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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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出立

「――なるほど、メルツ筆頭司祭の仰ることはよく分かりました。クルシス神殿の今後を真剣に案じてくださっていることについて、心より感謝致します」

 眼前で熱弁を振るっていたガレオン神殿の筆頭司祭に対して、俺はいつもの笑顔を浮かべてみせた。

 辺境への赴任まであと二か月。移動で一か月かかることを考えると、実際にはあと一か月しか本神殿にいられないことになる。そのため、今のうちにやっておくべきこと、覚えておくべきことは山のようにあった。

 だが、そんな時に限って邪魔が現れるのはお約束だ。

 火神殿の筆頭司祭と話をするのは今日が初めてだが、実はここ十日ほど、俺は神殿派幹部の応対に時間をとられていた。
 そのきっかけは、クルシス神殿が辺境への進出を公言したことにある。すでに辺境の神殿が完成間近であることを知った他の神殿派が、軒下を貸してほしいと訴えてくるまでには、そう時間はかからなかった。

 複数の宗派が同じ施設に同居することは、小さな町や村なら珍しい話ではない。最大規模を誇る教会は別にしても、神殿派が合同神殿を構えたり、土地神派が合同精舎を建てたりといった具合だ。
 とは言え、今回はクルシス神殿が独自に進めていた計画だ。今さら他宗派が出て来て「少しお金出すから合同で運営しよう」などと言ってきたところで、聞く耳を持つはずはなかった。

「なんと言っても我々は同じ神殿派の同志ですからな。共に苦しみ、そして共に笑うことは当然でありましょう」

 メルツ筆頭司祭の堂々とした声の伸びは、まるで説法でもしているかのようだった。さすがは筆頭司祭クラスというべきか、内心を窺わせない笑顔は見事なものだ。
 そんな彼に向かって、俺は言葉を選びながら答えを返す。

「ええ、私たちもそのような関係でありたいと願っています。なればこそ、安易に同胞の支援に頼ることなく、自らの力にて困難を乗り越える姿勢を示さなければ、神殿派の同胞と肩を並べる資格などないでしょうし、なによりクルシス神に顔向けできません」

「……なるほど、まだお若いのによく考えていらっしゃる」

 それは純粋な褒め言葉ではない。若造がつけ上がるな、との牽制の意味合いを持たせているのだろうが、わざわざ萎縮してやる道理もなかった。

 元々、今回の案件はクルシス神殿のほうが圧倒的に有利なのだ。適当に言を左右しておけば、時間切れでこちらの勝ちになるのだから。

 本来ならプロメト神殿長かミレニア筆頭司祭が応対するべきところを、神殿長代理とはいえ司祭級の俺に応対させているのも、今のうちにこういった場面を経験させておこうという親心なのだろう。

「辺境といえば、その危険度は王都の比ではありませんからな。ガレオン神に仕える神官は、その全員が戦士としての訓練を積んでいます。護衛としての優秀さは他神殿と比べるべくもないでしょう。民の安寧を直接的に守ることもまた我々の使命ではありませんかな」

 さて、今度はどう返したものだろうか。なかなかネタが尽きそうにない火神の筆頭司祭を観察しながら、俺は言葉の応酬を繰り返した。






 辺境へ向かうために用意された馬車は、俺の想像よりも大規模だった。……と言っても、二頭引きの馬車が二台用意されているだけなのだが、一台の馬車にぎゅうぎゅう詰めにされないだけで遥かに幸せというものだろう。

「カナメ神殿長代理。ルノール分神殿を任せる。よい報せを期待している」

「カナメ君、気をつけてね。もし何かあれば、遠慮せずに預けた魔道具を使うのよ。……はぁ……もうキャロちゃんに会えなくなるのね……辛いわ……」

「キュゥ?」

 辺境へと出立する朝。本神殿の前で、プロメト神殿長とミレニア司祭が別れの言葉をかけてくれる。辺境へ行く神官は俺だけではないため、二人は他の神官にも順に声をかけていく。

「……カナメ司祭、こっちのことは心配しなくていいからな。自分のことだけ考えてろよ」

 そう言いながら俺の肩を叩いたのはアルバート司祭だ。一か月ほど前に固有職ジョブ資質を発現させた彼は、今では立派な破砕者クラッシャー神官となっていた。

 今も辺境で仕入れた巨大な戦棍メイスを背中に背負っているのだが……なまじ戦棍メイスが似合っているだけに、法服の違和感が凄いことになっていた。せめて、もう少し式典用の戦棍メイスに見せかける努力は必要なんじゃないかなぁ。

「ありがとうございます、言われるまでもなく自分のことだけで精一杯ですよ」

 俺がそう答えると、司祭は豪快に笑った。

「ま、最悪ここに帰ってくりゃいいんだからよ、楽しんでこいよ」

「ありがとうございます。アルバート司祭もお元気で」

「お、おう」

 司祭は俺の返事を聞くと、なんだか照れくさそうな表情でふらっと去って行った。その後ろ姿を見送っていると、耳元で笑い声が聞こえた。視界の隅で赤みがかった金髪が跳ねる。

「アルバートさん、照れてたね」

「まあ、場合によっては今生の別れと言えなくもないからな」

「もう、そういうこと言わないでよ……」

 俺の軽口を聞いて、クルネが呆れたように口を開く。だが、そう言う彼女の表情は神妙なものだった。
なんせ、王都から辺境までの距離は遠い。馬車で一か月もかかる上に、この世界にはろくな通信手段がないのだ。年に数回、手紙のやり取りがあればいいほうだ。

「……みんな、またね」

 ぼそりとクルネが呟いたのは、かつてのパーティー仲間へ向けたものだろう。彼女の視線の先には彼らが泊まっている宿屋があったはずだ。ちゃんとした挨拶は数日前にすませているのだが、しんみりするのは当然と言えた。

 実は、アルミードたちを辺境へ勧誘するという案もあったのだが、彼らは有名な冒険者パーティーになってしまったため、その報酬の相場も跳ね上がっていた。あのメンバーがいれば、辺境の防衛や開拓に大きな力を発揮するのは間違いなかったが、大きな仕事が舞い込んできている彼らを引き抜くほどの報酬は出せそうになかった。

 クルシス神殿の資金には余裕がありそうなんだけど、さすがに辺境の治安維持・開発は管轄外だしなぁ……。

 ちなみに、他にも王都で縁のあった人たちにはあらかた挨拶を済ませている。辺境行きに反対していたアイゼン王子は渋い表情を浮かべていたし、神学校のマーカス先生は笑顔で送り出してくれた。

 他にも鍛冶屋のロンメルさん一家や、必要があったのかは甚だ疑問だが、自称希代の大魔術師(マジシャン)の爺さんなんかにも挨拶はしてきた。

 なお、神学校時代の同級生については、同じ神殿派のフレディとは直接話をしたものの、立場上あまり気軽に会えない教会派の四人には、ミュスカを通じて言付けをしただけだった。
 普通に考えると一番立場が難しいのは彼女だと思うんだが、セレーネのよく分からない手腕のおかげで、ミュスカに会うことだけはできたのだ。

 そして、そんな同級生の中で、唯一留年していたコルネリオはと言うと……。

「――カナメ、こっちの準備はばっちりや! はよ行こうやないか、儲け話が俺を呼んどるで!」

 学友は実にいい笑顔で、乗り込む予定の馬車に荷物を載せていた。……そう、コルネリオは俺たちと一緒に辺境へ来ることになっていたのだ。

 事の始まりは、辺境へ食糧を仕入れてくれる商人がいないことだった。もちろん、辺境では食糧の需要が逼迫しているため、そういった商人がいない、なんてことはない。
 だが、飛ぶような速度で食料品が売れてしまうため、その相場は非常に高く、また数が限られているために入手も困難な状況だった。

 そのため、新たに辺境のルノール村で生活することになる俺たちの食糧確保が喫緊の課題だったわけだが、これがなかなか上手くいかない。
 また、これは少し贅沢な話なのだが、王都で暮らしていた俺たちにとっては、調味料や香辛料の類があまり流通していないことも悩みの種だった。

 ……という話をコルネリオに愚痴ったところ、なにやら彼の商人スイッチが入ったらしく、「ほな、俺がなんとかしたるわ! 規模拡大中の辺境とか商機の塊やで!」と同行を申し出たのだった。……こいつ、留年してまで神学校を卒業した意味はあったんだろうか。

 聞いた話では、コルネリオは神学校の購買部門を牛耳っていたらしいし、彼の商いに関する能力に疑いを持っているわけではない。ただ、お互いの利益になりそうにない場合には、すっぱり手を引くということで、あらかじめ取り決めはしてあった。

 個人的には「神殿長代理の友人が神殿御用達の商人になる」ことに抵抗を感じたんだけど、この世界では当たり前の話らしい。プロメト神殿長に相談しても「成功すれば儲けものだ」としか言わなかったしね。

 ともあれ、そんな事情からコルネリオは馬車に相乗りする形になっていた。もちろん自分の旅費は負担するが、自動的にクルネやキャロ、ミルティといった固有職ジョブ持ちの護衛がつくことを考えると破格の安さだ。
 彼が即座に「一緒に辺境に行くで!」と言い切ったのは、そのあたりを念頭に置いていたんだな、と今頃になって気付いた俺だった。

「「神子様ぁぁぁぁぁ!」」

 と、クルネを交えてコルネリオと雑談をしていた時だった。遠くから何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる。この熱量を感じる二重唱は――。

「よかった、間に合った……神子様! 道中お気をつけて! 万が一にでも神子様の健康が損なわれるようなことがあれば、それは即ち世界の損失!」

「くれぐれもご自愛くださいますよう! 我々王立魔法研究所の研究員一同、神子様に頂いたご恩は決して忘れません!」

 それは予想に違わず、王立魔法研究所の所長と副所長のコンビだった。

「わあ……カナメ大人気だね……」

 クルネが俺にだけ聞こえるような声でそう話しかけてくる。見れば、彼女の頬のあたりが微妙にぴくぴく動いている。

「クルネ、俺の目を見ながらそう言えるか?」

「ごめん、無理っ……!」

 そう言い残すと、クルネは足早に俺の傍を離れた。……あれは間違いなく大笑いしに行ったな。なんか語尾おかしかったし。
 とは言え、俺までクルネを追いかけるわけにはいかない。王立魔法研究所のツートップが、揃って見送りに来てくれた事実に変わりはないのだから。

「わざわざ見送りに来てくださってありがとうございます。お二人には本当にお世話になりました」

 その言葉は社交辞令だけではない。実際、この二人がいなければアステリオス枢機卿の告発は片手落ちになるところだったからなぁ。
 そんな思いで口にした言葉だったのだが、二人は大仰な仕草で首を横に振った。

「いえいえ、何をおっしゃいます! お世話になったのは私どものほうです! 本来であれば全ての研究員と共に馳せ参じなければならないところでしたのに……!」

「見送りは最低限でよいとの神子様のお言葉に、なんと寛大なお方だと、我ら一同感激しております!」

 ……ええと、俺はミルティに「朝早くの出立で申し訳ないので、見送りは遠慮します」と伝えてもらったはずなんだけど、どこで意味が切り換わったんだろうか。

「――所長、副所長。転職ジョブチェンジの神子様は出立前でお忙しいことでしょうし、あまりお時間を頂戴しないほうがいいのではありませんか?」

 そこへ口を挟んできたのは、彼らの後ろからやって来たミルティだ。

「おお、ミルティ導師。たしかにその通りですな。いくら名残惜しいとは言え、神子様の貴重なお時間をこれ以上割いて頂くわけにはいきません」

「神子様、貴重なお時間を頂いて誠にありがとうございました! 我々は出立なされる神子様を最後までお見送りさせて頂く所存ですが――」

「我らのことはどうか気にせず、出立の準備をなさってください!」

「ええ、ありがとうございます……」

「「そして非常に厚かましいお願いとは存じますが、どうか! どうかミルティ導師が開設する王立魔法研究所ルノール支部をよろしくお願い申し上げます!」」

 相変わらず息がぴったり合っている所長と副所長に感心しながら、俺は言葉に甘えて出立に意識を切り替える。周囲を見回せば、どうやらみんな準備は完了しているようだった。

 それを確認すると、俺は再びプロメト神殿長の下へと向かった。自然と、辺境へ向かうメンバーと王都に残るメンバーが向かい合う。

「……プロメト神殿長、それでは行って参ります」

「うむ、気をつけてな。我々の道程にクルシス神のご加護があらんことを」

 神殿長の言葉を受けて、その場にいたクルシス神官が一斉に聖印を切る。

 プロメト神殿長やミレニア司祭、そしてその背後にあるクルシス本神殿の姿をもう一度目に焼き付けると、俺は馬車へ乗り込んだのだった。



―――――――――――――――――



「あ! 見えてきました! ……あれがカナメ神殿長代理が暮らしていたルノール村ですか!?」

 後ろの馬車から聞こえてきた賑やかな声に反応して、クルネは馬車の窓から顔を出した。

 彼女の目の前に広がっているのは、半年ぶりに見るルノール村だった。
 前回の帰郷時には、巨大怪鳥ロック便で空から近付いたためにピンと来ない部分もあったのだが、こうやって一般的な目線で村を見直すと、数年前の彼女の記憶と比べて、非常に規模が大きくなっていることがよく分かった。

「ああ、そうだよ。……シュレッド侍祭、それ以上身を乗り出すと馬車から落ちるぞ?」

「はい! 気をつけます!」

 その様子を見て、クルネはこっそり笑い声をもらした。カナメと一緒に赴任するクルシス神官はどんな人だろうと緊張していたクルネにとって、とにかく元気なシュレッド侍祭とカナメのやり取りは、とても心が和むものだった。

「シュレッド君って、本当に元気よね」

「ああ。後でバテなければいいんだが……」

 この一か月の旅の間に分かったことだが、シュレッド侍祭はとても元気で、そしてカナメを尊敬している変わった神官だった。年齢は十五歳と、クルシス神殿の神官としては最年少に近い。

 なぜそんなにカナメを尊敬しているのか、とクルネがこっそり尋ねてみたところ、返ってきたのは「転職ジョブチェンジ能力という神秘的な力を持ちながらも、あくまで現実的な目線で物事を見ているところです」という答えだった。

 十五歳とは思えない回答にクルネは驚いたものだが、彼がカナメに懐いていることは間違いないようだった。

「シュレッド侍祭、そのように大声を上げるものではない。クルシス神にお仕えする神官として、我々は規範となる行動を取らねばならないのだ。そもそも、先程の侍祭の行動は――」

 と、そのシュレッド侍祭に突然説教を始めたのは、彼の隣に座っていた初老の男性神官だ。カナメに聞いた話では、クルシス神殿でも一、二を争う堅物神官だそうで、クルネも苦手というほどではないが、彼と話す時は少し緊張するのだった。

「オーギュスト副神殿長は今日も元気だなぁ……」

 別の馬車にいることを幸いと、カナメが小声でぼそっと呟く。すると、その呟きに反応してクスリと笑う声があった。

「本当に、あの二人は旅の最初から最後まで元気だったわね」

 その色っぽい声色を耳にして、クルネは無意識に隣に座るカナメとの距離を詰めた。声の主は、カナメの神学校の同級生にして、クルシス神殿の同期でもあるセレーネだ。

 彼女の辺境行きに驚いたクルシス神官も多かったらしいが、カナメはそうでもないようだった。「王都じゃ距離が近いからな」と一人納得していたが、クルネにはなんのことか見当がつかない。

 ただ、女性神官が一人いるのといないのとでは、運営に天と地ほどの差が出るとのことで、カナメが彼女の赴任を歓迎しているのは事実のようだった。

 クルネがそんなことを思い出している間にも、彼女たちを乗せた二台の馬車はルノール村の中へと歩を進めていた。大自然の空気に、人の生活の匂いが混じり始める。

「エンハンス助祭、そろそろ到着しますよ?」

 そんな中、カナメは斜め向かいに座っている神官に声をかける。壁に頭をもたれかけさせて眠っていたエンハンス助祭は、その声を聞くとはっとした様子で目を覚ました。

「……すみません、眠ってしまいました」

 そう言いながら彼は姿勢を正す。年齢はカナメと同じくらいだろうか。見た目は優男風で、細めの身体に端正な顔がのっている。

 だが、彼を語る上で重要なのは、その容姿ではなく声のほうだった。彼の透明感のある爽やかな声は、まるで吟遊詩人のように美しく響く。実際、エンハンス助祭は歌や楽器に通じた、技芸神クルシスの神官に相応しい人材だった。

「昨晩も頑張っていたんですか?」

 クルネがそう問いかけると、エンハンス助祭はいい笑顔を浮かべて頷いた。

「ええ。こうして辺境を目にして以来、まるでクルシス神が降りてきたかのように詩が浮かぶんです」

 そして彼にはもう一つ、伝説や英雄譚を歌にするという、これまた吟遊詩人らしい趣味があった。聞いた話では転職ジョブチェンジの神子に関する歌も作っているそうだが、その曲をリクエストすると必ずカナメが却下するため、いまだに聴くことはできていない。

 そんな彼とカナメのやり取りを見てからどれくらい経っただろうか、ゆっくりと馬車の動きが止まった。目的地に着いたのだ。
 他の仲間が座席で身体を伸ばしているのを横目に、クルネは我先にと馬車から飛び降りる。

 その彼女を出迎えてくれたのは、以前と変わらない辺境の清々しい空気と、そして大きな存在感を放つ荘厳な神殿だった。



――――――――――――――



 馬車から降りた俺は、呆気に取られていた。その理由はただ一つ。目の前にそびえ立つクルシス神殿の佇まいが、俺の予想を遥かに上回っていたせいだ。

 辺境北部から産出される、大理石に似た石材を使用したことによる神秘的な色合い。神殿の名に相応しい重厚な存在感。そして、クルシス本神殿にも引けを取らないであろう見事な装飾の数々。それらが一体となって、ルノール分神殿を形成していた。

「これ、予算オーバーじゃないのか……?」

 そんな荘厳な神殿を目にしておいてなんだが、俺がまず考えたのはその点だった。クルシス神殿から監督役として派遣されているマルロー司祭は、休みの日に一日中建設現場を眺めているような人物だ。神殿の建設を引き受けたことでテンションが上がり、暴走した可能性は充分に考えられた。

「カナメ神殿長代理! 長旅お疲れ様でした!」

 そんなことを考えていると、まさに俺が思考を向けていた人物、マルロー司祭が俺の目の前に姿を現した。彼は実にいい表情を浮かべると、俺のところまで走ってくる。

「マルロー司祭、半年にわたり神殿建設の監督を務めてくださって、本当にありがとうございました。引継事項については、またオーギュスト副神殿長と共にお伺いさせて頂きたいのですが……」

「ええ、分かりました! ……ところでカナメ神殿長代理、まずは軽く神殿を見て回りませんか!? 職人の皆さんが本当にいい仕事をしてくれたんですよ!」

「そうですね、後ほどじっくりと拝見致します。……あの、ところでマルロー司祭。この神殿なのですが、私が以前に打ち合わせをした時の記憶よりも二回り以上大きくなっている気がするのですが……」

 俺がそう問いかけると、司祭は得意げな表情を浮かべた。

「そうでしょう! カナメ神殿長代理にお世話になったからと、石大工の棟梁さんが色々融通してくれたんですよ! 宮大工さんたちも、久しぶりに一から神殿を建てるということで張り切ってくださいましたし、彫刻師さんも『こんな凄い石材は初めてだ!』と一心不乱に仕事を頑張ってくださったんです!」

 しかも、あまりに彼らがやる気だったせいで、本来の予定よりも少し装飾部分が増えているらしい。だが、気になる費用を確認すると、ギリギリではあるがこっちの想定の枠内で収まっているという。

 となれば、そう気にすることはないのだろうが……分神殿をこんな豪華な造りにしてしまってもいいのかな。生来の小市民っぷりが災いして、どうにもその辺りのことが気になってしまう俺だった。

「……マルロー司祭、これがルノール分神殿なのだな」

 そんなことを悩んでいると、背後から会話に参加してくる声があった。クルシス本神殿では堅物のうるさ型として有名だったオーギュスト副神殿長だ。
 説教くさいのが玉に瑕だが、彼の知識は非常に有用だ。そんな彼がこの豪華な分殿を見てどう反応するのかが気になり、俺は黙って様子を窺う。

「――素晴らしい、クルシス神への尊崇が形になったかのようだ! 信徒の心の支えとなるべき神殿はこうあらねば……! そもそも神殿とは……」

 ……あ、オッケーなんですね。何度もうむうむ、と頷くオーギュスト副神殿長を見て、俺は自分が考え過ぎなのだということを悟った。まあ、俺たちの仕事は人気商売でもあるからなぁ。見た目のはったりが大切だということは分からなくもない。

 ただ、これだけの神殿となると、五人の神官だけでは手が回るか心配だな。普段は使用するフロア以外を閉鎖しておいたほうがいいかもしれない。
 それに、こうなると掃除も大変だ。収益の見通しも立っていないうちからなんだけど、これは早急に人を雇う必要があるかもしれないな。

「……カナメ、今掃除が大変だって思ってるでしょ」

 と、いつの間にか隣にやって来たクルネが、俺の顔を覗き込むようにして口を開いた。

「……もう一歩進んで、人を雇わないと神殿の維持管理が難しそうだな、と思ってる」

「――仕事を探している人間はたくさんおるからな。いくらでも雇用してもらいたいくらいだよ」

 そんな俺たちの会話に混ざってきたのは、ルノール村の村長フォレノさんだった。俺は彼と握手を交わすと、村に異変がなかったどうかを確認する。

「いやいや、特に大事件といったものはなかったよ。ウォルフ君という新たな固有職ジョブ持ちも増えたからね。モンスターの襲撃はそれなりにあったが、死人や重傷者は出ていない」

 むしろ、その噂が広まったせいで、ルノール村への移住希望者がさらに増えたことのほうが問題だという。

「また、カナメ君に森を切り開いてもらいたいくらいだな」

 そう笑うフォレノさんの言葉は、半ば本気のように思えた。けど、転職ジョブチェンジ事業を始めると気軽に自己転職できなくなるからなぁ。まあ、一日の業務終了後に毎日ちょっとずつ、なら可能だろうけどさ。

 俺とフォレノ村長が話をしていると、だんだんみんなが周囲に集まってきた。

「カナメさん、私はここで失礼するわね。今後とも、王立魔法研究所ルノール支部をどうぞよろしくお願いします」

 そんな中、一番に口を開いたのはミルティだ。彼女はそう言うと丁寧に頭を下げる。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言葉を返すと、続けて別の声が上がった。コルネリオだ。彼はひらひらと手を振りながら別れを切り出す。

「ほな、俺も宿を取って、さっそく情報収集してくるわ。……あ、この村におらへん時もあるやろうけど、用事があったら手紙でも置いといてくれるか。そしたら皆さん、コルネ商会をよろしゅうな!」

 最終的にはどうなるか分からないが、今のコルネリオは行商人に近い。旅の途中でリビエールの街に立ち寄った時にも色々駆け回っていたしな。

 辺境の近くで一番大きな街はリビエールの街だし、そこと辺境を往復するのが基本的な流れになるだろう。ただ、それだけを地道に繰り返していても大きな収益は見込めないだろうが、そこはコルネリオの手腕の見せ所か。

 去っていくコルネリオから視線を外すと、俺は改めてルノール村へ赴任してきた神官四人に向き直った。

「それじゃ、マルロー司祭に神殿の中を案内してもらいましょうか……と、その前に荷物を置きたいですね」

「それなら、先に宿舎にご案内しますね! 敷地の隅に建てられていますが、宿舎も辺境では珍しい三階建てにしたんですよ! ちょっと狭いかもしれませんが、土地を有効活用しようと思って」

 おお、それはありがたいな。辺境の土地は広大だが、居住可能面積という意味ではそう広いわけでもない。それを考えると、高さを増して収容人数を増やそうという姿勢は大切なものに思えた。

「それでは皆さん、私に付いて来てくださいね!」

 マルロー司祭は建設作業に伴う苦労譚を披露しながら、俺たちを宿舎へと案内する。そこへ各自が荷物を置けば、次は本命の神殿だった。

「内側も外観に恥じない素晴らしい出来ですね……」

 俺がそう呟いたのは、神殿の中心部とも言える神像の間だった。クルシス本神殿のものに比べれば小ぶりだが、神秘的な空気を纏ったクルシス神の像がそこに据えられていた。
 いまだに信仰心の乏しい俺をして厳かな気分にさせるくらいだ。わざわざ参拝にやって来る人にとっては、非常に神聖な像に見えることだろう。

 その後も、マルロー司祭の案内に従って、屋根裏から地下室まで全ての部屋を見て回る。神殿長室がかなり上質な造りになっていたことには戸惑いを覚えたが、全体的に申し分のない出来栄えだった。

 これからは、この神殿で一日の大半を過ごすのだろう。俺は不思議な感慨に囚われながら、神殿の内部を確認していった。
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