挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

54/144

告発・上

「これはこれはアステリオス枢機卿、お久しぶりですな。わざわざお越しいただくとは、何事かありましたかな?」

「なに、少し気になる話を耳にしたものですからな。……ともあれ、突然の訪問で申し訳ない。まずはその非礼をお詫び申し上げる」

 王国教会のナンバー2は、そう言うと神殿長室のソファーに腰を下ろした。その後ろには、いかにも鍛えられていそうな様子の中年男性と、そして銀髪の少女が控えている。……って、あれ?

「お連れの方々も、よろしければお掛けになりませんかな? 名高い『聖女』メヌエット殿を立たせたままとあっては、クルシス神殿の名誉にも関わりますゆえ」

 そう、アステリオス枢機卿は魔術師マジシャンメヌエットを伴っていたのだった。そう言えば彼女は枢機卿派閥だったな。枢機卿と並ぶと、まるで祖父と孫娘に見えるくらいだ。……とはいえ、二人の間にそんな温かい関係があるようには思えなかったが。

「いいの? それじゃボクも座らせてもらおうっと」

 軽い口調でそう言うと、メヌエットは枢機卿の隣に腰を下ろした。

「……私は結構です」

 だが、もう一人の人物はあくまで後ろに立つことを選んだようだった。対して、こちらは神殿長とミレニア司祭がソファーに腰掛けており、その後ろにアルバート司祭と俺が控えている格好だ。

 メヌエットは俺の姿に気が付いたのか、こちらを見て目を丸くした後、何か納得したように頷いていた。

「さて、お忙しい枢機卿のお時間を頂戴するのも申し訳ないことですし、早速ですがご用件をお伺いしましょうか」

 運ばれてきたお茶に口をつけ、お互いが落ち着いた頃合いを見計らって、神殿長はそう切り出した。その問いかけに対して、アステリオス枢機卿は笑顔を浮かべながら口を開く。

「なに、一つお願いがありましてな。ここにいるメヌエットから聞いたのですが、先日のモンスター召喚事件の際に、クルシス神殿の神官殿がとある宝珠を手に入れたそうですな」

 やっぱりこの話か。俺がメヌエットに視線をやると、彼女はどこ吹く風で神殿長室の調度品を眺めているところだった。相変わらずいい性格してるなぁ。

「と言いますと、今は王立魔法研究所に解析を依頼しているあの宝珠のことですな?」

 神殿長がそう答えると、枢機卿は我が意を得たり、とばかりに頷いた。

「さよう、その宝珠のことです。実は、あの宝珠は知人の私的なコレクションの一つでしてな。何者かに盗まれて行方知れずになっていたのですが、こうしてメヌエットが気付いたおかげで、その所在が判明したのですよ」

「ほう……? それで、その知人というのはどなたですかな?」

「申し訳ないが、それは秘密とさせてもらいたい。持ち主は、宝珠が今回の事件に使用された可能性を知って大きくショックを受けているのですよ」

 枢機卿は神殿長の追及を白々しくごまかすと、身を乗り出して言葉を続ける。

「そこでだ。あの宝珠を返還してもらいたい。今は魔法研究所にあるようですが、持ち主が判明している以上、そちらに返すのが筋というものでしょう」

「……なるほど、おっしゃることは分かりました。ですが、魔法研究所の解析によれば、かの宝珠は今回のモンスター召喚事件に深く関わっている可能性が高いとのこと。事件を取り扱っている衛兵や、彼らを統括する護民官に証拠品として提出するべきかと思いますが」

「もちろん、知人も護民官に資料として宝珠を提出するつもりでいますとも。ただ、その前に一度持ち主の手元に返してあげたいと願うのは、そんなにおかしなことですかな?」

 そう語る枢機卿の表情は実に真摯なものだった。相変わらずこの枢機卿のことは好きになれないが、それでもこの演技力だけは尊敬に値するなぁ。

 俺がそんなことを考えている間にも、プロメト神殿長は間髪を入れずに言葉を返す。

「その方のお気持ちは分からないでもありませんが、宝珠が此度の召喚事件において重要な役割を担っていると考えられる以上、そう気軽にお渡しするわけにはいきませんな。
 件の宝珠については、既に正式な形で王立魔法研究所に解析を依頼しております。その意味が分からない枢機卿ではありますまい」

「……プロメト神殿長のご心配は、つまりこういうことですかな? 公式な記録として、クルシス神殿が事件に関する宝珠を手に入れた事実が残されている以上、その宝珠が消失するようなことでもあれば、世間からの非難は必至。そのため、あくまでクルシス神殿の管理下に置いておく必要があると」

「その通り。宝珠の取得が公式記録に残されている以上、クルシス神殿にはそれを完全な形で(・・・・・)保管する義務があります」

「……はて、神殿長のお言葉をそのまま受け取ると、私たちが宝珠をすり替えたり、隠匿したりする可能性を示唆しているように聞こえますが」

……うわー。目の前で丁々発止と繰り広げられる舌戦を見て、俺は思わず心の声を表に出しそうになった。よくもまあ、二人とも言葉に詰まったり、舌を噛んだりしないものだ。

 宝珠の本来の持ち主、というのはいかにも怪しい話だったが、そんなものはいくらでもでっち上げることができる。財産目録の作成義務なんてないのだから、適当な関係者を抱きこんでしまえばそれで終わりだ。証人だって、教会なら幾らでも用意してくるだろうし。

「もちろん、枢機卿を疑ってなどおりませんよ。ただ、先ほどの枢機卿のお言葉によれば、あの宝珠は持ち主の下から盗み出されたものだとか。となれば、再び盗難に遭う可能性を懸念するのは当然のことでしょう。個人邸のセキュリティレベルなど、そうそう引き上げることはできないでしょうからな」

「ならば、我が教会でお預かりするというのはいかがかな? 教会のセキュリティレベルはプロメト神殿長もご存知の通りだ。神殿の警備網を突破できる賊などおりませんよ」

「それこそ本末転倒ではありませんかな? 教会で預かるのであれば、クルシス神殿で預かるのも変わりないと思えますが」

 神殿長の切り返しを受けて、アステリオス枢機卿が初めて言葉に詰まった。まあ、元々無茶な話だからなぁ。いつもは権力のゴリ押しで通していたのかもしれないけど、さすがに七大神殿の長にそれは通用しない。

 それを好機と見たのか、今度はプロメト神殿長が枢機卿に詰め寄った。

「……実はですな。先ほど宝珠の解析を依頼していた魔法研究所から連絡がありまして、賊が押し入ろうとしたそうなのですよ」

「ほう?」

 その言葉を聞いて、アステリオス枢機卿の目が細められる。

「ですがご安心ください、魔法と古代魔道具を使用した魔法研究所のセキュリティは非常に強固です。そのため、賊たちは早々に退散せざるを得なかったようですな」

「……それは心強いですな」

「そして、魔法研究所のセキュリティの優秀さは撃退能力だけに止まりません。私も知らなかったのですが、かの研究所に侵入した者については、たとえ逃走したとしても、魔術的なマーキングが施されるそうなのですよ。
 そのマーキングの魔力を辿って犯人を追うこともできるようで、犯人の拿捕は時間の問題だとのことでしたな」

 それは、先ほどアステリオス枢機卿を待たせている間に、魔法研究所の使者から仕入れた話だった。時間の問題とまでは言ってなかった気がするが……神殿長も人が悪い。

「それは……ぜひとも犯人を捕まえなければなりませんな。何を狙って侵入したのかは分かりませんが、しっかり報いを受けさせるべきでしょう」

 その表情に変化は見られないものの、枢機卿の言葉の速度が明らかに鈍った。裏で何を考えているのかは分からないが、さすがに焦っていると見える。

「おっしゃる通りですな。……ところで枢機卿、私から一つお願いしたいことがあるのですが、よろしいかな?」

「……何か?」

 警戒の色を滲ませて答える枢機卿に、神殿長は鋭い声で問いかける。

「――教会の至宝、『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』を拝借したい」

「!!」

 それは、枢機卿をもってしても予想外の言葉だったらしい。今まで一切表情を崩さなかった枢機卿の顔が、初めて驚きの色に染まった。

「実は王立魔法研究所から、かの宝珠は『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』の特徴に酷似している、との解析結果が伝えられておりましてな。そこで、宝珠のより詳しい解析のためにも、教会の至宝を貸し出して頂けると助かるのですが」

 そんな枢機卿の様子に構わず、プロメト神殿長は飄々と言葉を続けた。

「『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』は門外不出の至宝だ。そのようなことはできませんな」

 だが、さすがは枢機卿と言うべきか、早々に衝撃から立ち直った彼は、即座に神殿長の要請を拒否してみせる。しかし、神殿長に引き下がるつもりはないようだった。

「事件の真相究明のため、そこを曲げてお願いしたい。『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』に限らず、王国教会の至宝はアステリオス枢機卿が管理していらっしゃるはず。枢機卿であれば……」

「――できないと言っている!」

 思わず、といった様子で枢機卿が苛立たしげな声を上げる。だが、その枢機卿に返された声は、力強く、そして冷たい響きだった。

「ならば言い方を変えよう。……アステリオス枢機卿。私は、事件に使用されたかの宝珠こそが『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』ではないかと疑っている。
もし違うと主張するのであれば、『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』を提出してもらいたい」

 続けざまに告げられた言葉に、枢機卿は何も語ろうとはしなかった。怒りに震えることもなく、顔を青ざめさせることもない。その顔からはすとんと表情が抜け落ちており、そのことが不気味さを醸し出していた。

「……それは、どうあっても宝珠を返す気はないと、そういうことでしょうかな?」

「その通りです。それよりも、『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』はいつ拝見させてもらえるのでしょうかな?」

 その言葉を受けて、枢機卿は神殿長を睨むように視線を合わせる。その瞳には、気の弱い者なら悲鳴を上げてもおかしくないような、毒々しくぎらついた光が宿っていた。その様子に尋常でない雰囲気を感じ取った俺は、思わず身体を緊張させる。

「……たかだか神殿の長に過ぎない人間が、調子に乗りすぎではないかね?」

 腹の底から絞り出したかのような、ねっとりとした声色が部屋に響く。その枢機卿の声に合わせるかのように、ずっと彼の後ろに立っていた壮年の男性が、殺気としか言いようのない威圧感を辺りにばら撒いた。

……なるほど、あの男の役目は護衛ではなく、こちらに重点が置かれていたわけだ。枢機卿の怒声を聞きながら、俺はそんなことを考えていた。

 今回の話が分の悪い申し出であることは、枢機卿も自覚していたのだろう。権力のゴリ押しが効かない相手に対する備えというわけだ。権力の天敵は単純暴力だからな。そういう意味では、枢機卿の選択は分からないでもなかった。

 メヌエットを伴っている意味も、『聖女』としての彼女ではなく、魔術師マジシャンとしての彼女のほうにあったのだろう。魔術師マジシャンとして名を馳せている彼女は、特に敵対する意思を見せずとも、相手に対して充分威圧を与えることができるのだから。

 だが、それは悪手でしかなかった。そもそも、相争うことを禁じている統督教の同胞相手に、そんな脅しをしてどうするというのか。そんな教義など恐れず、お前たちを始末することもできるのだぞ、という覚悟を示したつもりなのだろうか。

 俺がそう分析している間にも、枢機卿の言葉は止まらなかった。

「主神オルファスの尊い御言葉も理解せぬ下賤の輩が! 身の程をわきまえよ!」

「……アステリオス枢機卿、今の問題発言は聞かなかったことにしておこう。私は枢機卿と宗教談義をするつもりはないからな」

 頭に血が上った様子の枢機卿とは対照的に、プロメト神殿長は淡々と言葉を紡ぐ。だが、それがまた枢機卿の勘に触ったようだった。彼は目を血走らせながら怒鳴り声を上げる。

「神殿などという矮小な組織にしがみついている小物風情が……! いいだろう! 我が教会を相手に喧嘩を売ると、貴様はそう言うのだな!」

 激昂した枢機卿は、そう大声で叫ぶとソファーから立ち上がった。まるで悪魔のようなその様相に、俺たちは一瞬言葉を失って彼を見つめる。
 そんな俺たちの反応を見て気をよくしたのか、枢機卿は唇の端を持ち上げた。その勝ち誇ったような瞳からすると、俺たちが恐れをなしたと思ったのだろうか。

……だとしたら、俺たちを舐め過ぎというものだ。

「――身の程をわきまえるのは君の方だよ、アステリオス枢機卿」

 護衛の男の殺気をかき消すほどの威圧感を伴って、プロメト神殿長は言葉を叩きつけた。呆気にとられる枢機卿に向かって、さらに言葉を続ける。

「クルシス神殿と正面をきって争いたいのであれば、バルナーク大司教の言葉を持ってきたまえ。たかだか教会の枢機卿に過ぎない君では、言葉の重みが足りないのだよ」

 その言葉は淡々としていながらも、鉄のような重さと冷たさを有しており、その存在感に押されて場が静まり返った。

「なんだと……!」

 その静寂を無理やりかき消すように、枢機卿が唸り声を上げた。だが、その声に先程までの威勢はない。ふと隣に視線をやれば、護衛の男も殺気を放つのを忘れているようだった。

「……アステリオス枢機卿、今日はこれ以上お話ししても意味がありますまい。お引き取り願おう」

 そんな彼らに対して、プロメト神殿長は冷静な口調で退室を要請する。その声の鋭さに、護衛の男がたじろいだ。

「ふざけるな! 宝珠を奪い、私を陥れようとする不埒者が賢しらに何を言う!」

 だが、それでも枢機卿に引くつもりはないようだった。そんな彼を見て、プロメト神殿長が大きく息を吐いた。ゆったりした呼吸の後、彼はもう一度口を開く。

「……よろしい。そこまで言うのであれば、私にも考えがある」

「ほう? 何ができるというのかね?」

 そんな、馬鹿にするような笑みを浮かべる枢機卿を見据えると、神殿長は厳かに宣言した。

「――クルシス神殿長プロメト・スコラディは、アステリオス・ラファール・オーディストン枢機卿を告発する」






 統督教の神官にとっての「告発」とは、裁判権を持つ者に対して訴え出ることを意味しない。それはあくまで統督教内部での手続きであり、そこに国家権力が介在する余地はなかった。

 また、告発は緊急性の高い「緊急告発」と、他の統督教会議に付随して行われる「通常告発」の二種類に分かれており、大抵の告発は「通常告発」に分類される。

「この人たちが、統督教の幹部クラスですか?」

 アステリオス枢機卿がクルシス神殿へ乗り込んできてから数日後。とある重厚な造りの会議室に足を踏み入れた俺は、隣を歩くアルバート司祭に小声でそう話しかけた。

「この国の、って意味ならその通りだ。本当の意味で統督教の幹部クラスと言えるのは、うちの神殿長とダール神殿のシグレスタス神殿長、そして教会のバルナーク大司教の三人だけだがな」

 司祭の言葉に相槌を打ちながら、俺は周囲を見回した。

 今回の臨時会議の議題は、戦争で戦禍を被った人々への救済方針についてであり、つい今しがた、その会議が終了したところだ。「告発」の前に休憩をはさんだこともあって、会議室には空席も目立っていた。

「帰り支度を始めている方がちらほら見受けられますが……」

「ま、通常告発は強制参加じゃねえからな。忙しいとこや興味のないとこは出ねえだろうよ。神殿長は統督教の公式の場であればなんでもいいって言ってたし、気にすんな」

 そんな会話をしながら歩いていると、やがて目的地に辿り着いた。

「アルバート司祭、カナメ助祭、ご苦労だったな」

「私たちの後ろに余分に椅子を用意してもらったから、そちらへ座ってくださるかしら?」

 俺たちを出迎えてくれたのは、プロメト神殿長とミレニア司祭だった。二人の手元にある資料は先ほどの会議のものだろうか。俺とアルバート司祭は、勧められた通り二人の後ろの椅子に腰掛ける。

「それで、準備はできているのかしら?」

「証人もブツも問題ない。いつものパーティーに護衛を依頼しておいたし、もし手を出そうとする奴がいたら、逆にとっ捕まえてくれるだろうさ」

 そうすりゃ新しい証人の一丁上がりだな、とアルバート司祭は愉快そうに笑い声を上げた。

「それなら、後は相手の出方を待つだけですわね」

 そう言って、ミレニア司祭はちらりと視線を動かした。つられてそちらへ目をやると、なんだか久し振りの感があるバルナーク大司教と、こちらは記憶に新しい『聖騎士』メルティナが座っているのが見えた。
 他にも似たような法服を纏った人間が複数いるが、彼らは他の枢機卿や国内の管区を総べる司教であるようだった。

 だが、その場にアステリオス枢機卿はいない。本来ならこの会議に出席してもおかしくないのだが、告発を直前に控えて、人前に出る気分にはなれなかったのだろう。……まあ、単に悪巧みやら隠蔽工作やらで忙しいだけの可能性もあるけどね。

 そんなことを考えながら、俺は会議場を見回すのだった。






「……さて、現在この会議室に残っておられる方々は、此度の『告発』に参加するおつもりだと、そう考えてよろしいかの?」

 会議室に響き渡ったのは、威厳と剽軽さを兼ね備えた、実に特徴的な声だった。その声の主、シグレスタス神殿長はそう問いかけると、ゆっくりと周りを見回した。

 ちなみに、彼が『告発』の進行役を務めている理由は実に単純な消去法だった。本来、告発の進行役については、王国に本神殿があるダール神殿、クルシス神殿と王国教会の三宗派が持ち回りで行う。
 だが、今回の告発はクルシス神殿と王国教会が当事者であるため、必然的にダール神殿の長が進行役を務めることになったのだった。

「それではプロメト神殿長、此度の告発に至る経緯と主張を説明してもらいたい」

「分かりました」

 シグレスタス神殿長の要請に応えて、プロメト神殿長が厳かに立ち上がった。彼はまず一礼すると、場にいる全員を見回しながら説明を始める。

「……今から半月ほど前に、この王都を多数のモンスターが襲った事件については、皆さんの記憶に新しいことと思います。この事件は同胞や多くの有志の力によって、迅速に解決することができました。
 ですがその一方で、モンスターに襲われて不幸にも命を落とした者、大怪我を負った者は決して少なくない。物的被害まで考慮に入れるなら、やはり王都に甚大な影響を及ぼしたと言えるでしょう」

 そう切り出した神殿長の言葉に、幾人かが大きく頷いた。

「特に、この事件において確認された三頭獣ケルベロス巨大怪鳥ロックは、本来ならば軍が出動するレベルのモンスターです。軍や貴族に雇われた固有職ジョブ持ちが戦争で王都を離れていたこともあり、下手をすれば王都が半壊していてもおかしくはなかった」

 そう言うと、プロメト神殿長はアステリオス枢機卿を見据えて、ゆっくりとした口調で告発の主旨を口にする。

「そして、我々クルシス神殿が独自に調査を行った結果、此度のモンスター大量発生には、王国教会のアステリオス枢機卿が関与している可能性が高いとの結論に至ったのです」

 その告発内容に対して、周囲からどよめきが聞こえることはなかった。それもそのはず、告発を行う場合には、会議に先立って告発者と被告発者、そして簡単な告発内容が提示されるからだ。
 ミレニア司祭の話では、告発内容が発表された時には大盛り上がりだったそうだが、おかげで今は静かに話を続けることができた。

「調査結果から浮かび上がってきた全容を、ここで皆さんにお伝えしましょう」

「ふん、自らの妄想を他人様に披露しようとは奇特なことだ。恥をかかないうちに切り上げることをお薦めする」

 神殿長の言葉に対して、アステリオス枢機卿が早々に口を挟んだ。だが、神殿長は気にした様子もなく言葉を続ける。

「事の始まりは、ワイデン子爵という帝国貴族が王都に潜入したことでした。帝国の密命を受けていた彼は、協力者である王国貴族、ラムバーク侯爵の下へ身を寄せて、騒動を起こす機を窺っていました。
 そして、そのワイデン子爵は、一つの古代魔道具を帝国から貸与されていたのです。それは、魔法を使えない者でもモンスターを召喚できるという驚異的な魔道具でした」

 神殿長の言葉を聞いて、周囲がどよめき始める。ただし、それは魔道具についての驚きではなく、ラムバーク侯爵という名前が原因であるようだった。俺も召喚事件の後で調べたのだが、どうやらあの侯爵はそこそこ大物であり、しかも教会派……というか、親アステリオス派として有名だったらしい。

 そう考えると、スポンサーとも言える侯爵の屋敷に踏み入って、ワイデン子爵を連れ帰った『聖騎士』って凄いよなぁ。あ、それとも侯爵が枢機卿の派閥だって知ってたからだろうか。だとしたらなかなか策士だが……彼女の性格的に違うかな。

「しかし解析の結果、その魔道具には大した力が備わっていないことが判明しました。本来ならば、E級モンスターを召喚するのが精一杯だそうです。
 にも関わらず、三頭獣ケルベロス巨大怪鳥ロックのような上級モンスターが召喚された理由。それは、この宝珠にあります」

 神殿長がそう口にすると同時に、制服を着た男性が宝珠を載せた盆を持って入ってくる。彼が会議室中央にある台にそのお盆を置くと、場の全員が黒光りする宝珠を食い入るように見つめた。

「これはモンスター召喚の現場に落ちていたものですが、王立魔法研究所に解析を依頼したところ、驚くべき可能性を示唆されました。……この宝珠は周囲の魔力を吸収し、そして放つ。まさに教会の至宝『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』と同じ性質を持っていると」

 そう言うと、プロメト神殿長はお盆を持って来た男性を手で差し示した。

「ご紹介しましょう、彼は王立魔法研究所で顧問魔導師を務めているアラン導師です。宝珠についての詳しい説明は彼から行ってもらいます」

「……王立魔法研究所のアラン・フィズリールと申します。よろしくお願い申し上げます」

 そう口を開いたのは、どこか眠たそうな眼差しが印象的な、四十歳くらいの男性だった。はっきり覚えていないが、どうも俺が転職ジョブチェンジさせた人らしい。

 本当は、やけに意気込んでいた所長か副所長が証言してくれると言ってくれていたのだが、彼らは立場上まずいだろうということで、彼が証言することになったのだ。
 ミルティに頼んでもよかったんだけど、彼女は俺と親しいから証人には不適格だって言われたんだよねぇ。

「早速ですが、この宝珠の力についてはプロメト神殿長がおっしゃった通りです。敢えて補足するならば、その魔力吸収能力や変換効率、魔力貯蔵量が尋常ではないレベルである、というところでしょうか。
 おかげで、この宝珠の魔力が充満した空間では、動物の魔物化やモンスターの狂暴化、そして召喚モンスターの異常強化という現象が確認されました」

 アランさんの最後の言葉を聞いて、誰かが息を飲んだ。ここまで言えば、誰もが同じ結論に辿り着くだろう。

「つまり、この宝珠がなければ、あんなおぞましい事件を起こすことはできなかったということですな。
なお、その魔道具も後でお目にかけるつもりですが、実際に起動させても召喚できるものは魔物ですらない、ただの動物であることが多いようです」

 プロメト神殿長がそう説明すると、人々の目は再び宝珠へと向けられた。そんな彼らを嘲笑うかのように、宝珠の中で光が明滅を繰り返す。

「……プロメト神殿長、そのお話は本当なのですか? 古代魔道具とこの宝珠を組み合わせることで、あのような凶悪なモンスターを多数召喚できると……?」

 そんな中で口を開いたのは、知を司る大地神の神殿長だった。ミレニア司祭からグラシオス本神殿の神殿長はいかにも学者っぽい人物だったと聞いていたが、このクローディア王国にある分殿の神殿長もまた、それに違わぬ学者らしい風貌を備えていた。

 瞳を輝かせて問いかけるその様子は、枢機卿の不正を暴くというよりは、宝珠と魔道具を組み合わせることについての純粋な興味が見て取れた。

「この解析結果については、王立魔法研究所の公式な研究記録にも記載されているものです。内容については私たちが保証します」

 そう答えたのはプロメト神殿長ではなく、先ほどまで説明していたアラン導師だった。その答えを聞いて、大地の神殿長は感じ入るような表情を浮かべる。

「王立魔法研究所が保証するというのであれば、証拠として不足はありません。……けれど、それはつまり、宝珠の持ち主がこの大事件を引き起こしたということになりますね」

 それは、水を司るフェリネ神殿長の言葉だ。彼女はその穏やかな風貌に似合わず、なかなか鋭いところまで踏み込んだ発言を行った。

「へえ……。今回はクルシス神殿を引きずり下ろすよりも、教会を引きずり下ろしたほうが有益だと判断したみてえだな」

 隣にいるアルバート司祭が小声で耳打ちをしてくる。そういえば、フェリネ神殿は神殿派ナンバー2の座を、クルシス神殿やガレオン神殿と争っている仲だったっけ。それでも、教会の勢力を削げるなら協力も辞さないわけか。

 切り込んだ彼女の言葉を受けて、参加者数十名の視線がアステリオス枢機卿に注がれた。本来なら、王国教会の最高責任者であるバルナーク大司教に目をやるべきなのかもしれないが、教会の宝具があの枢機卿によって管理……というか独占されているのは有名な話であるようだった。……バルナーク大司教、けっこう苦労してるんだなぁ。

 俺の思考が寄り道をしている間にも、枢機卿を糾弾する言葉は続く。

「ということは、この宝珠が『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』であった場合、あのおぞましい事件を引き起こしたのは教会ということになってしまいますが……」

 さも狼狽えたように、だがそれにしては朗々たる口調でそう発言したのは、闇神の神殿長だ。彼に対してアステリオス枢機卿が怒りのこもった目つきを向けているが、一向に気にした様子はない。どうやら、なかなかいい性格をしているようだった。

 そんな神殿派の発言を皮切りに、アステリオス枢機卿を非難するような発言がぽつぽつと出始める。みんな、最大派閥の教会に対して言いたい放題だな。根っからの小心者である俺には、とてもじゃないけどできそうにない。

「アステリオス枢機卿は色んなところで恨みを買ってるからな。相手があの枢機卿以外なら、ここまで非難は出ねえだろうさ」

 俺が場の展開に驚いていると、アルバート司祭がそう説明してくれる。神々の遊戯(カプリス)や先日の神殿長室での奴の言動を思い返すと、司祭の言葉には非常に説得力があった。
 だが、そんな非難を真っ向から受けても、アステリオス枢機卿に動じた様子は見受けられなかった。あくまで堂々と座る彼の姿に、俺は不安をかきたてられる。

 と、場の視線を一身に受けていた枢機卿が動いた。彼が発言する雰囲気を感じ取ると、参加者全員が押し黙る。急に訪れた静寂の中で、枢機卿は薄く笑みを浮かべた。

「……なるほど、なるほど。皆さんのお気持ちはよく分かりました。実に正義感が強く、さすがは我が同胞と感心していたところです」

 枢機卿から放たれたのは、そんな皮肉交じりの言葉だった。次いで、彼は会議室の扉付近に向かって合図を送る。すると扉が開かれ、そこから見覚えのある男が盆を捧げ持って現れた。

「あいつは、この前枢機卿と一緒に来た奴じゃねえか」

「そうですよね」

 その姿を見て、俺たちは小声で言葉を交わす。だが、その盆に載せられているものを見て、俺たちは思わず言葉を失った。

「事態が事態ですからな。長らく人の目に触れさせたことはありませんでしたが、今回は特別に宝物庫から持ち出して参りました。さて、皆さん。

――これが教会の至宝、『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』です」

 勝ち誇った笑みを浮かべると、枢機卿はそう言い放ったのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ