挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

62/144

再転職

 ルノール村には、昔から続いている宿屋が一軒ある。だが、宿屋とはいうものの、ほとんど訪れる者のいない辺境では、それだけで生計を立てることなどできるはずもなく、実際には飲食店兼酒場として利用されていることのほうが多い。……いや、多かった。

 シュルト大森林に生息する魔獣の素材が出回るようになったことをきっかけとして、辺境を訪れる人間の数は飛躍的に増加した。以前は、年に数回来る行商人だけが宿屋のベッドを使用していたようなものだが、今では宿屋がもう一軒と、民宿のようなものを副業的に営んでいるところも数戸存在している。

 そんなわけで、二年ぶりに目にしたボーザムさんの宿屋は増築されて大きくなっており、俺を大いに驚かせたのだった。

「カナメ兄ちゃん、遅いぜ!」

「ジークフリートさん、勝手に待っておいてその言い草はどうかと思いますわよ……」

 宿屋の扉を開けた俺は再び驚いた。そこには、かつて地竜アースドラゴンを共に倒した仲間、ジークフリートとアデリーナが待ち構えていたのだ。
 ジークフリートの幼さを残した面影も、アデリーナのエキゾチックな容貌も昔と変わらない。あえて言うなら、ジークフリートの身体が一回り大きくなったように見えるくらいだろうか。

「二人とも、久しぶり」

 俺がそう答えると、なぜかジークフリートは不満そうな表情を見せた。

「……それだけ?」

「それだけ、とは?」

 尋ね返すと、アデリーナが笑いながら口を挟んでくる。

「カナメさん、ジークフリートさんは感動の再会を期待していたのですわ。今日はずっとその話しかしていませんでしたもの」

「アディ姉、余計なこと言うなよ!」

 彼女の言葉を聞いて、ジークフリートが照れくさそうな表情を浮かべた。ああ、そういうことか。

「第一、カナメさんがそういうキャラじゃないのはよく知っているでしょうに……」

「そうだぞ。それとも『ジークフリート! 会いたかった!』とか言ったほうがいいか?」

「うげ……やっぱいい」

「うげ、ってそこまで嫌がらなくても……」

 そんな俺たちのやり取りに笑い声が上がる。それは、なんだかとても懐かしい感覚だった。

「カナメ君、久しぶりだね」

 笑い声がひとしきり収まった頃合いで、宿屋の主人であるボーザムさんが声をかけてきた。俺がこの村に来た当初お世話になっていたこともあって、非常にアットホームな雰囲気だ。

「ご無沙汰していました、ボーザムさん。お店大きくなったんですね、来て驚きました」

「まさか、こんな日が来るとは思ってもいなかったよ。私も妻もびっくりしている」

 俺の挨拶に対して、ボーザムさんは朗らかに笑いながらそう答えた。そして、彼はさあさあ、と俺を受付へと連れて行く。

「クルネちゃんとミルティちゃんは、泊まりも食事もなしだったね?」

「うん、私たちはもう少しみんなと話をしたら家に帰るわ」

「私もクーちゃんに合わせて帰るつもりです」

 クルネたちがそう答えるのを聞き流しながら、宿屋の台帳に記帳する。てっきりアルバート司祭と二人で一部屋なのかと思ったら、一人部屋を二つ用意してくれているようだ。ボーザムさんの好意だろうか。

「それじゃ、酒場の営業はもう少し後からだけど、その辺に好きに座ってもらっていいよ。積もる話もあるだろうしね」

 そう言うと、ボーザムさんは姿を消した。他にもお客がいるみたいだし、いつまでも俺たちにだけ関わっているわけにはいかないのだろう。

 ボーザムさんの好意に甘えて、俺たちは飲食フロアの座席に腰を下ろした。八人掛けのテーブルのこっち側にはアルバート司祭、俺、クルネ、ミルティ。そして向かい側には、ラウルスさん、ジークフリート、アデリーナの三人が座る形だ。

「なあなあ、カナメ兄ちゃん、本当に神官になったんだよな?」

 座るなり口を開いたのは、やっぱりジークフリートだった。

「ああ、一応聖職者の位階を持ってるぞ」

「じゃあさ、やっぱり『転職ジョブチェンジの神子』ってカナメ兄ちゃんなのか?」

「……まあ、そうだな」

 俺がそう答えると、ジークフリートはぶはっ、と爆笑して椅子から転げ落ちた。そして、床に横たわったまま笑い声を上げる。そりゃもう、涙を流すほどのウケようだ。……いや、気持ちはよく分かるけどさ。

「ジークフリートさん、そんなに笑っては失礼というものですわ……っ」

 アデリーナがそうフォローしてくれるが、その顔だって今にも笑い出さんばかりだ。

「だって、カナメ兄ちゃんが神様に祈るとこなんて、想像もできないし」

「それは間違いありませんわね」

 そして、再びテーブルを笑いが覆う。アルバート司祭を横目でちらっと見ると、案の定彼は苦笑いを浮かべていた。

「お前さんが、この村でどう認識されていたかはよく分かったぜ」

 俺の視線に気付いて、司祭が口を開いた。すると、それを耳にしたジークフリートたちが焦った表情を浮かべる。

「……クルシス神殿の司祭様を前にして失礼致しましたわ」

 やがて取り澄ましたようにアデリーナが口を開くと、アルバート司祭は楽しそうに笑い声を上げた。

「気にしないでくれ、俺もあんまり堅苦しい神官の役は苦手でよ」

「たぶん、カナメの次くらいに神官らしくない神官様だもんね」

 司祭の言葉に続けて、クルネが冗談っぽく笑いながらそう告げると、ジークフリートたちの間にほっとした雰囲気が広がる。さらに、彼が元冒険者だという情報を追加すると、辺境組の緊張はだいぶ解れたようだった。

「ところでカナメ兄ちゃん、こっちの女の人は誰? 神殿の人?」

「ん? ミルティのことか?」

 そうか、ミルティがルノール村を出たのは九年前だもんな。ジークがこの村に住みついたのは二、三年前だし、知らなくて当然か。

「……少なくとも、わたくしたちと同じ魔法職の固有職ジョブ持ちだということは分かりますけれど」

 アデリーナがそう言葉を追加する。さすがは魔術師マジシャン、ミルティの周囲の魔力の流れでそう判断したのだろう。
 彼女はこの辺りの村の人間じゃないから、十年近く前に王都へ留学した村長の娘のことなんて知ってるわけがないもんな。

「え!? そうなの?」

 ……おい、ジークフリート。お前も魔法職だろうに……。

「ミルティはフォレノさんの娘だよ。九年前に王都に留学しに行ったから、みんな知らないと思うけど」

「ミルティ・フォアハルトと申します。よろしくお願いします」

 クルネの説明に合わせて、ミルティがそう自己紹介をする。まさか村長の娘だとは思っていなかったのだろう、すでに知っていたラウルスさんはともかく、残りの二人が驚きの声を上げる。

「あ! じゃあ、よくフォレノ村長が話してた王都にいる娘って、姉ちゃんのことか……!」

「たしか、魔法研究所の方ですわよね……?」

「ええ、研究員です」

 ミルティがそう頷くと、アデリーナは机から身を乗り出した。

「お待ちしていましたわ! この辺境では、わたくしが一番キャリアの長い魔術師マジシャンなのですけれど、数年前までは魔法なんてまったく無縁だった身の上。今以上の魔法を覚えようとした時に、どう考えていいものか途方にくれていましたの」

「数年前……ひょっとして、アデリーナさんもカナメさんに……?」

「ええ、転職ジョブチェンジさせてもらいましたわ」

 まあ、辺境にいる固有職ジョブ持ちは、みんな俺が転職ジョブチェンジさせた人だからなぁ。先天的な固有職ジョブ持ちがふらっと辺境に来たりしない限り、全員俺が知っている人のはずだ。

 それを説明すると、ミルティは納得したように口を開いた。

「そうよね、辺境に固有職ジョブ持ちなんていなかったものね。えっと、アデリーナさんが魔術師マジシャンで、ジークフリートさんが治癒師ヒーラーよね?」

「え、なんで知ってるんだ!?」

 ミルティの確認の言葉を聞いて、ジークフリートが目を丸くする。

魔術師マジシャン治癒師ヒーラーでは、魔力の流れ方が少し違うのよ」

「そんなこと、今まで気が付きませんでしたわ……」

「私も、魔力感知の特技スキルを覚えるまでは気が付かなかったわ」

 その言葉に驚いたのはジークフリートたちだけではなかった。俺も目を丸くして彼女の言葉に耳を傾ける。じゃあ、ひょっとして俺の身体を構成しているとかいう、万有素子とやらも感知できるようになったのか……?

 俺がそんなことを考えている間にも、ジークフリートが目を輝かせて質問を浴びせる。

「なんだか格好良さそうな特技スキルじゃん! どうやって覚えたんだ?」

「それは私にも……」

 ミルティの返事を聞いて、ジークフリートががっくりと肩を落とす。相変わらず特技スキルの話が好きだな。

「ジークフリートさん、貴方にはちゃんと別の特技スキルが備わっているではありませんか。欲張っても仕方ありませんわ」

「え、ジークは特技スキルを覚えたの!? ねえねえ、どんなの!?」

 クルネが楽しそうに口を挟んでくる。同じ魔法職だからか、ミルティも興味をそそられているようだ。そんな俺たちに対して、ジークフリートは少し残念そうに口を開く。

「……『治癒魔法強化』だよ」

「え? 普通に当たりじゃないのか?」

 俺はつい素直な感想を口にする。治癒師ヒーラーと言えば、当然ながら売りは治癒魔法だ。その治癒魔法が強化されるというのは、言ってみれば長所を伸ばすということで……。

「どうせなら『補助魔法強化』のほうがよかった……」

 そう呟くジークフリートを見て、俺は大体のところを察した。

「……ジークフリート。お前、ひょっとして自分に補助魔法をかけて前線で剣を振り回してたりしないか?」

 俺がそう指摘すると、ジークフリートの表情が変わった。なんで分かった、と言わんばかりだ。……やっぱりか。相変わらず心は戦士のままだな。まあ、そういう反骨精神は好きだけどね。

「それを言うなら、アディ姉ちゃんだってそうだぜ? 『魔力の節約ですわ』って級外モンスターを槍で蹴散らすし、D、E級モンスター相手でも身体能力強化フィジカルブーストかけて突っ込むし」

 まあ、アデリーナはもともと槍の名手として有名だったからなぁ。その気持ちは分からないでもない。

「――つまりは、似た者同士ってことさ」

 と、そこへ割って入ってきた声は、テーブルの外から聞こえてきた。この声は……。

「エリンちゃん!」

「久しぶりだね、クルネ。それにカナメとミルティも」

 小柄で華奢に見える弓使い(アーチャー)は軽く手を挙げると、見た目にそぐわないハスキーボイスで挨拶してくる。
 そんな彼女から血の匂いがすることに気が付いたのと、クルネが声をかけたのはほぼ同時だった。

「ひょっとして、今まで狩りに出てたの?」

「村の食い扶持が増えたからね。狩りにしろ採取にしろ、固有職ジョブ持ちがいないと森の奥に入れないだろ?」

「ああ、やっぱりそうなるよな」

 俺が感想をもらすと、エリンがこちらを見る。

「カナメ、あんたこの村に神殿を建てるんだって? 何人くらい食い扶持が増えるんだい?」

 そう訊いてくるエリンの顔は、村の食糧事情を担っている人間のそれだった。ただでさえモンスターからの防衛も担っているだろうに、なかなか大変だな。それでも、この村にはジークフリートという別の固有職ジョブ持ちがいる分、恵まれてはいるのだろうが。

「五、六人の予定だ。一応、穀物なんかは辺境の外から買い付けることも検討してる」

 神殿の維持費を勘定に入れても、利益が出るのはほぼ間違いないからな。辺境のすぐ北にあるリビエールの街から買い付けるくらいの余裕は充分出るはずだ。
 俺がそう答えると、エリンは幾分ほっとした様子だった。

「そう言えば、あんたはそういうやつだったね。正直言って助かるよ」

「そんなに厳しいのか?」

 一月後にカルシャ村の人たちが来たら、二十人増になるんだよなぁ。もちろん、彼らが最終的にどこの村に落ち着くことになるかは分からないけど、当面はルノール村に身を寄せるだろうし、食糧事情は気になるところだった。

「森の恵みはいくらでもあるからね。獣でも果実でも、なんでも揃ってるよ。辺境に移ってきた狩人はみんな、シュルト大森林の生命力にまず驚かされるみたいだね」

 ただ、とエリンは言葉を続ける。

「森の浅いところはともかく、本格的に採取できそうなエリアはモンスターも多いからね。いよいよ食糧の備蓄が危ない時にはジークも森に入ってもらうけど、やっぱり村が心配だし」

「開墾作業も進めているが、あまり成果が出なくてな」

 そう言葉を継いだのはラウルスさんだ。別の村ではあるが、やはり同じような悩みを抱えているのだろう。

「ああいうのは年単位で時間がかかるって言いますもんね」

 詳しいことは知らないが、土作りに何年もかかるという話は聞いたことがある。土地の開墾だって大変だろうし、成果が出るのはだいぶ先の話だろう。

「詳しいことは分からぬが、移ってきた農民もそんなことを言っていたな」

「ま、そんなわけで、最近は夜まで狩りをしてることが多いんだよ」

「そうなんだ……」

 クルネが心配そうに声を上げる。夜の狩りが危険だろうことは、俺にだって分かる。だからこそ狩ることのできる獲物もいるかもしれないが、それで負傷したり命を落としたりしては意味がない。

「けど、もしあんたが帰って来るならありがたいね。カナメが帰って来るってことは、クルネも帰って来るんだろ?」

「そ、それはもちろん……私はカナメの護衛だし」

 なんだかセット扱いされてるような気がするが……まあいいか。クルネが気分を害した様子もなさそうだし。

「少なくとも、クルネがいれば村の守りは大丈夫だから、ジークを森への戦力として数えることができるよ。……効率から言えば、ジークが残ってクルネとあたしが森に入るほうがいいんだろうけど」

 まあ、いくら剣を使えるとはいえ、ジークフリートは治癒師ヒーラーだもんなぁ。森へ斬り込むのに向いていないのはたしかだ。

「神殿の状況にもよるけど、クルネに森に入ってもらうことはできると思う。食糧問題は重要だからな」

 俺にはキャロがいるしな。そして何より、食糧が足りなくなると、村の空気が険悪になることは想像に難くない。それは、神殿を開く身として非常に好ましくない話だった。

「カナメ、いいの?」

 俺の言葉を聞いて、クルネがそう訊いてくる。

「クルネだって、村のみんなが食べ物に困っているところを見過ごしたくないだろ?」

 それに、クルネという戦力があるのになぜ食糧獲得に協力しないのか、という目で見られる可能性も高いからな。彼女にクルシス神殿の看板を背負ってもらうのも有りだろう。

「それにしても、そうなるとルノール村の固有職ジョブ持ちが一気に四人になりますのね。今後は、移住希望者のほとんどがルノール村への定着を希望しそうですわ」

「キュッ!」

 アデリーナが俺たちを見ながらそう言うと、キャロが突然鳴き声を上げる。

「あら、ごめんなさいね。キャロちゃんもいるのだから、五人ですわね」

「キュゥ!」

 アデリーナにそう言われて、キャロは満足そうな鳴き声を上げた。相変わらず、言葉が分かっているとしか思えないタイミングだ。

「いいえ、六人よ」

 そこへさらに訂正が入る。声の主は……ミルティだ。

「これはまだ確定ではないのだけれど、王立魔法研究所の支部をこの村に作る予定なの」

「ええっ!?」

「それは助かりますわ!」

 一番驚いたのはクルネのようだった。逆に、歓迎の声を上げたのはアデリーナだ。さっきも魔法職の先達がいないって嘆いてたもんなぁ。
 魔術師マジシャンのキャリアはアデリーナのほうが長いけど、ミルティには豊富な魔法の知識がある。たしか、使える魔法の数は王国でも屈指だって聞いたことがあるし、彼女の存在はいろいろと有用だろう。

「けど、どうして?」

魔術師マジシャン固有職ジョブを得た以上、研究所にいなくても研究はできるもの。王都の研究所にはアラン先輩がいるから、実証だって問題ないわ。
 それよりも、転職ジョブチェンジの神子に張り付いて、魔法職の固有職ジョブを授かった人を取り込んではどうだ、という話が出ているの」

 そう言えば、うちで魔法職に転職ジョブチェンジした人は、彼女を訪ねて魔法研究所にいくことが多いって聞いたな。で、そうやって訪ねてきた人に顧問契約やら何やらを持ちかけていたはずだ。

転職ジョブチェンジの神子に張り付いて、ってまるでカナメ兄ちゃんの追っかけみたいだな」

 ジークフリートがぼそっと呟く。すると、ミルティが楽しそうに笑いながら口を開く。

「そうかもしれないわね。……私としては嬉しい限りよ」

「……え?」

 そう声を上げたのは誰だろうか。なんだか変な空気が流れた。みんなの視線がミルティとクルネ、そして俺の間を行き来する。
 それからしばらくして、ミルティが悪戯っぽい表情を浮かべて言葉を補足した。

「だって、カナメさんの傍にいれば、魔術師マジシャン治癒師ヒーラー固有職ジョブを行き来できるもの。魔法研究者としてこんなに嬉しいことはないわ」

 彼女がそう答えると、場の空気が一気に弛緩した。

「なんだ、そういう意味でしたの……って、え!? ミルティさん、今、なんと仰いましたの? 聞き間違いでなければ、魔術師マジシャン治癒師ヒーラーの資質を……」

 アデリーナは驚いた表情でミルティを見つめる。そんな彼女にミルティは頷き返した。

「ええ、私には二つの固有職ジョブ資質があります」

 ミルティがそう答えると、ジークフリートが彼女に詰め寄った。

「え!? 本当に!? なあなあ、どうやったら二つも固有職ジョブがもらえるんだ!?」

「そうねぇ……それを訊くなら、固有職ジョブ資質が三つあるクーちゃんか、元締めのカナメさんに訊いたほうがいいんじゃないかしら?」

「!?」

 ジークフリートが、半ば血走った瞳で俺とクルネを見つめる。なんかもう怖いレベルだ。相変わらず戦士職に憧れてるんだろうなぁ。

「えっとね、私は剣士ソードマン騎士ナイト、そして盗賊シーフの三つの資質があるわ。けど、理由はそんなにはっきりしないのよね……」

 クルネの言葉を聞いて、ジークフリートは心底羨ましそうな表情を浮かべた。そして、そのまま俺のほうを見つめた。言いたいことは大体分かる。

「ジーク、言いにくいんだが、クルシス神殿では固有職ジョブ資質の見料を二十セレルもらっていてだな……」

 それは、ちょっと言いにくい話だった。昔は見料なんて取ってなかったからなぁ。とは言え、知り合いを優遇してお金を取らないというのは、今後のことを考えるとあまりするべきではない。

「クルネは俺の護衛をしてくれているし、ミルティには魔法関係の研究を依頼しているから、この二人は例外になってしまうが……」

 クルネは言うまでもないし、ミルティには元の世界との連絡手段の構築という難問を依頼しているからな。それくらいはする必要があった。

「なんだ、そんなこと分かってるよ。ここに来た商人がそんなことを言ってたんだ。むしろ、前までタダだったほうが不思議なくらいだもんな」

 そう言ってジークフリートは財布を取り出した。……いや、今渡されても微妙なんだが。神殿が出来てからじゃないと、収支報告書が作りにくいからな。
 そんなことを説明すると、ジークフリートは素直に財布を収める。また今度払うよ、という言葉に俺は頷きを返した。

 そこで、俺はジークフリートに向かって意識を集中した。すぐに、彼の固有職ジョブ資質が光となって視えてくる。

「……あ」

「ど、どうだった!?」

 俺が思わず上げてしまった声を聞いて、ジークフリートが詰め寄ってきた。答える前に、俺は勿体をつけて咳払いを一つする。

「……ジークフリート、防衛者ディフェンダーって知ってるか?」

 そう言いながら、俺は一人で納得していた。なるほど、そういう固有職ジョブツリーになるのか。相変わらず純粋な戦士職は見当たらないが、それだけジークの資質に引っ張られているんだろうな、と見当をつける。

「……何だそれ?」

 ジークフリートはそう言いながらも、期待に満ちた目で俺を見つめる。

魔法剣士マジックナイトは知ってるよな?」

「もちろん! 格好いいよな!」

 その言葉を聞いて、俺とクルネは顔を見合わせて苦笑を浮かべた。その格好いい魔法剣士マジックナイトに危うく殺されるところだったわけだが……まあ、ジークフリートに罪はない。見れば、事情を知るミルティとアルバート司祭も複雑な表情を浮かべていた。

魔法剣士マジックナイトは、魔法で自身の攻撃力を強化する固有職ジョブだが、防衛者ディフェンダーは、魔法で自身の防御力を強化して前線に立つ固有職ジョブだ」

 両者は似通っているが、魔法剣士マジックナイトを魔法が使える戦士職とするなら、防衛者ディフェンダーは剣が使える魔法職と言える。
 自己転職で試した結果だが、身体能力については魔法剣士マジックナイトのほうが固有職ジョブ補正が高い。だが、防衛者ディフェンダーの本領はそちらではない。

 魔法剣士マジックナイトは自分自身のステータスを引き上げたり、その剣に特殊な魔法を込めたりすることができるが、他人に対して働きかける魔法は苦手だ。
 その点、防衛者ディフェンダーは自分のみならず、仲間に対しても防御系を中心とした補助魔法をかけることができる。治癒師ヒーラーには一歩譲るものの、治癒魔法だってお手の物だ。前線を支えるには打ってつけの固有職ジョブと言えた。

 俺がそんな説明をすると、ジークフリートが小刻みに震えはじめた。……おい大丈夫か。

「や……」

「や?」

 彼が呟いた単語を、俺は思わず繰り返す。次の瞬間、彼は感情を爆発させた。

「やったあああああああああ!!」

 突然椅子から立ち上がったジークフリートは、拳を振り上げて雄叫びを上げた。その声に驚いたのだろう、ボーザムさんがこっちに様子を見に来たくらいだ。

「ずっと剣を振り続けていた成果だろうな。おめでとう」

「カナメ兄ちゃん……! ありがとう!!」

 そう言ってジークフリートは涙ぐんだ。……そこまで戦士職に憧れてたのか。厳密に言えば魔法職寄りだと思うんだが、そこは言わないでおこう。

 俺がそんなことを考えていると、もう一人机から身を乗り出してきた人物がいた。もちろんアデリーナだ。彼女が何かを口にするよりも早く、俺は彼女の資質を視る。

 ……うわー。ひょっとして、辺境には固有職ジョブ経験値みたいなものが溜まりやすい性質でもあるんだろうか? それとも、資質と経験のギャップが大きいからかな?
 そんなことを考えながら、俺は結果を口にする。

「……魔槍戦士マジックランサーなら転職ジョブチェンジできるぞ。ただ、槍使い(ランサー)の資質はないが……」

「ほ、本当ですの!?」

 どちらかと言えば落ち着いた雰囲気のあるアデリーナだったが、今回ばかりはそうはいかないようだった。机を乗り越えんばかりの勢いでこちらに身を乗り出してくる。

 魔槍戦士マジックランサーは、その名の通り魔法が使える槍使い(ランサー)だ。性質的には魔法剣士マジックナイトに近い。魔法剣士マジックナイトよりも放出系の魔法が得意なようだが、槍の間合いが遠いことに起因しているのだろうか。

 ともあれ、念願の槍使い(ランサー)に近付けたとあって、アデリーナは大喜びだった。魔術師マジシャンに比べると魔法面で不自由な面も出てくるだろうが、特に気にした様子はない。

「だって、今後はミルティさんがこの村にいらっしゃるのでしょう? それなら憂いはありませんわ」

 アデリーナの瞳に迷いはなかった。それを受けて俺は頷く。

「それならいいが……。ちなみに二人とも、申し訳ないんだが、転職ジョブチェンジにかかる代金が値上がりしていてだな」

「それも知ってるぜ。三万セレルに上がったんだろ? けど、分割払いでいけるって聞いたし」

 ああ、それも知ってたなら気楽だな。ただ、みんな前の転職ジョブチェンジ代金の回収がまだなんだよねぇ。二重ローンはさすがに厳しいんじゃないだろうか。

「そうそう、忘れるところでしたわ。カナメさん、魔術師マジシャンへの転職ジョブチェンジ代金ですけれど、残りのお金を一括してお支払いさせて頂きますわ」

「あ! 俺も俺も!」

「私もだ」

「あたしもだよ」

 すると、驚いたことに代金分割返済中の四人が、口を揃えてそんなことを口にする。びっくりしている俺に向かって、エリンが口を開いた。

「実はね、森の奥のほうにいるモンスターを、ちょくちょくあたしたちで狩りに行ってたんだよ。そしたら、これが意外と金になってね。特に銀毛狼シルバーウルフの素材なんかは、商人が大喜びで値を吊り上げたものだから、あの時の一万セレルくらいなら返済できるさ」

「俺も狩りに行ってたからな! それに、普通の日に治癒魔法を使った場合は、ちゃんとお金をもらってたし」

「私はそう頻繁に狩りに行ったわけではないが、それでも二年間モンスターと戦っていれば、それなりに得るものはあったからな」

「それに、村から特別にお給金のようなものも頂いていますし」

 エリンに続いて、三人が口々に事情を説明してくれる。なるほど、昔とはいろいろ違うんだなぁ。
 俺がそんなことを考えていると、アデリーナが不思議そうに口を開いた。

「あら? ……そう言えば、ラウルスさん、エリンさん。お二人はカナメさんに固有職ジョブ資質を視てもらわないんですの? 以前の転職ジョブチェンジ分はお支払いできるのですわよね?」

「あたしは弓使い(アーチャー)を天職だと思ってるからね。転職ジョブチェンジするつもりはないよ。特技スキルだってどんどん増えてるし、特に困ったことはないさ」

 おお、エリンは特技スキルを結構覚えてるのか。俺は会話に口を挟んだ。

特技スキルが増えた? もしよかったら、参考までにどんな特技スキルを得たのか教えてもらってもいいか?」

「ん? そうだね、気配察知、気配隠し(コンシール)跳躍リープ鷹の目(ホークアイ)貫通ペネトレート精密射撃プレシジョンシュート加重撃ヘビーストライク……こんなところだね」

「多いな……」

 俺が知っている限りでは、一番特技スキルを多く持っているのはクルネだが、それに並ぶかもしれないな。これが相性ってやつだろうか。

「自分で言うのもなんだけど、こんなに特技スキルが増えたのも、あたしにとって弓使い(アーチャー)が天職だって証拠だと思うよ」

 エリンの言葉には説得力があった。もちろん、俺だって転職ジョブチェンジを無理強いするつもりはない。続いて、俺はラウルスさんに視線を移す。

「ラウルスさんは……」

 その言葉にみんなが注目する。実を言えば、ラウルスさんについては、再会するなりこっそり資質を確認していたし、多少驚いたものの、その結果に納得もしていた。
 ただ、クルシス神殿としてどういう方針でいくかを、まだ詳しく決めていないのだが……。

「うむ……私も戦士ウォリアーが身体に馴染んでいるからな。無理に転職ジョブチェンジしたいとまでは思っていない。他の固有職ジョブ転職ジョブチェンジしたところで、今より戦闘力が上がるとは思えぬ」

 ラウルスさんの考えはもっともだった。戦士ウォリアーとして様々な戦いを経験してきたラウルスさんが、例えば魔法剣士マジックナイトになったとして、飛躍的に強くなるかと言えば、答えはノーだ。
 それどころか、ラウルスさんは武器を選ばない戦い方をしているため、武器を制限されるような固有職ジョブを得た場合、戦力ダウンの可能性のほうが高かった。

 だが。

「――もしそれが上級職だったとしても、ですか?」

「なに!?」

 俺の言葉を聞いて、ラウルスさんが珍しく動揺を表に出した。それに続いて、場にいるみんながざわめき始める。

「上級職って……地竜アースドラゴン戦の時に見た、カナメ兄ちゃんの竜騎士ドラゴンナイトみたいなやつか……?」

「この国に五人といない英雄級の固有職ジョブですわよ……?」

「そうなんだ……」

「カナメ殿。して、その固有職ジョブとは……?」

 驚きを隠せない様子のラウルスさんの問いに対して、俺は素直に見立てを答える。

守護戦士ガーディアンです。武器の装備については、あまり制限がなかったと思いますよ。……盾は持っておいたほうが役立つでしょうが」

 俺がそう答えると、しばらく沈黙が下りた。静かだが、みんなが驚いているのが伝わってくる。上級職だもんなぁ。俺自身、『聖騎士』と対峙した時のことを除けば、上級職への転職ジョブチェンジなんて初めてだ。
 ラウルスさんを戦士ウォリアー転職ジョブチェンジさせた時に感じた違和感は、やはりこれだったのだろう。

「なあ、カナメ兄ちゃん」

 そんな沈黙を破ったのは、ラウルスさんではなくジークフリートだった。彼は興味深そうな視線を俺に向ける。

「上級職への転職ジョブチェンジって、いくらかかるんだ?」

 むう、避けて通れないとはいえ、ついにその質問が来たか。俺は言葉を選びながら口を開く。

「いや、それなんだよなぁ。実は、上級職の資質持ちは初めてでさ。相場を決めかねているんだ。
 ただ、上級職への転職ジョブチェンジは能力をごっそり消費するみたいで、二、三人転職ジョブチェンジさせるとエネルギー切れになる。それを考えると、他の固有職ジョブと同じように扱うのは少し難しいかな」

 実は、転職先の固有職ジョブによって代金を変えるという案は、転職ジョブチェンジ事業を開始する際に議論されていた。ただ、どの固有職ジョブ転職ジョブチェンジさせても俺自身が大した負担を感じなかったことと、そして何より、固有職ジョブに優劣をつけるようで躊躇われたという事情により、その案は見送られたのだった。

 とは言え、上級職についてはその限りではないし、資質持ちを見つけたらまた考えようと棚上げしていたのだが、それがここへ来て祟ってしまった格好だ。
 それに、『聖騎士』の一件があるまでは、上級職へ転職(ジョブチェンジ)させた時の能力負担が重いなんて知らなかったしなぁ。

 俺が少し言いにくそうに弁解すると、ラウルスさんが間髪を入れず口を開いた。

「カナメ殿、遠慮する必要はない。上級職の固有職ジョブなど、本来ならどれだけ金銭を積んでも得られるものではないからな」

「けど、いくらくらいになるんだろうな。十万セレルくらい?」

「上級職の強さが噂通りなら、十万セレルでも安いくらいですわよ」

 そんな彼らの言葉を耳にしながら、俺はアルバート司祭と視線を合わせた。司祭には、こうなる可能性をあらかじめ伝えていたからだ。司祭はしばらく悩んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「申し訳ありませんが、上級職の転職ジョブチェンジについては、一度本神殿で協議させてもらってもいいですか? まさか、上級職の固有職ジョブ資質が見つかるとは思っていませんでしたからね……。
 金額もそうですが、上級職への転職ジョブチェンジとなると、人を選ばないわけにはいきませんからね」

 それは当然のことだった。上級職の戦闘能力はあまりにも強大だ。下手な人物を転職ジョブチェンジさせてしまうと、後々大きな事件に繋がる可能性があった。

 そのため、金銭以外の面についてもルールを定めた上で、転職ジョブチェンジの可不可を判断するべきだろうと考えている。……まあ、今更ラウルスさんの人間性を疑うつもりはないんだけどね。

「もちろんです。私も家に戻って、貯金を数え直さねばなりませんからな」

 ラウルスさんが冗談を交えてそう答えると、場に軽い笑いが起きた。そんな彼に、俺は冗談交じりに話しかける。

「いっそのこと代金は後で回収することにして、先に転職ジョブチェンジしてしまいますか?」

 そう尋ねると、ラウルスさんは首を横に振った。

「魅力的な提案だが、さすがにそのような図々しいことはできぬ。上級職を授かるからには、それ相応の真摯な態度で臨むべきだろう。
 カナメ殿がクルシス神殿と協議した上で、私を転職ジョブチェンジさせてもいいと判断してくれたなら、その時は改めてお願いしたい」

 相変わらずラウルスさんは真面目だった。まあ、そんな人じゃなかったら、先に転職ジョブチェンジさせるなんて言わないけどさ。

 と、そんな会話をしていると、今度はアデリーナが待ちきれない、という様子で質問を投げかけてきた。

「ところでカナメさん、わたくしの転職ジョブチェンジはいつできますの? 神殿が完成してからでしょうか?」

「ええと……」

 そう言われて俺はアルバート司祭を見た。すると、好きにしろ、というようにアルバート司祭が肩をすくめる。

「じゃあ、今やってしまおうか」

 俺は荷物から契約書を取り出すと、二人の前に置いた。二人は書面を確認すると、さらさらとそこへ署名を行う。

「……おい、ジークフリート。ちゃんと書面の内容を読んだか?」

「やだよ面倒くさい。どうせ俺が読んだって分かんねーし。それに、カナメ兄ちゃんが俺を騙すわけないだろ?」

「それはそうだが……」

 そんな会話を交わしながら、俺は二人から契約書を回収する。内容に問題がないことを確認すると、俺は契約書を手に持ったまま、二人に転職ジョブチェンジ能力を行使した。

「おおおお……!」

「前とはまた違った感覚ですわね……」

 そんな感想を呟いた二人は、まるで打ち合わせていたかのように自分のステータスプレートを取り出した。そこに記載されていた固有職ジョブ名は、やはり『防衛者ディフェンダー』と『魔槍戦士マジックランサー』だ。

「……もう慣れてきたけどよ、お前さんは本当に事もなげに転職ジョブチェンジさせるよな」

 そんな光景を見て、アルバート司祭が声をかけてきた。

「あ、分かる! 傍から見てると、一睨みしたようにしか見えないよね!」

「神殿で儀式を受けた人は驚くでしょうね……。今なんて、書類をトントン、って整えながらだったものね」

 すると、クルネとミルティが口々に同意する。……うーん、慣れた相手だからと気を抜きすぎたかな。

「カナメ司祭、せめて神殿内ではもう少しそれっぽくやってくれよ?」

「ええ、祝詞の一つくらいはちゃんと唱えるつもりです。……けどまあ、ここにいるメンバーはみんな、私が転職ジョブチェンジ屋をやっていた時のお客さんですからね。今更儀式っぽいことをしてもバレバレです」

「ああ、なるほどな……」

 俺の言い訳を聞いて、アルバート司祭は納得したように頷いた。はったりは大切だけど、使いどころを間違えるとただの道化だからなぁ。まあ、転職ジョブチェンジ屋時代のお客さんなんてそんなにいないから、来たら分かるだろうし。

「さあさあ、みんな待たせたね! そろそろ酒場の営業を開始するよ! ……ええと、クルネちゃんたちはどうする? 軽くつまんでいくかい?」

 と、そこへやって来たのはボーザムさんだった。見れば、いつの間にか周りの机が営業モードに整えられている。

「あ、ううん、大丈夫だよ。……じゃあ、私はそろそろ家に帰るわね」

「じゃあ、私も一緒に失礼しようかしら」

 その言葉を受けて、クルネとミルティが同時に立ち上がる。

「明日も朝から集会場にいると思うから、もし宿屋にいなかったらそっちへ来てくれるか?」

「うん、分かったわ。……じゃあ、また明日ね」

 そう言って、彼女たちは宿屋を後にする。それと入れ替わりで入ってきた村の人たちが、二人を見て目を丸くした。顔見知りだったのだろう、二言、三言と言葉を交わすと、お互い笑い合って別れを告げる。

 ……ああ、やっぱりここは辺境なんだなぁ。

 そんなことを実感しながら、俺は夕食が運ばれてくるのを心待ちにするのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ