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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

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告発・下

「なんだって……?」

「たしかに神秘的な雰囲気を感じる……」

「あの輝きは魔力なのか……?」

 アステリオス枢機卿が提出した宝珠は、俺が三頭獣ケルベロス戦の後で入手した宝珠となかなかよく似ていた。
 大きさも似たようなものだし、中で魔力がチカチカ瞬いているのも同様だ。黒光りしている様子も一緒だが、その黒さは少し質が違うように見えた。俺が手に入れた宝珠は混色の黒を、新しく現れた宝珠は純色の黒色を思わせた。

「さて、いかがですかな? 皆さんはあの宝珠を『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』だと勘違いされていたようですが、こうして見れば一目瞭然。……アラン導師、魔法職をお持ちの貴方には、この『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』が持つ魔力を感じ取れるのではありませんかな?」

「……たしかに、この宝珠から強い魔力を感じますね」

 アランさんの答えを聞いて、枢機卿の顔にいやらしい笑みが浮かんだ。

「そうでしょうとも。王国教会の至宝の管理者として、私はこの宝珠が『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』であると断言しましょう」

 そう断言する様はいかにも演技がかっていた。だが、それに口を挟む人間はいない。というか、もしあの『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』が偽物だとしても、管理者がそう言ってしまえば真相は藪の中だ。
 そのことに気が付いたのか、さきほどまで枢機卿を糾弾していた人々が静まりかえった。そんな彼らに話しかけるように、枢機卿は粘着質な声を響かせる。

「さて皆さん。皆さま方の、まるで私があの痛ましい事件の犯人であるかのような仰りようについては、さすがの私も多少傷つきました。
……特にプロメト神殿長。あなたは、大した確証もなくこの私を告発するという、非常に無礼で思慮に欠けた行動をとった。当然、その責は取って頂けるのでしょうな?」

 その瞳に昏い光を湛えて、アステリオス枢機卿は神殿長にそう詰め寄った。じっとりとした沈黙の中、プロメト神殿長と枢機卿の視線が交錯する。

 それからどれくらい時間が過ぎたのだろうか。プロメト神殿長は、いつもの声音でアラン導師に話しかけた。

「……アラン導師。私が解析を依頼した宝珠について、もう少し詳しい話を聞かせてもらってもよいかな?」

「分かりました」

 彼はそう言って一礼すると、俺たちの方へ向き直る。そしてアラン導師は、誰も知らなかったであろう真実を口にした。

「……実は、当研究所には『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』の解析を行ったデータがあります。百年以上前の研究結果なのですが、これが面白いくらいにこの宝珠のデータと酷似しておりまして」

「なんだと!?」

 アランさんの言葉を聞いて、枢機卿が目を見開いた。この話については、最初は説明しないようアラン導師に依頼していたのだが、それが上手くいったようだ。枢機卿の動揺からすると、やはり真実はそういうことなのだろう。

「それによれば、『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』には性能面での数字以外にも面白い特徴があります。
魔力感覚のない方に申し上げてもピンと来ないでしょうが、『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』なる宝珠から発せられる魔力は、一般の魔力とはずいぶんと質が異なっているのです」

 後ほど記録の控えをご覧に入れましょう、と結んだアラン導師だったが、そこへ枢機卿が反論する。

「そのように不確かなものを根拠とされては困りますな。王立魔法研究所を疑うわけではありませんが、アラン導師が異質な魔力だと感じたところで、それは主観的なものでしょう」

 おお、そうきたか。自分自身では察知できない魔力のことでそこまで言えるって、ちょっと尊敬するなぁ。

「うーん……魔法職であれば、誰でも分かるものなのですが……」

「そうは言っても、我々に対してそれを客観的に示すことはできますまい。我々のように固有職ジョブを持たない者からすると、導師のお言葉はなかなか受け入れがたいのですよ」

 どうやら枢機卿は、主観論で魔力の性質の違いをうやむやにするつもりのようだった。だが、そこへプロメト神殿長が口を挟む。

「よろしいかな。……アステリオス枢機卿がおっしゃることにも一理ある。であれば、ここは我ら固有職ジョブを持たぬ者にも分かる形で、その異質な魔力を証明してもらえばよいのではないかな?」

「なにを……」

「なに、アラン導師と、そちらにおられる『聖騎士』殿に判定してもらえばよいのですよ。お二人には後ろを向いてもらい、その上でそれぞれの宝珠を起動させる。もし二人ともが『異質な魔力である』と判定した宝珠があったなら、それはただの主観的な見解とは言えますまい」

 その神殿長の主張に対して、枢機卿はケチをつけることができないようだった。申し出はもっともだし、人選が悪いと言おうにも、『聖騎士』はれっきとした教会所属。アステリオス枢機卿の身内なのだから、むしろ彼に有利だと言われかねないくらいだ。
 実際には、『聖騎士』は真面目な性格だし、枢機卿と仲も悪い。手心を加えることなんてないだろうけど、それでも外部から見れば枢機卿に甘い人選に見えることは間違いなかった。

 プロメト神殿長の提案に従って、アラン導師と『聖騎士』が会議室の中央に立つ。そして、その二人の後方では係官が魔道具の起動準備を行っていた。起動に使う携帯用魔道具の光がちらちらと揺れる。

「――それでは、異質な魔力を感じた時点で手を上げてください」

 係官はそう声をかけると、まずアステリオス枢機卿が持ちこんだ宝珠を起動させる。宝珠の中で渦巻いていた光が、だんだんと外へ漏れ出て行く。だが、二人は微動だにしない。

 次いで、係官はクルシス神殿が提出した宝珠を起動させた。すると、一拍遅れて辺りに妙な魔力が満ちていく。……これで三度目になるけど、やっぱりこの魔力は変な感じだなぁ。あの宝珠の中で、どんな変換作用が起きてるんだろうか。

 俺がそんなことを考えている間に、判定は終わっていた。アラン導師と『聖騎士』が、それぞれ腕を上に挙げたのだ。二人はお互いに見えない角度で立っているため、どちらかの動きに合わせることはできない。

 もはや、どちらが『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』であるかは明らかだった。

「そんな馬鹿なことがあるか! そもそも、たった二人の人間に真贋を判定させることが間違っている!」

「では、今度は魔法職を十名ほど集めますかな?……結果は同じでしょうが」

 がなり立てる枢機卿に対して、プロメト神殿長は淡々と言葉を続ける。

「……アステリオス枢機卿。告発の場において、偽証行為は最も許されざることだ。それはご存知でしょうな」

 だが、枢機卿は何も答えない。放心しているのか、それとも激情を押し殺しているのか。彼は無表情で虚空を見つめていた。

「……プロメト神殿長、一つ確認しておきたいのじゃが、よいかの?」

 そんな枢機卿に代わって声をかけてきたのは、進行役でもあるシグレスタス神殿長だった。飄々とした表情はそのままに、その眼光だけが鋭い。

「アステリオス枢機卿が偽証行為を働いたことは分かった。じゃが、それは『事件への関与』を示す証拠そのものにはならんように思えるのぅ。
 例えば、教会の宝物庫から『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』が盗み出されたとなれば、枢機卿が関与しているとは言い難いのではないかね?」

 進行役として中立を心掛けているのか、シグレスタス神殿長の発言は枢機卿を擁護するかのようだった。だが、プロメト神殿長はその問いを予期していたように淀みなく答える。

「あれだけの大事件です。もし盗み出されたというのであれば、その管理責任を問われてしかるべきでしょう。強大な力を持つ宝具を管理するとは、そういうことです。……少なくとも、世の人々はそう判断すると思われますが」

 その台詞は、シグレスタス神殿長に向けてというよりは、枢機卿に向けてのものだろう。その言葉を聞いた枢機卿は忌々しそうな表情を浮かべた。

「そして、枢機卿が意図的に『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』を帝国貴族に貸し与えたというのであれば、その重大性は言うまでもありません」

 プロメト神殿長の言葉を受けて、主に神殿派の人間から賛同の声が上がる。

 結局、『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』が事件に用いられていたと判明した時点で、管理者たるアステリオス枢機卿がこの場を無傷で切り抜けることは不可能なのだ。プロメト神殿長はさらに言葉を続ける。

「……とは言え、シグレスタス神殿長のお言葉はごもっともです。それでは、別の証人を呼びましょう」

 その声に応えるように、会議室の扉が開かれた。そこに立っていたのは、どこかオドオドした様子の中年の男だ。

「彼の名はエモンド。リビエールの街で暮らしており、辺境案内人を生業としている男性です」

 プロメト神殿長がそう紹介すると、周りに微妙な空気が漂った。

「リビエールというと、南の外れにある……?」

「辺境案内人とは珍しいが……」

 周囲の呟きのほとんどは、神殿長の意図を掴めないことに困惑したものだった。そんな彼らに説明するように、プロメト神殿長は口を開く。

「実はですな、彼は二、三年前に『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』を見たことがあると言うのですよ。……それも、辺境にあるシュルト大森林でね」

 その言葉を聞いた瞬間、周囲がざわめき始めた。それはそうだろう、先ほど枢機卿は「長らく人の目に触れさせていない」と発言したばかりだ。にも関わらず目撃証言があるとなれば、アステリオス枢機卿の言葉の信頼性が揺らぐことになる。

「さて、エモンド殿。改めてお伺いしたいのですが、貴方が『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』を見た時のことを話してもらえますかな?」

 神殿長の言葉によって、皆の視線がエモンドに集まった。さすがに緊張した様子のエモンドだったが、いつまでも黙っていられないと思ったのか、一度かぶりを振ると当時のことを語り始めた。

「あれは二、三年前の話です。辺境案内人をしている私のところへ、少し変わった依頼がありました。その内容は『シュルト大森林を案内する』というものでしたが、あの大森林は辺境の中でも特にモンスターが強力なことで有名です。
 それは自殺行為だと申し上げたのですが、固有職ジョブ持ちが複数同行しており、強力な結界の護符もお持ちとのこと。そこで、私はシュルト大森林の案内を引き受けました」

 そう言うと、エモンドは不安そうに周りを見渡した。プロメト神殿長が頷いてみせると、彼は再び喋り出す。

「そうしてシュルト大森林へ踏み込むことになったのですが、彼らの動きは少し妙でした。固有職ジョブ持ちを揃えて危険を承知で森へ赴いた割には、目的がよく分からないのです。モンスター討伐でもなければ、薬草の採取にも見えない。彼らはしきりに地図を眺めては、何事かを話し合っていました。

 そんな彼らに動きがあったのは、だいぶ経ってからのことです。彼らは突然、大森林の地面に穴を掘り始めたかと思うと、何やら一抱えほどありそうな包みをその中に埋めて、さらに魔道具で結界らしきものを張っていました。そしてその作業が終わると、私たちはまっすぐシュルト大森林を抜けてリビエールの街へと戻ったのです」

「……エモンド君とやら。話が見えないのだが、君はいったい何が言いたいのかね?」

 エモンドの独白に水を差したのは、やはりアステリオス枢機卿だった。苛々した表情を浮かべているのは、話が見えないことに苛立っているのか、それとも……。

「これからですよ、アステリオス枢機卿。……エモンド殿、気にせず続けてください」

 そんな神殿長の言葉を聞いて、エモンドの背筋がぴんと伸びた。その様子を見て、アルバート司祭が小さい声で囁く。

「あの男、えらく縮こまってるな。そんなに枢機卿が怖いのに、よく証人を引き受けたもんだ」

「用済みになってしまえば、後ろ暗い案件に関わった一般人の末路なんて分かり切っていますからね。やられる前にやるしかないのでは?……と話を持っていったところ、協力してくれる気になったようです」

「そりゃまた可哀そうに……だが、でまかせとも言い切れねえな」

 アルバート司祭は苦笑いを浮かべながらそう答えた。そんな会話をしている間にも、エモンドは話を続ける。

「それから数か月後のことです。再び彼らから依頼がありまして、もう一度シュルト大森林へ行きたいというのです。依頼を受けた私は悩みました。なぜなら、その頃シュルト大森林ではモンスターが異常発生しており、案内人は誰一人森へ入りたがらなかったからです。
 それに、前回の彼らの行動には怪しげなものを感じていましたので、私は依頼を受けてもいいものか悩んだ末、彼らの素性を突き止めることにしました」

 その言葉を聞いて、枢機卿の眉がぴくりと動いた。だが、今回は茶々を入れるつもりはないらしく、彼はじっとエモンドを睨んでいた。

「そして仲間のツテを使い、なんとか彼らの素性を突き止めたのですが、意外なことに彼らは教会の関係者のようでした。ですが、私は安心しました。教会の方であれば、なにも怪しいことはないだろうと思いましたので、依頼を受けることにしたのです」

 エモンドの言葉に会議室がざわめいた。特に教会の幹部が座っている辺りは混乱が大きいようで、皆が顔を見合わせている。

「彼らは前回と違って、まっすぐある地点を目指していました。それは、数か月前に何かを埋めた場所です。彼らはそれを発掘する際、さり気なく私の視線をブロックしようとしていましたが、私も彼らの行動に疑問を感じていたため、回収されたそれをこっそり覗き見ました。……それが、あの黒い宝珠だったのです」

 そう言うと、エモンドは会議室の中央に置かれている『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』を指差した。それを受けて、枢機卿が再び反論する。

「それがどうかしたと言うのかね? それが『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』だという証拠でもあると?」

「――アステリオス枢機卿、とりあえず最後まで聞いてもらってもよろしいかな。……エモンド殿、証言してくれたことに感謝する。もう戻ってもらって構わない」

 神殿長がそう言うと、エモンドはほっとした表情を浮かべて足早に退室していった。証言が中途半端ではないか、そんな言葉がちらほら聞こえ始めた頃、プロメト神殿長は再び口を開いた。

「さて、この件についてはもう一人証人がいる。ただ、告発者たる私と近しい間柄であるため、説得力の有無については皆さんの判断にお任せする。……カナメ助祭、証言を」

「はい」

 プロメト神殿長の指名を受けて、俺は返事をすると共に立ち上がった。驚いたような視線がいくつも俺に集まる。

「クルシス神殿助祭、カナメ・モリモトと申します。……さて、私の話は先ほどのエモンド氏のものと密接に関係していることを先に申し上げておきます」

 俺はそう言うと、大きく息を吸い込んだ。

「今から二年半ほど前でしょうか。私が暮らしていた辺境では、大きな事件が起きていました。それはシュルト大森林のモンスターの異常発生です。元々がモンスターの危険と隣り合わせであっただけに、その被害は大きいものでした。
 そのため、異常発生の原因を探るべく、私は辺境の有志と共にシュルト大森林へと分け入ったのですが、そこで不思議なものを発見しました」

 そこで、俺はいったん言葉を切って周りの様子を窺った。どうやら、今のところは真面目に聞いてもらえているようだ。そう判断すると、俺は続きを口にする。

「それは、森に漂う不気味な魔力でした。そして、程なくその魔力が最も濃くなっている場所を見つけたのですが、そこには何もありませんでした。見つかったのは、何かを埋めていたと思われる痕跡だけです」

 そこまで話をすると、ほとんどの人間は気が付いたようで、興味深そうな目を俺に向けてきた。そんな彼らに向かって、俺は真摯な表情で話しかける。

「もうお分かりかと思いますが、その埋められていた何かとは、先ほどエモンド氏が証言した『黒い宝珠』だと考えられます。
 先ほど、アステリオス枢機卿は何を証拠に『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』だと主張するのか、とおっしゃいましたが、私自身がその魔力を体験していますし、その体験からすれば、あの時の魔力と先ほどの『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』の魔力は同一のものだと言えます。お疑いとあれば、当時私と行動を共にしていた二名の魔法職に証言をもらうことも可能です。
 また、二年半前にモンスターが異常発生していたことについては、辺境の村長の連名によるモンスター討伐の嘆願書の写しを入手していますので、そちらでも確認できます」

 俺がそう言い終わると、待っていたかのように枢機卿が口を挟んできた。

「はったりを……! そもそも、なぜ貴様が魔力を感知できる? それに魔法職が二名だと? 辺境にそのような戦力があるものか」

「私には魔力を感知できる特技スキルがあります。そして――」

「――アステリオス枢機卿。彼が誰だかお忘れかな?……このカナメ助祭こそ、転職ジョブチェンジ能力の持ち主なわけだが」

 言葉を被せるようにして、プロメト神殿長が口を開いた。すると、場の視線が俺に集中する。……うわぁ、居心地悪い。どうせ国内の統督教幹部には顔バレしてるし、顔を出すのはいいんだけどさ……

「さて、いかがですかな? エモンド殿とカナメ助祭の話を総合すると、『教会が』『異質な魔力を持つ黒い宝珠を用いて』『モンスターを異常発生させた』ということになるわけですが、今回の事件と似ていませんか?」

 そう言いながら、プロメト神殿長は俺に合図を送る。もう座ってもいいということだろう。俺は一礼して席に座ると、やれやれとばかりに小さく息を吐いた。

「ふん、言いがかりはやめてもらいたいものですな。そもそも、我々には辺境のモンスターに手を出す動機がありませんからな」

「あら、そうですか?……お気を悪くしないでほしいのですけれど、例えば布教活動の一環だと解釈することもできますわ」

 口を挟んできたのは、またもや水神殿の神殿長だった。だが、俺は彼女の言葉の意味が分からず首を捻る。

「……おっしゃる意味が分かりませんな」

 そう答える枢機卿の声は、少し硬質化しているように聞こえた。そんな枢機卿に対して、水神殿の長は穏やかな口調で仮説を口にする。

「教会には『聖女』という優秀な方々がいらっしゃいます。もし辺境でモンスターが大量発生して、現地住民の手に負えなくなったらどうなるでしょうね? 
 王国は辺境が危機に陥っても軍一つ動かさない可能性が高いでしょう。そんな中で、『聖女』が辺境の人々の窮地を救ったら? 統督教が長年達成できないでいる辺境への進出の足掛かりになるかもしれませんわね」

「……逞しい想像力ですな。神殿長の職を辞して、劇作家になられてはいかがかな?きっと人気を博することでしょう」

 仮説を披露したフェリネ神殿長に向かって、アステリオス枢機卿が皮肉を飛ばしながらそれを否定した。だが……。

「アルバート司祭、フェリネ神殿長の言っていることって……」

「可能性は充分あるわね。さすがは貴族との付き合いが多いフェリネ神殿だけあって、ああいうことには目敏いわよ」

 アルバート司祭に問いかけたのだが、答えは前の席にいるミレニア司祭から返ってきた。もしその回答通りだとすれば、最悪の自作自演だな。

 俺がそう考えてムカムカしている間にも、水神殿の長は言葉を続ける。

「特に、アステリオス枢機卿が擁している『聖女』は転職ジョブチェンジの『聖女』と魔術師マジシャンの『聖女』の二人だけ。治癒師ヒーラーであれば、他の方法で人気を集めることもできるでしょうけれど、魔術師マジシャンを活躍させようとする場合、お膳立てが必要ですものね。次の大司教の座を狙って余念がなか――」

「――フェリネ神殿長。それ以上妄想を口に出すのはやめてもらおう」

「あら、申し訳ありません。劇作家が向いているなんて褒められたものですから、つい嬉しくて喋りすぎてしまいました」

 枢機卿が本気で制しにかかったことを察知したのだろう、フェリネ神殿長は皮肉を残すと、穏やかな微笑みを浮かべたまま口を閉ざした。……うわぁ。俺、この人と喧嘩したくないなぁ。今回はなぜか味方してくれるみたいだけど、この人の相手は枢機卿よりよっぽど疲れそうだ。

 俺がそんな失礼なことを考えていると、またもやシグレスタス神殿長が口を挟んでくる。

「なるほどのぅ、興味深い話じゃったわ。……じゃがプロメト神殿長、今の話は数年前に辺境で起きた事件であって、先日王都で起きた事件と直接的に関係しているとまでは言えぬのではないかな?」

 うわ、しっかり嫌なとこをついてきたなぁ。だがプロメト神殿長は動じない。

「直接的な証拠としては弱いかもしれませんが、補強要素としては充分でしょう。それでは仰る通り、次は直接事件に関係していた証人の話を聞くとしましょうか」

 神殿長の合図に少し遅れて、会議室の扉が開かれる。数人の男に囲まれて物々しく登場したのは、この事件の首謀者ワイデン子爵だった。
 子爵を囲んでいるメンバーにアルミードとグラムの二人が混ざっているのを確認して、俺は少し安心した。あの二人がいるなら、この場で子爵を殺害するのは非常に困難なことだろう。

「彼はメルハイム帝国のワイデン子爵。先ほどもご説明した通り、今回の事件の首謀者です」

 その名前を聞いて、周囲のどよめきが大きくなる。中には熾烈な目つきで彼を睨んでいる者もいた。
 だが、ワイデン子爵に脅えた様子は見られない。アルバート司祭から話は聞いていたが、本当に開き直っているようだった。

「ワイデン子爵。まず確認するが、君は帝国の密命を受けてこの王都へ潜入し、古代魔道具を用いてあのモンスター発生事件を引き起こした。それで間違いないかな?」

「……くどい。その通りだと何度も言っているだろう」

 神殿長の問いかけに対して、ワイデン子爵はあくまで不遜にそう答えた。その様子には余裕さえ感じられる。

「そして、潜伏先として滞在していたラムバーク侯爵についてだが、彼とはどのような経緯で知り合ったのかね?」

 と、子爵はラムバーク侯爵の名前を聞くと態度を激変させた。

「あのクズが! 私をあっさり裏切った、あの男だけは絶対に許さん!」

「……そのラムバーク侯爵については、帝国と内通している疑惑があるため、現在調査中だ。もし子爵が協力してくれるのであれば、ラムバーク侯爵の罪を暴くことも容易になるのだが……」

 そんな子爵に対して、プロメト神殿長は魅力的であろう提案を口にした。ラムバーク侯爵憎しの念に憑りつかれた子爵なら、色々と暴露してくれる可能性があるからな。実際、ラムバーク侯爵については法的に訴える準備をしているわけだし、子爵を懐柔することは非常に重要だった。

「それは本当だろうな……?」

「本当だとも。なんせ、我々はラムバーク侯爵に訴えられそうな立場なのでね。先に材料を揃えて、彼を訴えてしまおうと考えている」

 子爵の問いかけに、神殿長は淡々と答えた。だが、それがよかったのか、子爵は薄い笑みを浮かべた。

「それなら問題はない。……いったい何が聞きたいのだ?」

「侯爵とは、どこで知り合ったのかね?」

「ん?……そうだな、たしか奴と知り合ったのは……」

 そう言うと、ワイデン子爵は空を見つめた。やがて思い出したのか、その視線を神殿長の方へ戻すと、自信に満ちた様子で答える。

「教会だ。王国教会に協力者がいると聞いていたのでな。偽名を使って、教会幹部と接触しろと国から言われていた。そこで引き合わされたのだ」

「ほう……? その接触したという教会幹部の名は覚えていますかな?」

「もちろ――」

 子爵が問いに答えようとしたその時だった。ごふっ、という湿った音と共に、ワイデン子爵が口から大量の血を噴き出した。突然の出来事に一帯が騒然となる。

「襲撃か!?」

 俺はとっさに叫んだが、彼に物理的な危害を加えられた様子はなかった。となると――

 俺は立ち上がると、証人控室にいるはずの薬師ケミストマイセンを探して駆け出した。幸いあまり広くない造りであったため、目的の人物と接触するのにそう時間はかからなかった。

「マイセン! 子爵が毒を盛られたかもしれない!」

「なんですって!?」

 さすがは薬師ケミストと言うべきか、それを聞いたマイセンはすぐさま愛用の薬鞄を持って立ち上がった。そんな彼を先導して、俺は会議室へと駆け戻る。

「空けてください! 解毒剤を使います!」

 俺がそう声を上げると、近くにいたグラムが場所を空けてくれた。俺はマイセンをその隙間に押し込むと、この混乱に乗じて彼にとどめをさそうとしている者がいないか、周囲を確認する。

 ワイデン子爵は重体のようだった。床には吐いた血が広がっており、白目を剥いて痙攣している。顔色も異常なまでに白く、その顔は既に死人のようだった。

 それを見たマイセンは鞄から幾つかの液体と植物を取り出すと、その場で薬を調合する。薬師ケミスト特技スキルを使っているのだろう、調合の過程で薬に魔力が込められているのが分かった。

 その間僅か数秒。マイセンは出来上がった液体を子爵の身体に振りかけると、残りを口に含ませる。
 振りかけたほうは、即効クイックリメディ特技スキルを使用したのだろう。薬が子爵に付着してすぐに、彼の痙攣が収まった。次いで、その顔に血の色が戻り始める。

「ぐ……私はどうしたと言うのだ……?」

 意識を取り戻したワイデン子爵は、頭を押さえながらそう呟いた。多少フラフラしているようだが、見た感じではほぼ回復したように見える。俺は改めて薬師ケミストの凄さを思い知った。

「確証はありませんが、遅行性の毒を盛られていたものと」

 そう答えたのはマイセンだった。彼は薬鞄を整理しながら、澄ました顔でそう答える。

解毒薬アンチドートが効いた以上は、そういうことなのでしょう」

「毒を……? いったい誰が……!」

 ワイデン子爵は呆然とそう呟いた。そんな彼に悠然と歩み寄る人影に気付いた俺は、慌てて道を開ける。

「その疑問に対する答えは、子爵自身がご存知だ。……ワイデン子爵、先ほど血を吐く直前に行った質問を覚えているかな?」

 そう問いかけたのはプロメト神殿長だった。

「ん?……たしか、教会幹部と会ったとか、その辺りの話だったか……?」

「その通りだ。その幹部の名はまだ思い出せるかね?」

「当然だ。人の名前をすぐ忘れるようでは貴族失格だからな」

 その問いかけに対して、ワイデン子爵はきっぱりとそう言い切った。彼は迷いのない瞳でその名を告げる。


「――アステリオス枢機卿。侯爵と共に現れた神官はそう名乗っていた」


 彼がそう宣言した瞬間。俺は、会議室の温度が一気に下がるような錯覚を覚えていた。そんな、誰もが凍りついたまま動こうとしないその空間で、唯一温度を保っていたのはその当事者だった。

「……くだらん! 死にかけの男の妄想に付き合っていられるか! そもそも、それが私を騙った偽物でないとどうして言える!?」

 指名されたアステリオス枢機卿は、怒声と共に拳を机に叩きつけた。

「ワイデン子爵、彼がアステリオス枢機卿ですが、あの顔に見覚えは?」

 そう言われて初めて、子爵は枢機卿に気がついたようだった。その姿を見たワイデン子爵は、驚いたように目を見開く。

「もちろんあるとも。ラムバーク侯爵と共に現れたのは、あの男で間違いない」

 プロメト神殿長の問いかけに対して、ワイデン子爵ははっきりとそう断言した。

「きさまぁぁぁっ!」

 席から立ち上がり、子爵に詰め寄ろうとするアステリオス枢機卿を、幾人かの神官が押し止める。その様子を冷静に眺めながら、プロメト神殿長は口を開いた。

「……さて皆さん、いかがですかな? アステリオス枢機卿の身が潔白であると主張されるお方はいらっしゃいますか?」

 その言葉に対して、反論する者は誰もいない。アステリオス枢機卿は口を塞がれているため、言葉にならない音だけがその口からもれ続けていた。そんな中、プロメト神殿長は参加者のただ一人だけに視線を注ぐ。

「……この件については、王国教会として厳正に対処する。もしアステリオス枢機卿が帝国と通じているようなことがあれば、それは統督教にあるまじき重大な教義違反だからな」

 その視線を受けて立ち上がったのは、王国教会の最高幹部バルナーク大司教だ。彼はぐるりと周囲を見回して言葉を続ける。

「今後、この告発の結果を踏まえて調査を行い、処分を下す。関係者各位に多大な迷惑をかけたことについて、王国教会の最高責任者として心よりお詫び申し上げる」

 そう言うと、バルナーク大司教は深々と頭を下げた。隣で『聖騎士』が驚いたような表情を浮かべたが、すぐに頭を切り替えたのか、彼女も併せて頭を下げる。

 それを受けて、プロメト神殿長が幾分穏やかな声で応答した。

「バルナーク大司教、私は教会そのものを告発したつもりはない。隣の『聖騎士』殿に至っては、事件当時に無数のモンスターを討伐した功労者だ。アステリオス枢機卿を厳正に処分すること以外に、私から求めるものはない」

「承知した」

「バルナーク! 貴様ぁぁぁ!」

 プロメト神殿長とバルナーク大司教のやり取りで自らの終焉を悟ったのか、口を塞がれていたはずのアステリオス枢機卿が大声を上げた。だがその声は、やがて伸びてくる複数の手によって再び閉ざされる。
 なおも暴れる枢機卿には、取り押さえる側も苦労しているようだった。

「……ふむ、結論は出たようじゃの。少し変わった幕切れとなったが、これにて此度の告発については終了とさせて頂こうか」

 枢機卿と、彼を取り押さえようとする者たちの騒ぎを眺めながら、進行役であるシグレスタス神殿長はそう宣言した。その言葉を受けてプロメト神殿長が軽く頭を下げる。

 こうして、異例の告発劇はその幕を下ろしたのだった。






「皆、先日はご苦労だったな」

 アステリオス枢機卿が枢機卿の地位を失ったとの連絡が入ったのは、告発から十日ほど経ってのことだった。神殿長室に呼び集められたミレニア司祭とアルバート司祭、そして俺の三人は、神殿長から直々にそのことを伝えられた。

「簡単に言えば失脚だ。せめてもの情けで破門は免れたようだが、もはや彼に権力は残されていない。誰が彼の派閥を受け継ぐのかは不明だが、誰が後継となったにせよ、この先十年は大人しくせざるを得ないだろう。
 また、バルナーク大司教はこの一件を王国に報告すると言ってきた。となれば、王国法でアステリオス枢機卿が裁かれる可能性は非常に高い」

「それはまた、バルナーク大司教も思い切ったもんですね」

「教会の評判が下がるのは間違いないが、大司教にとってみれば、一番の政敵を追い落とすチャンスでもあるからな。それを有効活用しない男ではないだろう。
 それに、あれだけの立会人がいたのだ、隠蔽するわけにもいくまい。そんなことをしようものなら、我々に付け入る隙を与えるだけのことだからな」

 そう答えた神殿長が遠い目をしているのは、ベルゼット元副神殿長のことを思い出していたからだろうか。そんな雰囲気をかき消すように、アルバート司祭は明るい声を出した。

「ま、なんにせよ上手くいってよかった」

「アルバート司祭が、ワイデン子爵から上手く情報を聞き出してくれていたおかげだよ」

「いやまったく、教会の中で奴らに気付かれないように質問するのは大変でしたぜ。まさか、教会の人間が立ち会っている尋問中に、『アステリオス枢機卿のことを知っているな?』なんて聞けませんからね」

 そう言ってアルバート司祭は笑い声を上げた。プロメト神殿長がアステリオス枢機卿の告発に踏み切ったのは、何よりもワイデン子爵の存在が大きかった。実際、彼の証言で流れが決定したもんなぁ。

 と、そんなことを考えていると、しばらく沈黙していた神殿長が口を開いた。

「……カナメ助祭。ついでと言ってはなんだが、確認しておきたいことがある。会議の直接的な議題ではなかったのだが、少し話題になっていたものだからな」

 それは、神殿長らしからぬ勿体ぶりだった。まだ先の話になるだろうが、と前置きしてプロメト神殿長は予想外の問いかけを投げかけてきた。



「――辺境に神殿を建立したいという君の志は、今も変わっていないかね?」

 その言葉をきっかけに、俺は大きな変転の渦へと放り込まれるのだった。
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