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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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辺境

「村長! 大変です!」

 クローディア王国の南部を占める巨大な未開地。人々はそれを『辺境』と呼んでいる。これだけ広範な土地であれば、通常はその地に昔から伝わる地名や主要な街の名称、それらを治める領主の家名などを取って『~地方』と呼称されることが多い。

 だが、危険なモンスターの跋扈する森林がその面積の大半を占めていることや、そこへ至るまでの道程の困難さ、住民のやや閉鎖的な気性などが相まった結果、『辺境』はこれといった固有の名称を与えられることなく現在に至っている。

 そんな辺境の中心に位置するルノール村の村長、フォレノ・フォアハルトは、自警団員の叫び声を聞いて溜息をついた。
 二年ほど前からだろうか。ルノール村には、今までは起こり得なかった様々な問題が降りかかっており、彼はその対処に躍起になっていた。フォレノは、辺境民にしては柔軟な考え方をする人物ではあったが、それでも限度がある。彼は、精神的な疲労の蓄積を感じていた。

 今度はどんな事件が起きたのだろうか。彼は読んでいた手紙から目を離すと、自宅の扉を開けるべく立ち上がった。

「……どうしたのかな?」

 穏やかな声で、伝令役の自警団員にそう問いかける。たしか彼は、最近自警団に入ったばかりの少年だ。名前はたしかルーディアスと言ったか。フォレノは少年の顔を見て、そんなことを思い出した。

「そ、それが、巨大な飛行モンスターが襲ってきたんです!」

「なんだと!? ……どんなモンスターだった?」

 ルーディアスの言葉に一瞬驚いたフォレノだったが、彼はすぐに平静を取り戻すと、努めて優しい声で問いかける。
 フォレノは四十代半ばとは言え、成人済みを含む四人の子供を持つ身だ。こんな時に焦って問いかけても、ろくに要領を得ないことは経験上知っている。

「それが、とっても巨大な鳥で……!」

「……巨大な鳥?」

 その答えを聞いて、フォレノはまだ手元に握りしめていた手紙に目を通した。それは愛娘から送られてきた、大事な手紙だ。彼はその内容を確認するべく、手紙を目の高さに持ち上げた。

「村長! 手紙を読んでいる場合じゃないです! 早くなんとか、しない……と……」

 この緊急事態に何をやっているのか、とばかりにルーディアスが声を上げる。だが、その声はだんだん小さくなっていった。なぜなら、フォレノが満面の笑みを浮かべていたからだ。

「ルーディアス君、二、三日前に自警団に伝達した特別事項を覚えているかね?」

「え……?」

「ミル……こほん、客人が巨大怪鳥ロックに乗ってやって来るという話をしたと思うのだが」

「……あ」

 フォレノの言葉を聞いて、ルーディアスは思い当たることがあったらしく、その顔を青くする。彼の表情を見たフォレノは嫌な予感を覚えた。

「……ひょっとして、緊急連絡用の狼煙を焚いてしまったのかね……?」

「すみません! あんなに大きいモンスターは緊急事態だと思って……!」

 焦った様子で肯定する新人団員を見て、フォレノは苦笑を浮かべた。だが、伝達事項を失念していたとは言え、巨大な飛行モンスターを見るや否や緊急用の狼煙を上げたその行動力は大切なものだった。
 今回の一件が原因で、今後、彼が狼煙を上げることに躊躇してしまうようなことがあってはならない。そのため、フォレノは諭すような口調で問いかける。

「事情は分かった。伝達事項を忘れていたとは言え、咄嗟に狼煙を上げた君の判断力は評価されるべきものだよ。……さてルーディアス君、間違った狼煙を上げてしまった人間がこれからすべきことは何か、分かるかな?」

「えっ……あ、ご、誤報を伝える狼煙を上げます!」

「その通りだね」

 そう答えたルーディアスに対して、フォレノは優しく微笑むと、村の見張り櫓を指差した。そこは、ルーディアスが先程まで詰めていた場所であり、辺境の村々へ連絡事項を伝えるための各種狼煙が常備されている設備でもあった。

「行ってきます!」

 元気よくそう言うと、ルーディアスは駆け出して行った。その様子を見ながらフォレノは考え込む。

 この様子なら、他の村が動き出す前に誤報の狼煙を上げることができるだろう。ただ、『辺境の守護者』だけは間に合わず来てしまうかもしれないが、そこは素直に謝ればいい。
 それに、そもそも彼だって今日はこの村に来る予定なのだ。合図代わりだと思えばいいだろう。

 そう結論づけると、彼は巨大怪鳥ロックの到着を心待ちにするのだった。



――――――――――――――――――――――



「あ! ルノール村が見えたわ!」

 クルネの明るい声が客室に響いた。その嬉しそうな声色が伝染したのか、客室内の雰囲気が一気に賑やかになる。まあ、彼女にとっては二年ぶりの帰郷だ。嬉しくもなるだろう。

「わあ! どれどれ!?」

「どえどえ?」

 そんなクルネの言葉につられるように、二つの人影が彼女の傍へ近寄った。カルシャ村の子供たちだ。五歳の男の子と三歳の女の子は、物怖じせずに窓から眼下の景色を眺める。
 ちなみに、長老のトルナエさんと交渉役の男性は巨大怪鳥ロック便に慣れることができなかったようで、今も身体を丸めるようにして座っていた。

「あれ? ちっちゃいよ?」

「まだ遠いからね。近づけば、もっと大きくなるよ」

「カルシャ村とおなじくらい?」

「うーん、どうかな……」

 カルシャ村を知らないクルネには何とも答えられない質問だ。彼女が困ったような表情を浮かべているのを横目で見ながら、俺は別の窓から外を覗いた。

「久しぶりね……九年ぶりかしら」

 すると、俺の隣まで来たミルティが、同じ窓から外を眺める。その顔に浮かぶ懐かしさの感情は、クルネのものよりもさらに色濃い。そんな彼女は、まだ小さいルノール村を見るうち、意外そうな声を上げた。

「ルノール村って、あんなに大きかったかしら……? 久し振りで感覚が狂っているのかもしれないわね」

「……うーん、言われてみればそうよね。空からルノール村を見たことなんてないから、自信はないけど」

「けれど、縦横の幅のバランスが崩れていることは間違いないわよ。ほら、基本的に村は丸かったでしょう? でも、今は細長くなっているように見えるわ」

「あ、ほんとだ。村が小さくなったとは思えないから、やっぱり大きくなったのかな……」

 九年ぶりに帰郷するミルティと二年ぶりのクルネが、自分の感覚を確認し合う。……そう言えば、辺境に人が集まりつつあるってリカルドや神殿長が言ってたっけ。同乗しているカルシャ村の人たちだってそうだし、思っていた以上に多くの人間が辺境に流れ込んでいるのかもしれない。

「ん? ありゃなんだ? こっちに向かって来てるのか?」

 そんなことを考えていると、俺たちとは逆側の窓を覗いているアルバート司祭から不思議そうな声が上がる。……なんだろう、飛行モンスターだろうか。辺境の奥にいるという飛竜ワイバーンクラスでもなければ、そもそも巨大怪鳥ロックを恐れて近づいて来ることなんてできないと思うんだけどな。

 そう思いながら、俺は司祭が見ている窓を覗き込んだ。たしかに、こちらに近づいて来る何かがいる。最初は小さすぎて判別できなかったが、次第にその詳細が明らかになる。その姿を見て、俺は懐かしさに声を上げた。

「ラウルスさんだ……!」

 まだ豆粒サイズではあるが、ほぼ間違いないだろう。鷲獅子グリフォンに跨り、鈍色に光る鎧を装備した巨漢の戦士。白馬の王子様のように颯爽とした姿ではないが、その堂々とした姿はとても格好良かった。

「え!? ラウルスさん!? ……ほんとだ!」

 俺の言葉に反応したクルネが、隣の窓からラウルスさんを確認する。そんな俺たちをミルティが不思議そうに眺めていることに気付くと、俺はミルティに簡単な説明をした。

「ミルティ、あの人は俺たちと一緒に辺境で地竜アースドラゴンを倒した戦士ウォリアー、ラウルスさんだ」

「ああ、そう言えば聞いたことがあるわ。『辺境の守護者』のことでしょう? ……本当に鷲獅子グリフォンに乗っているのね」

 そう言いながら窓を覗き込むと、ミルティは感心した声を上げた。

 そんなことをしている間にも、ラウルスさんと、その愛騎たる鷲獅子グリフォンはこちらへ接近していた。目的地に近付いたことで巨大怪鳥ロックの速度を落としていたこともあり、鷲獅子グリフォンはみるみる巨大怪鳥ロックに追いつき、そして並走を始める。

 ラウルスさんがこちらに手を振ったように見えたのは、たぶん気のせいではないだろう。その証拠に、クルネが力いっぱい手を振り返している。

「さて、どこに降りたものかな……」

 ルノール村の全景を見ながら、俺はぽつりと呟いた。いくらモンスター慣れしている辺境とは言え、巨大怪鳥ロックを村のど真ん中に降下させるわけにはいかない。
 だが、あまり変な場所に巨大怪鳥ロックを留めておくと、他のモンスターと争い始める可能性もあった。

 と、俺がなんとなく横に目をやると、並走するラウルスさんが、ルノール村の外れを差し示していることに気付いた。ひょっとして、降下地点を指示してくれたんだろうか。

 そのポイントへ向けて巨大怪鳥ロックをゆっくり降下させると、ラウルスさんが満足そうに手を挙げるのが見えた。どうやら正解だったらしい。

 巨大怪鳥ロックはだんだんとその高度を下げていき、やがて、俺たちの乗っていた籠が接地する。「空から落とされても大丈夫」だという非常識レベルの耐衝撃性能を誇る籠が、穏やかな振動だけを俺たちに伝えてきた。動きの止まった籠から、我先にと旅の仲間たちが外へ駆け出す。

 そして、俺たちは久しぶりに辺境の土を踏んだのだった。



「カナメ殿!」

 低く重厚な声が俺の耳に響く。その声の主である『辺境の守護者』の姿は、俺が最後に見た時よりも一回り大きくなっているように思えた。

「お久しぶりです、ラウルスさん」

「久しぶりだな。また会えたことを嬉しく思う」

「俺もです」

 そう答えながら、俺は差し出された手をしっかり握り返した。ありがたいことに、ラウルスさんは本当に俺のことを歓迎してくれているようだった。ついで、彼は俺の肩口に視線を移す。

「キャロ君も久しぶりだな。カナメ殿の護衛は大変だっただろう」

「キュキュッ!」

 そんなラウルスさんの言葉を聞いて、キャロは同意するかのように鳴き声を上げた。そのタイミングのよさに、数人から軽い笑いが起きる。

「クルネ君も元気そうだな。それに、腕を上げたように感じる」

 次いで、ラウルスさんはクルネに視線を向けた。すると、彼女も笑顔で応じる。

「お久しぶりです、ラウルスさん。一体いつの間に鷲獅子グリフォンを手懐けたんですか……?」

「いろいろあってな。たしか、君があの冒険者パーティーと辺境を出て行ってからしばらくしてのことだ。彼らは元気か?」

「ええ、うち二人は固有職ジョブ持ちになりましたし、魔法職の子も新しく増えたし、とてもいいパーティーになっています。
 ……ところでラウルスさん、最近の辺境はどんな感じなんですか? 大きなモンスターの被害は出ていないって聞きましたけど……」

「そうだな、大きな被害は出ていない。最近では――」

 元自警団員のクルネは、やはりそこが気になるようだった。その質問に対して、ラウルスさんが具体的な村名やモンスター名を挙げて説明をする。
 そんな二人の様子を見ていると、俺の肩に手が置かれた。振り返ると、アルバート司祭が何か言いたそうな顔を立っている。

「あれ? 司祭、どうかされましたか?」

「あの戦士が『辺境の守護者』だろ? クルシス神殿としてちゃんと挨拶しとかにゃダメだろ」

「あ……」

 懐かしさでつい忘れていたけど、今やラウルスさんは辺境の有名人であり、大きな影響力を持つ人物だ。クルシス神殿としては、ぜひとも顔を繋いでおきたいところだった。

「すみません、紹介しますね」

 俺はアルバート司祭を伴って、クルネと会話しているラウルスさんに近付いた。すると向こうも気が付いたようで、会話を中断して俺たちのほうへ振り返る。

「ラウルスさん、こちらはクルシス神殿のアルバート上級司祭です」

「初めまして。クルシス神殿上級司祭、アルバート・マクスウェルと申します。『辺境の守護者』の噂は王都でもよく耳にしていますよ」

 俺の言葉に続けて、アルバート司祭が自己紹介を始めた。それに対して、ラウルスさんも手を差し出しながら名乗りを返す。

「ようこそ辺境へ。ラウルス・ゼムニノスです。その二つ名は未だに気恥ずかしいものがありますが……その名に恥じぬよう、研鑽を積まなければなりませんな」

 二人はそう言って握手を交わした。ラウルスさんはもちろんだけど、アルバート司祭もかなり体格がいい。その姿は、現役の冒険者だと言っても通りそうなくらいだ。そのため、二人の握手シーンはなんというか……非常に濃い。

「凄い迫力ね……。まるで今から決闘するみたい」

 俺がそんな失礼な感想を抱いていると、後ろからミルティが声をかけてくる。俺はその言葉に全面的に同意した。

「アルバート司祭が破砕者クラッシャー固有職ジョブを得た後だったら、その決闘で村が吹っ飛びかねないな」

「お父さんが頭を抱える姿が目に浮かぶわ……」

「フォレノさんも大変だ……ん?」

 と、俺はふいに言葉を切った。なぜなら、俺たちに近づく複数の人影に気付いたからだ。ミルティもそれに気付いたようで、俺と同じ方向を見ると、笑顔で手を振る。

「ミルティ!」

 すると、人影のうちの一つが全力で叫びながら、ぶんぶんと手を振り返すのが見えた。……うん、あれはフォレノ村長だな。考えるまでもない。彼の娘に対する溺愛ぶりは有名だったからなぁ。見れば、ミルティが少し恥ずかしそうにしている。

「皆さん、遠路はるばるお疲れ様でしたな。このルノール村で村長をしておりますフォレノ・フォアハルトと申します」

 そんなフォレノさんは俺たちの目の前まで来ると、にこやかにそう自己紹介をした。もちろん俺やクルネはよく知っているため、その言葉はアルバート司祭や、カルシャ村の四人に対して向けられたものだ。

「初めまして。クルシス神殿上級司祭、アルバート・マクスウェルと申します。このたびは、唐突な申し出にも関わらず、好意的なお返事を頂き感謝しています」

 フォレノ村長の言葉を受けて、アルバート司祭が口上を述べる。そして、続けて俺たちの後ろに控えているカルシャ村の人たちを紹介した。
 四人で来る、という連絡しか受けていなかったフォレノさんたちは、その経緯を聞いて納得した表情を浮かべる。

「なるほど、そういう事情でしたか……。今は移民用の簡易宿泊施設も空きがありますから、そちらの四名の住居については当面問題ないでしょう。
 さて、一月後に二十人ほどやって来るのですよね? あらかじめ分かっていてよかった。二十人規模ともなれば、いろいろ考える必要が出てきますからな。……ウェンティゴくん、カルシャ村の方々を頼むよ。宿泊施設と、この村や辺境の簡単な案内をしてほしい」

 フォレノさんがそう指示すると、彼と一緒に来ていたうちの一人が頷いて進み出た。彼に促されて、カルシャ村の四名が荷物をまとめる。

「神子様! このご恩は決して忘れませぬ……!」

「本当にありがとうございました」

「お姉ちゃんたち、またね!」

「ばいばい!」

 四人は口々にそう言いながら、先導する村の人に連れられてこの場から離れて行く。それを見送って、フォレノ村長はほっと一息をついた。

「いや、本当に大変だったのだな。ワシはあの子供たちを見た瞬間、てっきりミルティに隠し子がいたのかと思って焦ったものだよ」

「お父さん! クーちゃんはともかく、カナメさんやアルバート司祭の前よ!? 何言ってるのよ!」

 そんなフォレノさんの言葉を受けて、ミルティが顔を真っ赤にして怒る。

「そ、そうは言っても、クルネちゃんは二年前までこの村にいたんだから、あんな大きな子供がいるはずがないだろう? となれば、答えは一つだと思うじゃないか」

「思わないわよ! というか、そういう問題じゃないって言っているでしょう!? もう、ちゃんと村長らしいところを見せて」

「わ、悪かった……」

 娘の剣幕に押されまくって、フォレノさんが白旗を上げる。まあ、四人中三人が見知った顔となれば、そうなる気持ちは分からないではないけどね。一緒に来てる村の人たちも「またか……」って顔してるし。

「それでは、クルシス神殿の建立について詳しいお話をお伺いしましょう」

 やがて気持ちを切り替えたのか、フォレノさんが真面目な表情を浮かべた。俺たちは彼に続いて、辺境の中心に位置する集会場へ向かうのだった。



「神殿の建立予定地は、このルノール村でよろしいのですかな?」

「新しい神殿の中心人物となるカナメ司祭や、護衛のクルネさんはこの村の出身であると聞いています。また、この村は辺境のほぼ中心に存在し、規模も比較的大きい。辺境に神殿を建立するのであれば、この村が望ましいと考えています」

「なるほど……」

 フォレノさんの質問に対して、アルバート司祭がすらすらと答える。その様子を見守るのは、俺、クルネ、ミルティ、ラウルスさん、そして村の世話役のような人が二人だ。
 集会場の会議室のような場所で、俺たちは古い大きな机を挟んで向かい合っていた。

「……私たちは辺境の人間でして、あまり回りくどい言い方は得意ではありません。ですから、率直なところを言わせてもらいます」

 フォレノさんはそう前置きをすると言葉を続ける。

「クルシス神殿をこの村に建立すること自体については、特に異論はありません。ただし、過度の宗教勧誘を行うつもりであれば、その限りではありませんが」

「……いいんですかい?」

 その言葉に、アルバート司祭が拍子抜けしたように呟いた。驚いたのか、口調がいつものそれに戻っている。だが、それも無理はなかった。

 フォレノさんの言葉は、クルシス神殿が予想していたよりもずいぶん前向きなものだったのだ。
辺境にはこれと言った宗教が存在しない。その代わりに、辺境の民の生き方、とでも言うべきものが彼らの中に備わっており、その考え方こそが精神的な柱となっていた。

 そのため、異質な考え方を提唱する統督教の各宗派は、彼らからすれば胡乱なものにしか見えないのも無理はないし、今までに多くの宗派が信徒獲得を目指しては断念してきた歴史も納得できた。

 それだけに、もう少し難色を示されると思っていたのだ。いくら俺がルノール村に住んでいたとはいえ、クルネたちと違って、俺はあくまで外様でしかない。彼らの態度を軟化させる要素としては不充分であるように思えるのだが……。

「意外そうですな」

「……正直に言えば驚きました」

 問いに対して、司祭は素直にそう答えた。すると、フォレノさんはその種明かしをしてくれる。

「実を言えば、今回の話に反対する者も一定数いるのですよ。司祭様を前にこう言ってはなんですが、リビエールの街あたりから来る統督教の人々の中には、強引な宗教勧誘を行って、私たちを辟易とさせる人物も多いですからな。
 ひどいものになると、一方的に話をした挙句、説法をしたからお金を寄進しろだの、食べ物を寄越せだの、まるでたかりのようです」

 フォレノ村長は苦笑を浮かべた。そう言えば、俺が辺境にいた間にも何度か見たことがあるな。一応統督教の看板を背負っているせいで、あまり乱雑にも扱えず苦労していた記憶がある。

「この村にクルシス神殿が建立されれば、私たちを介してそのような輩に対処することはできるでしょう。……それが理由だと?」

 アルバート司祭がそう問いかけると、フォレノさんは首を横に振った。

「現在、この村の人口は膨れ上がっています。それはルノール村だけの話ではなく、辺境全体で同じことがいえます。理由はお分かりですかな?」

「移民の増加ですね?」

「その通りです。彼らの多くは、モンスターに村を襲われて故郷を失った人々。王都周辺はともかく、王都から遠く離れた村々にまでいちいち討伐軍が差し向けられることはありません。
 そんな彼らだからこそ、『辺境の守護者』として名高いラウルス殿を始めとして、固有職ジョブ持ちの防衛戦力が比較的多く存在している辺境へ落ち延びてくるわけです。
 ちなみに、固有職ジョブ持ちが二人住んでいるこの村は、『辺境の守護者』が住んでいる村と同じくらい人気があるのですよ」

 もちろん、固有職ジョブ持ちが住んでいない村でも、モンスターの最初の襲撃さえ凌げば、連絡用の狼煙を上げることで救援を依頼できる。
 辺境は広いため、それですべてが解決するわけではないが、ラウルスさんが鷲獅子グリフォンと言う騎獣を得てからは、迅速に救援に向かうことができるようになったという。

「それは分かりますが……」

 その説明を聞いて、アルバート司祭がそう呟く。それが神殿の建立とどう関係するんだろうか、という顔だ。だが、俺には一つ閃いたことがあった。

「ひょっとして、新しく移住してきた人たちとうまくいっていないんですか?」

「……そうなんだよ」

 俺の言葉を聞いて、フォレノさんは苦笑交じりに頷いた。

「もちろん、険悪な関係だとか、そういうのじゃないんだよ。ただ、辺境の外から来た人々というのは、やはり違う文化を持っているからね。それは考え方であったり、宗教観であったりするわけだ。」

「つまり、そういった人たちとの調整役になることを期待されていると?」

「その通りだよ。もちろん、本来の宗教的な部分にも期待することは多い。なんせ、ここには冠婚葬祭において式を執り行う宗教施設は存在しないからな」

 その言葉に俺は頷いた。辺境では、冠婚葬祭の取り仕切りは村長か長老が行う習わしだ。しかし、辺境の外から来た人間にとってみれば、神官が一人も存在しない村など信じられないのだろう。
 ……あれ? これって信徒獲得のチャンス?

「ということは、他の宗派からも神殿や教会建立の打診が?」

 同じようなことを考えたのか、アルバート司祭がそう尋ねる。

 辺境にある宗派施設がクルシス神殿しか存在しないのであれば、それはある種の独占状態だ。もちろん、無理に改宗させるつもりはないが、改宗もせず別宗派に冠婚葬祭を依頼するというのは、心理的にハードルが高いはずだ。それに、多数派の圧力というものは確実に存在するしね。

 となれば、是が非でも辺境に進出したい宗派は多いはずだ。

「打診はありましたが、宗派施設の維持ができないと断念したようですな。……それに、先程も申し上げた通り、私たちはあまり統督教に対していいイメージを持っていません。
 今回の話にしても、この村で転職ジョブチェンジ屋をしていたカナメ君を知っているからこそ、こういった込み入った話ができるわけです」

 その言葉を聞いて、俺は目をぱちくりさせた。……俺、そこまで信用されるようなことしたっけか。地竜アースドラゴンを倒した時に、多少は仲間として受け入れられたような気はしたけどさ。

 すると、よっぽど俺が不思議そうな顔をしていたのか、フォレノさんは少し笑いながら口を開く。

「君の人となりについては、この村にいた半年間のみならず、娘のミルティやクルネちゃんを通じて、それなりに把握しているつもりだ。少なくとも、この村を食いものにするようなことはしないだろう。
 それに、君はラウルス殿が信頼する人物だ。『辺境の守護者』が信頼に足ると認めている人間を疑うつもりはないよ」

 おお、なんだこの『辺境の守護者』ブランド。某印籠なみによく利くぞ。もしかしなくても、辺境の影の支配者ってラウルスさんなんじゃ……?

「フォレノ村長、私は武器を振るうしか能がない粗暴な男だ。政治的判断に影響を与えるつもりはないのだが」

 そんなことを思っていると、ラウルスさんが居心地悪そうに発言する。あ、やっぱりラウルスさんはラウルスさんのまんまだった。よかった。俺はなんとなくほっとした。

「もちろんです。私は、ラウルス殿の人を見る目を信用しているだけです。それとも、カナメ君は信頼できませんかな?」

「そんなことはない。彼は信用に足る人物だ」

「ならば問題はありますまい」

 そんなやり取りを目にして、アルバート司祭が目で何かを語りかけてくる。おそらく「えらく信頼されてるな、おい」とかそんなところだろう。
 仮にも地竜アースドラゴンと戦った戦友だからなぁ。そりゃ贔屓目が入っても仕方ないだろう。……もちろん、そう言い切ってくれたことは嬉しいけど。

「まあ、そんなわけで、私たちはクルシス神殿の建立について、前向きに考えているのです」

 一連のやり取りをまとめるように、フォレノさんがそう発言する。それを受けて、アルバート司祭が頷いた。

「なるほど、それはありがたいお話です。それでは、早速ですが詳しいお話をさせて頂きたいのですが……」

「そうですな。王都からこの村へ何度も来るわけにはいかないでしょうし」

 そして、神殿建立の詳しい話が始まった。



「それで、神官の人数は何人の予定ですかな?」

転職ジョブチェンジ業務以外の面については、当面小規模でやっていくつもりです。まずは五、六名といったところでしょう。もちろん、人手が足りなくなるようであれば増員しますが、神事以外の業務については、できるだけこの村の方々を雇用したいと考えています」

「この村の……?」

「聞いた話では、クルネさんはカナメ司祭が転職ジョブチェンジ屋を営んでいた頃、店員として雇用されていたとか。それと同じようなことができないかと考えています」

「クルネちゃんは実家が雑貨屋ですからな。彼女と同じレベルで対人業務がこなせる人間が、この辺境にそういるとは思えませんが……辺境の民の気性はご存知の通りですから」

「新しく移住してきた人々の中には、そういったことが得意な人員もいるのではないかと考えています」

「……なるほど。辺境では採取や狩猟、そして耕作といった能力が重視されますが、そうでない人間も職を得られるようになるわけですな。それはありがたい話です」

 フォレノさんとアルバート司祭が話を進めるのを、俺はぼうっと聞いていた。今のところ、大きな問題点も出ていないようなので、なんだか眠くなってきたくらいだ。

「――それでは、神殿の場所と大きさだが……カナメ君?」

「はい?」

 思わぬところで質問が飛んできて、俺は危うく裏返りかけた声を辛うじて抑える。

「神殿の大きさは、以前に君が転職ジョブチェンジ屋として使用していた建物程度で収まるものかな?」

「そうですね、個人的にはそうしたいくらいで――」

「カナメ司祭。ちょっと待て」

 アルバート司祭はそう口を挟むと、少し引き攣った笑みを浮かべた。

「お前さんが使っていた建物って、どれくらいの規模だったんだ?」

「ええと、普通の民家くらいのサイズでしたよ」

 俺がそう答えると、アルバート司祭は黙ってこめかみを揉み解した。

「民家サイズの神殿って……」

「掃除が簡単ですよ」

 なんせ、新しい神殿では、転職ジョブチェンジの間を一つだけ作って、昔みたいに対面で転職ジョブチェンジ業務をやる予定だからな。大した広さはいらないはずだ。
 ……って、これ以上やるとアルバート司祭が本気で怒りだしそうな気がするな。茶化すのはこれくらいにしておくか。

「……とは言え、神殿はその荘厳さや神秘性をもって、信徒の心に安心を与え、そしてその心を護り育むものです。そして、荘厳さを付与するためには、物理的な巨大さというものが重要な要素となります」

「なんだ、分かってんじゃねえか……」

 俺が真面目くさった顔でそう告げると、アルバート司祭がほっとした顔でそう呟いた。……すみません、場の空気が真面目すぎて耐えられなかったんです。後で司祭に謝っておこう。

「ただ、あまり大きな神殿となると、手がかかるのは事実です。それに、辺境にはあまり居住に適したスペースがありません。もし巨大な神殿を建立して、数少ない居住可能区域を占拠してしまった場合、村の人たちの悪感情を招きかねないと思います」

「もちろん、そう巨大なものを作るつもりはねえさ。あくまで分殿だからな。とは言え、民家十軒分くらいの規模は確保したいところだが」

「十軒分か……ふむ」

 と、俺とアルバート司祭の会話を聞いて、フォレノ村長が考え込んだ。移民が次々流れこんでくるくらいだ、やはり土地の確保は死活問題なのだろう。その事態は充分予想できたことだった。

「それであれば、シュルト大森林に接した区域に神殿の建立許可を頂けませんか? たしか、シュルト大森林はもともと開拓対象エリアですよね?」

 そう、シュルト大森林は、国が推奨する開拓エリアなのだ。モンスターの跋扈や人口の少なさから、今まで開拓する余裕がなかっただけだ。

「そりゃ構わんが……いや、むしろあのシュルト大森林を切り開いてくれるのであればありがたい限りだ」

「民家ならともかく、神殿ですからね。森の浅いところに棲息するようなモンスターであれば、手も出せないほど頑丈な造りにすればいいわけです。ちょっとした防衛装置も作るつもりですし、緊急時には避難所にできるようなものを目指します」

 俺は自信たっぷりにそう答えた。なんせ、こっちには細工師アルティザンのミレニア司祭が付いているからな。ちょっとした迎撃装置くらいは作成可能だ。もちろん定期的に魔力を補充する必要はあるが、それに関しても問題はない。

「森を切り開くことについては、王都へ帰るまでになんとかするつもりです。ちょっと乱暴なやり方になると思いますが」

「……なるほど、それならいい場所がある。スペースは民家四軒分程度しかないが、すぐシュルト大森林に接するような場所だ。森に近いせいで人気がない場所でね。それでは、神殿の六割ほどの部分が、村から飛び出すような形になるのかな?」

「そうですね、神殿の正門を村の中に設置して、そこから森へ入っていくような形で神殿の敷地を確保する予定です。かなり大きく安全エリアを確保するつもりですから、新しい居住スペースや農地をとることも可能かもしれません」

 それは悪い話ではないはずだった。案の定、フォレノさんは乗り気な表情を見せる。

「なるほど、その話が本当であれば、民家十軒と言わず、もっと大きな神殿を建ててもらっても構わないくらいだよ」

「万が一神殿を閉鎖することになっても、スペースは残りますからね」

「そういうことだよ。他者の資本で森を開拓してくれるのであれば、願ったり叶ったりだ」

 そう言って、フォレノさんは悪びれた様子もなく笑い声を上げた。だが、やがて真面目な顔に戻ると、話を続ける。

「だが、神殿の建立となれば一朝一夕にはいかないだろう。職人や建材の目途はついているのかな?」

「宮大工や、砦の建築を得意とする建築師にも声をかけています。彼らと、彼らが連れて来る作業員、そしてこの辺境で仕事を探している人についても、短期的な雇用にはなりますが、採用して神殿建立を手伝ってもらうつもりです」

 ルノール村に限らず、辺境に着いたはいいが、仕事がなくて困っている人は多いはず。永久に存在する仕事ではないが、移民が増えてごった返している現状では、短期的であれ労働力の需要があることは好ましい話のはずだ。神殿の建立が終わる頃には、他の需要が増えていることだろうしね。

「建材は、辺境の北の方に産出地がありましたよね? 特殊な石はともかく、基本的な石材はそこで確保したいと思っているのですが」

 辺境内から持って来たほうが輸送費も少なくてすむし、仕事を発注することでクルシス神殿に対する好感度が上がればしめたものだ、という考えもある。むしろ、外から持って来るほうがありえない話だった。

「石の産地か……ちょうど私の村の辺りだな。任せてくれないか」

 と、そこでラウルスさんが口を開いた。彼がそう言ったことに口を出すのが意外だったのか、俺たちのみならず、フォレノさんたちも少し驚いていた。けどそうか、そう言えば、ラウルスさんの村って北のほうだったな。

「このルノール村と同じく、私の住んでいるトールス村も、仕事にあぶれている移民が多いものでな。仕事があるならありがたい。ただ、クルシス神殿の財布にタカってしまうようで気が引けるが……」

「正当な対価で石材を購入するだけの話ですし、ラウルスさんが気に病むことなんてありませんよ。だいいち、辺境の外から石を買い付けたりしたら、ゼニエル山脈を越えることになってしまって、輸送費がバカ高くなりますし」

「そう言ってもらえると助かる」

 俺の言葉を聞いて、ラウルスさんはほっとしたように息を吐いた。石材の確保については、買い付けのみならず、輸送する人員も確保する必要があるからな。仕事にあぶれている人については、かなりの数を吸収できるはずだ。

「それで、具体的な工期ですが――」

 アルバート司祭が切り出した言葉に、みんなの注目が集まる。仮にも一つの神殿を建立しようというのだ、神殿の建設から始まり、村との連携、住民に対するクルシス神殿のスタンスなど、決めなければならないことは多岐にわたっていた。
 俺たちはそれらを一つずつ議論して情報を共有し、そして方向性を決めていく。

 結局、その日中に話が終わることはなく、俺たちは夕食時になったことを理由にして、初日の打ち合わせを終えたのだった。
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