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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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究明

「これは、いよいよ本気かな……」

 国境を挟んで対峙している両軍を眺めたリカルドは、その顔に苦笑を浮かべながらそう呟いた。

 その評は帝国軍に対してものではない。彼の思考は、自らが所属している王国軍と、裏で糸を引いているであろう王国首脳へと向けられていた。

 リカルドがざっと周囲を見回すと、同じ王国でそれなりに名の知れている貴族や軍人が幾人も目に入ってくる。小隊長か、もしくは彼と同じ中隊長がほとんどだろうが、その中身が異常に濃いのは一目瞭然だった。

 そんな編成を見て、どうしたものかとリカルドは考えを巡らせる。彼らはたしかに王国で名の知れた存在だ。
 だが、それは悪い意味で(・・・・・)という注釈がつく。度の過ぎた暴力で王宮への出入りを禁じられた者や、色に溺れて周りを顧みなくなった者、賭博に入れ込みすぎて全財産を抵当に入れた者など、なかなか豪勢な顔触れだと言えた。

 そして極めつけは、この部隊の要となる固有職ジョブ持ちだ。リカルドと同じ部隊に配属されたのは戦士ウォリアーの男だが、彼は非常に粗暴であり、貴族に暴行を働いたことすらあるという。
 この戦場で、その粗暴さがいい方へ作用してくれればいいのだが、あまり楽観的にはなれないリカルドだった。

 元々、この戦争は王国の敗色が濃厚だ。だから、王国軍の上層部が考えていることは、いかに勝つかではなく、どう敗けるかであったし、リカルドもそれは正しいと考えていた。
 だが、実際に戦場に出る人間としてはたまったものではない。

「何を浮かない顔をしているんだ?」

 考え込むリカルドに後方から声がかけられた。振り返れば、そこにいたのは零細貴族の四男だった。顔見知りの姿を目にして、リカルドはほっと息を吐く。

 たしかに、この部隊には悪名高い人間がひしめいているが、中には彼のように信頼できる人間も混ざっていた。彼らの多くは、その能力の高さゆえに継嗣に疎まれたり、お家騒動の元になると親から危険視されている者たちだった。

 だが、彼らを送り込んだ者たちに名誉の戦死を期待されているという意味では、両者の立ち位置はそう変わらない。
 自身もその一人であるリカルドは、大袈裟に肩をすくめてみせる。

「これで景気のいい顔をしていられるかい?」

「違いない」

 リカルドの答えを聞いて、彼は笑い声を上げた。それが心からの笑いでないことはお互い百も承知だが、それでも辛気臭い顔をしているよりはマシだった。

「……ところで、そろそろ始まりそうだな」

 ひとしきり笑い声を上げた後で、彼がそう話しかけてくる。そこに、先ほどまで浮かんでいた笑顔は欠片も残っていなかった。
 そんな彼に、リカルドも真面目な表情を浮かべて応じる。

「ああ、時間の問題だろうね」

 続けて、リカルドが戦術的な話を切り出そうとした時だった。辺り一帯に、ブォォォ、という重低音が響き渡った。その重厚な音の発生源が、部隊本陣に置かれている巨大な太笛であることは確認するまでもない。

 二人は同時に頷き合う。その音の意味は、部隊長は兵士を束ねて速やかに集合せよ、というものだ。そして両軍の緊張感が高まっている今、それが出陣を意味する可能性は非常に高かった。

「……死ぬなよ」

「そっちこそ。……お互い無事に帰ったら、王都で一杯やろう」

 二人は真剣な眼差しで言葉を交わす。その目に共通しているのは、他人の思惑通り死んでたまるか、という意志だろうか。

「とっておきの店を紹介してくれるんだろうな?」

「考えておくよ」

 彼らはそう再会を約すと、自分の部隊へと戻って行った。



――戦況は芳しくなかった。いや、もっと有り体に表現するなら、惨敗していると言っていいだろう。

 王国と帝国が戦端を開いたのは、実に二十数年ぶりのことだ。当時、リカルドはまだ生まれてもいなかったが、その戦争に従事した教育係の話では、大国である帝国が有利ながらも、王国も奮闘を見せたという。

 だが、それはあくまで過去の話だ。リカルドはそう思い知らされた。

「まさか、魔道具を一般兵が使用するとはな……」

 馬上のリカルドは、苦々しい思いで目の前の戦闘を見つめた。『固有職ジョブ』の王国と『古代遺産』の帝国。二十年前の戦争においては、それが両国の戦争におけるスタイルを表していた。

 しかし、戦争に使用できるような魔道具がそう簡単に発掘されるはずもなく、魔道具は帝国軍の切り札として、大隊長格の貴族が持っていたと聞く。
 だが、火炎球ファイアーボールほどではないにしろ、直撃すれば戦闘不能は間違いない火の玉を放ってくるのは、どう見ても歩兵クラスの帝国兵士たちだった。もちろん装備している兵士の数はそう多くないが、それでも脅威であることは間違いない。

 まず飛び道具で牽制して、早めに混戦に持ち込んだほうがいいかもしれない。そうすればあの魔道具も使いにくくなるだろう。
 リカルドはそう考えると、大声で指示を出すべく息を吸い込んだ。

「弓兵! 魔道具を持っている敵を優先的に――」

 その脅威を取り除くため指示を出そうとするリカルドだったが、視界の片隅で動く人影を見つけて、急遽その指示を取りやめる。なぜなら、リカルドの部隊に所属する戦士ウォリアーが前線に突っ込んでいったからだ。

 まだ前線に出ないようにと命じた上で、見張りの人間もつけていたのだが、どうやら抑えられなかったようだ。彼に命中する可能性を考えると、弓を射かけることはもはやできない。少し引きつるこめかみを揉みほぐしながら、リカルドは戦士ウォリアーの様子を確認した。

 さすがは固有職ジョブ持ちだけあって、その動きは並の兵士など比較にならないほど速く、そして鋭い。彼の剣に圧倒され、敵兵は二、三合と持たず斬り伏せられていく。

 そうして、戦士ウォリアーが魔道具を持つ兵士に近付いた時だった。その横手にいた男が、戦士ウォリアーの動きに勝るとも劣らない素早さで、彼目がけて槍を繰り出した。

 だが、腕を浅く裂かれながらも、戦士ウォリアーは踏み止まった。あの素早さからすると、おそらく相手は槍使い(ランサー)だろう。固有職ジョブ持ちを相手にして、初めて戦士ウォリアーの動きが止まる。

 やはり、帝国が秘密裏に固有職ジョブ持ちの数を増やしていたというのは事実であるようだった。帝国軍に所属する固有職ジョブ持ちは少ないというのが、王国上層部の見解だった。だが、この規模の部隊に固有職ジョブ持ちが配置されているとなると、帝国軍の固有職ジョブ持ちの総数はそこそこの人数だと考えられた。

 と、そんな戦士ウォリアー目がけて、狙われていた兵士が魔道具から炎を放った。

「まずい!」

 なんとか炎を避けてみせた戦士ウォリアーの反応は素晴らしいものだった。だが、そこにいたのはただの兵士だけではない。炎を避けることに意識がいった隙をついて、槍使い(ランサー)は渾身の突きを戦士ウォリアーに見舞った。

 その穂先は戦士ウォリアーの剣を弾き飛ばすと同時に、その左腕に浅い傷を刻み込む。と、手傷を負わされたことで、戦士ウォリアーの表情が切り替わった。
 先程までは熱に浮かされたような表情で戦っていた男が、今では顔面蒼白になっている。剣を失ったことが信じられないのか、その眼は見開かれていた。

 そんな戦士ウォリアーは、自分目がけて突き入れられる槍をなんとか避けると、くるりと相手に背を向けて、ものすごい形相でこちらへ走ってくる。

「弓兵長! 戦士ウォリアーに剣を渡してやってくれ! 第一、第二弓兵隊は槍使い(ランサー)へ、第三弓兵隊は魔道具を持った兵士に射線を集中しろ!」

 剣を失って焦っているだろう戦士ウォリアーを見て、リカルドはそう叫んだ。なんとか彼を援護しなければならない。リカルドの指示を受けて、弓兵長が腰の剣を鞘ごと取り外した。と――。

「なんだって!?」

 だが、戦士ウォリアーは予想外の行動に出た。剣を渡そうとする弓兵長を突き飛ばすと、そのまま後方に向かって走り去ってしまったのだ。あまりのことに、リカルドは一瞬呆然とした。どうやら、あの戦士ウォリアーは粗暴なだけではなく、臆病でもあったようだった。もはや、彼がこの隊列に復帰することはあるまい。

 前を見れば、弓兵の射撃の隙をついて、槍使い(ランサー)がこちらへ接近しようとしていた。リカルドの部隊は戦士ウォリアー支援のため弓兵が多く、近接戦闘のできる兵士はそう多くない。

 なんとか他の固有職ジョブ持ち部隊と合流したいものだが……リカルドがそう考えた時だった。

 凄まじい爆音が、辺り一帯を揺るがした。

「なんだ……!?」

 爆音の発生源はこの付近ではないようだった。見れば、離れた王国軍の主翼からもうもうと煙や土埃が上がっている。遠目からでも分かるその破壊跡に、リカルドは魔術師マジシャンの大魔法かと疑ったが、それにしても、あれだけの破壊力を持つ魔法というものは聞いたことがなかった。

「……あれは?」

 次いで帝国軍に目をやったリカルドは、帝国軍の中央付近からも煙が上がっていることに気が付いた。王国軍があの辺りを攻撃した様子はなかったが……そんな思いから目を凝らしたリカルドは、そこに巨大な魔道具らしきものが設置されていることに気が付いた。

 そして、煙が上っているのもその付近だ。ということは――

「もう駄目だ! 逃げろおおお!」

「あんなヤベえ攻撃、固有職ジョブ持ちだろうが勝てるわけねえだろ!」

 と、リカルドの周囲でそんな声が上がる。そしてそれは、リカルドの周囲に限った話ではなかった。王国軍全体が、凶悪な広範囲攻撃に恐れをなしていた。

「落ち着け! あの攻撃を行った魔道具は煙を噴いて故障している! もうあのような攻撃はない! 帝国は虎の子を使い切ったのだ!」

 推測の域ではあったが、リカルドは中隊長としての責を果たすべく、そう声を張り上げる。だが彼は、王国軍が崩れることを半ば確信していた。

 まもなく、謎の大規模攻撃を受けた王国軍中央部を中心に、兵士が敗走を始める。そして、リカルドたちの部隊がそれに飲みこまれるまでに、そう時間はかからなかった。

「ちっ!」

 彼にしては珍しく舌打ちをすると、まだ逃げ出していない兵士たちに向かって、リカルドは撤退の指示を出した。もはや撤退ではなく敗走、潰走の類でしかないが、彼の指示を聞いた兵士たちはほっとした様子で頷き合うと、一目散に後ろへと駆け出す。

 そんな彼らと共に、リカルドも後方を窺いつつ撤退を始める。正式な撤退命令は出ていないが、現に周囲の部隊は全て潰走していた。もはやリカルドがするべきことは、いかにして生き延びるか、というその一点に尽きた。

「あれは……」

 リカルドが馬を駆っていると、幾つか見知った後ろ姿が目に入る。だが、それを見た彼は顔をしかめた。あれは、同じ部隊の悪名高い貴族やその部下たちだ。
 彼らと一緒に逃避行という選択肢は、どう考えても悪手だ。それに、これだけ固まって逃走していると追撃時の標的にされやすいだろう。

 そう判断したリカルドは、少し馬の進路を逸らすと一目散に馬を駆った。



「ついてないな……」

 主戦場からはそれなりに離れた小道を、単身で逃走していたリカルドはそうぼやいた。なぜなら、進む彼を押し止めるように帝国兵が現れたからだ。
 数は六人。そのことを把握して、リカルドは少し余裕を取り戻した。歩兵六人程度であれば、走る馬の勢いで充分突破できるはずだ。馬に負傷さえさせなければ、逃げ切ることはたやすいことだった。

 そう読んだリカルドだったが、彼らのうち一人が手にしている武器を見て表情が固まる。それは、先ほどの戦闘でも活躍していた魔道具だ。兵士は余裕の表情を浮かべながら、リカルドに向けて魔道具を構えた。

 ゴウッ、という音と共にリカルド目がけて火弾が放たれる。突進している馬の速度を考えれば、その火弾を回避することは絶望的だった。だが――。

 不思議な音と共に、リカルド目がけて放たれた火弾が消失する。まるで不可視の壁にかき消されたかのような現象に、帝国兵が驚愕の表情を浮かべた。
 だが、リカルドにそれをゆっくり観察している余裕はなかった。乗騎が暴れ出したのだ。直撃しなかったとはいえ、眼前に火弾が迫っていたのだ、いかに鍛えられた軍馬とて平静を保てるものばかりではない。

 そんな乗騎を制御しようとするリカルドに、剣や槍を持った帝国兵が近づく。このままでは槍ぶすまになるのも時間の問題だと判断したリカルドは、やむなく馬から飛び降りた。主を失った馬は、そのままいずこへともなく走り去っていく。

 そうして着地したリカルドは、すぐに剣を抜いて兵士たちと対峙した。彼らは、火弾をなんらかの方法で防いだリカルドを警戒しているのか、すぐに襲いかかる様子は見られなかった。

 さて、どうするか。リカルドは余裕のある表情を崩さないよう注意しながら、彼らへの対処を考えた。もしこれが一対一の戦いであれば、リカルドが負けることはおそらくないだろう。固有職ジョブ持ちには及ばないが、剣の腕に関してはそれなりに自信も実績もある。

 リカルドの持ち札は、それなりの剣の腕と、カナメが個人的に貸し出してくれた炎避けの魔道具、そして対物障壁を発生させる魔道具の三つだ。

 だが、本格的な戦闘用に作られたわけではない魔道具については、その限界について注意を受けている。炎避けの魔道具は、あの火弾をもう一度防ぐのが精いっぱいだろうし、対物障壁もあまり強力な負荷がかかると破壊されてしまう。稼働時間にもそう余裕はなく、六人を相手取るのに足りる装備とはさすがに言えない状況だった。

 戦う、逃げる、口三寸で凌ぐ。魔道具を使って固有職ジョブ持ちを演じるのもいいかもしれない。リカルドは、自分が取ることのできる選択肢を思い浮かべると、一つ一つ高速で検討を加えていく。

 と、そんな彼の脳裏に、ふいにカナメの顔が浮かんだ。統督教は国家間の争いには不介入だ。今も王都で転職ジョブチェンジ業務をこなしながら、飄々とした笑みを浮かべていることだろう。

 僕は、彼に恩を返すことができるんだろうか。元の世界に戻らないでくれと図々しく懇願しておきながら、彼になんの恩返しもできないまま、こうして命の危機に陥っている。そう考えると、リカルドの胸を苦いものが満たす。だが……。

――まずは、生き延びてからだ。

 リカルドは覚悟を決めると、帝国兵に対して悠然と歩み寄って行った。



―――――――――――――――――――



「王国軍が敗北したというのは本当ですか!?」

 王国軍敗走の報は、瞬く間に王都に広まっていた。朝一番で神殿長室に呼ばれていた俺は、部屋に入るなり、誰にともなくそう尋ねた。

「おう、カナメ助祭。おはようさん」

 真っ先に反応したのはアルバート司祭だった。彼は気安い口調でそう挨拶をすると、軽く手を上げた。

「王国の敗北については、お前さんが言う通りだぜ」

 そして、なんの驚きもなく情報を口にしたアルバート司祭を見て、俺は神殿上層部がもっと早い段階で情報を掴んでいたことを理解した。
……まあ、俺はあくまで助祭でしかないからなぁ。その機密情報をどうして教えてくれなかったのかと言える立場ではないし、そこまでして早く知りたかったかと言えば、それも微妙なところだった。

「それで、どうするんですか?」

「どう、つってもな……」

「カナメ君、私たち統督教は国の争いには関与しないわ。戦後調停には教会やダール神殿が立ち会うでしょうけれど、あくまでそれだけ。
 戦闘行為自体は終結したようだから、統督教として負傷者や戦場付近の村々の救済を行う予定はあるけれど、そのあたりは統督教の臨時幹部会議で決めることになるでしょうね」

 アルバート司祭に代わって、ミレニア司祭がそう説明してくれる。

「戦争は完全に終結したんですか? いくらなんでも、一度敗戦したくらいで王国が諦めるとは思えないのですが……」

「元々、帝国に負けることを前提にしていたようね。国力からすれば無理もないわ。それに、カナメ君は一度敗戦したくらいでと言ったけど、今回の戦いは圧倒的大敗だったそうよ。再戦を考えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいにね」

 なんだそりゃ。たしかに王国軍が敗走したとは聞いていたし、戦争が終結しそうだという噂も流れていたけど、そこまで惨敗したなんて知らなかったな。やっぱり、何かしら情報統制が敷かれているのだろうか。

「しかし、敗戦国ともなれば大きな損害を被るのは確実ですよね? 帝国の要求するものが金銭なのか領土なのか、それともなにがしの権利なのか知りませんが……」

「ここ数十年の帝国の動きからすれば、おそらく目的は領土拡張ね。今回の戦争の大義名分も、『古来より帝国の領土であった土地を、王国が不当に占拠している』というものだったし」

 おお、いっそ清々しいくらいに胡散臭い大義名分だな。それを掲げて他国に攻め込めるということは、よほど帝国の国力は抜きんでているんだろうなぁ。

「それに、今までの例で言えば、帝国は広域にわたる領土の奪取はしないわ。あくまで少しずつ切り取っていく。それが帝国のやり方よ。相手国にとって重要性の低い土地であれば、それなりの広さを求めることもあるけれどね」

 おかげで相手国は安心して敗北することができるのよ、と付け加えて、ミレニア司祭は肩をすくめてみせた。

「けどそれって、いつかは帝国が一人勝ちする気がするんですが……」

「ええ、それはどの国も分かっているはずよ。けれど、その時々の為政者にとってみれば領土が少し減っただけ。後世に致命的な失点として語り継がれるほどのことでもない。
 むしろ、闇雲に徹底抗戦して帝国を本気で怒らせるほうが、時の為政者にとっては怖いことなんじゃないかしら?」

「なるほど……」

 なんだか釈然としないが、どちらにせよ相手は戦勝国だ。嫌だと言ってどうにかなるようなものでもないのだろうしなぁ。
 俺がそんなことを考えていると、ミレニア司祭が場の空気を切り替えるように、明るい声を出した。

「ま、王国の運営については、彼らに任せましょう? どうせ帝国と王国の間で停戦協定の調印が行われるまでには、早くても一、二年はかかるでしょうし、今考えていても仕方ないわ」

「そうだな、カナメ助祭はまだ慣れねえだろうが、帝国ってのはそんなもんだ。気にするだけ無駄ってもんさ」

 そんな彼らの言葉に、俺は改めて統督教の特殊性を認識した。……そうなんだよな、クルシス神殿にしても教会や他の宗教施設にしても、帝国の領土拡張はそう大きな問題じゃないんだよな。
 このクルシス神殿を含め、統督教の主だった宗派は、帝国はもちろんのこと、大陸のほとんどの国々に神殿や教会を設けている。そのため、極論すれば地図の色が変わる話でしかなく、領土戦の行方そのものにあまり興味がないのも当然と言えた。

「……そうだな。そこから先は我らが考えることではない。むしろ、考えるべきではない(・・・・・・・・・)

 そこへ口を挟んできたのは、他でもないこの神殿長室の主だった。プロメト神殿長はそう言うと、俺に視線を合わせてきた。

「ところでカナメ助祭、現在私が掴んでいる情報で、君が知りたいであろうことを先に伝えておこう」

「はぁ……」

 突然の言葉に対して、気の抜けた返事をしてしまった俺だったが、神殿長の次の言葉を聞いて、俺は表情を引き締めた。

「まず、カナメ助祭に限らず、クルシス神殿としても親交があるアイゼン第四王子だが、彼は無事だ。転職ジョブチェンジした騎士ナイトが配下にいるため、手柄を立てられることを上層部に危惧されたのだろう。王国軍の最後尾に配置されていたことが幸いしたようだな。
 そして、カナメ助祭が親しくしている第十二王子リカルド殿だが……」

 そこで神殿長は一度言葉を切った。その所作に嫌な予感がした俺は、思わず姿勢を正して身構える。

「――彼は行方不明だ。もちろんその生死もな」

「そう……ですか」

 そう答える俺の声は、自分で思っていたよりも暗いものだった。リカルドのために魔道具を作ってくれたミレニア司祭が、心配そうな表情で俺を覗き込むのが分かった。そんな彼女に対して、俺は笑顔を作ってみせる。

「リカルドはしぶとい奴です。ミレニア司祭が作ってくださった魔道具だって持っているのですから、そのうち戻ってきますよ」

「カナメ君……」

 なおも心配そうな司祭に頷いてみせると、俺は神殿長に向き直った。

「神殿長、わざわざ教えてくださって、ありがとうございました」

 アイゼン王子はともかく、リカルドについては、俺にしか関係のない私的な事柄だ。にも関わらず、その情報を教えてくれた神殿長に心から感謝した。

「気にする必要はない。教えずにいれば、助祭は自ら情報収集をするだろう? だが、助祭が首を突っ込んだ事柄は、大抵が大事になるからな。それを避けたかっただけだ」

「はぁ……」

……あれ、なんだか俺ディスられてない? いや、これは神殿長なりのジョークのつもりに違いない。うん、そうしよう。俺は無理やりそう結論付けると、笑顔を浮かべてみせることにした。苦笑成分が多めなのは許してもらいたい。

 そんな俺に対して、神殿長はいつもの表情で口を開いた。

「……ところでカナメ助祭。そろそろ本題に入ってよいかな?」

「はい?」

 その言葉の意味が分からず、俺は少し上ずった声でそう聞き返した。

「助祭をここへ呼んだのは、なにも戦争の話をするためではない。先立って引き起こされた、モンスター召喚事件の話をするためなのだが……」

 あ、そうだったんですか。いきなり戦争の話をしてすみませんでした。その可能性をすっかり失念していた俺は、神殿長の言葉を聞いて少し赤くなった。

「宝珠の解析結果についてはカナメ助祭が、古代文明の魔道具についてはミレニア司祭が、そしてワイデン子爵の尋問内容についてはアルバート司祭が最新の情報をそれぞれ持っている。情報の共有をするためにも、各自持っている情報を説明してくれ」

 神殿長の言葉に俺たちは頷いた。モンスター召喚事件が発生したのは十日ほど前の話だが、総力を上げて宝珠の解析に取り組むという所長の言葉は真実であったらしく、解析は急ピッチで進んでいた。おそらく、他の皆も似たようなものなのだろう。

 そんな中、まずミレニア司祭が口火を切った。

「それでは、まず私からご説明しますわ。……エリザ博士と一緒にあの魔道具を解析したところ、モンスターを召喚する魔道具であることが確認できました。博士のお話では、帝国内にある古代遺跡でたまに発掘されるそうです」

 やっぱりか。ワイデン子爵がその魔道具を操作して、三頭獣ケルベロスを召喚した瞬間を目撃した俺からすれば、それは予想通りの結果だった。

「ただ、一つ気になることがあります。あの魔道具には、強力なモンスターを召喚できるような性能はありませんわ」

「え?」

 いやいや、三頭獣ケルベロスとか巨大怪鳥ロックとか、軍が出動するレベルのモンスターが普通に呼ばれてた気がするんだけど……ということは、やっぱりそういうことなのか。

「実際に起動させてみましたけれど、召喚できたのはせいぜいがE級モンスターまで。ほとんどは級外モンスターでしたわ」

 事もなげにそう言い放つミレニア司祭に、俺は思わずぎょっとした。……司祭、わざわざモンスターを召喚したんだ……もし凄いのが出てきたら、どうするつもりだったんだろう。あ、でもエリザ博士なら強行しかねないな。

「また、召喚したモンスターについては、ある程度こちらで意識を繋げることができるようですわね。魔道具から手を離さない限り、召喚モンスターについての簡単な状況把握や指示が可能でした」

 ですが、とミレニア司祭は言葉を続ける。

「この魔道具だけでは、あれだけの事件を引き起こすことはできないというのが、私たちの結論ですわね」

 そう言いながら、ミレニア司祭は俺を見る。彼女に頷いてみせた俺は、ミレニア司祭の言葉を引き継ぐように説明を始める。

「その、大したモンスターを召喚できない魔道具を一変させたのが、現場で見つかった例の宝珠だと思われます。
 魔法研究所の解析により、あの宝珠には周囲の魔力を吸収する力と、そうやって蓄積した魔力を放出する力があることが判明しています」

「ん? ワイデン子爵は魔法職の固有職ジョブ持ちじゃねえぞ? 魔力なんて使えるのか?」

 俺の説明に対して、子爵の尋問を担当したアルバート司祭が疑問を提出してくる。

「宝珠の吸収・放出モードについては、照明用の携帯魔道具があれば簡単に切り替えることが可能なようです。そして、ワイデン子爵が魔力を扱う必要はありません。あの宝珠の魔力が充満していること。それ自体が、強力なモンスターを発生させる要素になるのです」

 そう、俺、クルネ、キャロ、そしてミルティ立会いの下、魔力を充満させた実験室でごく小さな鼠を召喚してみたのだが、実際に召喚されたのは巨大鼠ギガントラットだったのだ。召喚時に宝珠の魔力が流れ込んだのだろう。ミルティはそう予想していた。

「なるほどな。古代遺跡の魔道具とその宝珠をうまく組み合わせることで、あのような大事件を引き起こしたわけか」

 俺の説明を聞いて、神殿長は得心がいったようにそう呟いた。だが、その言葉に異を唱えた人間がいた。アルバート司祭だ。

「いや、そうとも限りません。……神殿長、あの子爵の尋問に参加していた者として言わせてもらいますが、奴はそんなことを一人で企めるタマじゃありません。そもそも、あんなに強力なモンスターが召喚されるとは思っていなかったようで」

「ほう?」

 アルバート司祭の言葉に、神殿長は興味深そうな表情を浮かべた。

「奴の話では、召喚したモンスターを操って、内通していたラムバーク侯爵の政敵を襲うつもりだったようです。もちろん、国境で睨み合っている王国軍への後方攪乱が主目的でしたが。
 にも関わらず、なぜか強力なモンスターばかりが召喚され、しかも格が違うせいか召喚者の命令を聞きやしない。それでも召喚者である子爵に襲いかかる個体はいなかったようですが……」

 けど、S級モンスターの三頭獣ケルベロスには襲われていたしなぁ。魔道具の想定より格上のモンスターを召喚してしまったせいで、命令系統の出力が不足していたのだろう。ところで……

「結局、子爵と共謀していたのはラムバーク侯爵だったんですか?」

 俺が気になっていたことを尋ねると、アルバート司祭は勢いよく頷いた。

「その点については、ワイデン子爵も潔く認めてやがったぜ。どうせなら侯爵も道連れにしてやりたいんだろうな。こっちからすればありがたい話だ」

「なるほど。……それでは、宝珠も侯爵から提供されたものでしょうか?」

「それがなぁ……。魔道具は帝国から与えられたものらしいが、宝珠のほうはよく分からないんだとよ」

「分からない?」

「奴の話では、協力者を名乗る人物から託されたらしい。さすがの子爵も初めは疑ったらしいが、同行していたマクシミリアンだっけか? その魔導師が効力に太鼓判を押したことで、併せて使用することにしたそうだ」

 その言葉を聞いて、俺は思わず眉根を寄せた。そういえば、あの爺さんはどこへ行ったんだ。

「その魔導師は事件の数日前に行方をくらませたようでな。子爵も行方が分からないらしい。ただ、だいぶ癖の強い人間だったようで、その魔導師の話を振ったら延々と愚痴を聞かされたぜ」

 そう語るアルバート司祭の口調からは、実にうんざりした雰囲気が感じられた。やっぱり、あの爺さんを上手く転がすのは帝国でも難しいみたいだな。
 そもそも、あの爺さんを戦場に駆り出すことができていれば、戦いなんてすぐに終わりかねないわけで。それができていない時点で、あの爺さんの立ち位置が分かろうというものだった。

「それで、その協力者とやらの正体は掴めましたの?」

「残念ながら、あの子爵にそれを探るだけの器量はなかったようだな」

 ミレニア司祭の質問に、アルバート司祭は苦笑を浮かべて答えを返した。そのやり取りを聞いて、俺は再度口を挟むことにする。

「そこなんですが、あの宝珠の出処について一つ候補があります」

 司祭二人と、神殿長の視線が俺に集まった。俺は研究所の副所長が話してくれた内容を思い出しながら言葉を紡ぐ。

「研究所の話では、あの宝珠は王国教会の至宝『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』と酷似しているそうです」

「ほう、それはまた……」

 俺の説明を聞いて、神殿長の顔つきが鋭くなった。……あの、神殿長? あなたがそういう顔をするとめちゃくちゃ怖いんですけど、その目でこっちを見るのはやめてもらえませんかね……?

「つまり協力者は教会? やはり帝国と王国教会が通じていたと言うことかしら?」

「最悪の場合、その展開もあり得るな。一番マシなのは『深淵の黒水晶(ジ・アビス)』によく似た別の宝珠であること、次にマシなのはその至宝が教会から盗み出されたものであること、ってところか。……カナメ助祭、宝珠は大丈夫か?」

 自分で言っているうちに心配になってきのだろう、アルバート司祭が心配そうに問いかけてくる。

「盗難対策に、魔法と魔道具を駆使して厳重なセキュリティを築いているそうです。今のところ、特に問題は起きていないようですが……」

 俺がそう答えるのと、神殿長室の扉が開かれるのは同時だった。

「――失礼します。神殿長、教会のアステリオス枢機卿がお見えですが、いかが致しますか? 用件を尋ねても『直接神殿長に話す』の一点張りでして……」

 そう報告に来たのは、受付部門を統括している神官だった。おそらく、枢機卿がいつもの強引さを発揮していたのだろう。その表情には疲れの色が見えた。

「ふむ……?」

 報告を聞いて、プロメト神殿長は少し考え込む様子だった。その思考を妨げないよう、俺たちは黙って神殿長を見つめる。

「――失礼します! カナメ助祭はお出でですか!?」

 だが、その沈黙は意外な形で破られた。新たな闖入者を見れば、そこには俺の後任になった受付部門の侍祭が立っていた。彼は俺の顔を見つけると一歩踏み出す。

「王立魔法研究所の方が、至急お目にかかりたいとお見えです」

 その言葉に、その場にいた全員がぴくりと反応した。教会と王立魔法研究所。このタイミングで、二つの案件が無関係だとは考えにくい。それは皆に共通した意見のようだった。

「用件はどのようなものでしょうか?」

「それが、『侵入者があったと伝えてもらえれば分かるはずです』と仰っていまして……」

 俺の問いかけに対して、侍祭は申し訳なさそうに答える。不明確な内容で取り次ぐことが不本意なのだろう。だが、この案件に関しては、受付であけっ広げに話すような内容ではないことも事実だった。

「……カナメ助祭。手短に研究所の用件を聞いて報告してくれたまえ。アステリオス枢機卿には少し待っていてもらおう。突然、アポイントメントもなしに押しかけてきたのは向こうなのだから、多少待たせても文句はあるまい」

「……分かりました」

 神殿長の命を受けた俺は、魔法研究所の使者と話をするべく立ち上がった。
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