネが立っていた。

「クルネ、どうした?」

「それが……」

 そう尋ねると、彼女は俺の耳元に顔を寄せた。

「……あのお爺さんよ。あの人の来た道を辿ってみたら、ラウルスさんが捕まっていた小屋が見つかったの」

「なんだって……!?」

 彼女の言葉を聞いた俺は、思わず大きめの声で聞き返してしまった。それはつまり、あの四人は王国と繋がっている……? だが、帝国にラウルスさんを連れて行くつもりだったのは間違いないはずだ。それとも、小屋での会話すらブラフだったのだろうか。

「なんですと!?」

 様々な可能性を思い浮かべていた俺は、フォレノ村長の怒気を孕んだ声で我に返った。

「……ですから、彼らの身柄は私が預かると申し上げているのです。固有職ジョブ持ちは王国の宝だ。王都で適正な判決を下す必要がありましょう」

「ですが、奴らはメルハイム帝国の手の者であることを白状したのですぞ!?」

「ほう、帝国ですか。……なれば尚のこと、こちらで身柄をお預かりするべきでしょうな。メルハイム帝国の人間を一方的に裁いたとなれば、これは国際問題になりかねません。
 先の戦争で帝国に手痛い損害を与えられた我が国としては、そのような危険をみすみす放置しておくわけにはいきません」

 ジルベール監察官は、柔和な表情を浮かべて正論を並べ立てていく。向かいのフォレノ村長は今にも爆発しそうな顔をしているが、監察官に動じた様子はなかった。どうやら、だいぶ手強い相手のようだ。

「フォレノ村長。村長の責任を果たすため、辺境の事件をご自分で解決なさろうというその姿勢は実にご立派です。ですが、これは王国地方監察官としての判断です。異論があるなら、王都で申し立てを行ってもらいたい」

「……失礼ですが、王国地方監察官の印綬はお持ちですかな?」

 フォレノさんがそう尋ねたのは、せめてもの嫌がらせだろうか。だが、監察官は気を悪くした様子もなくにこやかに頷いた。

「ええ、もちろんです」

「……ミルティ。家から印影一覧を持ってきてくれるかい」

「分かったわ」

 フォレノさんの言葉に応えて、ミルティがこの場を離れる。そうして訪れた沈黙を破って、俺は一歩進み出た。

「ジルベール王国地方監察官。失礼ですが、一点お伺いしてよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「実は、つい昨日のことなのですが、貴方をアリエト村で見かけたという者がおりまして」

「ほう……? たしかに、私はアリエト村を出てこの村に着いたばかりだ。おかげで、馬に乗り続けて腰が痛いよ。……ところで、それがどうかしたのかな?」

 あくまで穏やかな表情を崩さない監察官に、俺は淡々と問いかける。

「貴方が、捕えられた四人が拠点としていた小屋に出入りしていたとも聞いています」

「ふむ……? それは何かの間違いではないかね? この歳でシュルト大森林の奥地に分け入るなど、恐ろしくて仕方がないよ」

 彼はわざとらしく肩をすくめてみせてから、さらに言葉を続ける。

「それに、もし彼らが拠点にしていた小屋に立ち寄ったとして、何か問題がありますかな? その小屋で犯罪を犯していたわけでもないのでしょう?
 聞いた話では『辺境の守護者』の鷲獅子グリフォンに手傷を負わせてしまったようですが、犯罪とはとても言えますまい。
 また、両者の戦闘行為については、貴方たちは応戦し、それどころか彼らを捕縛したのですから、被害者としての訴えは非常に軽易なものとして扱われるでしょう」

 その言葉を聞いて俺は考え込んだ。これは、ラウルスさん監禁の件を公にしてでも抵抗するべきだろうか。だが、相手は王国地方監察官だ。その権力は多少の正論など塗り潰してしまうだろう。
 『辺境の守護者』の名声を貶めただけで、なんの成果も得られないという可能性も充分あるのだ。

「ジルベールさん、一つ聞いてもいいですか?」

「おお、美しいお嬢さんだ。どうしたのかな?」

 沈黙した俺に代わって、今度はクルネが口を開いた。

「昨日、アリエト村でお会いした時におっしゃってましたよね? 移住してきた人間を幸せにするためのグループを作っている、って。
 あの時は、てっきり移住してきた人たちの互助会だと思っていましたけど、王国地方監察官の肩書きを持つ人が、なんでそこに加わっているんですか?」

 その言葉を聞いて、ジルベール監察官は少し驚いたようだった。

「おや、たしかに君は昨日のお嬢さんだね。まさか、二日続けてお会いするとは思っていなかったよ。
 ……と、グループの話だったね。私は王国地方監察官として、王都のみならず、王国領の各所が栄えることを願っている。
 そして、この辺境の現状を目の当たりにした時に、移住してきた人々の力になることが、最終的にこの辺境の利益になると、そう判断したのだよ」

「おや、そうでしたか。……実は最近、辺境民と移住民の対立を煽っている方がいらっしゃるようで、色々と問題が噴出していて困っているのです」

 俺は、クルネとジルベール監察官の会話に割り込んだ。彼の穏やかそうな目が俺に向けられる。

「ほう……? 失礼だが、君はどちら様かな?」

 さっきは名前を訊いてこなかったのに、今度は確認するんだな。どうやら、この話題は彼を少し警戒させたようだった。

「これは申し遅れました。私はこの村のクルシス神殿で神殿長代理を務めておりますカナメ・モリモトと申します。……両者の対立は神殿としても好ましくないものですから、なんとかこの事態を打破したいと、そう願っているのです」

 名乗りを聞いて、ジルベール監察官は興味深そうに俺を見つめた。穏やかだが、見つめられると落ち着かなくなる不思議な眼差しだった。

「クルシス神殿の……なるほど、そうでしたか。噂は聞いていましたが、お若いのに立派な考えを持っていらっしゃる」

「恐縮です。……ところで、先程のお言葉は本当でしょうか? 移住民を幸せにするために活動していらっしゃるとのことですが、それは一歩間違えれば、昔から辺境で暮らしていた人々への迫害になりませんか?」

「そうおっしゃると言うことは、カナメ神殿長代理は辺境民に与していると、そう考えてもよろしいでしょうかな?」

「クルシス神殿が一方のみに肩入れすることはありません。神の前では辺境民も移住民も等しく扱われます。その観点からすれば、人々を二派に分類し、彼らが持つ不満をあたかも相手が原因であるかのように錯覚させる行いこそ罰せられるべきでしょうね」

「……まったくですな。辺境を生き抜くために、皆で助け合っていかなければならないというのに、内部でいがみ合いなど不毛なことです」

 ジルベール監察官は、俺の言葉に共感するかのように頷いてみせた。だが、彼のアリエト村での言動や胡散臭さについてはクルネから話を聞いていたため、素直に喜ぶ気にはなれなかった。

「同じ志を持っていると分かって、とても嬉しく思います。……そうだ、もしよろしければ、ジルベール監察官がお作りになったグループを紹介して頂けませんか? 共に問題の解決に取り組むことができるかもしれません」

 皮肉交じりにそう提案すると、彼はいかにも残念そうに首を横に振った。

「ご協力したいところですが、私は彼ら四人を連れてすぐ王都へ戻らねばなりません。私はグループの中心人物というわけでもありませんから、どのみちお力にはなれますまい。申し訳ありませんな」

 その白々しい態度からすると、彼が辺境民と移住民の対立を煽ろうとしていた可能性は充分考えられた。だがそうなると、その目的はなんだろうか。辺境が荒れて喜ぶのはどういう人間だろう。

 なおも言い募ろうとする俺の耳に、ミルティの声が飛び込んできた。

「フォレノ村長、印影の一覧を持ってきました」

 声のするほうを振り向けば、ミルティが歴史を感じさせる本らしきものを胸に抱いていた。あれが、王国の主だった印影が記録されているという一覧なのだろう。

「ああ、ありがとう」

 娘から印影一覧を受け取ったフォレノさんは、ジルベール監察官から示された印綬と印影を見比べる。だが、その表情から察するに、贋物だということはなさそうだった。



 それから程なくして。ジルベール王国地方監察官と、どこからか現れた彼のお付きの者たちによって、四人の固有職ジョブ持ちは王都へと護送されていった。






「納得行かないな……」

「うん……いっそのこと、四人とも『村人』にしちゃえばよかったのに、って思ったくらい」

「バレる心配がなければ確実にやってたな」

 あの四人組が護送されるのを腹立たしい思いで見送った帰り道。俺はクルネとぶつくさ文句を言っていた。

 彼らがラウルスさんを本気で恐れていたのは間違いなさそうだったので、性懲りもなくまた襲撃しに来るということはないだろう。
 それに、今のラウルスさんは上級職たる守護戦士ガーディアン固有職ジョブを身に宿している。どう考えても彼らに勝ち目はなかった。

 だが、だからといって怒りが静まるわけではない。ウォルフが「王国ってなんのためにあるんですかね」とぼやいていたのも無理はない。ジルベール王国地方監察官だったな。いつか仕返ししてやりたいものだ。

「カナメ君!」

 と、そんなことを話しながら神殿へ向かっていた時だった。後ろからフォレノさんの大声が聞こえて来る。なんだろう、とクルネと目で会話をしながら立ち止まった俺たちは、手紙を持って走ってくる村長を待ち受けた。

「フォレノさん、どうしたんですか?」

「いや、これを見てもらおうと、思ってな。ついさっき、届いた手紙、だ」

 俺たちの下へ辿り着いたフォレノさんは、少し息を切らせながらそう言った。そして、手紙を俺へと差し出しながらその内容を口にする。

「……差出人はマデール商会だ。この村へ拠点を移したいと、そう打診してきた」

「……はぁ」

 それはまた、奇特な商会もあったもんだな。いくら辺境が賑やかになってきたとは言え、縁が重要な商会が、わざわざ根城を引き払ってまで来る価値があるだろうか。

「コルネリオが憤慨しそうだなぁ……」

 商売人のコルネリオからすれば、商会はライバルだ。あまり喜ぶとは思えないな。そんなことをのんびり考えていると、フォレノさんが不思議そうにこちらを見ていた。

「……もう少し驚くと思っていたが、意外と冷静だな」

「国一番の商会がやって来るとかならともかく、知らない商会ですしね。様子を見なければなんとも」

 マデール商会か。悪どい商会じゃなければいいんだが。……ん? 待てよ、マデール商会ってどこかで聞いたような気がするな。
 と、首を捻っている俺を見て、フォレノさんが不思議そうに口を開いた。

「知らない商会って……半年前にここに来た時、カナメ君は巨大怪鳥ロック便に乗って来ただろう? それとも、あれは別のところが始めたサービスなのかね?」

「……あ!」

 フォレノさんの言葉を聞いて、ようやく俺はマデール商会の名前を思い出した。そうだった、巨大怪鳥ロック便はあそこが提供しているサービスだったっけ。王国に一人しかいない魔獣使い(ビーストマスター)が営んでいる商会。それがマデール商会だった。

「ということは、魔獣使い(ビーストマスター)がこの村へ……?」

 たしか、マデール商会は王国の端っこのほうに位置していたはずだ。それが、なぜこんなところへ居を移そうと考えたのだろう。この辺境は王国の最南端に位置しているし、端っこ仲間ではあるが……。
 王国で唯一のサービスを取り扱っているから、どこでもやっていけるという判断だろうか? だとしたら、うちの神殿と似たり寄ったりのコンセプトだな。

 そう考えていると、フォレノさんが手紙をひらひらと揺らす。

「それで、近いうちに挨拶に訪れたいとのことなんだが、なぜかカナメ君を指名していてね。転職ジョブチェンジの神子にもぜひ挨拶をしたいと、そう書いている」

「えー……」

 なんてこった。海千山千の商会の主に会うとか、どれだけ精神力を使うことやら……。ひょっとしてあれかな、以前に使った巨大怪鳥ロックが怪我をしていたから賠償しろとか、そういう話だろうか。もしそうだったら、笑顔で本神殿へ送り出すことにしよう。

「辺境へ移転したい理由はよく分からないが、無下に追い返すわけにもいかんだろう。カナメ君、頼んだぞ。共にマデール商会の真意を見極めようじゃないか」

「いい話であることを祈るばかりですね」

 最近ろくな話がないからなぁ。たまには景気のいい話を聞きたいものだ。

 そんなことを考えながら、俺は北の空を見つめていた。
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